2018年12月 2日 (日)

アインシュタインは宇宙(愛)を語っていた




アインシュタインは相対性理論が有名ですが、私には難しいことはよく判りません。

 

 ただ、ある書物で宇宙観を述べた文章が私の心を打ちました。

 

 ご紹介します。

 

「人間は宇宙と呼ばれる全体を構成する一部であるが時間と空間の枠に閉じ込められているために独立した自分が考えたり感じたりするものと理解する。

この理解は想念に生じた一種の幻像であって、我々の意識に対して牢獄のような作用をし、我々を自分の欲していることにのみに気を配ったり、身近の人々のみ愛情をそそぐようにしてしまう。
 
我々の使命は自分の意識をこの牢獄から解放し、すべての生物やすべての自然をあるがままの美しさで抱擁するまで自分の愛念の及ぶ範囲を拡げることである。

これは非常に難しい仕事で誰にも成就できないがその努力は自分を解放する道を歩むことであり、心の落ち着きをつちかうことである。」

 

                         

                          アルベルト・アインシュタイン






 

 

 

 

 

2018年11月23日 (金)

未来や過去に意識を向けないようにしましょう!

 

 

子供と大人の違いは、子どもは今この瞬間のみに意識を集中させ、過去を振り返って嘆いたり将来のことに不安を持ったりしないことです。 

だから無邪気でかわいいのだと思います。

 

 A子さん(保育士起業家)

私は娘(幼児)のお陰で、自分らしさを教えてもらっていますね。

━それはどんな時ですか?

娘を宿しているときから、未来のことをまるで考えていませんでした。

今、お腹に子どもがいて動いている。

私にとっては、常に今この状態がゴールであり、この瞬間に祝福があるのに、周りの人たちは、早く生まれてほしいねとか、どんな子に育つかとか、未来のことばかり言うんです。

そのギャップがしんどかったんです。

「今」に心や耳をすます癖がないと、未来のことを考える思考になりがちなのかなって。

大人は常に常に先を考えて生きているけど、子どもたちは、今この瞬間を生きている。

そういう時間の過ごし方って、とても豊かだなと思っていたら、私もいつの間にかそういう考え方の癖がついていたんですね。

お陰で人生ががらっと変わりました。

━ どういうふうに変わったのですか?

まず、面白いくらい不安がなくなりました。

失敗も成功も同じように大事だし、こうなったらどうしようとか、こうならなきゃ、みたいなものが全くありません。

会社のこともよく今後の展望は?

と聞かれるんですけど、ないんです(笑)

おやこ保育園も、今も大事にしつづけていたら、口コミで広がって、本の出版のお話も舞い込み・・・と、すべて自然な流れなんです。

これに向かって頑張ろうとかではなくて、ご縁があって、目の前にやって来てくれたものを、全力で大切にした結果、つながって、広がったという感じなんですよね。

だからある意味、無敵だし、最強の生き方かもしれませんね。

今を大事にするということを会社の方針としても選んだのですが、ストレスもほとんどなく、とてもいい関係で仕事が出来ています。

 

 

 

 

 

 

 

 人生や世の中に、過度に期待していませんか?


 

そもそも世の中は理不尽で不平等である


文学専攻の著名な大学教授に取材をしているときでした。 

次々に質問を繰り出していた私に対して、彼が突然こう聞いてきたのです。

 

「上阪さん、ドストエフスキーを読まなければならない理由を知っていますか」

私がキョトンとしていると、彼は訥々(とつとつ)と語り始めました。

 

「ドストエフスキーの小説には、人間というもののすべてが詰まっているんですよ。

 特に、人間が生きる世界が、いかに理不尽で、無慈悲で、不平等で、不合理で、残酷なものであるかが語られている。

それを理解して生きるのと、まったく理解しないで生きるのとでは、人生は大きく変わっていくんです」

 

たとえば、何か苦しいことがあったとき、人は思ってしがちです。

 

「どうして自分だけ、こんな目に遭わなければいけないのか。こんな努力をしているのに、どうして結果が出ないのか・・・・・・」

 

しかし、もし 「そもそも人生は不公平で不平等で極めて厳しいもので、ラクな道など、もともとない、ありえない」 と認識していたとしたら、どうでしょうか。

 

取材した多くの方に感じたことがありました。

 

みなさん大変な努力や苦労をしている。

 

だからこそ、大きな成功を手にしているわけですが、本人たちはそれを大した努力や苦労と思っていないのです。

 

思えば私自身20代の頃は、何かに期待し、幸運を待ち望み、努力が結果につながらないことに怒り、自分を責め続けていました。

 

ひどい20代でした。

 

ところが、苦しさは当たり前なのだ、と思えるようになった30代から、人生は一変しました。

 

その最大の要因は、生きる前提が変わったことだと私は思っています。

 

生きていくのは、そもそも大変、ラクをして生きられるなんてありえない、努力が必ずしも報われるとは限らない・・・・・。

 

そう思うようになれば、そのつもりで行動するようになる。

 

自分に納得できるようになる。

 

認識が言動を変え、結果をも大きく変えるのです。

 

世の中に期待しない。 

その覚悟だけでも、人生は変わります。

 

 

    ━ 人生や世の中に、過度に期待していませんか?

 

   「成功者3000人の言葉」 上阪 徹 飛鳥新社

 

 

 

 

 

根底にある日本人の愛が地球人類を救う‼️

日本に住む外国の人が見た「日本の文化、日本人は素晴らしい!」


長男が二歳のときのことです。里帰り先のハワイでブランチを食べていました。

あのボリュームたっぷりな「アメリカ式ブランチ」です。

実家があるオアフ島・パールリッジの円形レストラン、「アンナミラーズ」のパンケーキブランチは最高です。

シロップとバターでどろどろのパンケーキに、ベーコン・カリカリハッシュブラウンと美味しいコーヒー・・・・。


さて、気持ちよく食事を終え、子供の散らかしたテーブルを整え、お皿を重ねていると、それまでざわざわしていたレストランが、突然静まり返りました。

ふと周囲を見回して、ほかのお客さんたちやウェイトレスの視線を浴びていることに気がつきました。

ウェイトレスがやってきて、こう言います。

「10年間ウェイトレスをやっているが、自分たちで後片づけをしているお客様は初めて! GREAT!

「日本では普通ですよ。大丈夫、こちらでやります!」

このやり取りが日本の 「常識」と、世界の 「常識」 の差なのです。


帰国するたびに、「日本人ってすごく清潔らしいですね」と言われます。

外国から来る人にとっても、日本の清潔さが大きな印象ポイントになっているのです。

海外のどの国に行っても、日本ほどの 「清潔感」 を保っている街はとても少ない気がします。

海外のホテルのフィットネスなどに行くと、ときどきスリッパがなければ床を踏みたくないときがあります。

見た目がよくても、不潔に感じる場所がたくさんあります。

それは日本以外の国では、他の利用者のために気配りをする、ということがほとんどないからです。


清潔な施設を維持するには、施設の責任者や担当者だけでなく、利用者一人ひとりの協力がないとできないことです。

喫煙者が吸殻をきちんとマナーバックに入れる。

自分の家の前の道路だけでなく、隣の家の前まで、掃除する。

人に迷惑がかからないように、レストランで食べ終わった食器の後片づけをやっておく。

究極の 「気遣い」 は傘だと思います。

雨で濡れた傘をハンカチで拭いてから畳むなどという行為を、日本以外のところで見たことがありません。

電車が込み合っているとき、濡れた傘がまわりの人に触れて迷惑をかけたくない、という気持ちなのでしょう。


清潔感へのこだわりは、日本人ほぼ全員が共有している「気遣いやおもてなし」精神です。

ワイシャツの白さ、靴の磨き方、手先の手入れなど、自分自身の体から始まって、やがて街や国家にまで定着した「清潔感」。

日本の誇るべきものは、伝統や歴史だけでなく、あらゆる場所で習慣化した「清潔な気遣い」と「衛生的なおもてなし」なのです。


日本人が誇れる33のこと ルース・ジャーマン・白石 あさ出版

2018年11月20日 (火)

教育の原点(決めつけてはいけない!)

 

人間には本来の素晴らしい自分に還ろうとする還元力があります!

水素も同じですね、人間を元の健康だった頃に戻してやろうという還元力があります。

どちらも根底には〝愛〟があります。

本文

ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。

その先生が五年生の担任になった時

一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、居眠りをしたり

皆が手をあげて発表する中でも、

一度も手を上げない少年がいた。

先生はどうしてもその少年を好きになれず いつからかその少年を 毛嫌いするようになった。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。

そこにはこう書いてあった。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。

勉強もよくでき、将来楽しみ」とある。

間違いだ。

他の子に違いない。

先生はそう思った。

二年生になると

「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」

と書かれていた。

三年生では

「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りをする」。

三年生の後半の記録には

「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

四年生になると

「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」。

先生の胸に激しい痛みが走った。

だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている

生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かされた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?
わからないところは教えてあげるから」。

少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。

少年は自信を持ち始めていた。

六年生で先生は少年の担任ではなくなった。

卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした」

それから六年。

またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。

おかげで奨学金ももらって医学部に進学する事ができます」

十年を経て、またカードがきた。

そこには先生と出会えた事への感謝と、父親に叩かれた体験があるから 感謝と痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。

あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。

大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生のときに担任して下さった先生です。」

そして一年。

届いたカードは結婚式の招待状だった。

「母親の席に座ってください」

と一行、書き添えられていた。

先生は嬉しくて涙が止まらなかった。

僕は、このお話を日本中の先生に読んでもらいたいです。

日本中の大人に読んでもらいたいです。

ダメな人なんていない。

可能性のない人なんていない。

僕たち大人が、ダメだと決めつけてしまう考え方があるだけで…。

 




 

 

2018年11月13日 (火)

まず自分が救われないと人を救うことはできない!

妙好人(みょうこうにん)と言われる人たちがいるんです。

妙好人というのは浄土門から出ているんですね。 南無阿弥陀仏から出ているんです。

妙好人というのは、白蓮華のように、きれいに浄まった人という意味なんです。

悟った人です。

それで学問なんかない、知識もないんですが、行ないが素晴らしくいい。

そういう人を妙好人というのです。

自力の聖道門や禅宗なんかからは出ていない。

「みんな南無阿弥陀仏、このじじいのような悪いものを」 というところから出ているんです。

因幡(いなば)の源左さんで、お百姓なんですけれど、ものすごくいい人なんです。

けれど自分は一番の悪人だと思っている。 一番どん底の悪い人だと思っている。

ちっとも悪くないのですよ。

自分が一番悪い人だと思って、何が来ても、どんなことが来ても有り難いと思っている。

子どもが長男、次男とつづけて二人、狂ったようになって死んじゃうのです。

お寺の和尚さんが 「いくら阿弥陀様の慈悲だといっても、こんなに悪いことが重なると慈悲と感じられないだろうね」 と言うと 「いやそんなことはありません。阿弥陀様のご慈悲でございます」 素直に本当にそう思っている。

それで 「この苦しみから逃れて、早く阿弥陀様のところへ行かれた、有り難いことだ」

というような考え方をするんですよ。

火事で焼けちゃうことがあるんです。 でもそれがそのまま有り難い、前生の業がこんな苦しみぐらいで消えていって有り難い・・・・すべてそういう式なの。

それには泣かされますよ。すべてが有り難い。

いいことをして有り難いのは誰だって有り難いわね。

お金が入りました有り難い、出世しました有り難い、というのは有り難いんだけれども、ふつうの場合でいえば有り難くもなんともないことを、スパッと有り難い、と思えるんです。

とても素晴らしく、見ていると涙ぐましくなっちゃうんです。

牢獄に入っている犯罪者たちをみると「私のような悪い者が入らないで、代わりにあの人たちが入ってくれ、こういうことをすれば、こういうことになる、という見せしめをしてくださって、本当にあの人たちは私の身代りになっているんだ、有り難い」という調子なんですよ。

そういうのを聞くと、ああいい人がいるもんだなァ、人間はいいなァと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「想いが世界を創っている」 五井昌久 白光出版


感想・・・今、目の前に現われていることは、過去、過去世の幻影であり実在するものではない、「捉われなければ、つかまなければ消え去ってゆくのだ」といくら自分に言い聞かせても、やはり客観視は難しく落ち込んでしまうのです。
そんなとき、私は上記の源左さんのお話を何度も何度も読み返すのです。
「私より苦労をした人が感謝の気持ちで生きておられる、なんて素晴らしいんだろう」
・・・実話ほど心に響くものはありません。
肉体人間は弱い生きものです。
仏さまのような人(源左さん)を、お手本に生きて行っていいのだと思います。


2018年10月20日 (土)

罪を憎んで人を憎まず

 

 

 

【なぜ世界の人たちは日本の心に惹かれるのか?】

警官の涙

明治26年(1893)6月7日正午、四年前に熊本で警察官を殺害して逃亡した強盗犯が、福岡で捕えられて熊本へ護送されてきた。

殺された警察官は、地元の人々からの人望がとても厚い人物だったという。

そのためだろう、熊本駅前には多数の群衆が押し寄せ、一帯はきわめて穏やかではない雰囲気に満ちていた。

その群衆の中に、当時、第五高等学校(現・熊本大学)で教鞭をとっていたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の姿があった。

ハーンはいったい何が起きるのだろうかと不安な気持ちを抱いていたようだった。

列車が到着すると間もなく、一人の警部に背中を押されるようにして、後ろ手に縛られ首をうなだれた犯人が改札口から出てきた。

警部が犯人を改札口の前に立ち止まらせると、群衆はいっせいに前の方へ押し出てきたが、しかし静かに見守るような様子であった。

そのとき警部が大声で呼んだ

━ と、ハーンはそこで見た光景を次のように書いている。

「 『杉原さん、杉原おきび、来ていますか?』

背中に子供を負うて私のそばに立っていたほっそりとした小さい女が

『はい』

と答えて人込みの中をおしわけて進んだ。

これが殺された人の寡婦(未亡人)であった、負うていた子供はその人の息子であった。

役人の手の合図で群衆は引き下がって囚人とその護衛と周囲に場所をあけた。

その場所に子供をつれた女が殺人犯人と面して立った。

その静かさは死の静かさであった」

警部はその子に向かって、低いがはっきりした声で話しかけた。

「坊ちゃん、これが四年前にお父さんを殺した男です。

あなたは未だ生まれていなかった。

あなたはお母さんのおなかにいました。

今あなたを可愛がってくれるお父さんがないのはこの人の仕業です。

御覧なさい、(ここで役人は罪人の顎に手をやって厳かに彼の眼を上げさせた)よく御覧なさ い、坊ちゃん、恐ろしがるには及ばない、厭でしょうがあなたのつとめです。よく御覧なさい」

ハーンが見ていると、その男の子は母親の肩越しに犯人の顔を恐れるように見やった。

それからすすり泣き、涙を流しながら、恐れを追い払うようにしてしっかりと、眼をそらすまいと力を込めているかのように犯人の顔を見つめ続けた。

そのとき「群衆の息は止まったようであった」とハーンは記す。

犯人はみるみる顔をゆがませると、突然身体の力が抜けたかのように倒れこみ、地面に顔を打ちつけ、声を震わせて叫ぶように言葉を放った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんして下さい、坊ちゃん。

そんな事をしたのは怨みがあってしたのではありません。

逃げたさの余り恐ろしくて気が狂ったのです。

大変悪うございました。何とも申し訳もない悪い事を致しました。

しかし私の罪のために私は死にます。

死にたいです。喜んで死にます。

だから坊ちゃん、憐れんで下さい、堪忍して下さい」

子供は無言のまま泣き続け、警部は犯人を引き起こし、二人が歩きはじめると群衆は左右へ分かれて道をあけた。

すると突然に 「全体の群衆」がいっせいにすすり泣きをはじめた。

と同時にハーンは、犯人をつれて歩く警部の顔に涙を認めて大きな驚きをもった。

「私は前に一度も見た事のない物、めったに人の見ない物、恐らく再び見る事のない物、即ち日本の警官の涙を見た」

群衆が引き上げていくなか、ハーンは

「この光景の不思議な教訓を黙想しながら」一人その場に立ち続けていた。

ハーンは、この場には「罪悪の最も簡単なる結果を悲痛に示す事によって罪悪を知らしめた容赦をしないが同情のある正義」があった。

犯人には 「死の前に只容赦を希(ねが)う絶望の悔恨があった。

・・・・・中略・・・・

大いなる罪を犯した者がまちがいを悟り後悔しているんだなと、反省してみずからの行為を恥ずかしく思っているんだなと心から理解できたとき、人道にもとる凶悪犯人への怒りが消え て、その代わりに罪に対する悲しく哀れな気持ちでいっぱいになる

 ━ ハーンが目撃したのは、まさしくそうした日本人の心情倫理が息づくさまであった。

日本人がしばしば口にする

 「罪を憎んで人を憎まず」 の言葉が、単によき理念を表す格言としてあったのではなく、日 常の実際的な状況のなかに生きる倫理観としてあったことが、ハーンが語ったこの明治期の一エピソードからひしひしと伝わってくる。

このような日本人の心情倫理は今なお健在だろうか。

昨今のテレビ報道でしばしば耳に入るのは、

「どうか犯人を死刑にしてください」

「生涯、けっして許すことはできません」

といった犯罪被害者遺族たちの声である。

もし私が親兄弟姉妹を殺害されたとすれば、同じような言葉を吐くかもしれないと思う。

それは、現在の社会ではハーンが目撃したような場面を体験することが、

「けっしてない」とすらいえる現実と深くかかわっているのではないだろうか。

今では、犯罪者(の思い)と被害者遺族(の思い)が接点をもつことは許されない。

犯人に心からの「反省と悔恨」があると人づてに聞いても、身体で感じ取れる直接性を得るこ とはできない。

言葉だけ・・・・との思いから、いっそう受け入れられない気持ちが強くなるばかりだ。 

とすれば、遺族たちはどのようにすれば、罪人への憤怒の情から罪への悲哀の情へと移り変わることができるのであろうか。

また罪人はどのようにすれば、自らの「容赦を希う絶望の悔恨」を被害者遺族に伝えられる のだろうか。

ハーンが目撃した明治期の警部の 「はからい」 のような実際的な契機はなくとも、

「罪を憎んで人を憎まず」 の気持ちは今なお日本群衆のものであり、当事者もまた、やがて は日本群衆の気持ちに同化していく ━ 私にはそう信じられる。

犯人が死刑になろうが恨み続けようが、亡くなった者は帰ってこないけれども、人は死ぬと神となり仏となり、この世の一切の善悪を超えた存在となる。

こうした鎮魂への思いが強ければそれだけ

 「罪を憎んで人を憎まず」

 の平穏なる気持ちへ至ろうとするのではないだろうか。

死者の供養に一切を許していこうとする日本人は今も健在だと私は思う。

 

 なぜ世界の人々は「日本の心」に惹かれるのか 呉 善花 PHP

 

 

 

 

2018年10月 6日 (土)

私たちは日本人であることに誇りを持ちましょう!



 
日本が戦争に負けて?(本当は休戦だったらしい)から)、日本人はアメリカナイズされて、劣等感を植え付けられ、日本人としての誇りを失っていった。
 
多くの日本人は、母国と自分自身を過小評価するようになって行った。
 
しかし、日本人魂は脈々と生き続けていて、今や世界中の人たちから「日本大好き💕」「日本人は素晴らしい‼️」と大絶賛されているのです。
 
それは日本が地球🌏上の国の原点であり、日本を中心に各国が出来て行ったからだと思うのです。
 
世界地図を見ると
 
「九州」がアフリカ大陸のかたちに似ていることに、いやそっくりであることがわかります。
 
そして、「四国」がオーストラリア大陸で、「紀伊半島」はアラビア半島「本州」はユーラシア大陸、「北海道」は北米大陸……
 
世界各国=日本=地球=宇宙=愛
 
ジャーナリストの櫻井よしこさんと日本大好き国際弁護士ケントギルバートさんの対談を是非、観てください‼️
 
母国愛が芽生えて来ます(^^)
 
 
https://m.youtube.com/watch?v=AjBCHjl4ew4

 

自分に対する他人の態度が気になったら


 


自分をもっと楽にしてあげましょう!

紙に書き出し客観視することで頭の中が整理出来る→真相が見えてくる

誤解し取り越し苦労をして自分をいじめ?責めていたことに気づく、自分に「ごめんなさい🙏」と謝りたくなるのです。



「5つのマス」 で問題を正しくとらえ直す


「友達の態度に一喜一憂してしまう・・・・・」


K乃は、今朝、電車を降りた駅で友達に会ったので、

「おはよう」

と声をかけました。 いつもなら、

「あっ、おはよ~ぉ、いま電車から降りたんだぁ」

と返事が返ってくるのに、友達からは不機嫌そうに (と感じた)

「おはよう」 としか返事がなかったので

「私のこと、何か怒っているのかな、私と話したくないのかな」

と考えてしまいました。

友達から 「嫌われたに違いない」 という考えが浮かびます。

「あの態度は絶対そうだ」 と確信します。

「私って、誤解されやすいのよね・・・・・。でも私に何か悪いところがあったのね きっと」

そう考えていると、暗く、イヤな、自分を責めるような気分にさえなってきます。

学校に行くのも気が乗らなくなってきます。 授業もなんとなく楽しくありません。

昼休みも友達からできるだけ離れています。

一人で机に向かって座っていると、朝の考えがまた浮かんできます。

行動はますます消極的になってしまいます。

空気が読めないのは困りますが、K乃のようにあまり相手の言動に左右されてたのでは、自分らしくのびのびと快適に生活できません。

相手の態度に振り回されないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。

まず、今の状態が心地良くないとしたらどう変わりたいか目標をしっかり持つことが必要です。

そして自分の問題に気づいたら、今度はどうなりたいかを考えてみます。

「相手の態度に一喜一憂しないようになりたい」

「何か事が起ったとき、パニックにならないようになりたい」

「ゆううつな気分から抜け出したい」

などでしょうか。 

人は、

「こんな状態では心地良くないからイヤだ」

と思ってはいても、

「では、どういう状態になりたいのか」

と聞かれると、具体的に言葉にならないことが多いものです。

漠然と、「心身ともに快適な生活がしたい」 というのでは、どうしたらそうなるのかわかりませんね。

第一章で触れたように、あなたの反応パターンは、感情と思考と行動が密接につながって、セットで動きます。

ですから、 物事をどのように考え、それをどのように感じ、そしてそれに対する反応はどのようになりたいかを、具体的に考えることが重要 です。

では考え方を見直し、もっと新しく生まれ変わるその方法をご紹介しましょう。

( 書き込むだけで冷静な判断ができる )

相手の態度に一喜一憂しないようになりたいと考えているK乃の場合を例に考えてみましょう。

紙を出して広げてください。 紙に5つのマスを作ります。

1番上のマスに、今朝起こった状況を書きます。

2番目のマスに、そのとき頭に浮かんだ考えを書きます。

3番目のマスにそのときの気分を書きます。

その気分が最悪のときを 100 とすると、いくつくらいか書いておきます。

4番目のマスには、2番目のマスに浮かんだ考えに反対する言葉や、別の考えがないかを書きます。

この別の考えと、はじめに頭に浮かんだ考えを見比べて検討します。

どちらが客観的で合理的、あるいは常識的な考えでしょうか。

場合によっては親しい人に聞いてもらって意見を聞いてみましょう。

5番目のマスに、いろいろ思い、考えを巡らせた結果、いまの気持ち、感情について書き入れます。
 

その気分は最悪の状態を 100 とするとどのくらいかも書きます。

K乃は1番目のマスに、今朝、友達に声をかけた状況を書きました。

「おはよう」 と声をかけたのに友達は不機嫌そうに 「おはよう」 と言っただけでした。

2番目のマスに、そのとき頭に浮かんだ考えを書きました。

それは、

「嫌われたに違いない」

「私のこと怒っているのかしら」

「私が何かしたのかな」

「私は誤解されて嫌われやすい」

などでした。

3番目のマスに、そのときの気分を書きました。

とても不快な気分で、さらに 「寂しい」 「悲しい」 でした。

その気分は最悪の状態からみると70くらいでしたので 70くらいと書き入れました。

 
4番目のマスには、2番目に書いたはじめに頭に浮かんだ考えとは別の考え方、反対の考え方などを書きました。
 

「疲れていたのかな」

 
「友達は今日提出するレポートのこととか、何か考え事をしていたのかもしれない」

 
「家で何か不愉快なことがあったのかな」
 

「体調が悪いのかもしれない」

 
・・・・・そして2番目と4番目の2つのマスに書かれたさまざまな考えをじっくり見てみると、どれにいちばん信憑性がありそうでしょうか。

 
最後のマスに、検討した結果、今の気分を書きます。

「そうか、別に私は何かした覚えはないし、友達はたまたま気が乗らない気分だったんだわ、きっと。 誰にでも機嫌の良くないときってあるものだし」

という結論から、今の気分は最悪のときの 100 と比べると、40くらいになっていました。

もし、 「やはり何か嫌われることがあったのだ」 とどうしても思ったのであれば、それを解決する方法を考えましょう。

相手にそれを聞いてみることもできますし、信頼できる人に意見を聞いてみるのもいいですね。

このように、物事のとらえ方を客観的に正していくことを繰り返していくうちに、

「相手の言動に一喜一憂する」 から 「物事を積極的に考えて自分の考えに自信を持つ」

ように、前向きに変わっていきます。

K乃のように、相手の言動に一喜一憂するのも、たまたま作り出した反応パターンのせいかもしれないのです。

こうした方法ではネガティブな反応を修正して脚本を書き換えることもできるのです。

「1ヶ月」で新しい自分に生まれ変わる方法 中村延江 すばる舎

 

 

 

2018年9月 4日 (火)

世界平和の祈りを祈って妙好人になりましょう!


 

妙好人(みょうこうにん)とは、学問知識から宗教の門に入ったのではなく、先達の説法を聴聞しつづけ、たゆみなき称名念仏のうちに阿弥陀仏(仏さま)と一つになった人々のことを言います。

妙好とは、もと蓮花の美わしさを敬称しての言葉ではあるが、それを人間に移して、その信仰の美わしさに喩えたのである。

 

 み仏のままに
 


妙好人宇右衛門さんの話
 

宗教の道は理屈でもなければ、上手な言葉のやりとりでもない、只神仏のみ心に沿った行いにある、と私はいつでも申しますが、浄土門に多い妙好人たちの生き方は、如来様のみ心のそのままの生き方で、私は常にその行動に強い感動をおぼえるのです。

またその妙好人の話を書いてみたいと思います。

兵庫県揖保郡太子町北村というところに、2百年前に、宇右衛門という馬子がおりましたが、この宇右衛門は、若い頃は力自慢で乱暴な人でしたが、或る時念仏の説法を聴聞しているうちに、後生の一大事、という阿弥陀如来の本願を聴かされ、非常に興味をもって念仏門に入ることになりました。

 

そして次第に心改まり、唱名念仏絶ゆることなき、昔とは別人の柔和にして不言実行の信者となり、馬子をやめて、農業に精を出し、かりそめにも人と争わぬ、法のまま生くる生活を身心に行じるようになりました。

 

太子町太田より南、山陽線に沿って山戸というところがあります。

 

この村の某という者が、亡父17回忌法事の記念に仏壇を買い、宇右衛門にこの礼拝を頼みました。

 

宇右衛門はその家を訪ね仏壇を礼拝して帰りましたが、その後で大変な問題が持ち上がりました。

 

それはその某が金25両を仏壇の引き出しにしまっておりまして、いよいよ入用だという日になってあけてみますと、その金子がありません。

 

仏壇の前に行った者は、家内の者か、宇右衛門しかおりません。 盗人の入った風もありません。

 

そこで某は女房に向い 「 宇右衛門さんは正直な念仏者ではあるが、凡夫だからふと盗み心が起こったのかも知れん。」 と話しますと、女房も同感したので、某は急いで宇右衛門の宅へ参り実はかようかようでと、さも言いにくげに申しました。

 

大抵の人ならこんな疑いをかけられたら、腹を立てて怒鳴りつけてしまうところですが、宇右衛門は怒るどころか、その話を聞き終わるなり、どうもすまぬことを致しました、といいながら、25両の金を渡してその罪をわびました。

 

さてその後、その人の隣の人が用事があって大阪へ行き、その人の息子の家に立ち寄り、四方山の話のついでに宇右衛門が、仏壇の引き出しから金を盗んだことを話しました。

 

息子はびっくりして、その金なら実は私が大阪に来る時に持ち出した、実に宇右衛門さんに済まぬことをした、と急いで山戸に帰り、両親に打ち明け、その足で宇右衛門の所へ行き、重々詫びながら25両を返しますと、宇右衛門はかえって気の毒そうに、それでは前生でお借りしておりませんでしたか、と言ってその金を受取りました。━

宇右衛門のこの素直さはどうでしょう。 現代の人からみたら、馬鹿ではなかろうかと思われますが、何事が出てきても、過去世の因縁現われと思いこみ、すべての出来事事柄を、過去世と結びつけていて、今生だけの出来事とは思っていないのです。

 

自分の顕在意識(あらわれいしき)では判らないが、すべては阿弥陀如来様のみ心によって現われてくることなので、その事柄が如何に自分に都合の悪い事柄であろうと、素直に受け切って生きてゆく、という素晴らしい生き方を、何気なく当然のこととして行じている、この宇右衛門の素直に徹した姿は光り輝く尊いものです。

 

現代人の人の生き方の習性は、自分のした間違った行為でも、何んとか言いぬけて、自己の損にならぬように、という、今生の瞬間瞬間、利害関係で動いているそういう人が多いのです。

 

天と地の差です。

 

これが白隠ほどの学問修行を積んだ人なら又別格ともいえるでしょうが、馬子上がりの百姓爺の学問知識のない人の行為なのですから、宗教の道は百知は一真実行に及ばず、という守護神の言葉がよく判ります。

 

妙好人宇右衛門には、そうした種々の話があります。 

 

   「生きている念仏」 五井昌久 白光出版

 

 

 
 

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