2019年1月23日 (水)

チャンスの階段を上る


斎藤一人さん談

心のフィルムを入れ替えれば、いろんなチャンスが出てきます。

そのチャンスが出てきたときに、それを逃さずに実行することが大事です。

百姓の秀吉には、いきなり天下取りのチャンスなど出てきません。

最初に出てくるチャンスは、いちばん下の足軽に雇ってもらうこと。

それも立派な大名家ではなくて、織田家などという、いつつぶれるかわからないような大名家。

いつ殿様の首が飛ぶか、自分の首が飛ぶかわからないような家柄のところしか雇ってくれないのです。

でも、それを「チャンスだ、ありがたい」と秀吉は喜んで捕らえたのです。

チャンスといっても、いきなり大きなチャンスはやってきません。

チャンスを願っていたら、急に大金持ちになるようなチャンスがやってくると思っている人がいるけれど、そんなうまくはいきません。

世の中は、階段を一段一段上がるように物事は起きるのです。

だから、『太閤記』を読んだほうがいい。

『太閤記』を読めば、天下を取れる人はどんな人物なのかがよくわかる。

天下を取れる人というのは、どんな困難なことでも「ありがたい」と思うのです。

そして、人がやらないような危険をおかす。

しかし、そんな危険なことをやっても、死なないのです。

それこそ、死なないほどの信念を持っている。

それで一段ずつ上がっていく。

織田信長についたから、秀吉は出世できたわけではないのです。

秀吉がいたから、織田信長はあそこまで上がれたのです。

それを勘違いしてはいけません。

だから、考え方のフィルムを替えようよ。

10円もらったら、もらった人に20円分得させようよ。

もらった以上に、必ず得をさせるのです。

私が講演会を開くのだって同じです。

来た人に損をさせたくないと思うから、一生懸命話すのです。

そう思ってやってきたら、今では何千人と集まってくれて、東京ビッグサイトで講演をするようになった。

「一人さん、ビッグサイトで講演するなんてすごいですね」とか言われる。

私だっていきなりビッグサイトて講演をしていたわけではありません。

最初は喫茶店で話をしていたのです(笑)。

そうしたら、だんだん、だんだん聴衆の数が増えてきた。

気づいたら、ビッグサイトで話すまでになっていたのです。

いちばん最初からすごいチャンスが来ることはありません。

今、あなたの目の前にやってきていることがチャンスなのです。

今、目の前の問題を一生懸命やればいい。

それをクリアしたら、次にもう一段上が来る。

「これが嫌だ」「あれが嫌だ」などと言っていては、階段を上がっていくことはできません。

秀吉はそんなことは言わなかった。

「織田家の足軽じゃ嫌だ」と言っていたら、秀吉だってずっと出世なんかに無縁だったでしょう。

つい力説してしまいました(笑)。

本書を読んでくださって、ありがとうございます。


『普通はつらいよ』斎藤一人(著)

『新史太閤記 上・下』司馬遼太郎(新潮文庫)上・下 各660円(税込み)

2019年1月21日 (月)

心は傷つかない!

 

感想

よく「私はあの人によって心を傷つけられた」「心に一生の深い傷を負った」というけれど、心とは一体なんなのか?

ほんとうに心は傷ついているのか?

見た人はいるのか?(笑)

目に見えない心の傷?と、目に見える体の傷の違いとは?

もし仮に心が傷ついたとして、それが病気の原因になっているのか?

私たちは、自分を守るため、相手を責めるために〝心の傷〟を利用してはいないか?

心とは強いもので、どんなことがあっても決して傷つくものではない、のではないか?

そのことを知れば私たちはもっと強く逞しく生きて行けると思うのです。

 

本文

【心や魂は傷つかない】(斎藤一人さん)

よく、「魂が傷ついた」とか「心が傷ついた」とかと言う人がいます。

たとえば、小学校の30人学級に刃物を持った暴漢が入ってきて、3人が怪我をさせられたとします。

そうした事件が起こると、残りの27人の生徒も「心に傷を負った」などと言われます。

その27人に対して、精神的な後遺症を残さないためにもカウンセリングをする必要があるということになります。

これが戦国時代だったらどうでしょうか?

30いた子どものうち1割も怪我をさせられたのに、無事だったとしたら実に運が良かったとなる。

「どんな危機があっても絶対に死なない人間になるよ」と言われたかもしれません。

そういうふうに、昔は子どもを育てていたのです。

私は何を言いたいのかといえば、よく「心に傷がつく」と言うけれど、ほんとうは心に傷はつきません。

なぜかといえば、私たちは、「神様の分け御霊(みたま)」をもらっているからです。

神というのは、愛と光の塊なのです。

つまり光なのです。 光が、私たちの生命体の本体なのです。

光は絶対に傷つきません。 何をやっても光に傷をつけることができない。

ここで映写機を📽想像してください。

映写機は光源を持って光を発して、フィルムを通り、スクリーンに映像を映します。

この映写機から発する光が命であり、魂であると考えてください。

つまり映写機から出る光が、フィルムを通ったスクリーンに映ったときに、いろいろな映像が現れる。

光に傷がついているから、映像に傷が現れるのではありません。

もし映像に傷がついているようならば、フィルムに傷がついているのです。

要するに、心や魂ではなく、考え方というフィルムに傷がついているのです。

考え方に傷があれば、傷のついた現象が出てきます。

その現象を見て、「ああ、やっぱり傷がついているんだ」と心に傷があると勘違いして、またさらに心の傷が深くなったりする。

そんなふうに思い込んでいる人は多い。

だけど、心は傷つかないのです。

それは、単なる考え方というフィルムなのです。

同じことに遭遇しても、心に傷がついたと言う人もいれば、まったく傷つかないと言う人もいるのです。

これこそ、心には傷がつかないという証明みたいなものでしょう。

たとえば、小さいころ高い階段から落ちてとても怖い思いをしたけれど、怪我一つしなかったとします。

その怖い思いを、高所恐怖症などで、ずっと心の傷として思い込んでいたとします。

でもある日、

「あんた、運がいいんだよ。ちっちゃいときにそういう経験したでしょう。でも怪我一つしなかったよね。 だからあなた、すごい人に護られているから、すごい得なんだよ」

と言われ、「あっ、そうなんだ」と思ったときに、その人の考え方は変わります。

心に負っていた傷など、忘れてしまいます。

あくまで考え方です。 心ではないのです。

最近は、「これで傷ついた」「あれで傷つけられた」と騒いでいる人が多すぎます。

しかし、一昔前の人だったら、そんなことで騒ぎません。

たとえば戦時中、隣の防空壕は全滅したけれど、自分の入っていた防空壕は平気だったとか、そういう経験をみんないっぱいしています。

そんな経験をしても、みんな平気で生きてきました。

おばあさんなんかに話を聞くと、同級生が機関銃で撃たれたとか、平気で話します。

でも、そのおばあさんの心に傷などついていません。

心の傷などにかまうよりも、戦時中、生き残れてよかったと思っています。

ところが、今はちょっとした事件が起こると、すぐ心に傷ついたというような話になってしまいます。

そうではなくて、心は傷つかないのです。

話は飛ぶようですが、私は中学校までしか出ていません。

自分の学歴を気にして、「中学しかでてないからだめなんだ。学歴がないからうまくいきそうもない」なんて言っていると、実際にだめなことが起こってきます。

ところが、自分は社会に早く出ることができて得だと思えば、実際に得なことが起こります。

要するに、「だめだ、だめだ」と思っていれば、だめなことが起こる。

「自分は得なんだ」というフィルムに差し替えれば、いいことが起こるのです。

 

『普通はつらいよ』斎藤一人(著)



 

 

2019年1月14日 (月)

かなう夢とかなわない夢との違い(斎藤一人さん)

「こういう夢があります」

「ああいったことを実現したい」

など、夢を語る人は多いものです。

でも、「この夢、絶対かなわないな」と私が思うものがあります。

それは人様の役に立たない夢。

誰からも感謝されない夢です。

夢というのは、人から「ありがとう」と言われるとか、神様の役に立つとかといった、自分以外の誰かに役立つものでなくてはならないのです。

自分の勝手な目標は、夢などとはいいません。

他人が視野になくて、「こうなりたい」「ああなりたい」というのは、単なる願望というか、野心です。

そんな目標には誰も協力しない。

うまくいっても途中ですっころんで、落ちる。

人様のことを考えない夢なんて、うまくいきっこありません。

そんな夢、自分はうれしいかもしれないけれど、誰が「ありがとう」と言うの?

大きい仕事になればなるほど、「ありがとう」と大勢から言われなかったら成功できません。

今、さまざまな法律があるけれど、その法律の間を縫ってお金を儲けようと、いろんな手段を考える人がいます。

そういう人は「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず」という言葉を知っているでしょうか?

天の網は粗く見えても、一人も逃がさない。

それと同じように、自分だけ身勝手な願い事などは通らないのです。

でも、もし通るとどうなるか。

そのとき、その人にとってこの世が地獄になる。

その人の見ている世界が地獄になるのです。

その人は周囲の信用を失います。

「あいつは金儲けするためならなんでもする」などと言われ、他人から信用を無くすのです。

信用を無くした中でいきていると、間違いなく世間が敵に見えるようになります。

「俺は正しいんだ。法律にも触れていない」とまくし立てて話すようになる。

でも、話している顔を見てみると、必ず怒っている。

口がへの字に曲がっている。

つまり不幸なのです。

お金をたくさん持とうが、自家用ジェットを持とうが、不幸を生きることになる。

どうしてかといえば、天国には怒った顔の人などいないからです。

ぐちや泣き言を言っている人もいない。

それだったら、「ありがとう」とか、「感謝してます」とか人から言われるように、どうしたら他人に喜ばれるだろうと考えていたほうがいい。

これが心の考え方。心のフィルムの問題です。

「ありがとう」「感謝してます」とばかり言っていて、ずっとその場で立ち止まってはいけないのです。

始めたばかりのころは、いいことがいっぱい起きる。

でも、しばらくしたら言ってもいいことが起こらない、という人がいます。

それは、天からのサインです。

「そろそろあなたは、次の段階に行きなさい。いつまでも『ありがとう』って言っているだけではだめですよ。次は『ありがとう』って言われる生き方をしなさい」ということです。

 

『普通はつらいよ』斎藤一人(著)

 

2019年1月11日 (金)

あなたの天職教えます(斎藤一人さん)

 

 

私は、「天職」についてよく質問されます。

「自分の天職はなんでしょうか?」と。

天職なんてないのです。

答えが早いでしょう(笑)。

天職などないのです。

目の前のことを一生懸命やっていると、それが天職になるのです。

この前は、ある男性からこんな質問を受けました。

「私、会社辞めたいんです」

「ああ、辞めたほうがいいよ。で、次に行くとこは?」

「まだ決まっていません」

そう言うので、私はこう答えました。

「じゃあ、あと3ヵ月だけいなさい。で、あと3ヵ月、そこで一生懸命やんなさい。あなた、その職場、もう嫌になっているんだろうけど、でもきっと社長もあんたのこと嫌になっているから。3ヵ月一生懸命やって、惜しまれて辞めなさい」

人生でいちばんいけないのは、「あいつを使って損した」「あいつに会って損した」「この本読んで損した」と相手に損したと思われること。

必ず自分を使って得をしたと思わせないといけない。

そのためには、「はい」と大きな声で返事をするとか、残業を頼まれたならば頼まれた以上の時間をやるとか、どんな小さなことでもしたほうがいいよ。

会社を辞めるにしても、その会社に得をさせたと思われてから辞めないといけない。

損をさせたまま逃げるように辞めてはいけないよ(笑)

先の私に質問をした男性に3ヵ月後に会いました。

この3ヵ月は一生懸命に仕事をしたみたいでした。

すると、

「すごく会社で自分を大事にしてくれるようになりました。とてもいい職場です」と言うのです(笑)。

世の中とは、そういうふうにできているのです。

 

『普通はつらいよ』斎藤一人著

 

 

2019年1月 5日 (土)

感謝の次にすべきこと(斎藤一人さん)


日本というのは、感謝の国です。

だから神社⛩に行ったときには、お参りする時間がすごく短い。

極端なことを言うと、10時間かけて伊勢神宮に行っても、1時間も拝んでいる人はまずいません。

これが外国に行くと、何時間も拝んでいる人がいっぱいいる。

これはなぜかといえば、外国の場合は、神様にお願い事をしに行くのです。

だから何時間もかけて、真剣にお願い事をします。

だけど、日本の場合は感謝なのです。

「ありがとうございました」とか、「神様のおかげで幸せに暮らしています」とか、要するに感謝を言いに行くのです。

願い事は長いけれど、感謝は短いでしょう。

簡単に言うと、神様と同じで、人は感謝され、「ありがとう」と言われる生き方をしないといけない。

最近、「ありがとう」という言葉がはやっているようです。

この言葉自体、絶対にいい。

けれど、それを言うことだけを、最終目的にしないでほしい。

今まで言えなかったけれど、「ありがとう」「感謝してます」という言葉を、やっと言えるようになった。 それは拍手ものです。

しかし、それが終着駅ではない。

やっとスタートラインに着いたところ。

マラソンでも、スタートラインで寝ている人はいないでしょう。 ここが魂を成長させるスタートライン地点なのです。

どうしたら他人から「ありがとう」「感謝してます」と言われるようになるだろうか。

「あなたが生きててくれてよかったよ」とか、「あなたがいてよかった」とか、「このお店があってよかった」とか、「この歌があってよかった」とか、どうすればそんなふうに言われるようになるかを考えて実行する。

人間の究極の目的は、人から喜ばれるような存在になること、「ありがとう」「感謝してます」と広くたくさんの人言われるようになることなのです。

『普通はつらいよ』斎藤一人著


写真の説明はありません。

2019年1月 3日 (木)

いじめの解決方法(斎藤一人さん)

 

最近では、子どものいじめも大きなニュースになっています。

「子どもがいじめにあってるとわかったとき、どうすればいいのでしょうか」と、お母さんから質問を受けることもあります。

これにも素晴らしい解決方法があります。

それは、親が学校についていけばいいのです。

そして、お子さんとずっと一緒にいればいいのです。

学校中を敵にまわしてもかまいません。

お母さんだけはお前の味方なんだということを、はっきりさせてください。

それだけでいいのです。 お子さんにずっとついてあげてください。

そして、いじめられているのに、「学校に行け」と言わないようにしてください。

いじめられているのならば、学校に行かさなければいいのです。

いじめられるとわかっているところに行けと言われる子どもの身に、親がなってください。

そして、そんなことを言う親にはならないでください。

よく、「先生に相談したのです」と言うお母さんがいます。

そんな相談などいりません。

先生に相談して解決するならば、いじめなど生まれません。

お子さんにずっとついてあげてください。

1週間もじーっとついていて、廊下からずーっと見守ってあげてください。

そうしたら、いじめる子もいじめをやめます。

それでも、またいじめられたら、学校にまた行ってください。

お子さんに「親の愛はこれほど大きいものなんだ」と、「こんなにすごいんだよ」と教えてあげてください。

「子どものけんかに親が口出ししていいのですか」と質問するお母さんもいます。

子どものけんかに親が口を出してもいいのです。

どんどん口を出してください。

世界中が敵にまわっても、うちのお母さんは味方なのだと、はっきりさせるのです。

そんなお母さんが、「信じてるよ」と言ったら、お子さんは絶対いい子になります。

周りからのいじめもなくなります。

これをぜひ実行してください。

『普通はつらいよ』斎藤一人著 マキノ出版


写真の説明はありません。

 

2018年12月 2日 (日)

アインシュタインは宇宙(愛)を語っていた




アインシュタインは相対性理論が有名ですが、私には難しいことはよく判りません。

 

 ただ、ある書物で宇宙観を述べた文章が私の心を打ちました。

 

 ご紹介します。

 

「人間は宇宙と呼ばれる全体を構成する一部であるが時間と空間の枠に閉じ込められているために独立した自分が考えたり感じたりするものと理解する。

この理解は想念に生じた一種の幻像であって、我々の意識に対して牢獄のような作用をし、我々を自分の欲していることにのみに気を配ったり、身近の人々のみ愛情をそそぐようにしてしまう。
 
我々の使命は自分の意識をこの牢獄から解放し、すべての生物やすべての自然をあるがままの美しさで抱擁するまで自分の愛念の及ぶ範囲を拡げることである。

これは非常に難しい仕事で誰にも成就できないがその努力は自分を解放する道を歩むことであり、心の落ち着きをつちかうことである。」

 

                         

                          アルベルト・アインシュタイン






 

 

 

 

 

2018年11月23日 (金)

未来や過去に意識を向けないようにしましょう!

 

 

子供と大人の違いは、子どもは今この瞬間のみに意識を集中させ、過去を振り返って嘆いたり将来のことに不安を持ったりしないことです。 

だから無邪気でかわいいのだと思います。

 

 A子さん(保育士起業家)

私は娘(幼児)のお陰で、自分らしさを教えてもらっていますね。

━それはどんな時ですか?

娘を宿しているときから、未来のことをまるで考えていませんでした。

今、お腹に子どもがいて動いている。

私にとっては、常に今この状態がゴールであり、この瞬間に祝福があるのに、周りの人たちは、早く生まれてほしいねとか、どんな子に育つかとか、未来のことばかり言うんです。

そのギャップがしんどかったんです。

「今」に心や耳をすます癖がないと、未来のことを考える思考になりがちなのかなって。

大人は常に常に先を考えて生きているけど、子どもたちは、今この瞬間を生きている。

そういう時間の過ごし方って、とても豊かだなと思っていたら、私もいつの間にかそういう考え方の癖がついていたんですね。

お陰で人生ががらっと変わりました。

━ どういうふうに変わったのですか?

まず、面白いくらい不安がなくなりました。

失敗も成功も同じように大事だし、こうなったらどうしようとか、こうならなきゃ、みたいなものが全くありません。

会社のこともよく今後の展望は?

と聞かれるんですけど、ないんです(笑)

おやこ保育園も、今も大事にしつづけていたら、口コミで広がって、本の出版のお話も舞い込み・・・と、すべて自然な流れなんです。

これに向かって頑張ろうとかではなくて、ご縁があって、目の前にやって来てくれたものを、全力で大切にした結果、つながって、広がったという感じなんですよね。

だからある意味、無敵だし、最強の生き方かもしれませんね。

今を大事にするということを会社の方針としても選んだのですが、ストレスもほとんどなく、とてもいい関係で仕事が出来ています。

 

 

 

 

 

 

 

 人生や世の中に、過度に期待していませんか?


 

そもそも世の中は理不尽で不平等である


文学専攻の著名な大学教授に取材をしているときでした。 

次々に質問を繰り出していた私に対して、彼が突然こう聞いてきたのです。

 

「上阪さん、ドストエフスキーを読まなければならない理由を知っていますか」

私がキョトンとしていると、彼は訥々(とつとつ)と語り始めました。

 

「ドストエフスキーの小説には、人間というもののすべてが詰まっているんですよ。

 特に、人間が生きる世界が、いかに理不尽で、無慈悲で、不平等で、不合理で、残酷なものであるかが語られている。

それを理解して生きるのと、まったく理解しないで生きるのとでは、人生は大きく変わっていくんです」

 

たとえば、何か苦しいことがあったとき、人は思ってしがちです。

 

「どうして自分だけ、こんな目に遭わなければいけないのか。こんな努力をしているのに、どうして結果が出ないのか・・・・・・」

 

しかし、もし 「そもそも人生は不公平で不平等で極めて厳しいもので、ラクな道など、もともとない、ありえない」 と認識していたとしたら、どうでしょうか。

 

取材した多くの方に感じたことがありました。

 

みなさん大変な努力や苦労をしている。

 

だからこそ、大きな成功を手にしているわけですが、本人たちはそれを大した努力や苦労と思っていないのです。

 

思えば私自身20代の頃は、何かに期待し、幸運を待ち望み、努力が結果につながらないことに怒り、自分を責め続けていました。

 

ひどい20代でした。

 

ところが、苦しさは当たり前なのだ、と思えるようになった30代から、人生は一変しました。

 

その最大の要因は、生きる前提が変わったことだと私は思っています。

 

生きていくのは、そもそも大変、ラクをして生きられるなんてありえない、努力が必ずしも報われるとは限らない・・・・・。

 

そう思うようになれば、そのつもりで行動するようになる。

 

自分に納得できるようになる。

 

認識が言動を変え、結果をも大きく変えるのです。

 

世の中に期待しない。 

その覚悟だけでも、人生は変わります。

 

 

    ━ 人生や世の中に、過度に期待していませんか?

 

   「成功者3000人の言葉」 上阪 徹 飛鳥新社

 

 

 

 

 

根底にある日本人の愛が地球人類を救う‼️

日本に住む外国の人が見た「日本の文化、日本人は素晴らしい!」


長男が二歳のときのことです。里帰り先のハワイでブランチを食べていました。

あのボリュームたっぷりな「アメリカ式ブランチ」です。

実家があるオアフ島・パールリッジの円形レストラン、「アンナミラーズ」のパンケーキブランチは最高です。

シロップとバターでどろどろのパンケーキに、ベーコン・カリカリハッシュブラウンと美味しいコーヒー・・・・。


さて、気持ちよく食事を終え、子供の散らかしたテーブルを整え、お皿を重ねていると、それまでざわざわしていたレストランが、突然静まり返りました。

ふと周囲を見回して、ほかのお客さんたちやウェイトレスの視線を浴びていることに気がつきました。

ウェイトレスがやってきて、こう言います。

「10年間ウェイトレスをやっているが、自分たちで後片づけをしているお客様は初めて! GREAT!

「日本では普通ですよ。大丈夫、こちらでやります!」

このやり取りが日本の 「常識」と、世界の 「常識」 の差なのです。


帰国するたびに、「日本人ってすごく清潔らしいですね」と言われます。

外国から来る人にとっても、日本の清潔さが大きな印象ポイントになっているのです。

海外のどの国に行っても、日本ほどの 「清潔感」 を保っている街はとても少ない気がします。

海外のホテルのフィットネスなどに行くと、ときどきスリッパがなければ床を踏みたくないときがあります。

見た目がよくても、不潔に感じる場所がたくさんあります。

それは日本以外の国では、他の利用者のために気配りをする、ということがほとんどないからです。


清潔な施設を維持するには、施設の責任者や担当者だけでなく、利用者一人ひとりの協力がないとできないことです。

喫煙者が吸殻をきちんとマナーバックに入れる。

自分の家の前の道路だけでなく、隣の家の前まで、掃除する。

人に迷惑がかからないように、レストランで食べ終わった食器の後片づけをやっておく。

究極の 「気遣い」 は傘だと思います。

雨で濡れた傘をハンカチで拭いてから畳むなどという行為を、日本以外のところで見たことがありません。

電車が込み合っているとき、濡れた傘がまわりの人に触れて迷惑をかけたくない、という気持ちなのでしょう。


清潔感へのこだわりは、日本人ほぼ全員が共有している「気遣いやおもてなし」精神です。

ワイシャツの白さ、靴の磨き方、手先の手入れなど、自分自身の体から始まって、やがて街や国家にまで定着した「清潔感」。

日本の誇るべきものは、伝統や歴史だけでなく、あらゆる場所で習慣化した「清潔な気遣い」と「衛生的なおもてなし」なのです。


日本人が誇れる33のこと ルース・ジャーマン・白石 あさ出版

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