2009年11月10日 (火)

19日(木)は特別日

 
 
19日(木)のオーラとのコラボに出来るだけたくさんの人に来てもらおうと以前一度だけ会った人に電話してみました。

気功サロンでのオーラ撮影のことを言うと

「私オーラには興味ないんです」

との返事がありました。

でもオーラを撮ることが目的ではないのです。

オーラを撮ることを通じてオーラ・オーラのスタッフの人たちと是非お話をしたりして交流していただきたいのです。

なぜなら素晴らしい人たちだからです。

私も調和波動気功するきっかけになったのはオーラを撮ったことが始まりでした。

でも私は自分がどんなエネルギーを出しているのか?

色はどんな色なのか?

まったく興味がなかったのです。

でも誘ってくれた人がすごく波長の合う人だったので

「まあ行ってみるか」

くらいの感覚だったのです。

ところがそこで会った人との出会いは衝撃的でした。

「世の中にこんな爽やかな人がいたのか!」

その日を境に私は変わりました。

一日2~3箱吸っていたタバコをやめたのです。

というよりまずくて吸えなくなったのです。

それはその人が素晴らしいエネルギーを放っていたのでタバコの荒い波動と合わなくなったからです。

だからオーラに興味のない人でも来てください(笑)

オーラを撮ることは一つのきっかけに過ぎないのです。

大切なのは出逢いとこれからの未来のことだと思うのです。

私たちはみなさんと交流したいのです。

みなさんと幸せの波動を共有したいのです。わーい(嬉しい顔)








Oriental wind気功サロンにようこそ

日時 : 11月19日(木)2時pm~7時pm 
   
*お好きな時間を選び お電話下さい。 


篠崎 080-1444-0018

 



オーラ写真撮影特別日 

写真1枚1500円、2枚2500円あなたのオーラは何色ですか? あなたのエネルギーの状態をみてみましょう。又、気功をとりいれたらどのように変化するのか、みてみましょう。


調和波動気功法とは、調和波動気功法は中国古来より今日まで伝えられている二千数種類と言われている気功法の一つで、于寿明先生により日本に最初に伝えられ、単なる気功法の範囲を超えたものです。            
独自の呼吸法、リラックス法、イマジネーションによって、自己の気と天地の気を共鳴させ、「和」のパワーを引き出します。軽い体操で体をほぐし、呼吸法で波動を整え、心身ともにリラックスします。想いの力を抜き去って、イマジネーションによって身も心も明るく伸びやかにし、天地の波動と一つに溶け合いましょう。



カリキュラム  

1、呼吸法(気持ちを落ち着かせる)
2、ストレッチ 
3、姿勢を正す
4、一日7回感謝(プラス思考)   
5、全てのものとの調和
6、身体の力を抜く 
7、明るく朗らかに穏やかに 




場所 浪速区民センター  *会費 500円  
         
浪速区民センター:大阪市浪速区稲荷2丁目4番3号:

(地下鉄千日前線桜川駅⑦番出口から徒歩5分、なにわ筋沿い
JR難波から西へ徒歩12分)



   

健康になる気功教室 in 大阪
 


 http://orientalwind.info/


オーラ・オーラ

http://auraaura7.com/




 

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あなたには責任はない!

  
    
何をそんなに思い煩っているのだ。
 
何もかも自分一人で背負うとするから混乱してしまうのだ。
 
あなたは一番根本なることを忘れている。

それはどんな人にも守護霊様守護神様がついておられるということだ。
 
そしてその守護霊様守護神様が必ずその人の運命をよくしようと、日夜努力し導いて下さっておられることだ。
 
あなたのすることといえば、ただその人の為に、その人の天命を祈ってあげさえすればよいのだ。
 
夫の為に妻の為に、愛する子供達の為に、友人知人の為に、両親、祖母父母の為に、ただそれだけでよい。
 
だがあなたはその人の心をあまりに思うあまり、その人の為を考えすぎる為に、すべての責任を自分一人で背負うことが正しいと思いこんでしまっているのである。

その人の運命はその人でなければ切りぬけられないものである。
 
思い違いをするな!

思いあがるな!




           
                日々の指針  西園寺昌美






 






感想


 
この文章を読んでいるとスカッと心の霧が晴れて行くようです。ぴかぴか(新しい)

私たちは人間関係で相手のことを考え過ぎます。

自分の言ったこと、したことで相手が傷ついていないだろうか?

その結果、その人の運命を変えてしまったのではないだろうか?

もっとこうしておけば良かったのではないのか?

でもそのどれも違うのです。

その人が傷つくのも運命が変わってしまうのもその人自身の問題なのです。

その人が自分の心をコントロール出来ていないから相手のせいにするのです。

その人がしっかりと感情の処理が出来ていれば他人の言ったことで傷つくことはないのです。

「私はあなたによって傷つきました」

は自分の心をコントロール出来ていないのですと言っているのと同じです。

もちろん、相手が不快になる言葉、マイナスのエネルギーを発することは論外です。

でもそんなつもりで言っているのではないのに相手がマイナスに受取るのはあなたのせいではないのです。

そしてそのことも相手の守護霊様はちゃんとわかっています。

それは相手の守護霊様と自分の守護霊様とは交流しているからです。

あなたが言った一言、あなたがとった態度でその人の運命が変わることなどありません。

そんな やわ なものではないのです。

守護霊様守護神様がその人を動かしているのですよ。

その人がどんなに悪い状況に見えても気の毒に見えても不幸そうに見えても私がどうにかしてやらないといけないと思うような状態であってもすべては守護霊様、守護神様のご計画通りなのです。

だから余計なことは考えなくていいのです。

そしてその相手の人、周りに居る人にあなたが何かを言ってしまってその人の立場、状況、環境が変わってしまってもそれはあなたには関係のないことなのです。

守護霊、守護神様の計画の通りなのです。

あなたが憎しみを持って、その人を悪くしてやろうという意思でしたことでなければそれでいいのです。

だからそのことに思い煩うことにエネルギーを注ぐことはもういらないのです。

すべては消えてゆく姿です。

未来に向かって、自分の心の内に向かってエネルギーを注いてください。手(チョキ)わーい(嬉しい顔)



  
  

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2009年11月 9日 (月)

お会いして来ました。

 
   
今日、mixiというコミュニティーサイトで知り合った人と大阪の本町というところでお会いして来ました。
 

その人は以前、気功サロンにも来て頂いていて印を組まれてその後“無限次元への誘い”の本を購入され調和波動気功に興味を持っておられる方です。
 

お会いした主旨は、その方がされている語学喫茶(英語を教えておられるそうです)で私にスピチュアル講座をして欲しいというものでした。
  

そこは語学だけでなく色んな趣味(ダンス、スポーツ)などを広める場でもあるそうです。
 

http://www.freespacecflat.com/
 

私はこれまでマンツーマンで個人レッスンはして来たのですが、講義として話をしたことはありませんでした。

  

このことはわたしにとっても真理を広めていく上で必要だと感じました。
 

そこに参加してくださる人にわかりやすく説明する。
 

誰でもが納得する話が出来るようになる。
 

非常に勉強になると思うのです。
 

みなさんの気持ちが前向きで明るくなるような講義をしたいと思っております。
 

まだ日程は決まっていませんが、その時はよろしくお願いします。

  
その前に私にはオーラ・オーラと気功サロンのコラボを成功させるという大きな目的があります。

今はそこに全力投球ですが、すべては繋がっています。
 

気功サロンもオーラ・オーラもスピチュアル講座も私の中では同じように思えるのです。
 

それは空が一つであるような感覚かな?
 

この一体感がなんともいえず、嬉しいですね  happy01




  

  

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2009年11月 8日 (日)

あなたはこの世の創造者

  
    
以前、正しい親子関係を築くためにという日記を書いたときにある文章から引用したものなのですが、これは親子だけでなく他人との人間関係を理解する上で非常に参考になると思ったのです。


みなさんの中でもそう置き換えて

「なるほど」と頷いた人も多かったと思うのです。


もう一度復習してみましょう。







━ あなたはこの世の創造者


人は自分の想念の世界に住んでいる

地球人類を構成しているのはあなた方一人一人なのだ。

この世に世界というものが存在しているのは、あなた自身のためだ。

実際この世界は、あなたがそれを創り出しているのだ。

一般に、あらゆる人々は自分のまわりにあらゆる世界を創り出す。

その世界はその人の想い方次第で創られてゆく。

平和な世界を創り出してゆくか、また豊かな世界や調和の世界や孤独な世界を創り出してゆくかは、あなたの想い方一つで決まるのである。

家族がお互い一つ屋根の下に暮らしていても、家族それぞれ皆異なる世界に住んでいる。

確かに同じ建物、空間を共有し、同じ物を食べ、血で結ばれていてさえも、あなたたち家族は皆決して同じ世界には住んでいない。

みんな別々の世界に居を構えているのである。なぜならば家族皆、同じ思考を持っているとは限らないからである。

家族はお互い、同じ濃い血の絆で固く結ばれているので、一つの世界に住しているように思われるであろうが、否、決してそんなことはない。

家族であっても全く異なる世界に住しているものである。自分の子供が天国に住み、その両親が地上の世界に住んでいるかもしれない。

ところがあなたたちは、実際に自分たちが同じ世界に住んでいると思っている。

たとえ夫や妻であろうと、親や子供であろうと、想念が違っているのに、どうして同じ世界に住むことが出来よう。

人は自分の想念によって創っている世界に住み、その世界から離れることは出来ないのである。

またあなたの想いで創りあげた世界に、誰も住むことは出来ない。

それはあなたの世界だからだ。









私の感想


ここまで読んできて、人はみなそれぞれに、自分の想念の世界に住んでいることがわかります。


想念が透き通っていて天国の人もいれば、汚れていてドロドロした世界に住んでいる人もいる。

素直で明るくポジティブに生きている人もいれば、何でも悪い方に受取って、ネガティブに生きている人もいます。

そんな人たちが一緒に住んでいるのが今の地球なのです。

玉石混交(ぎょくせきこんこう)というのですが、宝石もあれば石コロもあるのです。

光輝いている人もいれば、光を業(ごう)が覆って光が隠されている人もいます。

アセンション(次元上昇)の時期になればみんな光に照らされるようになるのですが今はその前の状態なのです。

だから誤解が生まれる。

違う想念の世界にいるからストレートに言葉や文字が伝わらなかったりする。

好意が悪意になってしまう。

そんな意味ではないのにこんな意味になってしまう。

人はそこでなんとかしようとします。

自分の正当性を示そうとします。

そしてそれが出来なかったら

 

自分を責めるか、相手を責めるのです。



そのどちらもナンセンスなのです。

どちらが正しいとか間違いとかもないのです。

どちらが善い、悪いもないのです。

それは違う世界に住んでいるから違う想念の世界に住んでるから当然のことなのです。


想念が天国に住んでいる人と地上(地獄?幽界?)に住んでいる人とは近くに居ても、家族、友人、知人であっても同じ想念、考えにはならないのです。


だから、相手を変えることは出来ないのです。


不可能なのです。


相手を変えることにエネルギーを注ぐのではなく

そのエネルギーを自分に向けて

自分の心のエネルギーを整える

気を鎮める

穏やかになる

不動心になる

平常心になる

・・・・・・・

しかないのです。


他人をコントロールすることは出来ないのです。

でも自分の心をコントロールすることは出来るのです。

人間の幸せとは他人をコントロールすることではありません。

自分の心をコントロール出来た時

自由自在心になったとき


初めて
 

心の平安は訪れるのです。




   

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2009年11月 6日 (金)

気にしない、気にしない

 
 
88歳の大往生(その頃では)で亡くなった一休さんは人生を楽しく?楽に、生き抜いて行くコツとして

「気にしない、気にしない、一休み、一休み」

とおっしゃいました。

最近つくづく

「そうだよなぁ」 と思います。

相手の想念に合わせていては自分の身が持たないのです。

それくらい人のマイナスのエネルギー(集合意識)は凄まじいのです。


「あーッもう嫌になるなぁ」 とため息をつきそうになったとき

自暴自棄になって投げ出しそうになったとき


いつも思い出して、そして元気が出て来る言葉があるのです。

みなさんも読んでみてください。

きっと心の底から温かくなって来ますよ わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

 



 

正岡子規は

「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」 といっている。

全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来得るものである。

生を逃避することによって、死への恐怖を拭いさることは不可能である。
 
生への恐怖を乗り越えることによって、死への不安はまったく無くなる。
 
生と死とは別なものではなく
 
全く一つのものである。


                      西園寺昌美





 
 
私は釈尊の次の言葉が好きである。
 
「沈黙しているものも非難され、多くを語るのも非難され、少しを語るのも非難される。世に非難されない者はいない」

この世に生ある限り、何をしても人は非難の目、嫉妬の目をもって他人を見つづけるのである。

人の目を気にして生きていたならば、自分の身が持たない。

天の目を気にして生きてゆくことだ。


             
                   西園寺昌美




  

 

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2009年11月 5日 (木)

受付け始まる!

 
  
オーラ・オーラと気功サロンのコラボまでいよいよ2週間前となりました。
 

みなさん興味を持って頂いていて予約も入って来ました。
 

午後2時からだいたい7時くらいで予定しています。
 

会社帰りの人が後半多くなることが見込まれますので
 

早く来れる方はお早目の時間に来てくださいね  わーい(嬉しい顔)

 

私が最近書いている日記は心の中をコントロールする、気持ちを整えることばかりの内容が多いのです。
 

それはすべてに通じるのです。
 

なぜなら人は心が主で肉体は従だからです。
 

だから主である心が整わないと肉体の健康も周りの幸せもないのです。
 

それは心の内が外に現われるからなんですね。
 

オーラは心の内が外に現われる(エネルギー)が見れるのです。
 

だからといって怖がることはありません わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)
 

「真っ黒の色のオーラが出たらどうしよう」 げっそり
 

と言う人がいらっしゃるのですが(笑)
 

全然気にすることはありません。
 

写るのは一瞬のエネルギーなのです。
 

瞬間、色(エネルギー)は変わります。
 

だからあくまでも目安です。
 

大切なのは良いエネルギーを出すと良い事、良い現象、嬉しいこと、感動すること、奇跡的なことが現われるということです。
 

目にみえないエネルギーを整えると目に見えることが整って来るのです。
 

そのためにはどうしたらいいか?
 

その方法をお伝えするだけなのです。
 

過去はもういいのです。
 

今はもう過去です。
 

大切なのは未来をどう明るく輝かしいものにしていくか?ぴかぴか(新しい)
 

なのです。
 

ですから
 

これから良くなっていくようにするためにオーラを撮るのです。
 

そのお手伝いをさせていただくのが今度のオーラ・オーラとのコラボです。
 

よろしくお願いします。
 

たくさんのみなさんのご参加をお待ちしています。わーい(嬉しい顔)指でOK





 
Oriental wind気功サロンにようこそ

日時 : 11月19日(木)2時pm~7時pm 
   
*お好きな時間を選び お電話下さい。 


篠崎携帯 080-1444-0018
 




オーラ写真撮影特別日 

写真1枚1500円、2枚2500円あなたのオーラは何色ですか? あなたのエネルギーの状態をみてみましょう。又、気功をとりいれたらどのように変化するのか、みてみましょう。


調和波動気功法とは、調和波動気功法は中国古来より今日まで伝えられている二千数種類と言われている気功法の一つで、于寿明先生により日本に最初に伝えられ、単なる気功法の範囲を超えたものです。            
独自の呼吸法、リラックス法、イマジネーションによって、自己の気と天地の気を共鳴させ、「和」のパワーを引き出します。軽い体操で体をほぐし、呼吸法で波動を整え、心身ともにリラックスします。想いの力を抜き去って、イマジネーションによって身も心も明るく伸びやかにし、天地の波動と一つに溶け合いましょう。




カリキュラム  

1、呼吸法(気持ちを落ち着かせる)
2、ストレッチ 
3、姿勢を正す
4、一日7回感謝(プラス思考)   
5、全てのものとの調和
6、身体の力を抜く 
7、明るく朗らかに穏やかに 




場所 浪速区民センター  *会費 500円  
         
浪速区民センター:大阪市浪速区稲荷2丁目4番3号:

(地下鉄千日前線桜川駅⑦番出口から徒歩5分、なにわ筋沿い
JR難波から西へ徒歩12分)



   

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オーラ・オーラ

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2009年11月 3日 (火)

まず、自分のこと

 
  
同窓会のこととか、人とかかわることをしているとついつい自分の気持ちを落ち着かせたりとかエネルギーを整えることを後まわしにしたりおろそかにしてしまいます。

すると心の中のものが外(現象)に現われるので失敗をしたり慌てるようなことが起こるのです。

他人のことも今やらねばならないも大事です。

でも自分が出すエネルギーを整えることを優先しないとその他のことが整ってこないのです。

そう思っていたとき今読んでいる本にそのことが書いてありました。

よかったらお付き合いください。


 
 




まず、自分のこと


わたしは、誰でも自分のケアをきちんとするほうがよいと考えています。

自分の健康や幸福を顧みない人たちがいると、周りの人もそれに引きずられてしまうからです。

まず、自分が幸せで、健康で、生産的で、周りの人と喜びを分かち合えるようではなくてはいけません。

そのために自分自身をきちんとケアすることを目標にすべきです。

心身が健やかだと、豊かな心を持つことができます。

自分自身のケアを怠ると心が貧しくなります。

セルフケアができるかどうかは、あなた自身の手にかかっています。

礼儀正しい人のなかには、何でも自分を最後にする人が多いようです。

とくに、幼い子どもがいるお母さんたちは、自分のための時間をなかなかもてません。

誰かの面倒をみるということは、肉体的にも精神的にも負担が大きく、ケアする側が心身に支障をきたすこともあります。

母親や看護婦が、子育てや看護の果てに衰弱してしまうケースは少なくありません。

気分転換なしに誰かの面倒を看続けることは、負担と消耗を強いられます。

どんな責任を負っていようと、まず、自分のことを考えてください。

大勢の人があなたを頼りにしているから、自分の健康を第一に考えろというのではありません。

人は誰でも、自分自身を大切にし、他の人を大切に扱うのと同じように、自分を尊重するべきだからです。

あなた以外の誰でも、セルフケアのために時間を作ってはくれません。

毎日、自分で時間をとり、そんな時間がなくても捻出し、ときにはそう主張しなければいけません。

あなたは、どれほどストレスにさらされていますか?

もういっぱいいっぱいですか?

限界だと思うことがありますか?

あなたのリラクゼーションは何ですか?

イライラしたり不安になったりするようなら、状況を改善するために、選択肢を検討し直すチャンスです。

置かれた状況がたとえどう進展しようと、重視しなくてはならないのは、あなたがその状況をどう受けとめ、どう感じるか、という

「あなたの内面」 です。

空っぽの心では、他人に愛情を注ぐことはできません。

わたしたちは折に触れて瞑想したり、祈ったり、自然と触れ合ったり、学んだり、体を動かしたり、一人で静かに考えたりしなければならないのです。

ヨガをする、マッサージをしてもらう、精神に養分を与える時間をもつ・・・・・、何でもかまいません。

そうしたことは、自分でするしかないのです。

どんな状況に置かれようと、足をとられてはいけません。

あなたは自分自身を保って、穏やかに、よい気分でいることを、「選択できる」のです。

そうするための秘訣は、ここまでという境界線を引くこと、そして、物事に優先順位をつけることです。

自分が活き活きしている、自分の内面が豊かになっていくと実感するためには、息をつく場所が必要です。

一人で過ごす時間を必ずつくると、自分に誓いましょう。

誰かと過ごした後には、自分だけの「ミー・タイム」 を持って、リセットしましょう。

誰にでも、一人になれる自由にがなくてはなりません。

知性や感性や人間性の欠落した人生は、人生ではありません。

あなた個人の成長のために、内面の訴えに耳を傾けましょう。

自分との約束を守りましょう。

カレンダーに、空白の日をつくりましょう。

空を飛ぶ鳥が広い空間を必要とするように、わたしたちにも空白の時が必要です。

何も予定を入れなければ、空白の時間がもてます。

アリストテレスもジョーゼフ・キャンベルも、思慮深い人生は最高の生き方であり、長続きする幸福を見出す最良の方法であると信じていました。

カレンダーを見れば、その人がどのような時間を重ね、配分しているかがわかります。

とても多くの時間が、何らかの活動に充てられていることでしょう。

待ち合わせ、会合、連絡、車での送迎・・・・・・・。

絶えず動き回っていることが生産的だと考えるのはやめましょう。

仕事帰りに車を運転しながら携帯電話で話す、などというのは論外です。

その時間をつかって友人の様子を知ろうとするのはやめましょう。

あなたが知らなくてはいけないのは、あなた自身の様子です。

どんなときにも健やかでいようと思えば、時間を賢くつかえるようになり、日々、魂の充電ができるようになり、人生の意味があらためてわかるようになります。






あなたのためになさねばならぬことは、あなた自身のこと以外にない。

                   エマソン




  
  幸せになる生き方 アレクサンドラ・ストッダード 中央精版印刷
    



   

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2009年11月 1日 (日)

幸せか不幸せかは自分が決めるもの

  
  
    
1.人生に試練などというものは決してない。試練と思えばそれが試練となる。人生の通過点と思えたならばそれは通過していってしまう。




                   
                        西園寺昌美






  

 
 
感想


人によって同じことが起こってもそれを死ぬほど辛いと捉える人と喜びで捉える人がいます。

ということは、幸、不幸は現象ではなくその人の心の中が決めているんですね。

人間の最大の悲しみである 死 でさえそれを自由自在心になる喜びと捉えることによって病気とか貧困に対しても平気になることがあるのです。

死は肉体の消滅であって魂の消滅ではない

魂、心は永遠に生き続けるのです。

仏教では肉体人間の死を

往生(おうじょう)といいます。

生きて幽界から霊界、神界へと往くという意味です。

真理を知ると今まで不幸だと思っていたことが喜びに変わります。

そして試練さえもただの通過点になってしまうのです。

心がすべてのすべてなのです。



    

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2009年10月31日 (土)

喧嘩両成敗

 
     
ある有名な料理店では、喧嘩になったアルバイト、従業員の人同士の両方の人をクビにするそうです。
 

「あれッこの間いた人はどうしたのかな?」
 

というくらい入れ替わりが激しいのです。
 

人と人が交わる場では人は相手を批判します。
 

「あの人はおしゃべりばかりしていて仕事をしない」
 

「あの人はすぐにサボろうとする」
 

「私はあの人よりも頑張っている」
 

経営者はその事実を把握してどちらかを辞めさせるのではなく
 

その両者を辞めさせているのです。
 

その訳は批判している人が例え主張している通りであったとしても
 

相手を批判するという不協和音を、つまりマイナスの波動を振りまいているということです。
 

そのエネルギーは働いている人たちだけでなくお客さんにも波及するのです。
 

喧嘩ばかりしている夫婦でやっているお店に行ったことがあります。
 

厨房から怒鳴り声が聞えて来るのです。
 

出て来た料理はどうみても美味しそうにみえません。泣き顔
 

それは目に見える物も目にみえないものもすべて波動(エネルギー)で出来ているからです。
 

目にみえない喧嘩という波動は目に見える料理という物に影響しているのです。
 

そのことがわかっているのでここの経営者の人は両方の人を辞めさせているのです。
 

批判している人もサボって仕事をしていない人と同じ波動を出しているのです。
 

マイナスという波動です。
 

私たちは目にみえないからといってこのマイナスの波動を振りまいていることがあるのです。
 

もし波動が目にみえたならどんな色なんだろう?
 

人を不快にはしていないだろうか?
 

それをイメージしてみることはとても大切なことなのです。
 

なぜなら宇宙も地球も人間もすべては波動で出来ているからです。
 

わたしたちは自分の出している波動(エネルギー)に責任があるのです。



  
 

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2009年10月29日 (木)

本来の素晴らしい自分に還ろう!

   
    
地上天国が現われる前に宇宙人との遭遇があります。

そんなすごいサプライズがあって多くの人が目覚めていくのです。

「地球以外にも人類が住んでいたんだ!」

「地球よりずっと進化した星が存在したんだ!」

「進化した星の宇宙人は素晴らしい人たちなんだ!」

「自分達も宇宙人(つまり神)なんだ!」
 

やはり目に見えないと信じられないのです。

五感に触れて初めて真実に気づくのです。
 

そう言った意味では自分がオーラを発していることも

どんなエネルギーを出しているのか?

も写真に写って初めて実感するのだと思うのです。

なんの根拠もなしに

「あなたは素晴らしいオーラを放っています」

「あなたはこうすればもっと良くなりますよ」

と言われても実感することは出来ないのです。
 

オーラとのコラボではただ写すだけではなく

どうしたら良いエネルギーを出すことができるのか?

自分を変えるにはどうしたらいいのか?

3次元(今の生活)を整えていくにはどうしたらいいのか?

 
のアドバイスをさせてもらえるのです。

そうでないと意味がないからです。

撮りっぱなしではどうしたらいいのか?がわからないからです。

みなさん是非、オーラを撮って

本当の自分に還ってください。

光輝いている ぴかぴか(新しい)

自分に還るきっかけにしてください。 わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)








Oriental wind気功サロンにようこそ

日時 : 11月19日(木)2時pm~7時pm 
   
*お好きな時間を選び お電話下さい。 

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オーラ写真撮影特別日 
 


写真1枚1500円、2枚2500円あなたのオーラは何色ですか? あなたのエネルギーの状態をみてみましょう。又、気功をとりいれたらどのように変化するのか、みてみましょう。


調和波動気功法とは、調和波動気功法は中国古来より今日まで伝えられている二千数種類と言われている気功法の一つで、于寿明先生により日本に最初に伝えられ、単なる気功法の範囲を超えたものです。            
独自の呼吸法、リラックス法、イマジネーションによって、自己の気と天地の気を共鳴させ、「和」のパワーを引き出します。軽い体操で体をほぐし、呼吸法で波動を整え、心身ともにリラックスします。想いの力を抜き去って、イマジネーションによって身も心も明るく伸びやかにし、天地の波動と一つに溶け合いましょう。


カリキュラム  

1、呼吸法(気持ちを落ち着かせる)
2、ストレッチ 
3、姿勢を正す
4、一日7回感謝(プラス思考)   
5、全てのものとの調和
6、身体の力を抜く 
7、明るく朗らかに穏やかに 



場所 浪速区民センター  *会費 500円  
         
浪速区民センター:大阪市浪速区稲荷2丁目4番3号:

(地下鉄千日前線桜川駅⑦番出口から徒歩5分、なにわ筋沿い
JR難波から西へ徒歩12分)



   

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教育の原点

   
      
親は子どもが悩んでいるのをじっと見守ることが大切です。


そして前の日記に書いたように決断を子どもにさせないといけないのです。


それは自立させるためです。


私はう先生に


「二十歳までに子どもを自立させれなかったら親も子どもも不幸になります」


と言われました。


確かにその通りなのです。


年齢だけ大人になっても、精神的には、自立出来ない子どもを持った親ほど惨めなものはないのです。


困難を乗り越えようとする知恵や勇気がなかったらどんなに豊かな才能があったとしてもそれが生かされることはないのです。



だから簡単に、いや、決して助けてはいけないのです。


ここにそのお手本となるような例をご紹介します。


私の尊敬する西園寺昌美さんとそのお嬢さんの実話です。


西園寺昌美先生は、世界平和の祈りの提唱者である五井先生の後継者で、3人の娘さんの母でもあり、宗教者でもある方です。




母の教育方針


昌美先生は

「本来、結果や利害、世間の批判などを思い煩うことはないのである。それがマイナスの状況であったにせよ、それは一つの尊い体験として喜んで受け入れてゆくべきなのである」(「一人一人の運命と天命」より)と書かれていましたが


その部分を読んで、私は自分が小さい頃から受けてきた教育の原点にはこの信念があったことに気づいたのでした。


私たち姉妹は、小さい頃から母に


「あなたが思うようにしなさい、あなたが思うように生きなさい」 と言われてきました。


例えば成長の過程で両親とともに修行を行う機会がありましたが、ご神示であるそれらの修行でさえ一切参加を強制されることはありませんでした。


母は私たち一人一人にそれぞれの思いを確認し、私たちの気持ちを尊重してくれました。

両親のその姿勢は、私がどんな岐路にさしかかった時も変わることがありませんでした。


母はどんな場面でも私に選択を強要したり、決断を迫ったりすることはありませんでした。

私が決断を下すまで待ち続けてくれ、いざ決断を下すと、それが真理の法則からよほどかけ離れた決断でない限り、その決断を尊重し、支持してくれました。


私が通い始めたばかりの大学をやめて別の大学の医学部を受験しようとした時も、医師の研修を三重県でしようと決めた時も、医師を辞めて白光で働かせていただくことを決意した時も、その姿勢が変わることはありませんでした。


母は 「よくぞ決断を下せました。あなたの決断は正しいです。自分を信じてその道を進めば必ず素晴らしい未来が待っていますよ」


という言葉を投げかけてくれ、私の決断をサポートしてくれました。


従って、私は小さな頃から常に、自分で自分の人生を選択、決断、決行しつづけてこられました。



決断を他人に委ねることなく、しっかり自分がやるべきこと、したいことを自分自身で見つけ、進むことが出来ました。


進路で悩んでいた友人からある時


「真妃は悩んでも、すぐに真妃のお母様に相談に乗ってもらえるからいいな。真妃のお母様は相談するとなんて言うの?」


と聞かれたことがありました。


しかし、これまで述べたような教育のもとで育った私は、悩んだ時に自分で選択、決断しないで母に答をもらいに行ったことがないことに、友達の相談を受けて初めて気が付きました。


自分がどういう決断をしたかを報告しに行くことはありましたが、何も考えずに未来の道を教えてもらうようなことはしたことがなかったのでした。


また、母は私たちに、失敗を恐れて前に進めないくらいなら失敗をしたほうがよいと、失敗する体験の素晴らしさについても、いつも教えてくれていました。


失敗を責めるようなことはせず、どんな失敗をしても、それが小難として消されたことを喜び、またそれにより私たちが大きく成長できたことを喜んでくれました。


失敗をマイナスの経験だとは思わない教育を受けてきた私たちは、たとえ失敗しそうなことでも自分で選択、決断、決行し、とりあえず進んでみる生き方を身に付けることが出来ました。


とにかく進む、そして間違えたら早いうちに自分でその間違いに責任を持ち、修正する生き方を学ぶことが出来ました。


私が結婚する時ですら母は


「とりあえず一年間結婚生活を送ってみて、あわないと思ったら別れればいいじゃない」 というアドバイスをしてくれたのでした。


この話を聞いた私の友人は


「真妃のお母様って本当にすごいね」 とびっくりしていました。


結婚する前の娘に離婚の話をする親は確かにあまりいないと思います。


しかし私の母は、この話を通して私に、今まで行ってきた人生のさまざまな選択と同様に、結婚の選択ですら失敗してもよいのだということを教えてくれたのです。


そしてそれにより、人生のどんな大きな選択でも自信をもって決断、決行する力を与えてくれたのだと思うのです。


従って私は、失敗を恐れ、足を一歩踏み出せないような生き方ではなく、常に前に進む生き方をすることが出来ています。



取り返しがつかないことや、人に多大な迷惑をかける可能性がある時以外は、どんな危ない選択でもよい経験であるから体験しなさいというスタンス(姿勢)を貫いていたのが私の母であります。




子どもを見守りつづける忍耐力


そんな教育を受けてきた私も今は二人の子どもの母となりました。


私は母になり初めて、子どもの意思を尊重することがどれだけ大変で忍耐のいることなのかを知りました。


子どもの意思を尊重せず、失敗を未然に防ぐ子育て、親が選択をし、子どもに手を貸す育て方の方がいかに楽な子育てなのかということを知りました。


子どもが時間をかけて選択している姿、失敗をしている姿をずっとそばで見ていることがどれだけ忍耐の要ることなのかが母になり初めてわかりました。


子どもの失敗する姿を見ていると自分が失敗する以上に親の胸は痛み傷つきます。


心配な気持ち、不安な気持ちでいっぱいになります。


それでも私の母が子どもの意思を尊重する子育てが出来たのは、失敗や恥や痛み、苦しみという尊い体験を積まないまま惰性で生きるということは、今生における尊い人生を虚しく生きることになるという思いがあり、そんな生き方を子どもにはさせたくないという強い信念があったからなのだと思うのです。


子どもが人や物に依存するような人間ではなく、自分の力で生きられるような人間になるために、それが自分で責任を負える範囲の失敗であるなら、子どもの自立のためにただひたすら見守りつづけてくれたことを改めて感じ、感謝の心で胸がいっぱいになりました。


失敗は怖がることではなく、むしろ失敗してもその後、キチンと修正できれば失敗も成功であるということ、また、選択、決断、決行する強さ以上にその選択が間違った時に自分の間違いを見直す強さ、自分の失敗を認め、改める強さを持てるならば、失敗はマイナスなことではなく今生の人生を有意義に生きるためにエキスになるのだということを母の教育を受けて育った私は確信するのであります。


愛する子どもが失敗しそうな姿を見ても、失敗する前に止めさせることなく、その姿を見つづける強さを母が持っていたのは、やはり子どもの守護霊様、守護神様の存在を確信していることと、私たち子どもが親の所有物ではなく、神様からお預かりした尊い命だと思いながら子育てをしていたからなのだと思います。


神様からお預かりした尊い命だからこそ、母は子どもたちをきちんと自立した人間、自分で自分の人生を決断できる人間に育て上げるために強い信頼と確信を持ち、大きな忍耐の心でその成長を見守ってくれていたのだということを改めて感じたのでした。




世界人類が平和でありますように





 

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2009年10月28日 (水)

人の運命まで背負えますか?

  
   
コンサルタントの仕事を軽い考えでしている人が多いと思います。
 

でもその人の運命を左右するようなことを簡単にアドバイスしてはいけないと思うのです。
 

その人の先の先の先を知っているのはその人の運命の指導者である、守護霊守護神だけなのです。
 

そのずーと、ずーと、先を見通した上で今の状況があります。
 

今が、その人にとって辛く苦しい状況であったとしてもその経験を通して成長させる何かがあるのです。
 

無駄なことなど一切神様がされるわけがありません。
 

それを何もわかっていない肉体人間の浅知恵で
 

「あなたはこうすべきだ!」
 

「直ちに今のことを止めなければならない」
 

などと言ってはいけないのです。
 

決断をその人に代わってするということは
 

その人の運命を背負うということなのです。
 

その人が間違った方向へ行ってしまったなら一生をかけても修正し、償わなければならないのです。
 

だから決断は間違っていようとその人がどんなに苦労することが火を見るよりも明らかであったとしても、その人にさせないといけないのです。
 

失敗から学ぶことが大切なのです。
 

失敗したときに自分で責任を取らすことが最も大切なことなのです。
 

その人の代わって決断をしてしまうと上手く行ってもその人の自信にもなりませんし、上手く行かなかったら人のせいにするのです。
 


だから自立を著しく遅らせるのです。
 

人間が生まれて来た目的とは自立です。

 
人間の運命とはとてつもなく大きなものなのです。
 

運命を変えるとは宇宙の運行を狂わすくらいの意味があるのです。
 

場合によっては今生だけでなく何千生もかけてその狂いを正して行かないといけないこともあるのです。
 

守護霊守護神の計画を狂わすとはつまり宇宙の法則まで変えることになります。
 

それだけの責任を負えますか?
 

アドバイスをすることは悪いことではありません。
 

でも決断はあくまでも相手にさせるのです。
 

アドバイスも自分の考えを押し付けるようなアドバイスは強要と同じなのです。
 

だからコンサルタントとは答を与えるのではなく
 

その人の心の奥、つまり本心から、自分で答が出るように聞き役に徹するだけなのです。
 
そこで自分の意見であるとか経験とかを話すこともいらないのです。
 

ただひたすらに何の私見も入れずに心からその人の話を聞くだけなのです。
 

今、自分が正しいと思っていることが本当に正しいと思うというのは思い上がりも甚だしいのです。
 

宇宙的視野から見ないと正しいことなんてわからないのです。
 

それは人間が宇宙そのものだからです。
 

肉体人間の限定した視野から何がわかるというのでしょう?
 

人に対して批判、非難、評価することもとんでもないことです。
 
 

人のことより自分が自立することに意識を向けるべきなのです。
 

人のことはその人の守護霊守護神にお任せしておいたらいいのです。
 

自分にできることはその人の守護霊様、守護神様にその人へのご加護をお願いすることだけです。
 

あなたはその人の決断することに対して何もいう必要はないのです。
 

言ってはならないのです。
 

だから簡単にコンサルタントとかすべきではないのです。



  

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2009年10月27日 (火)

うらしま太郎

 
  
今から後3年ほどでアセンション(次元上昇)が訪れて4次元へ突入する。
  

地上天国が顕われる、そしてすべての人間が神様のようになる。
 

今の現時点では信じられないですよね(無限なる可能性)
 

でも今からほんの百数十年前には日本人はちょんまげを結っていた、刀を差していた。
 

その時代からすれば今の文化社会なんて信じられなかったと思います。
 

空には飛行機が飛び、見上げるようなビルが立ち並び、スーツを着た人間が街を歩いている。
 

まさに奇跡だと思います。
 

その時代にいくら今の時代になることを説明しても誰も信じなかったと思います。
 

うらしま太郎のように時空を超えてその時代に行かないと未来のことなんて、奇跡なんて信じられないのです。
 
 

地球が大転換するときもそうなのです。
 
 

奇跡が起きなくて人の心が目覚める、覚醒して聖者になるなんてありえないのです。
 

五井先生の人類の未来を読んでいると近未来に起こることが書いてあります。
 

それは進化した星の宇宙人(キリスト、お釈迦様クラス)が地球上に現れて人間と接触するのです。
 

その人たち?に清められるのです。
 

カルチャーショックどころの騒ぎではないと思います。
 

アセンションとは人間と宇宙人そしてその間に立って繋げる役割りをする人が三位一体になって成し遂げる大イベントです。
 

神様は、宇宙人の存在を知って(霊覚で)人間との橋渡しをする人(器)を求めておられるのです。
 

その器が臨界点を迎えたとき突然アセンションは起こるのです。
 

2012年なんて期間を決める必要はないのです。
 

その器の人は、神人(しんじん)を言われる人たちだそうです。
 

宇宙神が何を求めているかを知っている人達です。
 

宇宙神(心)は何を求めているのか?
 

それは宇宙の調和、地球人類を含めた宇宙人類の平和なのです。
 

つまり世界平和の祈りそのものなのです。
 

世界平和の祈りを祈るとき宇宙と共鳴するのです。
 

進化した星の宇宙人と感応するのです。
 

そして宇宙人の存在を知ることになるのです。

 

 
世界人類が平和でありますように 

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます
 

  
人類の未来 五井昌久  白光出版

 
 

 




追伸


   

人類の未来に書いてあることを強引に短い文章に纏めてしまいました(笑)
 

奇跡が起きないと人間は目覚めない!
 

このことを知った途端にすごく楽になりました。
 

後は宇宙人と意識を合わせるだけでいいのです。
 

意識を合わせるとはその人たち?と同じ宇宙意識になるということです。
 

肉体意識(3次元)から宇宙意識(多次元)へとシフトするのです。
 

なんだかワクワクしてきませんか?
 

今の意識とはまったく違う意識へと変るのです。
 

いや、本来の元の自分に還るのです。
 

私たちは元々ウルトラマン(宇宙人)だったのです。
 

それを忘れていただけだったのです。

 





  

  

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2009年10月26日 (月)

スッキリすること

   
    
私にはいつもアドバイスしてくださるありがたい存在の人がいるのです。
 

その人いわく、
 

「○○さんは私が言ったことを何の感情もなくスーッと聞いてくれるの、他の人に言うと感情がもろに返ってくるから言えない、それもその人はそんなことわかっているというマイナスに受取ってしまう」
 

とおっしゃっていました。
  

いますよね、言ってあげたいけど、言わないといけないのだけど反発心が返ってくるので言えない、言うと感情が噴き出てその後で修復が出来ない状態になるという人が・・・
 

だから自分を守ろう守ろうとしている人には、よっぽどのことでないと相手に悪く想われる(憎まれる)のを覚悟でないとアドバイスすら出来ないのです。
 


もっと素直にもっと強くしなやかになればいいのに・・・・と思います。
 


考えてしゃべるのは当たり前のことです。
 

相手の立場でものを言うのも当然のことです。
 

でも心と心でテレパシーで話せる相手のなんと少ないことか
 

テレパシーで対話するとは自分がすっきりしていないとガラス張りになっているので自分の想念が相手にそのまま写るのです。
 

隠そうとしても隠し通すことなんて出来ないです。
 

地球が救われるとは人間の心がクリスタルになるということです。
 

クリスタルとはお釈迦様のいう 空 ということです。
 

頭も心も空っぽにして宇宙と一体になることです。
 

人間とは本来そのような存在なのです。
 

でも、今は、いらない泥(業)を被って、本来の自分と全然違う人になっているのです。
 

すっきり爽やかになるのは努力がいるのです。
 

自分がそうなりたいと思えばなれるのです。
 

宇宙は無限です。
 

スッキリすると、宇宙の奥に行けるのです。
 

進化するとはスッキリしていくことなのです。
 

統一とはスッキリする為にするのです。

 


 

『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎



 

 
 

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2009年10月25日 (日)

自己肯定感

   
    

自分を否定しないこと、自分のことを大好きになること

それはとても大切なことだと思うのです。
 

なぜなら、自分のことを大切にしないで自分を愛せないで
 

他の人を大切にしたり、愛することなどできないからです。
 

私の高校の同級生で女性のためのカウンセリングをしている人がいます。(それだけではないのですが)

石川邦子さんという人なのですが、素晴らしい感性を持っています。
 

ここにその方のHPをご紹介しますがカウンセラーの独り言というコーナーで今の働く女性のことが書いてありました。

抜粋しますので興味のある方は読んでみてください。
 
 

  
女性の再就職支援 
 

先日女性の再就職支援のセミナーで講師をしてきました。

今年3回目のセミナーになります。

1回目は文科省主催のセミナーで日野市で開催されたものでした。

2回目、3回目は厚労省関連の財団が主催するものです。

昨年まで女性の再就職支援のキャリアコンサルタントをしていたのですが、女性が家庭に入ると、再就職する際のハードルは未だに高いのが現状です。

しかし、それだけではなく、皆さん自己評価が低い傾向にあります。

カウンセリングを行うときに時に、私が特に気をつけているのは、自己肯定感を持っていただけるように支援することです。

そして、1歩踏み出す勇気を持っていただけるように支援することです。

ナチュラルウィルでも、そんな悩みを持った女性の支援をしていきたいと思っています。

 

http://www.naturalwill.jp/index.html

 

追伸

 
石川さんとは気功のことや真理のことの接点は今のところありません。

私がしていることも石川さんは知らないと思います。

でも書いてある文章を読むとピンと来るんですよね。

「あっ同じことを考えている」 って

みんなそうなのです。

ただ時期がみんなそれぞれ違うだけだと思うのです。

遺伝子から言えば、人間は99.5%は同じだそうです。

だから天才もおバカも偉いも偉くないもないのです。

みんな同じなんだ、みんな繋がっているんだ

そう思った石川さんの独り言でした。




 

    

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2009年10月24日 (土)

注意力!

  
    
先日の調和波動気功のセミナーでう先生が

「大切なのは、目的意識を持つこと、集中力、そして注意力です」

とおっしゃっておられました。

私にはこの注意力が特に響いたのです。

と申しますと私にはこの注意力が不足しているのです。(無限なる能力)

最後の詰めが甘い!とも言えるのですが直感で生きているのでそれでなんとかやってこれた為に大雑把なところがあるのです。

だから失敗もします。

ちゃんと見ていればどうということはないのに

「・・・・・だろう?」とたかをくくってしまうのです。

驕りですよね。

目にみえないこと(波動)がわかるためには目に見えることや五感をしっかり働かせないとダメなのです。

それは3次元と4次元は繋がっているからです。

そのことが実感してわかる文章を見つけました。

う先生が推薦されている素晴らしい本です。

その中から抜粋します。



  




注意するか、しないか、選ぶのはあなた



残りの人生をどれだけよく生きられるかは、かなりの部分、どれだけ注意深く生きられるかにかかっています。
 

大きなことでも小さなことでも、質のよい体験をするためにどれだけ気を配れるかが、人生を左右します。
 

自分の時間を最大限に有効に使い、最高のものを得て、人生を生ききるためには、どんな状況にあってもベストをつくそうと知恵をしぼらなくてはいけません。
 

個人的なことでも、仕事中のことでも、家族や友人や隣人との人間関係においても、どれだけうまくやるか、その選択肢はつねにあなたの手の中にあります。
 

どんなことをするにも、本当に注意深くなっているときには、その重大さがわかるので、ふだんより気をつけるようになります。
 

とても些細なことが、重要な意味をもちます。
 

何の気なしにしてしまったしぐさが、大騒動に発展することもあります。
 

注意深い人は、完全主義者とは違います。
 

注意深さは、その状況に対する敬意の表れですが、完全主義は行き過ぎです。
 

完全主義を振りかざすと、周りにかまわず、他人の時間を無駄にすることになります。
 

もし、校正の仕事をしているなら、ぜひそうして、他の人の見つけられなかった誤字を見つけてください。
 

階段の上り下りをしている最中なら、手すりにつかまってください。
 

人は誰でも、自分の時間を無駄にされるとどんなに失望するか、よくわかっています。
 

ですから、スピーチやプレゼンの前には、入念に準備をしましょう。
 

もうやるべきことはすべてやったと思えることは、気持ちのよいものです。
 

とくに計画通りに事が進まなかったときに、悔いなくすがすがしい気分でいられます。
 

結果がどうあれ、あなたには、自分ができることのすべてをやったとわかっているからです。
 

後から自分に弁解する必要もありません。
 

堂々としていられます。
 

夜もよく眠れるでしょう。
 

いつも少しだけ余分に努力する癖をつけると、自分のことを気にしなくてすみます。
 

これが、実は注意深さの本質です。
 

とても多くの人が、自分の不注意を正当化するために
 

「気が緩んでいたから」
 

「心配ないと思ったから」
 

と言います。
 

でも、「心配ない」 
 

と思った時点で、注意力が足りないのです。
 

生きているかぎり、あらゆることに注意しなければいけません。
 

徹底することは美徳です。
 

起こりうる危険に対しては、抜かりなく気を配るべきです。
 

とくに、幼い子どもの面倒をみているときには、目を離してはいけません。
 

自分の人生がスムーズにいくような選択をしましょう。
 

これからも、物を落としたり壊したりするでしょう。
 

見過ごしてはいけないものを見逃してしまうでしょう。
 

シャツにコーヒーをこぼすこともあれば、靴が泥だらけになることもあるでしょう。
 

でも注意深く生きることを目指していれば、そうした不注意は最小限に減らせます。
 

今すぐにでも、注意する習慣を身につけるためにできることをしましょう。
 

そうすれば、物事がすんなり運ぶようになります。
 

あわてふためいて混乱を収拾するためにエネルギーを使わずに、生産的で実りの多い活動にエネルギーを集中し、人生の一瞬一瞬を祝福しましょう。
 





幸福とは状態である。

個人個人が、そのために準備し、

それを守り育てていかなければ得られない状態を

幸福という。




ミハイ・チクセントミハイ
 




幸せになる生き方 アレクサンドラ・ストッダート著 アルケミックス



 


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2009年10月23日 (金)

波動調整(消えてゆく姿)

  
     
みなさんが生きていて辛いこととは病気になったり事故に遭ったり、親しい人が亡くなったり、仕事が上手く行かなくなって会社が潰れたり、失業したり・・・・・・とにかく自分にとって都合の悪いことなのだと思います。
 

でも、この現れてくる現象に一喜一憂しては本当の幸せは来ないのです。
 

地震はなぜ起こるか?
 

それは人間の想念があまりにも汚れているので光を当てて掃除しないと焦げてしまう状況になってしまったからです。
 

それで大自然(神)は光を当てて掃除しようとした。
 

しかしその強烈な光を当てられた人間は一瞬のうちに肉体が消滅してしまう。
 

それで地球の地面を割ってそこに光を入れたのです。
 

人間のバランスを取るために地球が犠牲になったのです。
 

それが地震の本当の意味なのです。
 

だから私たちが災難だ不幸だ苦しい、悲しいと思っていることとはすべては光が当たった波動調整なのです。
 

ですから不思議なことに自分では苦しいと思っていたことでも後になったら何かスッキリしたそしてそのことで自分がいつの間にか成長していたことに気づきます。
 

そしてその経験があったからこそ、今の自分が居るのだと気づくのです。
 
 

不幸をそのまま不幸を受け取っていては本当に不幸になってしまうのです。
 
 

世界平和の祈りを祈り始めたら嫌なこと、悪いことがたくさん起こるようになった。
 

私もそうでした。
 

失業するし、子どもは病気になる。
 

3次元的には良いことは起こらなかった。
 

でもなぜか気持ちはスッキリ爽やかだったのです。
 

それでお金がないときも生活が苦しいときもずっとW先生とう先生のレッスンに通い続けました。
 

W先生は、そのときの私の状況を
 

「プラスから出たマイナスですね」
 

とおっしゃいました。
 

そのお言葉で救われました。
 

先に光が見えたからです。


 

ここにコップがあります。
 

そしてコップの中には汚れたものが混ざった水が入っています。
 

そこに綺麗な水をどんどんと注ぎ込んでいくとコップから水が溢れだします。
 

するとテーブルの上には汚れた水が流れていくのです。
 

わたしたちはテーブルが汚れると慌てます。
 

怒ります、感情的になります。
 

「最悪!」 とか言ってしまいます。(無限なる愛)
 

テーブルの上にお気に入りのクロスなんかひいていたら尚更です。
 

この汚れた状態が現れている現象なのです。
 

そこで多くの人はコップ(心)に綺麗な水を注ぐことを止めてしまうのです。
 
 

「祈ったって全然善いことがない」

って
 

でも信念が強く真理がわかっている人は
 

「悪いものが現れて今消えてゆこうとしているんだ」
 

と理解して更に祈り続けるのです。
 

するとコップから溢れ出る水は汚いものが薄まってきて最後には綺麗な水ばかりになるのです。
 

テーブルに流れる水もキラキラと輝いた宝石のような水になるのです。
 

これがアセンション(次元上昇)するときであり
 

地上天国が顕われるということなのです。
 

だから善いことが起こる前には必ず、波動調整があるのです。
 

悪いこと(そうじゃないのですが)と思われることが起こるのです。
 

そこを乗り越えなさいという神様からのテストなのです。
 

地球上に起こる天変地変だけではなく、個人にもまったく同じことが言えるのです。
 

だから現れる現象に惑わされるのは違うのです。
 

消えてゆこうとする実態のない幻をつかんではいけないのです。
 

祈っていて、印を組んでいて悪いと思われることが起こるのは、悪いことを想ってしまうのは、悪いものが早く消えて、善いことを現わそうとしているのです。
 

現れないと消えていかないからです。
 

あなたがそれに耐えることが出来ると守護霊さんが判断したのでテストが厳しいのです。
 

厳しいテストの後には嬉しいご褒美が待っています。
 

それがアセンション(次元上昇)であり、自分の魂の成長なのだと思います。

 












追伸

今も昔もプラスの言霊を唱えると奇跡が起こると巷で流行ったりします。
 

でもすぐに現れる人、なかなか現れない人、反対に悪い?ことばかりが現れる人が出て来ます。
 

そこで、本物だ、いやただの気休めだ、偽物だ という人が出て来ます。
 

私はプラスの言霊を言い続けることは良いことだと思います。
 

ただ消えてゆく姿のことをしっかりと伝える指導者がいればですけどね。
 

そしてどうせ唱えるなら宇宙と共鳴したこれ以上ないプラスの言霊を唱えることが良いと私は思うのです。

 

それが世界平和の祈りなのです。

 

世界人類が平和でありますように 

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


  

  
  

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2009年10月22日 (木)

11月19日(木)はオーラの日

                            
   
  
人間は肉体がなくなった後も、心はずっと永遠に生き続けます。

そして、そのときの心の状態で住む場所が

神界(天国)なのか?

霊界なのか?

地獄界なのか? げっそり


が決まるのです。

  
肉体界はタイムラグがあって想ったことが時間をおいて現実になっているのです。

だから自分の想念が現実になるとは実感出来ないのです。

自分の発しているエネルギーが全てなのです。

そのエネルギーがスッキリ爽やかであればあるほど、素晴らしい世界を創って行けるのです。

そのままの世界がこの世(3次元)でも現れて来るのです。


11月19日(木)のオーラの日をきっかけに是非、エネルギーをわかってください。

そしてプラスのエネルギーを出す方法を会得して、素晴らしい奇跡を起こしてください。
 

ハーモニーのスタッフ一同、あなたをお待ちしています。
わーい(嬉しい顔)手(パー)ぴかぴか(新しい)





Oriental wind気功サロンにようこそ

日時 : 11月19日(木)2時pm~7時pm 
   

*お好きな時間を選び お電話下さい。 
 
篠崎 080-1444-0018



オーラ写真撮影特別日 

写真1枚1500円、2枚2500円あなたのオーラは何色ですか? あなたのエネルギーの状態をみてみましょう。又、気功をとりいれたらどのように変化するのか、みてみましょう。


調和波動気功法とは、調和波動気功法は中国古来より今日まで伝えられている二千数種類と言われている気功法の一つで、于寿明先生により日本に最初に伝えられ、単なる気功法の範囲を超えたものです。            
独自の呼吸法、リラックス法、イマジネーションによって、自己の気と天地の気を共鳴させ、「和」のパワーを引き出します。軽い体操で体をほぐし、呼吸法で波動を整え、心身ともにリラックスします。想いの力を抜き去って、イマジネーションによって身も心も明るく伸びやかにし、天地の波動と一つに溶け合いましょう。



カリキュラム  

1、呼吸法(気持ちを落ち着かせる)
2、ストレッチ 
3、姿勢を正す
4、一日7回感謝(プラス思考)   
5、全てのものとの調和
6、身体の力を抜く 
7、明るく朗らかに穏やかに 


場所 浪速区民センター  *会費 500円  
         
浪速区民センター:大阪市浪速区稲荷2丁目4番3号:

(地下鉄千日前線桜川駅⑦番出口から徒歩5分、なにわ筋沿い
JR難波から西へ徒歩12分)



   

健康になる気功教室 in 大阪

 http://orientalwind.info/


オーラ・オーラ

http://auraaura7.com/




  

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感情を超える

     
   

感情を喜ばすとは、上っ面の表面的なことです。

幽界のオバケちゃんに操られているのです。

幽界にいる感情霊とは、霊界、神界の存在を知らなかったり、幽界の方が面白ろおかしかったりするので住みついている霊のことです。

学校が面白くないので盛り場をうろついている内に暴力団に入ってしまった不良少年のような人たち?なのです。

オバケちゃんは悪戯が大好きなので自分と共鳴する肉体人間に取りつこうとします。

そして感情を喜ばすことが大好きな人間と波長が合うとその人に憑依するのです。

そんな人たちは繁華街の波動の荒い場所に行って同じ波動を発している人たちを探すのです。

そして声を掛ける。

波動が似通っているのがわかるのです。

遊びたい盛りの男が女性をナンパするときも実は男にはこの不良霊が取り憑いているのです。

そこについていく女性も軽い気持ちであったとしてもこの不良霊の餌食になるのです。

一度この世界(幽界)に入ってしまうとなかなか抜けることが出来なくなるのです。

それは一旦、暴力団に入ってしまうとなかなか抜けることが出来なくなった少年の姿に似ています。

まともに働くのがバカらしくなるのです。

快楽ばかりを求めてしまうのです。

覚せい剤やSEXの世界です。

守護霊はわかっていてもしばらく経験させることもあります。

遊ぶことも魂の成長にとって必要なこともあるからです。

でも前世で充分3次元的なことをして来た人はもう快楽の世界は必要ないのです。

菩薩様は男でも女でもないそうです。

菩薩様も前世で徹底して遊んだそうです(笑)

だからもういらない。

人間ももうすぐアセンションによって男女の性を超えるのです。


まだ修行が残っている人は自分がそんなに求めていなくても経験させられるのです。

本当に楽しんでいるわけではありません。

もう充分経験を積んだ魂はそこの修行は終わっています。

でもそれでも幽界からの誘惑はあります。

自分の心をスッキリさせていなかったら人の想念が入ってきて違う自分になってしまうと幽界のオバケと共鳴するのです。

そんなときは世界平和の祈りを祈っていると消えてゆくのです。

それは心の中を通り過ぎていく影だからです。

その影が自分の本心だと思っていると変なものと共鳴してしまうのです。


祭りや宴の後、感情のまかせるままに行動した後に空しさや寂しさを感じるのはやはり本心から離れたものだからです。

そこを超えないとつまり感情の世界(幽界)を超えないと本当の喜びはないのです。

あなたは何を求めていますか?

まだ3次元的な喜びを満喫できていませんか?

でもそれはあなたの本心ではなく、あなたに憑いた感情霊(人の想い)がそう思わせているのではないのですか?



 


  



   

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2009年10月21日 (水)

後ろ姿

   
   
  
先日の調和波動気功のセミナーでハーモニーの女性が

「結婚することになりました」 ハート達(複数ハート)

と報告されました。

そして結婚を決断をした理由を言っておられました。


「その人の後ろ姿を見て決めました」
 

そうなのです。
 

後ろ姿にその人の本質が顕われるのです。

そして

「子どもは父親の背中を見て育つ」

と言います。

後ろ姿、背中にはなにがあるのか?
 

そこにはその人を守っている守護霊さん、守護神さんがいらっしゃるのです。

後ろと上にもいらっしゃるのですが、他人の肉体人間には後ろしか察知出来ないのです。

だから肉体から外れた少し後ろに守護霊さん守護神さんがおられてそこで守ってくださっていると意識してください。

意識すればするほど、感謝すればするほど守護霊さんは守りやすくなるのです。

悪さをしようして近づいてくるヤカラも後ろから出て来るオーラ=エネルギーに圧倒されて何も出来なくなります。


目に見えることは目に見えないエネルギーを整えることで現れるのです。
 

そのことを波動調整といいます。


それが調和波動気功なのです。



  

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自立について

  
     
本当の自立とは何なんでしょう?

経済的な自立、親からの自立、甘えからの自立、依存からの自立・・・・・色んな意味の自立がありますが、私は本当の自立とは自分の心をコントロール出来ることだと思うのです。

周りに振り回されずに人が何と言おうと自分の信念をしっかり持つ、マイナスのエネルギーにも巻き込まれない、そんな強い意思を持つと自分に自信が出てくるのです。

自分が誇らしくなるのです。

そして自分に自信が持てるようになると人に優しくなれるのです。

ここに自立出来た人たちの体験が書かれた本のまえがきをご紹介します。

『賢者の選択』 という本です。

是非、読んでみてください、きっと生きる勇気が湧いてきますよ。

 
 



まえがき
 

「賢者の選択」 という番組の進行役として、これまで、いろいろな賢者の方々から話を伺った。

何ゆえに彼らが賢者なのか、賢者たりうるにはどのような条件が必要なのか。

人となりはどうなのかなど、番組を通じて私が感じ取ったことを、述べてみたいと思う。

彼らに共通しているのは、強い信念を持ち、決して諦めないということだ。

どのような苦境に立たされようとも、最後までファイティングポーズを崩さない強い信念と意思、あるいは使命感を持っている。

こんなビジネスを実現できたら面白いのではないか、儲かるのではないか。

アイデアは実は結構、誰にでも思いつくものである。

でも、多くの人はそれをただの思いつきということで、自分の心の中に仕舞い込んでしまう。

ところが、それをただの思いつきで終わらせない人たちがいる。

そのアイデアを実現させようとする。

当然、実現させるためには、いくつもの苦難が待ち受けている。

時にはペシャンコにへこまされることもある。

それでも諦めずに、夢を実現させるために頑張る。

そういう人は本当に一握りの人たちだ。

そして、その一握りの人たちが、賢者として成功していく。

そして類まれなる決断力が必要だ。

当然、どうにもならない壁にぶち当たることもある、そのまま前に進むのか、それとも見切りをつけて、次の展開を目指すのか。

頭を冷静にして、自分の今の状況を分析し、その上で絶対にダメだということになった時、見切りをつけられる勇気。

これも必要な要素といえるだろう。

また、ビジネスで成功している彼らの多くは、極めて楽観主義者でもある。

だからといって、何の根拠を持たずして楽観的なのではない。

きちっとした根拠を持った楽観主義者である。

大借金を抱えたある経営者は債権者のところに頭を下げに行き、自分が今、行っているビジネスについて熱く語った。

その債権者は、彼のビジネスに賭ける情熱にほだされ、借金の棒引きまでしてくれたという。

まさにビジネスに賭ける情熱のなせる業である。

また常に明確な目的意識を持ち、そして目標設定も高い。

これはとても大事なことだ。

ところが、最近の人たちは、自分の手の届くところに目標を設定してしまいがちだ。

これは良くない。

夢は、実現できる可能性が低いからこそ夢なのだ。

その可能性に向かって、知恵やアイデアを出し、努力をし、時には他人の協力もあるから、ビジネス人生は楽しいのである。

そして、その夢を実現することができたら、他人には到達することのできない高みまで、登ることができる。

そして本物の賢者は、決してお金儲けだけを最終目的にしているのではない。

自分の利益を追求するためにビジネスをするのではなく、他人の利益、周りの人々の幸せのために働くことのできる人だ。

江戸時代から明治、大正、昭和という4つの時代を生きた大富豪、本田静六氏のように、最後に自分の私財をすべて社会還元に使える人だ。

ビル・ゲイツにしても、ウォーレン・バフェット氏にしても、あれだけビジネスで成功した後、最後に何をしているかといえば、私財をすべて寄付に回している。

単にビジネスで成功して何百億を儲けたというだけでは、決して賢者とはいえない。

ビジネスで成功してお金を儲けるのは良いが、その後で何をするのか。

そこで本物の賢者かどうかが問われるのだ。



    「賢者の選択」番組インタビュアー蟹瀬誠一



 



ここまで読んだ人はやっぱり賢者の人は一握りなんだ。

特別な人なんだと思うかもしれません。

でもそこで諦めてしまったら又、同じことの繰り返しなのです。

賢者とそうでない人の違いは




1.決して諦めないこと

2.冷静であること

3.勇気があること

4.自分だけではなく人の人類の幸せを考えている



ことだと思うのです。

つまりやはり自分の気持ちをコントロール出来ている人なのです。


そしてこれは誰もが持っている資質だと思うのです。
 

他人はコントロール出来なくても、自分の心をコントロールすることは出来るようになるのです。

この本には91人もの賢者と言われている人が出て来ます。(中には今は衰退している人も確かにいます)

色んなケースがあるのです。

でもこの人たちは天からたくさんの人に影響を与えるように成功者を演じさせられている人たちだと思うのです。
 

だからすごく参考になります。


ビジネスだけでなく生き方、生き様にヒントがあるのです。

これから厳しい時代になっていく上で必要なことがたくさん書いてあるのです。


大切なのは成功することではなく、自立することなのです。


自立できたから、成功したのです。 
 
 
自立しようと努力したから幸せになれたのです。





賢者の選択 起業家たち勇気と決断 日経ビジネス文庫



 
 


 
  

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2009年10月20日 (火)

絶対に大丈夫!

   
  
今、にっちもさっちもいかない厳しい状況に立たされている人がいます。

でもその人を客観的にみていると2つのことがわかるのです。

一つはその状況になっているのはその人がその状況に絶対に耐えられるからなのです。

神様はその人に乗り越えられない試練は与えないと言いますがその通りなのです。

こんなにひどい状況はない!と思っていても後になると

「ああいい経験をしたな」くらいになるのです。

それから後の一つは何か大事なことに気づきなさいというメッセージを受け取るためにそのような状況に立たされているのです。

心の親、つまり本当の親である、守護霊、守護神がそうさせているのです。

そうしないと気づかないからです。

温泉に浸かった状態では人間はなかなか真剣に人生を考えないからです。


そしたらなにを心の支えに生きて行けばいいのか?

それは何があっても絶対に大丈夫だ!という大確信しかないのです。

今は光が見えないけどこれを乗り越えたら素晴らしい世界が待っているんだという絶対なる信念が必要なのです。

個人的にも地球規模のことでも先に明るい未来が待っていることをどれだけ信じるか?なのです。

100%信じたならば100%成就します。

50%は信じて50%が不安ならば50%しか整って来ないのです。

疑いが100%なら反対に絶対に幸せはやってきません。

例えば会社を経営している同じような状況に立たされた2人の社長が毎日違う言葉を発し続けたとします。


A社長

「私の会社は絶対に大丈夫です、善くなる善くなる善くなるんだ」
 
善くなることがイメージにあってそれに対して仕事を一生懸命にして行くのです。

B社長

「うちの会社はもうダメだ、絶対に潰れる、潰れる、潰れる」

未来に潰れた姿をイメージしながら社員の人たちやお客さんに接している。


火を見るより明らかですよね。

でも案外B社長のように知らず知らずに自分で自分を窮地に陥れている人がいるのです。

それはやはり自分のイメージした世界を創造しているのです。

自分の想念が、そのままの世界を創り出すのです。

タイムラグがあってすぐには現れなくても必ず現実のものとなるのです。

今のこの状況は過去世のものです。

だから今すぐには善くはならないのです。

今のことはしかたがないと諦めて

これからのことを善くしていくのです。

そのためには絶対に大丈夫、善くなる、善くなる、絶対に善くなるという信念が必要なのです。

心の内が外に現れるのです。

心の中が鏡のように外に映ってくるのです。

それを信じてください。

今の状況を変えるのは外ではないのです。

人が変えてくれるのではないのです。

自分の心が変えていくのです。

それは自分が創造主だからです。

自分が神そのものだからです。

我即神也の印を組むのは自分が神であったことを忘れていたのを想い出すためです。

組んでいるうちに本当にそうなんだという確信が湧いてくるのです。

本当にそうなのか?と確認しているうちにいつの間にか確信に変わっていくのです。

今までの印の組み方はそうでした。

でもこれからは組む前に自分に言い聞かすことが大切なのです。

かもしれないと思って組むのと絶対にそうなんだと思って組むのとではエネルギーが全然違うのです。

もう確認の時から確信の時に波動は変わって来ています。

2012年よりも前に神聖を顕す人がたくさん出て来るのです。

それがアセンションなのです。

あなたが世界を変えるのです。

それはあなたが創造主だからです。

 





追伸
 

印を組みたいと思う人はこの本を読んでくださいね。わーい(嬉しい顔)




『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎



   


 

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スッキリ爽やかになる

 
     
人と付き合うことで基準になることは人によって違うと思うのですが

相手の人の性格がわかりやすくてあっさりしていること等はかなりポイントになるのです。

人と人とがずっと接していられる時間の限界は5時間だそうです。

5時間ルールというのがあって、5時間以上べったりしていると人は自分だけの世界に戻りたくなるのだそうです。

それ以上一緒にいなくてもいいというルールなのだそうです。

息苦しくなってくるのですね。

中にはとてもとても5時間ももたないという相手もいます。

それはマイナスのエネルギーを思いっ切り溜めていて

人と逢ったとたんにそれを放つ人です。

つまりその人は自分で持っているのがしんどいので相手に放す、話すのです。

聞かされている人はたまったものではありません。げっそり

マイナスのエネルギーを受けてしまうからです。

エネルギーのことを気といいます。

話を聴く(きく)とは気が来る(きく)ことをいうのです。

放し(話)た相手は楽になり、聞いたあなたはしんどくなる。(笑)

こんな経験ないですか?

だから簡単にカウンセラーになるものではないのです。

相手のエネルギーをもらって病気にもなる覚悟がいるのです。


では人も元気になって自分も元気のままでいることなど出来ないのか?


それは自分に流れているエネルギーを流し続けるしかないのです。

宇宙から無限のプラスのエネルギーを戴いて、それを止めることなくただ流し続けるのです。

滝のような存在になるのですね ぴかぴか(新しい)

空になるとはそういうことなのです。

こういう人の側にいるとまるで滝の近くに行ったようにスッキリしてくるのです。

爽やかになって来るのです。

自分を覆っている滞ったエネルギーをスーッと流してくれるのです。

だからいくら立派なことを言っていても近くに居て気が重くなったりしんどくなったりする人は普段からスッキリしていないのです。

本ものではないです、にせものです。

心のコントロールが出来ていないのです。

念力でああだこうだとやっているのです。

超能力者や念力で病気を治す人たちです。

そんな人と一緒にいると自分までそうなってしまうのです。

だから出来るだけその人の側にはいかないことです。
 

でもそんなことをする自分が少し情けないですよね。

そんな人と居ても平気になりたいですよね。

その人を元気にしてあげたいですよね。

人の幸せとは自分だけが幸せになることではないと思うのです。

自分の周りの人、そして世界中の人が幸せになって初めて自分も幸せになるのです。

それは自分も他人もないからです。

みんな一つの光から分かれた生命(いのち)だからです。
 
 

私は自分も世界中の人類が幸せになることを目的に調和波動気功をしています。





http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/




エネルギーを流し続ける祈り言葉
 



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように


守護霊様ありがとうございます


守護神様ありがとうございます




     
  

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2009年10月19日 (月)

意識が飛んでいる

   
   
頭が真っ白になるというのは空になるのとは全然違うのです。

コップの中の水は注がないと満タンにはなりませんが

私たちの心の中はいつも何かでいっぱいになっているのです。

心の中に本心しか入っていなかったらそれが神我一体(しんがいったい)

つまり悟っている状態です。

頭で思っていることと本心で思っていることが同じなのです。

何の悩みも迷いもない状態です。

頭が真っ白、上の空、気が上がっている状態とは心の中が無防備で他人の想いであるとか人類の集合意識だとか幽界のオバケちゃんが入り放題になっているのです。

だから今自分のしたことを忘れてしまう

かんじんなことが抜ける

ボーッと無意識に動いている

頭に浮かんだことをただしゃべっているだけ

相手の気持ちも考えずに感情で話している

空気が読めていない

気が鎮まっていない

場違いのことを言うだとかという状態になるのです。


油断をすると業(ごう)がいくらでも入ってくるのです。
 

お釈迦様のいう空(くう)とはからっぽということではありません。

心の中に神様が入っているということです。

頭をからっぽにしてそこに神様を住まわせているのです。

神様とは宇宙意識のことなのです。

私たちの故郷は宇宙にあるのです。

本心もそこにあるのです。

だから宇宙も神様も本心もすべて同じなのです。

その状態になったとき人間は初めてまともになっているのです。
 

だから自分の意識が今、どこにあるのか?

心の中にどんなエネルギーが入っているのか?

をチェックすることはとても大切なことなのです。
 

そして、私たちは心の中をいつもきれいにすっきりさせて神様だけを住まわせておくことが大切なのです。

それが宇宙意識であり地球にいながらにして、神界、天国に住んでいることになるのです。

  
    

  
 

 

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2009年10月18日 (日)

考え過ぎるとロクなことはない

   

         
過去を考え過ぎて後悔の繰り返しをして

未来を考え過ぎて未来を悲観する

考え過ぎるとろくなことはない

そんなことより今、現在の足元を見よう

足元を固めて地に足が着くと未来が見えてくる




 

調和波動気功のセミナーでわかったこと 電球



  



   

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超能力を使う人とは?

    
  
超能力を使う人とは自分の心をコントロール出来ない人なのだそうです。

念力は長続きしません。
 

宇宙からの無限のエネルギーが働いているのではないので集中力が持続しないのです。

すぐに消えるのです。

そんなことより自分の心をコントロール出来る人の方がずっとずーと素晴らしいことなのです。

人間は不動心を得られないと絶対に幸せにはなれないのです。

 




本日行われた調和波動気功のう先生のセミナーでわかったことでした。電球



  

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2009年10月16日 (金)

明日の土曜日は気功サロンの日です。

  
 
明日の土曜日は気功サロンの日です。
  

明日は予約が少ないので是非、お越しになって下さい。
 

そして、来月の気功サロンはオーラ・オーラとのコラボです。
 

たくさんの人に目にみえない エネルギー=気=波動 のことを知っていただきたいのです。




10月17日(土) PM2時~PM7時まで

11月19日(木) PM2時~PM7時まで






11月19日(木)の気功サロンは
 
オーラ・オーラとのコラボレーション!


オーラオーラのスタッフと撮影カメラがサロンに来てくれます。


PM2時~7時まで(オーラ撮影は4時まで、以後はサロンのみ)


あなたの発しているエネルギーを知ってください。

エネルギーが変るとあなたもあなたの周りも変って来るのです。

日頃、想っていることをちょっと変えるだけで全然違う自分になれます。

エネルギーを流すコツがわかればスッキリ爽やかになれます。

そのことがオーラ写真を撮ることでハッキリわかるのです。

良い時の状態をキープする術を覚えたら後は続けるだけです。

そのアドバイスもさせていただきます。



1回撮影  1500円
2回撮影  2500円  (気功法実践まえと実践後の前後2回撮影)


サロンのみの方はいつも通り500円です。
 

当日来られる方は携帯までご連絡ください。


篠崎 080-1444-0018





オーラ・オーラ  ホームページ

 
http://auraaura7.com/


  気功サロンのカリキュラムの内容
  
  ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)

  ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)

  ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)

  ④ 一日七回感謝する(プラス思考)

  ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)

  ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)

  ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


   
  ①から⑦までを組み合わせてお教えいたします






場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分


http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html




  




  

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正しい親子関係のために

  
   
━ あなたはこの世の創造者


人は自分の想念の世界に住んでいる

地球人類を構成しているのはあなた方一人一人なのだ。

この世に世界というものが存在しているのは、あなた自身のためだ。

実際この世界は、あなたがそれを創り出しているのだ。

一般に、あらゆる人々は自分のまわりにあらゆる世界を創り出す。

その世界はその人の想い方次第で創られてゆく。

平和な世界を創り出してゆくか、また豊かな世界や調和の世界や孤独な世界を創り出してゆくかは、あなたの想い方一つで決まるのである。

家族がお互い一つ屋根の下に暮らしていても、家族それぞれ皆異なる世界に住んでいる。

確かに同じ建物、空間を共有し、同じ物を食べ、血で結ばれていてさえも、あなたたち家族は皆決して同じ世界には住んでいない。

みんな別々の世界に居を構えているのである。なぜならば家族皆、同じ思考を持っているとは限らないからである。

家族はお互い、同じ濃い血の絆で固く結ばれているので、一つの世界に住しているように思われるであろうが、否、決してそんなことはない。

家族であっても全く異なる世界に住しているものである。自分の子供が天国に住み、その両親が地上の世界に住んでいるかもしれない。

ところがあなたたちは、実際に自分たちが同じ世界に住んでいると思っている。

たとえ夫や妻であろうと、親や子供であろうと、想念が違っているのに、どうして同じ世界に住むことが出来よう。

人は自分の想念によって創っている世界に住み、その世界から離れることは出来ないのである。

またあなたの想いで創りあげた世界に、誰も住むことは出来ない。

それはあなたの世界だからだ。

あなた一人の想いで築きあげてきた世界なのである。

 そして自分一人の世界に住みつくと、あなたが自分のまわりに世界を創る。

親が子に(夫は妻に)自分の生き方や思想や体験を語り聞かせることは出来る。

だがそれまでのことである。

決して親の思う通りに子を導くことは出来ないし、また子供のほうは、果してその親が導く通りに歩んでゆくかというと、それは否である。


子供は子供の世界を築いてゆくからである。子供の築いた世界が地獄の様相をきたすような世界であるため、子供を変えたいと思うならば、まず子供の想念を変えるように導いてゆかねばならない。

そういう世界をこの世に創り出してゆく根源は、その子の想念だからである。

人は皆、自分の想念の世界に住んでいる。

自分の住んでいる世界があまりにも不幸で悲惨で汚れた世界である場合、、まず自分の住んでいる周囲の世界を変えなければならない、と誰しもが思うことであるが、それは間違いである。

誰も他を変えることは出来ないし、変えられるわけもない。

たとえ親が子に対しても、夫が妻に対しても無理なことである。

自分自身が本当に今自分の住んでいる世界から抜け出したいと思うならば、まず自分の想念を変えてゆくことから始めてゆかなければならないのである。

自分自身が変わること以外に、何の方法も見出せないのである。

故に、たとえ血のつながった愛すべき親兄弟姉妹がどんなに不幸であろうと、それらの人々に関しての責任はいっさい他にない。

すべては本人の責任である。

本人の考え方であり、本人の願いであり、本人の想いだからである。

自分の今住んでいる世界が嫌だからといって、家から逃れても、世間から逃れても、自分の世界はいつも自分についてまわる。

どこか別の世界へと逃げおおせたとしても、一番肝心のこの自分自身から逃げ出すことは決して出来ない。

どうやって逃げられよう。たとえどこかに逃れても、そこでまた同じ世界を、全く同じ自分の想念の世界を創ることになるのである。

何故ならば、自分自身が以前と変わっておらず、同じままだからである。

自分の想いが消えない限り、人は自分の世界を離れることは出来ないのである。

故にどうしても変えたいと切に望むならば、自分の思考や想念を変えなければならない。

変えさえすれば自分の世界はたちまち変わってしまう、まったく違った別の世界が自分の目の前に現われてくる。

あなたがあなたの想念によって創り出す世界とは、自分が真実であれば真実の世界になる。

自分が非実在の欲望の中に住んでいれば、あなたはみせかけの世界を創り出す。

どんなものにせよ、自分がそれであるもの、それがその人の世界なのだ。

だからこの世の中には、人の数と同じだけの世界が存在している。

何故なら、誰もが自分だけの世界に住んでおり、自分だけの世界をまわりに創り出しているからである。

それはその人の想いの投影、その人の想いの創作になる世界である。

たとえこの世を離れても、その世界を離れることは出来ない。

どこに行こうとも、人は再び同じ世界を創り出すことになる。

何故ならばその世界は、絶えず自分の想念から生まれてきているものだからである。

子供の運命は子供の責任である


ここで、再び話を親子関係にもどしてみたいと思う。昨今、実に親子間のトラブルが絶えない。

特に自分の血を分けた愛しい子が、自分の思った通りに順調に育たない場合が多く、悩みが絶えない。

健康面でのトラブル、精神面でのトラブル。

親は自分のことならいざしらず、実の子の不幸をみていて血を吐く想いである。

ほとんど多くの親は、我が子がこうしたあらゆる問題を抱えている時、それをすべて親の責任と痛切に感じ、自分自身のいたらなさを責め裁く。

たとえ自分を責めて責めて責めまくったにせよ、それでその子がものの見事に変わるなら大変に結構なことであるが、そんなことは、ほとんどと言っていいほどあり得ない。

親が我が子の不幸や災難に対して、あくまでも自分の責任として受けとり、自分を責めつづけ、その結果我が子が治るなら、どんな親もわが身を徹底的に責め裁くがよい。

だがいくら自分を責めつづけてみても、子が治る筈は決してないのである。

子供本人の抱えている、その苦しみや不幸や悲惨さは、決して親のせいでもなければ、親の至らなさでも親の責任でもない。

その子自身の本人の望みであり、まさしくその子の持っている想念行為の顕われなのである。

それがたとえ生後何ヶ月の子、一歳二歳十歳の幼子であってもである。

その真理がわからずして、いたずらに歎き悲しみ、人生のすべてを費やしてその子のために捧げ尽くし、暗く惨めな不幸な一生を終える親がこの世の中にどれだけいることか。

絶対なる真理は、この肉体界の世界を通過する時、どうしても歪んだものになっていってしまう。

それはあたかも、丁度まっすぐな棒を水の中に入れるようなものである。

棒はまっすぐなのに、突然水という媒体を通すと曲がってみえる。

水という媒体が何かをしてしまう、まっすぐな棒を屈折させてしまうのである。

頭の中では、棒はまっすぐなままだとよく知っているのに、実際の目にはそれが曲がってみえてしまうのである。

真理もまったくこれと同じことで、真理は真理で厳然としていてしかるべきものなのに、肉体という媒体、世間という媒体、常識という媒体を通過すると屈折される。

真理が想念という媒体を通り抜けてしまうと、それは何でも歪んだものになってしまう、故意に曲げられてしまう。

真理が真理にあらずである。

そのように、子供に関する限り、世間の常識でいえば、子供ことはすべて親の責任と義務にあると思い込まされている。

そして子供に関する一切合切、そのすべてを親に負い被せ過ぎてしまっているのである。

確かに親は、赤ちゃんや、幼い子供に関しては充分に保護し、養い育てる義務はあるのであるが、子供がどんどん成長して自分の意見を持ちはじめ、自主的になりはじめる頃は、全面的に親の責任とはいえないのである。

子供が持って生まれた天性の性格や才能、因縁、そして想念によるものの顕われだからである。

たとえ親といえど、子供の心の中にまで土足で入り、踏みにじることが許される筈もなく、また子供の心や想念を変えることが出来るなどとは、思い上がりも甚だしい。

どんな親であれ、そんな権利は持ち合わせてはいない。

子供はすべて、子供の自由意思によって、その子の人生が運命づけられてゆくものだからである。

親の役目は導き手にすぎない。真理への道、神への道へと、方向づけしてあげさえすればそれでよい。

折角方向づけしてあげても、その子供がそれに反発して従わなかったり、逆の道を行くようだったら、それはその子の生き方であるから、それはそれでよいのである。

今生には未だその子が果たさなければならない、修行しなければならない険しい道が敷かれているに違いないのである。

 
その子が今生において、無事その子の果たすべき因縁を超えられた場合、来生は素晴らしい、輝かしい世界が展開されてゆくものだからである。

それが一つの魂の成長なのである。
 

段階なのである。
 

今生の生き方だけを垣間見て、ああでもないこうでもないと言うことは、甚だおこがましいことである。
 

子供の苦しみをみていて、あまりにも悲惨さがつづくと、つい子供の苦しみを少しでも親が引き受けてあげたいとか、自分と代わってあげたいとか想うのは、心情的には実によくわかることなのであるが、真実からいえば自分の感情移入も甚だしい。


子供の天命のまっとうを祈ろう


本当に子供を愛し、子供のことを想うならば、今その子が通り抜けなければならない状況を、無事通りこせるよう祈ってあげればよいのである。

それ以外に方法は何も無い。

またたとえ、親の願いが聞き遂げられたとして、その子の苦しみや負担を分かち合えたにせよ、いずれその子には同じ運命の苦しみや、同じ悲惨さが待ち受けているのである。

決して苦しみから抜け出したのではない、ただ後まわしになったに過ぎないのである。


その子が今生において果たすべき天命は、必ず果し終えなければ、何生繰り返しても同じ世界が繰り広げられるのである。


どうぞ世の親たちよ、心を鬼にしてまでも厳しく対処すべし。

その子の担った運命は、その子のみにしか果たし終えないものである。

決して代わりが許されるべきものでもない。

その子の魂の磨きである。

立派になるためのプロセスである。

自由自在にして、真理の道を歩んでゆくための今生の道でもあるのである。

それをよく判っていただきたいのである。

厳しいようでも、子供の苦しみは、その子の問題である。

親であるあなたの問題ではない。


何故あなたがかき乱されなくてはならない。

何故あなたが苦しまなければならない。

何故あなたが責任を感じなければならない。

何故あなたが負い目を負わなければならない。

何故あなたが、あなた自身の人生までも狂わしてしまうことがあろうか。

ましてや、その子を取り巻く兄弟姉妹の運命までも。

その子の周りにある物は、すべてその子のせいでそこにある。

その子がその子自身によって、果さなければならないことなのだ。

だからこそ、その子がそれを引き寄せているのだ。

その子の周りにある苦しみや不幸や悲惨さをあなたが感じているとしたら、それは間違っている。

それを引き寄せているのはすべてその子なのだ。

あなたではない。

あなたがそれに対して苦しむのは止めなさい。

腹を立て憤るのは止めなさい、そしてその子の抱えている悲惨さと闘うのも止めなさい。

そんなことをしても無駄だ、その子が引き寄せて招いているのだから。

その子の周りに起こっていることは、何でもその子の想いに源(みなもと)がある。

その子の想いが常にその子の不幸の原因である。

あなたがそれに対して責任を感ずることはない。

あなたが責任を強く感ずるとしたら、それはあなたが間違っている。

あなた自身の存在が、その子の修行にとってかえって負担になってしまっているのである。

その子は今生において果さなければならない因縁を持って、生まれ合わせているのである。

本当にその子のことを思っているならば、あなたはただ黙って、その子のために祈ってあげることだ、ただ祈ってあげさえすればよい。

一刻も早く真理に目覚めるよう、その子のために祈ってあげさせすればよいのである。

縁あって、親と子として今生に生まれ合わせてきたのである。

その縁故に親が心から愛する子に対して、その子の天命がまっとうされんことを祈ってあげる時、その子にその親の心、真理が通じない筈はないのである。

やがて子は目覚め、その子自身の持つ想念が変わった時、もはやその子の世界は苦しみの世界から一変することであろう。


子供への執着を断とう


親は子供への執着を断つことだ。執着故に苦しみ傷つき病むのだ。

執着の想いほど子供にとって大いなる迷惑はない。

執着は留まることを知らない。

ただ物事をしてあるがままにあらしめなさい、そうすれば物事のほうから自然に去ってゆく。

物事を自分の力で引きつけてはならない。

物事の自然と己れの自然とに従うがよい。

無知からくる執着こそ人を惑わすものだ。

人は光明にも執着し得るし、神にも執着する。愛にも執着するし、祈りにも執着する。

過去の出来事にも執着すれば、未来にもまた執着する。

物質に執着すれば、地位や権力にも執着する。

夫や妻や子供に執着すると思えば、土地や財産、富にまで執着する。

また憎しみにも執着し喜びにも執着する。

ひとたび何かに執着すれば留まることを知らない。

どんなものにも執着せず、自由でなければならない。

何事も執着すればすべてが止まってしまう。

エネルギーが一ヵ所に滞り、自由自在とはほど遠くなる。

人は常に何ものにも把われず、自由自在であるべきだ。

執着は自分に足かせをはめているようなもの、自分で自分の首を絞めているようなもの。

何事にも執着しないでいられたら大したものである。

ましてやそれが愛するいとしい子にさえも行われ得たなら、あなたはもうすでにあなたの苦しみから解き放たれている。

心は自由だ、明るく陽気だ。

たとえ現実がどんな悲惨な状況をみせていようとも、もはやあなたの心の中には苦しみは存在しない。

何ものにも把われない自由な心があるからだ。

あなたが周りにある、そして起こる、あらゆるものに執着しなくなれば、あなたはいかなるものをも引き寄せることはない。

そうなると、あなたの執着を身に受けて自由を失っていた子供が、突如として溌剌と生き生きと輝いてくる。

多くの人々、実に多くの人々が、不幸に対して深い執着を持っている。

なぜなら、ある不幸からやっと抜け出られたと思ったら、また次にはもう新しい何か別の不幸を持ってくるからである。

私にいわせれば、まるで好きこのんで次の不幸をつかもうとしているとしか思えないのである。

逆に自分の不幸を売りものに、内心大いに楽しんでいるかのように思えてならないのである。

彼らにとっては、不幸こそが最大の宝物なのであろう。

人は新しい不幸を次から次へと創りつづけることによって、生き甲斐を求めているのかもしれない。



                    

                           
西園寺昌美



  








  

  

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2009年10月15日 (木)

死後の世界

  
  
人間は死ぬと肉体という服を脱ぎます。
  

肉体界で生きているときは肉体界、幽界、霊界、神界に同時に生きているのでのです。
 

普通の人が見えるのは肉体界だけです。
 

あとの世界は波動が細かいので見ることが出来ません。
 

だから肉体の死とは自分の存在すべてが無くなると思ってしまうのです。
 

でも肉体が無くなっても幽界、霊界、神界に自分は存在しているのです。(命は永遠に生き続けるのです)

 
人は死ぬとまず幽界に行きます。
 

そこから守護霊様は死んだ人を霊界に連れて行こうとします。
 

霊界で修行を積むと神界にも行けるのです。
 

神界とは天国のことです。
 

霊界、神界とは人が穏やかに安心して住める世界のことです。
 

肉体というがんじがらめの鎧を着た窮屈な世界から、縛りのない、どんな星にもどんな世界にも行ける自由自在心を手に入れたのです。
 

肉体の死とは本当は喜ばしいことなのです。
 

なのにそんな世界(霊界、神界)があると思っていない人は肉体が無くなっても意識が前のままなので、自分が死んだことが理解出来ないでいるのです。
 

でもその姿は誰にも見えないので、いくら人に語りかけても気づいてくれません。
 

そこでもがき苦しむのです。
 

それが浮遊霊です。
 

まさしくさまよった霊です。
 

守護霊様が霊界に行こうといくら導いても心が納得しないのです。
 

そして幽界から霊界に行かなければならないのに肉体界に引き返してしまうのです。
 

どういうことかと言いますと家族とか親しい人に憑依するのです。
 

その人が癌で亡くなったとしたらとり憑かれた家族はその体質を受け継いでしまうのです。(病気が遺伝性のものだと言われる由縁ですね)
 

五井先生は生きているときはまだしも、死んでからも人に迷惑をかけてはいけないと言っておられました。
 

真理を知らないということはこういうことなのです。


恐ろしいことなのです。


人間とはどこから来たのだろう。
 

自分は死んだらどこに行くのだろう。
 

こんな考えて当たり前のことを何も追求もしないで
 

ただ自分の欲望を満たすためだけに生きて来た人の末路は
 

やはり哀れなのです。
 

これから亡くなっていく人に対して正しい真理を説いてあげるのは非常に大切なことだと思うのです。
 

アセンション(次元上昇)とは死の意味がハッキリとわかる次元になるということです。
 

しかし、そのときを待つのではなくわかろうとする努力が大切なのだと思います。
 

死の意味を知ることは、今を真剣に生きるということだからです。



       『神と人間』 五井昌久  白光出版



 








  
 

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2009年10月14日 (水)

肉体の死とは?

   
    
私たち人間は肉体界の他に幽界、霊界、神界にも同時に生きています。
 

神界、霊界という心に、幽界という下着(シャツ)を着て、その上から肉体という服を着ているのです。

だから肉体が無くなる(つまり死)とは、服がボロボロになって捨てた状態をいうのです。

後には何が残るか?

下着(シャツ)を着たその人が残るのです。

下着だけになったとしてもその人の生命(いのち)とは何の関係もありません。

しばらくすると又、生まれ変わる。

それがまた新しい服を着た状態なのです。
 

ね、死は何も怖いものではないでしょ。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)
 

真理がわかれば安心立命出来るのです。
 

五井先生の 『神と人間』 という本にはそのことがわかりやすく書いているのです。

みなさん

肉体の死とはどんなことなのか?


どういう状態なのか?
 

もっとちゃんと知ってくださいね。
 

死がわかっていないと正しく生きることが出来ないのです。

 



 
          『神と人間』 五井昌久 白光出版



  

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2009年10月13日 (火)

10月17日(土)は気功サロンの日

  

今度の土曜日は気功サロンの日です。
 

そして、来月の気功サロンはオーラ・オーラとのコラボです。
 

たくさんの人に目にみえない エネルギー=気=波動 のことを知っていただきたいのです。





10月17日(土) PM2時~PM7時まで

11月19日(木) PM2時~PM7時まで






11月19日(木)の気功サロンは
 
オーラ・オーラとのコラボレーション!


オーラオーラのスタッフと撮影カメラがサロンに来てくれます。


PM2時~7時まで(オーラ撮影は4時まで、以後はサロンのみ)


あなたの発しているエネルギーを知ってください。

エネルギーが変るとあなたもあなたの周りも変って来るのです。

日頃、想っていることをちょっと変えるだけで全然違う自分になれます。

エネルギーを流すコツがわかればスッキリ爽やかになれます。

そのことがオーラ写真を撮ることでハッキリわかるのです。

良い時の状態をキープする術を覚えたら後は続けるだけです。

そのアドバイスもさせていただきます。



1回撮影  1500円
2回撮影  2500円  (気功法実践まえと実践後の前後2回撮影)


サロンのみの方はいつも通り500円です。
 

当日来られる方は携帯までご連絡ください。


篠崎 080-1444-0018





オーラ・オーラ  ホームページ

 
http://auraaura7.com/


  気功サロンのカリキュラムの内容
  
  ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)

  ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)

  ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)

  ④ 一日七回感謝する(プラス思考)

  ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)

  ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)

  ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


   
  ①から⑦までを組み合わせてお教えいたします






場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分

http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html




  

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人は宝石なのです。

  
 

「自分はダメだ」

「人間なんてどうしようもない生き物なんだ」

この言葉ほどネガティブで救われない言い方はないと思います。

でも私たちはしょっちゅうこの言葉を発しているのです。

そしてその通りになってしまう・・・・・・

それは真理を知らないからからです。

自分を人間というものを悪魔の子だと思っているのです。

だからいくら頑張っても無駄だと思っている。

もう少しで素晴らしいことになるのに諦めてしまう。

自分にも家族にも他の人にでも愚痴を言ってしまう。

でも真理は違うのです。

神様がそんなどうでもいいものを創られると思いますか?

昨日読んだ本ですごく勇気の湧いて来た文章があります。

お付き合いください。

 



 
人間の唯一の救いというのは、人間は本来神の分生命であって、完全円満性のものである、ということでありまして、瓦(かわら)を磨いて宝石にするのではなく、本来、宝石であるものの、汚れを取って、宝石である本心を開発してゆくだけなのです。

それでなければ、人類は永劫に救われることはなく、やがては地球が壊滅してしまうにきまっているのです。

しみじみ有難いものだと思います。



   

             
         生きている念仏   五井昌久


 



私たちは頑張って完全、完璧(神)になろうとしています。

でも不完全な自分を完全にしようとしているのです。

それは瓦を磨いて宝石にしようとするようなものです。

私たちは元々、宝石(神)なのです。

だから宝石に付いた汚れ(業、誤った想念)を取っていけばよいのです。


その方法が祈りなのです。

祈ると自分の心の故郷である神界、宇宙と繋がってそこから強烈な光が降りて来て心に付いた汚れを取ってくれるのです。


 


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  


 

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2009年10月12日 (月)

復活しました。

  
   
みなさん、こんにちは、グッドムーンです。わーい(嬉しい顔)

長らくお休みしていましたが復活しました。

休んでいた間は、のんびりしていたわけではなくあることに没頭していました。

そちらのことがほぼ落ち着いたのでまた、書き始めようと思ったのです。

休んでいる間に十分、充電出来たか?はわかりませんが以前とは違う内容になると思います。

さて、今日書こうと思ったのは

“愛は与えるのみ” 無償の愛です。

私たちは何かしんどいなぁ、スッキリしないなぁ、モヤモヤするなぁと思っているときとは、外のものに求めているものがあるのです。

与えて欲しいと思っているのです。

それは愛かもしれません、認めて欲しいという欲求なのかもしれません、評価して欲しい、褒めて欲しい、判って欲しい・・・・・・とにかくなにかの欲望なのです。

この欲望があるうちはスッキリしません。げっそり

欲望が充たされない限りは満足しないのです。

欲望は増幅するので充たされたと思ってもまたすぐに不満になります。

この不足感が不幸なのだと思います。
 

「愛は与えるのみで求めてはいけない」

「ありがとうの一言でも求めてはいけない」

とキリストはおっしゃいました。

いけないのではなく、ものではない、違うのだとわかりました。


「愛は与えるのみで求めるものではない」


「ありがとうの一言でも求めることは違う」


今の私にはこの言葉の方がピッタリくるのです。電球


これから色んなことをしていく上で愛をどうとらえるのか?

は私にとってとても重要なことなのです。

自分の気持ちをコントロールしていくのに必要不可欠なことなのです。

しんどくなったとき、モヤモヤしたときに想い出そうと思います。



「愛はただ、与えるのみで求めてはいけない」


「与えられた幸せを考えずに与えられた以上のことを求めると人は不幸になる」





  

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2009年10月 7日 (水)

もうしばらくお待ちください。

 
  
ありがたいことに、みなさんからたくさんのメールをいただいたり、気功仲間(ハーモニーの人たち)や友人からの

「どうしたんですか?何かあったんですか?」 と聞かれています(笑)

もうしばらくお待ちください。

充電して、またパワフルな日記を書いて行きますので 手(チョキ)指でOKわーい(嬉しい顔)


 

その前に、気功サロンのお知らせをさせてください。

来月の気功サロンはオーラ・オーラとのコラボです。

たくさんの人に目にみえない エネルギー=気=波動 のことを知っていただきたいのです。





気功サロンにいらっしゃいませんか!



10月17(土) PM2時~PM7時まで

11月19日(木)PM2時~PM7時まで






11月19日(木)の気功サロンは

オーラ・オーラとのコラボレーション!



オーラオーラのスタッフと撮影カメラがサロンに来てくれます。


PM2時~7時まで(オーラ撮影は4時まで、以後はサロンのみ)


あなたの発しているエネルギーを知ってください。

エネルギーが変るとあなたもあなたの周りも変って来るのです。

日頃、想っていることをちょっと変えるだけで全然違う自分になれます。

エネルギーを流すコツがわかればスッキリ爽やかになれます。

そのことがオーラ写真を撮ることでハッキリわかるのです。

良い時の状態をキープする術を覚えたら後は続けるだけです。

そのアドバイスもさせていただきます。



1回撮影  1500円
2回撮影  2500円  (気功法実践まえと実践後の前後2回撮影)



サロンのみの方はいつも通り500円です。
 
 

当日来られる方はメールまたは携帯でご連絡ください。


篠崎 080-1444-0018





  オーラ・オーラ  ホームページ

  http://auraaura7.com/


  気功サロンのカリキュラムの内容
  
  ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)

  ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)

  ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)

  ④ 一日七回感謝する(プラス思考)

  ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)

  ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)

  ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


   
  ①から⑦までを組み合わせてお教えいたします。






場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分


http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html



参加費:500円



気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい

講師がわかりやすくご説明いたしますよ (●^o^●)
参加ご希望の人はご連絡ください♪





  
 

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2009年9月30日 (水)

しばらく日記休みます。

  
    

他に集中しないといけないことが出来たので、日記をしばらくお休みします。でもどうしてもお知らせしたいことは書いていきますので、よろしくお願いします。わーい(嬉しい顔)  



                    グッドムーン



  

  

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2009年9月29日 (火)

本当の幸せとは?

   
       
仏教では生老病死は人間の最大の苦しみだといいます。

この他にも欲、執着による苦しみ、そして感情を超えないと本当の安心立命にはなりません。

これらの苦しみを越えるためにたくさんの人が悟ろうと大変な修行をしてきました。

わたしたちは、今もこの修行中です。

そしてわたしたちはこの肉体を持ったままで、自分の力だけでなんとかしようとしています。

だからしんどいのです。

それは肉体しか自分にはないと思っているからです。

守護霊や守護神、神様なんているかどうかわからない

わからないものに頼っていてもしかたない

誰も教えてくれない

教えてくれても信じていいのかわからない

そんな状態の人がたくさんいるのです。

色んな苦しみの中で一番の苦しみは死だと思います。

人間が一番悲しく、怖いのは死なのです。

死後の世界は本当にあるのか?

死がなぜ怖いのかというと肉体を去ってしまうともう自分は無くなってしまうと思うからです。

生命は有限だと思うからです。

だから生に執着する。

これを克服しようとしたら永遠の生命と繋がるしかないのです。

アセンションとは永遠の生命と繋がることを意味するのです。

永遠の生命とは宇宙のことです。

宇宙は無限であるように私たちの生命も永遠なのです。

そのことを実感しようとしたら宇宙と繋がることしかないのです。

お釈迦様は“生老病死” の苦しみから脱するためには 空 になりなさい とおっしゃいました。

それは肉体意識を超えて 空 になって宇宙と繋がりなさいということだったのです。

宗教とは、宇宙を示す教えという意味です。

だから人間は人間の心の故郷である宇宙と繋がらないと絶対に安心立命出来ないのです。

繋がっていないからいつまでも苦しんでいるのです。

自分でいくら頑張っても自分の本心と繋がらないと悟ることは出来ないのです。


後はもう宇宙と繋がるだけなのです。

難しい理論も理屈もいらないのです。

素直になるだけでいいのです。


宇宙と繋がることが出来る本があります。

ここに書いていることを実践すると光のエレベータ―に乗れるのです。


  


『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎




  
  

  

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頭を空っぽにして相手の天命を祈る

     
   

腹が立つ人がいた場合、イライラしながら

 
相手の人の天命を祈っていました。
 

感情想念の真っただ中にいて言葉だけ発していたのです。げっそり
 

だから心から祈れてなかったのです。涙
 

せっかくの祈りが半減、いや、かなり目減りしていたのです。
 

頭を空っぽにしている状態とは
 

相手に対して何の感情もない、スッキリ、爽やかな状態です。

 
そんな 空 の状態で祈ると相手の守護霊、守護神に素晴らしい光が行くのです。

 
そしてその光は自分に還って来ます。ぴかぴか(新しい)
 

すると腹が立っていた相手に対して
 

なんと!
 

いとおしい気持ちになるのだそうです。ウインク 揺れるハート
 

心の中で奇跡が起こるのです。わーい(嬉しい顔)
 

マイナスがゼロになりプラスになるのです。
 

いや、空っぽにするとはゼロからのスタートなのかもしれません。
 

だからプラスをも超えれるのだと思います。


どんな相手に対しても自分の気持ちをニュートラルにすることは大切なことなんですね。
 

その状態で祈ったり、アクションを起こせばいいのですね。


頭を空っぽにするにはやはり祈り続けていないとそうはならないのです。

  


  
世界人類が平和でありますように

○○さんの天命がまっとうされますように ぴかぴか(新しい)



  


      

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人が不幸と感じるときとは?

      
  


与えられた幸せを考えずに、与えられている以上のことを求めると人は不幸になる。







 

 
感想
 

先日のセミナーでう先生が言っておられました。

私たちは自分で勝手に不幸になっているのですね。げっそり

「給料がもう少しあったらなぁ」

「お金がもっとあったなら」

「休みがもう少し多かったら」

「子どもが以前のようにいうことを聞いてくれたら」

「奥さんがもう少しやさしくしてくれたら」

「自分のことをもっと認めてくれたら」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・etc

そしてそれが充たされていないと自分は不幸だと思うのです。

でもどれをとってもきりがないことばかりです。

給料が20万だったら30万欲しい、30万だったら50万欲しい

20万円を与えられている幸せを考えようとしないからいつまでたっても幸せにはなれないのです。


「今のままでも充分過ぎるほど幸せなんだ」


と思える人は素晴らしいと思います。


ほんとうに幸せな人とはどんな状態でも、どんな状況になっても生かされていることに感謝して生きていける人なのですね。わーい(嬉しい顔)



   


    

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イエスキリストの愛

     
     
イエスキリストが、十字架にはりつけになった時、自分をはりつけまでに追いやった人のために

“神よ、この者たちを赦し給え。彼らは真理を知らざるがためにこの罪を犯したのですから”

という意味のことをいっています。

なんと深い、偉大なる愛の言葉でありましょう。

これこそ真の愛であり、人間すべてを感動させる聖者の心であったのです。

私はこの言葉を想い出すと、涙が出てならないのです。

ああなんという高い心境であろう、なんという澄みきった言葉であろう、とおのずから心が愛に充ちてくるのです。

愛とは単に言葉に現わしていうものではない。

自己の生命全体が、相手の生命ととけ合って、はじめて生まれてくる感情であり、その純粋感情によって行われる行為こそ、愛の行為といえるのです。





      
              日々の祈り  五井昌久








  

 

感想
 

感動したときの心の動きをどう文章にしたらいいのだろう?

どういうメカニズムで感動って起こるのだろう?

そんなどうでもいいことを頭で考えていました。

最後の文章で解決しました。
 

愛とは単に言葉に現わしていうものではない。

自己の生命全体が、相手の生命ととけ合って、はじめて生まれてくる感情であり、その純粋感情によって行われる行為こそ、愛の行為といえるのです。




  

 

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いちいち善悪を比較するな

  
     
相手が悪い、自分は善い、と相手といちいち比較しているような想いでは、とうてい真実に相手を愛することはできないもので、相手も自分も悪いを善いもすべて守護霊守護神の神愛のなかに投入することの練習が一番よい方法なのです。

自分のほうが善いと思ったところで、過去世からどれほど間違ったことをしていたかは、現在の自分にはわからないのであって、自分の方が善い、と思うその想いは、ごく最近の出来事によるだけのものであるので、過去世からのその人の行為の何兆分の一かもわからないのです。

善い悪い等はいちいち自分で判断して、人を責めたり、自分を裁いたりするものではないので、自分は瞬間瞬間を神のみ心に波長を合わせつつ行為していればよいのであります。





    
      

               日々の祈り  五井昌久

  



 


 
感想

 
わたしたちは毎日のように私が悪い、あの人が悪いと自分や相手を決めつけています。

善いというより悪いことを探していることの方が多いのです。

そして決めつけた瞬間は気持ちが良くなったような気がするのですが、実はスッキリ爽やかにはなっていません。

それは自分や相手の人を批判、非難、評価することは真実の行為ではないからです。

「それは違うよ」

と守護霊さんからのメッセージなのです。

「相手が絶対に悪いのだ!」

と確信があったとしても

「あなたは正しい、あなたは何も悪くない」

と他の人に言ってもらっても

それは今生のことだけの判断です。

過去世ではあなたは相手の人にもっとひどいことをしていたのです。

自分のしたことが還ってきたのです。

還ってきて消えようとしているのです。
 

せっかく消えようとしているのに

 

「あいつ~ ちっ(怒った顔) 」
 

と相手を恨んでは
 

また、同じことを繰り返す(因果応報)だけなのです」
 

だからそんなことを又、ごちゃごちゃ分析してもしかたがないので

上の文にあるように

宇宙(神のみ心)に波長を合わせていればすべては神様がうまくやってくださるのです。





  
  


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2009年9月28日 (月)

仕事をしているフリをする

    
   
ハーモニーの人の中のある男性が

「仕事場がしんどくてしかたがありません、どうしたらいいでしょう?」

とう先生に質問されたそうです。

う先生は

「仕事をしているフリをしなさい、そうすれば職場はうまくまわっていきます」

とおっしゃったそうです。


普通これを聴いたら


「なんていい加減な答えなんだ!」


と思いますよね がく~(落胆した顔)

ところがこの答はすごく深いのです。

まず、この男性は世界平和の祈りを祈っている器のとてつもなく大きい人なのです。

そして波動が細かいので人の想念も受けやすい。

マイナスのエネルギーにも合ってしまう人なのです。

職場の人の影響も当然受けているのです。

だからこんな状態では仕事もあまりいい仕事が出来ていないのです。(ごめんなさいこれは自分のことも言っているのです)
 

そこで仕事のことはひとまず意識から外して
 

仕事をしているフリをして祈りを主にかえていくとします。
 

祈りに集中すると空の状態になって、すっきり、爽やかになって来るのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

空になると職場に光が降りて職場の人たちの本心にもその光が届くのです。

人間は元々善であり愛であり、美であるので、その本来の姿が顕われて来るのです。
 

するとその職場は素晴らしい 場 となります。
 

う先生はこのことをおっしゃっておられたのです。
 
 

それを聴いて私も職場では
 

仕事をしているフリをしようと思いました(笑)
 

でもそれはただのフリではないのです。
 

俳優さんが演じている演技に近いかもしれません。
 

祈りを主とした真理を顕すための手段としてなのです。



  
  


  

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あなたは何のために生きていますか?

  
    
爆笑問題の2人が京都大学と東京大学の学生に質問したそうです。
  

「君達は何のために一生懸命に勉強して京大、東大に入ったんだ?」
 

・・・・・・・・と
 

学生達のほとんどの人は何と答えたか?
 

それは
 

「感動するため」
 

なのだそうです。
 

そうなのです。
 

人は感動するために生まれて来たのです。
  

それが一番の人としての喜びなのです。
  

じゃあ、感動するときってどんなときなのか?
  

それは神秘的なことに出逢ったときだそうです。
 
  

神秘的とは心の奥の本心と繋がったときにわかる世界です。
 

感動したときって心の奥が震える感覚があります。
 

そして、なんだか嬉しくて涙が出て来るのです。
 
 

そんな経験をたくさんしている人は
 

本当の幸せをつかんだ人なのです。
 

自分の本心を開発していくことはこの上のない喜びなのです。

  



  

  
  

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悟りの境地に至るには

   
      
神は愛であるから、最後には人類のすべてを救い取って下さるのだ、ということを固く信ずるようにすることが第一であります。

神がなぜ愛なのか、というと人間生命の生みの親であるからです。

業想念世界に生活している人間の親でさえ、子供を愛する想いは非常に強いものであるのですから、業想念なき、光明一元の神のみ心が人間の迷いを浄め、人間が安心立命して、大調和して生活出来るように、と願いを持たぬわけがありません。

そこで神は守護神という、人類救済の働きに分かれて、人類の本心を開発させようと、つねに我らの身近に働いておられるのです。

だから肉体人間は、守護の神霊に感謝しつづけていさえすれば、いつの間にか見神と同じような状態になって、本心が開発されてゆくのであります。







 
                日々の祈り   五井昌久 





   

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把われのある人とない人

    
       
あるお坊さんが、他の坊さんと二人で旅をしていて、ある川にさしかかった時、その川を渡り悩んでいる女性のいるのに気づき、その坊さんが、私の背に乗りなさいといって、その女性を背負って川を渡ってしまい、渡りきるとその女性を背から降ろして、さっさと歩き出した。

それを見ていた他の坊さんが、おまえは坊主のくせに何故女性を背負ったのだ、女性の体に触れるなどとはけしからん行為だ、と非常に怒って、その坊さんをなじった。

すると坊さんは、平気な顔をして、わしはもう背中から女性をおろしてしまったが、おまえはまだ、あの女性を背負っておるのか、といって大笑いしたという話があります。

心に把われのある人とない人の差をはっきり示した話です。


 



               日々の祈り  五井昌久









 

感想
 

人間は把われが無かったらどれだけ自由自在に生きて行けるでしょう。

私たちはいつも何かに把われています。

お金や地位や名誉ばかりではありません、心がそこに留まって流れて行かない状態です。

人が自分の思う通りになってくれない、自分のことを認めてくれない、嫌なことがなくならない、身体の調子が良くならない・・・・・・・

何かに把われていると、息が詰まるような、気分がもやもや、イライラするようなスッキリしない気分なのです。

自分がそのような状態のときは周りの人にも影響するのです。

その場の雰囲気が重苦しいのです。

一方、把われのない人はいつも物事にこだわらず、気持ちをサラサラと流しています。

近くにいる人は滝の側にいるようで気持ちがいいのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)
 

いつも何にも把われず、すっきり爽やかでいたい!

 
そうなるためには自分の心をいつも、自分の心の故郷である、とてつもなく大きな宇宙にその想念を還してしまえばいいのです。

宇宙の波動と共鳴すると宇宙からの無限のエネルギーが入って来て、把われていた、滞っていたエネルギーが流れ出すのです。

 

  

宇宙と共鳴する祈り言葉

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




  

    
  

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神というものをそんなにむずかしく考えないでください。

   
   
私の日記を読んでくださった方が “無限なる幸せを体得する方法” の本を買われて、そして、その本の中から次の詩を抜粋してご自分の日記にアップしてくださいました。
 

感謝、感激です 泣き顔
 

今度は反対に私がアップさせていただきました。

読んでいくと、何か心が温かくなって、生きる勇気が湧いてくる詩です。

みなさんもお付き合いくださいね。わーい(嬉しい顔)







 

神というものを

そんなにむずかしく考えないで

たとえば

私達この肉体と

肉体に宿っている

生命を考えてみて下さい


どう考えても不思議なことだらけ

誰一人として

自分で生命を得て

生きてきた人はいないのです


みんな大生命の源

光のみなもとから

分かれてきたいのちなのです


そのいのちを生かしめているものが

大調和 大愛の光源


神なのです


自由な

こころ

自由自在心

これが

人間の真実の姿


すべての

枠も

たがも

なく

神の愛をうけて

光となって

働く


いのち

すなおに

ほがらかに

いのちを

放射して

天と地とを

つないでゆくのが

人間のすがた


十字交叉の

大きく

深い

人と

神との

愛の

架け橋が

やがて

宇宙の

星々の

光と

一つになって


世界平和の

祈りが

天地に

満ちるときがくる






神様はもう愛の思いで宇宙をつくり、地球という星をつくり

人間、私達をつくられてのであります。


だから私達の中には、神の愛と光が流れ込んでいるのであります。

どんなことが起ころうと、その愛と光は

誰にも取り除くことが出来ないのであります。


私達の生命というのもは、ずっと続いて参ります。

神もみ心、みふところの深く

天命をまっとうするまで、この生命は輝いて神と共にあるのであります。




いわゆる不幸とみえることは

その人の過去世の業(本来光であることに気付かずに犯した過ち)が

消えてゆく瞬間であると同時に

その人の魂の成長のために、その人が経験することによって

一層神様とつながって、光を輝かすために

神様が守護霊・守護神に命じてなさることでもあるのです。


その神様のみ心は、どこをどう覗いても愛なのです。

暗い所や闇の所なんぞ、これっぽっちもありやしないんです。


ですから、色々なことにぶつかっても

‘ああこれで消えるんだな‘と思って

どうぞ世界平和の祈り一念、愛の祈り一念の生活を続けていって下さい。








  ‘無限なる幸せを体得する方法  于 寿明さん 著 より‘






  

  

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2009年9月27日 (日)

仕事は探す時代からクリエイトする時代へ

   
     
ただ仕事が無いと手をこまねいていてもダメなのです。

仕事はもう探す時代から自分で創っていく時代へと入っているのです。

わたしたちは仕事が無い、雇ってくれるところが無いと嘆きます。

年齢的に厳しくなる、条件が合わなくなる。

そして諦めるか、泣く泣くその条件を飲む。

いつまでも雇われることを考えていては自分を苦しくするだけです。

条件が合わないのだったら、自分のしたい仕事が無かったなら

自分で仕事を創ってしまえばいいのです。

どんな仕事も最初にクリエイトした人がいるのです。

「こんな仕事があったらみんな喜ぶだろうな、助かるだろうな、感謝されるだろうな、喜んでお金を払ってくれるだろうな」

という発想から生まれるのです。

仕事は段々と無くなって行きます。

たくさんの人が路頭に迷う時代がやってきます。

経済社会は終わるのです。

お金の無い時代がやって来るのです。

でもその前にたくさんのいい仕事が出来るのです。

そしてその仕事をクリエイトした人たちはお金が無い時代がやって来ても

ソフトランディング(ゆるやかな着地)が出来るのです。

そうなのです。

仕事とは与えられる時代から、創っていく時代に入ったのです。



  

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あらゆる仕事を経験する

    
    
覚者であった五井先生は過去世であらゆる仕事を経験されてきて、していない仕事は

“タクシーの運転手” だけだったそうです。

だから色んな人の立場や気持ちがわかるのです。

仕事だけでなく

病気をすること、失業すること、失恋すること、離婚すること、いじめられること、お金がなくなること、逮捕されること・・・・・・

今生だけでもたくさんの経験をします。

そして思うのは、同じ立場の人の気持ちがよくわかるのです。

そしてそのときには辛い、悲しいと思うのだけど

「経験出来て良かった、あの経験があったから今の自分がいる」

ということです。

あの経験がなかったら今とは全然違う自分がいるのです。

ということは今、失業中の人も貴重な経験をしているプロセスなんですね。

この経験は魂を磨くために必要なものなのです。

守護霊、守護神が失業を経験してより強くなるためにさせている修行なのです。

これから人類はこの “失業” という経験をたくさんの人たちがしていくようになります。

ほんとにもう仕事が無くなっていくのです。

する仕事が無いのです。

あなたが今、もし失業しているとしたなら、それは人類に先駆けて人類を代表としてさせられていると思ってください。

あなたが先に経験していないと後に続く人が大変になるからです。

あなたが経験して、それを乗り越えることが出来たなら後の人たちも乗り越えることが出来るのです。

その経験が生かされるのです。

だから今の時点でどういう仕事をしているとか、何の職種に就いているとか

そんなことはどうでもいいことなんだ ということがわかります。

人生は今、この肉体を持っている自分だけではないのです。

過去世から現在、そして未来もずっと人生なのです。

今はそのプロセスです。

だから、今どんな状況にあったとしても焦らずに

のんびり行きましょう わーい(嬉しい顔)

焦ると焦げ付きます。

それより腰を据えて座るのです。

そしてどうしたらいいのか?

守護霊さんに聞いてくださいね。

きっといい

アドバイスが戴けますよ わーい(嬉しい顔)指でOK




    

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2009年9月26日 (土)

食べるための生活は余技

         

人の嫌がる仕事や、人類のためにならぬような仕事についていたとしたら、仕事そのものが人類のためにマイナスになるとしても、その人がその仕事を通して、人類の平和を祈る心になって、その職場に生きていたならば、他の人がやれば害になるような仕事も、祈り心の光明波動によって、そのマイナスが極度に小さくなってゆくのであります。
 


これは人類の借財を減らしてゆくようなもので、やはり、その行為はこの世にプラスとなってゆくわけなのです。


人間の天命は、地球世界を大宇宙世界の一環として、精神と物質との融和を計り、完全なる平和世界とすることの働きをなしつづけてゆくことにあります。



 


         

                日々の祈り    五井昌久







  

感想
 

私にとってこの 
食べるための生活は余技 は強烈なインパクトがあるのです。

この世的にしている仕事は一生懸命にすることなんかは当たり前の当たり前でそれよりも最後の
 


人間の天命は、地球世界を大宇宙世界の一環として、精神と物質との融和を計り、完全なる平和世界とすることの働きをなしつづけてゆくことにあります。

 
が本当の仕事なのです。

私たちは自分のことをただ何となく生まれて来て、そしてなんとなく死んでゆくと思っています。

でも、そんななんとなくの目的なんかで神様は私たちを創っているわけがないのです。

3次元の仕事をしただけで天職をまっとうするわけがないのです。

宇宙はそんないい加減な世界ではないのです。

私たちはそんなちっぽけな存在ではないのです。



この世(3次元)での仕事はどんな仕事でもいいのです。
 

それよりももっと、もっと大切なことは自分の生命を輝かせることなのです。ぴかぴか(新しい)

 

祈りながら仕事をすると天命がまっとうできるのです。
 



世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





         

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ほんものとにせものを区別する法

      

やたらに人を信じてよいというものではない。

やたらに人のいう通りに行動してよいというものでもない。

相手の本心と業想念をよく区別して、相手の業想念のなかに引きずりこまれてしまってはいけない。


そうした本心と業想念の区別をつける最もよい方法は、先祖の悟った霊である守護霊さんと、その上にいて常に守護霊に光を送っている守護神さんにつねに感謝の心を送っていると、守護の神霊の側から、その人の心にむけて、その区別を直感的にか、他の人を介して必ず知らせてくれるものである。


もしそれでもだまされたり、ひっかかったりする時は、それこそ過去世からのその人との業因縁がそこで消え去っていったもので、それも、自己の本心を輝かすために必要なことであったのだ、と思い、世界平和の祈りを祈りつづけることである。





        


               日々の祈り    五井昌久











  

感想 


この世は前世で自分が想っていたこと、していた行為が返ってきている世界なので、自分が前世で人をいじめていたならそれが返ってくるし、騙してしたなら、今生では反対に騙される立場になるのです。

ですから、その法則を果すためには、騙されることがわかっていて守護霊はそのままにすることがあるのです。

騙されることがすべてに悪いことではない。

守護霊は人間を守る役割りがあるのですが、魂の成長のためにはかばうことばかりをするのではないのです。

「かわいい子には旅をさせろ!」

ですよね、だから今どうしようもない立場に立たされている人は試されているのです。

あなたが強いから乗り越えていく力を持っているから試練は来るのです。

弱い人には辛く苦しい試練が来ることはありません。

ただ一人で乗り越えようとはしないでください。

どんなに苦しい境地でも最後には必ず守護霊、守護神が救ってくださいます。

ぎりぎりのところで救ってくださるのです。

そこまで耐えられるか神様から試されているのです。

どこまで努力するかを見ておられるのです。


失敗、成功はどうでもいいのです。

だから自己否定したり、自暴自棄になったりしないでください。

あなたは創造主(神)なのです。

どんな状況でも絶対に乗り越えていけるのです。

  




     

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悔い改めは永々と時間をかけてするのではない

  
     
      
いつ迄も悔いてばかりいては、悪を把えていることになるのですから、その人の神性が表面に現われることが出来ないのです。

悔いも改めも同時に瞬間的にするのであって、永々と時間をかけてやるのではありません。

自分が悪い悪いといつ迄も思っていることは、けっして神様のお喜びになることではありません。

神の世界には悪はないのですから、自分の悪でも、人の悪でも、悪い悪いといつまでも掴んでいるようでは、その人は神の世界から遠ざかっていることになるのです。

悪を掴むのは自己なり人なりからその悪を消し去るために、一度掴むだけなのです。

それが自己の場合には悔い改めとなり、他人の場合には赦しということになるのです。






                 日々の祈り  五井昌久


 








 

 

感想


自分が何かを失敗して人に多少の迷惑をかけることがあります。

そのとき次の日になって

「昨日はすいませんでした」

と謝るときに考えてしまうことがあるのです。

「相手の人はまだ忘れていないだろうから、もう一度謝っておいた方がいいかな?」

と計算してしまうのです。

でも昨日もちゃんとその意思は伝えてある、もういいのではないのか?

とも思うのです。

そんなことをごちゃごちゃと考えてしまうという自分が嫌になります。

自分の中(心)ではもう引きずりたくないのです。

ということは自分の問題ではなく、相手の人が自分をどう想うか?を気にしているのです。(計算している)

最近では、そんな駆け引きは止めて、自分から自然と出る言葉や行為に任せています。

ここに書いているように悔い改め、反省は一瞬でいいのです。

反省の省は少な目と書きますよね(笑)

反対にお世話になったこと、嬉しかったことは次の日にも持ち越してもいのではないかと思うのです。


「昨日はありがとうございました、楽しかったです♪」
 

は人の心を再び温かくします。
 

でも、どんなに善いことでも明後日には、もう忘れた方がいいかもしれませんね わーい(嬉しい顔)


善いことにも悪いことにも把われないことが大切なのです。


エネルギーは流し続けないと明るい日はやって来ないのです。


明日という字は明るい日と書くのです。ぴかぴか(新しい)

  

  
 

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迷う時は守護霊さんを呼ぼう

                                  
      

もし迷うことがあったら、心の中で守護霊さんを呼びながら、その裁断を願えば必ず何らかの形でその答えをしてくれる。

それは他の人に会って、その人の口から聞かされるかもしれぬ。

(この場合最初に会った人)或いはピンと直感的にひらめくかも知れぬ。(第一直感がその答)

その答がいかに、現在の自分に都合が悪いように思えても、それは後によくなる方法に違いないのである。

それを信じなければならぬ。

第二直感で出てくることは業の答であるから、よくよく注意せねばならぬ。

業因縁の答は常に甘い。

都合よさそうな答が多いので、ついこの答にひきづられることが多いのである。

だから、常日頃、守護霊を信じ、感謝の想いを抱いていなければいけない。




      
      
                         日々の祈り   五井昌久








感想

 

セカンドソート、セカンドオピニオンと言われています。

人の意見を聴くのは悪いことではありません。

でも、それが自分の直感を迷わせるものが多いのです。

守護霊さんはどんなに優れた肉体人間よりも先を見通し、この先何が起こるかがわかっている素晴らしいコンサルタントなのです。

それは霊界に住んでいるので未来のことがわかるからです。

もう、占いなんかに頼る必要はありませんよね わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)

自分の直感を信じましょう。

そして守護霊さんを信じましょうわーい(嬉しい顔)手(チョキ)




   

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2009年9月25日 (金)

本心そのままで生きている人

  
               
悟りとは、自己の本心を光輝かせること。

生命をさわりなく生かしきれる状態をいうのです。

悟りといっても、種々と段階のあることで瞬間的に、自己の本心を現わしたり、生命を生かし切ったりすることも悟りでありますが、常に変りなく、本心そのままで生きぬいている人があるとすれば、その人は釈尊(お釈迦様)と同じような正覚を得た人というべきでしょう。

本心そのままで生きている人の状態とは、どのようかと申しますと、

慈悲深く、喜怒哀楽に迷わされず、すべての恐怖なく、他人の本心と想念をも、はっきり区別してわかり、おのずと人々の想念を浄めている、といったような人になるわけです。

神は光であるので、本心そのままで生きている人は光輝いている人であります。


 



                日々の祈り  五井昌久




   

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悟りとは

   
     
悟りとは、本心と自分とが全く一つになるということなのであります。

迷ったり、怒ったり、恨んだり、妬んだり、哀しんだり、恐れたり、執着したりする想念というものを、ハッキリ、自分ではない、と思い定めることなのです。

自分とは、神と一つである本心そのものであり、もろもろの想念は、過去における自分の迷いの足跡が、今現われて消えてゆく姿である、と思い定めることなのです。

自分が自分の創造主であることを知ること。

つまり自分が神の使命達成の一員として、神の世界から天降って、この地上界に神の生命をはな咲かせつつある者であることを知ることなのです。




      
               日々の祈り  五井昌久 



   

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気功サロン、セミナーのお知らせ

   
  
前回(9月19日)の気功サロンには、たくさんの人が来てくださいました。

高校時代の友人、気功教室のインターネットを見て、近所のスーパーに置かせていただいているチラシを見て来られた人、気功を勉強中の人、そして東京から来られてオーラ・オーラと気功サロンに参加しう先生に会われた人
 

サロンは大盛況でした。手(チョキ)
 

その中で来られた人を観察するとほんと様々なのです。
 



 
1.自分がなんで興味を持ってここに来ているのか?がわからないのだけど守護霊、守護神に連れらてなんとなく来た人(魂が求めている)


1.幽界のオバケちゃんに憑依されていて守護霊、守護神がその人を助けようと必死で連れてきた人


1.ご本心に光がいって、真剣に来た人(でも肉体人間のその人はそこまで自覚はない)


1.調和波動気功、う先生に繋がるために来られた人
 
 



どんな人が来られるかわからないときもあり、こちらが平常心、不動心でいないとその“場”のエネルギーが乱れてしまうのです。

でもそこには調和波動気功を真剣に10年以上やってきた人たち(私も含め)が居るのでいい波動が保たれています。

癒されるとは、波動調整が出来る人の傍にいること、または波動調整された場所をいうのです。ぴかぴか(新しい)


だから盛況になっているのだと思います。
 

みなさんも是非、気功サロンに来てください。
 

そしてお元気になってお帰りくださいね。
わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


 

 

気とはエネルギーのことです。

目にみえない自分の発しているエネルギー を整えることが健康になるメソッド(方法)なのです。

病気とは気が病んだ状態なのです。

そして病気は人に治してもらうものではなく自分で気を整えていくものなのです。

これを波動調整といいます。



本当の健康とは、肉体と精神のバランスが整ったときの状態です。


身体が固くなると気持ちまでかたくなになるのです。

身体を柔らかくしたり、エネルギーを流すコツがわかるとスッキリ爽やかになります。

エネルギーがスッキリすると物事を前向きにとらえられるようになるのです。

気功サロンに来て、心身ともに健康になりませんか?
 



次回のサロン日は


 10月17日(土)13時30分~19時

 
翌日の18日(日)は調和波動気功のセミナー(森の会)が心斎橋の大成閣(中国料理)で行われます。


 
翌々月は

11月19日(木)13時30分~19時
 


のサロンはオーラ・オーラとコラボします。

気功サロンでオーラを撮るのです。カメラ ぴかぴか(新しい)

みなさんはどんなエネルギーを放っているのでしょうか ぴかぴか(新しい)

どうぞ、お楽しみに!! 
わーい(嬉しい顔)






      カリキュラムの内容  
  
 
    ① 呼吸法(気持ちを落ち着かせる為)
    ② ストレッチ(心と身体を柔軟にする)
    ③ 姿勢を正す(気を通りやすくする)
    ④ 一日七回感謝する(プラス思考)
    ⑤ 全てのものとの調和(感謝出来るようになる)
    ⑥ 身体の力を抜く(感情のコントロールが出来る)
    ⑦ 明るく朗らかに穏やかなる(パワフルになる)


この7つの中からいくつかを体験していただきます。

   
この時間帯の間のお好きな時間にお越し下さいね。

 

場所:浪速区民センター 第4会議室
大阪市浪速区稲荷2丁目4-3
電話 06-6568-2171
地下鉄千日前線桜川駅より徒歩3分
 

http://osakacommunity.jp/naniwa/index.html
 

参加費:500円

気功ってどんなものかな?と思っても、
なかなかレッスンにくるのは敷居が高い、
という方、是非気功サロンにお越し下さい
オリエンタルウインドの講師がわかりやすくご説明いたしますよ (女性2名男性2名)

  (●^o^●)



参加を希望の人は私(グッドムーン)にメッセージをください♪



調和波動気功とは?

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


 健康になる気功教室in 大阪 (気功のことがわかりますよ)

http://orientalwind.info/


そして、オーラ・オーラもよろしくお願いします。

http://auraaura7.com/




  

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真の霊能の条件

   
  
愛が深いということは、魂の清さ高さを端的に現わしているからです。

自己を深めたい、人を救いたい、人のために働きたい、人の世のために全力を挙げたい等々、常に自己の力を他に捧げたい、という愛の心が根本になって、開発された霊能であることが第一です。

だがいかに深い愛をもっていても、霊視、霊聴、霊言を審神(さにわ)もせず、ただやたらに信ずるようではいけないのです。

霊能があったからといってすぐに有頂天になったり、すぐに人に告げてみたりする軽率さでは、守護神はその人に及第点を下さらないのです。

もしその人に深い洞察力がなければ、出てくる霊能を否定し尽くすことです。

否定して否定して否定し尽くしても、どうしても消えぬ霊視であり、霊聴であり、霊言だったら、それは真実のものと判断すべきです。





      
                日々の祈り  五井昌久




 


 

 

感想

 

これだけ、霊能のことを一生懸命に書いているということは、私と縁のある人の中でスピチュアルな世界に入ろうとしている人、入っているけど抜け出したいとしている人がいるのかもしれません。


霊的な力を得ようとしている人は、最初は純粋なのです。

愛が深い人たちが多いのです。

それはそうなんだと思います。

でも、どこに意識があるか?が大切なのです。

少しでも人に褒められたい、感謝されたい、凄いと言われたいという自分というものがあれば、すぐに幽界のオバケのおもちゃにされてしまうのです。

そして人格がまったく変わってしまってしまう。

憑依されるのです。

それだったら最初からそんなものに興味を持たなければよかったということになります。

それくらい本当の霊力を得るということは厳しいのです。

洞察力というのは自分の本心(神)と繋がって、繋がり続けてやっと得ることが出来る力です。

真剣に自分というものを無くしていかないと得られないのです。

もし、少しでも自分がの我のある人は止めてください。

そんなものを持たなくても時期が来ればみんな覚者になれるのです。

ただ人類を愛する気持ちだけは失わないでくださいね。わーい(嬉しい顔)




 
  
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





  


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誤った霊能

     

真の霊能と魔境的、迷い心の幻覚、幻聴とは違います。

魔境とは、まず最初に自己の力を誇示したいとか、自己の都合のよいようにその力をつかいたいとかいう想念でなった霊眼、霊聴、霊言のすべてをいいます。

そうした想念が魔境的想念なのでありますから、そうした想念、統一でなった霊能は、全部一度打ち消してもとの普通人に還らなければいけません。

それは例えば霊眼に仏菩薩の姿がみえ、霊聴に神と称しキリストと名のってきこえてきても、これはダメなのです。

何故かというと、自己利益的欲望では、絶対に神仏の真の力をいただく境地にはなれないからです。

魂の開発向上には少しも役に立たぬばかりか、ついに自己の身を滅ぼし、他人の魂を傷つけ、ゆがめてしまうようにもなるのです。




    

            日々の祈り 五井昌久

 





  
  

感想
  

自分だけの世界でスピチュアルなものを求めるのはまだいいのですが、魔界のオバケに操られて得た魔力を人に及ぼすほど罪つくりなことはないのです。

そんな人たちはだいたい浮世離れをしています。

自分の仕事に不満を持っていたり、人を批判してばかりいたり、目の前のことに真剣にならずに目にみえないことに逃げたり、やるべきことの責任を果たしていなかったり、感情的になったり、人を不快にさせたり・・・・・

だから最初は神秘的なことを求めてついて来た人たちも自分の中で審神(さにわ)、つまりにせものだと見破って離れていくのです。

文章の中で

そうした想念、統一でなった霊能は、全部一度打ち消してもとの普通人に還らなければいけません。

とあります。

まったくその通りでありまして、スピチュアルな力を得ようとしている人は幽界のオバケが憑く前に目を覚まし、3次元的なことを一生懸命にしていくことが大切だと思うのです。





  



  

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どんな仕事にも真剣にたちむかえ

  
    
人間には、できるできないはひとまずおいて、何事にも真剣に取り組んでゆくということが必要なので、いいかげんな態度で世の中を渡ってゆこうとするぐらい嫌なことはありません。

与えられた職業はそれがどんな職業でありましょうとも、その人が永遠の生命をしっかり自己のものとするための一つの経験として与えられているものでありまして、その人に必要でない経験は現われてこないのです。

ですから、自己がおかれている環境に不満をもって、与えられた仕事を怠るようであったら、そうした経験を魂の底にしみこませられるまで、同じような環境をぬけきることはできないのです。

どんなつまらなそうな仕事に対しても真剣に立ち向かわなくてはいけないということです。




      

                                    日々の祈り  五井昌久  



 

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2009年9月24日 (木)

病気になる原因

   
        
医学的にみてどうしても解決出来ないことがあります。

原因がわからない、つまり病気の元の部分がわからないのです。

病気になる原因はいくつかに分かれます。
 



1.その人のマイナス想念が生命エネルギーを弱らせてしまう場合。

2.過去世で病弱だったことが今に写ってきている場合。

3.守護霊守護神が試練を与える意味で病気にさせている場合。

4.亡くなった人、あるいは幽界のオバケが憑依している場合。
 



この4つに共通していることは、自らのエネルギー、漢字で書くと気が病んでいる状態なのです。

この病んでいる状態を病気と言います。

なんらかの原因でこのエネルギーが弱っているのです。

この4つの原因を見てみるとお医者様で治せるものは無いことがわかります。(外科的なことは別です、お医者様の愛がある場合も別です)

進化した星には、病気とか死もないのは進化した星の宇宙人はこのエネルギーを自分で調整出来るからです。

これを波動調整と言います。

地球の人類もこの波動調整が出来るようになることが

つまりアセンション(次元上昇)の時なのです。



  

では、4つの原因を検証していきましょう。


1.はなんとなくわかりますよね、

自分はダメだ、自分は病気になるのではないか?死ぬんじゃないか?病気は治らないんじゃないか?と思い続けて自分で病気を引き寄せている人です。

自分でエネルギーを弱らせているのです。


2.は、いつも書いているようにこの肉体界は幽界、つまり過去世の潜在意識に溜まったものが現われてきている世界です。だから過去世において病弱だった人はそれを引き継ぐのです。

3.はその人の魂の成長のために、その人が病気や不幸とみえることを経験することによって、一層神様(本心)とつながって、光を輝かすために神様が守護霊、守護神に命じてなさることでもあるのです。
いわゆる愛のムチですね。

4.は、まだ多くの人は自分は肉体だけで同時に幽界、霊界、神界に住んでいるとは想っていません。だから死んで肉体を離れても幽界から霊界へと行こうとしないのです。

肉体が無くなっても心が残っている。だから自分が死んだとは思えない。そして親しかった人や家族に憑くのです。

憑かれた人は死んだ人の想念と体質、つまり病気をもらってしまうのです。

だから真理を知らないと死んでからも人に迷惑をかけるのです。

人間が一番愚かだと思うことですよね。

今こそ、人は死んだらどうなるのだろう?死んだらどこに行くのだろう?くらいのことはちゃんとわかっていないといけない時期に来ているのです。

幽界のオバケちゃんに憑依されるのも同じようなことです。

今までみなさんが聞いたこともなければ予想もしていないような話なのかもしれません。

でも真理がわかっている人からみれば当たり前のことなのです。
 


知らない人が多すぎるだけなのです。

これを解決する方法は?

それは自分が宇宙と繋がって、宇宙の無限のエネルギーを自分の心を身体に入れていくしかないのです。
 

つまり空になって、統一することです。

 
すごく単純でしょ


そうなのです、宇宙は、真理はシンプルなのです。わーい(嬉しい顔)指でOK



  
この本を読むと空になって統一が出来るようになります。
わーい(嬉しい顔)
 

  
『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎














  


  

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2009年9月23日 (水)

調和波動気功セミナーのお知らせ

  
   
すいませ~ん、実は月一回の調和波動気功のセミナーが27日(日)にあります。

みなさんにご連絡するのをすっかり忘れていました。

振込み申込みは明日までですが、私に連絡いただいたら当日現地で会費を頂くということでなんとかいたします。


この間の気功サロンに来られた人も、参加してくださることになりました。

みなさんも是非参加してください。

調和波動気功のこと、う先生のこと、ハーモニーのこと、グッドムーンのこと・・・・・・

きっと色んな発見がありますよ 
わーい(嬉しい顔)

 


     森の会


       記
 

★日時 9月27日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  う先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8000円(小学生4~6年生4000円)


申し込み方法:
電話予約の後、3日前下記郵便貯金口座へお振り込みください。

口座名義:ニューハーモニーの会
記号:14620 番号:14862351


お子様が参加される方、ハーモニー以外の方で
初めての参加となる方は、上記まで連絡の上
お振り込みをお願いいたします。
ニューハーモニーの会
 

 
TEL :06-6245-5457





参加したい人はご遠慮なくグッドムーンにメッセージくださいね


携帯080-1444-0018


詳しくは

 http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/sub1.html 




   


     

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如是我聞

      
     
1.神さまは成功、失敗を問題にするのではない、その器がいかに一生懸命にやるかやらないかを問われるのである。




1.四つの病いが重なり、精神的に焦りと恐怖心がわいて来て抑えきれない、という方へのお返事。

「人間は体でものをするのではありません。精神でするのです。

その精神の中に神さまが生きているのです。

ですから神さま有難うございます、と感謝しましょう。

体でやろう、体で生きようと思いなさるな」

 


1.体の諸所が悪い女性へのご指導 ━

「体から心をぬくような練習をしなさい。肉体で生きているんじゃないんだ、もう私の体はないんだ、と体を一遍ないようにして、心だけで生きていると思いなさい。

そして明るいことのみを思い、見ていきなさい」


 



 

                   五井昌久




   

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一人で生まれ一人で死んでいく

   
     
生まれて来るときも死んでいくときも、一人で生まれてきて、一人で死んでいく

そんなことを書いた詩を読んだことがあります。

確かアメリカンインディアンだったかな?

「人は一人では生きていけない」

「人は支え合って生きていくのだ」

といいます。

その通りなのですが

人は窮地に立たされたりとか、本当に辛いことがあったりだとか、悲しみにうちしがれているときには、一人になりたいのです。

そんなときに人が

「大丈夫?」 とそばに行こうとすると

「大丈夫だから一人にしといて」

と言います。

これは自分の中にしか解決する答えがないことを知っているからなのです。

自分の心には自分の世界があって、そこに入って来られると余計混乱することが感覚でわかるからなのです。
 

だからどんなにさびしがり屋の人でも人が周りにたくさんいることが好きな人でも本当は一人でいることが一番落ち着くのです。
 

人と付き合うにはこの距離感を保つことが大切です。

必要以上に一緒にいることはいらないのです。
 

私はみんなと一緒に居ることが苦手でした。

団体行動が嫌いでした。

 
高校生のときの同級生に最近言われたことがあります。

「○○君は、親しくしようとして近づいていくといつの間にかそこから居なくなったんだよね」

・・・・・と

一緒にいるとしんどくなることがわかっていて自然と離れて行ったのだと思います。

今、同窓会のことをしているけど、やっぱり基本は自分一人なのです。

自分の時間を大切にする。

そしてみんなと一緒の時間も大切にする。

ただ、お互いの世界に、入っては行かないのです。
 

人は死んだら星になるといいます。

その通りなんだそうです。

星は他の星と絶妙の距離を保っています。

抜群のバランス感覚です。

人と人との関係もまったく同じなのだと思うのです。




  


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幽界のオバケちゃん

       

幽界のオバケちゃんなんてふざけた書き方をしていますがこう書かないとみなさんが恐怖心を持ってしまうからです。

でも笑い事ではないのです。

幽界には本当にたちの悪い霊がいます。

人間界でいうと人を脅かして面白がったり、怖がらせて喜んだり、人に神様と崇められて調子に乗っているヤカラです。

感情霊、動物霊ともいいます。

そんな不良霊は、人間の背後にいて糸を引いています。

完全に操られているのです。(これを憑依といいます)

人に尊敬されたい、霊力を持ちたい、どんなことをしてでも金持ちになりたい、人を自分の思うままにしたい・・・・などと強く思っている人は憑依されます。

そんな不良霊を守護霊、守護神は取り除こうとするのですが、肉体人間がそれを望んでいてはどうしようもないのです。

それはどういう生き方をするかは人間の自由にまかされているからです。

やむなく守護霊、守護神は人間を厳しい立場に立たせて光を送るのです。

病気になると痛みが伴います。

その痛みが光なのです。

痛いというのは光が当たっているのです。

心の奥にある本心が目覚めやすくなるのです。

波動調整ですね。

地震によって地面にヒビを入れ、光を入れて波動調整するのと同じです。

雷の光や台風が人間の汚れた想念を浄化しているのと同じです。
 

大病をしていい人になることがありますよね。わーい(嬉しい顔)

憑きものが落ちてやさしい顔になったりします。

それは本心に光が当たったからです。

だから、本心から外れると真理に目覚めさせるために試練という経験をさせられるのです。

痛い目に遭わないと光が行かないし、気づかないからです。

反対に真理に目覚めて本心開発が進んでいくと本来なら経験しなければならない試練が必要なくなったり、大難が小難で済んだりするのです。

世界平和の祈りを一生懸命に祈っている人は、光が強くなっているのでオバケちゃんも消えて、あやつられることももちろん無いし、試練という辛い経験も積む必要が無いので平安な日々が送れるのです。

そしてその光は縁のある家族や縁者にいくのでいつの間にかその人たちも災難を免れたりして恩恵を受けるのです。

世界平和の祈りは人類を救うのです。
 

だけどいくら光を浴びても憑依されている人にはやはり試練は来るのです。

守護霊守護神は容赦はしません。

自分たちが守っている人間を目覚めさせるためには手加減はしないのです。

肉体人間の親が子どもを甘やかすようなことは絶対にしないのです。

だから霊力を持ちたいとか人をコントロールしたいとか、念力で人をどうこうしようとかしないでください。

そんなことをしたら幽界のオバケのいい餌食になります。
 

神我一体にならないと、つまり宇宙と一体となって空にならない限りは人を救うなんて出来ないのです。

してはいけないのです。

したとしてもそれは後ろで不良霊が操作しているのです。

病気を一時的に治して凄いと言われたいのです。

人間が驚くのを楽しんでいるのです。

守護霊、守護神が計画的に試練を与える意味で病気という状態にしていることがあります。

それを浅はかな考えで簡単に、それも念力で病気治しなんてするものではないのです。

とんでもないことなのです。

病気になることがその人に必要なことなのです。

無駄なことを神様がするわけがないのです。

 
う先生が病気を治されるときはご自分の命を懸けてされています。

あなたたちにその覚悟がありますか?

人の生命を救う、相手を浄化する、病気を治すとは自分の命と代えるくらいの凄まじいエネルギーがいるのです。

自分がの 我 が ひとかけらあっても出来ないことなのです。

天地を貫いて、相手の守護霊、守護神と相談して、自分の守護霊、守護神と一体となってやらなければいけないのです。

人の病気を念力で治すなんて思い上がりもはなはだしいのです。

自分だけでなく相手の人も不幸にします。

だから絶対にやめてください。

  
 

  
  
  

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2009年9月22日 (火)

相手を認めるとは?

    
      
相手の人を認めることは大切です。

でもそれは、相手の人の光輝いている神性を認めるということです。

そうではなくて、幽界のオバケちゃんに取り憑かれて全然違う人になってしまっている人を認めるのではないのです。

でも、ほとんどの人は神性(完璧な神)を顕してはいません。

人は幽霊かお化けちゃんに取り憑かれています。

だからいつも疲れているのです。(無限なる愛)

いい部分を探してそこを褒めるとは相手の神性をみているのです。

本来の光輝いている部分がちょっとでも見つかったらそこに光を差し込んで拡げて大きくするのです。

そうすると闇の部分に光が当たって本来のその人の神性が顕われてくるのです。

だから認めるとはそういうことだと思うのです。

なんでもかんでも業に覆われた違う人格になってしまったその人を肯定するのではないのです。

否定するのでもないのです。

ただ良いところを見つけて見出して、そこを認めてあげればいいのだと思います。




   

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光っているものと伝わってくるものは違う

    
     
知り合いの人が素晴らしい本を出しました。

その本は、ご本人が統一に統一を重ねてそしてやっと完成させたものだったのです。

天からそのまま降ろされたので、光の波動で満ち溢れています。

本を開くとそのページから光の波動が出ているのです。

でもなぜか伝わって来るものがないのです。

本の内容も素晴らしいし、挿絵も美しいし、シンプルで完璧なのです。

でもやっぱり何かか足りない、どこかが足りないのです。

それは、天(4次元)を意識し過ぎて3次元に意識が行っていなかったからだと思います。

上に上がりっぱなしで下に降りて来ていない。

3次元の人たちの気持ちが入っていないのです。

きれいな世界ばかりで3次元の人々の波動が入れられていないのです。

だから人々の意識から離れたものになってしまっている。

だから響いて来ないのです。

縦横十字の真ん中に居ないと、縦を貫いているだけではダメなのです。

4次元と3次元の真ん中にいてバランスが取れていないとダメなのです。

3次元をキチンとしていて、同時進行でないと4次元も整って行かないのです。

天と繋がることばかりを考えていると4次元が整うと3次元は自然と整うだから3次元は放っておいてもいいのだと考えている人がいます。
 

でもそれは違うと思うのです。

 
とちらも大切なのです。
 

そういう意味では3次元も4次元も多次元もないのです。



   

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念力を信じている人へ

       

念力を使って人を治療しようとしている人が今、限界を感じています。

病気になった人を本当に治してはいないのです。

それは心を癒していないからです。

人間の本来の姿は光の波動体なので、念力で少しは動かすことが出来るのです。

滞ったエネルギーが動き出すと汚い川に勢いがつくので多少は流れます。

流れたことで治ったような症状になるときがあるのです。

でも根本が善くなっていないのですぐに元に戻るのです。

それを何回も何回も繰り返しているだけです。


エクソシストのように神父さんが除霊をしているだけなのです。


浄霊でないので元に戻るか、よそに移っているだけなのです。

浄霊をしようとしたら念力などの有限のエネルギーでは出来ないのです。

宇宙の無限のエネルギーが使われないと有限のマイナスのエネルギーは消えないのです。

念力とは有限で有限を消そうとしているのです。

相手のマイナスのエネルギーが強ければ負けてしまいます。

自分の家族が病気になっても治せないのはそのためです。

念力では相手にも良いエネルギーは行きません。

それはマイナスのエネルギーを使っているからです。

そしてそのエネルギーは自分に返ってきて自分も病気になるのです。

もういい加減気づいてください。

「これはもうダメだ、どうしようもない」

と薄々気づいているはずです。

肉体人間の力、念力なんてしれています。

一度や二度くらい成功したからとそんなことが本ものだなんて思わないでください。

法然さんや親鸞さんは肉体人間はどうしようもないバカだと心の底からわかったので、自分の我を捨てて天と繋がることが出来たのです。

自分(肉体人間)ですごいことが出来るなんて、自惚れているうちは自分の無力さにうちしがれるだけです。

もう同じことはやめましょう。

何度も輪廻転生して同じ過ちを繰り返すことはやめましょう。

あなたの守護霊、守護神様はそのことを気づかせるために試練を与えているのです。

家族を病気にさせ、仕事を失敗させ、倒産させ、人間関係を悪くさせ、自分では、どうしようもないことを知らせようとされているのです。


その真意をわかってください。


だからもう念力なんて使わないでください。




   

  

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コンセントレーション

    
  
コンセントレーション、つまり集中力のことですが、私はなぜかこの英語のひびきが好きなのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

最近、この集中力は、ほんとに大切だなぁと思うのです。

一点に集中すると岩をも通すと言われています。


集中力を語ろうとすると、そこには、やっぱり前に書いた天と地を結ぶ図が出て来るのです。(矢印が逆になります↑)





宇宙(本心)
 ↑
神界(守護神)
 ↑
霊界(守護霊)
 ↑
幽界(想いの世界、潜在意識の世界)
 ↑
肉体界 (顕在意識の世界)


 
 

肉体の自分が何かのことに集中すると幽界、霊界を突き抜けて神界、宇宙まで行ってしまうのです。

肉体の自分の力はたかがしれています。(本来の力のほんの数%しか出せていないと言われています)
 

しかし宇宙には無限のエネルギーがあるのです。夜


宇宙と繋がるということは肉体界にいながら宇宙の無限の力を得ることが出来るのです。
 

天才と言われる人は凡人には及びもつかないほどの能力を発揮しています。

まさしく、「信じられない!」ことをやってのけるのです。
 

その違いは何か?
 

それは集中力の違いだけなのです。
 

この間、200本安打を達成したイチローに対して、王さんが言っていました。
 

「イチローのバッターボックスでの集中力は凄まじい」


・・・・・と


そうなのです、天才と言われる人は必要なこと以外は何も考えていないのです。

必要なこととは相手をよく見るとか投げて来るボールに集中することではありません。
 

自分の頭を空っぽにして“無念無想”になるということです。
 

つまり 空 になることです。
 

空になるとは宇宙と一体になること
 

宇宙と一体とは肉体の自分と宇宙(本心)の本当の自分を一つにすることなのです。

そのことを統一といいます。

スポーツをしている人、芸術家の人、何かを極めようとしている人、何かに真剣に取り組んでいる人、自由自在心になろうとしている人、無念無想になろうとしている人、悟りたいと思っている人・・・・・・・・・


そんな人に一番大切なのは統一なのです。
 

進化した星の宇宙人はみんなこの統一が出来ているのです。
 

その浅い深いによって宇宙での自分の住み家が決まってくるのです。


その統一も、元はと言えば集中力なのです。
 

何事ものんべんだらりとしていては成功しません、成就しません、奇跡は起きないのです。
 

だから3次元(この世)で成功することはないのです。
 

反対に3次元を突き抜ければ4次元、多次元にも繋がっているのです。

突き抜ければ3次元は整ってきます。


4次元の完成された世界が3次元に降りて来るからです。


ここ一番の踏ん張りどころってありますよね。


マイミクさんで、 今やることをしっかりやれば素晴らしい未来が待っているという人がいます。


無限なる幸せを体得することが出来る人たちなのです。


やるべきことに今、集中してすれば、どんなことでも成功するのです。

そして幸せになれるのです。


それは意識を集中(統一)して宇宙と繋がることなのです。

  


『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎




今、スポーツや芸術など本ものを極めようとしている人たちにこの本が買われているそうです。真剣に生きている人は本ものがわかるのです。

波長が合うのですね。









追伸


今は寄り道をしないでください。


ほかの余計なことに大事なエネルギーを注がないでください。

3次元のこと、目に見えること、消えてゆく姿にとらわれないでください。

自分が男であること、女であること、つまり性を今は忘れてください。
 

幽界のオバケちゃんに遊ばれないようにしてください。げっそり


横取りをせずに縦取りをしてください。


縦(天)に繋がらないと横(3次元)は絶対に整ってこないのです。


縦横十字の完成にはならないのです。


プラス+にはならないのです。


   



  
   

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今、起こっていることは過去世のこと

     
  
私たちは肉体界だけしか存在していないと思っているから

今、現在目の前で起こっていることは

今のことだと思っています。

でも下の図のように私たちの住んでいる世界とは、肉体界だけではないのです。
 


  

宇宙(本心)
 ↓
神界(守護神)
 ↓
霊界(守護霊)
 ↓
幽界(想いの世界、潜在意識の世界)
 ↓
肉体界 (顕在意識の世界)




宇宙から、神界、霊界、幽界を経て肉体界に移って来ているのです。

移ってきているというよりも写って来ているというほうがわかりやすいかもしれません。

だから肉体界で今起こっていることとは、色んな世界を経て来た結果なのです。

神界は完全な世界、霊界もほぼ完全なる世界、しかし幽界は人間のマイナスのエネルギーが溜まってしまった不完全な世界なのです。

そしてこの幽界とくっついている肉体界が今ひどい状況になっているのです。

幽界とは潜在意識の世界です。

想いの世界です。

だから今想っていること起こっていることとは、今ではなく、過去世で想っていたこと、行為して来たことが録音されて、録画されて、再生されて出てきているのです。

過去の過去世の想いや行為が今映し出されているのです。

だから今、起こっていることはすべて過去のことです。

今、自分が想っていることは昔、想っていたことが浮かんできているのです。

わかりますか?

わたしたちはその過去の想いや出来事をつかまえて

一喜一憂しているのです。

「自分はなんでこんなことを想ってしまうのだろう?」

「これだけ頑張っているのにどうして良くならないのだろう?」


・・・・・・・・・・・・・・・と
 

過去において徳を積んでいなかった人は、今、苦労しています。

反対に人に尽くして善い行いをしてきた人はたいした努力をしていなくても人や物に恵まれていたりします。


でもそれは今の自分とは何の関係もないのです。


だから今の自分を否定することは違うのです。


過去世の自分の知らない、覚えていないことが現われてきているだけなので悲観することも苦しむこともいらないのです。


今、想っていること、起こっていることは消えていきます。


ただ写ってきているだけなので映しだされたら後は消えるだけなのです。

花火のようなものです。


花火はそのまま消えずに残ることはないですよね。

でもわたしたちはその写っている過去のことをつかんでしまうのです。

それは 今 のことだと思っているからです。

実在している本ものだと思っているからです。

だったら “本当の今” はどこにあるのか?

それは一番上の宇宙(本心)にあります。
 

だからいつも自分の意識を宇宙(本心)に向けているとその世界がそのまま降りて来るのです。

神界の神様の世界、天国が地上に降りて来るのです。

それがアセンションなのです。

地球がアセンションを迎えるとは人間が空になるということです。

空とは肉体意識を超えて宇宙意識になるということです。

空になるには宇宙に意識を合わせればいいのです。

 


宇宙と意識を合わせる祈り言葉



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






  


追伸


守護霊守護神が幽界の汚れた潜在意識を浄めてくださるのです。すると肉体界に現われる前に消えたり、大難な小難になったりするのです。


祈りの中で守護霊守護神への感謝がありますが、感謝は光なので感謝をしていると光が強くなって守られやすくなるのです。ぴかぴか(新しい)


そして守護霊守護神と繋がると宇宙(本心)とも繋がるのです。

直観だけで生きて行けるようになるのです。

悩み、迷いが一切無くなるのです。

世界平和の祈りは完全、完璧な祈りなのです。指でOKわーい(嬉しい顔)








  



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人間は善か悪か?

    
        
人間は果して性が善なのか、悪なのか、というんですね。

善なる心と悪なる心がいつも戦っている。

神とサタンがいつも心の中で戦っている。

それが人間なんだ、とこういうのですね。

今までの教え方はみんなそうでしょう。

ところが私はそうじゃない。

人間は完全なる善なんだ。

完全なる善が中にある。

悪のように見えるもの、正しい心を塞ぎ、邪魔をしているものは何かというとそれは過去世からの誤った想いが、消えてゆく姿として現われている、消えてゆくんだ、というんです。

わかりますか、消えてゆくんだというのと悪というのは違うんですよ。

人間っていうものは悪があって、どうにもならないんだ、人間なんてダメなんだ、というのは肉体の人間なんです。

人間は肉体だと思っている、肉体だけが人間だ、と思っているうちは、いつまでたっても世の中はよくならないです。

肉体というものにまつわる業想念というものは、いつか消えてなくなっちゃうんです。

いつかなくなってしまう消えてゆく姿なんだ。

いかなる想いが現われても消えてゆく姿。

いかなる不幸が現われても消えてゆく姿。

どんな災難が現われても消えてゆく姿。


災難が多ければ多いほど、よけいに消えてゆく。

小さいなら小さいなりに消えてゆく。

みんな消えてゆく姿。

消えてしまうと、本当の神様の姿がそのまま現われてくるんです。

消してくれる者は誰かというと、守護霊守護神なのです。

守護霊守護神に消してもらっているうちに、知らない間に、本心が出てきて、中の仏が出てくる。

そうすると何ものも恐れなくなってくる。・・・・・・・・・




  

     神様にまかせきる 五井昌久 白光出版




  

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2009年9月21日 (月)

商売のコツとは?

   
    
商売をうまくやっていくためのコツは、2つしかないそうです。

これから世の中はもっともっと厳しくなっていきます。

その中で残っていくのは、本ものだけなのです。

後はすべて淘汰されます。

では、そのコツとは何か?

 

1.奉仕の精神
 

2.朗らかであること


 
たったこの2つなのです。

奉仕の精神とは自分のこととか人に対して勘定をしないこと

かけ引きをしないでただ相手が喜んでくれることをするということです。

相手を喜ばすのも感情を喜ばすのではなく、心を喜ばすのです。

相手の守護霊、守護神が何を望んでいるか?をするということです。

そのためには頭でどうのこうのとかけ巡らすのではなく、自分の心を空に、空っぽにしていないと相手の心の内がわからないのです。

本当の奉仕とは、自分がスッキリしていないと出来ないのですね。
 

それから朗らかであること

朗らかであると自分も相手の人も明るくなって月が良くなるのです。(グッドムーンの名前の由来です わーい(嬉しい顔) )

人間は肉体が無くなるとエネルギー体だけになります。

エネルギー体とはつまり光の粒子の集まりなのです。ぴかぴか(新しい)

明るいとはその光の粒子が輝いているということです。

人間が幸せを感じるときや感動しているときはこの粒子が光っているのです。

だから人間は、光輝いている人や場所が大好きなのです。


そんな人は出逢うとスッキリします、そんな場所に行くと心が洗われるような清涼感があります。

う先生とはそんな人?であり、大阪の大成閣(中国料理のお店)はそんな場所なんですね。

みなさんも大阪に来られたら是非、寄ってみてください。


きっとその波動=エネルギーがわかられると思いますよ 指でOKわーい(嬉しい顔)



  http://taiseikaku.jp/

  


  

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2009年9月20日 (日)

欲を超える

      

人間は、欲や執着を持っています。

金銭欲(物欲)、食欲、性欲

これっていったいなんなんだろう?

それぞれの欲は人間を苦しめます。

金銭欲や物欲はいくらあっても満足することはありません。

食欲も同じです、あれも食べたいこれも食べたい、お腹一杯食べたい。

性欲もセックスや自慰行為によって快感を得るのですが、そこで満足して終わることはないのです。

でもこれらの欲も何かにすごく感動したときや自分が何かに真剣に集中しているときには忘れていたり、かなり薄れているのです。





不思議なことに、これらの欲が全くない人がいます。
 

お金にも執着せず、地位にも固執せず、異性も意識しない

こんな人は毎日をサラサラと綺麗な川の流れのように生きています。

だからと言ってお金がないのではなく、地位に恵まれていないのではなく、恋人や伴侶がいないわけではないのです。

それにこだわらないだけなのです。

欲しがらないのです。

あっても無くてもどちらでもいいのです。

あってもなくてもいつも同じ自然体でいる。



「こんな風になりたい、こんな人になりたい」

と思いますよね。わーい(嬉しい顔)

でもどうしたらそうなれるのだろう?

それは自分を覆っている欲のオバケちゃん、自分にとり憑いている人類の執着のエネルギーを消してしまうしか方法はないのです。
 

人間だから欲があってもいいのだ

欲を満足させるから楽しいんだ

欲や執着が無くなったらおしまいだ

と言います。

その通りだとも思いますし、違うんじゃないかとも思います。
 
そして欲を無くそうという気持ちもあれば、欲が無くなってしまったらなにか物足りない、寂しい、今の自分で無くなってしまう

そんな気持ちもあるのです。

人間の頭の中は不思議です、相反する気持ちがあるのです。

聖なる自分も好きなのに、業にまみれた汚れた自分も好きなのです。

だからやっかいなのです(笑)

どちらの自分が本当の自分なんだろう?

どちらの自分になりたいのか、決めないといけないのか?

業の自分と訣別しないといけないのか?

人間というのは神様と感情(勘定)を持った動物の間に居るという意味です。

つまり両面性を持っているのです。

だからどちらにも成り切れない。


どちらにしようか?

どちらがいいのだろう?
 

悩まなくてもいいのです。

自分がスッキリ爽やかになればいいのです。

自分が幸せを感じる生き方が出来ればそれでいいのだと思います。

ただ、自分の本心から外れているといつまでもスッキリすることはありません。


 宇宙(本心)
 ↓
神界(守護神)
 ↓
霊界(守護霊)
 ↓
幽界(想いの世界)
 ↓
肉体界


宇宙(本心)から真っ直ぐにおりて肉体界に繋がらないとスッキリしないのです。

この直線を歪んだもやもやしたものにしているのは幽界なのです。

幽界にはマイナスのエネルギー、人々の欲、執着がたくさん溜まった業の世界です。

幽界が汚れているので肉体界が汚れているのです。

この汚れを取らない限り汚れている中でお金を持っていても美味しい物を食べても、セックスをしてもお互いのエネルギーを汚しているだけなのです。

そんなお金はすぐに消えて無くなってしまいます。

汚れた気持ちで食べたときは美味しく感じることはありません。

欲と共鳴した相手とのセックスはむなしくなるだけです。


お金儲けが悪いわけではないのです。

たくさんの物を持っているのが悪ではないのです。

セックスをするのが悪いことではないのです。


ただ自分がスッキリしていないのにこれらのことをすると汚れたエネルギーは自分の未来を汚れた暗いものにしてしまうのです。

自分の未来を暗いものにするとは、すなわち人類の未来をも暗くすることに繋がります。
 

自分と人類は空のように繋がっているからです。


自分が爽やかな気持ちになっていれば何をやっても楽しいのです。

何をしてもいいのです。(人に迷惑をかけなければ)

まず、自分がすっきり爽やかになる。

それから次のことをしましょう わーい(嬉しい顔)

それがすべてを解決するメソッド(方法)なのです。






追伸


今日、私の師匠のう先生の本の広告が今日の日経新聞の21頁に載っています。

そのページから素晴らしい波動が出ています。ぴかぴか(新しい)


必要な人が広告を見て、本を買って、そして幸せになっていくのですね。





『無限なる幸せを体得する方法』


~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

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あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎


正しい統一の仕方 印の組み方CD・DVD付き

  税込2100円





   

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2009年9月18日 (金)

人の影響

   
       
私たちは人の影響を受けながら生きています。

だから人の言ったことを気にしたり、その人の意見を参考にしたり、その人の信頼度に合わせて自分の物差しと比べたりする。

それが正しいと思い込んでいます。

でも本当にそうでしょうか?

自分で決めるより人の意見を聞いた方がいい結果が得られるでしょうか?

結果よりも時間が経過した後でスッキリ爽やかになるでしょうか?
 

納得出来るでしょうか?
 

私は最近、めずらしく自分の直観よりも人の意見を取りあげてみました。

人は色んな意見、考えを持っています。

それこそ、十人十色です。

そしてその考えとはみんな正しいのです。

その人にとっては、その人の想念の世界では正しいのです。

でも、その想念の世界とはみな違うのです。

似通った考えはあったとしても同じ世界には決して住んでいないのです。

どれだけ仲の良い友達でも心の通い合っていると思っている家族でも、自分が全幅の信頼を寄せている尊敬する人だったとしても人は全然違う世界にいるのです。

自分には自分の宇宙があり、その宇宙を創造しているのは自分たった一人なのです。

人間一人は太陽系すべてを創っているくらいとてつもなく大きな存在なのです。
 

あまりにもスケールが大き過ぎる?

でも、宇宙は無限でしょ?

人は創造主(神)でしょ?

だったら銀河系を司っているとしても何の不思議もなのです。


それを創っているのは人の心です、想念の世界が出来ているのです。

だから人の考えを取り入れるというのは相手の世界にづかづかと入っていくようなものです。

そして取り入れるとその人の世界が自分の世界だと間違えてしまうのです。

違うエネルギーを受けてそれに同化してしまうのです。

だから自分の世界をちゃんとわかった上で自分の世界に相手の想念を入れないようにして五感(見る、聞く、かぐ、味わう、触れる)だけを使うのです。

イチローがバッターボックスで誰の影響も受けずにただ相手の投手の投球に集中している姿です。
 

自分の周りには色んな人がいます。

嫌な人、付き合いたくない人、話したくない人・・・・逆に好きな人、付き合っていきたい人、話を聞いてみたい人・・・・・

でもそんな人たちに対して


“私には私だけの誰も入ることの出来ない素晴らしい世界があるんだ”

と思うとすっごく楽なのです わーい(嬉しい顔)

人の影響を受けずに済むのです。

自分のペースで生きて行けるのです。

それは自分が世界(宇宙)を創っているからです。

自分がすべてのすべてだからなのです。




  

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2009年9月16日 (水)

肉体から心を抜く

                                      
ほんとにしんどくてしかたがないときは、肉体から心を抜くことをすればいいのです。

えっ!なにそれッって思いますよね(笑)

でもちゃんと根拠があるのです。

私たちは目が覚めて起きていているときは色んなことを考えます。

ああだこうだどうしよう、こうしよう、どうすればいいんだ、やっぱりダメだ、あの人は私のことをどう思っているんだろう?・・・・・・・・・・もうエンドレスです、完全に考え過ぎです。

 
考えようと想わなくても私たちの脳裏にはいくらでも人の想念、集合意識が入ってきます。

そして自分の本心とごっちゃになってわけがわからなくなる。
 

しかし、寝ていると不思議とそれが無くなるのです。

あれだけ起きているときに悩み、迷っていたのに寝ているときは考えないし想わないし苦しくもなく、辛くもないのです。


だったら起きているときも寝ている精神状態になれないか?

それが出来るのです。

その前になぜ、寝ているときはいらないこと、余計なことが頭に入って来ないか?  ですよね。

それは心が肉体から外れているからです。

もっと正確にいえば寝ているときは意識が肉体界にあるのではなく、幽界、霊界、神界に居たりするのです。

幽界はともかく霊界、神界はスッキリ爽やかな世界です。
 

その世界へ守護霊、守護神さまが連れて行ってくださっているのです。

まさしく生命(いのち)の洗濯ですよね。

すなわち肉体に意識があるから、肉体に心があると思い込んでいるからしんどいのです。

色んな余計なものを引きつけてしまうのです。

だから肉体から意識を抜くことをしてみてください。

何か一つのものをじっと見てそこに心が移ったとイメージしてもいいのです。(スポーツなど何かに集中出来ているときはこうなっているときがあります)
 
すると肉体から心が抜けて寝ている時と同じ状態になるのです。
 

そして霊界や神界の上にある宇宙と共鳴する祈りを唱えると心は肉体を離れるだけでなく、宇宙へ行くのです。


こうなると、なんだか嬉しくなってくるのです わーい(嬉しい顔)


幸せが心の内からじわっと湧いて来るのです。


心が晴れ晴れとしてくるのです。晴れ


私はこの瞬間が本当の幸せだと思うのです。
 

だって宇宙の中で一番波動の良いところと自分が繋がっているのですから・・・・。

みなさんも肉体から心を抜くことやってみてください。

きっと今までに味わったことのない素晴らしい世界に行けますよ。






宇宙と繋がる祈り言霊



世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





   

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2009年9月15日 (火)

しんどいことの原因

   
                                            
しんどいとは大阪弁で、疲れるとか、辛いとか、だるいとかを集めたような言葉で、なんとも重苦しい状態です。

どうしてそうなるか?

それは今現在の状態を憂いて、心配して、終わったことでも

「あれはあれでよかったのだろうか?」と何回も検証し、また未来の未だ起きていないことに関しても

「このまま行けばまずいことになる」 と未来を予想し、その通りになると

「やっぱり予想は当たった」

「だったらこの先もこのまま行くのではないか?」

と現在がネガティブだと現在はすぐに過去になるので過去が暗くなり、そして未来も真っ暗になるのです。
 

このにっちもさっちもいかない状態に自らがしているのをしんどいというのだと思います。


しんどいことから脱すにはどうしたらいいか?

それは済んでしまったこと、今起こっていることを止めずに流し続けることです。

流すには覚えていては流せません。

だから自分のしたこと言ったことも止めずに流して忘れてしまうのです。


反省したらすぐに気持ちを切り替えるのです。


そして今、起こっていることにだけ集中する、今にしかエネルギーを注がないようにするのです。指でOK


それから今の自分の心の中の想念を明るい言葉で一杯にするのです。

そうすれば心の内が外に溢れて来ます。

外とは目に見える現象です。

すると奇跡が起こるのです。わーい(嬉しい顔)

本当は奇跡でもなんでもないのですが予想に反してポジティブ(善いこと)なことが起こると人はそれを奇跡と呼ぶのです。
 

この2つのコツを素直に行えば簡単に奇跡は起こるのです。


わたしたちは創造主なので心の中のことが具現化するのです。



   

宇宙のプラスの言葉がすべて含まれています。 ぴかぴか(新しい)


祈りと並行して唱えると効果抜群です。
 

一日、10回以上唱えると気持ちの中で奇跡が起こりますよ わーい(嬉しい顔) 


 

 
世界人類が平和でありますように

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち


世界人類が平和でありますように

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性
 

世界人類が平和でありますように

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望

 
世界人類が平和でありますように

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝

 
世界人類が平和でありますように

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ
 

世界人類が平和でありますように

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気


世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力





  


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如是我聞(幽霊とお化け)

  
      
昨年(昭和50年)のみたままつりの前日であった。

五井先生のお体に救いを求めてよってくるものが相当数あるという。それが後頭部と天頂部についているといわれた。

人類の業というのは、中からやってくる。

それに比べると軽いもので、ベタッとくっついているに過ぎない、とおっしゃっていた。

「子供の本に幽霊と化け物の相違というのが出ていました。幽霊というのは足がなく、迷い、恨み、病念というもので一ヶ処にとどまり、人体について悪影響を与えるもの。化け物というのは足があって、人間に悪さをして喜ぶもの。
たとえばカッパなどのようなもの、という区別でした」


「化け物というのは、本当にいたずらをして喜ぶんだよ。ところがいたずらされているほうはわからない。

みたままつりでくるものは幽霊のほうで、人類の業というのは、化け物と幽霊と半々なんだ。

化け物は人々を踊らせては戦争や悪事をさせ、そして喜んでいる。

神様というものに化けて、人を崇めさせては、人間はバカだバカだと嬉しがっているやから」

「四国の人の体験談で、黒い姿のものが襲って来たので、一生懸命世界平和の祈りをしていたら、黒い姿のものが世界平和の祈りを真似して唱えたというんです。

それでこれはいかん、と五井先生!ッて呼んだら、五井先生が来て下さって、黒い姿のものを連れていって下さった、というんですね。化け物も甲羅をへますといろいろなことを知っていますから、生半かではだめなんですね」


「世界平和の祈りをそのまま祈りつづけていけば、どんな化け物も変ってしまいます。化け物が出て来た時、決して恐れてはいけない。その時は勇を鼓してグッと前に出ることだ。そうするとパッと消える。

それにしても魑魅魍魎(ちみもうりょう)を語らずで、あまりいわないほうがいい。面白半分、興味本位で話していると寄って来ます。

それよりも自分の心から、あらゆる執着と虚栄心を捨てて、スーッと澄みきっている、という方向につねに心をむけておくようにすることだ。

漏尽通(ろじんつう)を目ざすことね」


「“白光の道”の中で審神(さにわ)には深い洞察力が必要だ、と書かれていますね。深い洞察力というのは、今おっしゃったように執着心虚栄心を出来る限りなくしてゆく、消えてゆく姿に徹してゆくことで養われるんですね」
  

「そう、消えてゆく姿にしてゆく、ほめられても驕らず、けなされても気落ちせず、いつも心をスーッと澄ませておくことです」




                   


                    五井昌久




  

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言うべきときにはいう

     
       
日本人はダメなことでも

「あなたそんなことをしていたらダメでしょ」

とストレートに言えない人種だと言われています。

  
 
日本人はやさしいから?

和を大切にするから?

奥ゆかしいから?



でもそれが言えない理由は自分を守るためが多いと思うのです。


「もう大人なんだから本人の気づくのを待とう」

都合のいいきれいごとですよね。


「そんなことを言って嫌われるだけ自分が損をする」

「言い出しっぺは嫌だ!」

「あの人がそういうことを言うべきだ」

「誰かが言ってくれたら私も賛同する」

「逆恨みされたらかなわない」

「誤解されるだけばからしい」

「あの人は言ってもわからない人だ」

「いいやん、そんなん放っておいたらええねん」


そこには相手の人のことを思ってよりも自分の保身があります。


しかし、放っておいたらその不協和音はどんどん大きくなっていくのです。

最初は、

「悪いことをしている」

「ルールを破っている」

「他の人はどう思うだろう?」

「今回だけにして次からはやめよう」

「もっと正直に生きなければダメだ」

と思っていてもそれに対して誰も何も言ってくれなかったり、忠告してくれる人がいなかったらそれでいいんだ、そんなに大したことでもないんだ、他の人もやっているからいいんだ と甘えが増幅していきます。


誰も言わなかったとしても、それは消えたわけではないのです。


消えるどころかどんどん大きくなっているのです。

あなたに対する不信感という不協和音はいつの間にかとてつもなく大きくなっているのです。

 
そんな状態で調和の大切さ、人類の幸せを唱えても
 

「自分はいい加減なことをしていて何が平和だ、そんなことより自分のこと(3次元)をもっとちゃんとしろ!」

 
という声が周りからも自分の心の内(守護霊、守護神)からも聴こえてくるのです。

それでもまだ続けるか?

という状態のときに

ビシッ!と

「あなたそんなことをしていたらダメでしょ!」

の一言は天の声だと思うのです。

組織の長である人や人の上に立つ人、何らかの責任者になっている人、器の大きい人、人に影響力を与える人
 

そしてそんな一言をいう役割りの人は
 

自分の保身を考えずに

言うべき時は言う

という勇気が必要なのです。
  

だから反対にそれが言えない人は

そんな立場に立ってはいけないのです。

“場” 違いなのです。

“器” ではないのです。

自分がそんな器でないのなら、その立場から自ら去るか

自分でその器になるように努力しないといけないのです。


その努力が “向上心” なのだと思います。


W先生はおっしゃいました。


「人間は唯一持っていい欲があります、それは向上心なのです」



ほんと、その通りだと思います。





  

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2009年9月13日 (日)

如是我聞

     
     
      
1.霊的に見えたって聞えたって感じたって、そんなもの何にもならない。それより何事何ものにも把われなくなる、ということにいつもいつもしておくことです。
  


1.ある青年が手紙でこう書いて来た。

「私は波動が変ったせいか、クラッシック音楽がとても好きになり、もうロックンロールなんて仕事も出来なく聞けなくなりました」

すると五井先生はこうおっしゃった。

「仕事は仕事として割り切ってしまいなさい。他の人がやればつまらない波だけれど君がやればつまらないロックの波の中に、いい波が入ってゆく、そういうつもりで仕事をしなさい」


  

1. 人生指導のポイントは、相手の長所、いい点を出してあげることです。




                


                    五井昌久




       


                                    

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バルタン星人?

   
        
幼い頃、父の持っているレコードを聴いたことがありました。

その時、初めて聴いてこの世界(3次元)ではない、どこか異次元から流れて来ているような気がしたのです。

今もテレビのコマーシャルなどで、使われています。

昔の曲なのに全然、古さを感じさせないのです。

爽やかな宇宙を感じるのです。ぴかぴか(新しい)

日本も含めて1950年~60年代くらいが地球は一番いい波動だったと思います。

アメリカからもいい音楽が入って来ていました。
 

この曲を歌っている人はシルヴィ・バルタンというフランスの女性ですがバルタンという名前からバルタン星人ではないのか?という噂が流れたそうです(笑)
 

多分、そうだと思います。
 

きっとバルタン星から来た人?なんでしょうね 夜  わーい(嬉しい顔)



 


 
アイドルを探せ

http://www.youtube.com/watch?v=LBSI2KNiIbQ
 


あなたのとりこ

http://www.youtube.com/watch?v=EN9YJQQHQPQ&feature=fvw




  


  

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2009年9月12日 (土)

どうにかしようとするのをやめよう!

     

宇宙は目にみえないものが99.9999999・・・・・・・%なのです。

だから目に見えているものなんて無いに等しい

肉体の自分もこの地球もそうです。

目に見えるものも突き詰めていけば目にみえない分子や原子、つまり波動出来ているのです。

だから目に見えるもの(現象)、みえないもの(人の心)を変えようとするのは肉体人間の力だけではどうしようもないことがわかります。

人間は肉体界(目に見える世界)だけに生きていると思っているけど、見えない世界、すなわち、幽界、霊界、神界の方がずっとずっとずーっと桁、いや次元違いに大きいのです。

肉体界に起こっていることは、幽界、霊界、神界の影響を受けているのです。

だから肉体の自分で、我でなんとか現象を変えようとしたり、人の心を変えようとしてもまったく無駄なことなのです。


もし変えようとしたら、霊界を司っている守護霊さん、神界で働いておられる守護神さんにお願いするよりしかたがないのです。


守護霊さん守護神さんに感謝して、自分の意識を合わせると肉体の自分が溶けてきて霊界、神界と融合するのです。


すると霊界のことがわかったり神界の世界へいけるようになるのです。


そうなればもう自由自在心


どうにかしようなんて気持ちも無くなってしまいますよね わーい(嬉しい顔)





  

霊界、神界と一体となる祈り言霊




世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




       

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2009年9月11日 (金)

統一とは?

        
     
統一というのは、自分の本心と一体となることです。

本心はどこにあるのか?というと心、魂の故郷である宇宙なのです。

宗教とは何を教えているかというと宇宙を示す教えということなのです。

だからお釈迦様は宇宙観、宇宙と一体となることを説いたのですね。

坐禅観法して空になることも統一することも同じです。

頭を空っぽにして意識を宇宙に合わせるのです。

空っぽにするとは何も考えないこと、何も想わないこと

無念夢想です。

ふだん私たちが考えていること、想っていることとは

本心(宇宙)からでなく、他人の想いであるのです。

想いとは相手の心と書きます。

だから自分の今考えていることは違うんだ

自分の本心ではないんだ

どんなに素晴らしいという想いも

反対にどれだけくだらないという考えも自分ではないのです。

本当のこととは空にならないと統一しないと出て来ないのです。

今、自分の考えに自信のない人

何でこんなことを考えるんだろうと悩んでいる人

どこからこの想いはやってくるのだろうと不思議に思っている人

もう悩まなくていいのです。

想わなくていいのです。

考えなくていいのです。

そして人の考え方がおかしいと批判しなくていいのです。

自分の考えも人の考えも本心から来たものではないので

おかしくて当たり前なのです。

無理に正そうとしなくていいのです。

統一すればすべてが解決するのです。

統一して自分の本心と繋がらないと本当の人としての第一歩は始まらないのです。

空になったとき初めて人間はまともになるのです。わーい(嬉しい顔)



正しい統一の仕方が書いてあります。

スポーツをする人も勉強や仕事をする人も大切なのは集中力です。

無念無想にならないと本当の集中は出来ないのです。

天と繋がらないと天からの無限の能力、可能性が降りて来ないのです。

天からの無限のエネルギーを使えた人を天才といいます。

人間は誰でも天才なのです。

宇宙からの無限のエネルギーを戴くことが出来るのです。


  



  
『無限なる幸せを体得する方法』

 ~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎




   

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17歳の自分

     
    
みなさんはいつの頃の自分が一番輝いていたと思われますか?

私は今の自分は別にして、今から34年前の高校生2年生の頃の自分でした。

その時の一年は あっ という間に過ぎましたが自分が一番自然体でいられたのです。

そしてその当時の先生や仲間たちも同じ魂を持った人たちでした。

だから今、同窓会のことを一生懸命にしているのかもしれません。

「一番輝いていたあの頃に戻りたい」 誰しもが思うことです。

う先生は

「もうすぐ自分になりたい年齢になれますよ」

とおっしゃいました。

それは本当のことなのです。


歳をとる、老化する、衰えていくと思っているのは、全部自分の想念がそうさせているのです。

「周りの人がそうなっているから自分も当然そうなるんだ」


と思いますよね、でもそれは違うのです。


自分の心、つまり想念が決めるのです。

自分が

「17歳になるんだ!」 と強く思えば本当にそうなるのです。


心の中が外に現われるからです。

自分が創造主(神)だからです。

そのことを忘れているだけなのです。

17歳に戻れるのはそれを想い出しただけなのです。

アセンションとは時空を超えることでもあります。

17歳の頃にタイムスリップするのです。

  


この間、33年前に作られた卒業アルバムの裏に当時の学校行事を撮ってくれていた写真屋さんの電話番号が載ってあったので連絡してみると、同行してくださっていた当時の社長さんとお話することが出来ました。


そしてその当時のスナップ写真が捨てられずに保存されているのを聞いたのです。

まさしくミラクルでした。ぴかぴか(新しい)


近い内にそれを現像して写真展を開こうと思っています。

みんな喜んでくれると思います。

そしてきっと思うでしょうね。

「あの頃に戻りたい!」

そしてそれが現実になる。

アセンション(次元上昇)とは、奇跡が起こるということです。


でもそれは人間の思い(想念)がすべてを創造するということなのです。

 

人間とは素晴らしい存在なのです。わーい(嬉しい顔)
 




世界人類が平和でありますように shine




  


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裏表がない

      
  
自分のことってなかなか客観視しにくいですよね。

欠点は見つけられても、長所には気づかないことがあります。

つい先日、ある人(尊敬している)から

「グッドムーンさんて裏表がない人ですよね」

と言って戴いたのです。

そのとき初めて自分を振り返ってみました。

「確かにそうかもしれない」

自分ではまったく意識していなかったのですがその通りなのです。

裏表がないとは

“誰に対しても態度を変えない” ということだそうです。

話口調は多少変わっても

相手の人に対する気持ちを変えようとは思わないのです。

「こいつ嫌な奴だからこらしめてやれ!」

「この人は仕事が出来ないからバカにしてやろう!」

「この人は力を持っていそうだからよいしょしておこう!」

いわゆる計算(勘定)が出来ないのです。

だからいつも自然にのんきに楽しく生きています。

自分が人によって変わることがしんどいのです。

本来の自分から離れて演じているとその違う自分が本当の自分になってしまう

以前、W先生から

「あなたは真理にも素直だけど、業にも素直ですね」

と笑いながらおっしゃって戴いたことがありました。

その意味がよくわかります。

自分の性格って素敵だなぁ

素晴らしいなぁって思います。

こんなことを書いて変な奴だと思われないかなぁ

って普通思いますよね(笑)

私には、それもないのかもしれません。わーい(嬉しい顔)



   


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守護霊、守護神は何を望んでいるか?

   
      
肉体人間に好かれようと思ったら、あたりさわりのない無難なことを言ったり、おだてたり、すかしたりして感情を喜ばせたらいいのです。

でも、そんなことをしたって後でむなしくなったり、一時の喜びを得るだけでどうでもいいことなのです。

それより、相手の人の本心やその人の守護霊、守護神は何を望んでいるか?

を考えることが大切なのです。

守護霊、守護神とはその人を守っている心の親であり、霊界、神界に精通した素晴らしい人たちです。

私たちの亡くなったおじいさんでもありあばあさんでもある。

そして私たちは何回も輪廻転生しているので守護霊、守護神は自分自身でもあるのです。


その人たち(守護霊、神)は人間に伝えたいメッセージがたくさんあるのです。


でも肉体人間はバカだからそれがなかなかわからない。

違う方へ意識が行ってしまっている。

中には行ってしまってしばらくの間、帰ってこられない人もいます。
 

伝えたいメッセージとは真理のことです。
 

究極の真理は

「あなたは肉体だけのちっぽけな存在ではない、あなたは創造主そのものなのだ」 

なのです。

でもそれが肉体の私たちはわからないのです。

それで守護霊、守護神はやむなく、断腸の思いで

その人を病気にさせたり、貧乏にさせたり、会社を倒産させたりするのです。

そうなる前になんとかメッセージを伝えることが出来ないか?

その役割りが私なんだと思います。

だから、結構きついことを言ったり、書いたりしないといけないのです。

私は嫌われたくないので言うのも書くのも嫌なのです。


でも言わないと書かないと後でその人の守護霊、守護神に怒られるのです。
  
  

「なんで伝えてくれなかったんだ!」 


って


私も肉体人間の私と天の私が一緒になったらこんなに嫌な心境で書かなくても済むんだと思います。
 

まだ、まだ修行が足りない。


統一が足りない。
 

そう反省した今日、この頃です。涙


  

  

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波動が良い?

   
  
最近よくスピチュアルなことに興味を持っている人は

「波動が良い」

「波動が悪い」

といいます。

いったいなんのことなのか?

それはそれが場所だったりするとその場所は聖者、賢者、あるいは進化した宇宙人たちによって浄められたスポットということなのです。

「観光地」もそうなのですが今は汚れてしまって普通のところ以上に波動が悪くなったところもあります。

そして名所が観光地になっている場合もありますがそこが古戦場で浄化されていないとその場所に行くと寒気がしたり、嫌~な気分になったり心の中にもやがかかったようになり、身体にも変調をきたしたりします。

私は京都が苦手で、行くと必ず体調が悪くなったり息苦しくなったりするのです。

息子は歴史と京都が好きでよく行っていたのですが、帰って来ると必ずどす黒い暗い表情になっていました。

だからむやみやたらと名所旧跡、神社、仏閣に行くことは危険なのです。

それは憑依されるからです。

そのような場所には強烈な力?を持った幽界のオバケちゃんが住み着いていることがあるのです。

憑依されると宇宙(本心)と肉体の自分との間に幽界の不良霊が入ってしまい全然違う人格の自分になってしまうのです。

人間の本来の姿は光ぴかぴか(新しい)なのですが、その光を覆ってしまうのです。

もちろんそうならないように守護霊、守護神が守ってくださるのですが、オバケちゃんの力が大きいといくら守護霊、守護神でも浄化させることは難しいのです。

あなどってはいけません。

反対に波動のいい場所に行くとそこは浄化されてキラキラ輝いているのです。ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

その場所に行くと 光のシャワーを浴びることになります。わーい(嬉しい顔)

自分の本来の姿は光そのものなので光を浴びるということは、この上もない幸せなのです。

心の奥からじ~んとしてきたり、懐かしいうれしい気持ちになったり、魂が喜んでいるのがわかります。
 

それくらい行く場所によって違うのです。
 

だったらどうやって行く場所を選んだらいいか?

それは自分がそこに行こうとした場合、その前に必ずふっ~と

嫌~な気持ちになることがあります。

心の中に急に暗雲が現われたようになるのです。

それが守護霊からのメッセージです。

「そこに行くなよ!」 というお知らせなのです。電球

でも何回もメッセージは来ません。


そしてそのうちに嫌~な気持ちが勘違い、他のことに原因があるのだと思って行ってしまうのです。

自分一人だったら止めることも出来るのですが複数の人との旅行はそうはいきません。

気分が乗らないのに行ってしまって

えらい目(憑依)に遭うことがあります。

だから私は団体行動が苦手なのです(笑)

一人旅が好きなのです わーい(嬉しい顔)

せっかくいい波動のところへ行ってもその後で悪いところへ行ったなら実にもったいないことなのです中途半端になってしまうのです。


自分は物見遊山で目的地に行くのか?


魂を浄める(本心開発)ために行くのか? 


それをハッキリ決めた上で旅行をすべきなのです。


3次元を楽しんで(感情を喜ばせて)、そして波動のいい場所に行くというのはもったりないのです。

感情を喜ばせるのはオバケちゃんと共鳴することなのです。


波動のいい場所に行くと3次元も楽しくなるのです。

それは4次元、多次元の中に3次元があるからです。


3次元の喜びより比較にならないくらいの幸福感があるのです。


みなさん、いい旅をしてくださいね わーい(嬉しい顔)

  




追伸・・・ちなみに大阪にある大阪城は波動が悪いのです。

わっ書いてしまいました、どこかからかクレームがこないかな?(笑)




   

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2009年9月10日 (木)

愛は相手を解放すること

   
           

恋愛というのは相手の心の中にずかずか入り込んでいっていいのだ!

という誤解がありますよね。

最初はそれが嬉しいのですが、段々と苦しくなってくる。ふらふら

それっていったいなんなんだろう?

私は多分

● 愛は相手を解放すること

が正解なんじゃないかなぁと思います。


その恋愛が続いて、結果的に別れるか、別れないか、結婚するか、しないか、それはどちらでも、どうなってもいいんじゃないか?って

別れたことで相手にとっても自分にとってもいいパートナーが見つかることがあります。

結果は関係ない

そう思えば、恋愛も楽しめますよね 
指でOKわーい(嬉しい顔)






 


追伸
 

私は時々、Youtube で音楽を聴いているのですが、その中でオーディション番組歌スタが好きなのです。

歌って難しいですよね、上手いだけでも雰囲気があるだけでも経験があるだけでも相手を感動させれない。

そんな中で

「いいなぁ」と感じられたものがありました。


よかったら聴いてください。
 


 http://www.youtube.com/watch?v=lRygyN1P2Mk&feature=related


  
  



 

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もやもやしているとき

    
   
    
何か心の中に雲のようなものがあってスッキリしないときは

今、すぐにアクションを起こして解決しなければならないことがあるのです。

それは本心(宇宙)が自分に向かって

「それは違う、そうじゃない!」というメッセージなのです。

本心はいつも青空のようにスッキリ爽やかでいたいのです。

アクションを起こさずにそのままにしていると

エネルギーが流れないので滞ってきます。

今、すぐに解決していればなんでもないことなのに

怠惰でいると濁ってくるのです。

これが業(ごう)と呼ばれるマイナスの想念エネルギーです。

身体は何日かお風呂に入らなくても

どうということはありません。

でも心の洗濯は瞬間瞬間でしていかないとすぐに汚れてしまうのです。

汚れるだけでなく息苦しくなってくるのです。

相手のことを考えてしまうあまり

自分がスッキリすることをやめてしまうことがあります。

でもそれは違うのです。

自分がスッキリしないとそのどんよりとしたエネルギーは相手に行くのです。

だから自分がただスッキリすればいいのです。
 

それは我儘ではありません。
 

我儘というのはスッキリしないエネルギー(感情)を周りにまき散らすことです。

地球を汚しているのです。

スッキリするとはエネルギーを流し続けて自分も周りも浄化させるということです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
 

相手との調和を取りながら自分のエネルギーを整えていくことを波動調整といいます。
 

進化した宇宙人はこのことが出来ている人類なのです。夜






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)



無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor



  


  
 

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2009年9月 9日 (水)

悟りとは?

  
    
   
正岡子規は

「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」 といっている。

全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来得るものである。

生を逃避することによって、死への恐怖を拭いさることは不可能である。
 
生への恐怖を乗り越えることによって、死への不安はまったく無くなる。
 
生と死とは別なものではなく
 
全く一つのものである。



                     


                   西園寺昌美



  

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アインシュタインは宇宙を語っていた

  
          
アインシュタインは相対性理論が有名ですが、私には難しいことはよく判りません。

ただ、ある書物で宇宙観を述べた文章が私の心を打ちました。

ご紹介します。




 

「人間は宇宙と呼ばれる全体を構成する一部であるが時間と空間の枠に閉じ込められているために独立した自分が考えたり感じたりするものと理解する。

この理解は想念に生じた一種の幻像であって、我々の意識に対して牢獄のような作用をし、我々を自分の欲していることにのみに気を配ったり、身近の人々のみ愛情をそそぐようにしてしまう。
 
我々の使命は自分の意識をこの牢獄から解放し、すべての生物やすべての自然をあるがままの美しさで抱擁するまで自分の愛念の及ぶ範囲を拡げることである。

これは非常に難しい仕事で誰にも成就できないがその努力は自分を解放する道を歩むことであり、心の落ち着きをつちかうことである。」






私たちは自分と他人は別々に存在していていると信じて、対立したり、争ったりしていますが、本当は空が一つであるように意識(こころ)もつながっていて一つなんですね。
 
 
私たちが何かに感動する時、こころが一つになって目にみえない宇宙のエネルギーが動きだす。
 
 
私たちが忘れて眠ってしまっていた遺伝子が目覚めて喜んでいるのです。
 

これから地球は分離の時代から融合の時代へと変化していきます。

 
宇宙はこの分離と融合の繰り返しで進化していくのだそうです。

 
一つになる時代がもうすぐやって来ます (2012年)


アセンション(次元上昇)とは心の融合をいうのです。



  



   

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本を読むことの大切さ

    
      
今日、う先生のレッスンで真理を求めている人は本を読むことが大切です。とおっしゃっていました。

ほんと、その通りだと思います。

自分が何かで悩んでいる

そんなとき、ふと

「確かあの本に答えが書いてあったなぁ」

とヒモ解くのです。

するとそこには必ず自分の求めている答えがあるのです。
 

ぼんやりしたものがハッキリと見えてくるのです。
 

こうして日記を書いているのも自分の考えを整理しているのですが、自分でも思いもよらぬ、よい考えが浮かんできたり、いつの間にか答えが文章になって書かれていることが多いのです。


自分?で書いた文章に自分で感心したりします。


本を読む、文章にまとめる、日々の実践・・・・・・・・


この繰り返しが私にとってとてもいいリズムになっているようです。わーい(嬉しい顔)ムード


人の話を聴いたりスポットで文章を読む(新聞、雑誌など)のだけではダメなのです。
 

本を読んで自分の考えが正しいのか?どうなのか?
 

審神(さにわ)するのです。
 

審神とは、神(本心)から来たものかどうか?を判断するということです。


そのときによって出て来る答えが違うときがあります。
 

それでもいいのです。


本で練って練って自分なりの答えを出していくのです。
 


自分の生き方に確信を持てない人

毎日をなんとなく生きている人

感覚だけで生きている人


は 


是非、本を読んでください。
 

どんな本でも無駄になることはありません。
 

でも、真実のことを書いた、真理の本がよいのです。


五井先生、西園寺昌美さん、そしてもちろん、う先生の本はいつ読んでも新鮮です。


それは時空を超えているから・・・・ぴかぴか(新しい)夜


真理の本は奥が深いのです。



そしてそこには自分の知りたい答えが書いてあるのです。




  
  

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9月19日(土)は気功サロンの日

    
   
今回の気功サロンにはmixiの人、私の同級生が来られることになりました。


開催される度に気功サロンの役割りが充実して来てるのを実感しています。
 

みなさんも是非、お気楽に遊びに来てください。


そしていつの間にか元気になって帰ってくださいね