2017年3月19日 (日)

人間とは本来、善なのか悪なのか?



感想 


人間には、いろんな人がいて、神さま仏さまのように素晴らしく、光り輝いている人がいるかと思えば、極悪非道で動物以下(動物さんごめんなさい)の人もいて、同じ人間なのにどうしてこうも違うのだろう?

そして神性を顕している人を見ると、人間は本来、善であるという「性善説」だと思い、狂った人を見ると人間は悪魔だ悪の心を持ったどうしようもない生き物(性悪説)が本当だと思うのです。

おそらくほとんどの人は、あるときは人間神の子、またあるときは、悪魔の子と人間観が二転三転していると思うのです。

だから自分のことも、「自分は素晴らしい!」と自画自賛することもあれば(あまりないか)、「自分はなんて駄目な奴なんだろう」(無限なる可能性!)と卑下をする自分がいる。

「神様、いったい自分(人間)とは何者なんですか?教えてください」 と聞きたくなりますよね・・・・・。

その答えがズバリ下記の本文(これから先の文章に)には書かれているのです。




 

本文


 
   
この幽界における分霊を霊魂といい、肉体界にいる期間を魂魄(こんぱく)という。


いいかえれば、霊とは神であり、神性であり、魂魄を因縁性とよぶのである。


従って、分霊は、霊界に本住する神でありながら、因縁世界に降っては魂魄(こんぱく)であるといえるのである。


人間の本性としては、霊(神)であるので完全円満であり、行き通しであるが、分霊の念波から生じた業生は、業因縁となり、幽界、肉体界を輪廻転生して生まれ変わり死に変わりするのである。


仏教でいわれる、人間本来仏性なり、とは、どんなに業因縁の迷路にいる人間でも、その中味はすべて仏のいのちである。


私流にいえば、分霊の光であり、直霊の光であり、宇宙神そのものの光(いのち)である、というのである。


人間の性は善なるや、と今までに多くの人びとが、性善説、あるいは性悪説を唱え、論じあってきたが、人間の本来性には善も悪もない。


人間はただ無限の光(神)の創造性を行動に移し、神の姿を客観的に現わそうとしている者であって、悪といい善というも、全面的に神が現象界に現われるまでに織りなす光と影の交叉であり、悪(影)と現われている姿、行動も、より大いなる善(光)を現わさんとする一瞬であり、善と現われている姿、行動すらも、より偉大なるすべてを含めた善(光)を現わさんとする過程の一瞬である。


初めに分霊が、宇宙神の創造を顕現するため、その創造性を光の線と彩なして、幽界肉体界を創造してゆく過程において、みずから発した念波の業因の中に、しだいに自己の本性を見失っていったことは、前章においてすでに説明したのであるが、これは一見、無限の智慧の持ち主である神の行為の失策の如く見え、この点を疑問に思う人々が多数あると思うので、この点についてちょっと説明してみよう。



                  
                  つづく





『神と人間』 守護神守護霊について  五井昌久 白光出版


追伸・・・これらの文章は、2015年12月末に記事にしたもの(『神と人間守護霊守護神4』を再投稿しました。

ご興味のある方は、シリーズになっておりますのでさかのぼってお読みください。



  




2017年3月12日 (日)

あなたは一番根本なることを忘れている



『2014年の日記より』


私事ですが、私には今年社会人になった一人息子がおります。

東京で就職して、夏季休暇で大阪に帰って来ていました。(昨日帰りました)

久しぶりに会って

息子を見ていて

「成長したなあ」

と思う部分もあるのですが

「まだまだだなぁ」

「大丈夫かなぁ?」

「心配だなぁ」

と思ってしまうこともいくつかあります。

「学生の頃にもっと言っておけばよかった」

「これは親の責任かな」

と私の脳裏を後悔や心配の気持ちが駆け巡ります。

もう24歳にもなっているのに

独立して一人でやっているのに

放っておけばいいのに

・・・・・・・・

つくづく子離れ出来ていない自分を感じます。

そして子を心配するのは

心配し過ぎるのは

子に対して失礼だし

子の守護霊さま守護神さまにも

大変失礼なことをしてしまっていることに気づくのです。

肉体人間の親なんて

たいしたことなんて出来ないのです。

どんなに心配しても

まったく役に立っていないばかりか

迷惑なことをしてしまっているのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・

それは、ネガティブなエネルギーを子に送ってしまっているからです。(心配のマイナスエネルギーによってほんとうに具現化してしまう)

守護霊さま 守護神さまのご指導の邪魔をしてしまっているのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

肉体人間の親は

ほんとうの親である 守護霊さま 守護神さまに

ご加護をお願いするしかないのです。

守護霊さま 守護神さまは

霊界 神界から幽界、肉体界を俯瞰的、宇宙的に観て

魂にとって一番適切な体験、経験をさせ

 絶妙なタイミングで、次へのステップへと導いてくださっているのです。

そのことを忘れ

私たち親は

自分の感情をぶつけている

心配することで

自分の不安を子どもにぶつけることで

益々 こどもに迷惑をかけているのです。

・・・・・・・・・・・・・

私は自立とは

自分の感情をコントロールすることだと思っています。

感情をコントロールすることで

勘定(経済的なこと)もコントロール出来るようになっていきます。

整っていきます。

人間は感情(勘定)を超えることで

精神的にも物質的なことも乗り越えられるようになっていきます。

ほんとうの一人前になっていきます。

これは息子のことではなく

自分自身のことだとわかりました(笑)。

下記の文章を読んでそう思ったのでした。






1.何をそんなに思い煩っているのだ。 何もかも自分一人で背負うとするから混乱してしまうのだ。 あなたは一番根本なることを忘れている。

それはどんな人にも守護霊さま守護神さまがついておられるということだ。

そしてその守護霊さま守護神さまが必ずその人の運命をよくしようと、日夜努力し導いて下さっておられることだ。

あなたのすることといえば、ただその人の天命を祈ってあげさえすればよいのだ。

夫のために妻のために、愛する子供たちのために、友人知人のために、両親、祖父母のために、ただそれだけでよい。

だがあなたはその人の心をあまりに思うあまり、その人のためにあまりに考えすぎるためにすべての責任を自分一人で背負うことが正しいと思い込んでしまっているのである。

その人の運命はその人でなければ切り抜けられないものである。

思い違いをするな! 思いあがるな!

 






        「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版




 

 

2017年3月10日 (金)

今、目の前に現れてるのは、過去の出来事

“現実”・・・と私たちは言いますが、

今、目の前に現われているもの、

起こっている出来事

は、すべて幻、つまり幻影なんだと言ったら、みなさんはどう思われるでしょうか?

「何を言っているんだ、夢は幻かもしれないが、目の前のことは全部本当だろうが」

とおっしゃると思います。

しかし、夜空に浮かぶ星を見てください。

その星の光は数億年前に光った光が数億年後を経て今、私たちの目に飛び込んで来てい
るのです。

・・・・と言う事は、今起こっていることは、過去世で起こったことがフィルムのように映し出されている(再現)されているのだということがわかるのです。

過去世の想念行為が、今現実だと思っている自分の目の前に映し出されているのです。

今、お金持ちだったとしたらそれは過去世のおかげ、病気だったとしたら過去世が原因、
いじめられているとしたら、過去で自分がいじめていたから、何故か人生のすべてが上手く
いっているのなら、過去世の陰徳のお陰・・・・・

では、今の自分の努力とか思っていることとか行為していることはまったく関係ないのか?
と言えばそうではないのです。

80%は過去世のこと20%はこれから変えれることなのです。(過去世を観て(調べて)現
在や未来を予想する占いが8割方当たるのはそのためです)

「なんだ20%しかないのか?だったらほとんどは運命なんだ、決まってしまっているのか」
と諦めることはありません。

20%は“窓口”であってそこからグッと押し開いてゆくことが出来るのです。

運命は変えられる。命を運ぶことが出来る。

しかし運命を変えるには肉体人間の自分一人の力、努力だけでは変えられない。

肉体界は、肉体界だけで出来ているのではないのです。

幽界、霊界、神界の目にみえない世界が影響している。

だから霊界を司っている守護霊さん、神界(天国)を司っている守護神さんの助太刀が絶対に必要なのです。
 

 

本文


また、現象に現われた、病気や、不幸を、これはいかなる過去の心の現われか、と精神分
析して反省するよりは、現われた悪い事態は、すべて、過去の業因縁が、形に現われて、
消えてゆく姿なのだから、この苦しみが済めば、必ず、一段善い環境になると信じ、それと
同時に、守護霊さんが守っていてくださるのだから、必ず善いほうに、善いほうに向かって
いるに違いないと信じることである。
 

過去の因縁を分析すると、自分を痛めやすいし、気持ちが暗くなって、神から離れがちに
なってしまう。
 

神は光なのだから、常に明るい心の人を喜ぶ。
 

神は愛なのだ、光なのだ、私は常にその愛と光の中に生きているだ、しかも守護霊さんに
守られながら生きているんだ。

 
過去はない。

 
過去は消えてゆく。
 

どんな苦しみも必ず消えてゆくんだ   と、過去の心の誤りなぞ、ほじくり返さずに、ただ、
ただ、光明のほうに、心を向けていることが、自分を救い、人を救う、一番大切なことなの
である。
 

愛と許(ゆるし)の世界をみんなで創ることが大切だ。
 


自分を愛し、人を愛し
 

自分を赦し、人を赦す、
 

これが業を越える最大の道
 

みんな、いたわり合い、励まし合い、
 

足りない智慧や力は、守護霊さんにおまかせしよう
 

守護霊さんがきっとうまくやってくれるに違いない。

 



              終わり





  『神と人間』より 五井昌久  白光出版


 

2017年3月 7日 (火)

今、見ている星は何万年も前の光です






  
過去の波動がここに現われている

 

私という肉体は、五尺二寸というもので、この肉体というのは皆さんの目に見えていますね。

目に見えているけれど、実はこれは本当にあるんじゃないんです。

過去の因縁をたどって、ここに現されている。

現されているだけのもので、過去のものなのです。

というのは、私ばかりではなくて、あなた方も過去の波動がここに肉体となって現われているだけなんですよ。

だから今、生活して、今なんか考えている。

今、病気なら病気をしたとする。


それはみんな過去のものが現われて、いわゆる消えてゆく姿なのです。

この肉体生活を営んでいるということは、神さまのみ心を全うする、天命を果そうとすると同時に、過去世の因縁を果している、消えてゆく姿にしているわけです。


両方が同時に肉体として現われているんです。

ですから、今、現われている事柄に対して、なんだかんだと心配したって、苦労したって、何にもならないわけです。

それはもう過去のものだから、単に消えてゆくだけなんですよ。

それをお腹が痛い、どうしようどうしようと、一生懸命におさえている。

不幸だ不幸だといっている。

しかしそれはどうしたって、心配したってどうしたって、それはもう過去にあるもんだから、過去のものが出てきただけだから、どうしようもないわけです。

映画の撮影を終わってしまって、フィルムが出来ている。


映画やテレビで上映する、というところになっているわけです。

じゃあ、なんの打つ手もないのか、というとそうではなく、ただ一つあるのです。

それは何かというと、肉体の自分の力でやるのではなくて、守護霊さん守護神さんお願いします、と守護の神霊のほうにフィルムの修正を頼む━それだけしかないわけです。

だからわれわれがしなければならないことは、常に寝ても覚めても、守護霊さん守護神さん有難うございます、神さま有難うございます、といって、神さまの中へ入りこんでしまう、神さまと一つになってしまう。

一つになりながら、一生懸命、日常生活の消えてゆく姿をやっている。

それ以外にないんです。

それをハッキリと観念して、純粋に純朴にそれを信じて、行なってゆくということが悟りなんですよ。

そうすると、今まで感じてなかった世界、神霊の世界もハッキリわかってくるし、いろんなことがわかってくる。
 

 「永遠のいのち」 五井昌久 白光出版



   
 

運命を好転させるには守護霊さんの応援が必要なのです


一番大切なことは、今を一生懸命に生きること、それをしていれば土壇場のところで
神様(守護霊さま)がきっと応援してくださる。

そのギリギリのところまでは、応援は入らないです。

ただいくら一生懸命にやっていてもなかなか善い状況が現われない場合があります。

それは、前世の因縁が消えていないからです。

前世で、仕事を怠けていた、怠惰な生活を送っていた、みんなに迷惑ばかりをかけていたとしたのなら、今はそのツケが回ってきているのです。


今生の過去だけではなく前世(過去世)までが今に影響しているのか?

それは、不可解なことなのかもしれません

しかし、今やっていることが未来に現われるのと同じように

過去の結果が現在なのです。


過去世の結果が今ならば

いくら健康に気をつけても病気はなかなか治らないのか?

いくら一生懸命に働いても生活は楽にならないのか?

いくら人間関係を善くしようとしても前世でその人に辛く当たっていたとしたら

今生で仲良く出来ないのか?

前世のことを出されたらもうお手上げですね。

自暴自棄になってしまう人もいるかもしれません。

それでも一生懸命に頑張らなければならないのか?

それは理不尽ではないのか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうではありません

運命を修正する方法があるのです。

それは守護霊さんに過去の修正をお願いするのです。

守護霊さんは、霊界におられます。

肉体界→幽界→霊界→神界

肉体界に今、現われているのは幽界なのです。

幽界とは人間の潜在意識が溜まったところです。

過去世からの想念行為が録音されている場所です。

そこが汚れているから今肉体界に汚れた様子が写って来ている。

幽界を浄めて、フィルムを修正出来るのは、肉体界、幽界を網羅している守護霊さん守護神さんなのです。

守護霊さんは人間の運命を修正するために私たちが寝ている間にも働いてくださっています。

夢を観させて、劇画化させて潜在意識から消そうとしているのです。

私たちは寝ますが、守護霊さん守護神さんは四六時中寝ずに見守って運命の修正をしてくださっているのです。

私たちが守護霊守護神に意識を向けて感謝をすれば、もっともっと守りやすくなるのです。

そして運命の修正も早くなります。

世界平和の祈りは守護霊、守護神への感謝も含んだ完璧(パーフェクト)な祈りなのです。

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 



 

 

2017年3月 6日 (月)

魔(間)が差すとは?




“魔が差す” とは?


心の中に悪魔が入ったようになるという意味なのだそうですが、

私たちはちょっと油断すると後から考えると信じられないようなことをしてしまうときがあります。

この魔は、何の前触れもなく、容赦なく、土足でずかずかと心の隙間に入って来ます。(油断大敵!)

ぼんやりと集中力を欠いて運転しているときに人を轢きそうになる。

相手の立場を考えずに悪魔のささやき(幽界のおばけちゃんの悪戯)のままにしゃべってしまう。

後悔先に立たずではないけれど後から想い起こすと冷や汗が出て来るようなことがあります。

ほんの一瞬の間に、この魔が入って来るのです。

これは自分が自分の本心(神、守護霊、守護神)とつながらずに、幽界につながってしまった結果なのです。

わたしには、最近

「しまった、魔が差した」

ということはほとんどありません。

それはぎりぎりのところで守護霊、守護神様に助けていただいているからだと思うのです。

先日も車の運転中、すぐそばを人が通りかかりました。

歩いていたその人は私の視界から外れていました。

当たっていてもおかしくない状況でした。

でも瞬間、信じられないくらいの反射神経でブレーキを踏んでいました。

そして

踏んだのは自分ではなく、守ってくださっている守護霊様だとわかりました。

意識を守護霊守護神に向けていると頭で反応する前に体が勝手に動くのです。(動かしているのは守護霊様です)

それはぴったりとつながっているからです。

いつも自分を守ってくださっている守護霊様、守護神様に感謝をしているといざというときに守ってくれるのです。

そして、私たちは寝ます。

寝ている間は無防備です

その間に何かがあったらどうすることも出来ない。

しかし守護霊守護神は24時間プラスαで守ってくれている。

人間は、肉体人間の自分の力だけでは生きていけない。

今から一分先のことも何が起るかわからない。

しかし守護霊守護神は一生を通して未来に何が起るかがわかっている。

過去の聖者、賢者たちは守護霊守護神の存在を知っていました。

知っていたからこそ聖者、賢者になれたのです。

世界平和の祈りの中には守護霊守護神への感謝が入っています。

だから完璧な祈りなのです。
 

間(魔)が入らないようにたゆまない祈りをすると守られやすいのです。
 

 


世界人類が平和でありますように 

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

2017年3月 5日 (日)

守護霊、守護神と一体になれば不動心になれる


 
五井先生の教えは、別名 「守護霊、守護神教」 とも言えるほど、守護の神霊の存在とその守護のあり方を詳しく、判り易くお説き下さっています。

守護神(一体)と守護霊(正守護霊一体と副守護霊二体)が四六時中、守護の任にあたっておられるのです。

私たちがいつもいつも守護の神霊に感謝をし続けていれば、その守りはますます強固になっていきます。

ついには守護の神霊との一体化という形になります。

その時の状態を

「不動心」

というのだと五井先生から教えて頂きました。

つまり守護の神霊との一体化イコール不動心をいうことです。

専属の守護の神霊の他に、時に応じて

「背後霊」という形で別の神霊が応援して下さることがあります。

フィルピンの有名な心霊手術師のトニーは手術の際にメスは一切使わず、しかも傷跡ひとつ残しませんでした。

「トニーの背後には霊界の外科医がついているんだよ」

と五井先生はおっしゃいました。

つまりトニーの手が、粗い肉体波動から微妙な神霊波動となって患者の身体の中に入っていって、患部を手術していたのです。

かつて作家の山岡荘八が書いた『徳川家康』がベストセラーになりましたが、

そのとき五井先生は

「ベストセラーになるのは当然だよ。あれは徳川家康が自叙伝を書いたようなものだね」

とおっしゃいました。

つまり徳川家康が山岡荘八の背後で、山岡荘八の体を使って執筆していたのです。

山岡荘八は太平洋戦争当時、報道班員として鹿児島県の特攻基地の知覧(ちらん)で多くの神風特攻隊を見送っていたので、戦死した隊員の慰霊のために戦後、知覧に特攻平和観音を建立(こんりゅう)した信心深い作家でした。

故村田正雄長老は 『私の霊界通信』 (第一巻~第五巻)という名誉を残されましたが、

五井先生は冗談ともつかず、

「あの本は、とてもきめ細やかな優しい文章だろう。

だいたい村田さんがあんな上手な文章書けるわけがないよ」

とおっしゃいました。



  

2017年2月15日 (水)

守護霊、守護神様は私たちを必死で守ろうとされている


もう3年ほど前のことですが、私の妻の親友の夫が先日、自らの命を絶ちました。

私は一度お目にかかっただけですが、ちょっと線の細い(気の弱そうな)優しい目をしたおとなしそうな人でした。

仕事がうまくいかず、お酒に逃げてアルコール中毒になって暴れて、奥さんや子どもさんは家を出て離れたところから見ていたそうです。(離婚はしていませんでした)

自暴自棄になって、何度も 「死ぬ!」 と言っては助けられたりして、今回も狂言だと思っていたらほんとに死んでいたのだそうです。

とうぜん 奥さんは相当なショックを受けていた。

親友だった妻は、なんと言って声をかけていいかわからず言葉を探していました。

そのショックの大きさは私にも伝わってきました。

人間にはいろんな亡くなり方がありますが、自らが命を絶つとはどういう意味があるのでしょう?

そして、魂の親である守護霊さまは、そのときどうしていたのでしょう?

なにもせずにただ見ていたのでしょうか?

いいえそうではないのです。

必死に光を送ってなんとかやめさせようとしていたのです。

思い止まらせようとしていたのです。

だがしかし、魂を覆っている業(カルマ)があまりにも厚過ぎて光が届かなかったのです。

 守護霊さまとは、悟った先祖の霊であり、亡くなったお祖父さんやお祖母さん、またはその上の曽祖父、曽祖母であったりするのです。

肉体界を去った後で霊界や神界で修行をして、ほんとうの悟りを得てからやっと守ることが許されるのです。

守護霊様は孫たちがかわいくてしかたがないのです。

誰よりも孫たちの幸せを願っている

その孫が自ら命を絶とうとしている・・・・・

もし 光が届いていたのなら

「あれっ俺はなんてバカなことを考えていたのだろう」 と我に帰るのです。

そして思いとどまる・・・

しかしその人の思いがあまりにもネガティブであるとその光も届かないのです。

ネガティブな想いが、業(カルマ)を益々覆ってしまうからです。

いかに日頃の想念が大切であるかということです。

日頃何を想っているかで 人の人生は、運命は決まってくるのです。

そして、私たちを二十四時間プラスαで夜も寝ずに見守ってくださっている

守護霊さま守護神さまに感謝を念を向けることが大切です。

守護霊さまは私たちに真理(人即神也)を伝えようとされています。

私たち人間は、宇宙の法則や目にみえない世界のことを知らなさ過ぎるのです。

あまりにも無知なのです。

下記の文章を読んでいるとジーンとしてきます。(27の言葉から2つを抜粋しました)

私たち人間は、誰一人として守護霊守護神に守られていない人なんていないのです。

守護霊は3体 守護神は1体 必ずおられるのです。

  



20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 

24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。




 

   「守護霊守護神に代わってあなたに語る」より  西園寺昌美 



 


2017年2月14日 (火)

赤ちゃんは頭の上の守護霊様を見ている

 
赤ちゃんの目は、生後2ヶ月くらいでものや色を認識するようになるそうですが、何を見ているかというと相手の人の頭の上を見ています。

赤ちゃんは天使と言われているように、頭のてっぺんにある、百会(ひゃくえ)というチャクラが全開で天(神界)と繋がっています。

だから肉体の私たちを見ているのではなく、私たちの少し上におられる守護霊の光を見ているのです。

そして、うれしそうに安心したような目をしています。

守護霊の光(エネルギー)は愛そのものだからです。

このチャクラは幼い頃まで開いているのですが、ものごころがつくようになると閉じてきます。

そして、神界(天国)とはいったん離れて、肉体界だけの接触になるのです。

それからその赤ちゃんの前世での想念と行為していたことが徐々に現われてくるのです。

考えることも前世での潜在意識と今生での出来事や人類の集合意識が重なって、色んな想いが交錯するのです。

大人と変わらなくなります。

頭の中には色んな考え、想いが駆け巡っているのです。

チャクラが閉じて、生意気になってしまった子どもを、

「餓鬼(がき)」と言います。

赤ちゃんがかわいいのは、このごちゃごちゃした想いがないからです(笑)

無邪気、邪気が無いといいます。

お釈迦様が「空になれ」、キリスト様が「幼子のようになりなさい」、老子様が「無為に為せ」(何々のためにしようとするな)とおっしゃったのは、自分の意識を自分の本体、本心のある神界と繋げなさいということです。

目に見えるものは幻であり、実体の無い消えてゆくものであり、過去世の現われに過ぎない。

仏教では、肉体界は過去世からの写し世(現し世)、過去世が写っているのだと言っています。

その奥にある、霊界、神界が本当の実在する世界です。

だから人を見るのでも肉体に現われている、本心から離れている、さ迷っているダメなその人を、そのまま見てはいけないのです。

その人の本来の姿(神)ではないからです。

五井先生は、

「相手の人の肉体を見るのではなく、その奥の光を見なさい」

とおっしゃいました。

赤ちゃんが私たちの守護霊を見るように・・・・です。

目に見えるものだけを見ていたらその人の本質はみえません。

肉体だけを見ていたら必ず感情的になります。

どんな姿が現われていても、その人の奥には素晴らしい光が輝いているのです。

アセンション(次元上昇)とは奥の素晴らしい世界(神界)がこの世に現われるということです。

今はその直前なのです。

夜明け前が一番暗いのです。

しかし、もう夜明けは近いのです。


 

2014年9月 5日 (金)

魂の親はあなたに訴えかけている



私は、守護霊守護神の存在を信じています。

それは、ほんとうに困ったとき、にっちもさっちもいかなくなったときに

目には見えない力に助けられ 救われているからです。

それがどこのどなたなのか?

姿形を見たわけではありません

しかし、きっと守護霊さま守護神さまだと思うのです

肉体界の親はまだ健在です

肉体界の親も大切な存在です

しかし私たちには 守護霊さま 守護神さまというほんとうの親がいるのです。

肉体界の親とは肉体界に居る時だけのお付き合いです

死んでしまえば 切れてしまいます (なんだかかぐや姫みたいですね)

守護霊守護神は、肉体界に生まれるずっとずっーと前からのつながりなのです

そして24時間プラスアルファで見守り続けてくださっています

今、守護の神霊は私たちに何を伝えようとされているのでしょう?

私には、「目に見える肉体界ばかりに執着するな、目にみえない世界、霊界

神界に意識を向けろ、私たちに意識を合わせなさい、そうすれば自由自在心になれる

ほんとうの幸せをつかむことができる」

と語っておられると思うのです。

そして肉体界と霊界の間にある幽界の存在も知らせようとされています。

今日は、「守護霊守護神に代わってあなたに語る」 から特に強く強調されている

文章を抜粋しました。

どうぞ、魂の親の叫びをかみしめてください。

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。

 

 
 

24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。





   
「守護霊、守護神に代わってあなたに語る」 西園寺昌美

20、24を含む 「守護霊、守護神に代わってあなたに語る」

http://goodmoon51.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-20b3.html




  


 

 

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