2019年1月20日 (日)

人間は光そのもの

 

人間は全く大神の個別的現われなのである。

輝きわたる一つ一つの星のような存在なのである。

大神の光明、大神の創造力が、個々の光明となり創造力となって、大神の理念を本質的にはすでに実現せしめているのであるが、その投影が、この地上界に時間的経過を経て、写し出されてゆくのである。

そしてその投影が完全な姿を地上界に写し出した時が、天地一体であり、地上天国の実現なのである。

人間は神から来ているのである。

宇宙のすべては神のみ手にゆだねられているのである。

人間が真に幸福な生活を望むならば、まず神の存在を信じ、自己が想念の固まりである肉体ではなく、永遠不滅なる神と一つの者であることをしらねばならぬ。

 

(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』24頁 )

 

感想・・・人間は、「ああだ こうだ」と頭で考え、否定的にネガティブなマイナス思考になってしまっている、そんな業をつかんでいるたった今現在の自分が、「ほんとうの自分であり、人間とはそういうものだ」、と思っていますが、人間とは本来、 “光” そのものであり、雲一つない青空のような存在なのです。

しかし私たちは、太陽の光を見ず、太陽にかかっている黒雲に意識を合わせ、黒雲が自分であり、人間だと思い込んでいます。

なにがあっても(良いことがあっても)マイナスに考える人や太陽(神)の存在を知らない、信じない人は

「黒雲が自分だ」と思っているのですから、幸せになれるはずがありません!(無限なる光‼️)

今は末法の世、光が見えにくいのは確かです。

そこで光を探そうとするのではなく、自分が光になればいいのです(笑)。

人間は神そのもの、光そのものだからです。

自分は一体何者なのか?

自分自身を知る時期に来ています。

知って光り輝く、神の姿を顕わす時期に来ているのです。

『世界平和の祈り』を祈り、『我即神也の印』『人類即神也の印』『神聖復活目覚めの印』を組んでいると心を覆っている業想念が消えるのです。

スッキリした晴れやかな心境になります。

しかし、すぐにまた暗雲が襲って来ます。

闇が波のようにやって来る、これが悩みの正体です。実体のないもの、幻です。

私たちは実体のない雲をつかんで勝手に不幸になっている。

つかまないようにするには、自分が光になればいい

その方法は、祈りしかありません、印を組むしかないのです。

理屈ではありません!

祈り、印を組む人は救われ、組まない人はそれがわかるまで黒雲をつかみ続ける

しかし、やがてみんなが祈り、印を組むようになる

これが地球人類の近未来の姿です!

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

 

2019年1月17日 (木)

想念をつかんでは、幸せになれない!


人間というものが、日常自己だと思っている肉体的自己は、実はしっかりした本体をもたない泡沫のような、想念の波であり、諸行無常的、砂上の楼閣的存在なのである。

こんな瞬間瞬間に消えてゆくような想念の波だけを摑んでいて、人間の幸福だとか世界平和だとかいっていても、到底真の幸福も世界平和も実現しないのは、実にはっきりしていることなのである。

一度過去の想念をすっかり消してしまって、人間内奥に輝く本体の光、天に輝く真我(直霊)の光を直接地上に輝かせなければ、地上天国はできあがらない。

そこで私は本体の光を輝かせながら、五感に見える業因縁的存在はすべて消えてゆく姿なのですよ、と説きつづけているのである。

(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』20頁 )

 

感想・・・私たちは自分の、あるいは他人の本体(太陽の光)を見ずに、消えてゆく幻の黒雲ばかりを見て

「自分はダメだ、馬鹿だ」「あいつは嫌な奴だ」「どうしようもない人間だ」と思い込んでいたのです。

どうすれば、自分、そして他人の中の「神」「神聖」を見ることができるのでしょう!

それは単純明快!

自分の想念をすべて光り輝く『世界平和の祈り』の中に入れてしまう

すると光の溶鉱炉で光そのものになって肉体(3次元)の自分に返って来るのです!

これしかありません‼️

そしてもう一つ凄いツールがあります。

『神聖復活目覚めの印』です。

この印を組むと自分の中の本体、本心が光り輝いて来るのです。

その響き、光は伝わり周りの人が気づき、神聖に目覚めるようになってゆくのです。

五井先生、宇宙天使(神)からの贈り物です。

神聖復活目覚めの印動画

       ↓

https://m.youtube.com/watch?v=BtvvyIUhVdI



 

 

2019年1月14日 (月)

みんな救われている

 

 

 

日本の政治や各国の様子を見ていると、近い将来アセンション(次元上昇)するなんてとても思えない。

次元上昇で何が起こるかというと天と地がひっくり返るということです。

つまり天界(天国)が地上に現われるということ。

3次元から4次元を超えて一気に5次元、多次元への突入です。

こうなると人間の7つのチャクラは完全に開き、地球上の人間全員が覚醒する。

意識があがって、肉体意識から宇宙意識になる。

宇宙意識とは神意識のことです。

お釈迦様やキリストのように自由自在心になるのです。
 
でもどうしてもそんなことが起こるなんて信じられない。

このままの調子で行くと破滅は想像出来ても天国が現われるとは到底考えられない。

私も祈りだけの力でアセンションが起こるのは少し無理があるなと思っていました。

でも、それは確実に起こるのです。

絶対に間違いないことなのです。

そのことを昨日(8年前ですが)、調和波動気功のセミナーで于先生が教えてくださいました。

 

ところで、私の書く日記の中に五井先生がしきりに出てきますが、五井先生は覚者です。

覚者とは神我一体となった人のことです。

神我一体とは、肉体の我(われ)と神が一つになった

つまり神様、仏様と合体したということです。

キリストしかりお釈迦様しかりです。

宇宙には霊位(れいい)と言って霊(神)の位を計る尺度があります。

お釈迦様、キリスト様は金星から天下って来られたのですが、同じ金星の人?でも段階があるのです。

お釈迦様は、業想念で汚れた地球に降りて来て、真理を説き、たくさんの人々を救ったので霊位が高いのです。

金星の中でも大尊敬されています。

五井先生は、もっと汚れた状態の地球に降りて来られた方で、キリストやお釈迦様よりも霊位が高いのです。(霊位が高くなければ浄めることが出来ない)

神界でもかなり高い所におられる神様です。

その神様が肉体の五井先生の器に降りて来て神界の教えを説いた。

その教えが世界平和の祈りだったのです。

この祈り言を人間が唱えることで地球と人間が救われていく

お前の役割りはこの祈りを人間に伝えることなのだ

と神示が降りた。

そして

五井先生には地球の未来を観ることが出来た。

天界(天国)が地上に降りて来るところを霊覚でハッキリと観ていたのです。

そしてそこで何が起こったのかを観たのです。

そこのところの文章を抜粋します。

『みんな救われている』五井昌久 P35から

世界平和の祈りの中には、神々が光り輝いている。

この祈りは救世主がやっているのですから、救世主の大光明なんです。

その大光明が世界平和の祈りとして私に説かしている。

他にいろんなことを説かしているでしょうが、私には世界平和の祈りを説かしている。

その祈りの中に守護神がやがて降りてくるだろう。

宇宙人が肉体と同じような形で降りてきて、宇宙科学をもってサタンの武器を押さえるであろう、というのが私への神示なのですよ。

それで私は一生懸命世界平和の祈りをやっている。



もう一度書きます。


宇宙人が肉体と同じような形で降りてきて、宇宙科学をもってサタンの武器を押さえるであろう、というのが私への神示なのですよ。

そうなのです。

世界平和の祈りを祈る人の数が臨界点を超えたとき

救世の大光明霊団の中から宇宙人、守護神が人間の形で現われて、サタン(悪魔、人間の業想念)から武器を取り上げるのです。

それを3次元に住む私たちは肉眼で見せられる。

神様が地上に現われるのだから

それはもう気絶するくらいのショックだと思います。

映画「よみがえり」では死者が霊界、幽界から肉体界に戻って来ましたが、それどころの驚きではないと思います。

でもその頃には、意識も波動もあがった人たちが何人もいて冷静に受け止めることが出来るのです。

その未来の姿(様子)を五井先生は霊視された

だから確信を持って

「絶対に大丈夫なんだ」

「人間も地球も救われるんだ」

とおっしゃったのです。

そこには大確信があったのです。

ならばグッドムーンにもその大確信があったのか?

いえ、私も五井先生が宇宙人が人間の姿で現われるという話をされていたことは知らなかったのです。

おそらく、時期ではなかったので封印されていたのだと思います。

そんなことはまだ知らなくてもいい

今はただ一生懸命に祈っていればいいんだ

だったと思うのです。


でも、封印を解く時期が来た

それが今です。

よりリアルになって来ました!(腑に落ちました)

これからたくさんの人が祈るようになるためには奇蹟が起こることを具体的に説明する必要があります。

科学的にも証明しないと駄目なのです。

理屈っぽい人は何を言っても信じない

目の前に神が現われないと信じないのです。

このことは徐々に人々に知られていくようになるでしょう。

そしてたくさんの人が世界平和の祈りを祈り

印を組み

マンダラを書くようになる

すべては神々のご計画なのです。



世界人類が平和でありますように 

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 

補足・・・こう書いていてもほとんどの人は半信半疑だと思います(苦笑) 私もみなさんよりも信じてはいますが、完全はありません(笑) そこで一度五井先生のご著書を読んでみてください。このことが書いてあった本のページを開いてください。本は不思議なもので波動です。五井先生のエネルギーが入っているので読んでいるだけで細かい神霊波動になります。すると内容もスーッと入ってくるのです。理屈だけではありません。波動、エネルギーがすべてのすべてなのです。

 

『みんな救われている』 五井昌久著 白光出版

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対に大丈夫なんだ!

 

 

 

守護霊、守護神とただいっただけでは、やはり実観としてぴんとこない。

この守護霊や守護神が、自分たちと同じように人間的愛情をもった、しかも自分とつながりの深い親の親、つまり祖先の悟った力のある人、あるいは生れる前から自分につききりで観ていてくれる愛情をもった神、でなければならない。

何があっても自分をまっさきに救ってくれる肉親的愛情の所有者である神が必要なのである。

私はこうした神を、守護神として改めて民衆に発表した。

そしてその下に真実肉親として系図を見ればわかるような祖先を守護霊としてはっきり認識させるように教えている。

今まで何となく漠然としていた守護神、守護霊を各自が、自分のものとして暖い想いでつかみ得るように示したのである。

(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』18頁)


感想・・・何が絶対に大丈夫‼️なのかといいますと、守護霊様、守護神様に守られているからです。

私たちに不幸災難、危機がやって来るのは、未来を感知できないからです。

巻き込まれてしまうからです。

ところで、今現在起こっていることは、潜在意識の世界である幽界で起こったことが、肉体界に映ってきているのです。

肉体界←幽界(潜在意識)←霊界←神界

私たちは目に見えない世界、幽界のことはわからないのだけれど、霊界にいらっしゃる守護霊様、神界におられる守護神様には、手に取るようにわかるのです。

それを神智(メッセージ)として、直感として伝えようとしてくださっています。

しかし私たちはその存在を知らない、信じていない、半信半疑であるためにちゃんと受け取れないのです。

なんともったいないことでしょう(笑)

すごく、すごく損をしてます。

そしてこれから世の中はもっともっと混沌とし来ます。

夜明け前(次元上昇)が一番暗いからです。

守護霊様守護神様としっかり繋がっていれば絶対に大丈夫‼️です。

だって守護霊、守護神様は私たちを守るために宇宙神から遣わされたからです。

私たちは法則の神を神様だと思っていました、それは間違いではないのだけれど、救ってくださる神様がおられたのです。

『世界平和の祈り』の中には守護霊様、守護神様への感謝の祈りが入っています。
感想は光です。

光を得た守護霊、守護神様は益々力を得て私たちを守りやすくなります。


世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます


補足・・・守護霊様は3体(3人)おられるのですが、未来を知らせてくれるだけではなく、仕事や生き方に関してもエキスパートなのです。神智(メッセージ)で指導してくださいます。

宇宙神が守護の神霊と認めなければ、守護霊、守護神にはなれません。

頼りない神霊はいないのです(笑)

 

 地球上過去に大活躍した聖者、賢者、そして立派な人物には必ず守護霊様の強いご加護、応援があったのです。
 
 世のため人のために生きていれば(世界平和の祈りを祈っていれば)、必ず守られるようになります。

 





 

 

 

 

 

 

2019年1月13日 (日)

悲しいかな、邪道でも民衆は現世利益を求める!

 

法則としての神にいくら頼みごとをしても聞いてくれるはずはない。

法則は絶対に曲らぬからである。

法則の神の通りに自分の心を自分で乗せてゆかなければ、けっして救われることはない。

ところが、ひとたび法則をはづれた歩みに入った人が、自分だけでまた元の法則の上に自分を還えすことは不可能に近いほどの難事である。

これでは神の必要もなければ、宗教の必要もなくなってくる。

そこにつけ入ってくるのが、低級な現世利益のみの宗教である。

邪教の氾濫となる原因は、正しいと称される宗教が前述の如き誤りを意識せぬ理論的宗教論になっているからで、いかにその理論が正しそうに見えても、その底に神の愛情を感じさせぬような法則論の宗教では、たとえ邪宗教であっても現世利益の多いほうに民衆はついてゆく。

そこで私は正しい宗教理論の上に守護神という愛なる人類救済的指導力をおいたのである。

(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』17頁)

 

感想・・・これは宗教だけでなく、今生を生きていく上でも付いて回る現実なのです。

「これはおかしい、そこには愛はない、ニセモノかもしれない」と思っていてもそこに金銭や権力的なこと、情が絡んでいると流されてしまうことがあるのです。

そして一度入ってしまうと、それまでに正誤が判断できていたのに、麻痺をしてしまうようになります。

明らかに幽界の生物、感情霊の影響を受けてしまいます。

影響を受けると、人としての常識から外れたり、感情的になったり、金銭に欲深くなったり、愛に薄くなったりするのです。

一般の人から観ると明らかに「おかしな人」なのですが、本人はわからない。

幽界の生物が取り憑きやすい人とは、お金にだらしなく、「楽をして儲けたい」と常に思っている人、人から「凄い!」と言われたい、スピリチュアルなことに興味があり、人をコントロールしたい、霊力が欲しいと思っている人たちです。

人生がめちゃめちゃになってしまい、宇宙の運行、進化にも悪影響を与えます。(退化するからです)

このような人たちは案外多いことがわかります。

つまり世の中が混沌としおかしくなっているのは、神から離れた幽体意識になっている人が多いからです。

油断大敵です。いつさらわれるかもしれません。さらわれた人を非難することも違うのです。他人は関係ないのです。
自分が地に足を着け、天地を貫く光の柱になればいいのです。

そうすれば、迷いの世界に行った人たちもいつか必ず正気に戻るのです。


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 

2019年1月10日 (木)

自我欲望と霊能

 

 

感想・・・これから地球人類は宇宙から降り注ぐエネルギーが非常に細かくなることで霊化、神化して行き、守護霊、守護神と繋がり一体化し、悟りの境地に至るのです。

悟るとは、神界にいるほんとうの自分、本心と肉体界の吾が統一することをいうのです。

お釈迦様、キリスト様は、まさに悟った状態であり、この境地になると自由自在心、創造したことがすぐに具現化する神、仏になります。(アセンションとは人間が神に還ることなのです)

もう肉体波動ではなくなる、肉体があってもなくても光の波動体になります。

これからほとんどの人がそこに近づいて行くのに、迷いの世界である幽界の生物に取り憑かれた人たちは、とんでもない遠回りをしてしまうのです。

霊化、神化するのに一番大切なことは、執着、把われを無くすことです。

感情(勘定=お金)、欲望は神様から遠く離れた意識なのです。

スピリチュアルなものは、ほとんどが幽界の生物たちが仕切っています。

隙があれば取り憑こうとしています。

金銭欲、物欲、楽をして儲けたい、色欲(性欲)もそうです。

欲望に負けるととんでもない世界へ行くことになる、次元上昇とは反対の方角です。

真の幸せを掴めなくなるのです。

宇宙の大、大、大イベントであるアセンションを経験するために地球に肉体を持って降り立ったのに、魂を一気に上昇させる大チャンスなのに意識を下げたために台無しになります。

今が正念場です。今しかないのです。

今、自分はどこにベクトルが向いているのか?

自問自答してみることが必要だと思います。



本文

死を一歩前にみつめたときには必ず、自己の過去における想念や行為が走馬灯のように脳裡を駈けめぐるものなのである。

もし自己欲望によって霊能を望んだとしたら、その人は真の霊覚者には成り得ない。

何故なら、自己欲望という低い想念の波をつけたままでは、到底高い霊界、神界までは昇れないからである。

この世界には厳然たる法則があり、画然とした段階があって、自己欲望の放棄如何が、その順位に非常な関係があるのである。

従って、ある種の霊力をもって、人に優越したい、とか、偉くみせたい、あるいは地位を持ちたい、金を儲けたい、とかいう自己欲望で霊修行をしたとするならば、それと同種類の欲望をもった幽界の生物たちが、神をよそおって憑依してくるのである。

そうした幽界の生物達は、人間本来の神性も神の理念も目的も、何もわからずに、その場その場の当てもの的予言や治療をするのである。

 


(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』13頁 )

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 



お釈迦様、五井先生は占いなどを厳しく禁じた

ひとたびそうした幽魂たちに応援を頼んだ肉体人間は、肉体人間自体に備わっている能力を使用しなくとも、常人にはできぬ予言や治療が出来るので、得意然として思い上り、人間世界の尊厳を維持している勤勉、真面目、意志の自由を失ってゆき、また他人の意志の自由をも奪い、ついには唯物論者、無神論にも劣らぬ人類世界破滅への一役を買ってゆく。

なんでもなく見えて非常に恐るべき憂うべき宗教的無智なのである。

私はこの危険を熟知しているのでいたずらに霊能を欲することをいましめ「貴方方の背後には祖先の悟った人たちが守護霊として、または守護神として守っているのだから、常に守護霊守護神の加護を念じながらすべてのことを運んでゆきなさい」と教えているのである。

常に守護霊守護神を念じていれば、霊能が必要なら正しい霊能が授かり、危険なことがあれば、何らかの方法で必然的に救って下さるのである。

(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』14頁)

 

感想・・・地球に降り立った聖者、賢者たちは占いや霊的なことを「絶対にやってはいけない‼️」と弟子や一般の人たちにも厳しく禁じていたのですが、それがほとんど伝わっていないのです。

なぜいけないのかというと、たとえば、「あなたの未来は明るい」と予言?されたとしてもそのことに把われるからです。

そして心に油断ができます。地に足がつかなくなり、3次元が疎かになるのです。これは魂の成長にとって一番いけないことなのです。

そして悪く言われると、少しでも都合の悪いことが起こると、前世のせいにしたり、これは運命だと決めつけるのです。

それよりも何よりも、背後には幽界の生物が憑くようになり、幽界の生物とは感情霊なので、守護霊の意思、指導とは全く違っためちゃめちゃな人生を送らされるようになります。

今、アセンションに向かっているのですが、そうはさせまいと幽界は必死になって肉体界を混乱させようとしています。

スピリチュアルなものに頼らなくても人間は元々霊的であり、覚者、神なのです。

守護霊、守護神に感謝の念を向けていれば、つまり『世界平和の祈り』をしっかり祈っていれば、霊的、神的になっているのです。

十分守られるのです。(ほんとうは自分で自分を守る)


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます







 

2019年1月 9日 (水)

コロコロ変わる心の法則を知りましょう!


感想・・・私たちはふっと嫌な気分になったとき、「これはなにか嫌なこと、悪いことが起こる前触れだ」と信じてしまうこ、とがあります。

そしてそれは予感であって直感ではないのだけれど「自分の直感は正しい、当たるのだ」と変な自信を持っています🤣

しかし、嫌な予感は当たることはほとんどなく(私の場合ですが)

大概のことは事はうまく行きます(お陰様で)

私の場合は「世界平和の祈り」を祈り、印を組んでいるので、大難が小難になっている、して戴いています。

マイナスが無限小に消え、無限大にプラスが広がっているのです。

しかし、嫌な気分になったとき、それを疑い🤨 「あれっ大丈夫かな?」と思ってしまうことがあるのです。

この後が大切です。

この気分になったのも消えてゆく姿なんだ。

そして、

結果、嫌なことがあったとしても、それは絶対に良くなるための消えてゆく姿、プロセスであり、長い目でみれば、それは良いことに繋がるんだ、と真理を深く理解することが大切なのです。

 

斎藤一人さん談

心ころころ変わる話、しますね。

私には、これからいいことが起こるのがわかります。

「あっ、今からいいことある」と、これまで外れたことがないのです。

それがどういう感じなのかというと、前触れとして嫌な気分がするのです。

ところが不幸な人は、嫌な気分だったらこれから嫌なことが起こる、と思うことでしょう。

たとえば、「昨晩、夢で首を包丁で切られたのですが、何か悪いことが起こる前触れなんでしょうか」などと、私は聞かれたことがあります。

そんな心配は一切無用です。

もう首まで切られたんだから、これ以上、悪いことが起こるはずがない(笑)

首だって一回切られたら、もう切られないでしょう?

物事は順番に起こるのです。

いい気分、嫌な気分、いい気分と、代わる代わるやってくるようになっているのです。

だから嫌な気分になってきたから、「あっこれはそろそろいいことが起こるぞ。いいことがすぐに起こるぞ」と思えばいいのです。

そうすればいいのに、嫌な気分になったからと、「どうなんでしょう、こうなんでしょう」と、その気分をずっとつかんでいるから、いい気分の間まで、嫌な気分になってしまうのです。

ところが、嫌な気分が起きたところで、「これはいいことの前触れだ」と言っていると、いつの間にか嫌な気分ではなってしまいます。

悟りを開くとは、こういうことなのです。

悟りを開くというと、ずーっといい気分でいられるということだと思う人がいます。

実はそうではありません。

心がころころ変わるものという性質を知っているだけのことなのです。

その性質さえ知っていれば、生きていくのに怖いことはありません。

わかりましたか?

嫌な気分がしたら、次はいい気分に決まっているのです。

嫌な気分になったから、きっと悪いことが起こるなどと思っていたらいけないのです。

嫌な気分の次は、必ずいい気分。

これを覚えておいてください。

『普通はつらいよ』斎藤一人著










 

 

2019年1月 8日 (火)

五井先生の愛



私が現在までさまざまな宗教を通って来て、最後に守護神の指導による霊的直接体験の後、自由自在な心、光り輝く本体として、地上界の使命達成の本格的第一歩を踏み出したわけであるが、あの苦しい霊的修業をよくも耐え得たといまさらながら思うのである。

耐え得た力の原動力は、親友と弟が背後にいる、という安心感と、私の心の中には、人を愛し、国を愛し、人類の大調和を願う想いよりなかったという、強い信念の二つであったようだ。

狂人の一歩手前、悶死の一歩手前に追いつめられたことが幾度びもあったが、結局その境界から私を救ったのは、私の自己を信ずる力であり、神の愛を信ずる確信であった。

しかしもし私の中に、自己欲望で霊力、神秘力を望む想いがあったとしたら、私は現在の私に成り得なかったに違いない。(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』12頁 )


感想・・・五井先生は霊覚者であり、聖者であったのですが、霊能者ではなかったのです。
同じように霊能がありながら聖者と怪しげな占い師、邪な霊能者に分けた大きな違いは、自我欲望を捨て切ったところにあります。

神力は、ホンモノの愛そのものの人にしか与えられないからです。

神は愛です。

か〜あ
み〜い

自我欲望があるとそれは純粋なほんとうの愛ではなくなってしまう

ホンモノの愛にお金儲けや守護霊、守護神の導きを無視した勝手な指導、「病気治し」などあってはならないのです。

ニセモノの霊能者は神とは繋がらず、幽界の生物たちと繋がることになります。

今、この幽界の生物たちに取り憑かれ繋がってしまいおかしな方向に向かっている人がたくさんいます。

おかしな人たちとは、一言でいうとお金にだらしない、お金に執着が強い、楽にお金を儲けたい、感情(勘定=お金)を喜ばせたいと思っている人たちです。

幽界の生物たちの格好の餌食になります。

そしてこの人たちが霊能者になるのだから始末に負えないのです。

過去世のことがわかって何になるでしょう?

未来の自分を知って何になるでしょう?

汗水流さず、簡単に大金を手に入れて幸せになれるでしょうか?

病気になることで魂を磨かせようと守護霊様がしているのに、一時的にだけ病気が治った状態になったとしてそれでいいのでしょうか?

過去を知ることも未来を予言することもまったく必要ないことです。

そんなことに意識を向けず、今現在をしっかりと生きることです。

地に足を着けて自立を目指すことです。


守護霊、守護神様と繋がってほんとうの自分を見つけ、ほうとうの姿(神)を顕わすことです。

そのために『世界平和の祈り』、『神聖復活目覚め印』は神界の五井先生から降ろされたのです。


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






 

2019年1月 6日 (日)

許せない人を許すには?(斎藤一人さん)

 

心のこりを取るもう一つの方法は、相手を許すことです。(心残りではありません、心の凝りです)

毎日生きていればいろいろな嫌なことがあるけれど、とりあえず相手のことを許しましょう。

それでも、どうしても許せない人もいます。

そんな人がいたら、許せない自分を許すのです。

「あの人は許せないけど、自分だけは許します」と言えばいいのです。

自分のことが好きなら、これくらいはできると思います。

しかし、ほんとうはこれがなかなか難しい。

読書の中には、「自分も許せない人っているのですか?」と考える人もいることでしょう。

これがいるのです。

実は、ほとんどの人が自分を許せないのです。

たとえば、あそこに自分をいじめた奴がいる。

いじめた奴は許せない。

だけれど、もっと許せないのは、いじめた奴に向かって言い返すことができなかった自分自身なのです。

反撃することができないで、泣き寝入りした自分が許せない。

だから苦しい。

それで、誰かにこの気持ちをわかってもらおうと思って話をする。

そうすると、話ではなくて、じーっと裁こうとする奴が出てくる。

この本の読書者は、そういうことはやめましょう。

他人の話を聞いてあげましょう。

心のコリを取ってあげましょう。

広い心で生きられるようにしてあげましょう。

そういうふうに思ってください。

勇気を出して1回だけ、「自分を許します」と言ってみてください。

そうしたら人生、ほんとうに変わります。

駆け足が遅いからっていじめられ、笑われても、もう悔しくてないはずです。

私たちは猟師ではないのです。

「なんで笑われなきゃなんないんだ、駆け足が遅いぐらいで」と思っていればいい。

人生で1回も使わない方程式ができないぐらいで、ずーっと一生嫌な思いをして生きなくてもいい。

英語なんかできなくたっていい。

ここは日本なんです。

 

『普通はつらいよ』斎藤一人著

 

感想・・・・私は小学生の頃、酷いいじめに遭っていました。
大人になって、前世で私がいじめていた相手から、今生で仕返しをされていると知り、いじめられたことに対するわだかまりは消えたと思っていたのですが、

上記の文章にあるように、反撃することができないで、泣き寝入りした自分が許せていなかったのです。だから完全に腑に落ちてはいなかった。6年前の同窓会で私をいじめていたA君が自慢げに話していたのを聞いて初めて反撃しました。

周りにいた人は驚いていましたが、私の中ではやっといじめのトラウマから卒業できたと思います。

逃げずにトラウマを生んだ場所に行ってみるのもいいかもしれません。

その頃は反撃することから逃げていたので、勇気を持ってそこに行けたことが自信になると思います。





 




 


 

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