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2018年8月11日 (土)

霊能力について

 

(人を飛ばしてなんになる)

時代が混沌としてくると、原因不明の病気になったり、運命を修正出来なくなって、神秘的なことに頼ろうとする人が増えてきます。

すると、「私の病気は祖先の人に取り憑かれているのではないだろうか?」「私の前世が影響しているのではないのだろか?」「目にみえない力が働いているのではないだろうか?」と霊的なことに興味を持ち始めます。

しかし巷には、霊能力なるものを利用して「儲けてやろう」という輩(動物霊、取り憑かれた人を含む)が溢れているのです。

この輩とは、動物霊(感情霊、不良霊)のことで、霊界の高いところや神界に行くことが出来ずに肉体界と幽界(さ迷った世界)を行ったり来たりして、肉体界の人間を驚かせたり、憑依して「霊能者」を名乗ったり、人間を思い通りにコントロールして楽しんでいるのです。

私は「幽界のお化けちゃん」と呼んでいるのですが、一旦取り憑かれると大変です。

運命をもてあそばれ、めちゃめちゃにされます。

自分が苦しかった肉体界での人生を同じように味あわせてやろうとしているのです。

守護霊守護神は手を出すことができません。

それは良い意味でも悪い意味でもその人の自由意志に任せているからです。

私のメンターである于先生から興味深い話を聞きました。

ある女性が新興宗教にはまり、異変に気づいた夫が心配になってその教団を訪ねて行ったそうです。

そこでは、信者の幹部が集まった人たちを気(幽気)で飛ばしていた・・・・。

冷静だったご主人は、「ここに居てはあぶない」と奥さんを連れ出したのだそうです。

私たちは目に見えるものしか「ある」と信じていないので、目にみえない力、パワーを見せられると、魅せられてしまうのです(笑)

しかしそれは神秘力でもなく、守護霊、守護神さまから来たものでもなく、ましてや神界(ほんもの)のものでもないのです。

「人を飛ばしてなんになる!」

感情は喜ばせても、誰も幸せにならないし、魂、本心を成長させるものではありません。

このご主人は、審神力(さにわりょく)、ほんもの、にせものを見抜く能力があったわけではありません。 ただ常識的で冷静な人だったのです。

今、私たちに求められているのは、霊能力ではありません。

物事を正しく判断する、見極める能力です。

于先生は、「物事に把われない、振り回されないためには客観視することが大切です」とおっしゃいました。

今の自分(肉体の自分)を離れたところから観ている自分(ほんとうの自分)がいる。

それが客観視だと思います。

話が長くなってしまいました(笑)


みなさんくれぐれも「霊能者」という輩(幽界のおばけちゃん)にご注意ください。

 

【霊力と霊能力の違い】

 

霊力と霊能力とを間違える人がいますが、人の心がわかったり、当てものをしたり、運命の予言をしたりするのを、霊力と解釈していますけれど、それは霊能力なのです。

一つの能力なのです。

霊能力がすぐれている人が人格が高いかというと、そうでないのです。

ところが霊力のすぐれた人は人格が高いのです。

霊力というのはいいかえれば、霊の光、根源の光です。

神のみ心の光が強い人がやっぱり人格が高いのです。

たとえあてものをしたりすることがうまくたって、それが偉いということにはならない。

そんじょそこらの行者はみんな当てものがうまいですよ。

財布の中にいくら持っているか、なんてチャンとわかるんです。

なぜわかるかというと、肉体波動のそばにいる幽界の生物が、幽界と肉体界と波動が近いから、透して見えるのです。

ところがズーッと高い所にいる神さまは、わざわざそんな低い所を見ない。

その人がいかに生きるべきか、どうしたらその人を立派に出来るかということを見るわけです。

わざわざ降りれば見えますよ。

けれどそんなことは必要ないから、高いところからその人に光を当ててやる。

そしてその人に力をつけてやる。

ところが低級の霊能者というのは、力をつけてあげるのではなく、その人に出来ないことをチョコチョコと教えて、相手を屈服させて、自分の支配下におく、子分にしているのです。

霊力が強くて、霊能力の素晴らしい人もあります。

霊力が強くても当てものなどわからない人もあります。

ですからこういうことがいえるのです。

信者が一杯いる教祖があながち偉いとはいえない。

普通の人でいい影響を社会的に或いは周囲に与えている人がいます。

その人は霊力があるわけです。

霊力というのは要するに人格の立派なということで、そういう人が偉いのです。

いくら当てものがうまく、これをこうやれば儲かるといって当たって儲かったとしても、それを教えた人は神さまでもなんでもない、偉いのでもない、勿論そういう当てもののようなことが出来て偉い人があります。

祈りつづけていて、霊能力が出て、人の心が分かったり、予感、予知力が出来たりする人があるとします。

そうした神秘力が得られたといって、いばってしまってはだめなのです。

そういうことではない。

人間の立派さというのは何かというと、人格が立派になることなのです。

いつもいいますが、おのずから和んでくる。

おのずから人の心が優しくなってくる。

その人と一緒にいると、おのずから勇気が湧いてくる。

何か親しい懐かしい気持ちが出てくる。

そういう力を持つことが霊力が強いということなのです。

人に与える好影響が強ければ強い程霊力が強いんです。

「お前の息子さん、三年先に大病するよ、気をつけろ」 といわれて、二年たった、あと一年だ、どうしようどうしようと私にききにくる人が随分います。

これはいい影響を与えていません。

三年間脅しつづけたんだから、悪い影響しか与えません。

わかっていたって、いわないで知らん顔していて、しらないうちに霊力で光を与えていて、大病でなくなるようにやっておいて、やがて現われた時に救ってあげる、という人のほうがいちいち予言して、おどかして自分の力を示そうなんていう人より、ずっと立派ですね。

「神と人間」(五井昌久著 白光出版)には簡単に書いてありますけれど、

よくわかるように書いてあります。

皆さんは霊能力のある人よりも、霊力の立派な人格のすぐれた人になることです。

人格がすぐれていると同時に、霊能力があればそれに越したことはないのです。

それを間違えてはいけない。

だから霊能力だけを磨こうとして、統一などしてはいけない。

人格を立派にするために祈るわけです。

人格が立派というのはどういうことかというと、愛が深いこと、調和した人間であること、勇気があること、簡単にいったらそういうことです。

そうなるように全力をもって近づかなければいけませんね。

 

 「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版


「霊力と霊能力の相違」五井先生の動画

https://www.youtube.com/watch?v=FgwM9XXY7HM

 



 

 

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