2017年4月23日 (日)

私たちの本質は『霊体』である

 

またまた、宇宙が味方する経営からの抜粋です。

この本は正しい経営のあり方も教えてくれるのですが同時に人間とは何かについてもすごいヒントを示してくれています。

私たちは自分をこの肉体だけだと思っています。

心も肉体の一部であって肉体の死はイコール心の死であると 本当にそうでしょうか?


本文


私たちの祖先は、けっして物質偏重の価値観を持っていたわけではありません。

むしろ、大昔の人々は、霊的な感受性に優れていました。

古代の人は自然現象やことばといった目に見えないものに霊的な存在を見出していましたし、世の中のすべてのものに魂が宿っていると認識していました。

それと霊的交流をして感動を覚えていたのです。

しかし、今の時代はこの感動を失い、ものがすべてであると考え、お金や地位といった物質社会における価値観にとらわれるようになってしまいました。

とはいえ、少し発想を変えるだけで、たとえ物質世界に生きていても、物質を超えた価値観を持って生きることができるのです。

それにはどうすればいいかというと、次のように悟ることです。


「私たちの本質は『肉体』ではない。

私たちの本質は『霊体』である」

つまり私たち自身においてもっとも重要なのは、形ある「肉体」ではなく、形のない魂や精神である「霊体」であるということです。

すなわち私たちの実在は見えない「心」であるということです。・・・終



私たちの実在は見えない「心」であるといわれてもすぐにそうかとは思えません。

でもそう思ったほうが自然に自由に生きられます。♪

肉体は心を纏(まと)っている器であって服のようなものです。

服がボロボロになってもこころ(生命)は永遠に生き続けます。

2017年4月21日 (金)

人間とは実に神秘的です。




夢はなぜみるのかといいますと、実はみているのではなく、みせられているのだそうです。

実は私は今朝方、車を運転していて、人を轢いてしまった夢をみたのです。

ハッとして目が覚めたのですが、そのとき感じたのは

「ああよかった現実でなくて、これは多分夢で消してもらっていなければ本当に起きていただろう」

だったのです。

そして、消していただいたから(守護霊守護神によって)と安心するのではなく、警告と受け取り、運転には十分気をつけようと思ったのでした。

だから夢をみたのではなく、みせられたのであります。

夢をみているときの人間は、肉体から意識が離れ幽界、霊界、神界へと行っているそうです。

そしてそれらの世界で働いている、寝ている間にも魂は働いていて、起きると肉体に意識が戻ってくる。

しかし起きたからといって、魂(生命)は肉体だけにあるのではなく、やっぱり幽界にも霊界にも神界にもいるのです。

だけど、私たちは肉体界だけしかないと思っているから、他の世界のことがほとんどわかっていないのです。

私は、これから大事なこととは、私たち人間は、肉体だけではない、肉体界だけに生きているのではない、幽体、霊体、神体という体があるんだ、幽界、霊界、神界という世界があるんだ、本当の自分は神界にいて、そこから霊界、幽界を経て、肉体界に移って来ているんだ、ということをハッキリと知らなければいけない時期に来ていると思うのです。

もちろん3次元的なことも大切です。

仕事のこと、家庭のこと、人間関係のこと、お金のこと・・・・・・

しかしこれら目にみえることは、目にみえない世界の影絵なのです。

目にみえないものが見えるという形になって現われているのです。

みえないものが主で、見えるものが従なのです。

だから目にみえない世界が整えば、自然と見える世界は自然と整ってくるのです。

だから、目にみえない世界、本当の世界、未来永劫に消えない世界のことを知らなければならないのです。

目に見える世界だけを知ったところで、それは幻をみているようなものです。

消えてゆく泡をみているようなものです。

目に見えるものはすべて消えてゆきます。(肉体もあらゆる物質も)

今まで私たちは、目に見えるものだけを信じてきた

目に見えるものだけが実在しているもの、本物だと思ってきた

しかし、それは違うのです。

目にみえるものだけをみていたら必ずゆき詰まります。

説明がつかなくなる

わけがわからなくなる

それは宇宙全体のほんの一部を見ているにすぎないからです。

しかし、下記の文章にあるように

人間を形と考えないで、波動体、意志、意識、想念であると考えるとすべてのつじつまが合ってくるのです。

先に意志(心)があって、肉体があることがわかります。

意志がなければ肉体は動かないからです。

ちょっと難しいですか?(笑)

でも、とても大切なことだと思うのです。

 




人間は肉体だけのものではない

 
 

人間は神の分生命であり、太陽のような光そのものなのであります。

その光のエネルギー波動が、様々な階層をつくりなしていったのであり、その世界は神界と呼ばれる界もあり、霊界と呼ばれる世界もあり、幽界という波動の世界もあるのです。

そして、皆さんご存知のこの肉体界があるのです。

ですから、私共は肉体の世界に住んでいると同時に霊界にも神界にも住んでいることのなるのであります。

人間を形と考えないで、意志であり、意識であり、想念であると考えてみてください。

肉体自身は、意志をもち想念波動によって、動かされてゆくことは事実でありまして、意志も想念も無く、活動するということはありません。

人間はあくまで生命そのものであり、生命の働きが光の波になり、想念の波動となって、形の世界や運命をつくってゆくのであって、肉体はあくまで、光の波や想念波動によってつくられたものなのです。

それをどう間違えたか、肉体が人間だと思うようになってしまったのです。

    「神は沈黙していない」 五井昌久 白光出版

 

2017年4月20日 (木)

生まれ変わり


 

 



男性が、女性に生まれたり、女性が男性に生まれ変わったりすることが、あるものでしょうか、お教え下さい。








そういうことは随分多い。


それは、前世において、女性としての苦しみを味わいつくし、男に生まれてくればよかった、と固く思いこんだ人、または、その反対の場合、あるいは、因縁解脱への経験を積みやすくするために、守護神が、性別を変えて再生させる。


男性でいて女性らしい人や、女性でいて男性の性格をもっている人などはほとんど前世と今生との性別が変っている人たちである。


霊そのものには男女の別はないので、男女の別のあるのは、魂魄の世界だけである。


観世音菩薩は男か女か、とよく問われるが、観世音菩薩、すなわち神の化身、男女を綜合した現れで、陰陽合体の絶対身である。






  『神と人間』 問答篇 五井昌久 白光出版 






 
感想


霊そのものには男女の別はないので、男女の別のあるのは、魂魄の世界だけである。


とありますが


魂とは幽体のことであり、魄(ぱく)とは肉体のことなのでつまり男女という陰陽にわかれているのは幽界、肉体界だけなのです。


もうすぐ地球は次元上昇して、幽界が無くなって、神界(天国)が現われて来るので、男女というものも無くなるのです。



 

 神界(天国)
 ↓
 霊界
 ↓
 幽界(迷いの世界)
 ↓
 肉体界





あと数年で男女というものが無くなる?


ちょっと信じられないですよね。


アセンション(次元上昇)を別の角度で観てみると、2元対立していたものが、つまり陰と陽に分れていたものが一つになることなのです。


セパレート(分離)されていたものがユニティー(合一)される。


あなたと私は別のもの、敵と味方に分れていたものが統一されるのです。


そのことを 愛(合い)といいます。


地球はセパレートとユニティーを13000年毎に繰り返してきました。


宇宙は、集合離反(しゅうごうりはん)、波動が交わり、離れていったり、またくっついたりしているのです。


その繰り返しで成長していくのです。(前回の集合離反よりも進化している)


男女も同じなのです。


地球上で男と女に神様は分けられました。


でもそれはいつかは合一するためのご計画だったのです。


その時期が来ているのです。


私ごとですが、私は今、高校の同窓会の幹事をしています。


そこで男女が集まっているのですが

お互いに異性を意識しない、相手を人として接していることがあるのです。

そのときには、なにかしら不思議なエネルギーが流れるのです。


心が一つになったような感動を覚えます。

エネルギーが対立、陰陽、壁、2元を超えて融合しているのです。


私はこの融合が 愛 だと思うのです。


今、巷では草食系男子とか肉食系女子とか言ってますよね(笑)

この傾向は、融合するための前段階、プロセスなのです。

男の動物性が無くなって、つまり男女関係の感情が少なくなってきている。(性を意識しなくなっている)

狭い空間に二人で居ても何もしようとしない(笑) (もちろん、その人の前世での経験や意識の段階によってかなりの個人差がありますが)


これは一昔前では、無かったことなのです。


アセンションとは感情が無くなるということです。


感情とは欲のことです。


金銭欲、物欲、食欲、そして性欲


段々と欲が無くなって行くのです。


その中で一番やっかいなのが性欲、色欲と言われています。


最後まで残るのがこの欲なのだそうです。


この欲を超えて地球が完成します。


とりとめのないことを書いてきましたが


男女の垣根を超えて人(霊止、つまり神)として尊敬できる関係が本当の真実の世界なのです。


そんな時代がもうそこにやってきている


なんだか嬉しくなりませんか わーい(嬉しい顔)









補足


近未来にはセックスもしなくなるのです。


そしたら、赤ちゃんはどうやって生まれるんだ?


という疑問が湧きますよね?


それは男女関係なく3人寄って子どもが欲しいと唱えれば


生まれるようになるそうです。


イメージしたことが形になる世界になるのです。(人間は創造主)




わけがわからないですか?


でも、それがもうすぐ現実になるのです。




  

2017年4月10日 (月)

瞬間移動(思いは現実化する)




少し神秘的な話をします。(2007年7月のブログより)
  
昨日、オリエンタルウインドでの勉強会(定期的におこなっている)があった。
  
そこで、意識が違うところにあれば、肉体(身体)も移動するという話を出席していたある人から聞いた。
   
その人は17歳の頃が非常に霊的になっていて、高校生だったある日、彼女は学校で授業を受けていた。
   
なのに家に帰るとお母さんに 
「あんた、あの時間に〇〇にいたけど、あそこで何をしていたの?」 と聞かれたそうだ。
   
その時間は間違いなく学校にいたのだが、その時の彼女は意識がぼんやりしていてどこかへ飛んでいた感覚があったらしい。
  
その後も度々、言われたことがあって、ついに父親にも言われた時にはさすがに驚いたそうだ。
    

私たちはよく意識が飛んでるとか、心ここにあらずとか、ワープするとか言うが、どういうことかというと、意識に伴ってまず、エネルギーが移動する。
   
エネルギーだけが移動しただけでも霊感の強い人はその気配(けはい)を感じ取ったりする。
  
そのエネルギー(気配)を感じて肉体があるように思うのだろう。
    
もしかして、本当に肉体も移動していたのかも知れない。
      

この話で人間がエネルギーで出来ていて、肉体はその器であることが判る。
   
意識(心)があって、心がエネルギーになって、エネルギーが物質化する。
  
物質化したものが人間の肉体だ。
    
だから、人間が死んでも、肉体がなくなってても意識やエネルギーは残る。
   
将来的に人間はどこへでも瞬間移動できるようになるそうだ。
   

そうすれば、一瞬にして行きたいところへ行ける。
  
違う星に行くことも出来る。
  
そんな日が近い将来やってくる

   
みなさん、すごくロマンがあって、想像しただけでも楽しくなると思いません?




   
参考書籍、 光の十二日間、フォトンベルトの謎 



  

 

2017年4月 5日 (水)

地球に降り立った気高い魂たち

 


今、地球上にいる人間は、いろんな星からやって来ている人たちがいるのだそうです。

進化した星である金星(お釈迦さまやキリストさまがそうでした)の場合もあるし、地球よりも精神的に遅れた星から来た人たちもいる。

今の幼い子供たちやこれから生まれて来る子供たちは、地球の大人たちを目覚めさせるために金星よりもずっと進化した星からやって来ているそうです。

だから今の大人たちとは魂の高さが違うのです。(霊位という)

不思議ちゃん 宇宙人 と言われる人たちがそうです。

「この子たちは、自分たちと全然違う なんてピュアなんだろう?」 と光を浴びてショックを受けるのです。

この子たちは、進化した星から光をたくさんたずさえてやってきたからです。


そして進化した星からやって来る魂たちは、自分たちの意志で宣言をして地球にやって来ている。

宇宙というのは、波動の世界です。 

同じような意識(心)を持った魂たちが共鳴して同じような魂たちが集まっている。

高い魂たちが住んでいる星は、素晴らしい人(霊止)が集まっている、愛の深い善い人(霊止)ばかりが集まっている。

だから地球のような争いも嫉妬も妬みも怒りといった感情がなく、非常に居心地がいいのです。

ずっと温泉に浸かってるようなものです。

そこを天国(神界・天界)というのです。

しかし、その天国での生活が嫌で脱け出したい魂たちもいるのです。

「こんな刺激のない安心し切った生活はもううんざりだ、どこか遅れた(精神的に)星に行ってその星の進化に貢献したい」

そして

「そのためにはどんな苦労、試練も覚悟の上だ」

と決意し宣言するのです。

金星からやって来たお釈迦さまやキリストさまもそうでした。

その頃(中世)の地球は今よりもずっと人間の心が荒んでいて、目覚める人も少なく、教育も行き届いていなかったで高い教えを理解出来る人も僅かだったのです。

それでも懸命に真理を説いて回った。

このような聖者たちがいたから今の地球はまだもっているのです。

お釈迦さまやキリストさまは、同じ金星の魂たちから一目も二目も置かれているのだそうです。尊敬されているのです。

霊位というのがあるのですが、金星の中でも別格なのです。

それは、「あんなに汚れた地球に行った」 という勇気を讃えているのです。

誰もが嫌がるような苦労を承知で、それでもあえて行った

そのままずっと金星にいてもいいのに・・・・・

きっと

「あっぱれ!」

なんでしょうね。

そして今、お釈迦さまやキリストさまのような魂たちが地球上にたくさん降りて来ているのです。

それもやっぱり宣言をして

だから

今、私たちが悩んでいること、苦労していること、苦しいこと、嫌なことがたくさんあることは全部織り込み済みなのです。

わかっていたことなのです。

ただ、記憶を無くしているからわからないだけなのです。

もちろん地球上の人間が全員が全員そうではありません。

地球で何回も輪廻転生をして、神様がわからない人もいる

地球よりも遅れた(精神的に)星からやって来ている幼い魂たちもいる

そして、地球よりもずっと進化した星からやって来ている高い魂たちもいる

地球上には、このようないろいろな段階の魂を持った人たちが一緒になって暮らしているのです。

意識が違う、考え方が違う、感性が違う

だからすぐには判り合えないのです、噛み合わないのです、共鳴しないのです、理解出来ないのです、二元対立するのです、判り合えないからいらだって怒り狂う(感情的になる)のです。

でも進化した星からきた魂たちはそれをそのままにはできない

それは対立した魂を融合させて、愛に進化(変化)させることがミッションだからです。

だから人を愛そうとします。

どんなにひどい目にあっても、人を愛そうとすることをやめないのです。

そして安定を求めません、それは今まで居た星でもう散々経験したことだったからです。

もちろん、不安定な状態、不調和な状況を喜んでいるわけではない

誰でも苦しいのは嫌です、貧乏も嫌です、病気になるのも嫌です。

そんな状態のときは誰でも安定を求めます。

しかし、魂の奥底では、不安定(変化)を望んでいるのです。

不安定の中から何かを学ぼうとしているのです。

そして不安定を克服して、やっと安定になったとき(心も状況も)

至福のときを迎えるのです。

「地球に来てよかった」

試練や苦悩は過ぎ去ってみれば懐かしい思い出です。

「あの頃は確かに大変だったけど、結構楽しかったよなぁ」

と振り返ることが出来るのです。

だから今受けている試練をそんなに深刻に受取らないでください。

すべては、善くなるためのプロセスです。

魂を成長させるための神様からのプレゼントです。

プラスから出たマイナスです。

「自分は今の状況になることがわかって、受け入れて生まれて来たんだ」

「今の状況は自分にとってベストなんだ」

「魂が成長することが本当の幸せなんだ」

「だから必ず乗り越えることが出来るんだ」

と思うことが大切だと思うのです。

 

 

    岐路にたちつつ
 

動物園の動物は、食べる不安は何もない。 他の動物から危害を加えられる心配も何もない。

決まった時間に、いろいろと栄養のある食べ物が与えられ、保護されたオリのなかで、ねそべり、アクビをし、ゆうゆうたるものである。

しかしそれで彼らは喜んでいるだろうか。

その心はわからないけれども、それでも彼らが、身の危険にさらされながらも、果てしない原野をかけめぐっているときのしあわせを、時に心に浮かべているような気もするのである。

おたがいに、いっさい何の不安もなく、危険もなければ心配もなく、したがって苦心する必要もなければ努力する必要もない、そんな境遇にあこがれることがしばしばある。

しかしはたしてその境遇から力強い生きがいが生まれるだろうか。

やはり次々と困難に直面し、右すべきか左すべきかの不安な岐路にたちつつも、あらゆる力を傾け、生命をかけてそれを切り抜けてゆく ━ そこにこそ人間としていちばん充実した張りのある生活ともいえよう。

困難に心が弱くなったとき、こういうこともまた考えたい。

 

        「心をひらく」 松下幸之助  PHP


  

 

2017年3月 8日 (水)

死んだ人は生きている

 


死んだ人は影も形も無くなってしまうのか?
 
どこか他の世界へ行ってしまうのか?
 
見守ってくれているのか?
 
素朴な疑問だと思います。
 
この間、同じ先生に気功を習っている人が言っておられた。(Aさんとする)
 
その人には妹さんがいた。
 
何年か前に亡くなったらしい。
 
その妹さんがあるときAさんの袖を引っぱったそうだ。
 
その引っぱりかたが以前の妹さんの引っぱりかたにそっくりだったらしい。
 
そのとき、Aさんは 「妹は生きてる」 と実感したそうだ。
 
私たちはしばしば気配を感じることがある。
 
人がいるはずがないのにそこにいるような、そんな気配を・・・
 
目に見えるものに惑わされずにそっと目を閉じて気持ちを静めていくと守護霊や亡くなった人が語り掛けてくれているのがわかる。
 
これから感じるのではなく、わかる人が増えてくる。
 
本当のことは五感で感じるのではなく、心でわかるということ。
 
 
五感を超えないと本当の世界はわからない。


2014年6月 4日 (水)

自分の心の奥にある宇宙に意識を合わせる

  

自分の心の奥深く入って行くとそこは、宇宙とつながっているのです。

宇宙の中に自分がいるのではなく、自分の中に宇宙があるのです。

自分を物質(肉体)だと思ったら、確かに宇宙の中のほんの小さな存在ですよね

しかし、霊的なもの、神の子だと思えば自分というものがとてつもなく大きな存在

であるということが理解出来ます

ドラえもんではないけれど、自分の中には、宇宙のありとあらゆるものが入っている

のです。

意識をどこに合わすかです

有限の物質世界(3次元)に合わすのか?

無限なる精神世界に合わせるのか?

私たちは、目に見えるものしか存在していないと思っているので

どうしても物質世界(肉体界)に意識を合わせてしまうのです

物質世界は有限です

お金は、決まった量しかありません

素敵な異性も限られている

成功する可能性もほんの少ししか残されていない

その有限なものに意識を合わせているから苦しくなるのです

「自分がお金持ちになれるはずがない」

「誰か他に素敵な異性が現われたなら恋人に捨てられてしまう」

「あの人は特別な人だから成功したんだ、ごく普通の私がうまくいくはずがない」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これらは、人間は性悪説、悪魔の子、どうしようもない生きもの

という発想からきています

夢も希望もない  (無限なる可能性!)

しかし人間はほんとうにどうしようもないつまらない生きものなのでしょうか?

そうではありませんよね

人間には創造する力があります

そこが動物とまったく違うところです

動物は、神さまがつくった被造物です

しかし、人間は、神さまの霊力が宿った、創造主なのです

神=人間

であるので

意識を神である自分に合わすことによって

宇宙の叡知がすべて現われるようになっているのです。

無限なる富も無限なる成功も、無限なる健康、無限なる美、無限なる幸福・・・・

今まで私たちは、有限なもの、ネガティブなものにばかり焦点を合わせてきました

だからその通りのものが創造されていた 無限なる光!

しかし、これからは、無限なるもの

無限なる光明なるものだけに意識を集中させるのです

すると、ドラえもんのポケットのように

宇宙からの無限なるものが溢れ出てきます

人から奪うのではないのです

自分の中にある宝の山から取り出すだけです

誰も困ることはない(笑)

誰にも迷惑を掛けるのではない

奪い合うのではない

だから消えることはないのです

それがほんものということです

宇宙はほんものなので

そこから現わされたものは

消えようがないのです

人間には無限の叡知、可能性が溢れている・・・・・・

自分本来の姿を顕わすために

祈りがあり、印(我即神也)があるのです
 

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

参考図書

「果因説」 西園寺昌美 白光出版

「我即神也」 西園寺昌美 白光出版

「無限なる癒し」 于寿明 星湖舎

「無限次元への誘い」 于寿明 星湖舎


 

 

 

2014年5月 9日 (金)

私たちは幽界のことを少しは知っておいた方がいいと思うのです



雰囲気はなにかというと、その人の肉体にくっついている幽体というものが
感じられるということです。

オーラと言ったほうがわかりやすいでしょうか

肉体は目に見えるけれども幽体は肉体よりも波動が細かいので見えないのです。

私たちは目に見える肉体や肉体界のことはまだ認識出来ていますが、非常に影響を受けている幽体、幽界についてはまったくの無知であり無頓着なのです。

学校でも教えてくれない、親も知らない

・・・・・・・

私もまったく知りませんでした。

私は、幽体や幽界が見えるわけではありませんが、真理を学んでいくうちに自然と知ることとなりました

頭で理解することで腑に落ちることがあります。

「そうかそんな世界があるんだ」

「だからあのときそうだったんだ」

「少し気をつけた方がいいな」

それくらいでいいと思うのです。

しかしまったく知らなかったら闇の中を灯りもなしに歩くのと同じです。

昔は、霊的な人が周りに何人か居て、その人の話を怖がりながら聞くうちに不思議な世界の存在を知り、恐れたものです。

だから

昔は、むやみやたらに神社仏閣、お墓などに行かなかったように思うのです。

荒れた神社やお寺などは、妖気が漂っています。

幽界のオバケちゃんの棲家(すみか)になっているのです。

無意識に近づくと取り憑かれることもあるのです。

取り憑かれると幽界の動物霊、感情霊たちにコントロールされてしまいます。

一生を棒に振るようなことにもなりかねません

そうならないようにするには、どうしたらいいか?は、以下の文章に書いてあります。

私たちはいつまでも真理に対して無知ではいけない

そして、真理ではないですが、幽界などみえない世界にも少しは精通しておく必要が

あると思うのであります。

俗に、キツネとかタヌキとが憑くといわれているが事実あるこでしょうか。



答 


狐、狸といっても、動物の狐狸のことをいうのではないので、幽界に住む、感情霊、動物霊ともいう、霊魂のことなのである。


医学でいう精神病や、行者の一部には、こうした感情霊に憑依されている場合がたくさんある。


神詣りばかりしている人が、突然、種々の予言をするようになったりすることがあるが、この場合にも、この感情霊の作用が多い。


この感情霊は、霊と普通にいわれているが、実は魂(因縁の波の集り)つまり、迷いの念の波の中に生まれたもので、迷いの念の一つの現われともいえる。


すべて、興味本意、感情本意に行動していて、人間のように、愛(神)を内部に持っている霊魂ではないのである。


従って、人間の本体(本性)とは、まるで違った生物なのである。


いいかえれば、人間にとって一番大事な心、愛と知性を取り除いた、その他の念(おも)いでできているものである、といっても間違いではない。


人間の中にも、愛も知性もなく、利害や、感情のみで、敵になったり、味方になったり、やたら褒めたり、けなりしたりする徒輩(やから)があるが、こうした人たちは、人間というよりは、動物霊に近いというべきで、こうした念の人が、幽界に行くと、今度は、これらの動物霊と、一つになって、迷信家や、低い念の行者に憑依して、肉体の人間を面白半分に迷わせるのである。


形の世界は、すべて、想いが写ってできているので、狐のような想いは、そのような形に、蛇のような想いは、蛇のような形に霊眼に見えたりするのである。(心霊家や、研究家の一部では、天狗、狐、狸などを、自然霊と呼んでいるが、私はただたんに感情霊と呼んでおく。何故ならば、私の説明は自然霊と呼ぶ広範囲の説明ではないからである)



こうした感情霊の憑依を受けぬためには、私の最も主張する、守護霊、守護神への感謝と、愛と真心の行動をしていればよいので、いたずらに奇を好み、霊力を欲するような態度は、厳に戒むべきである。



懸命に信仰をしているように、自分も思い、人にも思われていながら、不幸が絶えぬ人や、信仰していることが、かえって家庭の調和を乱している人や、信仰しているその信仰のしかたや、日常の行動が、奇矯に流れているようでは、その信仰のしかたのどこか誤りがあるので、そうした家庭には憑依霊作用が多いのである。



興味本位の神廻りや、ご利益本位の信仰は、実に危ない気がするのである。


まず、よく自己の本心を顧みて、一生はおろか、神と真に一体になるまで、導いてくれる良い師に出会うよう、守護霊、守護神に祈るべきである。


守護霊は、自己と全く一つの者であるともいえるので、心の中で、常に守護霊、守護神を念じていれば、必ず、その人を邪道から引き出してくれるのである。


そうした心で、入った信仰や、集まりなら、たとえ、その入会の動機が、ご利益からであっても、ついには、真の浄まりにまで、その人を高めてくれるに違いない。


そうなれば、憑依霊の心配は勿論ないのである。




 

    『神と人間』  問答篇 五井昌久


 


 

2014年5月 1日 (木)

今、見ている星の光は過去の光なんだ


「今、見ている星の光は過去の光なんだ」 ってなんのことかわかりませんよね(笑)

どういうことかと申しますと、地球から見た星というのは、近い距離のものもあれば遠く離れた星もあります。

その星が放った光はすぐに地球に届くのではなく、何時間後のものもあれば、何万年も後になって届く光もあるのです。

つまり私たちは、過去の光りを見ていることになります。

それと同じように今、私たちが見ているもの、心の中で想っていることそれらはすべて過去(過去世)で見ていたものや、過去世で想ったことがテープレコーダー(古いですね)に録音されていて再生されているところなのです。

「はじめて来た場所なのに、過去に来たことがあるような気がする」

ということはありませんか?

それは過去世で来ていたのです。

懐かしいと感じるのは

その土地に住んでいたのです。

今、一生懸命に努力をしているのに

なかなか生活が善くならない

健康になろうといろいろと気をつけているのに

病気ばかりをしてしまう

こんなこと想いたくないのに

悪いことばかりを想ってしまう

それらはすべて過去世でやっていたこと、想っていたことが(潜在意識)

顕われて来ているのです。

肉体界とはそういう世界なのです。

過去世が現ってきている世界、だから仏教では肉体界のことを

現し世(うつしよ)というのです。

ほんとうの現在はどこにあるのかといえば

霊界にあるのです。

未来はどこにあるのか?

それは神界です。

話がちょっとややこしくなってきましたね(笑)

私たちが住んでいるのは、目に見える肉体界だけでなく

目に見えない(見える人もいますが)

幽界(潜在意識の世界)、霊界、神界(天国)にも同時に住んでいるのです。

肉体界というのは、今、幽界が映って来ていると理解してください。

だから幽界を浄めないと肉体界

つまり私たちの生活、環境は善くならないのです。

そのために霊界にいらっしゃる守護霊さん

神界におられる守護神さんのご加護が必要なのです。

そして私たちは、世界平和の祈りを祈ることによって

汚れた想念の世界である、マイナスの業がたくさん溜まった世界である

幽界を挟み打ちで、浄化するのです。

とにかく今、起こっていること

自分が想っていることは

過去の消えてゆく姿です。

把われずに

「消えてゆくんだ」

そして世界平和の祈りを祈って

守護霊さん守護神さんに感謝をしていれば

きっとこれから善くなるんだ

幽界が消えて

素晴らしい未来

つまり、神界(天国)が現われて来るんだ

神界が現し世になるんだ

と思ってください。


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

 
「もっと自分を愛してみよう」


自分を赦すとは
 


http://akemi51.blog.fc2.com/

 

2014年4月12日 (土)

この世は物質の世界、宇宙法則を知ろう! 3




「宇宙の法則」 からはみ出すと


成功したり幸せになりたいと思って努力をしてしまうのは、成功した人のやり方を

まねしようとするからです。

成功した人が「自分は努力して成功した」 と勘違いして人に話すものだから

誤解がどんどん広がってしまったのです。

「成功するためには努力してはいけない」 といいましたが、言い方をかえると

「成功したいと思ったら神様の意思に従う」 ということです。

なんだか宗教のように思うかもしれませんが、ちょっとちがいます。

この世には 「宇宙の法則」があって、すべてはこの法則に従って働いていると

いうことなのです。

この世には絶対的な存在があります。

私はこの存在を神様と呼んでいます。

「宇宙の法則」は神様がつくったルールなので、このルールに従って行動すれば

誰でも幸せになれるし、成功することができます。

逆に、神様がつくったこの 「宇宙法則」からはみ出した行動をすると、不幸が

やってきます。

洪水や干ばつなどの天災は決して神様の仕業ではありません。

後先を考えない人間の犯した愚かな過ちです。

神様が私たち人間に与えてくれるものは、水や空気、緑の大地など、見返りを

求めない創造物ばかりです。

つまり、人間は神様がつくったものの中で生きているだけ、生かしてもらって

いるだけなのです。

人間がいくら自分たちの手で何かをしようと思っても、結局、神様がそうさせて

いるだけなのだということを忘れないようにしましょう。

 「絶対に成功する千回の法則」 斉藤一人著 講談社


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