2017年7月27日 (木)

4次元、5次元とは



本当の親、真実の親とは自分の子を私物と見るのではなく、木の上に立って見れるようになれる人だと以前のブログに書きました。

自分中に子があるのではなく、放して観るのです。

すると大きな目で俯瞰的に観れるようになる。

他人の子と自分の子が分け隔てなく観れるようになる。

自分の子、他人の子という意識が無くなる。我が無くなる。

悟るとは、自分が勝手に作っている壁の差を取ることだとどこかで聴いたことがあります。

そして、肉体人間の自分を少し離れたところから観ている自分がいる。これが4次元です。

そしてその観ている自分をまた、離れたところから観ている自分がいる。これが5次元です。

恐らく、4次元から観た自分は今までの自分(3次元、肉体界)とはまったく違うと思うのです。

そして5次元になった自分が観る景色もまったく違うのだと思います。

私は時々、シュミレーションしています。

自分でイメージして多次元へ行くのです。宇宙旅行をしているのです。

世界平和の祈りをしていると意識は神界(宇宙)にあるので、4次元に繋がりやすいのです。

今、私たちは肉体意識から神意識へ宇宙意識へ、人間が大きくシフトする時期に来ています。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





  

2017年7月 2日 (日)

人間には無限の神秘力がある

  
 

現役大リーガーのイチローは、前世では忍者だったそうです。

あの守備、身のこなしはただ者ではないですね。

そして背番号の51は五井先生を表わしているそうです。

五井先生もイチロー選手も天に通じていた天才だったことは共通しているようです。

しかし五井先生もイチローも、とっぴょうしもないことを言うのではなく当たり前のことを言っておられます。

私はイチロー語録が好きでよく読んでいたのですがその中で、

「目標は低いほうがいい」 があります。

目標は低く設定してそれを何度も毎日クリアしていくことで自分に自信を付ける、小さな自信の積み重ねが大きな自信、そして目標につながる。

気づいたときは人間智では考えられないくらいのことが出来るようになっている。

天才は、努力によって生まれるということなのですが、今、嵐の大野くんが映画でやっている忍者は、何メートルもの高さを、鳥のように飛んでいます。

オリンピックの走り高跳びに参加したら絶対に金メダルでしょう(笑)

どうして忍者は飛べたのか?

それは幼い頃からの訓練がありました。

3歳くらいの小さい時に、3センチくらいに育った苗木を飛び越えさせるそうです。

3歳でもそれくらいだったら簡単に飛べる。

そして次の日もまた次の日も簡単に飛べるのです。

それはあたり前でもあるのですが、自信につながります。

「絶対に飛べるんだ」 と心にインプットされます。

そして苗木はいつの間にか樹になり、50センチになり、1メートルになり2メートルになり、5メートルにもなる。

幼子も少年期を迎えるが、気が付いたときには、5メートルを飛べるようになっているのです。

イチローはこの頃(忍者だった頃)を覚えていたのかもしれません。

だから「目標は低いほうがいい」 という発想が生まれたのだと思います。

世界平和の祈りも毎日の積み重ねです。瞬々刻々の祈りが大切なのです。

目にはみえないけれど確実に世の中に役立っています。

人類がつくってしまったマイナスの想念エネルギーを消してプラスに変えています。

世界を平和に導いています。

宇宙に刻印しています。

そのエネルギー(言霊)が臨界点を超えたとき、アセンションを迎えるのです。

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  
 

2017年6月 3日 (土)

霊能者と霊覚者は違うのです



   

日々の祈りから

  

霊能者とは一般の人々には見えもしない姿や声を聞いたり、人の想いがわかったり、運命がわかったり、過去世における状態がわかったり、医薬を使わないで人の病気を直したりする人をいうのです。

そうした人々はその人の人格の高い低いにかかわらず、霊能者といわれます。

だから運命の予言や病気直しは上手だが、人格としては頂きかねるという人もあるわけです。

人の想いがわかったり、運命の予言ができたり、病気を直すことが上手だったり、肉眼で見えない世界が見えたり、という能力があったとしても、その能力がかえって相手の本心開発を遅らせる、自我欲望達成の具となるだけだったら、その霊能者も相手の人も不幸であるばかりでなく人類の進歩にもよくないことになるのです。



  

               『日々の祈り』 五井昌久  白光出版



 
感想
 

私たちは現世利益にこだわります。

すぐにお金持ちになりたい、すぐに病気が治って欲しい、すぐに善い事が起って欲しい

そして魂の成長よりも、今(現世)の利益を追ってしまうのです。

でも、私たちの本当の親である守護霊、守護神たちはそんなもの(現世利益)などはどうでもいいと思っておられます。

かえって魂の成長には、邪魔なものだと思っておられるのです。

なぜなら、魂は永遠だから、現世のほんの一瞬の出来事なんて問題にしていない。

そんなものが一時的に善くなったところで、永遠の生命からみれば取るに足らないことなんです。

それよりも魂が進化していくことの方がずっとずっと大切なことなんです。

しかし私たちは違う

そこで肉体人間の浅はかさと守護霊様、守護神様との考えの違い、ギャップが出て来るのです。(それが病気、貧乏、不調和な出来事など)

なんにもわかっていない肉体人間は、魂の成長を放っておいて現世利益ばかりを求める

守護霊、守護神は時期を観て本心(神)の方を向かそうとしている。

真理に目覚めさせようとしておられる。

肉体人間と守護霊、守護神の間に入って、絶妙のさじ加減でバランスを取ることの出来る人が、霊覚者です。

このような人は今の日本に3人もいません、後はすべて霊能者です。

しかし低い意識の霊能者は、ただ現れて来た現象を表面的なものだけを良くしようとしている。

除霊を浄霊といつわり、悪霊は取り除いたと豪語する(消したわけではないのですぐに戻って来ます)

一時的に病気を治したフリをする(守護神がすぐに元に戻します)

それでも肉体人間にとっては、ありがたいことなのかもしれません。

しかし永遠の生命からすると余計なことをされてしまっているケースが多いのです。

病気や貧乏は大切なことに気づかせるためにわざと守護霊、守護神がさせているのです。

やろうと思えば、守護霊守護神は肉体人間の病気なんて一瞬で治すことが出来るのです。

でもそんなことをしても魂の成長にはならない・・・・。

守護霊、守護神様が本当に伝えたいことは、

「お前の中に神がいるんだよ」

なのです。

自立させようとしておられるのです。

「お前の中に神があってどんなことでも出来る力を持っているんだ」

それが究極の真理なのです。

それがわかるために何回も何十回も何百、何千、何万回も輪廻転生をしてきている。

それが台無しになってしまう。

病気を治すのは、お医者様の仕事だし、自分の中の自然治癒力(自分が神であることを知って)、波動調整で治していくものです。

霊能者の使命(ミッション)ではないのです。

霊覚者であれば、魂の成長を推し量りながら、守護霊守護神と相談しながら、指導を受けながら治すこともあるのです。


ただ、お金儲けのためだけに治すのとは、雲泥の差なのです。


「医者なんかになにが出来る」

「俺は人の病気を治すことが出来るんだ」

という浅はかな霊能者は自分自身も滅ぼすし、相手の魂の成長も遅らせることになる。

これは大変な罪作りです。

そのことを知ることはとても大切なことだと思うのです。

私たちがそんなものに頼らず自立することが大切です。

霊能者や霊覚者(居たとしても)にも頼るのではない

自己責任だと思います。

 



  

2017年4月23日 (日)

私たちの本質は『霊体』である

 

またまた、宇宙が味方する経営からの抜粋です。

この本は正しい経営のあり方も教えてくれるのですが同時に人間とは何かについてもすごいヒントを示してくれています。

私たちは自分をこの肉体だけだと思っています。

心も肉体の一部であって肉体の死はイコール心の死であると 本当にそうでしょうか?


本文


私たちの祖先は、けっして物質偏重の価値観を持っていたわけではありません。

むしろ、大昔の人々は、霊的な感受性に優れていました。

古代の人は自然現象やことばといった目に見えないものに霊的な存在を見出していましたし、世の中のすべてのものに魂が宿っていると認識していました。

それと霊的交流をして感動を覚えていたのです。

しかし、今の時代はこの感動を失い、ものがすべてであると考え、お金や地位といった物質社会における価値観にとらわれるようになってしまいました。

とはいえ、少し発想を変えるだけで、たとえ物質世界に生きていても、物質を超えた価値観を持って生きることができるのです。

それにはどうすればいいかというと、次のように悟ることです。


「私たちの本質は『肉体』ではない。

私たちの本質は『霊体』である」

つまり私たち自身においてもっとも重要なのは、形ある「肉体」ではなく、形のない魂や精神である「霊体」であるということです。

すなわち私たちの実在は見えない「心」であるということです。・・・終



私たちの実在は見えない「心」であるといわれてもすぐにそうかとは思えません。

でもそう思ったほうが自然に自由に生きられます。♪

肉体は心を纏(まと)っている器であって服のようなものです。

服がボロボロになってもこころ(生命)は永遠に生き続けます。

2017年4月21日 (金)

人間とは実に神秘的です。




夢はなぜみるのかといいますと、実はみているのではなく、みせられているのだそうです。

実は私は今朝方、車を運転していて、人を轢いてしまった夢をみたのです。

ハッとして目が覚めたのですが、そのとき感じたのは

「ああよかった現実でなくて、これは多分夢で消してもらっていなければ本当に起きていただろう」

だったのです。

そして、消していただいたから(守護霊守護神によって)と安心するのではなく、警告と受け取り、運転には十分気をつけようと思ったのでした。

だから夢をみたのではなく、みせられたのであります。

夢をみているときの人間は、肉体から意識が離れ幽界、霊界、神界へと行っているそうです。

そしてそれらの世界で働いている、寝ている間にも魂は働いていて、起きると肉体に意識が戻ってくる。

しかし起きたからといって、魂(生命)は肉体だけにあるのではなく、やっぱり幽界にも霊界にも神界にもいるのです。

だけど、私たちは肉体界だけしかないと思っているから、他の世界のことがほとんどわかっていないのです。

私は、これから大事なこととは、私たち人間は、肉体だけではない、肉体界だけに生きているのではない、幽体、霊体、神体という体があるんだ、幽界、霊界、神界という世界があるんだ、本当の自分は神界にいて、そこから霊界、幽界を経て、肉体界に移って来ているんだ、ということをハッキリと知らなければいけない時期に来ていると思うのです。

もちろん3次元的なことも大切です。

仕事のこと、家庭のこと、人間関係のこと、お金のこと・・・・・・

しかしこれら目にみえることは、目にみえない世界の影絵なのです。

目にみえないものが見えるという形になって現われているのです。

みえないものが主で、見えるものが従なのです。

だから目にみえない世界が整えば、自然と見える世界は自然と整ってくるのです。

だから、目にみえない世界、本当の世界、未来永劫に消えない世界のことを知らなければならないのです。

目に見える世界だけを知ったところで、それは幻をみているようなものです。

消えてゆく泡をみているようなものです。

目に見えるものはすべて消えてゆきます。(肉体もあらゆる物質も)

今まで私たちは、目に見えるものだけを信じてきた

目に見えるものだけが実在しているもの、本物だと思ってきた

しかし、それは違うのです。

目にみえるものだけをみていたら必ずゆき詰まります。

説明がつかなくなる

わけがわからなくなる

それは宇宙全体のほんの一部を見ているにすぎないからです。

しかし、下記の文章にあるように

人間を形と考えないで、波動体、意志、意識、想念であると考えるとすべてのつじつまが合ってくるのです。

先に意志(心)があって、肉体があることがわかります。

意志がなければ肉体は動かないからです。

ちょっと難しいですか?(笑)

でも、とても大切なことだと思うのです。

 




人間は肉体だけのものではない

 
 

人間は神の分生命であり、太陽のような光そのものなのであります。

その光のエネルギー波動が、様々な階層をつくりなしていったのであり、その世界は神界と呼ばれる界もあり、霊界と呼ばれる世界もあり、幽界という波動の世界もあるのです。

そして、皆さんご存知のこの肉体界があるのです。

ですから、私共は肉体の世界に住んでいると同時に霊界にも神界にも住んでいることのなるのであります。

人間を形と考えないで、意志であり、意識であり、想念であると考えてみてください。

肉体自身は、意志をもち想念波動によって、動かされてゆくことは事実でありまして、意志も想念も無く、活動するということはありません。

人間はあくまで生命そのものであり、生命の働きが光の波になり、想念の波動となって、形の世界や運命をつくってゆくのであって、肉体はあくまで、光の波や想念波動によってつくられたものなのです。

それをどう間違えたか、肉体が人間だと思うようになってしまったのです。

    「神は沈黙していない」 五井昌久 白光出版

 

2017年4月20日 (木)

生まれ変わり


 

 



男性が、女性に生まれたり、女性が男性に生まれ変わったりすることが、あるものでしょうか、お教え下さい。








そういうことは随分多い。


それは、前世において、女性としての苦しみを味わいつくし、男に生まれてくればよかった、と固く思いこんだ人、または、その反対の場合、あるいは、因縁解脱への経験を積みやすくするために、守護神が、性別を変えて再生させる。


男性でいて女性らしい人や、女性でいて男性の性格をもっている人などはほとんど前世と今生との性別が変っている人たちである。


霊そのものには男女の別はないので、男女の別のあるのは、魂魄の世界だけである。


観世音菩薩は男か女か、とよく問われるが、観世音菩薩、すなわち神の化身、男女を綜合した現れで、陰陽合体の絶対身である。






  『神と人間』 問答篇 五井昌久 白光出版 






 
感想


霊そのものには男女の別はないので、男女の別のあるのは、魂魄の世界だけである。


とありますが


魂とは幽体のことであり、魄(ぱく)とは肉体のことなのでつまり男女という陰陽にわかれているのは幽界、肉体界だけなのです。


もうすぐ地球は次元上昇して、幽界が無くなって、神界(天国)が現われて来るので、男女というものも無くなるのです。



 

 神界(天国)
 ↓
 霊界
 ↓
 幽界(迷いの世界)
 ↓
 肉体界





あと数年で男女というものが無くなる?


ちょっと信じられないですよね。


アセンション(次元上昇)を別の角度で観てみると、2元対立していたものが、つまり陰と陽に分れていたものが一つになることなのです。


セパレート(分離)されていたものがユニティー(合一)される。


あなたと私は別のもの、敵と味方に分れていたものが統一されるのです。


そのことを 愛(合い)といいます。


地球はセパレートとユニティーを13000年毎に繰り返してきました。


宇宙は、集合離反(しゅうごうりはん)、波動が交わり、離れていったり、またくっついたりしているのです。


その繰り返しで成長していくのです。(前回の集合離反よりも進化している)


男女も同じなのです。


地球上で男と女に神様は分けられました。


でもそれはいつかは合一するためのご計画だったのです。


その時期が来ているのです。


私ごとですが、私は今、高校の同窓会の幹事をしています。


そこで男女が集まっているのですが

お互いに異性を意識しない、相手を人として接していることがあるのです。

そのときには、なにかしら不思議なエネルギーが流れるのです。


心が一つになったような感動を覚えます。

エネルギーが対立、陰陽、壁、2元を超えて融合しているのです。


私はこの融合が 愛 だと思うのです。


今、巷では草食系男子とか肉食系女子とか言ってますよね(笑)

この傾向は、融合するための前段階、プロセスなのです。

男の動物性が無くなって、つまり男女関係の感情が少なくなってきている。(性を意識しなくなっている)

狭い空間に二人で居ても何もしようとしない(笑) (もちろん、その人の前世での経験や意識の段階によってかなりの個人差がありますが)


これは一昔前では、無かったことなのです。


アセンションとは感情が無くなるということです。


感情とは欲のことです。


金銭欲、物欲、食欲、そして性欲


段々と欲が無くなって行くのです。


その中で一番やっかいなのが性欲、色欲と言われています。


最後まで残るのがこの欲なのだそうです。


この欲を超えて地球が完成します。


とりとめのないことを書いてきましたが


男女の垣根を超えて人(霊止、つまり神)として尊敬できる関係が本当の真実の世界なのです。


そんな時代がもうそこにやってきている


なんだか嬉しくなりませんか わーい(嬉しい顔)









補足


近未来にはセックスもしなくなるのです。


そしたら、赤ちゃんはどうやって生まれるんだ?


という疑問が湧きますよね?


それは男女関係なく3人寄って子どもが欲しいと唱えれば


生まれるようになるそうです。


イメージしたことが形になる世界になるのです。(人間は創造主)




わけがわからないですか?


でも、それがもうすぐ現実になるのです。




  

2017年4月16日 (日)

霊能者と霊覚者は違うのです

 


霊能者によって奇跡的に病気が治ったとしても、それが自分の中の心の変化から来るものでなければ、また同じ病気をくり返します。

病気というものは、読んで字のごとく、気(エネルギー)が病んでいる状態なのです。

人間とは光の波動体(エネルギー体)なので、きれいな川の流れのようにエネルギーが滞ることなくスムーズに流れている状態が健康であり正常なのです。

それがなにかに把われて、想いで煩っている(これをストレスという)とエネルギーの流れが悪くなるのです。

ちょうど川の流れの中に大きな石を置くのと同じです。

流れは次第に悪くなり、せき止められた川の水は汚れ腐ってきます。

霊能者はその石を外したり、一時的に流れを良くしたりする(出来る)ので、スッキリした気分になったり、一時的に病気が治ったような状態にもなるのです。

しかし時間が経つと、想いの把われ(根本原因)がなくなったわけではないので、また同じことが繰り返されるわけです。

ここで霊能者の人が

「私に頼ってはいけない、病気は自分の気(エネルギー)で直すものです」

「そのためには、光を放たなければならない、天地を貫く光の波動体にならなければならない、だから祈らなければならないのです」・・・・・と

一時的に症状が治った理由(わけ)を説明し、

後は「自分でやりなさい」 と言えば申し分ないのですが(そんな人はいませんよね)

ほとんどの霊能者は

自分の力を誇示し、自分に頼らせるのです。(そしてお金をむしり取る)

五井先生がご生存のときに

たくさんの人の病気を治したのですが

それは、決して自分に頼らせたのではなく

世界平和の祈りを祈り続けることでやがて不調和な状態(病気)が治っていくことを教えていたはずなのです。

でなければ、病気を治すことは、お医者様の範疇(テリトリー)であり、神様は認めておられないからです。

科学的な時代になって

「霊能力なんて信じない」 という人がほとんどだと思っていたのですが

案外、霊的なことを信じる人も多いのです。

今を一生懸命に真剣に生きている人は、このようなあやしい霊的なものには興味を示さないのです。

安直に、何でもいいから

「治りさえすればいいんだ」 と考えている人は、ひっかかりやすく

「なにかあやしいな、おかしいな」 と思っても自分に自信がないために

ずるずると通ってしまうのです。

大切なのは目的意識だと思います。

霊能者の人に

「なんの目的があって病気直しをされているのですか?」

と聞いてみればいいのです。

病気とは不調和な原因となっているもの、根本原因に気づくために与えられた

守護霊守護神からのメッセージです。

だから、守護霊守護神の許可がなければ

勝手に無責任に治してはいけないのです。(本心開発、魂の成長が遅れる)

神の意思に反したことをしてしまっているのです。

神の願いとは

「世界平和の祈りを祈ることです」

だから祈り(真理)を教えない病気直しはあくまでも邪道なのです。


  

 

霊能者と霊覚者とは違う
 



霊能者とは一般の人々には見えもしない聞こえもしない姿や声を聞いたり、人の想いがわかったり、運命がわかったり、過去世における状態がわかったり、医薬を使わないで人の病気を治したりする人々をいうのです。

そうした人々はその人の人格の高い低いにかかわらず、霊能者といわれます。

だから運命の予言や病気治しは上手だが、人格としては頂きかねるという人もあるわけです。

人の想いがわかったり、運命の予言ができたり、病気治しが上手だったり、肉眼で見えない世界が見えたり、という能力があったとしても、その能力がかえって相手の本心開発を遅らせる、自我欲望達成の具となるだけだったら、その霊能者も相手の人も不幸であるばかりでなく人類の進歩にもよくないことになるのです。


  

 

     「日々の祈り」 五井昌久 白光出版


2017年4月10日 (月)

瞬間移動(思いは現実化する)




少し神秘的な話をします。(2007年7月のブログより)
  
昨日、オリエンタルウインドでの勉強会(定期的におこなっている)があった。
  
そこで、意識が違うところにあれば、肉体(身体)も移動するという話を出席していたある人から聞いた。
   
その人は17歳の頃が非常に霊的になっていて、高校生だったある日、彼女は学校で授業を受けていた。
   
なのに家に帰るとお母さんに 
「あんた、あの時間に〇〇にいたけど、あそこで何をしていたの?」 と聞かれたそうだ。
   
その時間は間違いなく学校にいたのだが、その時の彼女は意識がぼんやりしていてどこかへ飛んでいた感覚があったらしい。
  
その後も度々、言われたことがあって、ついに父親にも言われた時にはさすがに驚いたそうだ。
    

私たちはよく意識が飛んでるとか、心ここにあらずとか、ワープするとか言うが、どういうことかというと、意識に伴ってまず、エネルギーが移動する。
   
エネルギーだけが移動しただけでも霊感の強い人はその気配(けはい)を感じ取ったりする。
  
そのエネルギー(気配)を感じて肉体があるように思うのだろう。
    
もしかして、本当に肉体も移動していたのかも知れない。
      

この話で人間がエネルギーで出来ていて、肉体はその器であることが判る。
   
意識(心)があって、心がエネルギーになって、エネルギーが物質化する。
  
物質化したものが人間の肉体だ。
    
だから、人間が死んでも、肉体がなくなってても意識やエネルギーは残る。
   
将来的に人間はどこへでも瞬間移動できるようになるそうだ。
   

そうすれば、一瞬にして行きたいところへ行ける。
  
違う星に行くことも出来る。
  
そんな日が近い将来やってくる

   
みなさん、すごくロマンがあって、想像しただけでも楽しくなると思いません?




   
参考書籍、 光の十二日間、フォトンベルトの謎 



  

 

2017年4月 5日 (水)

地球に降り立った気高い魂たち

 


今、地球上にいる人間は、いろんな星からやって来ている人たちがいるのだそうです。

進化した星である金星(お釈迦さまやキリストさまがそうでした)の場合もあるし、地球よりも精神的に遅れた星から来た人たちもいる。

今の幼い子供たちやこれから生まれて来る子供たちは、地球の大人たちを目覚めさせるために金星よりもずっと進化した星からやって来ているそうです。

だから今の大人たちとは魂の高さが違うのです。(霊位という)

不思議ちゃん 宇宙人 と言われる人たちがそうです。

「この子たちは、自分たちと全然違う なんてピュアなんだろう?」 と光を浴びてショックを受けるのです。

この子たちは、進化した星から光をたくさんたずさえてやってきたからです。


そして進化した星からやって来る魂たちは、自分たちの意志で宣言をして地球にやって来ている。

宇宙というのは、波動の世界です。 

同じような意識(心)を持った魂たちが共鳴して同じような魂たちが集まっている。

高い魂たちが住んでいる星は、素晴らしい人(霊止)が集まっている、愛の深い善い人(霊止)ばかりが集まっている。

だから地球のような争いも嫉妬も妬みも怒りといった感情がなく、非常に居心地がいいのです。

ずっと温泉に浸かってるようなものです。

そこを天国(神界・天界)というのです。

しかし、その天国での生活が嫌で脱け出したい魂たちもいるのです。

「こんな刺激のない安心し切った生活はもううんざりだ、どこか遅れた(精神的に)星に行ってその星の進化に貢献したい」

そして

「そのためにはどんな苦労、試練も覚悟の上だ」

と決意し宣言するのです。

金星からやって来たお釈迦さまやキリストさまもそうでした。

その頃(中世)の地球は今よりもずっと人間の心が荒んでいて、目覚める人も少なく、教育も行き届いていなかったで高い教えを理解出来る人も僅かだったのです。

それでも懸命に真理を説いて回った。

このような聖者たちがいたから今の地球はまだもっているのです。

お釈迦さまやキリストさまは、同じ金星の魂たちから一目も二目も置かれているのだそうです。尊敬されているのです。

霊位というのがあるのですが、金星の中でも別格なのです。

それは、「あんなに汚れた地球に行った」 という勇気を讃えているのです。

誰もが嫌がるような苦労を承知で、それでもあえて行った

そのままずっと金星にいてもいいのに・・・・・

きっと

「あっぱれ!」

なんでしょうね。

そして今、お釈迦さまやキリストさまのような魂たちが地球上にたくさん降りて来ているのです。

それもやっぱり宣言をして

だから

今、私たちが悩んでいること、苦労していること、苦しいこと、嫌なことがたくさんあることは全部織り込み済みなのです。

わかっていたことなのです。

ただ、記憶を無くしているからわからないだけなのです。

もちろん地球上の人間が全員が全員そうではありません。

地球で何回も輪廻転生をして、神様がわからない人もいる

地球よりも遅れた(精神的に)星からやって来ている幼い魂たちもいる

そして、地球よりもずっと進化した星からやって来ている高い魂たちもいる

地球上には、このようないろいろな段階の魂を持った人たちが一緒になって暮らしているのです。

意識が違う、考え方が違う、感性が違う

だからすぐには判り合えないのです、噛み合わないのです、共鳴しないのです、理解出来ないのです、二元対立するのです、判り合えないからいらだって怒り狂う(感情的になる)のです。

でも進化した星からきた魂たちはそれをそのままにはできない

それは対立した魂を融合させて、愛に進化(変化)させることがミッションだからです。

だから人を愛そうとします。

どんなにひどい目にあっても、人を愛そうとすることをやめないのです。

そして安定を求めません、それは今まで居た星でもう散々経験したことだったからです。

もちろん、不安定な状態、不調和な状況を喜んでいるわけではない

誰でも苦しいのは嫌です、貧乏も嫌です、病気になるのも嫌です。

そんな状態のときは誰でも安定を求めます。

しかし、魂の奥底では、不安定(変化)を望んでいるのです。

不安定の中から何かを学ぼうとしているのです。

そして不安定を克服して、やっと安定になったとき(心も状況も)

至福のときを迎えるのです。

「地球に来てよかった」

試練や苦悩は過ぎ去ってみれば懐かしい思い出です。

「あの頃は確かに大変だったけど、結構楽しかったよなぁ」

と振り返ることが出来るのです。

だから今受けている試練をそんなに深刻に受取らないでください。

すべては、善くなるためのプロセスです。

魂を成長させるための神様からのプレゼントです。

プラスから出たマイナスです。

「自分は今の状況になることがわかって、受け入れて生まれて来たんだ」

「今の状況は自分にとってベストなんだ」

「魂が成長することが本当の幸せなんだ」

「だから必ず乗り越えることが出来るんだ」

と思うことが大切だと思うのです。

 

 

    岐路にたちつつ
 

動物園の動物は、食べる不安は何もない。 他の動物から危害を加えられる心配も何もない。

決まった時間に、いろいろと栄養のある食べ物が与えられ、保護されたオリのなかで、ねそべり、アクビをし、ゆうゆうたるものである。

しかしそれで彼らは喜んでいるだろうか。

その心はわからないけれども、それでも彼らが、身の危険にさらされながらも、果てしない原野をかけめぐっているときのしあわせを、時に心に浮かべているような気もするのである。

おたがいに、いっさい何の不安もなく、危険もなければ心配もなく、したがって苦心する必要もなければ努力する必要もない、そんな境遇にあこがれることがしばしばある。

しかしはたしてその境遇から力強い生きがいが生まれるだろうか。

やはり次々と困難に直面し、右すべきか左すべきかの不安な岐路にたちつつも、あらゆる力を傾け、生命をかけてそれを切り抜けてゆく ━ そこにこそ人間としていちばん充実した張りのある生活ともいえよう。

困難に心が弱くなったとき、こういうこともまた考えたい。

 

        「心をひらく」 松下幸之助  PHP


  

 

2017年3月 8日 (水)

死んだ人は生きている

 


死んだ人は影も形も無くなってしまうのか?
 
どこか他の世界へ行ってしまうのか?
 
見守ってくれているのか?
 
素朴な疑問だと思います。
 
この間、同じ先生に気功を習っている人が言っておられた。(Aさんとする)
 
その人には妹さんがいた。
 
何年か前に亡くなったらしい。
 
その妹さんがあるときAさんの袖を引っぱったそうだ。
 
その引っぱりかたが以前の妹さんの引っぱりかたにそっくりだったらしい。
 
そのとき、Aさんは 「妹は生きてる」 と実感したそうだ。
 
私たちはしばしば気配を感じることがある。
 
人がいるはずがないのにそこにいるような、そんな気配を・・・
 
目に見えるものに惑わされずにそっと目を閉じて気持ちを静めていくと守護霊や亡くなった人が語り掛けてくれているのがわかる。
 
これから感じるのではなく、わかる人が増えてくる。
 
本当のことは五感で感じるのではなく、心でわかるということ。
 
 
五感を超えないと本当の世界はわからない。


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