2017年6月 1日 (木)

愛は地球人類を救う、あなたは未来を変えられる




私はノンフェクション(真実)の感動する話を聞いたときに魂が震えるような気持ちになります。 (2011年12月1日のブログより)

これが幸せ感だと思うのですが、それはどういう内容なのかと申しますと利害関係を超えた人類愛や肉体人間の常識を超えた奇蹟の出来事などです。

そこには人間の素晴らしさ、神性が顕われているから・・・

「人間って凄いなぁ、素晴らしいなぁ、神そのものだなぁ、捨てたものではないなぁ」

と希望が湧いてくるんですよね。

では、私が感動したノンフェクション(真実)の話、白光誌の中から抜粋します。







永田勝太郎博士と鎌田實博士との対談から



鎌田 僕は最近 『アハメドくんのいのちのリレー』という絵本を出しました。

どんな話かというと、六年前に12歳のパレスチナの少年がイスラエル兵に撃ち殺された。

ところがその後、兵士に殺された息子の臓器を、敵国の心筋症の子供を救うためにそのお父さんが差し出したんですね。

僕は去年現地へ行って、そのお父さんに直接聞いてみたんです。

「何十年間も憎み合ってきた民族同士で、しかもあなたは大切なお子様の命を奪われた。それなのに、なぜそんなことができるんですか」。

するとこんな答が返ってきたんです。

「海で溺れている人がいたら、泳げる人間は飛び込むだろう。その前に溺れている人の国籍や宗教は何かなんて聞かないだろう」と。


永田  それをさらりと言えるのが、また凄いですね。




この下りに、私は感動を覚えた。

人は、高い意識が現われた真実(ノンフェクション)の本を読むことにより、知らないうちに理屈を超えて感動できるものなのである。

真理の本ばかりでは、難解でなかなか心の中に浸透しにくいが、そうした真理の本や哲学書、倫理や道徳の本と同時に、ノンフェクションの本をひもといてゆくと、自然に心が開けてきて、ついに崇高な真理が魂に響いてくるものである。

真理の本のみでは、知性で理解できても、感情的になかなか受容しにくいものである。


同じく永田博士と鎌田博士の対談からもう一つ、V・Eフランクル博士の素晴らしい果因説(かいんせつ)の生き方を示した実話を、皆様方とシェアしたいと思う。


ドイツのナチス政権下に生きたフランクリン博士は、家族と共にアウシュビッツ収容所に連れてゆかれたという。

そこで愛する妻と子どもたちと両親は、ガス室に連行され、あるいは飢餓で命を失ったが、彼はどんな過酷で悲惨な状況に置かれても、決して生きることをあきらめることなく、常に希望を失わなかった。


・・・・・


またアウシュビッツでチフスに罹った先生は高熱を発しました。

本人は医者だから自分の予後(よご)が分かる。

今夜寝てしまったら、私は明日の朝、死体になっているだろう、 と。

だから自分の脚をつねりながら、眠らないようにしていたというんです。

 一方、頭の中では何を考えていたかというと、自分は米軍に救出されてウィーンへ帰る。

そして『一精神医学者の収容所体験』という本を書き上げ、それが世界的なベストセラーになってカーネギーホールに呼ばれると考えた。

そのホールを埋め尽くす聴衆を前に講演を終え、大喝采を受けている自分の姿を想像していたというんです(笑)。


今夜死ぬかもしれないという、その最中にですよ。

・・・・・・




その後、彼はどうなったか。

彼はついにアウシュビッツを出て、自分の果因説の通りに生き抜いたのである。

人間は自分が思い描いたり、計画していることは、本来、何でも実現、成就できるものである。

ただし自分自身で疑わなくばのことであるが・・・・・。

人はみな、常に自らの思考想念をある明確なる目的達成のために注ぎ、自らの生命エネルギーを使用すべきなのである。

枝葉の諸々の想いに把われたり、苦悩や哀楽に執着したりして、無駄なエネルギーを使用すべきではない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



  白光誌 12月号より 西園寺昌美


 

2017年5月29日 (月)

明るい未来をイメージすればその通りになってゆく(果因説)




世界平和の祈りが過去、過去世を浄め、現在や未来が善くなってゆくと書きましたが、祈りつつも暗い気持ちで、ただやみくもに祈りを繰り返しているだけではなかなか未来は明るく、善くなりません。

それは気持ちがまだ、過去を向いているからです。

今、明日のことより、昨日、過去のことを想い後悔しているからです。

想念エネルギーが過去に向いているので未来に希望がカタチになって現われて来ないのです。(無限なる光!)

想いがカタチ(現実)をつくるのです。

そのためには、明るい未来を心に刻印する必要があります。

これまでは、過去の原因が現在に現われる因縁因果説(因果律)があたり前のように言われていました。

しかし、因果律に把われているとエネルギーが前に流れないのです。

過去を引きずるからです。

これからは果因説です。(明るい未来を心に刻印する)

過去のことは忘れましょう。

過去に向けていたエネルギーを未来に注ぎましょう。

世界平和の祈りと果因説でアセンションは完成へと向かいます。




因果律と果因説の違い


過去→現在→未来か、 未来→現在→過去か

 

次にあげる因果律と果因説の違いは、「過去→現在→未来」という因果律の流れに対して、果因説の流れでは、 「未来→現在→過去」であるということです。

因果律では、現在起こることは過去の因が決めている、つまり 「過去→現在」という全体の流れがあります。

病気に例えると、「過去にしてきたさまざまなことによって、現在病気になることがすでに決まっていた」 というように、過去に起こった一つのことが原因となり、次々と玉突き式に結果となって、現在の病気が現われる。

そして現在の病気がまた新たな因となり、「現在→未来」 という流れに乗って、未来の結果となってゆく。

これが因果律の流れです。

この考え方でゆきますと、過去からやってくる病気に対して、現在や未来では何一つ打つ手がなく、ただ黙って受け入れるしかないということになります。

現在も未来も過去に起こったことから生じる必然であって、もし過去に別の選択をしていれば今病気にならなかったかもしれないが、過去に戻って過去の選択を変えることが出来ない以上今も変わらない、今が変わらなければ未来も変わらないということになります。

これでは、人間には全く自由意思がないということになってしまいます。

しかし果因説では、「未来→現在」という流れに乗って、未来の結果を先に創り出すことが出来るのです。

例えば、川は川上から川下へと流れています。

今現在自分は川の中にいて、傍に落ちていた葉っぱに希望や夢を、現実に現われるように書き込むとします。

それを放り投げます。

川下のほうに放り投げたら、その希望の葉は永遠に自分のところへは戻ってきません。

自分の手から放たれた瞬間からどんどんと川下のほう(即ち過去)へと流れ去っていってしまいます。

結果、その希望は自分の手には戻りません。

だからこそ投げる時には、必ず川上に向って(即ち未来の希望のビジョンを持って)、投げるのです。

その希望の葉は川上のほう、即ち未来へと放たれて、そこから次第に川下へと流れてゆきます。

そして今、ついに現地点の自分のところに、何年か、何ヶ月か、何日か前に投げ込んだその希望の葉が戻ってきて、自分の前を通り過ぎようとしています。

それを自分がキャッチすることにより、希望していたことが現実に顕現されるのです。

時間は未来から現在へとやってくるのです。

そして毎日のように、思い出すたびに繰り返し繰り返し希望の葉を何十枚、何百枚、何千枚、何万枚と未来に投げ込みつづけると、いつの日か、宝くじのようにそのうちの数枚が、必ず自分の前に現われ、現実となるのです。

従って、まさに今の瞬間、自分の未来に対する希望や輝かしい人生の設計図を強く思い描き、

「絶対大丈夫!」 「必ず出来る!」 「すべては可能である!」 「すべては完璧!」 「欠けたるものなし!」 「必ず成就する!」・・・・・・などという想いや言葉を繰り返すことにより、それが現実となって現われるのであります。

時間は未来から現在、現在から過去へと流れているのですから、今この瞬間、未来について思ったこと、考えたこと、語ったことの成就は、いずれ現在にやってくるのです。

ですから今現在、この瞬間、未来の希望を繰り返し、繰り返しインプットすることにより、それが次々に現在へと流れてくるのです。

そしてそのうちの数枚の葉(未来に投げかけた希望のビジョン)を、自分がキャッチする瞬間が必ず来るのです。

これが果因説です。

今までのような、過去の原因を突き止め、悪い種を一つ一つ暴き出し、それを排除しつつ上り詰めてゆくやり方は、過去のマイナス(川下)に意識が集中するため、目的達成が容易ではありません。

しかし、過去の因縁に由来する果因律に心縛られず、憂えず、今の瞬間、未来(川上)に向って自らの意識を高めるという果因説に切り換えると、自らに内在する素晴らしい資質が目覚め、人生は好転するのです。

    

         「果因説」 西園寺昌美 白光出版





 
 

2017年4月10日 (月)

時間は未来からやって来る(果因説)

 

私たちは、時間とは過去から現在、そして未来へと流れていくものだと思い込んでいます。

それは、人間が勝手に考え出した時間の流れの概念なのです。

私たちが住んでいる宇宙には、時間はないのです。

過去も未来も現在もない(時空を超えています)

だとしたら時間を未来から現在へと自由に流すことができるのです。

イメージトレーニングがあります。

スキーなどで自分がうまく滑っている姿をイメージし続けて

現地に着く、そしてそのイメージのまま滑ると、イメージ通りに滑れている

格段に上達しているのです。

これは、上手に滑っているという未来の形を先に創ってしまうということです。

宇宙は、人間の想像した通りに創造されていくという法則があります。

人間は創造主(神)であるからです。

思った通りの自分になれるのです。(マイナスなど邪魔をするものを入れなければ)

これからは時間の概念が変わっていきます。

それによって、みんなすばらしい未来を想像(創造)するようになります。

病気の人は、健康をイメージし、貧困の人は豊かさをイメージし、人間関係がうまくいっていない人は、みんなが調和している姿をイメージする

そんな素晴らしい世の中がやってくるのです。

果因説については、もう何度もここに掲載しましたが、今回も載せることにしました。

人間がこれから明るく生きていくためには、絶対に必要な考え方だからです。

みなさんも是非、明るい未来をイメージしてください。

時間は未来から今へとやって来るのです。

 

世界人類が平和でありますように
 

 

因果律と果因説の違い


過去→現在→未来か、 未来→現在→過去か

 

次にあげる因果律と果因説の違いは、「過去→現在→未来」という因果律の流れに対して、果因説の流れでは、 「未来→現在→過去」であるということです。

因果律では、現在起こることは過去の因が決めている、つまり 「過去→現在」という全体の流れがあります。

病気に例えると、「過去にしてきたさまざまなことによって、現在病気になることがすでに決まっていた」 というように、過去に起こった一つのことが原因となり、次々と玉突き式に結果となって、現在の病気が現われる。

そして現在の病気がまた新たな因となり、「現在→未来」 という流れに乗って、未来の結果となってゆく。

これが因果律の流れです。

この考え方でゆきますと、過去からやってくる病気に対して、現在や未来では何一つ打つ手がなく、ただ黙って受け入れるしかないということになります。

現在も未来も過去に起こったことから生じる必然であって、もし過去に別の選択をしていれば今病気にならなかったかもしれないが、過去に戻って過去の選択を変えることが出来ない以上今も変わらない、今が変わらなければ未来も変わらないということになります。

これでは、人間には全く自由意思がないということになってしまいます。

しかし果因説では、「未来→現在」という流れに乗って、未来の結果を先に創り出すことが出来るのです。

例えば、川は川上から川下へと流れています。

今現在自分は川の中にいて、傍に落ちていた葉っぱに希望や夢を、現実に現われるように書き込むとします。

それを放り投げます。

川下のほうに放り投げたら、その希望の葉は永遠に自分のところへは戻ってきません。

自分の手から放たれた瞬間からどんどんと川下のほう(即ち過去)へと流れ去っていってしまいます。

結果、その希望は自分の手には戻りません。

だからこそ投げる時には、必ず川上に向って(即ち未来の希望のビジョンを持って)、投げるのです。

その希望の葉は川上のほう、即ち未来へと放たれて、そこから次第に川下へと流れてゆきます。

そして今、ついに現地点の自分のところに、何年か、何ヶ月か、何日か前に投げ込んだその希望の葉が戻ってきて、自分の前を通り過ぎようとしています。

それを自分がキャッチすることにより、希望していたことが現実に顕現されるのです。

時間は未来から現在へとやってくるのです。

そして毎日のように、思い出すたびに繰り返し繰り返し希望の葉を何十枚、何百枚、何千枚、何万枚と未来に投げ込みつづけると、いつの日か、宝くじのようにそのうちの数枚が、必ず自分の前に現われ、現実となるのです。

従って、まさに今の瞬間、自分の未来に対する希望や輝かしい人生の設計図を強く思い描き、

「絶対大丈夫!」 「必ず出来る!」 「すべては可能である!」 「すべては完璧!」 「欠けたるものなし!」 「必ず成就する!」・・・・・・などという想いや言葉を繰り返すことにより、それが現実となって現われるのであります。

時間は未来から現在、現在から過去へと流れているのですから、今この瞬間、未来について思ったこと、考えたこと、語ったことの成就は、いずれ現在にやってくるのです。

ですから今現在、この瞬間、未来の希望を繰り返し、繰り返しインプットすることにより、それが次々に現在へと流れてくるのです。

そしてそのうちの数枚の葉(未来に投げかけた希望のビジョン)を、自分がキャッチする瞬間が必ず来るのです。

これが果因説です。

今までのような、過去の原因を突き止め、悪い種を一つ一つ暴き出し、それを排除しつつ上り詰めてゆくやり方は、過去のマイナス(川下)に意識が集中するため、目的達成が容易ではありません。

しかし、過去の因縁に由来する果因律に心縛られず、憂えず、今の瞬間、未来(川上)に向って自らの意識を高めるという果因説に切り換えると、自らに内在する素晴らしい資質が目覚め、人生は好転するのです。

    

         「果因説」 西園寺昌美 白光出版


  

2017年3月11日 (土)

未来→現在→過去へと時間は流れる



時間は過去から現在未来へと流れると私たちは思っています。

しかし宇宙は時空を超えているので時間は存在しないのです。

であれば、

未来から現在へと時間を流すことが出来るのではないか?

イメージ(想像)したことを、創造させる力を人間は持っていると、私は思うのです。

今までは過去の結果が現在という因果律が主流でした。

だから過去から現在へと時間は流れた

だが、しかしこれからは未来から現在へ時間を流す

『果因説』 という考え方が主流になっていきます。

するとほんとうに未来から時間がやってくることになります。



 未来→現在→過去





次にあげる因果律と果因説の違いは、「過去→現在→未来」という因果律の流れに対し
て、果因説の流れでは、 「未来→現在→過去」であるということです。

因果律では、現在起こることは過去の因が決めている、つまり 「過去→現在」という全体
の流れがあります。

病気に例えると、「過去にしてきたさまざまなことによって、現在病気になることがすでに決
まっていた」 というように、過去に起こった一つのことが原因となり、次々と玉突き式に結
果となって、現在の病気が現われる。

そして現在の病気がまた新たな因となり、「現在→未来」 という流れに乗って、未来の結
果となってゆく。

これが因果律の流れです。

この考え方でゆきますと、過去からやってくる病気に対して、現在や未来では何一つ打つ
手がなく、ただ黙って受け入れるしかないということになります。

現在も未来も過去に起こったことから生じる必然であって、もし過去に別の選択をしていれ
ば今病気にならなかったかもしれないが、過去に戻って過去の選択を変えることが出来な
い以上今も変わらない、今が変わらなければ未来も変わらないということになります。

これでは、人間には全く自由意思がないということになってしまいます。

しかし果因説では、「未来→現在」という流れに乗って、未来の結果を先に創り出すことが
出来るのです。

例えば、川は川上から川下へと流れています。

今現在自分は川の中にいて、傍に落ちていた葉っぱに希望や夢を、現実に現われるよう
に書き込むとします。

それを放り投げます。

川下のほうに放り投げたら、その希望の葉は永遠に自分のところへは戻ってきません。

自分の手から放たれた瞬間からどんどんと川下のほう(即ち過去)へと流れ去っていって
しまいます。

結果、その希望は自分の手には戻りません。

だからこそ投げる時には、必ず川上に向って(即ち未来の希望のビジョンを見て)、投げる
のです。

その希望の葉は川上のほう、即ち未来へと放たれて、そこから次第に川下へと流れてゆきます。

そして今、ついに現地点の自分のところに、何年か、何ヶ月か、何日か前に投げ込んだそ
の希望の葉が戻ってきて、自分の前を通り過ぎようとしています。

それを自分がキャッチすることにより、希望していたことが現実に顕現されるのです。

時間は未来から現在へとやってくるのです。

そして毎日のように、思い出すたびに繰り返し繰り返し希望の葉を何十枚、何百枚、何千
枚、何万枚と未来に投げ込みつづけると、いつの日か、宝くじのようにそのうちの数枚が、
必ず自分の前に現われ、現実となるのです。

従って、まさに今の瞬間、自分の未来に対する希望や輝かしい人生の設計図を強く思い
描き、

「絶対大丈夫!」 「必ず出来る!」 「すべては可能である!」 「すべては完璧!」

 「欠けたるものなし!」 「必ず成就する!」・・・・・・などという想いや言葉を繰り返すこと
により、それが現実となって現われるのであります。

時間は未来から現在、現在から過去へと流れているのですから、今この瞬間、未来につい
て思ったこと、考えたこと、語ったことの成就は、いずれ現在にやってくるのです。

ですから今現在、この瞬間、未来の希望を繰り返し、繰り返しインプットすることにより、

それが次々に現在へと流れてくるのです。

そしてそのうちの数枚の葉(未来に投げかけた希望のビジョン)を、自分がキャッチする瞬間が必ず来るのです。

これが果因説です。

今までのような、過去の原因を突き止め、悪い種を一つ一つ暴き出し、それを排除しつつ上り詰めてゆくやり方は、

過去のマイナス(川下)に意識が集中するため、目的達成が容易ではありません。

しかし、過去の因縁に由来する果因律に心縛られず、憂えず、今の瞬間、未来(川上)に
向って自らの意識を高めるという果因説に切り換えると、自らに内在する素晴らしい資質
が目覚め、人生は好転するのです。

 「果因説」 西園寺昌美 白光出版


 

2017年1月24日 (火)

エネルギーでは地球はもう平和になっている

 

平成31年1月1日

 

元号が変わるそうです。

今年は平成29年なので

あと、約2年ですね

今、日本も地球世界も

そして私たち個人も混沌としていますが(笑)

間違いなく

善くなっています。

善い方向へとベクトルは向かっています。

今、目の前で起こっていることのすべては

善くなるためのプロセスです。

それは元号が真実を表してる

昭和・・・・平和を照らす

平成・・・・平和に成る

さあ、2年後は

どんな元号になっているのでしょうか?

元号の通りの世界になっていると思います。

 

2014年9月 6日 (土)

時間は未来から現在へと流れて行く (果因説)





今 私は

「心の持ちようが(想念)が大切なんだ」 と痛感しています。

“想念” が自分の人生も地球人類の運命を創ると言っても過言ではありません。

しかし

人類のマイナスの想念エネルギーは容赦なく

私たちの脳裏を襲ってきます

「ポジティブでいよう!」

「絶対に負けずに成功させよう!」

「モチベーションを保ち続けよう!」

と決意しても

「あーやっぱりダメだ」

「出来るわけがない」

「やる気がしない」

・・・・・・・・・

など、エネルギーを明るい未来だけに向けることは難しいのです。 無限なる可能性!

・・・・・・・・・・・・・・・

そしてエネルギーは未来だけに向けられず

過去の失敗したことや挫折したことに向けられ

「以前ダメだったら どうせ今回もうまくいかないんだ」

になってしまうのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてほとんどの人がまたマイナス思考に陥ってゆく。 無限なる光!

これらの考え方は

過去があって今の自分がいる

今の状況があるという考え方です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だから時間は時空を超えているのに

過去も現在も未来もないのに

過去→現在→未来

という時間の流れを自分で勝手につくってしまうのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だがしかし

考え方を変えることによって

未来から現在に時間を流している人たちがいるのです

同じとき(瞬間)を過ごしていると思っていたのに

人によっては、時間をまったく逆に流すことが出来る

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

わたしたち人間は時間をも自由自在にあやつれる

時間だけではなく すべてのことをコントロール出来る

とてつもなく

素晴らしい存在なのです

人間の叡智は無限です

これからは

過去→現在

ではなく

未来→現在

に物事は流れていくんだという考え方が主流になっていきます

・・・・・・・・・・

「あらッ あなたまだ因果律の考え方をしていたの?遅れているわねえ」

と言われる時代がやってきます。

「時空を超える」

時代がやって来るのです。







因果律と果因説の違い━過去→現在→未来か、 未来→現在→過去か




次にあげる因果律と果因説の違いは、「過去→現在→未来」という因果律の流れに対し
て、果因説の流れでは、 「未来→現在→過去」であるということです。

因果律では、現在起こることは過去の因が決めている、つまり 「過去→現在」という全体
の流れがあります。

病気に例えると、「過去にしてきたさまざまなことによって、現在病気になることがすでに決
まっていた」 というように、過去に起こった一つのことが原因となり、次々と玉突き式に結
果となって、現在の病気が現われる。

そして現在の病気がまた新たな因となり、「現在→未来」 という流れに乗って、未来の結
果となってゆく。

これが因果律の流れです。

この考え方でゆきますと、過去からやってくる病気に対して、現在や未来では何一つ打つ
手がなく、ただ黙って受け入れるしかないということになります。

現在も未来も過去に起こったことから生じる必然であって、もし過去に別の選択をしていれ
ば今病気にならなかったかもしれないが、過去に戻って過去の選択を変えることが出来な
い以上今も変わらない、今が変わらなければ未来も変わらないということになります。

これでは、人間には全く自由意思がないということになってしまいます。

しかし果因説では、「未来→現在」という流れに乗って、未来の結果を先に創り出すことが
出来るのです。

例えば、川は川上から川下へと流れています。

今現在自分は川の中にいて、傍に落ちていた葉っぱに希望や夢を、現実に現われるよう
に書き込むとします。

それを放り投げます。

川下のほうに放り投げたら、その希望の葉は永遠に自分のところへは戻ってきません。

自分の手から放たれた瞬間からどんどんと川下のほう(即ち過去)へと流れ去っていって
しまいます。

結果、その希望は自分の手には戻りません。

だからこそ投げる時には、必ず川上に向って(即ち未来の希望のビジョンを見て)、投げる
のです。

その希望の葉は川上のほう、即ち未来へと放たれて、そこから次第に川下へと流れてゆきます。

そして今、ついに現地点の自分のところに、何年か、何ヶ月か、何日か前に投げ込んだそ
の希望の葉が戻ってきて、自分の前を通り過ぎようとしています。

それを自分がキャッチすることにより、希望していたことが現実に顕現されるのです。

時間は未来から現在へとやってくるのです。

そして毎日のように、思い出すたびに繰り返し繰り返し希望の葉を何十枚、何百枚、何千
枚、何万枚と未来に投げ込みつづけると、いつの日か、宝くじのようにそのうちの数枚が、
必ず自分の前に現われ、現実となるのです。

従って、まさに今の瞬間、自分の未来に対する希望や輝かしい人生の設計図を強く思い
描き、

「絶対大丈夫!」 「必ず出来る!」 「すべては可能である!」 「すべては完璧!」

 「欠けたるものなし!」 「必ず成就する!」・・・・・・などという想いや言葉を繰り返すこと
により、それが現実となって現われるのであります。

時間は未来から現在、現在から過去へと流れているのですから、今この瞬間、未来につい
て思ったこと、考えたこと、語ったことの成就は、いずれ現在にやってくるのです。

ですから今現在、この瞬間、未来の希望を繰り返し、繰り返しインプットすることにより、

それが次々に現在へと流れてくるのです。

そしてそのうちの数枚の葉(未来に投げかけた希望のビジョン)を、自分がキャッチする瞬間が必ず来るのです。

これが果因説です。

今までのような、過去の原因を突き止め、悪い種を一つ一つ暴き出し、それを排除しつつ上り詰めてゆくやり方は、

過去のマイナス(川下)に意識が集中するため、目的達成が容易ではありません。

しかし、過去の因縁に由来する果因律に心縛られず、憂えず、今の瞬間、未来(川上)に
向って自らの意識を高めるという果因説に切り換えると、自らに内在する素晴らしい資質
が目覚め、人生は好転するのです。

    

         「果因説」 西園寺昌美 白光出版





 

2014年2月11日 (火)

果因説と世界平和の祈り、印で過去の悪因は消えてゆく

 
 

人間は誰でも等しく、20年前、10年前、数年前に為してきた行動にたいしては、今日もまたその責任を持たねばならない。

時がすでに過ぎ去ったとしても、過去のその行動は、決して消え去ったわけではない。

がもうすでに過ぎ去ってしまった過去の行動に対して、一体どのようにして責任を持てばよいのであろうか。

タイムトンネルの如く、過去の時代にもどり、そこで改めて犯した言葉や行動を悔い改め、反省し、新しく作り変えて現在にもどって来られれば一番よい方法なのではあるが、今の時代ではそうもゆかない。

それでは、本当に過去の罪を消し去る方法がこの世にあるものだろうか?

それはある。 それは祈ることである。

過去の消えてゆく姿として世界平和の祈りの中に、すべてを投げ入れ、徹底的に祈れば、タイムトンネルで過去にもどり、自らの手で罪を消し、新しく出発出来ると同じように、祈りの力で、祈りの光で、祈りのエネルギーで過去の罪や行動はすべて消すことが可能なのである。

その効果は絶大である。 驚くほどである。 祈らなければ永遠に過去の罪や行動は消えず、現在、未来までもなおその尾は引きつづいてゆく。

世界平和の祈りはすべてのすべてである。

 



     
「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 感想

 

なぜ過去の想念行為、潜在意識が消えるかというと、それは世界平和の祈りは宇宙神、宇宙のエネルギーと共鳴するからです。

宇宙のエネルギーは時空を超えています。

宇宙には地球のように過去、現在、未来というような時間と空間がないのです。

境目がない、だから浄化するのみ、消し去るのみです。

祈っている自分と宇宙の無限のプラスのエネルギーが共鳴し、祈っている自分の汚れた想念、過去世までが浄化されてゆくのです。

祈っているとなんだか軽くなってスッキリしてくるのはそのためです。

過去の悪因が消えるので、現実にその悪因が現われることがないのです。

過去の悪因は、祈りでしか消すことはできません。

未来を素晴らしくしようとしたら果因説で明るい未来をイメージすることと

祈りや印によって過去世を浄めることが必要なのです。

この2つがあって、オセロのように挟み撃ちにして、悪因はきれいさっぱりと消えてゆくのです。





 

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