2017年9月15日 (金)

相手の天命を祈ることが最高の愛なのです。

 


何をそんなに思い煩っているのだ。 

何もかも自分一人で背負うとするから混乱してしまうのだ。 

あなたは一番根本なることを忘れている。

それはどんな人にも守護霊さま守護神さまがついておられるということだ。

そしてその守護霊さま守護神さまが必ずその人の運命をよくしようと、日夜努力し導いて下さっておられることだ。

あなたのすることといえば、ただその人の天命を祈ってあげさえすればよいのだ。

夫のために妻のために、愛する子供たちのために、友人知人のために、両親、祖父母のために、ただそれだけでよい。

だがあなたはその人の心をあまりに思うあまり、その人のためにあまりに考えすぎるためにすべての責任を自分一人で背負うことが正しいと思い込んでしまっているのである。

その人の運命はその人でなければ切り抜けられないものである。

思い違いをするな! 思いあがるな!

 




        「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版 




感想・・・心配をし過ぎるとなぜいけないのか? 

それは心配のマイナスの想念エネルギーが現実のものとしてしまうからです。

想いはカタチになります。 想いはエネルギーだからです。
  
そして私たち肉体人間は悲しいほど無力です。(だから全知全能の神様に全託出来る)

子供のこと、親のこと、友だち、知人のことを心から心配したところで負のエネルギーになることはあってもプラスの助けるエネルギーにはならないのです。

では、絶対的な力を持った人?とは誰か?

言うまでもなく、守護霊さん守護神さんです。

霊界、神界から絶大なる力で肉体界を救ってくださるのです。



  

2017年9月 5日 (火)

守護霊の陰の力



【陰の力がある】
 

守護霊は霊界、幽界、肉体界と三界を通して働けるものなので、幽界においてできつつある運命、あるいはすでにできあがって、時間の経過につれて、自然に肉体界(現界)の運命として現われようとする悪想念の結果(因果)を、あらゆる手段をもって、その人間の運命として現われぬように修正してゆく。

この守護霊の働きを知っている人、感じている人は実に少なくて、肉体人間の大半がこの影の働きを知らないのである。守護霊はその肉体人間が、守護霊の力を知ろうと知るまいと、それは問わず、ただひたすら、運命の修正に全力を挙げているのである。

いわゆる菩薩行なのである。



『日々の祈り』 五井昌久 白光出版



感想・・・神社仏閣が大好きで神様仏様参りをしてお守りをたくさんもらっている人がいますが、浄化する霊力、神力のない宮司さんやご住職によって浄められていない神社やお寺がたくさんあるのです。

そのような場所(パワースポットも含む)は、人間の欲に取り憑こうと幽界のおばけちゃんの棲家になっています。

私は行くとしてもほんの数箇所の浄められた神社、お寺にしか行っていません。

取り憑かれることはないのですが、気持ちが悪くなるのです。(妖気によって)

五井先生はそんなところに行くのではなく、24時間プラスα、夜も寝ないで守ってくださっている守護霊さんに感謝の気持ちを向けていなさい、『世界平和の祈り』をしていなさいとおっしゃっておられるのです。

運命の修正は、3次元的な自分の努力(天命を信じて人事を尽くす)と守護霊さまの強力なご加護で成り立つのです。

 

2017年7月28日 (金)

運命を修正してくれる守護霊さん 守護神さん 2


『運命を修正してくれるもの』

 

そこで守護霊さん守護神さんがついている。

前にやった悪いことが、たとえば一万なら一万の悪いことをしても、その人が「守護霊さん、守護神さん」と思って、守護霊守護神のほうへぶつかって入ってゆくと、このグルグル回っている業想念の潜在意識まできて、そこをくぐって守護霊守護神の中へ入っちゃうんです。

そうすると、業想念の三界をこえてしまって、神さまの世界へ自分の想いが入っているんです。

グルグル回っているものも、ちょっとふれるぐらいで、たとえば一万も千万も借りがあっても、それが百か十で済んでしまうもんです。

それを運命の修正というんです。

運命の修正、要するに運命を直してくれるのは誰かというと、守護霊であり、守護神なんです。

自分の努力というのは勿論ありますよ。

だけど、自分自身が意気ばって、自分の短気を直そうとか、意気ばって自分の淋しさを直そうとか、意気ばって悲しみを打破しようとかいうのは、長くつづきません。

調子のいい時は出来ますよ。

「なにを!」と言って出来るけれども、調子の悪い時はどうにもならないです。

調子のいいとか悪いとかいうものは度外視して、調子がいい悪いなんて問題じゃなくて、消えてゆく姿なんだ、守護霊さん守護神さん有難うございます、世界人類が平和でありますように、  と言ってしまうと、想いがいつでも三界をこえてゆくんです。

いつも業想念をこえていかなきゃならない。三界というのをこえていかなきゃならないんです。

三界というのは、迷いのある世界のことをいいます。

いうなれば肉体界、幽界、霊界の低いところを三界というんですが、それをこえる練習をいつもしている。

それが消えてゆく姿なんです。

そうすると空(くう)になっちゃうんですね。

仏教学者がむずかしい言葉で説くような空が、消えてゆく姿をやると簡単に出来てくるんですよ。

知らない間に自分で出来てくるんです。

そうすると、自分でやったことも、神さまがやってくれたことも一つになって、スッと動ける。

たとえば、歩いてAさんの所へ行こうとフッと思う。

ところがBさんの所にも行かなきゃならない。Aさんの所とBさんの所とどっちを先に行ったらいいか、なんて思って、Aさんの所へ行くとBさんが来ていたりして、パッといっぺんに用が足せるようなことが随分ある。

あるいは、義理としてAのほうへ行かなきゃならない。

しかし心がどうしてもAじゃなくてBのほうへ行きたいと思う。

それでBの所へ行くと、Bへ行ったほうがいいことがあったり、Bの家へAが来たりして、両方いっぺんに用が足せるとか、そういうことはたくさんあるんです。

そういうのはみんな守護霊さんがしてくれるんです。

この肉体の頭ではそれは出来やしません。

何がやっているかというと、うしろにいる目の利く人、遠くが見える人、未来のことが全部見えている守護霊、守護神がみんなやってくれるんです。

だから肉体の人間というのは、どんな偉そうなことを言ったって、今、現在の一瞬のこときりわからないんです。

一分先、一秒先のこともわからないんですよ。

「一晩あけりゃ朝になって、朝になったら飯を食うだろう」と思うだけです。

だけど飯は食えないかも知れないし、わかりゃしないんです。

そのように、人間の頭では一秒先、一分先のことも、先のことは何にもわからないんです。

暗中模索しているわけです。なんにもわからないけど、わかったような気がして生きているんです。

守護霊守護神は、ところがちゃんとわかっている。

霊というのは先のことなどみんなわかっている。だから霊にまかせるんですね。

というのは、守護霊守護神にまかせてゆくと、自分の業、自分の悪いくせもみんなどんどん消してくれる。

どんどん消してくれるのは守護霊守護神です。それを他力というんです。

それを浄土真宗では「阿弥陀様にまかせろ、南無阿弥陀仏」というんですね。



『自由解脱の道』 五井昌久著 白光出版

 



  

運命を修正してくれる守護霊さん 守護神さん 1

 
 
私はいつも守護霊さん、守護神さんに意識を向けて感謝をしていないと肉体界ではまともに生きていけませんと書いていますが、もっとわかりやすく述べてみたいと思います。

私たちは何度も生まれ変わり死に変わりをしていて前世では、善いことはもちろんですが、悪いことも随分して来たのです。

それが幽体(潜在意識意)というボディに録音されて、今肉体界に現われています。

今生でいくら善いことを積み重ねてなかなか運命が良くならない、病気が治らない、いつも貧乏でいる、人間関係がどうにもならない、などは、肉体界、幽界、霊界(低いところ)、この想いの世界の3界をグルグル回って抜け出せないのです。

守護霊さん、守護神さんと繋がると、霊界の高いところや神界に繋がるので、想いの世界の3界を超えることが出来るのです。

そして守護霊さんが上手く、非常に上手く、運命を修正し、肉体人間の人生を素晴らしいものにしてくださるのです。

感謝は光なので、守護霊さん、守護神さんが守りやすく修正しやすくなります。

これは他力かもしれませんが、自力だけでは絶対に混沌とした肉体界を生きてゆくことが出来ません。

神様にお願いして、その中で一生懸命に生きて行けばいいのです。




本文、・・・・・

真実は、人間の世界というのは神様の世界なんで、神様の光が光明燦然とした大調和の世界だけしかないんだから。

ただ天界からこの地上界に移ってくる間に、人間が勝手に神から離れて、業想念をつくってしまったんです。

その業想念が今、取り巻いているわけです。

そしてぐるぐる回って走っているんです。急スピードで走っているんです。

どこを走っているかというと、潜在意識の中なのです。

「あのヤロー憎らしいヤツだなァ、生まれ変わったらやっつけないではおかない」と前の世で思ったこと、想いがみんな潜在意識に入っているんです。

それがグルグル回って、潜在意識から顕在意識へ出てくるんです。

そうすると、ある人間なら人間をみると、「なんだかあいつを見ると腹が立って来てしようがない。虫の好かないヤローだ」となる。

たとえばこの間、女子高生が殺されましたが、あれもふだんはなんでもなく、女子高生に会うととたんに殺したくなったりする。

それはなにかというと、その女の子と殺した人との前世の因縁が、あべこべになってきてやっちゃったわけです。

だから前の世でやったことは必ず今生に返ってくるんです。

いいことをしたらいいことが返ってくる。悪いことをしたら悪いことが絶対に返ってくるに決まっているんです。

それは三界の業の話ですよ。

「因縁だよ、あきらめな」という話もあるんです。

「あなたが悪いんだ、そりゃもう」というやつです。

それだけだったら因縁因果説でもって、救いがない。

前の世でやったことがそのまま返ってくるんだ。悪いことをしたから悪い報いがくるんだ。

お前はいいことをしたからいい報いが来たんだ、とやるわけです。

これは本当です。嘘じゃない。・・・・・つづく

『自由解脱への道』 五井昌久著 白光出版



 

 

 

2017年7月25日 (火)

「神様助けてください」、はすがっているのではない


  

「神様助けてください」というのはなんだか頼りない自分がすがっているようだけど本当はそうではないのです。

人間は神の子です。ということは神の親でもある。

先日、于先生のレッスンで

「子は自分の親なんです(前世、魂的に)。だからある時期から親は子に、親に逢いたくなるような気持ちで子をみるようになるのです」と教えていただいたのです。

子どもが急にたくましく、強く感じるのも子に親の姿をみているのかも知れません。


そういえば、私も子どもに対してたくましさだけでなくなにか懐かしい故郷のようなものを感じていたのです。

確かに、無性に逢いたくなるときがあります。

そして、先祖の悟った霊が守護霊様、その守護霊様を指導し、肉体の人間も守ってくださっているのが守護神様です。

なんだか守護霊様、守護神様というと大それた、とても遠い存在の人たちなんだと思ってしまいますが、亡くなった親又は祖父母だと思えばいいのです。

亡くなってからあの世に行って悟った、そして守ってくれていると思えば親しみが湧いてきます。

そして自分も過去世で守護霊、守護神だった時期があったのです。

つまり自分とは神の子であり、守護霊、守護神でもある。

自分って凄い存在なんです。(我即神也)

神である自分に頼ること

なんら恥ずかしいことでもなんでもない。

堂々と自分自身(神)に頼ればいいのです。






  
追伸

ここで問題?になってくるのは、なんでもかんでも神に頼ればいいのかというとそうではないのです。

神様は一生懸命に努力している人にしか力を与えてくれないのです。

天命を信じて(神である自分を信じて)人事を尽さないと(3次元のことを一生懸命にやらないと)神風を吹かせてはくれません。

それを多くの人は誤解しているのです。

巷では3次元のことを疎かにして神頼みをしたり神秘的なものに逃げている人が多くいます。

そんな人は幽界の不良霊に遊ばれています。(操られています)

地に足をつけること(仕事を一生懸命にする、当たり前のことに手を抜かない)が一番大切です。


 


2017年7月14日 (金)

守護霊、守護神に代わってあなたに語る

 

私たちは、肉体の親に期待をし過ぎています。

「親としてこうすることが当然だ」

「親だったら尊敬されなければならない」

「親の姿を観て子は育つ」

・・・・・・・・・・・・・・

だけれども自分が親だからわかるのですが

肉体の親なんてたいしたことありません(笑)

真理がわかってくると

肉体の親とはほんとうの親ではなく、仮の親であることがわかります

ほんとうの親は守護霊であり、守護神であることがわかります

仮の親に愛されることに越したことはありません

そういう人は幸せだと思います

しかし、ほんとうの親(守護霊、守護神)の愛を知ったなら

感動で胸が震えると思うのです。

下記の文章は、ほんとうの親である守護霊さま、守護神さまが肉体界の私たちに伝えたい真理が書かれています。

是非、お読みください。

 



1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。





15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、



私に徹底的に素直たれ。

2017年7月12日 (水)

仕事などを上手くやろうとするのなら守護霊さんに頼もう

  


先日、守護霊さんは3人も一人の人間についていて守ってくれていると書きました。

守護霊さんとは先祖の悟った人であり、ものすごく頼りになるのです。

3人の中には仕事のスペシャリストの人が必ずいて、適切なアドバイスをくださるのです。

しかし、肉体人間が

「自分一人だけでやろう、頼れるのは自分自身しかいないんだ」

と自分の殻の中に
閉じ籠ってしまうとせっかくのアドバイスも届きにくいのです。

私たち肉体人間は、一秒先一分先、一週間、一年先のことも何が起こるかわかりません。

今起こっていることとは、潜在意識(過去世)の幽界という世界が肉体界に映って来ているのです。

肉体界→幽界→霊界→神界

守護霊さんは霊界にいらっしゃるので幽界、肉体界のことが手に取るようにわかるのです。

これから起こることももちろんわかっておられます。

そして霊界からメッセージを送ってくださいます。

そのメッセージがヒラメキ(直観)になるのです。

突然のヒラメキとは守護霊さんからのメッセージです。

「そっちに行ったらおまえの必要としている人に会えるよ」(その人から良きアドバイスをもらえる)

「この人に会ったら仕事がうまくいくよ」

「その人とは関わらない方がいいよ」

・・・・・・・・・・・・・・

守護霊さんの指示(直観)に従っていれば宇宙の法則に乗ったも同然なので何をやっても上手くいくのです

「そんなレールに乗ったような人生、まっぴらだ、オレはオレで自分の思った通りに生きるんだ」

といきがる人がいるかもしれません

では、あなたは一秒先、一分先がわかりますか?

どの方向へ行けばいいのか、これからどうすればいいのか、わかりますか?

肉体の頭で「どうのこうの」と考えてうまくいったことってありますか?

肉体界という暗闇の中を灯りも無しで歩けますか?

自分一人で勝手に生まれ、一人だけで生きているのではありません

今の現状が崖っぷちだったとしても、切羽つまった状態だったとしても

今が決して満足出来る状態でなかったとしても

今こうしてなんとか(自転車操業でも)

生きていられるのは

守護霊さん守護神さんのお陰なのです(大難が小難で済んでいる)

「ああ有り難いなあ」

「生かされているんだなあ」

「守られているんだなあ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その気持ちが湧きあがって来たら

「ご先祖様、守護霊さま、守護神さま、ありがとうございます。

私は今、大事な仕事を
かかえております、この仕事はなんかして成功させたいのです

どうかよろしくご指導の程お願い致します」

と仕事の合間でも、ヒマな時にでも唱えるとよいのです。

守護霊さんというのはもの凄い人たちです。

この世的にどれだけ仕事の出来る人であっても守護霊さんには絶対にかなわないのです。

それは守護霊さんになるには、仕事の達人であるだけではなく悟っていなければならないからです。

仕事の達人は結構いたとしても悟った人は極少です、お釈迦様クラスです。

私は祈っているとき、印を組んでいる時に次々にインスピレーションが湧いてきます。

その出先は、守護霊さんなのです。

「自分は守護霊さんに守られているんだ、だから百人力だ、いや千人力だ」

という自信が平常心、不動心に代わってゆくのです。

そして守護霊さんからのメッセージを受け取るのが上手くなる

守護霊さん守護神さんへの感謝は世界平和の祈りの中に入っています。

感謝は光なので、感謝されると守護霊さんは守りやすいのです。

世界平和の祈りは完璧(パーフェクト)な祈り言霊なのです。

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



追伸・・・・巷には経営コンサルタントなる人がたくさんおられますが、守護霊さまの存在を知ったならまったく必要なくなると思います。

もちろん経済、経営の勉強は必要ですが、アドバイス的なものは要らないのです。

守護霊さんは自分以上に自分のことをわかってくださっています。

最高の執事であり、最高のマネージャーでもあります(笑)

仕事だけではなく守護霊さんと仲良くする(コミュニケーションを取る)ことがうまく人生を送ってゆく秘訣なのです。

 

地球上で活躍した偉人、賢人、そして聖者はみな守護霊、守護神の存在を知っていたのです。

そして絶大なる支援を受けていました。

ここでは守護霊さんのことばかりを書いてきましたが、守護神さんは守護霊さんの手に負えないときに助太刀をするのです。だから守護神様にも感謝してくださいね!



 
   


 

2017年5月 3日 (水)

真理を知れば、マイナスがプラスに変わる

 

先日聞いた話なのですが

 

ある仲の良い親子が一緒に飲食店をされていたそうです。

 

親子は誠実で真面目でしたが近くに競合店も出来、経営は苦しかったそうです。

 

そんなある日、息子さんが交通事故に遭い、あっけなく死んでしまいました。

 

お父さんは、やる気を失い店を畳もうとしました。

 

ところが意に反して、店にはお客さんが増え始め

その忙しさで息子のことを忘れることさえありました。

 

お父さんは言いました。

 

「息子が死んだのに、客が増えても意味がない」

 

と悲しそうな顔をしました。

 

しかし真実は、違うのです。

 

息子さんは、霊界で生きています。

 

お父さんの守護霊になって

 

お客さんに光を送って

 

お店に来るようにしていたのです。

 

「親の心、子知らず」

 

ではなく

 

「子の心、親知らず」



ですよね。

 

真理を知れば

 

「息子は他界(霊界)で生きているんだ」

 

「死んでいないんだ」

 

そして

 

「食べて行けるようにお客さんを集めてくれているんだ」

 

になります。

 

簡単に店を閉じることもしないでしょう。

 

多くの人は目の前に起きる現象をマイナスに捉えます。

 

それは、現象の奥を知らないからです。(守護霊の愛、霊界・神界のこと)

 

なんともったいないことか!

 

自分で自分の首を絞めているのです。

 

人間は真理を知らないと、学ばないと幸せにはなれないのです。(無限なる幸福!)


五井先生、西園寺昌美先生のご著書は真理で溢れています。

 

もうすぐ、五井先生のブームがやって来ます。(アセンションに並行して)


五井先生のご講話をYouTubeで観ている人も増えているそうです。(面白いですよ)



   
      

2017年5月 1日 (月)

あなたの心の奥の声を聞け!


  
 
最初は、「守護霊守護神に代わってあなたに語る」の24番、幽界のことが書かれている文章を記事にしようとしたのですが、他に書かれていることも非常に大切なので、結局全部載せることにしました。

 

私たちは、たとえば問題解決をしようとした場合、頭で考えます、そして今まで生きて来た経験知でなんとかしようとします。

 

つまり肉体の頭、肉体界の力、3次元の狭い範疇でしか力が働かないのです。

 

現われている次元も3次元、自分も3次元の同次元ならば解決出来るはずがないのです。 

 

自分の次元を上げるためにはどうしたらいいか?

 

神界(守護神)

霊界(守護霊)

幽界(ここは潜在意識の世界、迷いの世界であり、次元が高いわけではありません)

肉体界

それは、次元の高い、霊界や神界に意識をつなげることなのです。

 

守護霊さん守護神さんは解決法を知っておられ、私たちが意識を向けていれば(世界平和の祈りを祈っていれば)メッセージを送ってくださるのです。

どうかみなさん、魂の親、心の親、ほんとうの親である、そして自分自身でもある愛深い守護霊、守護神様のメッセージを受け取ってください。


 

「守護霊、守護神に代わってあなたに語る」   西園寺昌美



1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、

そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。

 

 

 

2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを

見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

 

 

 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。
 

 

 

 

4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 

 

 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使う

ようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、

人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、

明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。

 

 

 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことは

すべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、

よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、

神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、

私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。

 

 

 

7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 

 

8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・

それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。

 

 

9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。

 

 

10、

あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、

皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り

出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し

合うからである。

 

 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 

 

12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 

 

13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてを

するつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。

 

 

 

14、

あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)

をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、

苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけている

のである。

 

 

 

15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、

調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、

成就するよういたらしめているのである。


  

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光

を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入

り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝している

のだ。

 

 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろ

うということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、

またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。

 

 

 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを

幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。

 

 

19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界

の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、

あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギー

をフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわが

エネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎ

こむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせし

めることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、

-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギー

が消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。

 

 

 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、

その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が

次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじが

らめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、

どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)

されるような知識なら徹底的に入れこめよ。

自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。

 

 

 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、

たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうもので

あるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめ

た方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身

の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に

絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

 

23、

旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。

どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間で

すといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れ

ていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。

 

 

 

 

24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしよ

うもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんこと

を願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえよ

うともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年

も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるというこ
とを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解

決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変え

る働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。

 

 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。

 

 

 

 

26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、

いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。

 

 

 

27、

 

私に徹底的に素直たれ。

2017年4月24日 (月)

自分の想いを投げ出して、運命を神様に任せたとき、光輝く



大人の人間がなぜ幸せになれないかというと絶対なるものがないからです。

赤ちゃんやものごころがついていない幼子が幸せそうに見えるのは、絶対なるものがあるからです。

赤ちゃんや幼子は、自分では何も出来ない、だから母親にすべて全託なのです。

朝起きて、食べることから、おしめを代えてもらうこと、あやしてもらうことまですべてやってもらえる、泣きわめいても、うんちをもらしても、ミルクが遅いと怒っても

「かわいい、かわいい」 と笑顔で接してくれてすべての我儘を許してくれるのです。

こんな楽なことはない(笑)

赤ちゃんは信じ切っている、「この母親に任せておけば自分は絶対に幸せになる」・・・と

本当は、そんなことは想わないのだけれど(笑)

赤ちゃんの心境を代弁するとそうだと想うのです。

「私のいのちはすべてあなたにお任せしました、どうぞお母様のお好きなようにお使いください」

なにも出来ない赤ちゃんにとって、母親は神様なのです。

オールマイティ(完全)なる存在なのです。

だがしかし、赤ちゃんが成長し、物ごころが付いてくるようになると

母親がオールマイティ(神)でないことに気づき、頼ろうとすると 手のひらを返したように

「甘えるな、いい加減でもう自立しなさい」 (笑)

と言われるようになる。

あの幸せだった日々はなんだったのか? と途方に暮れるのです。

そして完全なるもの、絶対なるものを失った人間は、不安になるのです。

「これからどうしよう」

「自分はこれからどうなるのだろう?」

「私は誰かに愛されているのだろうか?」

そんなとき、幼い時に居た母親のように

「あなたは絶対に大丈夫よ、だって完全なる私がついているんだから、私はあなたにどんなことがあっても必ずあなたを愛し、守り続けます」

と言ってくれる人がいたら、どんなに精神的に楽になるでしょう。

守護霊様、守護神様とははそんな存在なのです。

自分の運命は神様は知っていらっしゃるのです。

だから自分でどうにかしよう、どうなるんだろう? とじたばたすることはないのです。

神様にすべてをお任せすればいいのです。


 

本文

神様は絶対なる愛なんです。

これを信じなきゃダメです。

私なんかこうなる間に、随分神様の愛を知ってきました。

ことごとに神様(守護神)の愛をよーく知り素晴らしいなァと思っています。

守護神は危うくなれば助けてくれる。 

溺れそうになれば引き上げてくれる。

まいりそうになったら絶対に助けてくれる。 

神様に全託して不幸になることは、絶対にないことを、私は自分で確信しています。

また私のところへ来ている人たちも、皆そうです。 

だから第一番になさねばならぬことは、神様は愛なんだ、神様は絶対に人間を不幸にすることはない、と断固として思うことです。

神様は絶対に人間を不幸にすることはないんだ。 

だから神様にすべてをあずけて、世界平和の祈りをしていればいいんだ。 

自分の運命は神様が知っていらっしゃるんだから、神様に協力して、世界人類の平和を願おう。 

そういう気持ちになると、その人はダーンと高くなってしまう。

どうか病気を治して、子どもの運命を・・・・とやっているのが、世界人類が平和でありますように、私どもの天命がまっとうされますように、と祈ると、ダーンと上にあがっていっちゃうんですよ。

世界人類の幸福を願う想いと、自分一人の運命の幸福を願う想いと、どちらが広いか、これは一目瞭然わかりましょ。 

世界人類が平和でありますように、という想いは崇高なる想いです。

その想いの中に、全部自分の運命を委ねるんですよ。 

そうしますと、自分の体から後光が射します。 

光り輝くのです。

 

        「自分も光る 人類も光る」 五井昌久 白光出版

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