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2018年11月13日 (火)

悟りはゴールではない、そこから始まるのです!

 

 

前生があり、輪廻転生があるとしたのなら死んだ後の未来も当然のごとくあるのです。

生命は永遠である、ということからいえば、死はゴールではないのです。

そして私たちは、創造主であり、宇宙そのもの、大自然そのもの、サムシング・グレートであり、神そのもの、神の子なのです。

宇宙は無限に進化創造しています。 小宇宙である私たち人間も未来永劫進化し続けるのです。
 
だからちょっと真理(我即神也)がわかったところでそれは最終の悟りでもなければ、ゴールでもない、私たち神の子には永遠に終わりは無いのです。
 
では、今、私たちの目の前に現われている現象はどう受け止めればいいのか?
 
目の前の現象、幻想とは自分が前生、前々生・・・・で輪廻転生を繰り返して来た未解決の事柄が宿題?として再生されて写って来ているのです。
 

潜在意識に未解決として心に残っているので、また写し出されてきた

その問題を今生でどう処理、解決をして行けばいいのか?
 

神様は問題を解きなさい、クリアせよとおっしゃっているのか?

・・・・・・・・
 
それは解かなくてもいいのです(笑)
 
その時(前生)に解けなかったからといって「やり直し!」をさせられているのではないのです(笑)
 
解かなくてもいいから、それはもう過去で経験をしたことだから、その経験は神さまから離れた間違った想念や行為(迷い)だったのだから、過去をほじくり返す必要はない、ただ客観視し、俯瞰視して「もう写って来ているこれらは終ったことなんだ、消えてゆくんだ」「自分は神の子だとわかった時点でもう肉体界に生まれて来る(輪廻転生は終わった)ことはないんだ」 と映画鑑賞をしているときのように観ていればいいのです。
 
そしてそのときに『世界平和の祈り』 を祈り、自分の想念を祈りの中に投げ入れてやると前生での業想念、業因縁、間違った考えだったこと、悲しかったこと、怒ったこと、赦せなかったことなどあらゆる感情が次々に光の溶鉱炉の中で消えてゆき、完全に過去(輪廻転生)は消えてしまうのです。
 
過去が消えれば後は未来しかありません。
 
進化するとは、前だけを見て進むということです。
 
宇宙には未来(神界)しかないのです。
 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。



本文

『宗教問答』にある、肉体人間の誕生や前世についての質問に対する五井先生の答えの最後に、輪廻転生の輪から解脱して、それで終わりではない、ということが書かれています。

そこから初めて神の分霊としての人間の第一歩が始まるのだ、という意味のことを説いておられますのでご紹介します。

本論を書くにあたって、このことを私は申し上げたくて、今までペンを進めてきたわけであります。

最後に、最も大事な真理をお話し致しておきましょう。

それは今まで説いてまいりました 「転生」 や 「前世」 や 「再生」 などということは、人間の本体の世界、本心の世界のことではなく、あくまでも業想念の世界のことであって、人間本体は常に、神の世界において光明燦然たる光を放ちつづけている、ということであります。

その真理は肉体人間の頭脳で知ろうと知るまいと、厳然たる事実であって、この世や幽界、霊界を往来している人間(霊魂)は、水に映っている影のようなもので、その実体はなく、いつかは消え去ってゆくものであります。

ですから、真理の面から一言にして言えば、人間が自己の前世を云々したり、過去世の因縁や今生の幸不幸にひっかかったりして、一喜一憂しているのは、消え去ったもの、或いは今現われて消え去ろうとしているものを把え、追いかけるようなものであって、あまり知恵のある話ではないのであります。

前世云々と、常に言う人たちがありますが、前生はまたその前々生があり、そのまた前生があるので、いつの時代がその人の運命にいつ現われてくるか、はかり知れないのですから、すべての事物は、皆現われては消えてゆく姿として、その姿に把われる想いを世界平和の祈り、神のみ心の中に投入しつづけていれば、真理の世界にいつかしらず入っていって、自己の神である実体を知ることが出来るようになるのであります。

この大事な真理の話を書き写しながら思ったことは━

 この世界に生まれて肉体を持ったことは、自己が神であることを知るためであり、そのために悲しみや苦しみ、喜びや楽しみを味わいつつ、実体を知るための経験を、今、一つ一つ積み重ねているところであり、その一つ一つの経験がたいへん重要なものである、ということです。

五井先生は始めに、人間本体論を説き、因縁因果論も同時に説き、その上で因縁因果すべてを“消えてゆく姿” と断じ、それを世界平和の祈りの中に投入することによって、本体の自己を現わせるように、観念的にも、実質的にも覚知するように、私たちを導いてくださっております。

因縁因果論も私たちの覚醒にいたるまでの修行に必要なものであり、覚醒に至ればみな消えてゆく姿となって、目の前から消えてゆくものであります。

それゆえ修行として 

 

 うつりくるものなべて消ゆ消え去ると ひたすら想へ心素直に 五井昌久 

となるわけです。

 

『神の満ちる星の話』(五井先生が語った地球と人類の未来図)高橋英雄著 白光出版




 

 

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