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2018年8月 2日 (木)

「世界平和の祈り」の祈り方 5


☆ 昔は、犯罪者を○○容疑者とは言わず、○○と呼び捨てにしていました。

【祈り方は】

悪人を見ても

・悪いことをした人を見ると、神さまの心は大調和なのに平和なのに、それを犯すから憎む。神様の目から見れば、憎むのではないのですよ。しかし人間として肉体的に個別に来た時には、憎しみのような感情になるわけです。

しかし、本当は憎しみではないのです。不調和なものを嫌がる、不調和を排する気持ちです。
間違った事はいけないと、たしなめる。初めは憎らしいと心臓がパクパクして憎む。それは当たり前の人。業想念ですね。

それから、ああ馬鹿な事をしたものだな、この人の本心が痛んでいるのに、ああ馬鹿な奴だということになるでしょ。涙ぐましくなるような、そういう想い方になる。

それから上になると、これは業想念がみんなそこに集まって、みんなに代ってやらされているのだ、悪い役割をしているのだ。かわいそうに。こういう業想念がこの世から消えますように。世界人類が平和でありますように、とこう三段階に上ってゆくわけですね。

みんなが全部、罪を憎んで人を憎まず、というように出来るようになればいいのですけれどね。みんな代ってやって下さるのだな。みんな菩薩様なんだなというふうに、そこまで心境が高まるように願いたいものです。


【祈り方は】

悪人を見ても

・斉藤さんが新聞で見た殺人の記事で、犯人の矢野の守護霊さん申し訳ありませんでした、と矢野に代わって思ったそういう想いは、自他一体感というのですね。

向うのやった事と、こちらのやった事と同じになって、向うのやった事は斉藤さんの中に入って来て、消えてゆく姿となったわけね。だから斉藤さんが守護霊守護神になったわけね。そのように高まればいいのです。

罪を犯した人があったら、世界人類が平和でありますように、その人の天命が完うされますように、どうか守護霊さん守護神さんお願いします、とやればその罪はそれだけで消えてゆくわけですよ。世界平和の祈りの中に入ってしまうわけだから、罪一等を減ぜられますよ。

だから矢野というのが悪いことをした。斉藤さんが「矢野さんの守護霊さんごめんなさい」と言った時には、矢野の業想念がそれだけ消えたわけなのですよ。幽体の中の業想念が、それだけ消えて減ってゆくわけ。それが世界平和の祈りですね。

だから憎んでもいいから、そのあとで世界平和の祈りをすれば、憎んだ想いも向うの犯した想いも、みんな消えてゆく姿になって、光の中に入って消えてしまうわけです。それが一番積極的な生き方なのですね。


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