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2019年10月31日 (木)

明るい未来を刻印する「果因説」



『明るい未来をイメージすると、時間は未来から流れるようになり、今が良くなるためのプロセスになる』

私たちは、時間とは過去から現在、そして未来へと流れていくものだと思い込んでいます。

それは、人間が勝手に考え出した時間の流れの概念です。

私たちが住んでいる宇宙には、時間はないのです。

過去も未来も現在もない(時空を超えています)

だとしたら時間を未来から現在へと自由に流すことができるのではないか?

・・・・

イメージトレーニングがあります。

スキーなどで自分がうまく滑っている姿をイメージし続けて現地に着く、そしてそのイメージのまま滑ると、イメージ通りに滑れている

格段に上達している

これは、上手に滑っているという未来の形を先に創ってしまうということです。

これからは時間の概念が変わっていきます。

それによって、みんなすばらしい未来を想像(創造)するようになります。

病気の人は、健康をイメージし、貧困の人は豊かさをイメージし、人間関係がうまくいっていない人は、みんなが調和している姿をイメージする

みんなが当たり前のように「果因説」を実践するようになる。

そんな素晴らしい世の中がやってくる。

果因説については、もう何度もここに掲載しましたが、今回も載せることにしました。

みなさんも是非、明るい未来をイメージしてください。

時間は未来から今へとやって来るのです。

因果律と果因説の違い

過去→現在→未来か、 未来→現在→過去か

次にあげる因果律と果因説の違いは、「過去→現在→未来」という因果律の流れに対して、果因説の流れでは、 「未来→現在→過去」であるということです。

因果律では、現在起こることは過去の因が決めている、つまり 「過去→現在」という全体の流れがあります。

病気に例えると、「過去にしてきたさまざまなことによって、現在病気になることがすでに決まっていた」 というように、過去に起こった一つのことが原因となり、次々と玉突き式に結果となって、現在の病気が現われる。

そして現在の病気がまた新たな因となり、「現在→未来」 という流れに乗って、未来の結果となってゆく。

これが因果律の流れです。

この考え方でゆきますと、過去からやってくる病気に対して、現在や未来では何一つ打つ手がなく、ただ黙って受け入れるしかないということになります。

現在も未来も過去に起こったことから生じる必然であって、もし過去に別の選択をしていれば今病気にならなかったかもしれないが、過去に戻って過去の選択を変えることが出来ない以上今も変わらない、今が変わらなければ未来も変わらないということになります。

これでは、人間には全く自由意思がないということになってしまいます。

しかし果因説では、「未来→現在」という流れに乗って、未来の結果を先に創り出すことが出来るのです。

例えば、川は川上から川下へと流れています。

今現在自分は川の中にいて、傍に落ちていた葉っぱに希望や夢を、現実に現われるように書き込むとします。

それを放り投げます。

川下のほうに放り投げたら、その希望の葉は永遠に自分のところへは戻ってきません。

自分の手から放たれた瞬間からどんどんと川下のほう(即ち過去)へと流れ去っていってしまいます。

結果、その希望は自分の手には戻りません。

だからこそ投げる時には、必ず川上に向って(即ち未来の希望のビジョンを持って)、投げるのです。

その希望の葉は川上のほう、即ち未来へと放たれて、そこから次第に川下へと流れてゆきます。

そして今、ついに現地点の自分のところに、何年か、何ヶ月か、何日か前に投げ込んだその希望の葉が戻ってきて、自分の前を通り過ぎようとしています。

それを自分がキャッチすることにより、希望していたことが現実に顕現されるのです。

時間は未来から現在へとやってくるのです。

そして毎日のように、思い出すたびに繰り返し繰り返し希望の葉を何十枚、何百枚、何千枚、何万枚と未来に投げ込みつづけると、いつの日か、宝くじのようにそのうちの数枚が、必ず自分の前に現われ、現実となるのです。

従って、まさに今の瞬間、自分の未来に対する希望や輝かしい人生の設計図を強く思い描き、

「絶対大丈夫!」 「必ず出来る!」 「すべては可能である!」 「すべては完璧!」 「欠けたるものなし!」 「必ず成就する!」・・・・・・などという想いや言葉を繰り返すことにより、それが現実となって現われるのであります。

時間は未来から現在、現在から過去へと流れているのですから、今この瞬間、未来について思ったこと、考えたこと、語ったことの成就は、いずれ現在にやってくるのです。

ですから今現在、この瞬間、未来の希望を繰り返し、繰り返しインプットすることにより、それが次々に現在へと流れてくるのです。

そしてそのうちの数枚の葉(未来に投げかけた希望のビジョン)を、自分がキャッチする瞬間が必ず来るのです。

これが果因説です。

今までのような、過去の原因を突き止め、悪い種を一つ一つ暴き出し、それを排除しつつ上り詰めてゆくやり方は、過去のマイナス(川下)に意識が集中するため、目的達成が容易ではありません。

しかし、過去の因縁に由来する果因律に心縛られず、憂えず、今の瞬間、未来(川上)に向って自らの意識を高めるという果因説に切り換えると、自らに内在する素晴らしい資質が目覚め、人生は好転するのです。

 「果因説」 西園寺昌美 白光出版





神聖復活の印、果因説で自分と地球が完成する‼️


自分だけではなく、たとえば家族が幸せになっている姿をイメージすると、イメージ(想像)は創造(クリエイト)になり、現実のものとなる

時間は過去→現在→未来ではなく

刻印した未来から現在(今)へ流れて来る

これが「果因説」なのですが、なぜこれが可能(本当)なのか?というと、人間は創造主だからです。神だからです。

今、私(私たち)が組んでいる印は、神聖復活の印ですが、潜在意識の奥に眠り、忘れていた神性を思い出し、目を覚まさせるために組むのです。

人間は想像した通りの自分になれ、自分の中に世界、宇宙を創れる。

これから神聖復活の印、そして果因説、この2つで地球平和は実現する、個人の願いも現実となる。

果因説を実践(明るい未来をイメージ)すると、今が未来のプロセスになる。

多少の紆余曲折はあるものの、未来からのベクトルからは外れない。

過去を引きずっていた今までとは全然違い、プロセスが明るい未来の道の途中になるのです。

一直線にひかれた光り輝く道、その先が自分の、地球の未来なのです。

世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます


2019年10月29日 (火)

神になることを遅らせてはならぬ


・・・・・だんだん少なくなってきてますけど、昔など、親のために身を売って、親を助けた人情美談があります。 今でもそういう話を随分きくのですけど、そういう生き方をすると、ある人の犠牲によって育てられて、大きくなった人達が、幸せにならない場合が多いんですよ。 だからやる場合でも、二十歳ぐらいまではとにかく成人してないから、弟であれ誰であれ、みてやってもいいと思うんですけれども、成人した場合にはその人の生命は大人になったんですから、それを突っ放して、その人が食べられようと死のうと、それはその人の自由に委せておいた方がいいと私は思うんですよ。

 

 

神になることを遅らせてはならぬ

そういう生き方をしないとね、この世だけは生きられるかも知れないけれども、あの世で生命が死んじゃうんですね。

 人間の生命というものは、肉体の世界だけではなくて、肉体の世界だけではなくて、神体の世界もあれば、霊界もあれば幽界もあれば、また生まれ更ってくる世界もあれば、もう何遍も何遍も生まれかわり死にかわりして、いわゆる経験を積んでゆくわけです。 神様の生命をそのまま素直に流しこむ練習のために、いろいろな物質界を通って、物質界の経験もし、幽界の経験もし、いろんな経験をして一人前の如来様になっていくわけですよ。

 

 だから只々甘やかしてその人のためにしてやるようなことは、その人の如来様、いわゆる仏(神)になることを遅らせるようなものであって、感情的にああこれでいいことをしたと思っているに過ぎないのです。 そういう生き方をしちゃいけないと思うのです。 ところが私などもやりかねないんですよ。 私なんか自分でも一寸甘い方でね、少し愛情過多だから、やりかねない場合があって、随分反省することがあります。

 

 あまりよくないのですね。だから余程知恵を働かせなければならないのです。

それにはどうしたらよいか、というと、やっぱり世界平和の祈りの中から、素直にスーと出てくる行ないが一番いいんです。

 あるいは厳しすぎるような場合もあるでしょうし、あるいは甘やかし過ぎる場合もあるでしょうけれども、それはやがて必ず相手のためになるような行ないになってくるんですよね。

 

『責めてはいけません』 五井昌久著 白光出版

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

 


2019年10月26日 (土)

自他を生かす(西園寺 里香さん)

 

 

シュタイナー幼児教育について

 

私は昔からシュタイナー教育の理念に傾倒しており、上の子どもはシュタイナー幼稚園を卒園し、下二人は今も通っています。 早期教育のように早々と子どもに知識を植えつけるのではなく、子どもの成長を七年周期に、体、心、頭のバランスを整えていくことを大事にしています。

 

七歳までは体の成長、主に内臓、骨がしっかり育つ大事な時期と言われています。 この時期に知識を詰め込み、暗記などさせると、体を育てるために使うエネルギーが奪われてしまうことになるわけです。ですからシュタイナー幼稚園では、就学するまで一切字も教えてはいけないのです。

 

最初の七年間は体全身を動かすこと、それも指先から足先まで動かすことをとても大切にしています。 良い睡眠、健康的な食事と一日一定のリズムを大切にします。 そのリズムが健全なる肉体を形成し、家族や園や子どもの周りに存在しているものに対して絶対なる安心感へとつながり、子どもの心を安定させると言います。

 

 

でも、初めて娘を幼稚園に入れてびっくりしたことがありました。 それは保護者会にて先生に言われた言葉でした。

 

「お子さんをあまり褒めないでください」

 

私はそれまで子どもを褒めて育てることを意識していたので、その真逆を言われて戸惑いました。でも今では子どもたちを無理に褒めることはせず、自然な形の声がけをするようになりました。

 

子どもに限らず大人も褒められると嬉しいものです。でも、褒められることを意識し始めると、自分の本来の軸からずれていくことがあります。

 

 例えば、子どもが本を読んでいるとします。 そこで、大人が 「本を読んでいて偉いわね!」 などと褒めると、子どもとして、自分は本を読むのが好きで読んでいるのに、 「本を読むと褒められるのだ」 と捉え始めます。 それまでは好きだからやっていたことも、変に意識し始めます。 読みたくなくても、褒められたい、認められたい、気を引きたい・・・・・と思う時に、本を読む姿を見せてきたりすることがあるそうです。 子どもも大人も自分が好きなことを、自分がワクワクすることをしている時は、人が褒めようが褒めまいが関係なく幸せな時間を過ごせます。

 

それは自分軸で生きられている時です。 でも私たちは徐々に外からの評価を意識し始まると、自分の意識が外に向き始めます。 認めてもらいがために、相手の合わせたり、相手が喜ぶことをやるようになります。 評価を得ることだけが自分の軸になっていくと、自分がどんなことに喜びを感じ、どんなことにワクワクを感じるかなどの感覚が鈍っていきます。

 

 子どもにとっての最高に嬉しい時間というのは、褒められることよりも、一日の中で五分でも十分でもこちらが全身の意識を向けてその子と向き合う時間なのかもしれません。 子どもが絵を描いて見せにきた時に、何かしながら絵をきちんと見ることをせずに 「すごいわね!」 と褒めるのではなく、その瞬間は、やっていることをすべてやめて、言葉を発しなくても笑顔でその絵を数秒でも一緒に眺め、その後にその子の目を見て感じたことを伝えることが出来たとしたら、その子は最高の誉め言葉もらっている以上に嬉しく思うのかもしれません。

 

 また、私は小さい頃から、自分の命そのものを讃えてもらっていました。 「愛する里香、素直な里香、明るい里香・・・・・」 自分の内奥に存在する本質的な性質に光を当ててもらえる言霊は大人になっても覚えています。

 

 

なぜ承認を得たいのか

 

私たちは今、大転換期の中で生きています。 神聖復活の時代です。 今までは、常に誰かの承認や賞賛を必要としてきた時代を過ごしてきました。 人から褒められることや認められることこそ何よりの喜びであり、それが生きがいになっていました。 自分が人の役に立てる時、自分の存在が輝く瞬間というのは本当に幸せな瞬間です。 しかしこれからは、外からの承認や賞賛ではなく、何よりも自分が本来の自分とまっすぐつながり、自分を愛し自分を賞賛し、自分が自分であれることを何よりも喜びに感じる時代になってくると感じます。

 

 なぜ私たちが人からの承認を得たいと思うかと言うと、それはもしかしたら他と深いつながりを求めているのではないでしょうか。 共感や共振、 「私もあなたと同じ」 と確認し合いたい。 なぜなら私たちの奥深くでは、すべてと一つになりたいという願いがあるからだと思うのです。 神様から認められたい=神様とつながりたい、他から認められたい=他と深いつながりを持ちたい、そういう魂の本質的な欲求があるのかもしれません。

 

 このように考えると、褒めるということは、相手に耳を傾け、その存在を認め、そこに生命としての深い共感を持つことなのかもしれません。

 

だからといって愛の言葉を放たなくてよいのかといったらそれは全く違います。 愛の言葉、ポジティブな言葉というのは自他を生かします。言霊だからです。 それを放てば放つほど周波数が上がりますし、光が満ち溢れます。 高いひびきの言霊を放つことは自分をも引き上げます。

 

 ですから、それを制限することを勧めているのでは決してなく、外に合わせたり、好かれたいがために、心を込めずに良い言葉を並べるのではなく、目の前にいる人を全身で受け入れ、つながろうという姿勢を持つと、自然と相手に伝えるべく言葉が降りてくるのだと思うのです。 その流れてきた言葉は、どんな言葉であっても相手に響き、自分のハートも相手のハートも開いていくのだと感じます。 これを意識して “褒める” という行為を行なうと、それは決して一方通行の行為ではなく、相手と深いつながりを生む素晴らしい行為になり、無限の可能性を引き寄せていくと思うのです。

 

 

神聖復活大成就

 

世界人類が平和でありますように

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月21日 (月)

言葉(五井昌久)


私は言葉の使い方の大切さを、近頃しみじみと感じている。

アメリカの有名な詩人ロングフェローの詩に「矢と歌」という詩がある。

私は空中に矢を放った

矢は地上に落ちた

その矢がどこに落ちたか私は知らない

という行で始まるこの詩は、私たちが不注意にいう言葉を矢に例え、その矢が樫の木(強い気高い人のたとえ)を傷つけたことを見出し、また何気なく語った愛の言葉を歌に例え、その歌(愛の言葉)がいつまでも友人の心に残っていて、友人を慰め力づけていたことを知った、というようなことを歌っている。

私はこの詩のように、言葉の重大さを今更のように思うのである。

愛の言葉は常に人を生かし、自己を生かすが、憎悪、嫉妬、怒り、不実等の言葉は人を傷つけ痛める。と共に反転して自己を損なう。

言葉とは音声に出ずるものばかりではない。音声以前の想念の中にもあるもので、音声の言葉だけ愛深そうにいったところで、それが愛の言葉とはならない。

言葉は常に真実性がなければならない。愛の言葉、真実の言葉が国に充ちているか、不実の言葉、不注意の言葉、心なき言葉が充ちているかによって、その国の運命は定まってしまうのである。

愛の言葉は天からくる言葉である。本心からくる言葉である。正義の言葉である。自他一体の言葉である。人を生かし、人を勇気づけ、人を慰撫する言葉である。深い思いやりをもった言葉である。

愛の言葉は、常に神を想い、神に感謝し、万物に感謝している者からは、巧まずして、自然に湧き出でて、光のごとく、人の心を明るくしてゆくものである。

不注意なる不実なる言葉を吐かず、人を生かし、人を勇気づけ、明るくするような愛の言葉が、巧まずして、自ら口を出づるような人間になりたいものである。

一言、一言が愛に充ちた言葉を、人間すべてが交換できる日を一日も早く招来せしめるよう、私たちは神に祈りつづけなければならぬ。

神様、どうぞ愛深き私でありますように——

『心はいつも青空』五井昌久(著)

世界人類が平和でありますようように
日本が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
守護霊さまありがとうございます
守護神さまありがとうございます




2019年10月20日 (日)

日々の指針

 

 

1.人は、生きてゆく上で願望や希望や目標をしっかり見定める必要がある。 そうでなければ、その時々の感情想念のままに流されてしまい、否定的想念が心の中に積み重なってゆくばかりである。

 

1.願望や希望、目標は、自らの潜在意識に刻印されつづけてゆく、しかし、そこからさらに神聖意識を目覚めさせるには、自らの潜在意識にしっかりと神聖意識を、繰り返し繰り返し叩き込むことである。

 

1.神人群団は、こうして今生に生まれ、全人類にとって最後の救済の鍵である神聖復活の印を、自分に出来る範囲で積極的に組みつづけ、さらにはこの印を、周りの人々に伝えつづけている。 その言動行為のすべては、神界にて絶賛されている。

 

1.私の体験からいえば、希望、願望、日々の意識を失わず、途中、何が生じても決して諦めなければ、偶然ではなく必然としてそれは現実に現わされるのである。 自らの思考こそが内面世界を創り出し、その意識、信念が現象となって自らの人生に生じてゆくのである。 いかに人間一人一人の意識や信念に力があるか、そしてネガティブ思考は誤っているかである。

 

 

                  西園寺昌美

 

 

 

 

2019年10月 7日 (月)

水素ガスが体内の水分調整をしてくれる‼️


【水分不足、水分摂り過ぎどちらも良くない‼️】(水素ガスは自然に水分調整をしてくれる)
 
人間の体の70%は水分、水で出来ている、その水分が1%足らないだけで血液はドロドロになり身体全体の機能を狂わすそうです。(認知症の人にたっぷりの水を飲ませたら改善されたそうです)
 
だから水分を切らさないように水はこまめに摂らないといけない、という
 
しかし一方、摂りすぎは身体を冷やし、血管に負担をかけ血圧を上げ、腎臓に負担をかける。(東洋医学では水毒といいます)

体のあちこちに水溜りが出来る、水太りになる、新陳代謝が悪くなる、病気の原因になる
 
そしてそんなに飲めるはずがない!
 
 真っ二つに意見が分かれているのです。

・・・・・・
 
ところで私は水素ガスを吸い始めてから、トイレが近くなりました。
 
それほど水分を摂っているわけではないのに何度も何度も行くのです。(そしてたくさん出ます)
 
それは何を意味するかといいますと、身体の中で水を作っているのです。
 
腸の中には微量の水素ガスが存在していて水をつくる仕組みがあります。
 
腸の中には食べ過ぎや分解しずらい死んだ食べものがたくさん残っていて、それでも毒素にならないように、体は酸素を使って必死で分解しようとします。

そのときに、大量の活性酸素が発生するのです。

この活性酸素が悪玉となり、細胞や遺伝子を傷つけることになる→病気になる
 
それを水素が無害の水に変えてくれます。
 
H2(水素)+2・OH(活性酸素)=2H20(水)
 
これって凄いことですよね!
 
そして余分な水(毒素)は体外に出される。
 
 必要な水、水分は体内に残っている。

自然に水分調整がされている
 
 赤ちゃんの身体は80%が水分です。
 
 母乳やお乳、ミルクからも水分を摂っているのだけれど、赤ちゃんは自分で水を作っています、産み出しています。

地球🌏と同じです‼️
 
 赤ちゃんは身体の中(主に腸内)で大量の水素ガスを発生させているからです。
 
男の厄年(42歳)はこの水素ガスの量が急に減るのだそうです。
 
抵抗力、免疫力が弱まるのです。
 
 老人になると水分が少なくなる(約50%)のは、筋肉が落ちて脂肪が増えるからです。
 
 筋肉には水分を溜める細胞がたくさんあるそうです。
 
一方、脂肪は水をほとんどストック出来ません。(水と脂)
 
だから適度な運動をして筋肉量を減らさないようにしなければいけないのです‼️
 
 水、水分は大切です。 そしてバランスが大切です。
 
 水素はそのバランスを自然に取ってくれるのです。
 
  
 追伸・・・・そして、水素ガスを吸うと体内の水が水素水に変わるので、消臭、殺菌効果が表われます。嫌な体臭、加齢臭も消え、嬉しいことにうんち💩やオナラが臭くなくなるのです。
嬉しい😆オマケですね!

このことは、マグネシウムで水素を発生させ、洗剤が要らない、消臭、殺菌効果がある、「洗濯マグちゃん」が証明しています。

巷に出回っている水素ガスは玉石混交です。効果が少ない、いい加減なものも大手電機店で売られています。
 
真剣に考えている人は水素アドバイザーの私にご相談ください‼️

グッドムーン goodmoon51@yahoo.ne.jp








 

2019年10月 5日 (土)

水素ガスは、精神を調えてくれる‼️

私はこの世から病気が無くならないとほんとうの幸せはやって来ないと思っています。

そして病気の中でも、精神に関わる病気、統合失調症、アルツハイマー、パーソンキン病、鬱、認知症、痴呆症・・・そして自律神経が乱れることで起こる病気は多数あります。

他の病気も精神の影響を受けているものが、ほとんどだと思われます。

「病は気から」というように目に見えないエネルギー、精神が調わないことには、目に見える肉体の不調和(病気)も整っては来ません。

私は〝水素ガス〟が精神の波動調整をしてくれて気の病を改善してくれると思っています。

言葉は悪いのですが、精神の病は以前、「気違い」と言われていました。

これを気=エネルギーで説明しますと

人間とは、宇宙からの生命エネルギーで生かされています。

頭のてっぺんの「百会」(ひゃくえ)に生命エネルギー(霊要素)が入り、血管の中の血流に乗り、60兆の細胞に活力を与え、足の裏の湧泉(ゆうせん)から、地球の中心へと流れていきます。

エネルギーは血管の中を血流となって体内を流れるのです。

精神の不調和とは?

頭のてっぺんに真っ直ぐに入るはずのエネルギーがズレているのです。

水道の蛇口とホースがズレている

蛇口(天)とホース(頭・肉体)がズレているからエネルギーが正常に流れない!

気が違っている、ズレている・・・・

宇宙は 91%以上が〝水素原子〟で構成されています。

水素エネルギーを水素ガス発生器を使って体内に入れていくと、宇宙の水素エネルギーと共鳴し、ズレが矯正され、合ってくるのです。

〝水素〟と「水素」が共鳴する‼️

これが波動調整です。

少し神秘的かもしれませんが(笑)

私は、〝水素ガス〟が地球を救う救世主になっていくと思っています。

補足・・・気持ちがいらだっている人が〝水素ガス〟を吸うとイライラする頭の中の黒雲が消え、晴れたようになるそうです。(素晴らしいという状態、素(宇宙)は、いつも晴れている)






 

認知症の進み具合は、嗅覚(五感)でわかる‼️

【若年性アルツハイマーと水素ガス吸引‼️】(下の図から水素分子は半端なく小さいことがわかります!)

認知程度は匂いでわかる‼️

先日の夜、若年性アルツハイマーになった女性のテレビ📺ドラマを妻が観ていました。

妻は、「人ごとではない、自分がなったらどうしよう!」と心配していました。

最近、職場でのミスがあったり、記憶力が低下しているようなのです。

本来、認知症、痴呆症は年齢を重ねることで起こる自然現象であり、90歳くらいのおじいちゃん、おばあちゃんがボケてしまうのは、周りもある程度は納得できるのです。

しかし、これから子どもを産み育て、仕事をする人にとっては大変大きな問題です。

それだけ異常に早く体(脳)が酸化、サビ化、老化しているのですね!(スマホやパソコンのやり過ぎも原因だと言われています、電磁波が体内の水分と交わると即、「活性酸素」に変貌します、これが放射線の癌治療です!)

そして私はネットで認知症について調べてみました。

そこには、認知度を調べるのに〝匂いを嗅がせる〟があったのです。

鼻👃と脳🧠は繋がっていて密接な関係にある、脳に障害が起こると嗅覚も鈍るというのです。

以前にも述べましたが、水素ガスは鼻👃から吸引するのですぐに脳細胞に入り、細胞内に溜まったゴミ(悪玉活性酸素)を除去してくれるのです。

ラット(ねずみ)の動物実験では、鬱状態の🐀に水素ガスを吸わせたところ、明らかに改善したそうです。

実は、アルツハイマーの兆候が見られるお父さんに水素ガス吸引器をプレゼント🎁した方がFB仲間におられます。(親孝行ですね!)

水素ガスは数分で体全体(60兆の細胞)に行き渡るのですが、まず最初に体の司令塔である脳に働きかけクリーニングするのです。

水素ガス吸引をしている薬局で不思議な体験をされた方がいらっしゃいます。読んでみられてください。

ご本人はご自分は健康体だと思っているが、私から観て、感受性がかなり豊か?強で、神経質、ストレスは半端ないと思った方でした。

Mさん

水素30分吸ってきました。多少疲れているとはいえ健康体ですので、疲労回復したのかも微妙な感じです。

ただちょっと違っていたのは、薬局に入った瞬間はお店のにおいを感じましたが、少し経つとにおいは感じなくなりました。

水素を吸い始めて10分くらい経つと、様々な漢方薬のにおい、甘い香りや独特の香りなど、複数の香りが別々に強力に感じるようになり、後半は香りを怒涛の様に吸っているようでした(笑)
お店の方(薬局の先生)にもそのように伝えました。

補足・・・脳🧠には必要なもの以外は排除して脳を護る血液脳関門という関所みたいなところがあって、ほとんどのビタミンや高分子の抗酸化物質は入ることができません。
脳細胞のサビは、抗酸化物質がなければ取ることができないのですが、
そんな中で、水素だけは細胞内のどこにでも入っていくことができるのです。
水素は宇宙一小さい気体の分子だからです。

悪玉活性酸素(2・OH)➕水素(H2)=水(2H2O)

悪玉活性酸素とは、酷いサビのことです。
昔は、ボケること、頭が回らないことを「頭がサビる‼️」と言いました^_^
水素ガスは、脳細胞の劣化を防ぎ、改善するので、益々世の中に求められて行くでしょう^_^














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