2017年4月23日 (日)

スターバックスコーヒー



宇宙が味方する経営を読んでずっと前に聞いたスターバックスコーヒー(以後SBと表示)の話を思い出しました。(2006年11月6日のブログより)


SBはアメリカで生まれましたが、ある時期経営がうまくいかず倒産寸前でした。

そのような状態にもかかわらず経営者は残ったお金で従業員の給料を上げてあげたそうです。

そして社員だけでなくアルバイト、パートに雇用保険をつけたり(アメリカでは異例のこと)最後の最後に出来るだけのことをしました。

すると店は急にはやりだしてたくさんのお客さんが来るようになりました。

なぜはやりだしたかというと働いている人たちが大事にしてくれたことにうれしくなって生き生きと明るく働き始めたからです。

お客さんはその明るさ(良い波動)に引き寄せられて店に入って来たそうです。

お客さんを大事にする前にまず働いてくれる人に感謝して大切にする。


私の大好きなお話しです。



  

お年寄りはなぜ、アクセルとブレーキを踏み間違えるのでしょうか?

私が不思議に思っていることで

「お年寄りのアクセル、ブレーキの踏み間違いがなぜ起きるか?」がありました。

今日、自動車保険のプロの人に聞いてみると

「お年寄りは足が弱っているので、アクセルに置いた足がブレーキにスムーズに移動出来ないのだと思います」とおっしゃっていました。

自分では、足が浮いてブレーキに移っていると思っているのに、アクセルに乗せたままだったのです。(絶対にそうだとは言えないかもしれませんが)

近未来に自動運転の時代がやってきて、事故はかなり減るようになると思います。

しかしそれまでは、お年寄りの足を強くする(鍛える)しかないのです。

以前私が書いた記事で、「正しい足の鍛え方」があります。

お年寄りで運転をされている方、足が弱っていると実感している方、ご家族の方、是非、読んでください。

                           『正しく足を鍛えましょう』
 

少し回りくどい説明になりますが(笑)

私たちは、肉体しか目に見えないので、肉体のみが存在していると思っています。

しかし肉体以外に、幽体、霊体、神体と4つのボディ(体)を纏っているのです。

それは同時に、幽界、霊界、神界が存在していることを示しています。

この中で私たちが最も影響を受けるのは、幽体です。

みなさんは「オーラ」という言葉を聞かれたことがあると思います。

オーラは肉体とくっ付いているエネルギー体です。(雰囲気がそうです)

オーラの大きさは大体普通の一軒家くらい、大きい人で百貨店1軒分くらいあります。

だから百貨店などの人ゴミに行くとそこに居る人すべての幽体と重なり合うのです。

その時、どっと疲れます。(疲れるとは取り憑かれるということ)

そして、重なった人の想いも移って来ます。

想いは相手の心と書きますよね。

そして

想いのエネルギーは重いのです(笑)

重いので、足元に漂っています。

足が疲れやすいはそういうことです。

年齢を重ねていくと足から弱っていくのは重い(想いの)エネルギーを溜めるからなのです。

昔の人は外出先から家に帰ると必ず足を洗いました。
 
悪いことをした人が

「足がつく」「足を洗う」と言ったのは真理を表しています。

足がマイナスのエネルギー(人の想い)で汚れていることがわかっていたのです。

水虫が出来るのもこのエネルギーが原因です。(水虫は足をよく洗うことで治る)

とにかく足を鍛える、強くすることが大切です。

足には全体の筋肉の70%があるそうです。

そして下半身に溜まった血を上へ上げて血流を良くするポンプの役割があります。

足を鍛えるには、スクワットが有効です。

ただ、間違った鍛え方をするとかえって膝や腰を痛めてしまいます。

私はこの本で正しい “腰割り” をしています。

お相撲さんの“腰割り”トレーニングに隠されたすごい秘密 元一ノ矢じっぴコンパクト新書


  



 

2017年4月22日 (土)

悩みごとを紙に書き出す(アウトプット)と頭がスッキリする


 

私は結構、メモ魔です。

そして、投稿するのにも、なるべく一度ノートに書き出してから、記事にするようにしています。

めんどうだから直接打ち込んじゃえとも思うのですが、それでは客観視出来ないのです。

今、いろんなことで悩んでいる方はたくさんいらっしゃると思います。

では悩みとはなんなのか?

なんだったのか?

悩みの本質、原因がわかれば、かなり楽になると思います。



悩みの“ジャグリング”をやめる



アンドリュー・カーネギーという人がいます。アメリカの有名な実業家で、鉄鋼王カーネギー

と言えばご存知の方も多いと思います。


ある夜のことです。彼は、あまりに多くの悩みを抱えてノイローゼのようになり、自殺まで考

えていました。

「不倫相手の女性から連絡が入り、子どもを認知して欲しいと言ってきた」

「親戚の全員が問題を起こしていてもみ消さなきゃいけない」

「ろくでなしの甥っ子が警察沙汰の事件を起こし、身柄を引き取りに行かなくちゃいけない」

「政治家からの不当な圧力で、会社が存亡の危機に陥っている」

「妻から今夜食事に付き合ってくれなければ離婚すると言われてしまった」

身の周りのことから仕事まで、すべての危機が同時に頂点に達していた瞬間だったの

です。




その時のカーネギーの行動


もうダメだ、限界だ、とカーネギーは思いました。

遺書を書いて自殺しよう。

そうカーネギーは決心し、机の引き出しを開けました。引き出しにはもちろん護身用の

拳銃が入っていたのですが、その下には自分の名入りの立派な便せんセットがありま

した。

「ああ、自殺するんだったら遺言を書かなくちゃ」

カーネギーはそう思って苦笑します。

まったく、自殺する前にもひと仕事しなきゃいけないのか・・・。


遺書をかく段になってカーネギーは考え込んでしまいました。

「死にたいぐらいに悩んでいるんだから、さぞかし自分には深い悩みが多いんだろう。

いったいいくつくらいあるんだ?」


わかんなくなっちゃったカーネギーは、黄色い便せんと鉛筆を持ち出し、思いつく問題や

悩みをすべて書き出したそうです。


当時、カーネギーは 「世界で一番忙しい男」 と言われていました。

仕事だけでなく、家族関係を含めると、悩みは絶対に何百もあるに違いない。

 ひょっとしたら 1000個ぐらいあるんじゃないか?

ところが、箇条書きにしてみると、60個ぐらい書いたところで、鉛筆がピタリと止まったそう

です。

思い出して考えて、とりあえず 「もっと悩みはあるはずだ」と些細な問題まで書き出し

ます。

しかし、あんなにたくさんあると思っていた悩みは、結局、70いくつぐらいしかなかったの

です。


普通の人でも70も悩みがあれば多いと思います。

でも自分の問題や悩みは何百もあると思っていた彼は、あれ?と思ったわけです。

結局、70個の悩みを順繰りに次から次へと考えていたことで、自殺をしようと考えるほど

追いつめられていたのです。


悩みを書ききった瞬間、今夜中に解決できることはほとんどないことに気がつきました。

カーネギーは悩みを書いた便せんを、問題ごとにちぎってカードみたいにし、それを仕分

けし始めました。


「明日できること」

「来週以降に着手できること」

「来月で間に合うもの」

「解決できないこと」

という4つの山に分けて、その4つ目の山(解決できないこと)はそのままくず箱に入れて

しまいました。

残った3つの山、自分の悩みを書いた便せんの切れ端をカーネギーは大事に机の引き

出しにしまい、そのまま彼は奥さんと夕食へと出かけたそうです。


もうすっかり、けん銃や自殺のことは忘れて。






苦しさの本質に気づく


私がこのエピソードを読んだのは、もうずいぶん昔のことです。

それでもその時、頭を殴られたようなショックを受けました。

そうか、悩みの本質、苦しさの本質というのは、

「複数の問題を頭の中でグルグルと回している状態」から生まれるのだと気付きました。

これを私は 「頭の中でジャグリングしてる」 と呼んでいます。

ノートをとらずに悩むことは、悩みをジャグリングのように空中で回しているのと同じこと

です。


本来、悩みの解決に使うべき脳の容量をジャグリングに使っている。

だから、あんなに悩むのは疲れるんです。だから、悩んでも答が出ないんです。

悩みが多くなると、一度にすべてを考えることは不可能です。

だから、いくつかの概念やアイデアを、同時に何個かずつ組み合わせては、ぐるぐる回

すことになります。

悩んでも答が出ないと、次は別の組み合わせでぐるぐる回します。

その次も、その次も、回し続けます。

組み合わせが変わると違って見えるので、悩みは無限にあるように気がします。




    

         スマートノート 岡田斗司夫 文芸春秋 

人の態度に一喜一憂してしまう人へ・・・




私はこれまでに神秘的?なことを中心に記事を書いて来ました。

そして、世界平和を祈ることで、光の溶鉱炉へ自分の全想念を投げ入れることで、新しいポジティブな想念に入れ替わって返って来ると

だから余計なことを考えずに神様(守護霊様)に全托したらいいですよ、と述べてきました。

理屈はそうなのですが

どうしても頭が邪魔をするのです。

「気にするなと言われてもどうしても消えない想念がある」

・・・・・・・・

そうだと思います。

それくらい3次元を爽やかに生きてゆくことは大変なのです(笑)

ここでは、2011年3月6日のブログから客観的に解決するメソッドをご紹介します。



私たちは他人の態度が気になります。

気にします。げっそり

その人の感情は自分が動かしているように思い込んでいます。

だから相手が自分に対して怒った場合などは

「ほとんどの責任は自分にある」 と錯覚をするのです。

でも、本当にそうなのでしょうか?

自分の感情は自分でコントロールするしかないのと同じように

他人の感情もその人がその人自身でコントロールし解決すべきことなのです。

でも、そこまで割り切れない

割り切る方法をしらない

私もそうでした。

余計なことにエネルギーを使わないで済む方法はないのか?


今読んでいる本( 「1ヶ月」で新しい自分に生まれ変わる方法 )にそのメソッドが書いてありました。


問題点があるときは頭で堂々巡りをするのではなく、紙に書き出して客観視することが有効です。


みなさんも参考にされてみては? わーい(嬉しい顔)



本の中から抜粋します。




 
  

 「5つのマス」 で問題を正しくとらえ直す

 


「友達の態度に一喜一憂してしまう・・・・・」

 

K乃は、今朝、電車を降りた駅で友達に会ったので、

「おはよう」

と声をかけました。 いつもなら、

「あっ、おはよ~ぉ、いま電車から降りたんだぁ」

と返事が返ってくるのに、友達からは不機嫌そうに (と感じた)

「おはよう」 としか返事がなかったので

「私のこと、何か怒っているのかな、私と話したくないのかな」

と考えてしまいました。

友達から
 「嫌われたに違いない」 という考えが浮かびます。

「あの態度は絶対そうだ」 と確信します。

「私って、誤解されやすいのよね・・・・・。でも私に何か悪いところがあったのね きっと」

そう考えていると、暗く、イヤな、自分を責めるような気分にさえなってきます。

学校に行くのも気が乗らなくなってきます。 授業もなんとなく楽しくありません。

昼休みも友達からできるだけ離れています。

一人で机に向かって座っていると、朝の考えがまた浮かんできます。

行動はますます消極的になってしまいます。



空気が読めないのは困りますが、K乃のようにあまり相手の言動に左右されてたのでは、自分らしくのびのびと快適に生活できません。

相手の態度に振り回されないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。

まず、今の状態が心地良くないとしたらどう変わりたいか目標をしっかり持つことが必要です。

そして自分の問題に気づいたら、今度はどうなりたいかを考えてみます。


「相手の態度に一喜一憂しないようになりたい」

「何か事が起ったとき、パニックにならないようになりたい」

「ゆううつな気分から抜け出したい」

などでしょうか。 

人は、

「こんな状態では心地良くないからイヤだ」

と思ってはいても、

「では、どういう状態になりたいのか」

と聞かれると、具体的に言葉にならないことが多いものです。

漠然と、「心身ともに快適な生活がしたい」 というのでは、どうしたらそうなるのかわかりませんね。


第一章で触れたように、あなたの反応パターンは、感情と思考と行動が密接につながって、セットで動きます。



ですから、 物事をどのように考え、それをどのように感じ、そしてそれに対する反応はどのようになりたいかを、具体的に考えることが重要 です。



では考え方を見直し、もっと新しく生まれ変わるその方法をご紹介しましょう。



( 書き込むだけで冷静な判断ができる )


相手の態度に一喜一憂しないようになりたいと考えているK乃の場合を例に考えてみましょう。


紙を出して広げてください。 紙に5つのマスを作ります。


1番上のマスに、今朝起こった状況を書きます。


2番目のマスに、そのとき頭に浮かんだ考えを書きます。


3番目のマスにそのときの気分を書きます。


その気分が最悪のときを 100 とすると、いくつくらいか書いておきます。


4番目のマスには、2番目のマスに浮かんだ考えに反対する言葉や、別の考えがないかを書きます。

この別の考えと、はじめに頭に浮かんだ考えを見比べて検討します。


どちらが客観的で合理的、あるいは常識的な考えでしょうか。


場合によっては親しい人に聞いてもらって意見を聞いてみましょう。


5番目のマスに、いろいろ思い、考えを巡らせた結果、いまの気持ち、感情について書き入れます。
 

その気分は最悪の状態を 100 とするとどのくらいかも書きます。


K乃は1番目のマスに、今朝、友達に声をかけた状況を書きました。


「おはよう」 と声をかけたのに友達は不機嫌そうに 「おはよう」 と言っただけでした。


2番目のマスに、そのとき頭に浮かんだ考えを書きました。


それは、


「嫌われたに違いない」


「私のこと怒っているのかしら」


「私が何かしたのかな」


「私は誤解されて嫌われやすい」


などでした。


3番目のマスに、そのときの気分を書きました。


とても不快な気分で、さらに 「寂しい」 「悲しい」 でした。


その気分は最悪の状態からみると70くらいでしたので 70くらいと書き入れました。

 
4番目のマスには、2番目に書いたはじめに頭に浮かんだ考えとは別の考え方、反対の考え方などを書きました。
 

「疲れていたのかな」

 
「友達は今日提出するレポートのこととか、何か考え事をしていたのかもしれない」

 
「家で何か不愉快なことがあったのかな」
 

「体調が悪いのかもしれない」

 
・・・・・そして2番目と4番目の2つのマスに書かれたさまざまな考えをじっくり見てみると、どれにいちばん信憑性がありそうでしょうか。

 
最後のマスに、検討した結果、今の気分を書きます。


「そうか、別に私は何かした覚えはないし、友達はたまたま気が乗らない気分だったんだわ、きっと。 誰にでも機嫌の良くないときってあるものだし」


という結論から、今の気分は最悪のときの 100 と比べると、40くらいになっていました。


もし、 「やはり何か嫌われることがあったのだ」 とどうしても思ったのであれば、それを解決する方法を考えましょう。

相手にそれを聞いてみることもできますし、信頼できる人に意見を聞いてみるのもいいですね。



このように、物事のとらえ方を客観的に正していくことを繰り返していくうちに、


「相手の言動に一喜一憂する」 から 「物事を積極的に考えて自分の考えに自信を持つ」


ように、前向きに変わっていきます。


K乃のように、相手の言動に一喜一憂するのも、たまたま作り出した反応パターンのせいかもしれないのです。


こうした方法ではネガティブな反応を修正して脚本を書き換えることもできるのです。




 
 「1ヶ月」で新しい自分に生まれ変わる方法 中村延江 すばる舎




  

2017年4月18日 (火)

高い志の目標を持つことはなぜ大切なのか?

 
このテーマについては、もう何度も書いてきましたが

目標は高ければ高いほど、そして人類愛に溢れていればいるほどよいと思うのです。

ソフトバンクの孫正義さんの究極のビジネスの目的とは

「地球の裏側に住んでいる小さな女の子を笑顔にすること」 だとおっしゃっています。

笑顔にするというのは、幸せにする、平和にすることだと思うのです。

自分や自分の周りだけが幸せになったとしても小さい小さい(笑)

自分の波動圏を広げて地球の裏側や地球全体、そして宇宙全体の平和を祈る・・・・・

実は、世界平和の祈りとは、地球世界人類だけではなく宇宙人類全体の平和を願う祈りなのです。

そんなことを願う人って、神様か宇宙神しかいませんよね(笑)

だから世界平和の祈りは、宇宙神と共鳴する言霊なのです。

世界平和の祈りは究極の大きな、とてつもなく大きな目標だと思うのです。

だから、それに比べたらどんなことでも小さく感じます。

ハードルが低いので乗り越えていけるのです。

私の場合は、小さな目標もあります。

ビジネスを成功させる、友達をたくさんつくる、果因説を実践する、感動する出来事をたくさんつくる・・・・・しかしこれらはすべて世界平和の大きな目的の中に入っているのです。

世界平和の目的の中に個々の目的がある

だから諦めることがありません

個々の目的を諦めるということは、世界平和を諦めることになるからです。

事業で大成功をしている人は、大きな目的、ビジョン、目的意識を持っています。

そこからスタートしているのです。

ゴールを決めて、決意をして

孫さんの場合は

「地球の裏側に住む人たちを幸せにも出来ないで、どこにビジネスをやる意味があるのか?」

そこまで思われたかどうかはわかりませんが、強固な意志を貫こうとするのならば半可な決意(目的意識)では成就しないのです。

これから成功しようとしている人

お金持ちになりたいと思っている人

大きな仕事を成し遂げようとしている人は

なんのためにそれをしようとしているのか?

目的を達成した後には、何が残るのか?

その先にもっと大きな目標があるのか?

それを真剣に考えてみる必要があると思うのです。




  

2017年4月 5日 (水)

親は子に淋しい想いをさせてはいけないのです。


 
先々週に終わったテレビ番組で「とんび」というドラマがありました。(2013年4月1日の日記より)

妻がずっと観ていて

「すっごく感動するよ、お父さんも観てみたら」

というので一緒に観はじめたのですが

ほんとにそうなのです。何度録画を観直しても涙があふれてくるのです。

なにが感動するのかといえば、親の愛、人間愛です。

お父さん役の内野聖陽さんの人柄かもしれませんが温かいエネルギーが伝わってくるのです。(つくづくドラマはキャストだなと思います)

物語の内容は割愛しますが、最終回で内野さんが旭(あきら)という一人息子に語った言葉が、最高に感動しました。

 

親は、子よりも偉いものでもなんでもない

ただ子よりも先に生まれてきただけなんだ

子育てをしようなんて思わなくていい

俺の子育てなんて間違ってばかりのことをやってきた

だけどありがたいことに子どもは自分の力で立派に育ってくれる

お前は自分の力で育ったんだ


お父さん役の内野さんである「やっさん」はそう言っていました。

ほんとその通りだと思うのです。

私も息子に対して子育ては失敗ばかりをしていたと思うのです。

しかし、息子は私の知らないところでいろんな経験をして

しっかりと育ってくれています。

子に影響を与える期間というのは、限られた極短い時間だと思うのです。

その短い時間の間に

親は子になにをしてあげればいいのか?

「やっさん」 はそれを教えてくれたのです。

「やっさん」の愛は、親子愛だけでなく

人類愛に通じると思うのです。

私がそう感じた「やっさん」の台詞をご紹介します。

「やっさん」が子育てに悩む息子あきらに話す言葉です。


 

「一つだけ親がどうしても子にしてやらなければいけないことがあるんだ、それは子どもに淋しい思いをさせないってことなんだ」

「淋しいっていうのは、雪みたいにチロチロチロチロ降り積もって、いつの間にか心をガチガチにするんだってよ」

「だから親は海にならないといけねえ、海になって笑ってなきゃいけないんだ」

「海には雪は積もらねえから・・・・」



追伸

文章だけではあのドラマの感動は伝えられないのが残念なのですが、心が寂しさでガチガチになった人は心が固まったままで凍ったままで人生を歩いていけなければならないのです。

また別の番組で、小さい頃にお母さんに愛されていないと感じたまま大人になった女優が出演していました。

お母さんは有名な作家で忙しくて、子どものことをかまってやれなかった。

褒めてもらおうとテストでとった100点をみせても、お母さんが喜んでくれそうなプレゼントをしても冷たく反応される。

しかし母は決して娘を愛していなかったわけではなく、影では見守っていたのです。

応援もしてくれていた、もらったプレゼントも大切にしていた。

ただそれが娘には通じていなかった。

心に雪が積もった後でそのことを知っても遅いのです。

娘は後でそのことを知ったが冷え切った心を溶かしてくれる親はもういない(亡くなっている)。

だから自分で自分を温めるしかないのです。

人間の不幸って自分を温めてくれるものがないこと、温めてくれるのが何であるかを知らないことだと思うのです。

人間のほんとうの親は、肉体界の親ではありません。(肉体の親は仮の親です)

肉体界では親であっても

魂(心)の親、本当の親は、守護霊守護神なのです。

だから守護霊守護神のことを知れば、肉体の親への執着はなくなります。

親への感謝の気持ちはあっても恩は感じても

親から 「愛してもらいたい」 「温めてもらいたい」 という気持ちは薄れてくるのです。

しかしそのことがわかる前は

やっぱり海になってくれる人が必要なのです。

親は、子になにが出来るか?

それは、淋しい想いをさせない

心を凍らせないように

冷えないように

目を離さず観ていることです。

そして

言葉はいらない

抱きしめてあげればいいと思うのです。

人間は愛されていることがわかれば、それだけでたくましく生きていけるのです。

 

人と接することが苦手な人へのメッセージ

この世の中は人と人との交わりです。

ですから、人とうまく付き合うコツを学んでおくことも大事ではないかと思います。

まず人と接する場合、一番頭に思い描かなくてはならないことは、自然体に振る舞うことが出来るかどうか、ということです。

自然体ということは、簡単なようで、これほど難しいことはないのです。

自然体とは、自分自身を何も包み隠さず、相手の思うがままに見てもらおう、という態度です。

自分を大きく見せようとか、優秀な人に思われたいとか、誠心誠意の人に思われたいとか、心にそういう魂胆があると、初対面の人に対して自然体に振る舞えなくなります。

そうなると、相手に自分のことを正しく評価してもらえず、せっかく相手が自分の人生において欠かせぬ人物であったとしても、その人とのつながりを失ってしまうことになります。

ですから、人と付き合う場合、一番心がけなければならないことは、裸の心になってあるがままの自分をさらけ出すということです。

これが出来る人は大勢の友、いろいろなタイプの友を得ることが出来るのです。

友だちが多いとあらゆる面で助けを得ることが出来ます。

自分が困難な事態に直面したり、悲惨な状況に陥った場合、心から助けてくれるのは真の友なのです。

有能で知識欲のある人や、人を指導する立場の人は往々にして、慢心や偏見があり、どうしても自然体で人に接することが出来ないものです。

自分を偉そうに見せてみるとか、博学のように見せてしまうとか、自分がどういうものであるかを主張したがるものです。

それも自分のことを正直に語れば、相手の心を魅了するものですが、そこに偽りや虚飾があると、誰もその人を心から尊敬しませんし、友だちになることを嫌がります。

自分がどう思われたいかを気にする人は、もうその時点でいい友を得ることが出来ないし、自らの人生に自信を持って生きることが出来ない人と言えるのであります。

自分に信念があり、自分に実力のある人は、人からよく思われようとか、人にどう思ってもらいたい等という姑息な考え方が心に浮かばないのです。

大抵の人は、人と接した場合、無意識のうちに自分と比べてしまいます。

学歴や才能や知識などで、自分が優れていると思ったら、突然威張りたくなったり、自分が劣っていると思ったら、自信がなくなります。

そういう人はまだ人間が出来ていないのです。

本当に人間が出来ている人というのは、自分と人との比較を決してしません。

また自分に自信があるから、人の良い面をみようとします。

人からどんなふうに思われても、“自分はそれでいい” と弁解もしなければ、取り繕うこともしません。

取り立てて自分のやっていることを人に知らせようともしません。

“ただあるがままの自分を人に見てもらうだけで十分だ” と思っているのです。

ですから人間というものは、自分に対していい意味で誇りを持ち、威厳を持ち、自分を尊び、神の子としての自覚をもって生きなければならないと思います。

人間は誰も彼も、最終的には神の子の姿を現わします。

それが遅いか早いかの違いです。

前生の因縁によって遅い人も早い人もいますが、現在、自分が生きてゆく上で、一番戒めなければならないことは、自分自身を飾らず、裸の心をもって人と接することです。

どうぞそのように心掛けて人との尊い結びつき、縁を大事になさっていただきたいと思います。

   

       「明日を明るくするメッセージ」 西園寺昌美著


 

2017年4月 4日 (火)

考えない努力をするのです

 

一日のうちで意識=気持ちが落ち込む瞬間(とき)がある。
  
その日に誰かに批判されたこと、何かの出来事で自己嫌悪に陥ったことかもしれない。
 
そのまま放っておくと、どんどん大きくなって

相手か自分を責めてしまう。
  
そんな時はそこから意識を外して、プラスの波動に入っていけばいい。
  
気づいていないが、私たちの周りはプラスのエネルギーで溢れている。
  
宇宙、風、自然、花、みんな自分をやさしく包み込んでくれるプラスの波動ばかりだ。
  
 

まず、最初にやることは考えない努力をすること。(ここが重要ポイントです)
 
気になっていることから意識を外すのだ。

その方法とは?
 
意識を頭、つまり上から足の裏=下にさげる。

すると
 
何も考えられない、何も浮かんで来ない状態となる。
 
そして今度は足の裏に行った意識を風(その他なんでもいい)に合わせる。
 
合わせ続ける。
  
すると、段々と自然に気持ちが晴れて明るくなってくる。


なぜ、明るくなったのか?なんて理屈はいらない。
 





素直な人はお得です。

いいと感じたら考える前に実行している。 

考えない努力をしていると思わぬご褒美を戴ける。(考え過ぎているときは、たいがいマイナス思考になっている)

それは無欲になったことに対するご褒美。

欲を無くしたときにプラスのエネルギーが流れる。

プラスのエネルギーが流れ続けると

やがてプラスが具現化(ぐげんか)=現実化される。

それが、宇宙からのプレゼント。

マイナスを吐かなくなると 夢が叶う 

吐(ひく-は)叶




調和波動気功法


http://www.harmony-wave.jp/




  
  

2017年4月 2日 (日)

勉強は世のため人のためにするのです

 

年をとって、老人とよばれるような年齢になったときに

自分は何のために生まれてきたのだろう?

自分は世の中に対し、人に対し何をしてきただろう?

残りの余生をどう過ごしたらいいのだろう?

自分は肉体を離れたときに、どうなってしまうのだろう?

などというような疑問を持ったまま死んでしまうのは

なんとも情けないことだと思うのです。

確かに家族は守った、仕事もそれなりにして会社にも貢献した

友だちも何人かはいる

経済的にもなんとか老後もやっていける

人間としては平均点はいっていると思う

しかし、厳しい言い方かもしれませんが

この人たちが素晴らしい最後(死)を迎えるとは

どうしても思えないのです。

それなりに真剣に生きてきたかもしれない

誰に迷惑をかけることもなく

精神的にも経済的にも自立していたかもしれない

しかし、それだけでは神さまは合格点はくださらないのです。

死後に、霊界、神界(天国)には、導いてはくださるけれど

霊界、神界の光は眩し過ぎて耐えられないのです。

それは、魂が美しいまま移行したわけではないからです。

肉体の死は、まだプロセスだからです。

魂は永遠に生きつづけているので死ぬ直前であっても魂を磨こうという意思がなければ

霊界や神界につながっていかないからです。

3次元的に当り前のことをやっていただけでは

3次元と4次元、多次元はつながっていかないのです。

3次元と4次元多次元はらせん状につながっています。

3次元の終りは4次元の始まりであり

4次元につながるような “生き方” をした人でないと安らかに移行はできないのです。

それは、死後の世界を知っていなければならないということではありません。

人として、人間として

「この生き方でいいのだろうか?」

「もっと自分のことだけではなく、社会や世界に貢献できることはないだろうか?」

「自分はこの世のこともあの世のこともほとんどわかっちゃいない、もっと知るにはどうしたらいいのだろう?」

こういった自分自身に対する疑問に逃げず避けず

向上心を持って、正面から挑んでゆくことが大切だと思うのです。

目標を持つこともそうですよね。

なんのために勉強をするのか?

なんのために自分は生きているのか?

そのためには自分はどうすればいいのか?

ただ平々凡々に生きていただけでは絶対に魂が満足しない

本心が満足しないようになっているのです。

それまでは、肉体の死は訪れるようにはなっていないのです。

私たち人間は今、真剣に死や “生き方” を考える時期に来ているのではないでしょうか?

ある本を読んでいて

そのことを痛切に感じたのでした。



 原文

  

一軒の家を守る者あれば、過分の働きをなしたる手柄もののやうに称すれども、この人はただの蟻(あり)の門人というべきのみ。

生涯の事業は蟻の右に出づるを得ず

学問の道を首唱して天下の人心を導き、推してこれを高尚の域に進ましむるには、

特に今の時をもって好機会とし、この機会に逢ふ者は、すなわち今の学者なれば、学者世のために勉強せざるべからず

 

 

訳文

マイホームを持ち、守る者があれば、並以上の働きをした立派な人のように言うが、この人たちはただ蟻の弟子というくらいのものだ。

生涯やったことも、蟻を超えることはできない。

学問の道を先頭に立って唱え、天下の人心を導いて、さらにこれを進めて高いレベルに持っていくには、とくにいまの時期が大きなチャンスである。

だとしたら世の中のために努力しないわけにはいかないだろう。

 

蟻のような一生で満足してはいけない

第九編にあたるこの文章は、福沢諭吉が故郷の友人に送ったものだ。

「蟻の門人となるなかれ」 とは、ただ働いて死ぬだけの蟻のような一生を送るな、という意味である。

もちろん自分の家族を持って、その人たちのために一生懸命働くことは尊いが、それだけのために生きるのだとしたら、人間に生まれたかいがない。

人として生まれたからには、世の中をよくするような生涯の事業に、自分の一生を賭けることがあってもいいのではないか、と福沢は言っているのだ。

人はどこかで自分の力を世の中に役立てていくことが、生まれてきた使命ではなかろうか。

私はNHKでやっていた 『 プロジェクトX 』  という番組が好きで、子どもと一緒によく見ていた。

黒部ダムや青函トンネルをつくった人たちのすさまじい記録や新幹線を開発した人の血がにじむような努力など、無名の人たちが一生懸命自分たちの職務に尽し、そのおかげで今の日本が出来上がっていったのがよくわかる。

『 プロジェクトX 』 のようなDVDを見て、刺激を受けるのもいい。

実際、『 プロジェクトX 』 を見て、「病気で苦しむ人たちを救うためにお医者さんになるんだ」 と決意し、一生懸命勉強を始めた子どももいた。

勉強する目的が 「自分だけいい生活をする」 「自分だけいい会社に入る」 「自分だけ高い給料をもらう」 というだけでは、今ひとつ盛り上がらない。

「世の中の役に立つ人になる」 → 「そのために勉強するんだ」 という動機づけは、奮い立つきっかけになる。

      
       おとな 「学問のすすめ」 斎藤 孝 筑摩書房



 
  

インターネットの世界は現実ではない


かつて

ケイタイ電話も インターネットも 電子ゲームも

ネットから生まれた善意の革命も ツイッターも ネット犯罪も サイバーテロもなかった

それらは今 善い面も悪い面も 国境を超えて広がっている

かつて

家族皆で夕食を囲み

今日一日あったことを共に語り合い 慰め合い 励まし合い

時には笑いくずれる瞬間があったことが懐かしい

そのころ皆誰でもが

真剣に仕事や勉学に励み

辛い経験を乗り越え

知恵と体験と自信を身に付けた

自らの尊い人生を築いてゆくために 切り開いてゆくために・・・・

が 今日は汗と労働力なくして

ゲーム感覚でお金を儲け

億万長者となる者もいるし

顔が見えないため犯罪が横行する

知恵なし コミュニケーションなし 労働なし 良心なし

まるで無機質

朝から夜中まで

インターネットの中に存在する

金、カネ、 金‼ の世界

一見富者でも心は貧者、いや極貧

夢も希望もなく

真の喜びも幸せも失い

ただ孤独あるのみ

インターネットの世界は

現実ではない  永遠でもない

すぐに風化する 陳腐化する 役に立たなくなる

もっと有意義で価値あるものに

自らの生命エネルギーを注ぎ込むべきものを・・・・・

自らの選択、決断、決定により

自らが下す価値のな人生

生きる意味のない人生

不毛の人生

人は誰でも

自分自身にとって最高の生き方を

目指して生きるべきもの

もっと真剣に自分と向き合う時間を取るべきもの

自分をごまかしてはならない

自分を裏切ってはならない

もっと自分自身を大切に

自分を信じるのだ

すると自分の中にこそ

すべて存在することに気づくのだ

人は誰でも

人と人とのつながりの輪の中でこそ生きられるもの

決して孤独の世界では生きられるものではない

バーチャルの世界にどっぷり浸り切ると

そこに真の人との結びつきは得られない

勇気をもって実世界へと脱け出すことだ

大金は奪えても

知恵や経験 自信や信念は

決して誰も奪い取ることは出来ない

正しい選択、判断を下し

失敗を恐れず 安易な道を選ばず

知識より知恵を身に付けることだ

神意に沿った大道を生きることこそ

今生に生れてきた

生きがいというものであろう

人類即神也

  西園寺昌美 

 

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