2018年10月20日 (土)

罪を憎んで人を憎まず

 

 

 

【なぜ世界の人たちは日本の心に惹かれるのか?】

警官の涙

明治26年(1893)6月7日正午、四年前に熊本で警察官を殺害して逃亡した強盗犯が、福岡で捕えられて熊本へ護送されてきた。

殺された警察官は、地元の人々からの人望がとても厚い人物だったという。

そのためだろう、熊本駅前には多数の群衆が押し寄せ、一帯はきわめて穏やかではない雰囲気に満ちていた。

その群衆の中に、当時、第五高等学校(現・熊本大学)で教鞭をとっていたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の姿があった。

ハーンはいったい何が起きるのだろうかと不安な気持ちを抱いていたようだった。

列車が到着すると間もなく、一人の警部に背中を押されるようにして、後ろ手に縛られ首をうなだれた犯人が改札口から出てきた。

警部が犯人を改札口の前に立ち止まらせると、群衆はいっせいに前の方へ押し出てきたが、しかし静かに見守るような様子であった。

そのとき警部が大声で呼んだ

━ と、ハーンはそこで見た光景を次のように書いている。

「 『杉原さん、杉原おきび、来ていますか?』

背中に子供を負うて私のそばに立っていたほっそりとした小さい女が

『はい』

と答えて人込みの中をおしわけて進んだ。

これが殺された人の寡婦(未亡人)であった、負うていた子供はその人の息子であった。

役人の手の合図で群衆は引き下がって囚人とその護衛と周囲に場所をあけた。

その場所に子供をつれた女が殺人犯人と面して立った。

その静かさは死の静かさであった」

警部はその子に向かって、低いがはっきりした声で話しかけた。

「坊ちゃん、これが四年前にお父さんを殺した男です。

あなたは未だ生まれていなかった。

あなたはお母さんのおなかにいました。

今あなたを可愛がってくれるお父さんがないのはこの人の仕業です。

御覧なさい、(ここで役人は罪人の顎に手をやって厳かに彼の眼を上げさせた)よく御覧なさ い、坊ちゃん、恐ろしがるには及ばない、厭でしょうがあなたのつとめです。よく御覧なさい」

ハーンが見ていると、その男の子は母親の肩越しに犯人の顔を恐れるように見やった。

それからすすり泣き、涙を流しながら、恐れを追い払うようにしてしっかりと、眼をそらすまいと力を込めているかのように犯人の顔を見つめ続けた。

そのとき「群衆の息は止まったようであった」とハーンは記す。

犯人はみるみる顔をゆがませると、突然身体の力が抜けたかのように倒れこみ、地面に顔を打ちつけ、声を震わせて叫ぶように言葉を放った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんして下さい、坊ちゃん。

そんな事をしたのは怨みがあってしたのではありません。

逃げたさの余り恐ろしくて気が狂ったのです。

大変悪うございました。何とも申し訳もない悪い事を致しました。

しかし私の罪のために私は死にます。

死にたいです。喜んで死にます。

だから坊ちゃん、憐れんで下さい、堪忍して下さい」

子供は無言のまま泣き続け、警部は犯人を引き起こし、二人が歩きはじめると群衆は左右へ分かれて道をあけた。

すると突然に 「全体の群衆」がいっせいにすすり泣きをはじめた。

と同時にハーンは、犯人をつれて歩く警部の顔に涙を認めて大きな驚きをもった。

「私は前に一度も見た事のない物、めったに人の見ない物、恐らく再び見る事のない物、即ち日本の警官の涙を見た」

群衆が引き上げていくなか、ハーンは

「この光景の不思議な教訓を黙想しながら」一人その場に立ち続けていた。

ハーンは、この場には「罪悪の最も簡単なる結果を悲痛に示す事によって罪悪を知らしめた容赦をしないが同情のある正義」があった。

犯人には 「死の前に只容赦を希(ねが)う絶望の悔恨があった。

・・・・・中略・・・・

大いなる罪を犯した者がまちがいを悟り後悔しているんだなと、反省してみずからの行為を恥ずかしく思っているんだなと心から理解できたとき、人道にもとる凶悪犯人への怒りが消え て、その代わりに罪に対する悲しく哀れな気持ちでいっぱいになる

 ━ ハーンが目撃したのは、まさしくそうした日本人の心情倫理が息づくさまであった。

日本人がしばしば口にする

 「罪を憎んで人を憎まず」 の言葉が、単によき理念を表す格言としてあったのではなく、日 常の実際的な状況のなかに生きる倫理観としてあったことが、ハーンが語ったこの明治期の一エピソードからひしひしと伝わってくる。

このような日本人の心情倫理は今なお健在だろうか。

昨今のテレビ報道でしばしば耳に入るのは、

「どうか犯人を死刑にしてください」

「生涯、けっして許すことはできません」

といった犯罪被害者遺族たちの声である。

もし私が親兄弟姉妹を殺害されたとすれば、同じような言葉を吐くかもしれないと思う。

それは、現在の社会ではハーンが目撃したような場面を体験することが、

「けっしてない」とすらいえる現実と深くかかわっているのではないだろうか。

今では、犯罪者(の思い)と被害者遺族(の思い)が接点をもつことは許されない。

犯人に心からの「反省と悔恨」があると人づてに聞いても、身体で感じ取れる直接性を得るこ とはできない。

言葉だけ・・・・との思いから、いっそう受け入れられない気持ちが強くなるばかりだ。 

とすれば、遺族たちはどのようにすれば、罪人への憤怒の情から罪への悲哀の情へと移り変わることができるのであろうか。

また罪人はどのようにすれば、自らの「容赦を希う絶望の悔恨」を被害者遺族に伝えられる のだろうか。

ハーンが目撃した明治期の警部の 「はからい」 のような実際的な契機はなくとも、

「罪を憎んで人を憎まず」 の気持ちは今なお日本群衆のものであり、当事者もまた、やがて は日本群衆の気持ちに同化していく ━ 私にはそう信じられる。

犯人が死刑になろうが恨み続けようが、亡くなった者は帰ってこないけれども、人は死ぬと神となり仏となり、この世の一切の善悪を超えた存在となる。

こうした鎮魂への思いが強ければそれだけ

 「罪を憎んで人を憎まず」

 の平穏なる気持ちへ至ろうとするのではないだろうか。

死者の供養に一切を許していこうとする日本人は今も健在だと私は思う。

 

 なぜ世界の人々は「日本の心」に惹かれるのか 呉 善花 PHP

 

 

 

 

2018年10月 6日 (土)

私たちは日本人であることに誇りを持ちましょう!



 
日本が戦争に負けて?(本当は休戦だったらしい)から)、日本人はアメリカナイズされて、劣等感を植え付けられ、日本人としての誇りを失っていった。
 
多くの日本人は、母国と自分自身を過小評価するようになって行った。
 
しかし、日本人魂は脈々と生き続けていて、今や世界中の人たちから「日本大好き💕」「日本人は素晴らしい‼️」と大絶賛されているのです。
 
それは日本が地球🌏上の国の原点であり、日本を中心に各国が出来て行ったからだと思うのです。
 
世界地図を見ると
 
「九州」がアフリカ大陸のかたちに似ていることに、いやそっくりであることがわかります。
 
そして、「四国」がオーストラリア大陸で、「紀伊半島」はアラビア半島「本州」はユーラシア大陸、「北海道」は北米大陸……
 
世界各国=日本=地球=宇宙=愛
 
ジャーナリストの櫻井よしこさんと日本大好き国際弁護士ケントギルバートさんの対談を是非、観てください‼️
 
母国愛が芽生えて来ます(^^)
 
 
https://m.youtube.com/watch?v=AjBCHjl4ew4

 

自分に対する他人の態度が気になったら


 


自分をもっと楽にしてあげましょう!

紙に書き出し客観視することで頭の中が整理出来る→真相が見えてくる

誤解し取り越し苦労をして自分をいじめ?責めていたことに気づく、自分に「ごめんなさい🙏」と謝りたくなるのです。



「5つのマス」 で問題を正しくとらえ直す


「友達の態度に一喜一憂してしまう・・・・・」


K乃は、今朝、電車を降りた駅で友達に会ったので、

「おはよう」

と声をかけました。 いつもなら、

「あっ、おはよ~ぉ、いま電車から降りたんだぁ」

と返事が返ってくるのに、友達からは不機嫌そうに (と感じた)

「おはよう」 としか返事がなかったので

「私のこと、何か怒っているのかな、私と話したくないのかな」

と考えてしまいました。

友達から 「嫌われたに違いない」 という考えが浮かびます。

「あの態度は絶対そうだ」 と確信します。

「私って、誤解されやすいのよね・・・・・。でも私に何か悪いところがあったのね きっと」

そう考えていると、暗く、イヤな、自分を責めるような気分にさえなってきます。

学校に行くのも気が乗らなくなってきます。 授業もなんとなく楽しくありません。

昼休みも友達からできるだけ離れています。

一人で机に向かって座っていると、朝の考えがまた浮かんできます。

行動はますます消極的になってしまいます。

空気が読めないのは困りますが、K乃のようにあまり相手の言動に左右されてたのでは、自分らしくのびのびと快適に生活できません。

相手の態度に振り回されないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。

まず、今の状態が心地良くないとしたらどう変わりたいか目標をしっかり持つことが必要です。

そして自分の問題に気づいたら、今度はどうなりたいかを考えてみます。

「相手の態度に一喜一憂しないようになりたい」

「何か事が起ったとき、パニックにならないようになりたい」

「ゆううつな気分から抜け出したい」

などでしょうか。 

人は、

「こんな状態では心地良くないからイヤだ」

と思ってはいても、

「では、どういう状態になりたいのか」

と聞かれると、具体的に言葉にならないことが多いものです。

漠然と、「心身ともに快適な生活がしたい」 というのでは、どうしたらそうなるのかわかりませんね。

第一章で触れたように、あなたの反応パターンは、感情と思考と行動が密接につながって、セットで動きます。

ですから、 物事をどのように考え、それをどのように感じ、そしてそれに対する反応はどのようになりたいかを、具体的に考えることが重要 です。

では考え方を見直し、もっと新しく生まれ変わるその方法をご紹介しましょう。

( 書き込むだけで冷静な判断ができる )

相手の態度に一喜一憂しないようになりたいと考えているK乃の場合を例に考えてみましょう。

紙を出して広げてください。 紙に5つのマスを作ります。

1番上のマスに、今朝起こった状況を書きます。

2番目のマスに、そのとき頭に浮かんだ考えを書きます。

3番目のマスにそのときの気分を書きます。

その気分が最悪のときを 100 とすると、いくつくらいか書いておきます。

4番目のマスには、2番目のマスに浮かんだ考えに反対する言葉や、別の考えがないかを書きます。

この別の考えと、はじめに頭に浮かんだ考えを見比べて検討します。

どちらが客観的で合理的、あるいは常識的な考えでしょうか。

場合によっては親しい人に聞いてもらって意見を聞いてみましょう。

5番目のマスに、いろいろ思い、考えを巡らせた結果、いまの気持ち、感情について書き入れます。
 

その気分は最悪の状態を 100 とするとどのくらいかも書きます。

K乃は1番目のマスに、今朝、友達に声をかけた状況を書きました。

「おはよう」 と声をかけたのに友達は不機嫌そうに 「おはよう」 と言っただけでした。

2番目のマスに、そのとき頭に浮かんだ考えを書きました。

それは、

「嫌われたに違いない」

「私のこと怒っているのかしら」

「私が何かしたのかな」

「私は誤解されて嫌われやすい」

などでした。

3番目のマスに、そのときの気分を書きました。

とても不快な気分で、さらに 「寂しい」 「悲しい」 でした。

その気分は最悪の状態からみると70くらいでしたので 70くらいと書き入れました。

 
4番目のマスには、2番目に書いたはじめに頭に浮かんだ考えとは別の考え方、反対の考え方などを書きました。
 

「疲れていたのかな」

 
「友達は今日提出するレポートのこととか、何か考え事をしていたのかもしれない」

 
「家で何か不愉快なことがあったのかな」
 

「体調が悪いのかもしれない」

 
・・・・・そして2番目と4番目の2つのマスに書かれたさまざまな考えをじっくり見てみると、どれにいちばん信憑性がありそうでしょうか。

 
最後のマスに、検討した結果、今の気分を書きます。

「そうか、別に私は何かした覚えはないし、友達はたまたま気が乗らない気分だったんだわ、きっと。 誰にでも機嫌の良くないときってあるものだし」

という結論から、今の気分は最悪のときの 100 と比べると、40くらいになっていました。

もし、 「やはり何か嫌われることがあったのだ」 とどうしても思ったのであれば、それを解決する方法を考えましょう。

相手にそれを聞いてみることもできますし、信頼できる人に意見を聞いてみるのもいいですね。

このように、物事のとらえ方を客観的に正していくことを繰り返していくうちに、

「相手の言動に一喜一憂する」 から 「物事を積極的に考えて自分の考えに自信を持つ」

ように、前向きに変わっていきます。

K乃のように、相手の言動に一喜一憂するのも、たまたま作り出した反応パターンのせいかもしれないのです。

こうした方法ではネガティブな反応を修正して脚本を書き換えることもできるのです。

「1ヶ月」で新しい自分に生まれ変わる方法 中村延江 すばる舎

 

 

 

2018年9月 4日 (火)

世界平和の祈りを祈って妙好人になりましょう!


 

妙好人(みょうこうにん)とは、学問知識から宗教の門に入ったのではなく、先達の説法を聴聞しつづけ、たゆみなき称名念仏のうちに阿弥陀仏(仏さま)と一つになった人々のことを言います。

妙好とは、もと蓮花の美わしさを敬称しての言葉ではあるが、それを人間に移して、その信仰の美わしさに喩えたのである。

 

 み仏のままに
 


妙好人宇右衛門さんの話
 

宗教の道は理屈でもなければ、上手な言葉のやりとりでもない、只神仏のみ心に沿った行いにある、と私はいつでも申しますが、浄土門に多い妙好人たちの生き方は、如来様のみ心のそのままの生き方で、私は常にその行動に強い感動をおぼえるのです。

またその妙好人の話を書いてみたいと思います。

兵庫県揖保郡太子町北村というところに、2百年前に、宇右衛門という馬子がおりましたが、この宇右衛門は、若い頃は力自慢で乱暴な人でしたが、或る時念仏の説法を聴聞しているうちに、後生の一大事、という阿弥陀如来の本願を聴かされ、非常に興味をもって念仏門に入ることになりました。

 

そして次第に心改まり、唱名念仏絶ゆることなき、昔とは別人の柔和にして不言実行の信者となり、馬子をやめて、農業に精を出し、かりそめにも人と争わぬ、法のまま生くる生活を身心に行じるようになりました。

 

太子町太田より南、山陽線に沿って山戸というところがあります。

 

この村の某という者が、亡父17回忌法事の記念に仏壇を買い、宇右衛門にこの礼拝を頼みました。

 

宇右衛門はその家を訪ね仏壇を礼拝して帰りましたが、その後で大変な問題が持ち上がりました。

 

それはその某が金25両を仏壇の引き出しにしまっておりまして、いよいよ入用だという日になってあけてみますと、その金子がありません。

 

仏壇の前に行った者は、家内の者か、宇右衛門しかおりません。 盗人の入った風もありません。

 

そこで某は女房に向い 「 宇右衛門さんは正直な念仏者ではあるが、凡夫だからふと盗み心が起こったのかも知れん。」 と話しますと、女房も同感したので、某は急いで宇右衛門の宅へ参り実はかようかようでと、さも言いにくげに申しました。

 

大抵の人ならこんな疑いをかけられたら、腹を立てて怒鳴りつけてしまうところですが、宇右衛門は怒るどころか、その話を聞き終わるなり、どうもすまぬことを致しました、といいながら、25両の金を渡してその罪をわびました。

 

さてその後、その人の隣の人が用事があって大阪へ行き、その人の息子の家に立ち寄り、四方山の話のついでに宇右衛門が、仏壇の引き出しから金を盗んだことを話しました。

 

息子はびっくりして、その金なら実は私が大阪に来る時に持ち出した、実に宇右衛門さんに済まぬことをした、と急いで山戸に帰り、両親に打ち明け、その足で宇右衛門の所へ行き、重々詫びながら25両を返しますと、宇右衛門はかえって気の毒そうに、それでは前生でお借りしておりませんでしたか、と言ってその金を受取りました。━

宇右衛門のこの素直さはどうでしょう。 現代の人からみたら、馬鹿ではなかろうかと思われますが、何事が出てきても、過去世の因縁現われと思いこみ、すべての出来事事柄を、過去世と結びつけていて、今生だけの出来事とは思っていないのです。

 

自分の顕在意識(あらわれいしき)では判らないが、すべては阿弥陀如来様のみ心によって現われてくることなので、その事柄が如何に自分に都合の悪い事柄であろうと、素直に受け切って生きてゆく、という素晴らしい生き方を、何気なく当然のこととして行じている、この宇右衛門の素直に徹した姿は光り輝く尊いものです。

 

現代人の人の生き方の習性は、自分のした間違った行為でも、何んとか言いぬけて、自己の損にならぬように、という、今生の瞬間瞬間、利害関係で動いているそういう人が多いのです。

 

天と地の差です。

 

これが白隠ほどの学問修行を積んだ人なら又別格ともいえるでしょうが、馬子上がりの百姓爺の学問知識のない人の行為なのですから、宗教の道は百知は一真実行に及ばず、という守護神の言葉がよく判ります。

 

妙好人宇右衛門には、そうした種々の話があります。 

 

   「生きている念仏」 五井昌久 白光出版

 

 

 
 

2018年8月30日 (木)

悩みを紙(神)に書き出すと答えが浮き出て来る

 


今、いろんなことで悩んでいる方はたくさんいらっしゃると思います。

では、その悩みとはいくつくらいあって、どんな悩みなのか?
 
もしかして「どうでもいいこと」「どうにもならないこと」「今考えてもしかたがないこと」「悩みでもなんでもなかったこと」を悩んでいたのではないのか?
 
そんなことをちゃんと自分で客観的にわかっていますか?
 
幸せになるには、頭の中の整理も必要なのです。
 
そのメソッドをお伝えします。🤣
 
『悩みの“ジャグリング”をやめる』
 
アンドリュー・カーネギーという人がいます。
 
アメリカの有名な実業家で、鉄鋼王カーネギーと言えばご存知の方も多いと思います。
 
ある夜のことです。
 
彼は、あまりに多くの悩みを抱えてノイローゼのようになり、自殺まで考えていました。
 
「不倫相手の女性から連絡が入り、子どもを認知して欲しいと言ってきた」
 
「親戚の全員が問題を起こしていてもみ消さなきゃいけない」
 
「ろくでなしの甥っ子が警察沙汰の事件を起こし、身柄を引き取りに行かなくちゃいけない」
 
「政治家からの不当な圧力で、会社が存亡の危機に陥っている」
 
「妻から今夜食事に付き合ってくれなければ離婚すると言われてしまった」
 
身の周りのことから仕事まで、すべての危機が同時に頂点に達していた瞬間だったのです。
 
『その時のカーネギーの行動 』
 
もうダメだ、限界だ、とカーネギーは思いました。
 
遺書を書いて自殺しよう。
 
そうカーネギーは決心し、机の引き出しを開けました。
 
引き出しにはもちろん護身用の拳銃が入っていたのですが、その下には自分の名入りの立派な便せんセットがありました。
 
「ああ、自殺するんだったら遺言を書かなくちゃ」
 
カーネギーはそう思って苦笑します。
 
まったく、自殺する前にもひと仕事しなきゃいけないのか・・・。
 
遺書をかく段になってカーネギーは考え込んでしまいました。
 
「死にたいぐらいに悩んでいるんだから、さぞかし自分には深い悩みが多いんだろう。
 
いったいいくつくらいあるんだ?」
 
わかんなくなっちゃったカーネギーは、黄色い便せんと鉛筆を持ち出し、思いつく問題や悩みをすべて書き出したそうです。
 
当時、カーネギーは 
 
「世界で一番忙しい男」 
 
と言われていました。
 
仕事だけでなく、家族関係を含めると、悩みは絶対に何百もあるに違いない。
 
 ひょっとしたら 
 
1000個ぐらいあるんじゃないか?
 
ところが、箇条書きにしてみると、60個ぐらい書いたところで、鉛筆がピタリと止まったそうです。
 
思い出して考えて、とりあえず 「もっと悩みはあるはずだ」と些細な問題まで書き出します。
 
しかし、あんなにたくさんあると思っていた悩みは、結局、70いくつぐらいしかなかったのです。
 
普通の人でも70も悩みがあれば多いと思います。
 
でも自分の問題や悩みは何百もあると思っていた彼は、あれ?と思ったわけです。
 
結局、70個の悩みを順繰りに次から次へと考えていたことで、自殺をしようと考えるほど追いつめられていたのです。
 
悩みを書ききった瞬間、今夜中に解決できることはほとんどないことに気がつきました。
 
カーネギーは悩みを書いた便せんを、問題ごとにちぎってカードみたいにし、それを仕分けし始めました。
 
「明日できること」
 
「来週以降に着手できること」
 
「来月で間に合うもの」
 
「解決できないこと」
 
という4つの山に分けて、その4つ目の山(解決できないこと)はそのままくず箱に入れてしまいました。
 
残った3つの山、自分の悩みを書いた便せんの切れ端をカーネギーは大事に机の引き出しにしまい、そのまま彼は奥さんと夕食へと出かけたそうです。
 
もうすっかり、けん銃や自殺のことは忘れて。
 
『苦しさの本質に気づく 』
 
私がこのエピソードを読んだのは、もうずいぶん昔のことです。
 
それでもその時、頭を殴られたようなショックを受けました。
 
そうか、悩みの本質、苦しさの本質というのは、
 
「複数の問題を頭の中でグルグルと回している状態」から生まれるのだと気付きました。
 
これを私は 
 
「頭の中でジャグリングしてる」 
 
と呼んでいます。
 
ノートをとらずに悩むことは、悩みをジャグリングのように空中で回しているのと同じことです。
 
本来、悩みの解決に使うべき脳の容量をジャグリングに使っている。
 
だから、あんなに悩むのは疲れるんです。
 
だから、悩んでも答が出ないんです。
 
悩みが多くなると、一度にすべてを考えることは不可能です。
 
だから、いくつかの概念やアイデアを、同時に何個かずつ組み合わせては、ぐるぐる回すことになります。
 
悩んでも答が出ないと、次は別の組み合わせでぐるぐる回します。
 
その次も、その次も、回し続けます。
 
組み合わせが変わると違って見えるので、悩みは無限にあるように気がします。
 
 
 “スマートノート” 岡田斗司夫著 文芸春秋
 
この本、お薦めです。特にこれからの時代の仕事に役立つと思います
 

 
 
 

2018年8月17日 (金)

生きている念仏 3

 

                          *

宇右衛門は自分のことよりも、人の為に村のために働いた人であります。総体に百姓は夏田の水入れに皆苦労するのです。

干ばつになると特にひどく、みな吾が田に水を入れようとして、水喧嘩を起したりします。

我田引水(がでんいんすい)とはここから起った言葉で、この世の生活には個人個人の関係から、国際間の問題でも、この我田引水的やり方が多いのです。

ところが宇右衛門は全く反対で、もし他人の田に水がない時には、自分の田の水を落して入れてあげます。

そうして、私は水上ですからいつでも水が入れられますといい、水上の人には、あなたの田は水上ですから、遠慮なく入れて下さいと申します。

このようにあまりにも人の善い宇右衛門の行為には、村人も気の毒がって、皆々そのまま帰ってしまいます。

こんな風でいて、宇右衛門は村でも有数の資産家になってしまうのです。


                          *

又、宇右衛門は入信以来、如何なる事にも腹を立てたことがなかったので、村の悪い青年たちが四、五人集まって、宇右衛門を怒らしてみようと相談して、或る時、柴を背って姫路の御坊へ急いでゆく宇右衛門を川の中へつき落してしまいます。

つき落された宇右衛門は、ずぶぬれになりながら、怒ろうともせず、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏を唱えながらああ、己が悪かったのだ、如来様へお供えする御仏飯をたく柴が、山で牛や狐や人間の小便で汚れているかも知れないのに、洗いもしないで持参するのが悪かったのだ、これからは柴や薪をよく洗ってもって行け、との仏様のいましめだと了解して、その後は必ず柴や薪は洗って御坊へ持ってゆきました。

村の青年たちも宇右衛門の信徳に感化されて言行をつつしみ、殺生を戒め、風儀とみに改まり、淳朴温厚、家業に精励したということであります。━


この話など、良寛さんの舟頭に川に落とされて感謝した話とよく似ております。実にみ仏に純一そのものの生き方です。

こういう話をきいておりますと、自然と心清まり、心温まる想いがします。

今更ながら、宗教の道とは言葉でなくて、その人の日頃の行いにあるのだなぁ、と思います。

ついでにもう一つ宇右衛門について心温まる出来事を書いてみましょう。


                 *


或る年の冬、宇右衛門の息子の嫁で、わがまま気ままの一家の手に負えぬ女が、宇右衛門の物の言い方が悪いといって、庭にあった横槌を取って舅に投げつけました。

その槌は宇右衛門の額に当ってたくさんの血が流れました。側にいた温厚な息子も流石に腹を立てて、お前のような女房は離縁すると門口へ引き立てて行きますと、宇右衛門はびっくりして、我が子の袖をひきとめ 「この親父が悪いのだ」 といって謝ります。

息子は 「とんでもないお父さんが悪いのではない。お父さんに手をあげるようなこんな不考な嫁は、切り刻んでも腹の虫が納まりません。何故お父さんは、こんなわがままな嫁をとめるのですか」と申しますと、宇右衛門は涙を流しながら「うちでさえ辛抱の出来ぬ嫁がよそへ嫁入って一日も辛抱できるはずがない。この家を追い出されては、この嫁の身の置き所がなくなってしまう。おれさえ辛抱すれば大事にならず納まるだ。

不心得な嫁を貰ったのはそちの不幸せ、私の因縁の悪いせいじゃ、何事も堪忍せよ。」とかえって息子をなだめ、お仏壇に参りお光をあげ、念仏を唱えて明るい顔をしていました。

流石の嫁もこの宇右衛門の深い愛に感激して、大いに後悔してあやまり、その後はうってかわった孝行な嫁となったのであります。━

この話なども、全く恐れ入ってしまう程、み仏の心に徹しています。

私の常に説いている、すべては過去世の因縁の消えてゆく姿、ただ在るのは神仏のみ心だけなのだ、という真理そのままの生き方をこの宇右衛門さんはしているわけです。

それがわざとらしくするのでもなく、気張ってするのでもなく、その場、その時々の出来事を、自然に光明化してゆく、無為にしてなす、という行為を、宇右衛門さんはいつの間にか体得してしまっていたのであります。




 おしまい

 

 

 

 『生きている念仏』 五井昌久 白光出版

 

生きている念仏 2




 


み仏のみ心のままに

 

宗教の道は理屈でもなければ、上手な言葉のやりとりでもない、只神仏のみ心に沿った行

いにある、と私はいつでも申しますが、浄土門に多い妙好人たちに生き方は、如来様のみ

心そのままの生き方で、私は常にその行動に強い感動をおぼえるのです。

またその妙好人の話を書いてみたいと思います。

注)妙好人(みょうこうにん)とは、念仏者をほめたたえる言葉。
 

                          *

 

兵庫県揖保郡太子町北村というところに、二百年前に、宇右衛門(うえもん)という馬子(馬をひいて人や荷物を運ぶことを職業とした人)がおりましたが、この宇右衛門は、若い頃力自慢で乱暴な人でしたが、或る時念仏の説法を聴聞しているうちに、後生の一大事、という阿弥陀如来の本願を説き聴かされ、非常に興味をもって念仏門に入ることになりました。

そして次第に心改まり、唱名念仏絶ゆることなき、昔とは別人の柔和にして不言実行の信者となり、馬子もやめて、農業に精を出し、かりそめにも人と争わぬ、法のまま生くる生活を身心に行じるようになりました。


昔、禅宗の大徳白隠禅師が、近所のいたずら娘の懐胎の罪をなすりつけられた時、そうかと言って、無実の罪を引き受けられたことが、美談となって伝わっておりますが、宇右衛門にも、これと同じような佳話があるのです。


太子町太田より南、山陽線にそって山戸というところがあります。この村の某という者が、亡父十七回忌法事の記念に仏壇を買い、宇右衛門にこの礼拝を頼みました。

宇右衛門はその家を訪ね仏壇を礼拝して帰りましたが、その後で大変な問題が持ち上りました。

それはその某が金二十五両を仏壇の引出しにしまっておりまして、いよいよ入用だという日になってあけてみますと、その金子がありません。

仏壇の前に行ったものは、家内のものか、宇右衛門しかおりません。

盗人の入った風もありません。

そこで某は女房に向い

「宇右衛門さんは正直な念仏者ではあるが、凡夫だからふと盗み心が起ったかも知れん。」と話しますと、女房も同感したので、某は急いで宇右衛門の宅へ参り実はかようかようでと、さも言いにくげに申しました。

大抵の人ならこんな疑いをかけられたら、腹を立てて怒鳴りつけてしまうところですが、宇右衛門は怒るどころか、その話をきき終わるなり、どうもすまぬことを致しました、といいながら、二十五両の金を渡してその罪をわびました。

さてその後、その人の隣の人が用事があって大阪に行き、その人の息子の家に立寄り、四方山(よもやま)の話のついでに宇右衛門が、仏壇の引出しから金を盗んだことを話しました。

息子はびっくりして、その金なら実は私が大阪に来る時に持ち出した、実に宇右衛門さんに済まぬことをした、と急いで山戸に帰り、両親に打ち明け、その足で宇右衛門の所へ行き、重々詫びながら二十五両を返しますと、宇右衛門はかえって気の毒そうに、それでは前生でお借りしてはおりませんでしたか、といってその金を受取りました。━


宇右衛門のこの素直さはどうでしょう。現代の人からみたら、馬鹿ではなかろうかと思われますが、何事がでてきても、過去世の因縁の現われと思いこみ、すべての出来事事柄を、過去世と結びつけていて、今生だけの出来事とは思っていないのです。

自分の顕在意識(あらわれのいしき)では判らないが、すべては阿弥陀如来様のみ心によって現われてくることなので、その事柄が如何に自分に都合の悪い事柄であろうと、素直に受け切って生きてゆく、という素晴らしい真理の生き方を、何気なく当然のこととして行じている、この宇右衛門の素直に徹した姿は光輝く尊いものです。

現代の人の生き方の習性は、自分の間違った行為でも、何とか言いぬけて、自分の損にならぬように、という、今生の瞬間瞬間利害関係で動いているそういう人が多いのです。

天と地の差です。

これが白隠ほどの学問修行を積んだ人なら又別格ともいえるでしょうが、馬子上がりの百姓爺の学問知識のない人の行為なのですから、宗教の道は百知は一真実行に及ばず、という守護神の言葉がよく判ります。

妙好人宇右衛門には、そうした種々の話があります。もう二、三書いてみましょう。


              つづく




 『生きている念仏』 五井昌久 白光出版










 

生きている念仏 1





 

井先生のご著書にタイトルに書いている 「生きている念仏」 という本があるのですが私が最も感動した本のうちの一冊なのです。

私は悟った人とは五井先生、お釈迦様、キリストを特にあげて書いています。

もちろんそれ以外の人もたくさんおられたのだと思うのですが、日本には名が知られていない一般の人たちに本当に悟りの境地まで至った人が結構おられたのです。

その人たちの光が現在も光輝いていて(生きていて)私たちの心に光を照らしてくれている。

だから日本は精神性が特に高いのだと思います。

どういう人たちがそう(悟っていた)だったか?といいますと

本の中からいくつかをご紹介します。


この人たちに共通しているのは

今起こっていることは前世で自分がしたことが返ってきているのだ

だからすべて自分に責任がある

と心の底から納得し信じていたということです。

その信じること(信仰)の強さは不退転で

都合の良い時だけ信じるとか

他人事のときだけ慰めるときに使っているとかそんなものじゃないのです。





・ある村に源左という無学の農民がいた

自分の畑に行くと人の掘って荒らされた跡があった、これを見た源左は、「こりゃ手でも怪我さしちゃならんだがやぁ」そう言って、わざわざ鍬をそこへ置いて帰った。━

又、或る日、源左が家路を急いで帰っていると、知らぬ馬子が、源左の大豆畑に馬を入れて食わせている。源左は「馬子さん、そこらのはま赤なぁけ、先の方のまっとええのを食わしたんなはれな。」

馬子は逃げるように去って行った。━

 

又、或る時源左がお金を受け取った後、これを懐にしていつもの如く「なんまんだなんまんだぶようこそようこそ(ありがとうございますという意味)」と念仏を称えながら歩いていると、うさんな男に後をつけられた。

彼は出獄したばかりの前科者であったというが、源左が店から金を受け取ったのを見ていた。

峠にさしかかる頃、いよいよ様子がおかしいのを知って、源左はその男に振り向いて、

「おらぁの持っとるむんに、お前にゃ欲しいものがあって、ついて来よんなはるか。

欲しけりゃ上げもしようが、まぁ如来様のことを話さしてつかんせい」 

そう言って連れ立って、法話をしいしい遂に村まで来た。

男は源左がの人柄に手の下しようがなかった。

かくて夜にもなったので源左はその男を自分の家に連れて来た。

早速家内の者に食事を仕度させ、遂にはその晩は泊めてやり、あたり前のようにもてなした。

そうして翌日には弁当をもたせ、いくらかの金をもやり、人目につかぬように朝早く立たせた。男は源左を拝んだ。━



あるお坊さんは命日の日にお経をあげにある人のところへ行った、帰ってから仏壇の中に隠していたお金が無くなっていた。

まさかとは思ったのだけど本人に聴いてみると 「あなたがそうおっしゃるのならそうでしょう」とあっさりと認めお金を差し出した

「とんでもない坊主だ」 と怒った家の人たちはこのお坊さんを村から追放したしばらくしてこの家の人が息子を尋ねて都会に出てその話をすると

「お父さんお金を取ったのは私です」

と打ち明け驚いたその人たちは急いでこのお坊さんを探し出し、非礼を詫びた。


又、あるお坊さんはある日、村の娘が妊娠し親に問い詰められたこの娘はお坊さんが父親だと言った。

「お前が父親か?」と聞かれた坊さんは「娘さんがそういうのならそうでしょう」とこたえ やはり先程のお坊さんと同じように村を追い出されたのです。

そしてその後どんな生活を送ることになろうと死ぬまで誤解が解けなかろうとそんなことを意に介していないのです。


また、あるお坊さんは川で船に乗っていて船頭さんにいきなり川に突き落とされたお坊さんは泳ごうもせず川にプカプカ浮いている驚いた船頭さんはあわてて救い上げた。

お坊さんは「いのちを救ってありがとうございます」と心からの礼を言った。




たくさんの話の中からいくつかをご紹介したのですが

名は知られていなくてもこのように教え(真理)を日頃の生活でそのままに顕していた人たちがいたのです。

立派な人たちとはこういう人たちをいうのだと思うのです。

私たちは常に損得でものを考えています。

今起こっていることだけで判断します。

自分を善、他人を悪と区別します。

でも今人にされていることは全部自分がやってきたことなんだそれがそのまま帰ってきているのではなく、大難が小難にしていただいているんだ

なんてありがたいことなんだろう と考えることが出来たのなら

どんな不幸でも不幸でなくマイナスはマイナスではなかったと思えるようになるのです。

でもこの人たちのように頭でわかるのではなく心に沁みつくところまでいかないと 、つまり不退転の境地にならないと本当の幸せ感は得られないのだと思うのです。

でも少しずつでもいい

心境が進化向上していけば

いつかはこの人たちのようになれる

とも思うのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

 

 

2018年8月 9日 (木)

イカはなぜ烏賊と書くのだろう?

 

日頃、不思議に思っていたことがわかったときって嬉しいものです。

私の中で調べるほどのことではないのだけど、漢字で書いた烏賊(イカ)を読めなくて、

えーッこれがなんでイカなの?

と思ってそのときには覚えたつもりだったのに2度目にも3度目に見た時も

「あれッなんと読むのだったっけ?」と忘れてしまう漢字の一つだったのです。

納得しないと覚えることは出来ない。

そんなことってありますよね。

そして昨日、新聞を読んでいたら烏賊のことが書いてありました。

面白い内容だったので、よかったらお付き合いください。




中略・・・・日本人は大いにイカを好む。刺身、イカそうめん、イカめし、ポッポ焼き、天ぷら、のしイカ、スルメ。

世界のイカ漁獲量の半分は日本で消費される。

サケ、マグロと並ぶ三大海産物だ。

そのイカだが、漢字では「烏賊」と書く。なぜか鳥のカラスが出てくる。どうしてかというと、イカは頭のいい動物で、時に死んだふりをして海面にふらふら浮かぶ。

カラスがしめたとばかり食いにかかると、突如反転して十本の腕で締め上げ、海中に引きずり込んで逆にカラスを食ってしまう。

カラスにとって海賊であるから 「烏賊」 と書く。・・・・




と文章は続くのですが、「烏賊」という字は決して当て字ではなく、風土記、日本書記の頃からイカは烏賊と書かれていたそうです。

パッと吐く墨をカラスにも見ることが出来るし、神秘的な動物?魚?ですよね。


このように漢字というのは、真理を書いているのです。

漢字一文字をとってみても深い、深~い意味がある。

それと同じように人間も神秘に溢れています。

私たちの知らないことがまだまだたくさんあります。

わたしたちの頭でわかっていることは宇宙の規模から言えばサハラ砂漠にある一粒の砂くらいのものだそうです。

頭でわかっているのが人間ですよね。 (肉体人間はちっちゃな存在です)

しかし宇宙とつながると肉体の小さな人間から、宇宙大に拡がるとてつもなく大きな存在になるのです。

人間の心の奥には無数の世界があるのです。

肉体界→幽界→霊界→神界 (宇宙)

心を鎮めて、世界平和の祈りを祈り、印を組んで、統一をしていくといくらでも深い、大きな世界に入っていけるのです。

すると今までわからなかったことが一瞬でわかるようになったり、肉体人間の知恵では何生、何十生、何百生、生きていてもわからなかっただろうと思うようなことも、パッとヒラメイテわかることがあるのです。

それは宇宙(本心)とつながった瞬間です。

そしてその深いところに本心、本当の自分がいるのです。

本心とつながることは人間にとって一番幸せなことです。

本当の幸せとは3次元の物質的なもので満たされることではなく、奥戸にある宇宙(神)の波動に触れることなのです。

本当の自分を識ることは烏賊の意味を知ることとは、問題にならないくらい嬉しいことなのです。(笑)

今まで知らなかった素晴らしい世界がある。

そのことをお伝えする為にこれからも神秘的?なことを書いていきます。


 

世界人類が平和でありますように 

May Peace Prevail on Eeath


無限なる愛

 

無限なる調和

 

無限なる平和

 

2018年4月15日 (日)

今が大事、過去や未来に意識を向け過ぎないようにしましょう


子供と大人の違いは、子どもは今この瞬間のみに意識を集中させ、過去を振り返って嘆いたり将来のことに不安を持ったりしないことです。
だから無邪気でかわいいのだと思います。



A子さん(保育士起業家)

私は娘(幼児)のお陰で、自分らしさを教えてもらっていますね。

━それはどんな時ですか?

娘を宿しているときから、未来のことをまるで考えていませんでした。
今、お腹に子どもがいて動いている。
私にとっては、常に今この状態がゴールであり、この瞬間に祝福があるのに、周りの人たちは、早く生まれてほしいねとか、どんな子に育つかとか、未来のことばかり言うんです。
そのギャップがしんどかったんです。
「今」に心や耳をすます癖がないと、未来のことを考える思考になりがちなのかなって。
大人は常に常に先を考えて生きているけど、子どもたちは、今この瞬間を生きている。
そういう時間の過ごし方って、とても豊かだなと思っていたら、私もいつの間にかそういう考え方の癖がついていたんですね。
お陰で人生ががらっと変わりました。

━ どういうふうに変わったのですか?

まず、面白いくらい不安がなくなりました。
失敗も成功も同じように大事だし、こうなったらどうしようとか、こうならなきゃ、みたいなものが全くありません。
会社のこともよく今後の展望は?
と聞かれるんですけど、ないんです(笑)
おやこ保育園も、今も大事にしつづけていたら、口コミで広がって、本の出版のお話も舞い込み・・・と、すべて自然な流れなんです。
これに向かって頑張ろうとかではなくて、ご縁があって、目の前にやって来てくれたものを、全力で大切にした結果、つながって、広がったという感じなんですよね。
だからある意味、無敵だし、最強の生き方かもしれませんね。
今を大事にするということを会社の方針としても選んだのですが、ストレスもほとんどなく、とてもいい関係で仕事が出来ています。

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