2017年12月28日 (木)

守護霊さんが祈っている『世界平和の祈り』



 

■ 間違いないから おやりなさい
                        五井昌久


(『大決意』所収)

(一)

人間は神の分霊(わけみたま)であり

神そのものであるのです

昔 常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)という人がいました

すべての人にむかって

あなたは仏さまです 菩薩さまです

と拝んで歩きました

すると拝まれた人たちが

何 オレが仏菩薩であるものか!

と怒って 石をぶつけたり 棒で打ったりした

石をぶつけられ 棒でなぐられ 逃げながらも

あなたは仏さまです

あなたは菩薩さまです

と本当の人間の姿を拝んだということです

お釈迦様の前生(ぜんしょう)だということになっています

ほんとうはこのように

人間を神さま! と拝めるようにならなければいけない

ところがそんな奴を神さまと拝めるか というのが多い

顔をまともに見ては 神さまと思えない

それは相手の消えてゆく姿の部分を見ているんです

それを見ていてはいつまでたっても神さまには見えない

そこで私はどうさせるかというと

人間を見る場合

その人の肉体を見ない

肉体のうしろにいる守護霊さん守護神さんを見させる

息子が不良でしようがない とすれば

息子のうしろの守護霊さんに

“守護霊さん有難うございます

息子の天命をまっとうせしめ給え” とやる

夫が道楽者だとすれば

“夫の守護霊さん ああご苦労さまですね

こういう業の固まりをよく守って下さいまして

有難うございます

どうか夫の天命をまっとうせしめ給え” とやるんです

そうすると 知らないうちに

相手の守護霊と自分の守護霊と一つになり

守護霊の力が 夫なり子供なりに働いて

業を消してゆくのです

夫が祈らず

子が祈らず

妻が祈らないとするならば

自分だけでいいから

世界平和の祈りをするんです

その時に

迷っている夫

迷っている子供の名を呼んで

そのうしろの守護霊さんに頼むのです

それをつづけることです

そうしますと いつの間にか立派になります

必ず立派になりますよ

私のやり方は易行道(いぎょうどう)なんです

むずかしいっていう人があるけれど

むずかしいといえば何だってむずかしい

人間悟ろうとするのはなかなかむずかしいです

むずかしいけれど私のやり方は一番やさしいんです

何故かというと

悩みをとってから拝め というのではない

悲しみをとってから拝め というのではない

汚れを清めてから拝め というのではないのです

汚れたままでいいんだ

悩んでいるままでいいんだ

そのままで世界平和の祈りの中に飛びこめば

世界平和の大光明がそんなもの問題にしなくて

消してくれるのだ

そう信じておやりなさい と教えているのです

神の子の人間なのだから

神さまが絶対に救わなきゃいけない

全部救うために

守護霊を遣(つか)わし 守護神を遣わしているんだから

救うのは当り前

救われるのは当り前なんです

ただ、消えてゆく姿ということが本当にわかれば

みんな救われちゃうのです

(二)

“世界平和祈る忽ち祈り人(のりびと)の姿光につつまれてあり”

という私の歌があります

どんなに悪いことを想っていても

自分がどんな業想念につつまれていても

あいつ嫌いな奴だ 死んでしまえばいい と思っていても

世界人類が平和でありますように といったらば

自分は光につつまれているのか

という質問がありました

どんなに悪い想いが片方に出て来ても

世界人類が平和でありますように

という想いがあれば

それは光につつまれているのです

光につつまれているけれども

自分の中の光と

外の守護霊守護神の光 救世の大光明と

ぴたっと一つにならないと安心しないのです

やっぱり揺れているような気がするのです

ところが

世界平和の祈りをやっていると

中のものが世界平和をやるんだから

外の救世の大光明と合体してゆくわけ

合体してゆくうちに

だんだん光がひろがってゆく とともに

業想念がだんだんへってゆくのです

へってゆけば

なんか安心立命した

心から ああ私は救われているんだなァ

ということが

貧乏なら貧乏なりに 病気なら病気の中で

ああ私は神の子なんだな

ということがハッキリわかってくるのです

だからやらなければだめです

どんな悩みの中にあっても

どんないやな想いの中にあっても

貧乏の中にあっても

病気の中にあっても

世界平和の祈りをしていれば

その人の問題はズーッと光につつまれているのです

これは間違いもないことです

だから安心して世界平和の祈りをやればいいのです

 

  
感想・・・・・直接相手の人の顔や姿を見たら腹が立つけれども、その人の頭の上のほうに素晴らしい守護霊さん守護神さんがおられるのだ、と思えば怒りも少しは収まるのです(笑)

そして驚きなのは、相手の守護霊さんは『世界平和の祈り』を祈っている。

まず自分の守護霊さんも祈っているのだから自分と守護霊さんが繋がるのはわかります。

そして相手の守護霊さんと繋がると肉体人間の相手に光が届かないわけがないのです。

業が厚い場合は時間がかかることがあります。

どうしようもない人や夫や子どもがすぐに目が覚め、善い人になるわけではありません。

しかしただ漠然と祈っているのと、守護霊さんの存在や守護霊さんと自分、相手を合わせた四角関係(いや守護神さんを入れたら6角関係)が交流し合うのだと意識し、イメージすれば効果は絶大です。

相手の守護霊さんをイメージしてください、想像してください。

想像が創造(現実)になるのです。



2017年12月26日 (火)

相手への不平不満は相手の守護霊さんにぶつけよう


  

守護霊さんは自分の先祖であり悟った霊(神さま)です。

亡くなった祖父母、曽祖父母だと思えばいいです。

孫というものは「目の中に入れてもかわいい」というくらい、たまらなく愛おしいのだそうです。

どんな無茶なワガママも聞いてくれる。(ほんとはめっちゃ厳しいのですが)

そんな優しい優しい祖父母には唯一不平不満を言っても大丈夫なのです。

相手にももちろん立派な守護霊様が付いています。

付いているにも関わらず肉体人間は馬鹿(失礼!)なので、祖父母の心孫知らずで、貴方がじっと耐えていることに甘えて、やりたい放題、無茶苦茶なこと、理不尽なことを言ってくる、益々エスカレートしてくる。

『世界平和の祈り』を祈り、相手の天命を祈っていると相手の人(守護霊)に光が当たって、闇が消えてゆくのです。

その消えてゆくときに業が出る。 あく(悪、膿)が出るのです。 

ほんとうは相手の祖父母(守護霊)がやってやらなければいけないのですが、守護霊さん、守護神さんで背負いきれない分が貴方に来るのです。

または過去世の因縁生で貴方と接することで消えてゆく分もあります。

貴方はその業を消している、しかしものには限度というものがあります。

貴方も生身の人間です。

「いい加減にせえよ、私も怒るよ」と言いたいところですが、まともに相手にぶつかっては喧嘩になります。

取り返しのつかないことになります。

潜在意識(幽体、幽界)に擦り込まれるので、また同じことの繰り返しになります。

マイナスのエネルギーを振り撒くことになります。

宇宙のエネルギーを汚すことになります。

感情的になっては相手と同じレベルになります。

そして後悔することになります。


そんなときは相手の守護霊さんに思いっきりぶちまけるのです。(すべて受けとめてくれます)

「あんたところのボン(お嬢)なぁ ワガママもたいがいやで、どんな教育しとんねん」

「こっちも生身の人間や我慢ばかりしてたら病気になるわ、なんとかしたってえやぁ~」

・・・と心の中で相手の守護霊さんに思いっきり想いのたけをぶつけるのです。

相手の守護霊さんは、

「すまん、あんたの言う通りやワシの育て方が悪かったんや、そやけどなぁあんたが今、やられているのは、過去世であんたがうちのボンにしてたことなんやで、そこはわかってや、そしてこいつも先祖の代表としてたくさんのいろんな業を被っとるんや、ワシも一生懸命に消しとるんやけど、消されへんぶんあんたに行くんや、堪忍してや」と謝っているのです。

そこで相手の守護霊さんにぶつけるだけではなく自分の守護霊さんにもお願いするのです

「私の守護霊さん、どうぞ〇〇さんの業が一日も早く消えますようにしてあげてください」

「守護霊さん守護神さんよろしくお願いします」、と

守護霊さん同士で交流してもらうのです。

自分の守護霊さんも相手の守護霊さんも、もの凄い浄める力を持っておられます。


相手の守護霊ではなく自分の守護霊さんにぶつけてもいいのです。

「うちのことしっかり守ってや!」 と(笑)

貴方の光(貴方の守護霊さん)を受け、自分の守護霊さんの光を浴びた相手の人は、必ず目覚めてゆきます。


ただ相手の人の業の厚さにより時期があるのです。


「守護霊、守護神に代わってあなたに語る」の中に守護霊さんの貴方に対する愛の深さが書かれています。





 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。

 

14、

あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。


24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。

あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。



『守護霊守護神に代わってあなたに語る』 西園寺昌美

http://goodmoon51.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-82f4.html



追伸・・・守護霊さんはめっちゃおちゃめです。

お正月に思いっきり笑ってください。

『夢をかなえるゾウ3』 水野敬也著

  


 

2017年12月15日 (金)

守護霊、守護神に代わってあなたに語る





私たちは肉体界の目に見える親だけがほんとうの親だと思っています。

そして自分の子どものほんとうの親も自分だけだと思っている。

だからすべての責任を親や自分に押し付けて

「親だからもっとこうしてくれるはずだ」とか

「子どもがこうなってしまったのは、自分の責任だ」 と思ってしまう

しかし、真理(宇宙の法則)、真実はそうではなかった

もっと自分を楽にしてあげてください

自分だけでなんとかしようとしないでください

それがあなたの ほんとうの親である

守護霊さん 守護神さんからのメッセージです。 





1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。

 

2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

 

 

 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。
 

4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 

 

 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。

 

 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。

 

7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 

8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。

 

9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。

 

10、

あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。

 

 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 

 

12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 

 

13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。

 

14、

あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。

 

15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

  

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。

 

 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。

 

 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。

 

 

19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。

 

 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。

自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。

 

 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

 

23、

旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。

どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。

24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。

 

 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。

 

26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。

27、

私に徹底的に素直たれ。


 


 

困ったときは守護霊さん、守護神さんを呼びましょう!



神さまの存在を信じない人でも「守護霊さんはいるような気がする」「誰かに守られているとしか思えない」と言っている人は多いのです。

それもそのはず、守護霊さん守護神さんは一瞬も離れず、四六時中、24時間プラスアルファで私たちを見守ってくださっています。

そして気づいていないけれど、メッセージを送り続けておられます。

この道をまっすぐ行けばトラック事故に遭うという場合、履いている靴を脱がせて、一瞬遅らせる。

脳の働きを止めて、忘れ物をさせ、災難にあわないようにさせる。

助けてくれる人を探し、偶然のように会わせたりしてくれている。

数えああげたらきりが無いほど、東奔西走して助けてくださっているのです。

が、しかし、いつも助けることが出来るかというとそうではなく、その人が厚い業、カルマ(黒い雲のようなもの)に覆われている、マイナスのエネルギーにどっぷり浸かっている、感情に振り回されている、気違い水(お酒)を飲んでいる、幽界のオバケちゃんに完全に取り憑かれている場合などは、助けたくても、助けられない場合があります。

それが人間が「神も仏もあるものか!」 「自分の人生なにもいいことがなかった」という人なのです。


ところで守護霊さんはいったいどの辺におられるのでしょう(笑)

自分の頭の少し上におられるのです。 

そして守護神さんはその上、またその上に聖者、宇宙神がおられるのです。(だから天、縦を意識することが大切)

人間とは宇宙そのものなので最終的は宇宙神と繋がるのですが、そこまではかなり遠いのです。

そして宇宙神は法則の神なので、人間を守って助けてくれるわけではない。

これ以上書くとややこしくなるので割愛しますが、肉体界、3次元、現在を滞りなく、スムーズに幸せに生きてゆくためには、絶対に守護霊さんのご加護が必要です。

現に、にっちもさっちもいかない状況が次々に起こっています。

守護霊さんは霊界、守護神さんは神界におられるのでその下の幽界(肉体界にくっついていて、人間に悪さをする幽界のおばけちゃんの居るところ)や肉体界のことが手に取るようにわかる。

これから何が起こるのかがわかっているのです。

『世界平和の祈り』の中には守護霊さん、守護神さんへの感謝が入っています。

そしてここがポイントなのですが、守護霊さん、守護神さんは自分自身でもあります。

人間は輪廻転生(生まれ変わり死に変わり)しているので、守護霊さん、守護神さんも経験しているのです。

人間とはそれくらい凄い!存在なのです。 忘れているだけ、記憶を消されているだけです。

だから何も遠慮することはない(笑)

自分自身を頼り、自分で自分を助ければいいのですから

今、仕事で困っている人、崖っぷちにいる人、どうしていいかわからない人、守護霊さんに必死で頼みましょう。

守護霊さんに日頃お世話になっているお礼を言いましょう。 唱えましょう。

感謝は光なので、つながりやすくなります。 守られやすくなります。

そして直観で知らせてくれたり、必要な人に会わせてくれるようにしてくださいます。

アセンションとは、人間の自立とは、守護霊さん守護神さんの存在がわかるようになり、三位一体になることをいうのです。

これから守護霊さん守護神さんと一体になって大活躍(霊的にという意味)する人が増えてきます。

その元となるのは、やはり『世界平和の祈り』からなのです。 



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。


 

 


  

2017年9月15日 (金)

相手の天命を祈ることが最高の愛なのです。

 


何をそんなに思い煩っているのだ。 

何もかも自分一人で背負うとするから混乱してしまうのだ。 

あなたは一番根本なることを忘れている。

それはどんな人にも守護霊さま守護神さまがついておられるということだ。

そしてその守護霊さま守護神さまが必ずその人の運命をよくしようと、日夜努力し導いて下さっておられることだ。

あなたのすることといえば、ただその人の天命を祈ってあげさえすればよいのだ。

夫のために妻のために、愛する子供たちのために、友人知人のために、両親、祖父母のために、ただそれだけでよい。

だがあなたはその人の心をあまりに思うあまり、その人のためにあまりに考えすぎるためにすべての責任を自分一人で背負うことが正しいと思い込んでしまっているのである。

その人の運命はその人でなければ切り抜けられないものである。

思い違いをするな! 思いあがるな!

 




        「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版 




感想・・・心配をし過ぎるとなぜいけないのか? 

それは心配のマイナスの想念エネルギーが現実のものとしてしまうからです。

想いはカタチになります。 想いはエネルギーだからです。
  
そして私たち肉体人間は悲しいほど無力です。(だから全知全能の神様に全託出来る)

子供のこと、親のこと、友だち、知人のことを心から心配したところで負のエネルギーになることはあってもプラスの助けるエネルギーにはならないのです。

では、絶対的な力を持った人?とは誰か?

言うまでもなく、守護霊さん守護神さんです。

霊界、神界から絶大なる力で肉体界を救ってくださるのです。



  

2017年9月 5日 (火)

守護霊の陰の力



【陰の力がある】
 

守護霊は霊界、幽界、肉体界と三界を通して働けるものなので、幽界においてできつつある運命、あるいはすでにできあがって、時間の経過につれて、自然に肉体界(現界)の運命として現われようとする悪想念の結果(因果)を、あらゆる手段をもって、その人間の運命として現われぬように修正してゆく。

この守護霊の働きを知っている人、感じている人は実に少なくて、肉体人間の大半がこの影の働きを知らないのである。守護霊はその肉体人間が、守護霊の力を知ろうと知るまいと、それは問わず、ただひたすら、運命の修正に全力を挙げているのである。

いわゆる菩薩行なのである。



『日々の祈り』 五井昌久 白光出版



感想・・・神社仏閣が大好きで神様仏様参りをしてお守りをたくさんもらっている人がいますが、浄化する霊力、神力のない宮司さんやご住職によって浄められていない神社やお寺がたくさんあるのです。

そのような場所(パワースポットも含む)は、人間の欲に取り憑こうと幽界のおばけちゃんの棲家になっています。

私は行くとしてもほんの数箇所の浄められた神社、お寺にしか行っていません。

取り憑かれることはないのですが、気持ちが悪くなるのです。(妖気によって)

五井先生はそんなところに行くのではなく、24時間プラスα、夜も寝ないで守ってくださっている守護霊さんに感謝の気持ちを向けていなさい、『世界平和の祈り』をしていなさいとおっしゃっておられるのです。

運命の修正は、3次元的な自分の努力(天命を信じて人事を尽くす)と守護霊さまの強力なご加護で成り立つのです。

 

2017年7月28日 (金)

運命を修正してくれる守護霊さん 守護神さん 2


『運命を修正してくれるもの』

 

そこで守護霊さん守護神さんがついている。

前にやった悪いことが、たとえば一万なら一万の悪いことをしても、その人が「守護霊さん、守護神さん」と思って、守護霊守護神のほうへぶつかって入ってゆくと、このグルグル回っている業想念の潜在意識まできて、そこをくぐって守護霊守護神の中へ入っちゃうんです。

そうすると、業想念の三界をこえてしまって、神さまの世界へ自分の想いが入っているんです。

グルグル回っているものも、ちょっとふれるぐらいで、たとえば一万も千万も借りがあっても、それが百か十で済んでしまうもんです。

それを運命の修正というんです。

運命の修正、要するに運命を直してくれるのは誰かというと、守護霊であり、守護神なんです。

自分の努力というのは勿論ありますよ。

だけど、自分自身が意気ばって、自分の短気を直そうとか、意気ばって自分の淋しさを直そうとか、意気ばって悲しみを打破しようとかいうのは、長くつづきません。

調子のいい時は出来ますよ。

「なにを!」と言って出来るけれども、調子の悪い時はどうにもならないです。

調子のいいとか悪いとかいうものは度外視して、調子がいい悪いなんて問題じゃなくて、消えてゆく姿なんだ、守護霊さん守護神さん有難うございます、世界人類が平和でありますように、  と言ってしまうと、想いがいつでも三界をこえてゆくんです。

いつも業想念をこえていかなきゃならない。三界というのをこえていかなきゃならないんです。

三界というのは、迷いのある世界のことをいいます。

いうなれば肉体界、幽界、霊界の低いところを三界というんですが、それをこえる練習をいつもしている。

それが消えてゆく姿なんです。

そうすると空(くう)になっちゃうんですね。

仏教学者がむずかしい言葉で説くような空が、消えてゆく姿をやると簡単に出来てくるんですよ。

知らない間に自分で出来てくるんです。

そうすると、自分でやったことも、神さまがやってくれたことも一つになって、スッと動ける。

たとえば、歩いてAさんの所へ行こうとフッと思う。

ところがBさんの所にも行かなきゃならない。Aさんの所とBさんの所とどっちを先に行ったらいいか、なんて思って、Aさんの所へ行くとBさんが来ていたりして、パッといっぺんに用が足せるようなことが随分ある。

あるいは、義理としてAのほうへ行かなきゃならない。

しかし心がどうしてもAじゃなくてBのほうへ行きたいと思う。

それでBの所へ行くと、Bへ行ったほうがいいことがあったり、Bの家へAが来たりして、両方いっぺんに用が足せるとか、そういうことはたくさんあるんです。

そういうのはみんな守護霊さんがしてくれるんです。

この肉体の頭ではそれは出来やしません。

何がやっているかというと、うしろにいる目の利く人、遠くが見える人、未来のことが全部見えている守護霊、守護神がみんなやってくれるんです。

だから肉体の人間というのは、どんな偉そうなことを言ったって、今、現在の一瞬のこときりわからないんです。

一分先、一秒先のこともわからないんですよ。

「一晩あけりゃ朝になって、朝になったら飯を食うだろう」と思うだけです。

だけど飯は食えないかも知れないし、わかりゃしないんです。

そのように、人間の頭では一秒先、一分先のことも、先のことは何にもわからないんです。

暗中模索しているわけです。なんにもわからないけど、わかったような気がして生きているんです。

守護霊守護神は、ところがちゃんとわかっている。

霊というのは先のことなどみんなわかっている。だから霊にまかせるんですね。

というのは、守護霊守護神にまかせてゆくと、自分の業、自分の悪いくせもみんなどんどん消してくれる。

どんどん消してくれるのは守護霊守護神です。それを他力というんです。

それを浄土真宗では「阿弥陀様にまかせろ、南無阿弥陀仏」というんですね。



『自由解脱の道』 五井昌久著 白光出版

 



  

運命を修正してくれる守護霊さん 守護神さん 1

 
 
私はいつも守護霊さん、守護神さんに意識を向けて感謝をしていないと肉体界ではまともに生きていけませんと書いていますが、もっとわかりやすく述べてみたいと思います。

私たちは何度も生まれ変わり死に変わりをしていて前世では、善いことはもちろんですが、悪いことも随分して来たのです。

それが幽体(潜在意識意)というボディに録音されて、今肉体界に現われています。

今生でいくら善いことを積み重ねてなかなか運命が良くならない、病気が治らない、いつも貧乏でいる、人間関係がどうにもならない、などは、肉体界、幽界、霊界(低いところ)、この想いの世界の3界をグルグル回って抜け出せないのです。

守護霊さん、守護神さんと繋がると、霊界の高いところや神界に繋がるので、想いの世界の3界を超えることが出来るのです。

そして守護霊さんが上手く、非常に上手く、運命を修正し、肉体人間の人生を素晴らしいものにしてくださるのです。

感謝は光なので、守護霊さん、守護神さんが守りやすく修正しやすくなります。

これは他力かもしれませんが、自力だけでは絶対に混沌とした肉体界を生きてゆくことが出来ません。

神様にお願いして、その中で一生懸命に生きて行けばいいのです。




本文、・・・・・

真実は、人間の世界というのは神様の世界なんで、神様の光が光明燦然とした大調和の世界だけしかないんだから。

ただ天界からこの地上界に移ってくる間に、人間が勝手に神から離れて、業想念をつくってしまったんです。

その業想念が今、取り巻いているわけです。

そしてぐるぐる回って走っているんです。急スピードで走っているんです。

どこを走っているかというと、潜在意識の中なのです。

「あのヤロー憎らしいヤツだなァ、生まれ変わったらやっつけないではおかない」と前の世で思ったこと、想いがみんな潜在意識に入っているんです。

それがグルグル回って、潜在意識から顕在意識へ出てくるんです。

そうすると、ある人間なら人間をみると、「なんだかあいつを見ると腹が立って来てしようがない。虫の好かないヤローだ」となる。

たとえばこの間、女子高生が殺されましたが、あれもふだんはなんでもなく、女子高生に会うととたんに殺したくなったりする。

それはなにかというと、その女の子と殺した人との前世の因縁が、あべこべになってきてやっちゃったわけです。

だから前の世でやったことは必ず今生に返ってくるんです。

いいことをしたらいいことが返ってくる。悪いことをしたら悪いことが絶対に返ってくるに決まっているんです。

それは三界の業の話ですよ。

「因縁だよ、あきらめな」という話もあるんです。

「あなたが悪いんだ、そりゃもう」というやつです。

それだけだったら因縁因果説でもって、救いがない。

前の世でやったことがそのまま返ってくるんだ。悪いことをしたから悪い報いがくるんだ。

お前はいいことをしたからいい報いが来たんだ、とやるわけです。

これは本当です。嘘じゃない。・・・・・つづく

『自由解脱への道』 五井昌久著 白光出版



 

 

 

2017年7月25日 (火)

「神様助けてください」、はすがっているのではない


  

「神様助けてください」というのはなんだか頼りない自分がすがっているようだけど本当はそうではないのです。

人間は神の子です。ということは神の親でもある。

先日、于先生のレッスンで

「子は自分の親なんです(前世、魂的に)。だからある時期から親は子に、親に逢いたくなるような気持ちで子をみるようになるのです」と教えていただいたのです。

子どもが急にたくましく、強く感じるのも子に親の姿をみているのかも知れません。


そういえば、私も子どもに対してたくましさだけでなくなにか懐かしい故郷のようなものを感じていたのです。

確かに、無性に逢いたくなるときがあります。

そして、先祖の悟った霊が守護霊様、その守護霊様を指導し、肉体の人間も守ってくださっているのが守護神様です。

なんだか守護霊様、守護神様というと大それた、とても遠い存在の人たちなんだと思ってしまいますが、亡くなった親又は祖父母だと思えばいいのです。

亡くなってからあの世に行って悟った、そして守ってくれていると思えば親しみが湧いてきます。

そして自分も過去世で守護霊、守護神だった時期があったのです。

つまり自分とは神の子であり、守護霊、守護神でもある。

自分って凄い存在なんです。(我即神也)

神である自分に頼ること

なんら恥ずかしいことでもなんでもない。

堂々と自分自身(神)に頼ればいいのです。






  
追伸

ここで問題?になってくるのは、なんでもかんでも神に頼ればいいのかというとそうではないのです。

神様は一生懸命に努力している人にしか力を与えてくれないのです。

天命を信じて(神である自分を信じて)人事を尽さないと(3次元のことを一生懸命にやらないと)神風を吹かせてはくれません。

それを多くの人は誤解しているのです。

巷では3次元のことを疎かにして神頼みをしたり神秘的なものに逃げている人が多くいます。

そんな人は幽界の不良霊に遊ばれています。(操られています)

地に足をつけること(仕事を一生懸命にする、当たり前のことに手を抜かない)が一番大切です。


 


2017年7月14日 (金)

守護霊、守護神に代わってあなたに語る

 

私たちは、肉体の親に期待をし過ぎています。

「親としてこうすることが当然だ」

「親だったら尊敬されなければならない」

「親の姿を観て子は育つ」

・・・・・・・・・・・・・・

だけれども自分が親だからわかるのですが

肉体の親なんてたいしたことありません(笑)

真理がわかってくると

肉体の親とはほんとうの親ではなく、仮の親であることがわかります

ほんとうの親は守護霊であり、守護神であることがわかります

仮の親に愛されることに越したことはありません

そういう人は幸せだと思います

しかし、ほんとうの親(守護霊、守護神)の愛を知ったなら

感動で胸が震えると思うのです。

下記の文章は、ほんとうの親である守護霊さま、守護神さまが肉体界の私たちに伝えたい真理が書かれています。

是非、お読みください。

 



1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。





15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、



私に徹底的に素直たれ。

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