2018年5月 6日 (日)

思いやりの心

 

 

~思いやりの心~

 この話は、映画評論家の淀川長治さんが、話していたことですが、心に感銘を受けましたので書いてみました。

 それは、フランス在住の某画伯が、ある公園で写生をしていた時のことです。

夕方近くなって来たので、それまで周囲に集って、その写生を見ていた人達も、それぞれに礼を言いながら立ち去ってゆきました。

しかし、写生の最後に画いていた噴水のところが、まだ終らないので、ピッチを上げて画き急いでいました。

画きおわって、ほっと一息ついて周囲をみわたすと、背後に一人の中老の男の人が立っていました。そして、こちらが顔を向けると、にこにこして、
 「画き上ってよかったですね、有難うございました」
 といいました。

画伯は、よくおそくまで自分の絵をみていてくれたものと感心して、
 「お近くにお住いですか」とたずねますと、その人は、ますますにこにこして、
 「実は私は、この公園の園長でして、あなたの絵が画きおわったら、噴水を止めようと思っていたのです」といいました。

 時間ですよ、といって、さっさと噴水を止めて帰ってしまってもいいのに、この園長さんは、自分が園長であることも言わずに、画伯が、噴水を画き終るまで、にこにこして待っていてくれたのです。

余り表には目立たないけれど、なんという思いやりのある温かい心の持主なのでしょう。

 こういう話には、全く心がなごみます。こんな心の人が、多く住んでいたらその街は、温かな、なごやかな街になるでしょう。

 その街をよくし、国をよくするということでも、こういう目立たない思いやりの行為が、実に大事なことであるのです。声高々と、愛国を叫び、革新を叫んでいることよりも、こういう愛の心のひびきが多くなってゆく方が、社会や国家や人類のためになるのかもしれません。

 

 私共は、あえて高々と叫び続けようとは思いません。地道に穏やかに、神と一体になる世界平和の祈りを祈りつづけ、賛同する同志を一人でも多く増してゆきたいと思っているのです。

 

その運動の中には、相手をやっつけようとか、人の団体の切りくずしをしようとかいう争いの想いは少しもありません。

 フランスの園長さんのように、終始にこにこして、世界平和の祈りを祈りつづけ、少しでも人々のために、よいと思う日常生活をつづけてゆくだけなのであります。

 そういう平和の心に、武力に勝る、宇宙の神々の大きな力が働いてくるのです。

(五井昌久 「失望のない人生」)

 


感想・・・こういう話は心がなごみ豊かになったような気持ちになります。

 

私たち現代人はあまりにも急いで生き過ぎているように思います。

 

規則やコンプライアンス(法令順守)にしばられ息が詰まるようです。

 

時々このような話を聞いて綺麗なエネルギーを充電しなければ心身ともにもちませんよね(苦笑)

 

 

 

 

2018年4月14日 (土)

カウンセラーの極意はアドバイスをしないこと 2

 

なぜ、聴くだけで一切アドバイスをしないかというと

答えは外から与えられるのではなく、自分の心の中にあるからです。

聴き手が相手の鏡になって答えを出しやすくしてあげられるからです。

インタビュア 阿川佐和子さん・・・

私は単なる聞き手です。 

相手の心の悩みを聞くことが仕事ではありません。

しかし、インタビューの仕事をしていると、ときどき、

「あー、なんかアガワさんに話したら、自分の頭の中の整理がついた」 

と言われることがあります。

あるいは、

「こんなこと、ずっと忘れていたのに、今日思い出した」 

と驚かれることもあります。

決して私が相手の頭の中を整理してあげようと意図したわけではありません。

「ほらほら、他にもなんか思い出すことがあるでしょう、ええ?」 

なんて、無理やり思い出させたりしたこともないはずです。

にもかかわらず、お相手は、最後にふっと、そんな言葉を吐いてくださる。

「今、気がついた。 私って、そう考えていたんですね」

話を聞く、親身になって話を聞く。

それは、自分の意見を伝えようとか、自分がどうにかしてあげようとか、そういう欲を捨てて、ただひたすら 

「聞く」 ことなのです。

相手の話の間に入れるのは、 

「ちゃんと聞いていますよ」 

という合図。

あるいは、

「もっと聞きたいですねえ」 という促しのサインだけ。

そうすれば、人は自ずと、内に秘めた想いが言葉となって出てくるのではないでしょうか。

冒頭にお話しした通り、私は週刊文春の対談ページを始めるにあたって、城山三郎さんのような、『名相づち打ち』 になることを目指してきました。

でもときおり、それだけでは大事な話を引き出すことができないのではと、迷ったこともあります。

しかし、文春対談を始めて4年後、河合隼雄さんに出会い、

「ただ聞くこと、それが相手の心を開く鍵なのです」

そう教えられ、後ろ盾を得た気持ちになりました。

 

「聞く力」 阿川佐和子 文春新書

 

 

カウンセラーの極意はアドバイスをしないこと 1

 

Facebookなどで繋がっていくとコンサルティングやカウンセリングを仕事にしている人が凄く多いことに気づきました。

それだけ悩んでいる人が多く、需要も多いということなんだろうけど、

相談に乗るとは、答えや提案、アドバイスを与えることだと勘違いをしている人が多いと思うのです。

家庭でも、子どもに相談されたとき、自分の経験値で助言を与えようとする。

与えたくなる。

「アドバイスしてはいけない」

なんて誰も思いませんよね。

でも、それが正解のようなのです。

「相づちの極意、聴き上手に徹しよう」

臨床心理学者の河合隼雄さんにお話を伺ったときは、人の話を 「聞く」 ことの大切さを改めて認識させられました。

河合さんは文化庁長官も経験なさいましたが、基本的には「セラピスト」のような仕事がご本業。

心にさまざまな傷を抱えるたくさんの方々のカウンセリングをしておいででした。

そこで私はさっそく、

「患者さんに、どんなアドバイスをなさるのですか」

と伺いました。 

すると河合さん、

「アドバイスはいっさいしません」

え、アドバイスをしないの? 意外でした。

じゃ、カウンセラーは何をするのかしら。

「僕はね、ただ相手の話を聞くだけ。聞いて、うんうん、そうか、つらかったねえ、そうかそうか、それで?って相づちを打ったり、話を促したりするだけ」

とおっしゃる。

「どうしてアドバイスをなさらないんですか」

それには理由がありました。

かつて河合さんはある若者の悩みを聞いて、それに対して、「こうしたらどうだろう」という提案をなさったことがあるそうです。

若者は素直に河合さんのアドバイスを受け入れて、その後、実行した。

それからしばらくのち、若者は再び河合さんのところに訪ねてきて、

「だいぶ元気になりました。 先生のアドバイスのおかげです」

よかったよかった。 

じゃ、また何か心配なことが起こったら、いつでも相談にいらっしゃい。

河合さんは安堵して若者を見送ったのですが、さらにしばらくのち、若者が河合さんのところへ、今度は怒ってやってきた。

「先生の言う通りにしたら、ひどいことになった。どうしてくれる」 と。

「つまり、他人のアドバイスが有効に働いたときはいいのですが、何かがうまくいかなくなったとき、そのアドバイスが間違っていたのだと思い込んでしまう。 すべての不幸をアドバイスのせいにして、他の原因を探さなくなってしまうのです」

カウンセラーの責任逃れのように聞こえてしまうかもしれませんが、そうではない。

本当に心の病を治そうとするならば、地道にその原因となるものを探し出さなければならない。

にもかかわらず、他人の指示に頼ってしまうと、うまくいかないのは全部、そこに原因がある、こうしろと言ったアイツのせいだと勘違いしてしまう恐れがあるのです。

だから僕はアドバイスをしない。

病気の治療には役立たないからですと、河合さんはそんなふうにおっしゃいました。

 

「聞く力」 阿川佐和子 文春新書

 

2018年3月28日 (水)

出来るだけたくさんの人に会うようにしましょう

 

 

2年間火星に住むことを想定して、7人だけで共同生活するという実験をしたところ(他の人とは一切会わせない)1年で挫折、打ち切りになったそうです。

それは一体なぜか?

なぜだと思います?

・・・・

それは人間は

数多くの人たちと交流しないと生きていけない

精神に支障をきたすのだそうです。

7人では少な過ぎた

引きこもっていたり

狭い施設の中で限られた人たちの中で暮らすのはよくないのですね

淋しそうにしている人に声をかけたり

ちょっとの工夫

少しの勇気で防げるかも知れません

 

2018年3月22日 (木)

出すものを出さなきゃ人は付いて来ない

今日、ある弁護士の先生と話しをしていたら「良い人、仕事の出来る人に来てもらおうとするのならよその2割り増しの給料を払わなきゃダメですよ」

 

とおっしゃっていました。

 

そうすれば辞められることもなけれはよそに引き抜かれることもない

 

そして

 

意欲的に働いてくれる・・・・・・

 

少々厳しくても給料が高ければ人は付いてくる

 

削ぎ落とすリストラばかりを考えている経営者のみなさん

 

逆の発想をしてみてはいかがでしょうか?

 

 

2018年3月21日 (水)

ユーチューバーとプロゲーマー


先日NHKの番組で人気ユーチューバーとプロゲーマーの日常や生き方のドキュメントを放映していました。

私の息子がやると言ったなら、きっと反対していただろうと思います。

どちらも「楽して稼ぐ」「遊んで暮らせる」というイメージがあったからです。

子供たちの将来就きたい職業の上位にこの2つがあったのには驚きました😵

しかし観ているうちに2人の姿に引き込まれていったのです。

彼らは決して「怠惰に生きているのではない」

むしろ自分の限界、可能性に挑戦している

お金儲けが目的ではない

「人を喜ばせたい」「感動してもらいたい」

これはもう立派なプロフェッショナルです。

やり方はどうであろうと何であろうと

かまわない

古い言い方だけど

「職業に貴賎(きせん)はない」

と思ったのでした。

*貴賎とは貴い賤しい、身分が高い低い、優劣のこと

追伸・・・ただ無理をしているなぁ、身体と心に負担をかけているなぁ、命を削っいるなぁ、と感じました。

もっとリラックスして出来たらいいのにね



2018年3月18日 (日)

果因説が個人、人類を救う



■『消えてゆく姿で世界平和の祈り』

(『果因説一意識の転換で未来は変わる一』西園寺昌美著 白光出版) 


人は一般に、自分の不幸な状況、貧乏な体験を誰かに語りたいものです。

語りたければ語ってもよいのですが、語りっ放しはよくありません。

語ったならば、必ずその語ったマイナスの言葉を消さなければなりません。
 

この消す行為こそが、“消えてゆく姿で世界平和の祈り”なのです。
 

今、自分が語った否定的な言葉を世界平和の祈りの中に投げ入れることにより、自分の心が救われ、また、語った相手の心の中にも、いつまでも残らないのです。

自分も人も、その瞬間は、世界平和の祈りの神の大光明のひびきの中に住しているのです。

世界平和の祈りのひびきとは、無限なる調和、幸せ、平安、喜び、癒しそのものです。

人の中には、自分の苦しみや悲しみ、不調和の状態をまるで自慢するように語りつづける人がいますが、それは、真理を知らない人です。

そのように苦しみや不幸を語りつづけることで、その状態がいつまでも終わることなく続き、そこから抜け出せなくなるのです。

なぜならば、否定的な言葉を飽きもせず、繰り返し繰り返し語りつづけているからです。

そこに世界平和の祈りも消えてゆく姿の真理もないため、その否定的な言葉の繰り返しにより、さらに否定的な状況が強化され、固定化されてゆくのです。

ですが、真理が判っている人々は、苦しみや不幸の言葉を語っても、即、消えてゆく姿で世界平和の祈りに投げ入れてゆきます。

さらに真理を深く理解している人々は、否定的感情想念を人に語らずに、自らの祈りの大光明の中に入れてしまいます。

そして、今の自分の苦しみや不幸、悲しみや痛みの状況の中からさえも、ほんの少しの幸せや喜びを見出し、それを人々に語りつづけるのです。

それを繰り返すことにより、今までの苦しみや不幸、嘆きや痛みは、知らないうちに薄れてゆくと同時に、幸せや喜びが強化され、現実化されてゆくのです。

それはそうでしょう。

自らの苦しみや不幸の状況を自らにも語らず、人にも語らなければ、真理の法則により、それらの否定的な状況は強化されずに済むのですから。

それどころか、自らの苦悩の状況の中からほんの些細な幸せや喜びを発見し、強化しつづけてゆくため、幸せや喜びが固定化されてゆくのです。



感想・・・私たちはもう、マイナスを吐くと倍になって戻ってくるという宇宙の法則に気づかないといけない時期に来ています。
「仏の顔も3度まで」・・・・2回目までは守護霊さんが防いでくれますが、3度となると大難を小難にすることは出来ません。  文字通り自己責任です。 

ポイントは、どんな苦境の中にあっても必ず光が見える、その光に喜びを見出し、幸せを感じ、感謝するのです。 

するとその光は輝きを増し、時を経て自分に戻って来ます。 人間はその時間差が待てない。

待てる人だけが幸せを摑むことが出来るのです。

想念が大事、想念が自分を創り、環境を創る。


2018年3月 7日 (水)

これからはお百姓さんになる時代

今、ビジネス(商売)をしている人と決まって話すこととは、

 

「もう本業だけではやってはいけない、何とかしないと・・・」

 

なのです。

 

これは余程特化した仕事、職業の人以外は共通の悩みだと思います。

 

インターネットは加速度的にいろんな職(食)を奪っていきます。

 

本業を一生懸命にやっていても利益の上がる(旨みがある)ところには群がってきます。

 

隙間産業にもみな目を光らせている。

 

大手も多様化し抱き合わせ、セットで売ろうとする。

 

限りあるお金をみんなで取り合っている状態です。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

では、私たちはどうしたらいいのか?

 

核になる本業のスキルは磨き続けながら、SNS等を利用し、出来るだけリアルに人に会うようにし、情報交換ならび、共通点を見つけて、仕事を回し合うようにする。

 

自分中心のコミュニティーを作ってそこでお金や情報、サービスを回す、価値観をシェアする。

 

常にアンテナを張って、チャンスを見逃さず、自分に出来ることは自分のものにしてゆく。

 

これしかないように思うのです。

 

そのためには、肩書きは多数になります。

 

昔のお百姓さんになるのです。

 

百姓とは、農業だけをやっている人ではありません。

 

畑を耕すだけでなく、草鞋(わらじ)を編み、薪(たきぎ)を拾い、行商をし、庄屋さんの手伝い(便利屋)に行き、閑散期には出稼ぎに行く。

 

この時代のお百姓さんは、仕事をたくさんもっており、周りの人は何をしている人かわからなかった。

 

「百の姓(名前)を持っているようだ」・・・・から百姓という言葉は生れたのだそうです。

 

自分で出来ることは限られてる。

 

だから自分の分身のように動いてくれる人、人の役に立ってくれる人を探す。

 

ただ、そこには信頼関係がなければいけません。

 

 

 

本業をいい加減にしている人を紹介したら、自分の信頼を失うからです。

 

これからはたくさんの人と繋がることが安心感、安定感を得ることになります。

 

最初はゆる~いつながりから始まります。

 

ゆるい細いつながりをどれだけ太いつながり(信頼関係)に換えていけるか?

 

そこに生き残る道はかかっています。

 

お薦め図書

 

 『僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない』 岡田斗司夫著


追伸・・・・私の持論ですが、自分の本業は2そくのわらじにひかえて、98人の本業をしっかりとしている信頼出来る人がいればいいと思います。(2頭を追うものは一頭も得ず)


  

 

 

2018年3月 6日 (火)

僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない

 

私は、決してニートを奨励しているのではありませんが(笑)

 

時代の流れは確実に「働く場」を奪っており、肉体(体)を使った仕事、その他一部しか残らなくなります。

 

企業のM&A(企業の統合・合併)、インターネット、AI(人工知能)の普及、・・・・

 

もう偏差値の高い人は要らなくなった。

 

わからないことがあれば、スマート(賢い、天才)フォンがなんでも教えてくれる。

 

運よく?就職したとしても、今の平均的企業の寿命は5年だそうです。

 

22歳で就職したとして27歳で失業者、その時、かなりの力を付けていなければ、どこも雇ってくれない(力のある人は独立しますが)

 

もう、就職にこだわる時代は終わっているのです。

 

就職しなければ、自営するか?起業するか?ニートになるか?

 

ニートでも、人に喜ばれる、愛されるニートになればいいと私は、思うのです。

 

ここからは妄想です(笑)

 

 

ある若い女性が地方から東京に出て働いている。

 

弟も東京の大学に入学したが、中退し、就職せず姉と同居している。

 

母親は、
「弟の面倒を見させて悪いねぇ」


と言っているが、あながち迷惑でもない。

 

負い目を感じてか、朝晩、食事を作ってくれる

 

これが美味しい(笑)

 

洗濯、掃除もこなし、平日にしか行けない銀行や役所へも嫌な顔一つせず、行ってくれる。

 

そして社会人の経験もないのに、職場の人間関係の悩みを聴いてくれる。

 

弟にかかる費用?は月1万円のお小遣いだけ。

 

最近、近所で知り合いになったおじさんの手伝いをするようになり

 

その1万円も

 

「要らない」・・・・

 

と言い出した。

 

・・・・・もう少し発展すると

 

最近弟は、SNSで知り合いになった人に誘われて、朝カフェ(午前6時半集合)に行くようになった。(500円玉を握り締めて)

 

ほとんどは社会人、営業マン、他は自営業者、定年を過ぎたおじさん、おばさんで、みんなかわいがってくれる。

 

そこで先ほどのおじさんに

 

「人手が足りないので手伝ってくれないか?」

 

と言われるようになった。

 

人脈も出来て

 

「おい〇〇で困っているのだが、誰か知らないか?」

 

と相談もされるようになった。

 

「ありがとうお陰で助かったよ」

 

と言われると、今までに味わったことのない喜びを感じる。

 

そして

 

「働くって、こういうことなんだなぁ」

 

と思うようになった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

この後はみなさんが妄想してください(笑)

 

・・・こんなにうまくいくかはわかりませんが、これからはSNSの時代

 

たくさんの人と

 

「ゆる~くつながる時代」

 

そして、そこから強くつながっていく時代になると思います。

 

ニートであっても立派に生きていけるのです。

 

そのためには

 

「愛されるニート」になる必要はありますが・・・・。

お薦め図書 

 

「僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない」岡田斗司夫著

 

ソーシャルメディアを武器にするための10カ条(人生を変えるなんて簡単だ!)徳本昌大+高橋暁子著

 

どちらもめっちゃめちゃ面白いです。


 

 

 

2018年3月 5日 (月)

近未来の私たちの食生活


 

間違いなく私たちの身体は食べたものから出来ています。

今、巷に出ているものを何の注意も気をつけることもなく食べ続けると確実に身体は病んで、病気になります。

大げさに言えば、そうなっては食生活だけで人類は破滅です。

しかし、そうはならないのです。

それは人類が気づき、目覚め始めるからです。




本文

食事にしても、贅沢さを好む食生活から健康食を中心とした自然食に切り替え、自分の健康は自分で守ってゆく方向へと切り替えてゆくのです。

生産者と消費者が協力し合って質の高い製品をつくり出し、自然の恩恵にあずかった製品を食してゆくのであります。

品質が高くなると、自然と身体に毒が溜まらなくなるので、健康にもなってゆきます。

医者や薬に任せ、頼って生きる生き方ではなく、病気になるのは自分の日頃の生き方、習慣や悪癖によるものであるということが理解されるようになってゆくのです。



「神性復活」精神文明へのパラダイム 西園寺 昌美




 






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