2018年7月23日 (月)

五井先生のお言葉 52


■組織(会社・党・組合等)の中で発言するのではなく、宇宙の法則、人間の本質、原則に立って発言せよ。そうすると自然に人はついてくる。

■肉体人間では何事もなし得ない。肉体人間観をすてることである。つねに宇宙の原則、永遠の生命観に立つよう心がけるべきである。

■私はここ百年、二百年間のことより永遠の生命をつねに見つめ考えている。百年、二百年のことは大体決まっているようなもので、それが地に現われてくるのである。だから、目先のことに一喜一憂することはないのだ。一喜一憂しなくなると、脚下照顧となって、一日一日が大切になってくるのである。

■つねに太陽のように、月のように本心を輝かせている修練をすることだ。

■枝葉の想いにとらわれず、真直ぐ神さまの中に入ってゆくことが宗教の極意である。

■平凡で強い人、よごれた世の中に入っていても悪によごれない人、そういう人をつくりたい。

■求めつつ与えよ。

■勇気ある人間になりたいと思ったら、つねに勇気を私に与え給え、と守護霊守護神に祈りつづけなさい。そうすれば勇気がでるものです。

■自分の体というのはないのです。神さまが創った体なのだから、神さまの体なのですよ。それを自分の体と思うから、そこに執着が生じ、執着から迷いが生れてくるわけです。はじめから「自分」なんていうものの所有物は一つもないのです。

五井先生のお言葉 51




 

■人が或る人の欠点や悪口をいったら、その悪口話にのってはいけない。その欠点話に同調してはいけない。人には欠点もあると同時に長所もあるのだ。その時もなるべくその人の長所を見つけてあげよう。と同時に、悪口をいっている人と、いわれている人との天命の完うされることを祈ってあげよう。

 
■人にはそれぞれ与えられた使命がある。その使命以外のことをやろうと、いくら力んでもだめだ。ただただ素直に、神のみ心の中にとけ入ってゆくことだ。わが天命を完うせしめたまえと。
 

■自分をゆるすということは、自分の中の想念にも、人の中の想念にも把われない、ということである。掴んでいるものを放すことである。大きな宇宙の流れからみれば、そんなことは大したことではないのである。把われない、掴んでいるものを放す、ということは消えてゆく姿に徹することである。
 
 

2018年7月22日 (日)

五井先生のお言葉50

 

 

1.世界が三分の二亡びてから救世主が現われる、そんなのろまな救世主は役に立たない。三分の二亡びるということは、三分の一残った人も苦しむのです。恐怖で苦しむのです。そんな時に現われるのろまな救世主はいらない!と私はいうのです。そんなノロマでどうするんだい。

だからみな各々が救世主になって、世界を平和にしなければならないというんです。今に大救世主が現われ、奇蹟の力を現わしてくるだろう、とそれだけを生甲斐にしていてはいけない。

キリスト教の人の中では、キリストが再臨して世を救うと想っている人が多い。キリストの再臨とは皆さんの本心開発のことなのだ。本心を開発したとき、その人はキリストとなるのだ。

皆さんが本心を開発したとき、世の中は救われるのだ。その為に、世界平和の祈りが生れたのです。世界平和は必ず出来ます。

 

感想・・・まだ、ほとんどの人は、真理がわかっていない、真理とは自分が何者なのか?
本当の自分はどこにいるのか? 何のために生まれて来たのか? 死んだらどこに行くのか?が心からわかっている人です。
そのことがわからないと人間は、ただボウフラのようにフラフラと彷徨って生きているだけです。
そのことは、ある日突然、直観でわかることもあるし、五井先生の真理の書「神と人間」などを読んで知ることもあれば、人から聞くこともある。
私たちは、ほんと近い将来、真理を知ることになります。
真理を知り、本心開発が行われた人の数が臨界点に達した時、宇宙の根源(宇宙神)から強烈な光が降り、周りの人たちがまた、目覚めて行くのです。

3次元から4次元を超えて、一気に5次元に突入します。

愛の星、地球🌏の完成です!





 

 

 

2018年7月18日 (水)

五井先生のお言葉 49

 

 

1.慢心とは自分を見せる心である。

 

2.今の自分が愛深く、今の自分が信かたく、今の自分が明るく生きることです。

 

3.今の運命、今の不幸、今の貧乏、病気というのは、過去の影絵である。実体のないものであるから、じたばたせず、内なる真実なる自分の中に入り、自己の光をますように努めることだ。その方法は、守護霊さん守護神さんお願いしますと、ひたすら守護の神霊に自分の運命をまかせてしまうことです。

守護の神霊は自分を幸せにしようしようとされているのだから、つねに守護の神霊に波長を合わせておくことです。

 

4.自分の感情をよごすこと、心を乱すことはすべて消えてゆく姿と思うこと。

 

5.親しき中にも礼儀ありという言葉がありますが、これは夫婦の間にでもあてはまるのではないだろうか。夫婦というものは、お互いにふれてもらいたくないことを、平気でズケズケといってしまう。そうしては気まずい想いをしています。

こういう風に思ったらいいでしょう。夫も妻も他人なんだ、と思うことです。他人行儀にしろというのではありませんよ。他人だと思えば、相手を傷つけるようなことは平気ではいわなくなるでしょうからね。そういうことですよ。

 

 

感想・・・・・1.自慢したい、自分を誇示したい、認めてもらいたい、褒めてもらいたいと思ったとき、すごく嫌な気持ちになります。それは自分の本心が肉体人間の自分を嫌っているのだと思います。

 

2.愛、信、明この3つはつながっており、一つだけ2つだけはあり得ない。

 

3.守護霊守護神のご加護を信じ、感謝できる人はこの世でもあの世でも宇宙法則に乗っている人です。幸せの道を歩いている人です。

 

4.心の中に邪な気持ち、人を非難する気持ち、自分を卑下する気持ちが浮かんできたとしてもそんな自分を責めるのではなく、「あッ出てきたということは消えたんだ、どんどん出てこい、出るだけ出れば後は無くなるんだ」と思うことです。そしてそのときに宇宙の言霊、究極の愛の言霊である「世界平和の祈り」を唱えることが出来れば、

さらに早く消えてゆきます。

 

5.夫婦、親子、兄弟にはついつい気を許して?他人には言わないようなことを言ってしまいます。家族関係がうまく行っているときとは、相手の立場になって思いやりを持っているときです。そのときの気持ちになれば、ぎくしゃくすることはないでしょう。

 

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 
 
 

2018年7月14日 (土)

五井先生のお言葉 48

 

 

1.何事でもそうだが、宗教信仰においても、何か一つのことを完成しようというには、大変な勇気がいる。幽界の不良生物から随分と誘惑もあるし、脅迫やら攻撃がある。

しかしそれを突破し、どんなものが来ても、自分は光り輝いている、というものにならなければいけない。それにはひたすらなる神への全託、信よりない。

2.世界平和の祈りの中にひたすら入りこんでいると、自然と自己の内なる神の力が現われてくる。

3.肉体の自分がやっているんだ、と思ってるようなうちは、その人は大した人間ではない。

4.三界(迷いの世界)をこえるには空(くう)になることが必要である。しかしくうという言葉はむずかしいし、わかりにくい。そこでわかりやすくいうと、命を捨てるということになる。

これでもまだわかりにくいならば、現われてくるすべてのものに”ありがとうございます”といえることである。そういえるようになれば、三界をこえているのである。

5.子供は神経質にせず、大胆な、のびのびとしたものに育てよう。それには、小さなことにガミガミとやかましくいわないことだ。




感想・・・・1.幽界の不良生物なんていないとほとんどの人は思っていると思います。しかし私はその存在を嫌というほど知らされ、見せられ、わからされています(苦笑)、それは自分の想いを狂わすもう一人の自分の存在といえばわかりますでしょうか? 自分を誤魔化してはいけません。神の存在を信じ、神は愛なのだから、神に意識を合わせていれば絶対に大丈夫なんだ、と誠実に生きることが大切です。


 

2.「世界平和の祈り」を祈っていないとき、忘れているときに不自然になります。不調和なことが起こるようになります。


 

3.ほとんどのことは自分がやっているのではなく、守護霊さん守護神さんが陰で援助してくださっているのです。そして守護霊さん、守護神さんが相手の守護霊さん、守護神さんに頼んで万事うまくやってくれている、だから相手の人、そして相手の守護霊さん守護神さんにも感謝ですね!


 

4.三界とは、肉体界、幽界、そして霊界の低いところをいいます。三界とも迷いの世界、悟ってはいません。輪廻転生とはこの三界を生まれ変わり死に変わりすることをいいます。私たちはもうすぐこの地球でアセンション(次元上昇)を迎えますが、わかりやすく言うと、三界を卒業する、霊界の上の神界へ行くことをいいます。それも地球人類全員です。全員悟らないと次元上昇にならないからです。悟るとは目覚めること、自分は何者であるのか?(神である) どこから来たのか?(神界から来た)何のために生まれて来たのか?(神の姿を現わすため)が、わかるようになるということです。信じられないかもしれませんが、みんなお釈迦様、キリスト様、つまり覚者の境地になるのです。


 

5.極当たり前のありきたりの教えのように思いますが、自分の感情(特に怒り、イライラなど)をコントロールすることは肉体人間にとってかなり難しいのです。人格者と言われる人でも出来ている人は少ないのです。つくづく肉体人間は凡夫だと思います。


 


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます






 

 

 

 

 

2018年7月11日 (水)

五井先生のお言葉 47

 

 

 

1.暖かい心、思いやりのある人がいい。冷たい人はいくら才能があっても、立派にはなれないし、仕事もうまくいかないことになる。

2.大乗(だいじょう)ということは、男も女も、年寄りも子供も、誰でもが乗れ、そして彼岸(ひがん)につけるという乗り物のことである。しかも誰でもがやさしく乗れて、さぐれば限りなく奥深いという真理なのである。消えてゆく姿で世界平和の祈りは、大乗の教えである。

3.夢をみるということは有難いことだ。

4.書いたものやお説教はすばらしい人がいるが、光が出ていない人がいる。どうしたことだろうね。また一方、だまっていても光っている人がいる。……どう思うかね。

 

5.生命は神の責任にあり、生命の使い方は人間の責任にある。


 


感想・・・・1.冷たい人はいくら才能があっても仕事もうまくいかなくなる・・・これは私が身にしみて感じていることであり、何度かは冷酷なことは誤魔化せても振る舞いや所作などでバレてしまうのです。人間は冷たい人の傍に居たいとは思わず、離れていきます。冷たい人の末路は哀れです。

 


2.私は「世界平和の祈りを20年以上祈り続けていますが、続けられているのは易しく、尚且つ奥が深いからだと思うのです。世界とは地球のことだけではありません。宇宙人類の平和を祈っているのです。こんなにグローバルでシンプル、荘厳な祈りは他にあるでしょうか?


 

3.なぜ人間は夢を見るのか?これを語りだすと時間がいくらあっても足りないのです。知りたい人は「神と人間」五井昌久著を読んでください。


 

4.これは1.と重なる部分があるのですが、愛が薄いと思っている人はどうすればいいか?「守護霊様、私をどうぞ、愛深い人間にならしめ給え」とお願いすればいいのです。自分で性格は変えれない、しかし守護霊様ならばそれが出来るのです。


 

5.健康などに気を付ければ、寿命を延ばすことは出来るように思ってしまいます。しかし守護霊様が「もう肉体界にいる必要がない」と判断されたなら突然他界(別の世界へ往く)することがあります。寿命は人間には決めれないのです。しかし正しく真っすぐに生きるのか?歪んだ不誠実な生き方をするのか?の自由は人間に任されています。いろんな経験をすることによって魂磨きをしているのです。すべては体験するためにあります。


守護霊さんにとって良い体験悪い体験の区別はありません。







 

 

 

 

2018年7月10日 (火)

不幸だと想う想いが不幸なのだ

『日々の祈り』から

 

(五井昌久著、高橋英雄編)白光出版

「想いが不幸なのだ」

 不幸と思う想念がなければその人は不幸ではないので、その人の想念が不幸だとか不満だとか思っているだけなのである。だから、同じ条件下においても、悟った人には不幸ではなく、凡夫には不幸に感ぜられるのである。

想念のもってゆきどころによって、不幸も不幸でなくなるのだから、いつでも不幸や不幸の渦巻きの中であえいでいる人は、本当に不幸な人であるので、

その不幸や不満を感ずる想念を、常に世界平和の祈りのような大乗的な、深い広い意味をもつ祈りの中に投入していれば、

その人はその時間は不幸が薄らいでいると共に、知らぬ間に神様の大光明がその人の心の中に差しこんできて、その人の潜在意識にたまっている業想念を浄め去ってゆくのである。


感想・・・・同じ境遇であってもAさんにはとてつもない不幸であり、Bさんには不幸どころか「いい経験をした」くらいにしか想っていないことがあります。だから幸、不幸は他人様が決めることでなく自分が決めるのです。(決めなくてもいいのかもしれませんが)

私はこの「自分は幸せなのか?不幸なのか?」という想いすらも宇宙の言霊である、「世界平和の祈り」の中に入れてしまえばよいと思うのです。「世界平和のとてつもなく大きな溶鉱炉」に入れてしまえばどんな境遇、出来事も綺麗さっぱり消えてしまいます。どうでもよくなるのです(笑)

意識が神界にいるので、宇宙法則に乗っているのですね!

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

2018年7月 5日 (木)

五井先生のお言葉 46

 

 

1、仕事がある時は一生懸命にやり 仕事がない時はのんびりとゆったりとして 金がなくとも 米がなくとも すべてを天に任せて悠々と生きたいものである。

 
2、えらいとほめて認めてくれるのは他人。うまいですね、といってくれるのも他人。

 

3、あせるのは我(が)があるからだ。すべては神がなさっているのである。なすべきことは、なすべき時にするようになっている。神様にすべてをまかせて、今、与えられている仕事をしていればよい。


 

感想・・・・1.金がなくとも 米がなくとも すべてを天に任せて悠々と生きたいものである・・・・いいですね~(笑)、財布の中、貯金通帳、そして冷蔵庫の中を気にせずその日の糧はどうにかなる、天に任せて宇宙法則の通りに生きていれば、天(神様)は絶対に自分を困らせることはない、と信じられたらどれだけ幸せでしょう! そんな境地になりたいものです。

 
2.どこかで認められたい、偉いと言ってもらいたい、褒めてもらいたい、という嫌な自分がいます。 そんな嫌な自分をすべて消すことは難しいですが、少なくすることはできます。それは自分の想念を世界平和の祈りに入れ込んでしまうことです。
 
3.どうしても肉体人間の自分がやっているのだ、と思ってしまいます。しかしどれだけ我の強い人でもほとんどのことは守護霊様にやらされているのです。いろんな経験をさせられて魂磨きをさせられているのです。それだったらジタバタせずに、「どうぞ私の器を神様のお好きなようにお使いください」と投げ出してしまうほうがスッキリします。そうすると本来のほんとうの自分が現われてくるのです。
 
 
 
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます
 
 

2018年6月29日 (金)

五井先生のお言葉45

 

 

 

1.たとえ自分が馬鹿をみても、自分が損をしても、自分の都合より人が真に生きるための都合を先に考えるということに徹し切ることだ。

2.自分自分と思っているものは、単なる想いに過ぎないのである。水泡(うたかた)の如くあらわれては消えてゆくものである。真の自分とは、内奥で光り輝いているものである。この真の自分を把握し、自覚できる時、人は真に幸福になれる。

3.今の原因は、たどるとみな前生にある。

4.世界平和を祈っていれば、その場そのままで死んでもいいんだ。そのままが神界なのだから。

5.世界平和の祈りで生命おだやかな平安な生活をしよう。

6.富や地位を得ようとあくせくするな。それより積極的に善をなせ。ということは、世界平和の祈りをまず一生懸命祈ることである。そうすると、天より必要な時に必要な財が与えられ、必要な地位が与えられる。

7.人間は生き通しの生命なのである。生命の個性のひびきをもって、永遠に輝き生きつづけるのである。



 

感想・・・・1.人の為、人が喜ぶためというけれど、相手の感情(損得勘定)を満たしてあげることは、その人が真に生きるための都合ではありません。真に生きるための都合とは、その人の生命が生き生きとする、生命を輝かせるということです。本来の姿、神の子の姿を現わすお手伝いをすることです。


 

2.私たちは目に見える肉体、姿、形だけを自分と思っている、これが自分も地球世界もおかしくなっている(今だけですが)原因なのです。これから偽物?業、カルマは消えてゆき、人間本来の姿(神聖)が現われてきます。神聖復活です。そのために神聖復活目覚めの印を密かに組んでいる人たちがいます。これから多くの人たちが組むようになります。


 

3.その通り!ですね(笑)


 

4.世界平和の祈りを祈っていると意識が神界に居ることがわかるときがあります。私たちは地球の住人ではなく、神界の住人なのです。地球は仮の宿です。


 

5.世界平和の祈りをしていると宇宙の法則に乗ったのと同じなので、大船どころか宇宙船(UFO)に乗ったことになります。悪くなりっこない、ただ多少の紆余曲折、消えてゆく姿(大難が小難)はあります。


 

6.お金とは、百万円必要ならば、直前に百万円が入ってくるようになっているのであり、貯まるようにはなっていないのです。それがわかれば「来月どうしよう!」という不安が無くなります。

 


7.「死んだら何もかもおしまい」「永眠」「死後の世界は無い」などは、真理から外れており、死への恐怖で生命力を弱らせるのです。一刻も早く永遠の生命に気づくことを望んでやみません。




 

世界人類が平和でありますように

 

日本が平和でありますように

 

私たちの天命がまっとうされますように

 

守護霊様ありがとうございます

 

守護神様ありがとうございます







 

 

 

 

2018年6月27日 (水)

五井先生のお言葉 44




 

1.最近、学校拒否、学校嫌いが大変ふえているという。そういう子供の相談が、しばしば持ちこまれてくる。編物や踊りなら喜んで行くのに、学校となると急にお腹が痛くなったり、起きられなくなったりするのだという。五井先生はこんなことをおっしゃっていた。


「猫もしゃくしも学校学校というのが現代の風潮だが、高等学校を出なければ女の子はお嫁にいかれない、大学を出なければ男の子は出世出来ない、という社会機構は間違っているよ。大学は大学でよいけれど、中学校を出たら、自分の好きな科目が自由に研究、実修出来る職業学校のようなものをつくるべきだ。


その学校は特種学校になるだろうけれど、特種学校でありながら、ふつうの学校と同等の免状、資格がもらえるようなものにすべきだ。そういう学校が出来なければ、ますます画一的な人間が出来るばかりだし、学校拒否症なんていう子供がふえてくる。

楽しくいける学校、そんな学校が各県に一つでもあれば、拒否症も随分へるだろう」
 
2.私は人に霊修行をするようにすすめはしない。しかし--どうしても始めなければならなくなったら、とことんまでやらなければいけない。身体が透き通って、自分がどこかへなくなってしまう気がするから、恐ろしくなる時がある。そこを乗りきるのが大変なのだ。

どうしても肉体が自分だと思っているからね。私の修行中にもそういうことはあった。けれど私はとことんまで突きつめるというたちもあったからだろうが、結局は守護神たちがやらせようとしてやらせたのだから、最後までやり通せたのだろう。

そういうことを思うと、人それぞれには天から与えられている使命があって、その使命以外のことをやろうといくら力(りき)んでもだめだ、ということがわかる。たゞ素直に神のみ心の中に入ってゆくこと、そうすると自然に使命を果すことができるようにさせて下さる。


 

3.自分をせめ、人をせめることを止めよ。せめることから自分を解き放つと、生命の光が豊かに流れ入ってくる。


 


感想・・・・・1.今、3か月で一人前のすし職人(回転ずしではなく)になれるという養成コースがあるそうです。目的意識もなくただなんとなく奨学金を借りて大学へ行って力が付いていないのに卒業又は中退し、同時に多額の借金を背負う。それならば手に職を付けて早く自立の道を探すほうが良いと思います。目的意識もなく大学へ進むのは、生命エネルギーの浪費に他なりません。


 

2.人それぞれには天から与えられている使命があって、その使命以外のことをやろうといくら力(りき)んでもだめだ、ということがわかる。たゞ素直に神のみ心の中に入ってゆくこと、そうすると自然に使命を果すことができるようにさせて下さる。・・・・・・この文章は上記2を抜粋したものですが、病気などをして体に力が入らなくなり、自分の身体の感覚が無くなってくると肉体人間の無力さを嫌というほど思い知らされるのです。「神様、私の器をご自由にお使いください」「私はもうジタバタ致しません」(笑)と自分を投げ出したとき、奥の本心が現われてくるのです。


 

3.自分に対しても肯定も否定もしない、他人に対しても肯定も否定もしない、それが出来ればどれだけ自由自在心で生きられるか!






 

 

 

 

 

 

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