2017年10月23日 (月)

対立をやめると素晴らしい結果が現われる



1.どんなことがあっても人とは対立するものではなく、柔和に打ちとけあってゆくことである。
 どんな人にでも自分の心の中に、闘争心や対立心が潜んでいるものである。 それをまともに人に向けず、強い心で己をコントロールし、まず自分自身に打ち克つことである。 そして人と対することである。自分に都合の悪い人でも、心和やかに対処すると、かえって予想もしない素晴らしい結果を招くことになる。

 

『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版

 

感想・・・・対立しないことに越したことはないが、時には議論したり、主張することによって生じる対立はしかたがないことではないのか?と思っていました。

しかし対立した時点で相手の人は、壁をつくってしまい(自分もですが)、話し合(愛)いどころではなくなってしまうのです。

対立するということは、「自分は正しい」、「相手は間違っている」と断定していることに等しい。

五井先生のご本の中に、今現在の自分が正しいと思っていても、過去世からのお互いの想念行為(長いスパン)からすれば、どちらが悪い、善いなどとは言えない、とおっしゃっておられます。

『袖擦りあうも他生の縁』 の他生とは多少ではないのです。

今生で袖が擦り合った、たったそれだけの縁でも、それは他生(前生、幽界、霊界、神界)で必ず会っていた人なのです。

今、目の前に現われている人達とは、憎んだり憎まれたり、或いは愛したり、愛されたり・・・・と非常に濃い因縁があるのです。

そしてその縁は前生の前々生、前々々生からのつながりがあります。

今現在の今とは、ほんの一瞬の一コマです。

その一瞬だけでなぜ、「善い、悪い」とジャッジ出来るでしょう。

私たちは、今だけを生きているのではない、永遠(宇宙)を生きているのです。




  
  

2017年10月21日 (土)

ワンネスとは宇宙の根源につながること

 

 
ワンネスとは、法則としてすでにあるものだけれど、自らの気づきなしには知り得ないのだと思います。

その気づきを得ていくために必要なのが愛であり、その気づきを得た人は、生き方に神性が溢れていくのだと思います。

私が思うに、ワンネスとは宇宙の根源とつながること。

そして、今まで分離していたものも、人も、すべてその根源のもと一体であるという大元の法則であると感じています。

例えば、Healing(癒し)、whole(全体)、holy(聖なるもの)のギリシャ語の語源はすべて同じだと言われています。

これをもとに考えてみても、自らを癒すということは、全体・一体となることと同じであり、ゆえに自らも全体も聖なるもの(神性である)ということ。

根源はすべて一緒ということなのでしょう。

逆に、神性に気づき、すべては一つであるという全体を知った時に、自らの癒しも起こる、という言い方も出来るかもしれません。


私たちはみな宇宙の根源、その一体から、それぞれが別個のものとして生まれてきます。

あるいは、別個として存在しているように見えています。

今生に生まれ落ち、私たちは個という存在を持ち、他と切り離された自分は何者なのか、自分は今生で何をしていきたいのか、という問いを持ちます。

“私” という、全体から切り離された個性を探求していくのが始まりなのだと思います。

なぜなら、まず、自分の個性、我というものを確立することがとても重要なのです。

しかし、そのあとに、個からまたワンネスに戻っていく気づきこそが“個” の成長であり、進化なのだと思っています。

その気づきを与えてくれるものこそが、愛なのだと思います。

愛を持って物事をマクロ(巨視的)にもミクロ(微視的)にも見ていくと、その先には必ずワンネスがあるのだということに気づくことが出来るのだと思います。


例えば、昌美先生がよくおっしゃっるテロリストも神性だという事実。

今生を生き、倫理観を持ってテロリストを見ているとその事実が全く見えてきません。

でも、その隠れた事実を知るには、自分自身が愛を深めることに鍵があるのです。

どうやったら、その隠れた事実を本当に肌で理解することが出来るのでしょうか。

それは、神性を理解し、自らの中にある愛を深めていくほかないのだと思います。

本来すべての生命に神性は宿っていて、自分自身がそこに気づくことによって宇宙の根源ともつながることが出来るのです。

すると、別個として存在する生命も、神性から辿ればつながり合っていることに気づき、ワンネスを感じることが出来るのだと思います。

 「私」対「テロリスト」という相対する考え方では、いつまでたっても、見出すことの出来ないワンネス。

でも、私とテロリストを無理やりにつなげるのではなく、まずは私自身に内在する神性を探求していく。 見出していく。 深めていく。

そうすると、今の自分は生かされていること、本来の自分は今思っている自分とは全く違う次元で輝き存在していることに気づき、神聖なる部分が溢れてくる。

そうすると今の自分の欠点や過去の過ちや、将来の不安とは全く関係ない自らの魂への無償の愛が湧いてきます。

それは、雲の上で輝きつづける太陽の存在を見出すと、その後地上のどんなお天気にも左右されずに太陽の存在を信じつづけることが出来るのと同じです。

自分の置かれた地上から上昇すれば、その上に太陽を見出し、太陽は常に輝き地上を照らしつづけていることを知る。

すると、今度はさまざまな地で、場所によっては豪雨や雷だとしても・・・・

そこにも太陽の光は注いでいることをその人は確信できます。

たとえその太陽の光が見えなくとも、感じられなくとも、その人は知っているのです。

その上には太陽が輝きつづけていることを。


同じように、自らの奥に神性を見出せたなら、そこから辿れば、今地上でどんなにかけ離れた生き方あり方をする人を見たとしても、その人の中にも神性があることを知ることが出来る。

そこに愛が溢れてくる。そしてその人とも一体感=ワンネスを感じることが出来るのだと思います。

自己を深め、そこに愛を注ぐと、今生の自分や個性を超えた神性なる魂としての自分を知る。

同時にすべての生命に神性が存在していることも理解し、まるで雲の上の太陽を知るように、それがストンと事実として落ちてくる。

そうすると再び、今生の別の生命、存在を見て、それがどんなに神性とかけ離れているように見えても、大元でつながっている神性を知っているからこそ、そこにも当然ワンネスを感じ、見ることが出来るのだと思います。

でも、これは私たちが生涯を通して高め、深めていく課題なのだと思います。

決して目で見えない法則、・事実を体感するには、またすべてのものにワンネスを感じるには、自らの神性と愛を成長・進化させつづけるのみなのだと思います。

それは魂の喜びとなり、今生の天命ともつながっていくのではないでしょうか。

そんなことを書きながらも、私は今、目の前にいた虫さんとワンネスを感じられない自分に気づきます。

私の課題達成は、まだまだはるかに遠いなと実感すると同時に、ワクワクもします。

なぜならそれだけ、伸び代があるとも考えられるからです。

もっともっと自らの神性を通して宇宙の根源とつながり、そこに愛を注いでいきたいと思います。



無限なるつながり 西園寺由香



感想・・・・宇宙はセパレート(分離、別れ)とユニティ(合一、愛)を繰り返しながら進化創造しています。

人間もそうですよね、人と人との別れがあって、また出会いがある。

それを繰り返しています。

そしてそのたびに愛が深まってゆくのだと思います。

五井先生は他人を愛する前に「自分を愛しなさい」とおっしゃっています。

それは自我欲望の自分を愛するのではなく、神そのものの、愛に溢れた神聖の真実の自分を愛しなさいという意味だと思うのです。

自分を知り自分の奥深くに入ってゆくとそこは宇宙の根源につながっているのです。

その世界には、自分も他人も分離されたものはないのです。

そこで初めてワンネスが感じられるのだと思います。



 

 


   

 

反省は少な目に

  

1.自分が悪かった、自分がいけなかった、自分が駄目だった、自分が至らなかった、自分が馬鹿だった、といつも自分ばかりを責めつづけていたならば、病気になるばかりだ。 なんの進歩もないどころか、一歩もその業の波から抜け出すことは出来ない。 自分を責めることによって、潜在意識は一種の自己満足を感じているにすぎないのだ。 どんなことがあっても、必ず前向きに生きていかなければ、生きているという価値がない。 過去にどんなことがあったにせよ、消えてゆく姿として祈り、反省することによってすべては転回してゆくものである。 自分を責めることは、自分を守って下さっておられる守護神さまをけなしていることになる。

 

2.人は生れ落ちた時から死ぬまで、重荷をしょって生きていかねばならない、という錯覚を抱いて生きつづけている。 錯覚が覚めない限り、一生重荷は自分の人生についてまわる。 重荷のように見えている様々な苦しみは、実際は重荷ではなく消えてゆく姿なのである。 一生涯重荷はついてまわるものでは決してなく、過去の原因が今、結果となって現われてきているのである。 その現われた事柄をギュッとつかまないで、世界平和の祈りの中に入れると、やがて全く消え去ってしまう。

 

3.自分の感情ほど手こずるものはない。 自分の心ほど自由にならないものはない。 だが世の中には、その自分の心も感情も自由にコントロール出来る人が結構いる。 そういった人は必ず強い信仰心を持っているものである。 それは何故か。 自分の心を常に満足させるように、自分の感情を導こうとしないからである。 常に人の為に人のことを第一に考えているからである。 自我の少ない人達である。 



『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版 



感想・・・1.病気になる原因は色々あるのだろうけれど、一番の原因は自分を愛せていないからだと気づいたのです。

人間の本質、本体はエネルギー体で出来ているので自分で自分のボディ(身も心も)を愛で満たしてやらないとエネルギー(霊要素)が枯渇してしまうのです。

守護霊さま、守護神さまは自分が守っている人間が立派になるように必死で導いてくださっています。

それなのに自己批判をすることは、守護神さまを非難していることになるのです。
 


2.今現在の時点で、いろんな問題をたくさん抱えていると、この問題はずっーと、一生つきまとって終らないような気がしてくるのです。

または解決したとしてもまた違う心配事が次から次へやってくると思い込んでいます。

しかし真理がわかってくると、過去の原因が結果として目の前に現われただけなんだ、どんな辛い事柄でも太陽にかかっている雲のように通り過ぎてゆくんだ、とわかったとき、重荷は重荷ではなくなります。

そして想い(重荷)を世界平和の祈り(光)の中に入れてやるとスーッと消えてゆくのがわかるのです。

 

3.宗教という信仰ではなくとも、自分の生き方、哲学を持っている人は精神的に逞しく強いと思います。

それは人生の中でいろんなことが起こったとき、いい加減な気持ちの処理をしないで、逃げずに正面からその問題にぶつかり自分なりの感情の処理の仕方を身につけてきたからだと思うのです。

高齢になってくるとその差がはっきりとわかります。

「このおじいさん、おばあさんは人生をしっかりと誠実に生きてき来られたんだな」・・・と。

そして柔和な穏やかな人とは、決して自己中心的ではなく、常に他人のことを思い遣っています。

そんなお年寄りになりたいものですね。



 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。



  

 

 

2017年10月20日 (金)

禍(災い)を縁として福に転ぜよ



原因結果、原因結果と果てなく輪廻する業因縁を超えるためには、その業因縁をつかんでしまってはいけない。

いかなる業因縁が果として現われようとも、果として現われれば、その因縁はそのまま消えるのだから、消えてゆくという念と、これでよくなる、という善念だけ出せば、運命はその時、新しい善因を記録する。

そうした方法を根気よくつづけてゆけば、その人の潜在意識は、次第に善因縁に変化してゆき、顕在意識の善なる想念と正しく交流して、その人の運命は好転する。

*禍(災い)を縁として、常に福に転じられるように心がけ、修練することが、人間にとって必要なことである。




『日々の祈り』 五井昌久 白光出版 




感想・・・真理(真実)とは、わかってしまえばとてもシンプルで簡単なのです。

今、目の前に現われていることは、過去、過去世で思っていたことや行為していたことが映画のダイジェスト版のように映し出されています。

そのシーンは善いことであれ、悪いことであれ映し出されると同時に消えてゆくのです。

しかし、それらのシーンにこだわって静止ボタンを押してしまうと、消えてゆくことが出来なくなったり、巻戻しボタンを押してしまうとまた、同じシーンがやって来る。(これを輪廻転生といいます)

私たちは善いシーン(プラス)を思い出すよりも悪いシーン(マイナス)にこだわるので、又嫌な同じ出来事を繰り返してしまうのです。

しかしこれまでにマイナスばかりを摑んできた人は、それが分厚い業となりカルマになってしまっているので、そう簡単には発想の転換が出来ないのです。

それを解決するために、お釈迦様やキリスト様などの聖者が現われ、業因縁、カルマを消す方法を教えたのでした。(祈り、座禅観法などで)

その教え、メソッドとは、地球よりももっと精神的に進化した星の教えてなければなりません。

肉体界の3次元を超えた高次元の教えでなければ解決しないのです。

お釈迦様もキリスト様も地球と同じ太陽系の金星に住む人?たちでした。

金星は、過去には地球のような幼い時期がありましたが、とうの昔に卒業し、今は愛の星になり光り輝いています。

その金星の理念(教え)を地球に降ろしたのです。

宗教とは、宇宙を示す教えという意味なのです。

そして、最後の最後(七劫目)に地球を完成(アセンション)させるために宇宙神から降ろされたのが、五井先生であり、その教えが『世界平和の祈り』だったのです。

『世界平和の祈り』は宇宙の理念そのものなので、人間がつくってしまったどんなに強烈な業想念、業因縁、カルマも浄めることが出来るのです。

祈りつづけることで、まず想念(潜在意識)、魂が浄められ、やがて顕在されてくるはずのマイナスの禍(災い)は大難が小難になったり、マイナスの種が無くなると現われることなく、消えてゆくのです。

個人の幸せ、人類の平和は『世界平和の祈り』 から始まり、やがて成就してゆくのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。

   

2017年10月18日 (水)

神さまはこうおっしゃっている

 
 
1.神さまはこうおっしゃっている。

「何故あなたは一人でそんなに嘆き苦しんでいるのか。 あなたのその小さな心ででは到底その重荷を背負いきれるものではない。 あなたの器が大きくなり、自分一人で背負いきれるようになるまで、私が肩代わりしてあげよう。 さあ、すべてを私に任せなさい。 あなたはもうその悩みについて、その悲しみについて、その苦しさについて一切忘れなさい。 考えることを一切放棄しなさい。 私がみんな背負ってあげよう。 その代り必死で真剣に世界平和の祈りを祈りつづけなさい。 朝から晩まで今日一日、心の中に迷いが生じないように一所懸命祈りつづけなさい。 明日は大分楽になっているはずである。 一筋の光があなたの行く手を照らし始めたのです。 安心なさい。」



2.人間にとって最も必要且つ大切なことは、この世的な幸福でもなければ、肉体の健康でもなければ、物質的な富でもない。 それは、神の姿をこの肉体身に顕わしてゆくことである。  本来の肉体は輝いていなければならない。 後光がさしていなければならないのである。 なかなかそこまではゆかずとも、身体中からあふれ出るような愛に充ちていなければならない。 表情は常に明るく太陽のように輝き、心は澄み、目は慈愛にあふれ、清く美しく楚々(そそ)として謙虚でなければならない。 要するに頭の中から、心の中から、身体の中から、すべて神の姿をこの肉体身に顕わす為に、徹底的に神を想いつづけることが必要なのである。 唯々四六時中、神のみを想いつづけることによって、知らず知らず自分自身が輝き変化してゆくのに気がつくはずである。



3.現在のあなたが、今どんな人であろうと、神から忘れられることなく慈しまれ、愛されつづけていることを、決して忘れてはならない。 あなたが神を否定し、神を思わずとも、守護神のほうから、常にあなたの無事を、あなたの幸せを、あなたの平安を守り、導いて下さっておられるのである。 あなたの心が少しでも守護神のほうに向けられたら、どれだけあなたを守りやすく、導きやすくなることかしれない。 それこそ、今までの苦しみは半分以下になるに違いない。 あなたは永久に神に抱かれており、愛されているのである。




『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版

 

感想・・・・1.は肉体人間は本来持っている力のほんの数%しか出せていない。それは本当の自分をわかっていないから、肉体の自分が自分だと思っているから・・・・。 そうではないのです。あなたは神の子、神そのものなのです。それが心の底からわかるには神の波長に徹底的に合わせるしかないのです。そのメソッドが『世界平和の祈り』を徹底的に祈ることだったのです。 

2.神の姿を肉体身に顕わすことが出来たのなら、肉体の健康、物質的な富・・・はすべて整って来るのです。なぜならば神はパーフェクトだから、無限の健康、無限の富だから・・・・。


3.本題とはちょっと違うかも知れませんが、今、3次元的なことがうまくいっていない人が多いのです。 その原因とは?否定的な想念に身も心も覆われてしまっているからです。 そんなエネルギー体になってしまっている。 これだと何をやってもプラスには働かない。 そこで大切なことは、焦らないこと。 すぐに結果を出そうとしないこと。 経済的なことだったら楽をして儲けたり、稼ごうとしないこと。 小額でもいいから愚直に、地道にコツコツ働いて生活をまずは最低限安定させること。 経済的に安定してくると自分に自信が出てくるのです。 器が一回り大きくなります。 そうなって初めて、守護霊さま守護神さまから具体的なビジネスなどのアドバイスが送られるのです。 2人いらっしゃる守護霊さんのうちの一人は仕事のエキスパートであり、肉体人間でどれだけ優れた人でも足元にも及びません。守護霊さんのご加護があって初めて人生も仕事も成功、成就するのです。



  

 

世界平和の祈りの光は過去世を消すことが出来る


  

1.人間は誰でも等しく、二十年前、十年前、数年前に為してきた行動にたいしては、今日もまたその責任を持たなければならない。

時がすでに過ぎ去ったとしても、過去のその行動は、決して消え去ったわけではない。

がもうすでに過ぎ去ってしまった過去の行動に対して、一体どのようにして責任を持てばよいのであろうか。

タイムトンネルの如く、過去の時代に戻り、そこで改めて犯した言葉や行動を悔い改め、反省し、新しく作り変えて現在に戻って来られれば一番よい方法なのではあるが、今の時代ではそうもゆかない。

それでは、本当に過去の罪を消し去る方法がこの世にあるものだろうか?

それはある。それは祈ることである。

過去の消えてゆく姿として世界平和の祈りの中に、すべてを投げ入れ、徹底的に祈れば、タイムトンネルで過去に戻り、自らの手で罪を消し、新しく出発出来ると同じように、祈りの力で、祈りの光で、祈りのエネルギーで過去の罪や行動はすべて消すことが可能なのである。

その効果は絶大である。驚くほどである。

祈らなければ永遠に過去の罪や行動は消えず、現在、未来までもなおその尾は引きつづいてゆく。

世界平和の祈りはすべてのすべてである。




   『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版

 

感想・・・・この文章だけを読むと「そうか、『世界平和の祈り』 とはそれだけ凄いパワーがあるんだ、過去世の業想念、業因縁までも消してくれる、だったら朝から晩まで祈りつづけていれば何にもしなくても守護霊さん守護神さんが悪いものを消して運命を善くしてくれるんだ」 という人が出てくるのです。

これはとんでもない間違い、誤解なのです。

確かに『世界平和の祈り』は宇宙の理念なので時空を超えています。

救世の大光明霊団によって自分や地球人類の過去世の間違った想念行為までも消し去ってくれるのです。

ですから本来なら現われるはずの悪いものが現われる前に消えてしまったり、大難が小難で済んだりします。

しかし問題はそこからです。

未来への新しいベクトル(道しるべ)を創らないとせっかくの素晴らしい宇宙のエネルギーはどこへも行きようがないのです。

だから運命も好転しない、エネルギーはただ漂ったままです。

祈っていると余計な想念(業想念、カルマ)が消えてゆくので直で守護霊守護神、本心、宇宙神とつながります。

そして本当の自分(本心)から新たな、素晴らしいメッセージ(神智)が降りて来るのです。

しかし、そのメッセージをキャッチして行動に移さなければ、何も起こらないのです。

地球上には、働かず動かず、朝から晩まで祈っている国がありますが、先進国に比べ文化も教育も遅れてしまっているのです。

それは行動というベクトルを創らなかったからです。

自分も地球も3次元と4次元、高次元とのバランスが取れてこそ完成するのです。

十字架(真理を表わす)の十字とは、縦の天からのエネルギーと3次元の横のエネルギーが交差し、調和の取れた姿を表わしています。

『世界平和の祈り』によって天(神界・本心)とつながり、神の姿、本来の自分の姿を肉体界に顕わしてゆく。

それが自己完成であり、ひいては地球人類の完成に繋がるのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。




 

 

2017年10月15日 (日)

運命を善くするには守護霊さんと一体になればいいんだ



■『常に祈れ』

(『日々の祈り』 五井昌久著 高橋英雄編 白光出版)

 人間は肉体の他に幽体とか霊体とか神体とかいう体をもっていて、想念波動が常にどの体の中に一番多くの時間を巡っているかということによって、その人の人格が定まり、運命が定まってくるのであります。

 その人の想念波動が常に神体の中を巡っている人は、高い人格者であり、神人合一の境地のいわゆる霊覚者にもなり得るのです。

そこで、いつでも守護霊守護神さんに感謝を捧げつつ、世界平和の祈りをしていなさい、と私は教えているのです。

いつでも守護の神霊の加護に感謝の想いを向けていれば、その人の想念はいつも霊界神界に往っていて、肉体界に神界霊界の光明波動を導き入れ易くなってくるわけです。

ですからその人の人格は自然と高くなってくるし、その人の運命もよくなってくるのです。



感想・・・・上記は短い文章ですが、非常に端的に人間の本質が書かれています。

私たちは肉体の自分がほんとうの自分だと思い込んでいます。

肉体の他にボディ(体)が無いと思っています。

だから魂、心も体の中にあって肉体の死と共に魂も心も無くなってしまうと思っているのです。

ほんとうの自分はどこにいるか?

神界というところで神体として存在しているのです。

そこに意識があるとお釈迦様、キリスト様意識、つまり神意識です。

宇宙の、神の素晴らしい叡知が肉体の自分に降りて来ます。

神の叡知が常駐するようになれば、運命がよくなるのも当然なのです。


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

運、不運とは?

  
 

1.運、不運と人はよくいう。

何も努力せず、出世したりお金が儲かったりすると、運のいい奴だといわれ、一所懸命、人一倍努力し働いても、一向にうだつがあがらず、人にも認められない人のことを、運の悪い奴だという。

一体、運、不運とは何なのであろうか。

運とは突然現われてくるものでは決してなく、「今」が運なのである。

今の一瞬が運をつくってゆくのである。

表面的には仕事の質、量の問題ではなく、心の問題に帰する。「運」とは時々刻々想いの連続によって起ってくる。

人一倍努力したからとか、忍耐したからとか、励んだからとか、働いたからではなく 「絶対にやってみせる」 という信念の積み重ねである。

今の瞬間をも 「絶対に私は出来る」 という想いを持ちつづけるからこそ、自分に運がついてくるのである。

いわゆる心の働きによるのだ。

 

『日々の祈り』 西園寺昌美 白光出版

感想・・・・これまで私は、「努力した結果が現実を産むのだ」と思っていましたが、「絶対にやるんだ、自分はやれるんだ!」という思いの強い人が夢を現実に引き寄せているのです。

いくら肉体的に頑張ったとしてもそこに信念、魂、心が入っていないとエネルギーが弱いのです。

思いのエネルギー、想念エネルギーには凄まじい威力があります。


ただ、想いを実現させても、それが幸せに結びつくとは限りません。


あるぐうたらな男が「5000万円欲しい、5000万円欲しい」と朝から晩まで仕事もしないで念じていたそうです。

宇宙の法則は想いを実現させようとあらゆる手段を模索した、人間は創造主だから必ず想い(イメージしたこと)、想像は、創造されるのです。

ではどうなって5000万円が手に入ったのか?

そこには唯一自分を信じ愛してくれた最愛の母親の死があった・・・・・。

母親が突然事故に遭い、その保険金が5000万円だったのです。

男が途方に暮れたのはいうまでもありません。

邪な想念は、人を幸せにするどころか、不幸にします。

その想念が天の理想ではないからです。愛の想念ではなかったからです。

「世界人類が平和でありますように」

の世界平和の祈りには宇宙、天の理念がすべて含まれています。

宇宙神は、宇宙のすべてが愛に溢れ、調和し、平和になることを願っています。

その理念が世界平和の祈りそのものなのです。世界人類とは宇宙人類のことです。

その中には自分(個人)の願望も入っている、幸せも入っています。

世界の幸せイコール自分の幸せだからです。

しかし自分の、の自分とは我(欲望)の自分ではないのです。

ほんとうの自分(神)が「どうなりたいのか?」「自分のほんとうの幸せとは一体なんなのか?」ということです。

お金持ちになることがほんとう(本心)の幸せだったのなら、きっとお金持ちになります。

しかしそうでないのだったら、違うルート(道)の幸せがやって来るのです。

お金持ちになるか、ならないか?は自分(欲望の自分)が決めることではありません。

神界にいる本心のほんとうの自分が決めることです。

お金持ちになることがその人を幸せにするのなら守護霊さんがきっとそのようにしてくださるのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。


  
お薦め図書 『宇宙が味方する経営』 関西アーバン銀行元頭取 伊藤忠彦著


   
  



 

2017年10月14日 (土)

目覚めは連鎖する(地底人さんからのメッセージ)



Q インナーアースさんは、よく、「目覚めなきゃ」とよく言われますが、地球上に目覚めた人はいるんですか?



地底人 あなた、いないと思うの?



Q いや、いると思いますが、どのくらいいるのかなと思って。



地底人 数なんて関係ないでしょ! 今この瞬間にあなたが目覚めたら、周囲を変えることができる。

一人ひとりがつながっているの。 ネットワークでね。 すべてはワンネスとしてつながっている。

だから、ひとつの場所で目覚めがあれば、他の場所でも同時多発的に目覚めが起きる。

あなたという花がひとつ咲いたら、他の人も開花しはじめるのよ。

要するに、あなたが目覚めたという周波数をまとうと、それは周りにも影響しはじめる。

だから、あなた自身が目覚めることが必要。

どれだけの人数が目覚めたかなんてどうでもいいこと。




Q 目覚めは連鎖するんですね。 よく言われる、「100匹目の猿」のような感じですね。 でも、本当の意味で目覚めた人というと、やはり聖人という気がします。 キリストやブッタ(お釈迦様)など。 そして、やっぱり私たちはどこか普通の人間でしかないと思っていて。



地底人 そんなこと、誰が決めたの?

キリストは、「あなたと私は違う」 と言った? 

キリストは何て言った?「私は神だ」と言った?

彼は、「私は神の子であり、あなたたちは兄弟であり姉妹」だと言ったでしょ。

じゃあ、神もあなたたちも同じであり、そこに上下の関係はない。

私は、あなたたちのことを未発達だけれど、決して、だからダメだとは言っていない。

子供であることと大人であることに良い悪いはないでしょ?

同じ人間として、先に生まれたか、後からきたかという違いだけ。

良い、悪いはあなたたちがそう判断しているだけ。・・・・・・・・・・・・・




『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE


 

感想・・・これまでに地底人さんシリーズをご紹介して来ましたが、地底人(インナーアース、地球霊王さま)が一番言いたかったことは、

「肉体人間よ、自分が何者であるかを知りなさい」、だったのです。

人間は自分のことを「ダメなやつ」「どうしようもない奴」だと思っています。

自分のことをそう思っているのだから他の人も同じように思うわけです。

しかしそれは表面に現われているだけで、奥の本体は光っている、そしてその本体とは神そのものなのです。神とは宇宙神であり、創造主であり、すべては完璧なのです。

人間とはそんな素晴らしい存在なのです。

そのことに気づくことが目覚めです。

今、地球人類を目覚めさせようとして『神聖復活目覚めの印』を組んでいる人たちがいます。

この印を組むと自分が光り輝き、肉体の目を通してもその輝きがわかるようになるのです。

組んでいる人が明るくなり、印を伝授された人も光り輝き、運勢が好転するようになります。

そしてその行為は連鎖してゆき、地球人類が次々に目覚めてゆくのです。

この印は宗教宗派に関係なく無宗教の人も誰でもが組むことが出来ます。

いよいよ、アセンション(次元上昇)の完成が近づいて来ました。

楽しみですね!



  

「解脱」は終わりではない 悟ったとしてもゴールではない

 

 
前生があり、輪廻転生があるとしたのなら死んだ後の未来も当然のごとくあるのです。

生命は永遠である、ということからいえば、死はゴールではないのです。

そして私たちは、創造主であり、宇宙そのもの、大自然そのもの、サムシング・グレートであり、神そのもの、神の子なのです。

宇宙は無限に進化創造しています。 小宇宙である私たち人間も未来永劫進化し続けるのです。

だからちょっと真理(我即神也)がわかったところでそれは最終の悟りでもなければ、ゴールでもない、私たち神の子には永遠に終わりは無いのです。

では、今、私たちの目の前に現われている現象はどう受け止めればいいのか?

それは自分が前生で輪廻転生を繰り返して来た未解決の事柄が宿題として再生されて写って来ているのです。

その問題をどう処理をすればいいのか?

それは解かなくてもいいのです。 

その時(前生)で解けなかったからといって「やり直し!」をさせられているのではないのです(笑)

解かなくてもいいから、それはもう過去で経験をしたことだから、客観視し、俯瞰視して「もう写って来ているこれらは終ったことなんだ、消えてゆくんだ」 と映画鑑賞をしているときのように観ていればいいのです。

そしてそのときに『世界平和の祈り』 を祈り、自分の想念を祈りの中に投げ入れてやると前生での業想念、業因縁、間違った考えだったこと、悲しかったこと、怒ったこと、赦せなかったことなどあらゆる感情が次々に光の溶鉱炉の中で消えてゆき、完全に過去(輪廻転生)は消えてしまうのです。

過去が消えれば後は未来しかありません。

進化するとは、前だけを見て進むということです。

宇宙には未来(神界)しかないのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。

本文


『宗教問答』にある、肉体人間の誕生や前世についての質問に対する五井先生の答えの最後に、輪廻転生の輪から解脱して、それで終わりではない、ということが書かれています。

そこから初めて神の分霊としての人間の第一歩が始まるのだ、という意味のことを説いておられますのでご紹介します。

本論を書くにあたって、このことを私は申し上げたくて、今までペンを進めてきたわけであります。


  最後に、最も大事な真理をお話し致しておきましょう。


  それは今まで説いてまいりました 「転生」 や 「前世」 や 「再生」 などということは、人間の本体の世界、本心の世界のことではなく、あくまでも業想念の世界のことであって、人間本体は常に、神の世界において光明燦然たる光を放ちつづけている、ということであります。

その真理は肉体人間の頭脳で知ろうと知るまいと、厳然たる事実であって、この世や幽界、霊界を往来している人間(霊魂)は、水に映っている影のようなもので、その実体はなく、いつかは消え去ってゆくものであります。

ですから、真理の面から一言にして言えば、人間が自己の前世を云々したり、過去世の因縁や今生の幸不幸にひっかかったりして、一喜一憂しているのは、消え去ったもの、或いは今現われて消え去ろうとしているものを把え、追いかけるようなものであって、あまり知恵のある話ではないのであります。

前世云々と、常に言う人たちがありますが、前生はまたその前々生があり、そのまた前生があるので、いつの時代がその人の運命にいつ現われてくるか、はかり知れないのですから、すべての事物は、皆現われては消えてゆく姿として、その姿に把われる想いを世界平和の祈り、神のみ心の中に投入しつづけていれば、真理の世界にいつかしらず入っていって、自己の神である実体を知ることが出来るようになるのであります。

この大事な真理の話を書き写しながら思ったことは━

 この世界に生まれて肉体を持ったことは、自己が神であることを知るためであり、そのために悲しみや苦しみ、喜びや楽しみを味わいつつ、実体を知るための経験を、今、一つ一つ積み重ねているところであり、その一つ一つの経験がたいへん重要なものである、ということです。

五井先生は始めに、人間本体論を説き、因縁因果論も同時に説き、その上で因縁因果すべてを“消えてゆく姿” と断じ、それを世界平和の祈りの中に投入することによって、本体の自己を現わせるように、観念的にも、実質的にも覚知するように、私たちを導いてくださっております。

因縁因果論も私たちの覚醒にいたるまでの修行に必要なものであり、覚醒に至ればみな消えてゆく姿となって、目の前から消えてゆくものであります。

それゆえ修行として 



 うつりくるものなべて消ゆ消え去ると ひたすら想へ心素直に  五井昌久 


となるわけです。


『神の満ちる星の話』(五井先生が語った地球と人類の未来図)高橋英雄著 白光出版



   

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