2017年3月23日 (木)

愛はすべてを癒す


 

感想


私は、小学3年生まで九州の大分県のある町で過ごし、そこから父の転勤で大阪に移り、大阪の小学校に転校しました。

大分にいる頃の私の生活はなんの不満も不足もなく仲の良い友達が毎日のように私の家に遊びに来て、夕方遅くまで楽しい時を過ごしていました。

ところが大阪に拠点が移ったとたん魔のような日々が待っていたのです。

クラスメートたちによる言葉に出来ないような陰湿ないじめです。

嫌がらせは6年生の卒業式まで続き、それまで後ろの方に並んでいた背が最後の学年にはほぼ最前列になっていたのです。

精神的なことによる発達障害だったと思います。

私はいじめられる所以(ゆえん)が子ども心に

 「方言にあったのだ」 と思っていたのですが、そうではなかったのです。

随分大人になって、W先生にその頃にいじめられていたことを話すと、

「あたり前です、あなたが前世で散々その人たちを痛めつけていたからです」

と言われたとき、私の中のトラウマがスーッと消えてゆくのがわかりました。

「そうだったんだ、私が酷いことをしていたことが返ってきていたんだ」・・・・

それからしばらくして「誰が行くものか!」と頑なに拒否していた小学校の同窓会に参加することにしました。

そこに来ていた元いじめっこ達は、私を不思議そうな目で見ていたことを覚えています。

という私も喧嘩両成敗のような心境で彼らを見ていました(笑)

「逃げないでここに来て良かった」 と思いながら・・・・。








本文

 


幽界や霊界においては、その想念は直ちに現われ、その念は、すぐに自分自身にかえってくるので、どういう念が、どういう風に自分にかえるのかが体験としてわかるのであるが、それでさえも、なかなか、その業因縁の念を消すことができがたいのである。


まして非常に粗い波の体をもつ肉体世界の人間の、

しかも、その人間と相手の間にある業因縁の種類さえも知らず、ただたんに一般論の心の法則だけを利用して、指導しようとすることは実に危険なことであって、かえって相手の進化を妨げ、浄化を乱すことになるのである。

 

“人を審(さば)くなかれ”

“愛はすべてを癒す”

“神は愛なり”




私はキリストのこれらの言葉をその人びとに与えたい。


自己の功名心の満足や、知識に偏した愛薄き人びとによる人間指導ほど逆効果なものはないのである。


愛深き人のみ、人間心理の指導者たり得るのである、と私は強くいいたい。


業想念は過去世の過去世から流れつづいている波の連続である。


この五十年、六十年の肉体にのみあるものではない。


まして、各人の肉体的環境(病気や幸、不幸)がその間の二年や三年に起こした念(おもい)の現われとして、できあがったり現われたりしたものではない。


誰が見ても立派な心の人が不幸になっており、どこから見ても悪いように見える人が、人も羨む幸福を得ている例は枚挙にいとまがない。


だから簡単に人を責めたり、審(さば)いたりすることはできないのである。


人間はそれぞれ、各種各様の因縁の心を持っていて、Aの善なる生き方を、Bが必ずしも真似られるものではなく、Bが何気なくできる善行為をAがその通りにできるものでもない。



一字、一線においてさえ百人百様、千人千様なのである。


ただ、非常に似通った心の人とはなはだ異なる心を持つ人とがある。


これを想念の類似、あるいは因縁が合う、合わぬ、ということになるので、こんなためになる本をあの人は何故読まぬか、といって、その人が、自分の薦める本を読まぬ、という理由で、その人を低級視する人があるが、それは低級視するほうが間違っている。


バッハや、ベートーベンの曲は素晴らしい音楽である、と思う人が、それらの音楽に無関心で、流行歌謡に熱中している人を、ただそれだけのことで軽蔑したら、これも誤りである。
 

宗教に入って現在熱心な人であっても、その熱心さが利己心から発している人もあれば、今、宗教に無関心のように見えている人の心が純粋な愛に燃えている場合もある。


現在、形の世界に現われている言動のみでその人の真価をはかることはできない。


それ故私は、その人、その人に最も適切なる指導をしているものであるが、その指導は次に説明するような原理、法則を元としているのである。


                   

                      つづく





 『神と人間』 因縁因果を超える法 五井昌久 白光出版


追伸・・・『神と人間』の本文と感想 は連載になっています。

ご興味のある方は、2015年の12月中頃までさかのぼってご覧ください。



  

2017年2月28日 (火)

世界平和の祈りで過去の悪因は消えてゆく




人間は誰でも等しく、20年前、10年前、数年前に為してきた行動にたいしては、今日もま

たその責任を持たねばならない。

時がすでに過ぎ去ったとしても、過去のその行動は、決して消え去ったわけではない。

がもうすでに過ぎ去ってしまった過去の行動に対して、一体どのようにして責任を持てばよ

いのであろうか。

タイムトンネルの如く、過去の時代にもどり、そこで改めて犯した言葉や行動を悔い改め、

反省し、新しく作り変えて現在にもどって来られれば一番よい方法なのではあるが、今の

時代ではそうもゆかない。

それでは、本当に過去の罪を消し去る方法がこの世にあるものだろうか?

それはある。 それは祈ることである。

過去の消えてゆく姿として世界平和の祈りの中に、すべてを投げ入れ、徹底的に祈れば、

タイムトンネルで過去にもどり、自らの手で罪を消し、新しく出発出来ると同じように、祈り

の力で、祈りの光で、祈りのエネルギーで過去の罪や行動はすべて消すことが可能なの

である。

その効果は絶大である。

 驚くほどである。 

祈らなければ永遠に過去の罪や行動は消えず、現在、未来までもなおその尾は引きつづ

いてゆく。

世界平和の祈りはすべてのすべてである。



     
「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 感想

 

なぜ過去の想念行為、潜在意識が消えるかというと、それは世界平和の祈りは宇宙神、

宇宙のエネルギーと共鳴するからです。

宇宙のエネルギーは時空を超えています。

宇宙には地球のように過去、現在、未来というような時間と空間がないのです。

境目がない、だから浄化するのみ、消し去るのみです。

祈っている自分と宇宙の無限のプラスのエネルギーが共鳴し、祈っている自分の汚れた

想 念、過去世までが浄化されてゆくのです。

祈っているとなんだか軽くなってスッキリしてくるのはそのためです。

過去の悪因が消えるので、現実にその悪因が現われることがないのです。

過去の悪因は、祈りでしか消すことはできません。

未来を素晴らしくしようとしたら果因説で明るい未来をイメージすることと

祈りや印によって過去世を浄めることが必要なのです。

この2つがあって、オセロのように挟み撃ちにして、悪因はきれいさっぱりと消えてゆくのです。

 
  

2017年2月12日 (日)

下丹田にほんとうの脳がある


人間には7つのエネルギースポットがあります。(ここでは詳しく述べませんが)

その中でも最も需要なのは、下丹田(かたんでん)です。

場所は、へそ下3.5センチと肛門を結んだあたりにあります。

私たちは頭の脳に考える場所?があると思っている。

しかしほんとうの脳は、下丹田にあるのです。

腹脳(ふくのう)とも言われています。

私たちは気が上がった状態で頭で考えようとする。

頭というのはテレビで言えばあらゆるところから電波(念波)が飛んで来るのです。

NHKもあれば読売、朝日、BS・・・それこそ玉石混交、インターネットと同じです。

その入って来た情報?(人の想い)をすべて自分の考え、想いだと思ってしまう。

だから混乱する、自分がわからなくなる。

間違った判断をする。

一方、下丹田の腹脳は、本心と繋がっているのです。

天と宇宙と神界につながっている。

だから下丹田に意識を鎮めていると天智(正しいインスピレーション)が降りて来る。

必要なメッセージだけが入って来るのです。

これから人類は、下丹田でものを考えるようになります。

それがあたり前になる。

なぜならば、肉体人間の頭では解決できないことがたくさん起きているからです。

肉体の頭は、肉体意識(3次元)

 

下丹田の腹脳は、宇宙意識、神意識(5次元、多次元)

次元を上げなければ、自分が進化しなければ

 

肉体意識ではどうしようもないところまで来ているのです。

まだ、下丹田の重要性に気づいている人は少ないですね。

極少です。

下丹田が万能、であるという本が出ています。

ご興味のある方は、読んでみてください。


 
『女は胆力』園田天光光平凡社新書


 

2017年1月22日 (日)

自分・他人の語ったマイナスを消してゆく



言葉というものは発したら即、その瞬間で消えてゆくというものではなく

 

消えない雲のように空中、宇宙を永遠に漂っているのです。

そして、更にマイナスを発してゆくと雲は積もり積もって黒雲となり、今にも雨が降り出しそうになる

雨とは、マイナスによって汚れた大地を浄化するために降る、天からの光のシャワーなのです。
 

大雨、台風、雷、地震、・・・・天変地変はすべて浄化であり、人間のマイナス想念が原因です。

私たちは、自分の発する想念、言葉に責任を持たなければならない
 

そして、うっかり発してしまったのなら

それらのマイナスのエネルギー、黒雲を消し、プラスに、光に変えてゆく

それだけではなく他人が発したマイナスも光に変えてゆくということが大切なのです。

自分の分だけではなく、他人が発したマイナスをプラス、光に転じてあげる

その人の運命を救い、地球の危機を救う

これはもう相当高い次元の菩薩行です。

たくさんの菩薩様が地球に誕生したとき、地上天国が訪れる。

菩薩行をするメソッドが世界平和の祈りなのです。

 
人間は祈るために生まれてきた

    
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


  

2016年8月 2日 (火)

宇宙に意識を合わせるとお釈迦様、キリスト様になれる




地球の次元は、なんと5次元に上った、だから自分(人類)の意識を5次元の波動に合わせれば、心の中は即、神界(天界・天国)になる。

そして、神界とは宇宙の完璧なエネルギーの世界なので、肉体に神の姿が現われ、そのエネルギーのカタチは縦、横、十字の真理(キリスト・十字架・光の柱・パワースポット)になっているのです。

その世界は自由自在心です。

どんなものでも創造でき、どんな奇跡でも起こせる。

キリスト様やお釈迦様だけが聖者ではなかったのです。

人間即神也、人類皆即神也なのです。

ただ肝心なのは、意識がどこにあるかだけです。

地球の波動は調った、後は私たちの意識を5次元(宇宙・我即神也)に合わせるだけなのです。




自分の中に神を見出してこそ



今までの私は、他の人の中に神を見、それを信じ、その神を通して自分自身を安心へと導
き、納得させていたのです。

神を外に見たのです。

神を自分以外に、例えば、イエス、釈迦、聖者賢者、偉大なことを成し遂げた人、人類の犠牲になった人、死んで神に祭られた人、先祖・・・・

等の中に神を認め、それを絶対なる神と信じていたのです。

彼ら中の神々が自分たちを救ってくれると信じていたのです。

そのような低次元の段階においては、私が自分の中に神を見出すことなど、到底考えも及ばなかったのです。

自らの内にある力を信じることが出来ずに、かつまた自らが自らを余りにも低いレベルに置くことによって、自らの機能を他の聖者賢者に与えることによって、自らを導いてもらっていたのです。

しかし、いつまでもそんなことを繰り返していたのでは、自分の人生は始まりません。

何も事は起こりません。

このような低次元レベルから上昇してゆかねばならないのです。

わずか数人の聖者、賢者の教えに今なお、数億の人々が従い導かれ、コントロールされて
いるのです。

そのうちのどれだけの人々が真理に目覚めてゆくことでしょうか。

地球そのものの次元が高まり、ヴァイブレーションが微妙になってゆくその時に、未だな
お、かつての修行のやり方、真理を学んだとて何になりましょう。

その時代、その時代に即して真理への道、方法が違ってきて当然であります。

・・・・だがしかし、いつまでも彼ら(聖者賢者)の中に神を見出し、それに従っていたのでは

自分自身の内なる神は一体、どうなってしまうのでしょうか。

永遠に見出せぬままに終わってしまうのでしょうか?

その通りです。

人類すべての人々が自分自身の内に神を見出すまで、神と出会う時まで輪廻転生(生ま

れ変わり死に変わり)は続くのです。・・・・・・



『つながり合う世界』西園寺昌美著 白光出版






 

2014年5月 4日 (日)

個人も人類も救われるには祈りしかないのです。

 
 
今、成功するための本を読んでいるのですが、いくら素晴らしいスキルを身につけても

行動を変えようとしても、モチベーションを上げようとしても

人に好かれようとしても

襲って来るマイナスの想念エネルギーを浄めなければ、どうしようもないのです。

さっきまでやる気になっていたのに、急にネガティブになってしまう

自信に溢れていたのに、「やっぱりダメだ」 と想ってしまう
 

たとえば、あなたは引っ越しをした家の部屋に居るとします。

そして近所で蚊が大量発生しました。

その家はボロ屋なので、あちこちに穴が開いていて塞いでも塞いでもどこからか

入って来る。

あなたは殺虫剤で対抗しようとする、何匹かは退治出来たとしても穴が開いてるので

いくらでも入ってきます。

そして抵抗力が付いた蚊は、殺虫剤に慣れてしまって効き目が無くなっていく

それと同じように

襲って来るマイナスの想念エネルギーは地球人類の莫大な量の業(カルマ)なので

そう簡単には
退治出来ないのです。

それに加えて過去世からの自分の想念行為(潜在意識)が輪をかけて、払いのけよう

としてもマイナスを思わないようにしようとしても次々に浮かんで来るのです。

人の想念を受けやすい人や過去世からの因縁生の強い人、霊的な人は

目にみえない世界のことに気づいているので

なんとかしようとするのです。

霊力のある人のところや巷にある占いの館などは、そのような人が集まっているのだ

と思うのです。

しかし出来ることと言えば、対処療法がほとんどです。

それはほんものではないからです。

蚊は一時的に退散したように見えても、また現われて来ます。

それは、根本的に解決していないからです。

蚊はなんのために現われているか?

それは、近くに汚れた場所があることを知らせるためです。

人間にとってなんの有益にもなっていないけれど

この世に、必要なものではないのだけれど

人間に気づかせるためだけに存在してくれているのです。

蚊に無駄な殺生をしない方法といえば

根本原因になっている水溜まりや河川が汚れていないかを探して

浄化すればいいのです。

すると蚊はやがて無くなっていくのです。

人間の心の中にもいろんな想念が入りこんでいます。

過去世からのものもあれば、人類の想念エネルギーもあります。

無意識に生きていると、どんどん汚染されていくのです。

それなのに、テクニック(殺虫剤)だけを磨いても、またそれに負けないだけの

進化?した蚊が出てくるのです。

いたちごっこです。

私たち人間がつくってしまった環境(蚊)は、有限のものです。

有限なものに、人間が頭で考えた有限な物(殺虫剤)で対抗してもダメなのです。

地球人類がつくってしまったマイナスの想念エネルギー、そして汚れた幽界(幽体)

は、肉体人間では消せません。

同じ次元のもの

人間智で考え出したものには限界があります。

人間智を超えるもの、次元を超えるもの・・・・・・

それが、祈りなのです。

根本的に浄化するには祈りしかありません。

世界平和の祈りは、宇宙神の祈願なので、無限のプラスエネルギーなのです。

どんな業、カルマ、想いをも浄めることができる

最高のエネルギーなのです。

その宇宙最高のエネルギーを使わないことには、個人も人類も

浄化出来ないようになっているのです。

今、祈らないと、どんどん苦しくなっていきます。

私は、祈っているのでなんとかやっていますが

みなさんはしんどくないですか?

ほんとうに元気ですか?

幸せ感はありますか?

尚、祈っている人は反対に、どんどん楽になっていきます。

宇宙の波長に合っているからです。

これから祈っている人と祈っていない人の差が歴然と現われてきます。

3次元的な成功も大切だし、健康も、人間関係も大切です。

しかしその根本原因は、肉体界にくっついている幽界が汚れていることに

あるのです。

肉体界とは肉体のこと、幽界とは幽体のこと

だから私たちは、肉体にくっついている幽体も浄めなければならないのです。

幽体とは魂のことです。

魂が浄まってはじめて肉体(肉体界)が調ってくるのです。


 
 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



調和波動気功法

http://www.harmony-wave.jp/

 

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