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2019年8月 4日 (日)

人間は悪魔の子ではない 2

 

 

  

ところが今度は性悪説について、神の子論者から反論すれば、どんな人にでも良心というものがある、悪いこと、人間の道に外れたようなことをすれば、誰れでも良心が痛むものである。

 

狂人が、極悪非道者以外は誰れでも良心の痛みはあるのだ、人間はすべて、悪を嫌(いと)い、善を求めている、悪行為には眉をひそめ、善行為には感謝感激する。これが人間の本質である。

 

だから人間の性は善である、というのだ、というのであります。

 

実際この世において、悪を賛美する人は変質者以外にはないと思います。

 

とすると、人間の性は本来善である、ということができるわけですが、これがまた、そう簡単にいい切れぬ程人間は複雑にできております。

 

一般の人々というものは、自分や自分の周囲の者と何等かかわりのない善意とか、利害関係には、無関心或いは善意の方に味方を致しますが、いざその渦中に自分が入ってしまいますと、自己の立っている側を善なり、と思いこもうとします。

 

そしてひたすら自分側の立場の有利になるために、相手の損得を考えようともせず行為するわけです。これは特別秀れた人格者でない限りは、その差はありますが、大同少異のところです。

 

と致しますと、こういう行為が自然とでてくる人間というものが、果して簡単に善なりといい切れるものではありません。

 

まして、神の子なり、と大きく見得を切るわけにもゆきません。

 

私共の説いておりますところは、性善説の側であることは明らかでありますが、只単に人間は神の子だ、実相完全円満だ、悪は無い、不幸は無い、などというのではありません。

 

人間は神の子であり、性本来善であることは、私の霊体験、霊覚によって、はっきり判っているところなのです。

 

その最もなるものが、戦争状態であり、国と国とのいがみ合であります。個人集団の小なる悪行為は数限りなくあるようです。そして、より強い悪の方が勝利を納めているようなところもあります。

 

そこで私は、人間は神の分霊であり、神の子であるけれども、分霊としての自分一個人、肉体人間一人の存在として生きている限りは、この世において、神の子の姿を、はっきり現わすことはできない。

 

少しぐらいの善意は、この世界の烈しい業想念の波の中では、すぐに蔽われてしまう、といって人間は業生(ごうしょう)ではない。

 

業生ではないといっても、真実の生き方を知らないでは、業(ごう)の子と同じように、悪行為をしないではこの世では生きてゆかれないようなことになってしまう、というのであります。(五井昌久『神は沈黙していない』10~11頁)

 

 

 

 

 

 

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