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2019年6月25日 (火)

頭をからっぽにして神様だけを住まわせる

 

 

 

本文

 

情を簡単に切れることが、その人の冷酷性の現れであったりしたら、情に捉われやすい人よりなお悪いことになる。

 

愛深い人が情に溺れぬように自重してゆく姿には、美があるもので、そうした人の動きの中に、神のこの現象界における生き方が示されているものと思われる。

私の祈りは、自分が相手と一体になって、相手を抱いたまま、神の世界に昇ってゆこうとする祈りである。

祈りとは、まず自分の心を空っぽにすることである。

それまでの自分をひとまず捨てて、神だけを自分の心に住まわせることである。願いごとは、すべて後まわしにすることである。

神だけを自己に住まわせれば、その人に必要な願いごとは、すべて叶うのである。(五井昌久『神と人間』96,97頁)

 

 

感想・・・・感想も解説もないくらいの素晴らしい文章なのですが、頭を空っぽにしてそこに愛のエネルギー(祈り)を入れ、自分の願望は置いておいて人にはそのエネルギー(行為)だけを注いでゆく、そうすれば自分に必要なものは神さまによって与えられるし、発する波動によって他人は浄められ、やがて地球世界は整ってゆく(平和になってゆく)のです。

今は、その過渡期、光に照らされて、悪いものに見えるものが消えてゆくのです。

それに惑わされてはいけません。

客観的に俯瞰的に、守護霊守護神になった心境で、消えてゆく姿に感謝していればよいのです。

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

 

 

 

 

 

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