2017年10月 3日 (火)

世界平和の祈りは五井先生と神界との約束事



【明かされた神界との約束】

 

どんな祈り言にも神秘力が伴うのは、地上の提唱者と神界の神霊との約束事が結ばれているからである。

ただ単に美しい言葉だから、そして言葉に力があるから、というだけではない。

人間の頭で考え出したどんな美辞麗句も、神さまあるいは仏如来、あるいは観世音菩薩、または霊(神霊)の力と結びついていなければ、力はない。

力とは浄める力、救う力である。つまり祈りの実力である。

ああいい言葉だな、だけで終ってしまう。あるいは人間の苦しみ、悩みを天に訴え、天に救ってください、という人間の叫びだけになる。

祈りそのもの、神名そのものに神秘なる力があるのは、そのバックグラウンドがあるからである。

念仏に人を救う力があるのは、アミダ仏という仏如来との契約があるからである。

念仏する人すべてを救い上げる、というアミダ仏の誓願が成就しているからである。

世界平和の祈りも同じように、地上の提唱者五井先生と、神さま仏さまとのあいだに約束事が交わされ、この祈りを祈るところ、祈る人に素晴らしい大光明を降ろす、つまり大光明が輝きわたる、ということになっている。

昭和32年の白光誌2月号に、世界平和の祈りについて、

「この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです」と初めて発表された。

この文言を発表したのは他ならぬ五井先生である。

それまでは救世の大光明という言葉も、五井先生と神界との約束事という言葉も、五井先生の中に隠されていた。

五井先生は事を始めるのに、とても慎重なところと、ズバリそのもののとても大胆なところがある。

世界人類が平和でありますように、という祈り言葉を正式に発表するのにも、慎重だった。

慎重というより、時を待っておられたようだ。

祈り言葉が整ってくるにしたがって、祈り言葉を唱える光明力が目に見えて巨大となり、大光明となって溜まってくるまで、そのダムに光明があふれ、限界点に達し、やがてその一部が堰を切って流れ始めたことによって、初めて先生は、民衆の前に、これを発表されたと思うのである。

世界平和の祈りの源は、五井先生が直霊と一体化する前、すでに神霊側に用意されていたが、五井先生が直霊と一体となり、自分の中に平和思想、祈りの哲学が成熟し、大光明となって現われるに及んで、救世の大光明の中心者から五井先生に 「かく祈れ」 と命が下されたにちがいない。

だから五井先生は、教えも祈りも、肉体の私が発明したものではなく、神から、救世主から直接発せられたものである、とおっしゃっている。

「救世主みずからが、やれ、とおっしゃっているのだから、すごい力があるんですよ」とも後年おっしゃっている。

しかも 「この祈りは五井先生と神界との約束事」 と明記されている。

一柱の神、一如来、一仏、一体の観世音菩薩とのあいだに結ばれた約束事ではないということだ。

仏教に十一面観世音菩薩という観音さまがいらっしゃる。この観音さまの誓願に、「すべての人(民衆)が救われなければ、自分は菩薩界に戻らない」とある、ということを、ある小説を読んでいて知り、感動した。

人類が一人残らず救われるまで、菩薩界に戻らず、地上界、幽界にとどまって、観音行をつづける、という守護霊守護神の権化のような姿である。

 

一体の十一面観世音菩薩でさえ、いのちをかけてそれほどの光明力を人類に注いでいるのである。

その観音さま、仏さま、如来さま、神霊、守護神たちという、神界(仏界)に住む、オールキャストが一つになって、その光明力を集団的に発揮するというのが、五井先生と神界とのあいだで結ばれた、世界平和の祈りの約束事であるから、その光明力たるやそれはすごいものだ、と容易に推測できるのである。




 『神の満ちる星の話』(五井先生が語った地球と人類の未来図)高橋英雄著



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます
 

感想・・・・世界平和の祈りの凄さ、いや凄まじさは肉体の五井先生が頭で考えた言葉ではなく、聖者になってから意識が神意識になってから神界の最高霊位の宇宙神さまから授かった言葉だったのです。

そしてその宇宙神の中には、観音様、菩薩様、仏さま、守護霊守護神、金星の長老、エンジャラスカラー様(波動の神様)、宇宙天使、お釈迦様、キリスト様、老子様、地球霊王さま(インナーアース)・・・・・などありとあらゆる神様、仏様がおられ、

その方たち?が一堂に会し世界平和の祈りを祈る人を応援してくれているのです。

こんなに心強いオールキャストを持った祈り言葉はないのです。

そして私たちは肉体界を去って霊界神界、そしてよその星に行ったとしてもそこでもやはり『世界平和の祈り』を祈りつづけるのだそうです。

祈りは一生ものではなく、未来永劫永遠に続くのです。

それは宇宙共通の祈りだからです。

私は改めて世界平和の祈りに感嘆したのでした。

こんな凄い祈りなら

「自分も地球世界も同時に幸せに、平和にならないはずはない」

と思うのです。




  

 

 

2017年9月27日 (水)

世界平和の祈りによる三大効果

 
 
1.この祈りはいつも申しておりますように、人間の心を去来する業想念を光明心に振りかえさせるために、業想念は、すべて消えてゆくために起こるもの、という真理の言葉を裏づけとして、祈らせ、いつの間にか、個人を安心立命を得させる、という意義であります。

この原理は、人間には潜在意識といって、幽体に想ったこと、行なったことが、すべて録音機のように録音されているのでその録音された業想念が表面意識に現われようとする時、あるいはした時、それと同時に、光明心、つまり世界平和の祈りを録音してしまう、ということであります。

そうしますと、悪とか不幸とか失敗とかが表面に現われる度に、潜在意識は見事に光明心に振りかえ録音されるわけで、これを何度びかつづけてゆけば、潜在意識は光明心で一杯になってしまい、そのままの心で、特別力む必要もなく、その人は善事を為してゆくことが出来るようになるのです。

 

2.人間の幽体つまり潜在意識の奥には、神意識、光明そのものの世界があるので、世界平和の祈りをしていると、その度に、祈った人の想念が潜在意識をつき抜け、神意識、救世主の光明世界の中に飛びこんでゆくことになる。

そうしますと、幽体、霊体というのは、幽界霊界で一つに通じ合っているものですから、一人の人間が肉体界から神界まで祈りの想いで突き抜けた業想念の割れ目を通して、神の大光明が幽界霊界を縦から横に響き渡るのです。

これによって幽界霊界が浄められてゆき、肉体界の人間の思想想念が自然と浄化されてゆくのであります。



3.世界平和の祈りが強まれば、その純化されたところに、神霊や宇宙人が、地球世界救済のために、その姿を現実体として現わし、現実的に、業想念で行動している大国を真実の平和の道に入れて下さる、ということにもなっているのであります。

もはや、地球人類だけの力では、地球人類自らを救済することは出来ません。

人類を救う者は誰か、それは神霊の団体活動であり、宇宙人の援助による他はないのであります。

それを一日も早くなさしめ、その活動を容易になさしめる方法は、世界平和の祈りによるのであることを、改めて申し述べて置きます。




『愛・平和・祈り』 五井昌久著 白光出版


*この本にはこれから地球上で起こることやそれの付随して大切なことが書かれています。是非、読んでみてください。

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

感想・・・・今日初めてこの記事を読まれる人は、特に2.の幽界霊界がわからないと思います。

私たちは物体である肉体や、肉体界しか目に見えないので、その他の目にみえない世界が存在しているとは思っていないのです。

しかし人間とは、肉体の他に幽体、霊体、神体というボディ(体)を同時に纏っており、その大きさは幽体が約、家一軒分(オーラとは幽体)、霊体は、地球大、神体にいたっては、宇宙大なのです。

ですから私たちが肉体意識を離れ(捨て)、神界(宇宙)に意識を合わせれば宇宙そのものになるのです。

そして私たちは肉体界の他に幽界、霊界、神界にも同時に生きているのです。

肉体の死とは、死んでから幽界や霊界神界に往くのではなく、もうすでにそれらの三界(他界)に住んでいるのです。

仏教では、肉体の死を往生(おうじょう、生きて往く)、他界すると言います。

人間は未来永劫永遠に生きつづける霊(神霊)なる存在です。

そして肉体界に非常に大きな影響を与えているのは肉体界にくっついている幽界です。

幽界は潜在意識の世界であり、想念行為の集積場でもあるのですが、浄まった世界である霊界や神界に行けずにさ迷った霊魂たちがうごめいている世界でもあるのです。

この世界の汚れた業想念やさ迷った霊魂たちが肉体界に悪さをするのです。

肉体界は幽界が浄まらない限りは善くならなのです。

人間を守っている守護霊さま、守護神さまは幽界を浄めて運命が好転させるように日々加護してくださっているのです。

地球世界の平和の実現は守護霊さん守護神さんだけの力だけではなく3.にあるように救世の大光明霊団である宇宙天使たちの助けが必要です。

そして言うまでもなく私たち人間が世界平和の祈りを祈り、高次元の意識と波長を合わせることでその助けが最大限に生きて来るのです。

 

  
   

2017年9月 2日 (土)

世界平和の祈りは素晴らしい!

 
祈りとは、生命(いのち)がのりだすという意味であり、心の底から元気、勇気、陽気が湧いて来るものなのです。

なぜなら祈りの言霊は、人間の根源である宇宙とつながっているからです。

宇宙、神の理念、願いはなにかというとすべての宇宙人類が平和で調和のとれた世界になることです。そして進化し続けることです。

宇宙が平和で調和し、進化しつづけるには、愛が深まることしかありません。

「世界平和の祈り」を祈っていると、余計な業想念が消えて、愛の心が湧いて来るのです。

それが祈りです。

祈りしか自分を輝かせ、人類を幸せにするものはありません。私はそう確信しています。





『祈るあなたは神の世界の住者』


神は人間の本体であり、神の世界こそ、人間の本住の地であるから、人間はどうしても神のみ心に還らなければ、真実の明るさ、真実の安心を得られぬようにできていないのである。

世界平和の祈りをしている時は、その人はすでに神の世界の住者なのである。

なぜなら世界人類の平和こそ、神の姿の現われた姿であるからで、それを願うのは神のみ心そのものであるからである。

世界人類の平和を乱しているもの、それは人間の業想念に他ならないのであるから、その業想念を神の世界の大光明の中に各自が持ち込んで、消し去ってくることによって、この世が、神の真の姿である平和世界になることは必定なのである。

その最もやさしい方法が世界平和の祈りなのである。



『いつでも光の中に住もう』


人間はいつでも光の中に住んでいることが大事である。

なぜかというと、神様は大光明であり、人間はその光明を分けられてこの世界に住んでいるからである。

大体において、暗い陰うつな人より明るい清らかな人のほうが誰にでも好かれるのも、この必然性によるのである。

そのようなことは、今さらいわれなくともわかっているようでいて、実はその反対の生き方をしている人がたくさんいる。

この世界が暗くてみじめなのは、一人一人の暗いみじめな、不幸や病気や悪に巻き込まれやすい生き方が、寄り集まってつくりあげているのであって、一人一人の責任である。

永遠につづき得る明るさは、真実神につながり得た明るさ、本心開発の道を歩みつづけている明るさである。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


すべては完璧、欠けたるものなし、大成就!




 

2017年8月20日 (日)

世界平和の祈りはどのように祈ればいいのか?


 
いつも申しておりますが、世界平和の祈りは、どのようにすればよいかについて、又改めて申し上げてみましょう。

世界平和の祈りというのは、どんな宗教宗派に入っていようと、どんな国の人であっても、真に世界平和を願い、自己の幸福を願う人なら、誰でも反発なしに唱えられる祈り言でできています。

世界人類が平和でありますように、こうした祈りに反抗を持ち得る人は一人としていないわけです。

何処でも誰の前でも、堂々と明るく祈れるのが、世界平和の祈りです。

この祈りは、自分の心を美しく磨いてから祈れという祈り言ではありません。

業想念の渦巻くままでもよいから、その想いのままで世界人類が・・・・・とやれば、救世の大光明の中にその人自体が入り得たことになるのです。

怒りの想いのまま、恨み心のまま、妬み心、欲張り心のままでもよいから、世界人類が平和でありますようにと唱えれば、神々はその人々の業想念波動をいつの間にか、光明波動に洗いあげて下さっているのです。

その期間の早い人も遅い人もありますが、只祈りつづけていれば、その人は必ず安心立命の境界に入り得るのです。

業想念波動が、光明に輝く生命波動そのものになって、自分たちの生活が明るく清らかになってくるのです。

それと共に、その人の体を通して光明波動が、世界中に放射されてゆくのです。

一人出家すれば九族救われる、という言葉がそのまま実現されるのです。

世界中が、世界平和の祈りに統一されて、世界が全き平和を実現させる日のために、私たちは、悪にも善にも把われず、把われたらまま、世界平和の祈りを根本にした日常生活を行じてゆきましょう。



『本もの にせもの』 五井昌久著 白光出版



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます 




追伸・・・・世界平和の祈りを祈りつづけていけばその大光明によって自分と人類の業想念が清められ、自分の運命と共に地球人類の運命が光明化されてやがて神界がそのまま地上に降りて来るという、文章にすると簡単ですが、とてつもなく凄いことが起きるのです。

それは自分の先祖が9族救われるという文章からもわかります。

自分の親の又親、その親、その親、親、親、親、親、親までというととてつもない人数になります。

その強い光が横にも拡がり、人類が覚醒してゆくのです。



  

2017年8月11日 (金)

今こそ、世界平和の祈り

北朝鮮がミサイルを日本の3県の上空を通過させると発表しました。まさしく一触即発、危機的状況です。

日本国民の多くは、自然と「日本が平和でありますように」と祈ったのではないでしょうか?

事は、日本、北朝鮮だけではありません、アメリカも韓国もすべての国が大きく影響しています。

すると「日本、アメリカ、韓国、中国・・・・・」の平和も同時に祈りたくなるのです。そしてすべての国を包括する「世界人類が平和でありますように」と祈ると、その中には元凶である北朝鮮も入っているのです。

そして人類の中にはISやテロに人たちもみんな入っています。

そして世界とは地球世界だけではなく宇宙人類まで及んでいるのです。

みなさんはピンとこないかも知れませんが、地球よりも精神的に子供の星も存在するのです。日本の戦国時代のように同じ国同士が戦ってばかりの星もあるのです。

なぜ神様(宇宙)は、そんな幼い星を創ったのか?平和な調和な愛に溢れた星を最初から創ればいいじゃないか?と思うのですか、それでは進化しないのです。反省がないからです。

「ああ自分たちはなんて愚かなんだ」「自分もあいつも宇宙神という同じ光から分かれた分霊だったんだ、尊い存在だったんだ、兄弟姉妹だったんだ、仲良くしよう」と真理に気づかせるためにあえて不調和な状態を作り出しているのです。

まさしく地球がその瀬戸際なのです。ここで気づかなければほんとに滅びてしまいます。

そして用意されていたのが、「世界平和の祈り」だったのです。

私は今、寝ても覚めても「世界平和の祈り」を祈っています。祈りまくっています。(特別な印も組んでいます)

今、祈らなければいつ祈るんだという気持ちでいます。

効果?は抜群です(笑)。「世界平和の祈り」にはもの凄いパワーがあるからです。

宇宙神の応援が入ります。

お釈迦様、キリスト様、老子様、・・・・地球に降り立った聖者賢者が全力で援護してくれます。(彼らの悲願であるからです)

金星等進化した星の宇宙人、宇宙天使たちがどうすれば地球が救われるか?目覚めるためにはどうしたらいいか?考えてくださっています。

そして守護霊、守護神が私たち個人も人類も同時に救うために東奔西走しておられるのです。(霊界、神界から幽界を浄めに浄めてくださっています)

今が地球始まって以来、一番応援が入ってるのではないか?と思うのです。

それだけ神々は必死です。神々は愛そのものなので、地球を救うために援助を惜しまないのです。

なのに人間だけがまだ「やれお金だ」「やれ夏休みだ」「癌になってしまったどうしよう」と自分のことばかり考えているとしたら、ほんとにまずいです。

気づいた人から始めましょう。世界平和の祈りを真剣に祈りましょう。

大丈夫です。この言霊はもの凄いので、業にまみれ狂った人に光(愛)を届けるのです。

そして気づくのです。

「俺はなんてことをしようとしていたんだ」・・・・と。

人類を目覚めさせるためには、「世界平和の祈り」しかないのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


2017年8月 4日 (金)

世界平和の祈りについて


 

世界平和の祈りについては皆さん耳にタコが出来るほど私のブログで読まれていると思います(笑)

世界平和の祈りの大切さはもうわかった、だからもっと違う神秘的な感動的な話を書いてくれ、という声が聞こえそうなのですが(笑)

今は、言って言って言いまくってみなさんの潜在意識にインプットされるまで言い続けようと思っています。その他の話はその合間になりそうです。

今回は、私のメンター(人生の師匠)である于 寿明先生の世界平和の祈り観です。

五井先生とは少し違っているのかもしれません。

宇宙人から観た地球、宇宙人から観た地球人はどうなのでしょうか?







世界平和の祈りについて


私どもが唱えております世界平和の祈り、特に最初の世界人類が平和でありますようにという祈り言について述べてみたいと思います。


世界人類が平和でありますようにという祈り言を心に思い浮かべた時、その人は神様のチャンネルをひねったのと同じであります。


人類すべての悲願が結集し、祈り言となったこの言葉には、どんな人間の個我をも消してしまう大きな光がこめられ、放射されているのでありまして、この祈り言を、思い浮かべるだけでも私どもは大光明霊団の中に参加しているのであります。


ところで、この祈りの世界人類とは、どの程度の世界でありましょうか。勿論直接的には、私どもが住んでおりますこの地球を指しているのであります。

我々人間のいのちを細かくみて参りますと、それは光子という宇宙子から成っており、いのちの源はすべて波動から複雑に構成されているのであります。

宇宙に浮かんだ小さな星、この地球人類達は、こうしたいのちの成り立ち、いのちの仕組みというものにまだ気がついておりませんので、そのために宇宙人たちから 「幼い兄弟達」 と呼ばれているのであります。


私は今、宇宙人と申しましたが、実際この地球以上に、心も科学も数百倍も進んだ星々と人類が存在することは、事実でありますし、それのみならず、我々はこうした宇宙のすぐれた兄弟達から様々な援助を得て、一日一日を無事に過ごしているのであります。

世界平和の祈りはここに至って、地球人類のみならず、宇宙に生きるすべての我々の仲間、兄弟、宇宙人類が平和であるにという、宇宙の大調和をも目指した祈りであることが理解されるのであります。


この地球上には多くの国々があり、そのそれぞれの国は国交を結んでおります。

これからの政治家は、世界平和を根底に据えてかからなければ、一日たりと政治がとれなくなってくるでありましょう。

しかし、もっと真理を見極める眼を持ちますなら、単に地球という星の地上の国々との交わりというばかりではなく、星と星との交わり、星交というところまで進まなければ本当の宇宙全体の調和というものは完成されないのであります。

そして現在、我々にコンタクトを求めてきております宇宙の兄弟達は、この宇宙の大調和の中に、我々地球人類が一日も早く溶け込むよう、最大の助力を日々行ってくれているのであります。


 世界人類が平和でありますようにという祈り言は、宇宙神のみ心、愛の中に溶け入り、宇宙人類の一人として、全宇宙と宇宙人類全体の平和を祈り、又その愛念を彼らに送って、我々が日々彼らから受けております援助にも、応える形となっているものであります。

宇宙は玄妙であります。

そしてその玄妙な宇宙の運行を支えているものは、一点のわたくしなき、宇宙神の愛であります。


さて世界人類が平和でありますようにという祈り言には、さらにもう一つの奥義があります。

それは、人間というものの全体に向かって、祈り言を発しているということであります。

人間というものは、この肉体だけではありません。

幽・霊・神・大きく分けて、肉体以外にさらに三つの世界に生きているものであります。

この人間の本質、本体と申しましょうか、それぞれの世界に呼びかけ、霊界神界からの光の放射をしやすくする働きを、自然と持っているのが、世界人類が平和でありますようにという祈り言なのであります。


個人と人類の同時救済という性質を、この祈りは持っております。


さらにこの祈りは、人間の本体である光に向って愛と調和を放っている祈りなのであります。

ですから、心の中に 「世界」 と思い浮かべただけで、直ちにそれは、宇宙と人間の本体である光につながり、大光明を発揮することとなるのであります。


ちなみに宇宙人達は、こうした光体が自己の本質であることを熟知して、日々我々を助けてくれているのであります。


こうした世界平和の祈りを我々はたゆみなく祈って、宇宙人類と光と愛の世界建設のために邁進(まいしん)致しましょう。




  

 
『無限なる幸せを体得する方法』


~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎

2017年8月 3日 (木)

世界平和の祈りが人類を救う



五井先生の動画を観ていると、やはり波動が善いからなのでしょうか、スーッと魂に浸みてくるのです。

私が一生懸命に何時間もかけて書いているブログが動画だと10分で十分伝わってしまう。

だからといってみなさんが動画だけを観て悟れるか?というとそうではないのですが、今の時代は素晴らしいなぁと思うのです。

読むのが苦手な人は動画を何度も見直すことによって真理を理解してゆきます。

そしてSNSのフェイスブックは、フロー型です。情報がどんどん流れてゆくので少し前の投稿を引き出すことはめんどうですが、リアルに投稿者と読者が触れ合うことが出来ます。

ブログは、時間があるときに本を読むようにじっくりと思考することが出来ます。

ストック型だと言われています。(記録、情報が溜めておけるということ)

私はSNSを使って真理をお伝えしているのですが、その影響力は驚くばかりです。

いつの間にか、真剣に祈ってくださる人、印を組み始めた人、本を読んで真理を学ぼうとしている人がおられます。

実際に調和波動気功法のセミナーに参加してくださった人(なんと3名も)もおられるのです。

必要なツールすべてが揃っています。それだけ真理が一気に拡がる時期に来ていると思うのです。

そしてこの動画はすごいです。

私のお伝えしたいことのほとんどが凝縮されています。私が20年かかって得た情報を十数分で得られることが出来る。

これからはスピードの時代です。

短期間でみんなが悟る、みんなが幸せになる、・・・そして世界が平和になる。

そんなことをイメージした素晴らしい動画です。是非、ご覧ください。



https://www.youtube.com/watch?v=UsAgq4TCHjQ



  

世界平和の祈りは大清流のようなものなのですか?



質問: 私は自分に欠点が多いくせに、人様のことを、アレもいけない、コレもいけない、と思うんですけれど、いちいち言い切れませんし、わだかまりにもなります。

世界平和の祈りの言葉というものは、例えば、天から降ってくる清水のようなものと教わっています。

ですから平和の祈りの中にすべて入れて祈っていればよろしいわけでしょうか?

 

五井先生お答え: その通りです。自分のことは勿論、あらゆる汚れを大清流である、光輝いた清らかな神様のみ心の中に入れてしまうわけです。

ところが神様、神様といっても分かりませんでしょ。

神様というと、天照大神?観音様?いろいろな名前がついてしまうでしょ。

だから名前でなく、神様の目的にしたのです。

神様の目的は、この世の中には神様のみ心を現わすことです。神様のみ心というのは、端的にいえば平和、大調和なんです。

大調和の平和のみ心の中に入るために、神様の目的である、世界人類の平和を打ち出した。

ただ私たちが、世界人類が平和であれ、平和であれ、では、おかしいでしょ。

それで、神様が “世界人類が平和であれ” と光を投げかけてくるのに合わせて「世界人類が平和でありますように」と、お願いのように「ありますように」とやるわけです。

それで光の柱が一つになるわけですね。

大光明の柱の中に「世界人類が平和でありますように」という想いで入ってしまうわけ。

神様はもともと完全円満だから、神様の目的の中に入れば、そこであらゆるものは消されてゆくわけ。きれいになってゆく。

それを繰り返し繰り返しやっているうちに、自分自身もきれいになるし、人々もみんなよくなるわけです。

最後には、世界がすっかりよくなる。すっかりよくなるためには、お祈りだけではないのです。

いろんな発明もなされるし、宇宙子科学も出来るし、いろんなことが、いろんなふうに発達して、医学も、交通手段も、科学技術も発達してゆく。そうしてよくなるわけです。

だからお祈りだけでよくなる、というのではなくて、お祈りが根本になって、あらゆる文明文化が正しいものになってゆく。それで世界はよくなってゆくわけです。

そのよくなるための先達として、皆さんが世界平和の祈りをやっているわけです。


『質問ありませんか?』五井昌久著 白光出版




  

全想念を祈りの中に投げ入れるという意味は?



想っていること、考えていることをそのまま世界平和の祈りの中(光の溶鉱炉)に投げ入れてください。

そしてピッカピカに光ったエネルギーを受け取って、そこから生活を始めてください、と申し上げたのですが、わかったようなわからないような複雑な心境になられた方もいらっしゃると思います(笑)

これから人間は、肉体意識から、宇宙意識、神意識へとシフトしてゆくのですが、それは、肉体という古い頭で想い、患い、考えるということは、もう無くなる、卒業するということなんです。

「頭で考えないでどこで考えるんだ」「考えなくなったら動物と同じで人間お終いだろう?」という声が聞こえて来そうですが、

頭で考えるのではなく、神界にある自分の本心から流れて来るエネルギーが言霊になって話すようになるのです。

だから考える、想うという行為が無くなるわけです。(今までの私たちではなくなります)

宇宙人はテレパシーで対話をしています。(会話ではないのが味噌です)

これは、頭と頭が繋がっているではなく、心と心が繋がっている、と言えばわかりやすいでしょうか?

そんな状態にどうやったらなるんだ?というと最初に戻りますが、やはり自分の頭で考える「ああだ、こうだ」というどうでもいいカスの想い(ごめんなさい)を世界平和の祈りの高次元の世界へ投げ入れ、消してもらい、戴き直すことが、まったくの自然体でスー、スーと気持ちよく生きるメソッドなのです。


これは説明するのが、非常に難しいです。五井先生助けてください(笑)




『天地の通りをよくしよう』


宗教の極意に空とか、“無為になせ” という老子の言葉があります。

無為というのは、こうしようと思ってするんじゃない、ああしようと思ってするんじゃない。そのまま自然法爾(じねんほうに)無為になせ、ということです。

どういうことが空であり、どういうことが無為になすことなんだろう。自分がしようと思わないで出来ることがないじゃないか。自分が考えるからこそ出来るんだ。だから自分が何も考えないで出来ようがないじゃないか、と思うわけですね。

それは本当に人間というものをよく知らないからです。

人間を本当に知ってくると、肉体の中に現われてくる想いというもの、頭の中でゴチャゴチャと思う。

ああ今日はよい天気だろうか?雨が降りはしないかしら。今家で誰がどうしているだろうか、とこう思う。

そういう想いと人間の生命がそのまま法則に従って動いているものとは違うんですよ。

例えば、今ここで話を聞いているから、何も思いませんね。

だけど普通の場合は家を出ると、家はどうなったろう、ガスに火をつけっぱなしで来たかしら、どうかしら、と今思ったってどうしようもないことを思っているわけです。

人間はどうしようもないことのほうを余計に思っているんじゃないですか?

例えば来年子供が高校へ行くんだけれども、今どうしようと思っている。今とやかく思ったってしようがない。

必要な時にその活動を開始すればいいわけでしょ。だから大体頭の中の想いのほうは、本当の実体の身になるものが出てこないで、かすばっかり出てくる。

それなのに考えなきゃしかたがないと思っているわけ。

ところが達人になりますと、老子までもいかなくても、相当な人になれば、一日中いちいちガチャガチャ思わなくたって、そのままスースーと生きられるようになる。

それはどうしてかというと生命の力というのは自然に働いているからなんです。

心臓、肺、胃腸は自然に動いているのです。心臓の鼓動を自分できめるわけにはいかない。

肺を自分で動かすわけにはいかない。大生命の力が小生命になって動かしているわけです。

だからあらゆることが、本当は自然に動くのが原理なんですよ。

その原理を知らずに、あたかも自然に動いているんじゃなく、自分で動かなきゃ動かないような感じがしている。

子供なら子供の教育は、こうしなきゃ、ああしなきゃ、というわけで、あんまりかまいすぎて弱くしちゃったりする。

 かまった人が善くなるかというとそうでもない。

 野放しに放っておいても、丈夫になってピンピンしている子供もあるし、お金をかけて栄養だ栄養だとやっていても、弱い子もあるわけです。

 人間が一々頭で考えて育てていいものならば、そうして育てた子供は必ず丈夫になって、必ず偉くならなければならないけれども、野放しにしたほうが丈夫になる場合があるし、それが多いかもしれない。

 そうすると頭で考えてガチャガチャやったことが、果たして良いことか悪いことかわからないでしょ。

 だからこの頭で考える想いというものと、人間の本然の姿、いわゆる大生命から来ている生命の動きというものとは違ってくるんです。

 しかし本当は違っちゃいけないんです。

 けれども人間が違わせちゃう。それを業(ごう)というんですよ。

 神の法則として動いている大生命の流れからはずれたことを勝手にやっているのを業というんですよ。

・・・・・・・・

 人間の想いというのは、幽体という磁場つまり想いの波の流れる場所があって、そこに想いが一杯あるわけです。

 肉体にも磁場があり、霊体の磁場も神体の磁場もあるわけです。

 神体の磁場というのは、ズーッと大きく宇宙に広がっているのです。

 そうすると神体の磁場で大生命からの光が流れて、それが働きとなるわけです。

 それが霊体を通り幽体を通り肉体にスーッと流れてくれば、神のみ心がそのまま伝わっているわけです。

 神さまの行いが素直にそのまま出来るのです。

 それが霊体まではくる、幽体でもってクチャクチャと思っていると、想いが一杯つまっているから、光が入って来ないんですよ。

 光が屈折してしまう。そうすると幽体肉体に溜まっている、詰まっている想いが出て来て無為にしてなさないで、ああしよう、こうしよう、といつもいつも思い巡らしながらやっているトンマな生き方になる。

この自分の幽体で思っている想いを、神サマーって神さまの中へ投げ出しちゃうわけね。

 そうすると想いが守護霊守護神の霊体神体を通して、自分の中へ入っていく。

 神体に入っていくと、いうなれば穴があくわけだ。 通りがよくなる。

 すると神体の磁場で行なわれている命令が生命の動きが、スーッと肉体まで通っていくわけです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

『空即是色』 五井昌久著 白光出版

 

追伸・・・・文章はこの後もずっと続いてゆくのですが、要は自分の魂が喜ぶ生き方をするには、本来の素晴らしい自分を現わすには、自分の天命(ミッション)を果たすためには、宇宙法則に乗るということです。

私たちは地球人でもありますが、宇宙の一員でもあるのです。

そして宇宙は進化している、地球は今、進化の過渡期、変わらなければならない時期に来ているのです。(七劫目)

そのためには今までの意識ではダメなんです。

まったく意識を変えなければどうしようもないところまで来ています。

また自分の本心もそれを望んでいるのです。

結論は、肉体意識を捨て、神(宇宙・愛)意識になることです。

私は今回、久しぶりに五井先生の『空即是色』を読んで、新たな発見がありました、理解していたつもりがしっかりとわかっていなかったこともありました。

とにかく面白いです。奥が深いです。

そして奥深く入って行けば行くほど、スッキリして来ます。

それは真理を知ることを魂が喜んでいるからです。

みなさんも是非、読まれてみてください。



  
 

2017年8月 1日 (火)

世界平和の祈りをすると、なぜ、自分も救われるのでしょうか?

 

世界平和の祈りの素晴らしいところは個人も人類も同じように調ってゆくことです。
 
世界が平和になったけれど自分は病気のまま貧乏のままでは理不尽?です。(笑)

一方世界は滅亡したけれど(そんなことは絶対にありませんが)、自分はそこそこ幸せになったというのもおかしな話です。

祈りというのは、生命(いのち)がのり出すということ、宇宙の素晴らしい光のエネルギーが個人の器にも世界人類にも降り注ぐのです。

でも、なぜそうなるのか?がわからなければ真剣に祈ることが出来ません。

五井先生がその質問に答えてくださっています。




質問・・・世界平和の祈りについてお伺いいたします。世界平和の祈りをすると、なぜ、自分も救われるようになるのでしょうか?



五井先生のお答え・・・・・まず大概の人が、個人の私というものと、世界人類というものとは別のような感じがしている。

ふつう何も関係がないような感じがしています。

自分一人がどうこうしたって、世界が動くものではないとか、すべては政治の責任とかいって、自分とは関係ないような感じがしている。

ところが、個人個人が集まって国家になり、人類になるわけですよね。

だから個人一人の動きというものは、大変な力を持っているわけです。

皆さん方一人一人の世界平和の祈りは、大きな大きなひびきをもって、世界中に広がるわけなのです。

ですから皆さん一人一人が大変な役目を持っている、ということは確かなことなのです。

そのように、世界平和の祈りというものは、世界人類のためにやるのだけれども、それは取りも直さず、自分のためにもなるのです。

自分の中には、病気だとか不安だとか、臆病な想いだとか、妬みの想いだとか、恨みの想いだとか、そういういろんな業想念があります。

それが世界平和の祈りを祈ると、世界平和の祈り持っている大光明の中で消されてゆくわけです。

消えてゆく姿のものはどこへゆくかというと、救世の大光明の中へ消されてゆくのです。

業想念が消えてゆくと、何が起こるかというと、人間は本来神の分け生命でしょ。

神の生命そのものですね。

だから本来の神の生命がそのまま生きてくる。

年中、神の叡智や能力が入って来ているんですよ。そ

れを人間は業想念でふたをしてしまって、拒絶しているわけなんです。

それで頭の中に溜まっている蓄電池の想いでもって、ああじゃない、こうじゃない、とやっているんです。

それを常に直通する、天地を貫く生命の波にすればいいわけです。

そのために、ああじゃない、こうじゃないという想いをなくす。

それが「空になれ」というお釈迦様の教えだったり、「無為にしてなせ」という老子の教えだったりするわけです。

だからこの業想念を取っちゃうんです。それが消えてゆく姿です。

過去世からの業想念行為が、運命となって現われて、病気になったり、不幸になったりするわけです。

病気になって現われた、嫌な想いになって現われた、不幸になって現われた時に、

「ああ、これは消えてゆく姿なんだな。世界人類が平和でありますように、みんなが平和でありますように」

という想いで祈りますと、その悪いことが祈りの中で消えてゆくのです。

消してくださるのは救世の大光明、神々なのです。

そうして消えてゆくに従って “世界人類が平和でありますように”という愛の気持ち愛の光明波動がそのまま自分の中に残るわけです。

自分の今まであった悪いものは消えて、新しく大光明のプラス面が入って来て(もともとあったんですけれど)記録されてゆくわけです。

それを繰り返し繰り返しやっていれば、いつの間にか過去世の悪いものはなくなって、世界平和の祈りの愛の気持ち、大光明のひびきが自分の心をいっぱいにしてゆくわけです。

だから、世界平和を祈ることは、自分のために祈ろうと思わなくても、世界人類のために祈っても、自分のためになるわけなのです。

自分も救われると同時に、世界人類も救われるんだ、というふうに広い気持ちを持って、気楽に、しかし真剣にやってください。

今は大変な時です。 世界に戦争の危機があります。 天変地異の危機もあります。

それに加えて各種の公害汚染の危機もあるでしょう。

あらゆる面が地球人類の滅亡に向かって走っているんです。

だからよほどの努力をし、よほど真剣に働かないと、地球を変えてゆくことは出来ないわけです。

そこで救世の神々、守護神、守護霊、過去の聖者賢者みんなが結集して、救世の大光明として私には世界平和の祈りをさせ、それに宇宙神と称する宇宙天使の方々は、宇宙子科学として私に働きかけてくる。

あらゆる面でこの地球の業を浄めようと思って、皆さんの体を借りて一生懸命やっているわけです。

しかし地球を救う責任者は、皆様一人一人なんです。

皆さん方が地球を救わなければ、他に救う者はないわけです。

地球人類が地球を救うのです。

宇宙神にしても、神々にしても、助太刀(すけだち)として働いてくださるのですから、まず自分がシャンとして、自分が救われると同時に、地球世界を救うんだ、という固い決意をもって、世界平和の祈りを祈りつづけてもらいたい、とこう思うわけです。

『質問ありませんか?』 五井昌久 白光出版


 

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ