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2019年10月21日 (月)

言葉(五井昌久)


私は言葉の使い方の大切さを、近頃しみじみと感じている。

アメリカの有名な詩人ロングフェローの詩に「矢と歌」という詩がある。

私は空中に矢を放った

矢は地上に落ちた

その矢がどこに落ちたか私は知らない

という行で始まるこの詩は、私たちが不注意にいう言葉を矢に例え、その矢が樫の木(強い気高い人のたとえ)を傷つけたことを見出し、また何気なく語った愛の言葉を歌に例え、その歌(愛の言葉)がいつまでも友人の心に残っていて、友人を慰め力づけていたことを知った、というようなことを歌っている。

私はこの詩のように、言葉の重大さを今更のように思うのである。

愛の言葉は常に人を生かし、自己を生かすが、憎悪、嫉妬、怒り、不実等の言葉は人を傷つけ痛める。と共に反転して自己を損なう。

言葉とは音声に出ずるものばかりではない。音声以前の想念の中にもあるもので、音声の言葉だけ愛深そうにいったところで、それが愛の言葉とはならない。

言葉は常に真実性がなければならない。愛の言葉、真実の言葉が国に充ちているか、不実の言葉、不注意の言葉、心なき言葉が充ちているかによって、その国の運命は定まってしまうのである。

愛の言葉は天からくる言葉である。本心からくる言葉である。正義の言葉である。自他一体の言葉である。人を生かし、人を勇気づけ、人を慰撫する言葉である。深い思いやりをもった言葉である。

愛の言葉は、常に神を想い、神に感謝し、万物に感謝している者からは、巧まずして、自然に湧き出でて、光のごとく、人の心を明るくしてゆくものである。

不注意なる不実なる言葉を吐かず、人を生かし、人を勇気づけ、明るくするような愛の言葉が、巧まずして、自ら口を出づるような人間になりたいものである。

一言、一言が愛に充ちた言葉を、人間すべてが交換できる日を一日も早く招来せしめるよう、私たちは神に祈りつづけなければならぬ。

神様、どうぞ愛深き私でありますように——

『心はいつも青空』五井昌久(著)

世界人類が平和でありますようように
日本が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
守護霊さまありがとうございます
守護神さまありがとうございます




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