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2018年5月31日 (木)

ある日の五井先生



【「ある日の五井先生」清水 勇 著より】

背後の存在

 話は変わって、次のケースは前述の高級な背後霊の場合とは全く逆の、良からぬ背後霊(悪霊)が憑依した事件です。

市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部のバルコニーからクーデターの決起を促す演説をした後、割腹自殺を遂げた作家の三島由紀夫のことです。一九七〇年(昭和四十五年)十一月のことでした。

 五井先生は、「あれは他殺だよ。背後から抱きかかえられるようにして切腹させられたんだよ。だいいち一介の小説家が切腹なんてできるわけないよ」とおっしゃいました。

 三島の切腹はためらい傷さえない見事なもので、腹部の傷は異常に深く長かったそうですが、それは背後の霊が三島の肉体を使って切腹したからなのです。そういえば明治天皇のあとを追って殉死した乃木大将でさえ、切腹の際のためらい傷があったと言われています。

 タレントの丸山明宏(現在の美輪明宏)は、事件が起こる前、たまたま三島由紀夫と対談した時に、三島由紀夫の背後に一人の軍人がいるのを霊視していたのです。

 事件後に丸山明宏はその軍人について詳しく語っていましたが、たしか二・二六事件の首謀者の一人で反乱罪のかどで銃殺されたある将校だったそうです。

国家改革を叫んで決起したのですが、重臣を殺害したことで天皇の怒りに触れ、逆賊の汚名を着せられ、天皇を恨み、国を恨んで死んでいったのでした。つまり、その軍人の激しい思想と三島由紀夫の激しい思想が波動的に一つになった結果、発生した事件だったのです。

 すべては波動です。同調したものが流れてきます。

関東地区で1チャンネルに合わせればNHKテレビが映ります。4チャンネルだと日本テレビが映ります。高い神霊の世界にチャンネルを合わせるか、低い幽界、地獄界に合わせるかによって、その人の生き方、運命は大きく変わってくるのです。




2018年5月30日 (水)

霊力と霊能力の違いについて教えてください



 

私のブログで過去から今まで一貫して一番読まれているのはこのタイトルの「霊力、霊能力の違い」なのですが(苦笑)、今悩んでいる人、さ迷っている人は、幽界のお化けちゃんに取り憑かれる確率がグンとアップします。

今の日本、地球世界が最もさらわれやすい時期だと言っていいと思います。

そんなところに行ってはいけない、一生どころか死んだ後の人生も台無しにするといくら言っても、行く人は行くのですが、自分だけではなく多くの人、魂にも多大な迷惑lをかけることだけは言っておきます。

それは人間は自分個人ではなく、何百万人、いや、何千、何億人もの人たちの代表として肉体を纏っているからです。

幽界のおばけちゃん、輩に取り憑かれるというのは、守護霊、守護神からの王道を外れることでもあるのです。

心の親である守護霊、守護神が低次元のおばけちゃんと同じ考えであるはずがありません。魂を売るのと同じです。

普通で良いのです。

霊能力なんて必要ありません!(占いなども絶対にやってはいけません、幽波動に巻き込まれます)

 

 

霊力と霊能力とを間違える人がいますが、人の心がわかったり、当てものをしたり、運命の予言をしたりするのを、霊力と解釈していますけれど、それは霊能力なのです。

 

一つの能力なのです。

 

霊能力がすぐれている人が人格が高いかというと、そうでないのです。

 

ところが霊力のすぐれた人は人格が高いのです。

 

霊力というのはいいかえれば、霊の光、根源の光です。

 

神のみ心の光が強い人がやっぱり人格が高いのです。

 

たとえあてものをしたりすることがうまくたって、それが偉いということにはならない。

 

そんじょそこらの行者はみんな当てものがうまいですよ。

 

財布の中にいくら持っているか、なんてチャンとわかるんです。

 

なぜわかるかというと、肉体波動のそばにいる幽界の生物が、幽界と肉体界と波動が近いから、透して見えるのです。

 

ところがズーッと高い所にいる神さまは、わざわざそんな低い所を見ない。

 

その人がいかに生きるべきか、どうしたらその人を立派に出来るかということを見るわけです。

 

わざわざ降りれば見えますよ。

けれどそんなことは必要ないから、高いところからその人に光を当ててやる。

 

そしてその人に力をつけてやる。

 

ところが低級の霊能者というのは、力をつけてあげるのではなく、その人に出来ないことをチョコチョコと教えて、相手を屈服させて、自分の支配下におく、子分にしているのです。

 

霊力が強くて、霊能力の素晴らしい人もあります。

 

霊力が強くても当てものなどわからない人もあります。

 

ですからこういうことがいえるのです。

 

信者が一杯いる教祖があながち偉いとはいえない。

 

普通の人でいい影響を社会的に或いは周囲に与えている人がいます。

 

その人は霊力があるわけです。

 

霊力というのは要するに人格の立派なということで、そういう人が偉いのです。

 

いくら当てものがうまく、これをこうやれば儲かるといって当たって儲かったとしても、それを教えた人は神さまでもなんでもない、偉いのでもない、勿論そういう当てもののようなことが出来て偉い人があります。

 

祈りつづけていて、霊能力が出て、人の心が分かったり、予感、予知力が出来たりする人があるとします。

 

そうした神秘力が得られたといって、いばってしまってはだめなのです。

 

そういうことではない。

 

人間の立派さというのは何かというと、人格が立派になることなのです。

 

いつもいいますが、おのずから和んでくる。

 

おのずから人の心が優しくなってくる。

 

その人と一緒にいると、おのずから勇気が湧いてくる。

 

何か親しい懐かしい気持ちが出てくる。

 

そういう力を持つことが霊力が強いということなのです。

 

人に与える好影響が強ければ強い程霊力が強いんです。

 

「お前の息子さん、三年先に大病するよ、気をつけろ」 といわれて、二年たった、あと一年だ、どうしようどうしようと私にききにくる人が随分います。

 

これはいい影響を与えていません。

 

三年間脅しつづけたんだから、悪い影響しか与えません。

 

わかっていたって、いわないで知らん顔していて、しらないうちに霊力で光を与えていて、大病でなくなるようにやっておいて、やがて現われた時に救ってあげる、という人のほう

がいちいち予言して、おどかして自分の力を示そうなんていう人より、ずっと立派ですね。

 

「神と人間」(五井昌久著 白光出版)には簡単に書いてありますけれど、

よくわかるように書いてあります。

 

皆さんは霊能力のある人よりも、霊力の立派な人格のすぐれた人になることです。

人格がすぐれていると同時に、霊能力があればそれに越したことはないのです。

 

それを間違えてはいけない。

 

だから霊能力だけを磨こうとして、統一などしてはいけない。

 

人格を立派にするために祈るわけです。

 

人格が立派というのはどういうことかというと、愛が深いこと、調和した人間であること、勇気があること、簡単にいったらそういうことです。

 

そうなるように全力をもって近づかなければいけませんね。

 

 

 「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版




 

自然が一番‼️

(人肌の白湯が身体に良いのです)

焚き木などから出る炎🔥を見ていると、心暖まる細かい波動を感じます。

そんな優しいエネルギーが加わったお湯で飲むお茶🍵やコーヒー☕️はきっと格別で美味しいと思うのです。

しかし一方、レンジでチンさせ残った水を植物に与える気持ちになるでしょうか?

電子レンジの仕組みを簡単に述べると、超短波の電磁波を発生させ、それを被加熱物に照射することで、被加熱物内部の水分子を振動させ温めているのです。

電磁波で食べ物の中の水分子が激しく振動(秒速2万回以上)させられることによって内部から温まっている、当然食べ物の細胞は破壊され、栄養価もほとんど失われています。

電子レンジで沸騰させた水を植物に与えると、数日で枯れてしまうそうです。

電子レンジに使われてマイクロウェーブとは放射線の一種であり、近くでも浴びると身体の中の水分に反応して病気の元である悪玉活性酸素を発生します。

先日、私の知人がオーブンレンジと冷蔵庫を大型に買い替えたところ身体の調子が悪くなったと言っていました。

ほんと、私たちは自然からかけ離れた毒を盛るような生活を送ってしまっているのです。

ほんの数分時間を短縮するためだけに・・・

追伸・・・知人は水素ガスを吸い始めたので感度が鋭くなり身体の中に異物(電磁波)が通ったのを感じたのだと思います。

それはそれとして(返品するのではなく)水素ガスを毎日吸い続けて行けば、電磁波による不調和、副作用も軽減されると思われます。

消えてゆく姿(小さく消す)

 
 
 
「白光」誌から
 
【消えてゆく姿】
 
1.小さく消す
・例えば大ケガや、命をとられなければならないような運命があっても、片方で人を助けていれば、それが巡ってきて、命が助かるということはずいぶんあるわけです。
 
清水の次郎長の話しでも、次郎長は若い時、占いの人に若死にするといわれたのが、誰かを助けたら若死にしなかった、相が変っていたという話があるわけです。
このようなことはよくあるのでして、常にいいことを積極的にしていればいいのです。
 
【消えてゆく姿】
 
2.小さく消す
 
・自分の心が感謝一念に改まる。こうして生きていかれてありがたいな。自分がそう思える心がありがたいな。こんなにひどくされても、恨まないで感謝ができる。こういう心境がありがたいな、ありがとうございます、というようになるのが一番いい。
 
三月号に島田重光さんが書いていますが、自動車にはね飛ばされたけど、その時にありがとうございますと、感謝の想いが出て、恨みの心が一つもない。日頃からの、消えてゆく姿で平和の祈りの訓練が、そこに現われたのです。
 
そうすると光がサッと充満して、ケガもしないということになるのです。
 
【消えてゆく姿】
 
3.小さく消す
 
・ババヂというのは老子のことです。そのババヂがある日、弟子達とたき火を囲んで、いろいろ話していた。その時急に、燃えている薪で弟子をなぐってしまうのです。
 
「ああ先生、なぜなさいます」と言うと、「お前は本当は焼け死ぬ運命を持っている。これでまけておいた」というのです。弟子はヤケドをしたでしょ。それでも火で焼け死ぬよりはいいというので、なぐったのですね。
 
守護霊守護神は、それと同じやり方をするのです。思いきってやるのです。それを見るに見かねて、私がそこを止めるわけです。強くなぐって一回で済ませてしまうか、長くかかっても少しづつやった方がいいか、それは守護の神霊と私との話合いなのです。
 
 
 感想・・・今、肉体界では自動車事故に遭ったり、誰かに火傷をさせられることが起こったりなど大難が小難になる、つまり消えてゆく姿があちらこちらで起こっています。

私たちは大難が小難で済んでいるなんて思いもしない、守護霊が働いてくださっているなんて露ほども思っていない、よって感謝もしない、だから消えてゆくべきものがなかなか消えず好転して行かないのです。

結果が出ない、そして焦る、イライラする、毒素が溜まり病気になる

人間は真理を知らなければ、不幸ばかりを掴んで生きてゆくことになるのです。

 
   
 

消えてゆく姿を通ること

 

 

(『内なる自分を開く』 五井昌久著 白光出版)

 天地をつなぐ光の輪が縦にまわっている。それだけがあって、横の波はみんな消えてゆく姿なのです。

横の三界の業想念は消えてゆく姿とやっていると、縦の光の輪だけになるのです。

だから消えてゆく姿がないと、いくら宗教をやっていても、求めれば求めるほど苦しくなってゆく。

 信仰のなかった時分のほうがよかった、ああ宗教に入らなきゃこんな苦しい想いには会わなかったのに、宗教をやったばかりに、こんな苦しい目に会った、という人がよくあります。

それは何故なのかというと、本当のことを知らないからです。

その宗教の先生とか先達の人が、本当のことを教えてくれないんですよ。

それでやたらに自分を責める言葉ばかり教える。

まだ信仰が足りないとか、まだそれじゃだめだとか・・・・・。

 そうすることは自己否定だから、これは業想念なんです。

どうせ否定するならば、全部否定しなければいけません。

肉体人間というものはダメなものなのだ、と。

いつも私がいうように、肉体人間は偉いといったって、偉くないといったって、悟った悟らないといったって、信仰が厚い薄いといったって、大した違いはないんだ、そんなものは。大したことではないんです。

 肉体の人間は単なる消えてゆく姿で、やがて肉体はなくなっちゃう。

あるものは何かというと、縦横を貫いている生命の光、神様の子である光だけなんです。

問題はどこにあるかというと、神様の光、天から流れている光の中に、自分が入りさえすればいいわけなのです。

入ることを教えなければならない。

そのためには、いっぺん消えてゆく姿という教えを通ることです。


感想・・・天からの縦のエネルギーと3次元の横のエネルギーがあるのですが、私たち個人も地球人類も、今、苦しくて苦しくてたまらないのは、消えてゆく姿の過去、過去世の影絵、幻、実在しないものを現実と捉え、振り回されているのです。

天の縦の、光の柱の中に入れば、消えてゆく姿を客観視出来ます。

縦取りをしましょう

横取りをやめましょう(笑)

消えることのない本当の実在する神界のエネルギーのみを意識しましょう

そのメソッドが『世界平和の祈り』なのです。

祈っていると自然に縦のエネルギーに包まれていることがわかります。

 

 

 

世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます

 

 
 

2018年5月29日 (火)

犬、猫は活性酸素だらけ‼️


犬、猫は肉食動物なので老化が早く1年で15歳(人間換算)になり、13歳では70の老犬、20歳は100歳です。

肉食動物は共喰いをしているので血を血で汚し血流ドロドロ、血管ボロボロ状態です。

肉食動物に限らずお肉を主食にしている人の胃腸はかなり汚いそうです。

一方、草食動物(象、キリン)は人間と変わらないくらい長寿です。

気持ちものんびり穏やかです。

肉食動物は体に入った異物(肉)をなんとか消化し栄養に変え、健康を保つために、もの凄い量の活性酸素を発生させています。

人間と同じく、老化、病気の原因は活性酸素です。

13歳の老犬?が水素ガスを吸うことで子犬のように元気になり、若返った、というのも頷けます。(田中さん情報)

これからペットも水素吸入が当たり前の時代がやって来るでしょうね、そして人間と同じく肉食をやめるようになると思います。



2018年5月28日 (月)

宇宙意識になりましょう🎵


宇宙飛行士の人が宇宙旅行?を終えて地球🌏に帰って来ると、意識が3次元の地球意識から愛深い宇宙意識に変わるそうです。

気持ちが穏やかに優しくなったり、ボランティアを始めたり別人のようになることもあるそうです。(勿論、良い意味で)

それは宇宙の波動、エネルギーにかなりの時間触れるからです。

宇宙はどんなエネルギーで構成されているか?

宇宙は水素分子が70%だそうです。

一方、地球上の気体には0.00005%しか含まれていません。

地球🌏は今、水素が不足しているから不調和になっているのだ、というと言い過ぎでしょうか?(笑)

私は毎日、水素濃度1%(地上の2万倍)の水素ガスを吸っています。

心と身体が調和してくるように感じます。

ガスを吸っていると気持ちがポジティブになり幸せ感を感じるようになります。

水素は現代人、地球人にとって必要不可欠なものになって行くと思います。


2018年5月27日 (日)

人間は血管とともに老いる!


生活習慣病を正しく理解するためには、それが血管の病気だと認識することです。

脳梗塞・脳出血は脳の病気、心筋梗塞・心不全は心臓の病気だと、誤った理解をしている人がたくさんいます。

生活習慣病は、高血圧、高血糖、脂質異常によって血管が痛み、その結果、血管がたくさん集まる脳や心臓に障害が発生する病気です。

もちろん、血管もほかの臓器と同じように自然に老化していきますが、大切に使えば120年は持つといわれています。

ところが、ぞんざいに扱うと脆く、痛みやすい一面を持っています。

人間は血管とともに老いる、という有名な言葉があります。

血管の老化が早く進めば、人生も早く終ります。

血管をいたわって、大切にしましょう。

それが残りの人生を明るく楽しむ秘訣です。 

追伸・・・病気とは血管が痛んだ状態、血流が滞った状態であることがわかりました。

水素ガスを吸うと血流が良くなり、細胞の中の悪玉活性酸素が除去されます。(勿論水素ガスを吸ったからと即、病気が解決するわけではありません)

水素によって身体の中が、どうなっているのか?イメージしてみてください!

板倉弘重
日常生活のちょっとした工夫で 『血圧、血糖値は下がる!』サプライズブック


市販の牛乳は錆びた脂なのです

 

「テレビを観てはいけない」とある人が言っているのですが、それは洗脳されるからです。

特にコマーシャルは要注意です。

砂糖水そのものの炭酸飲料、血を汚す肉、そしてタイトルにあるように体を錆びさせる牛乳、体に良いとされるヨーグルトも食べ続けている人の腸相(腸の顔、姿)は決して綺麗ではないそうです。

爽やかな俳優さんタレントさんが映っているとつい健康食だと思ってしまいます。

そんなに悪いものをテレビで放送されるはずはないと思い込んでいるのです。

観ている人は良いイメージしか持ちません。

しかし国民の大半がなんらかの病気を持ち、薬漬け(薬がまた病気をつくる)になっていることから、それはテレビの影響、食べ物の影響だと察しがつきます。

ところで牛乳ですが、私は19歳のときに潰瘍性大腸炎を発症しました。

何万人に一人という難病でした、今はかなり増えているそうです。

その原因は牛乳、乳製品の摂り過ぎであることはあるお医者様ははっきりと言っておられます。

私は発症した当時、体を大きくしたくて牛乳を、がぶ飲みをしていました。

もの凄い炎症が腸を襲いました。

大量の出血、そして想像を絶する痛みが伴いました。

あれから40年経った今でも牛乳は店頭に並んでいます。

悪いとわかっているのに売られている、知っているのに知らんふりをする。

そんな世の中を嘆くより自分で自分の身を守る、このことが大切だと思います。

しかし情報として知っていなければ選びようがないですね。

本の中から抜粋します。





市販の牛乳になる前の生乳には約4%の脂肪が含まれていて、そのままにすると浮上してくるためホモゲナイザーという機械で脂肪を細かく砕くことをする。

 

こうして作られたのが 「ホモ牛乳」 と呼ばれるもので、ホモゲナイズ(均等化)することにより、生乳に含まれていた乳脂肪は酸素と結びつき、「過酸化脂質」に変化してしまう。

 

過酸化脂質というのは、文字どおり酸化しすぎた脂肪ということで、別の言い方をすれば「ひどく錆びた脂」 ということになる。

 

酸化というのは、物質が酸素と結合することでわかりやすくいうと「錆びる」ということ。

 

天ぷら油が黒く変色したり、皮をむいて時間がたったリンゴが茶色に変色するのも「酸化=錆び」なのです。

さらに市販の牛乳は加熱殺菌が義務づけられており、過酸化脂質の量はさらに増加します。

 

錆びたものを身体にいれると当然、身体も錆びてきて病気やガンの原因になる。

身体は当然、錆びないように抵抗するが、限度を超えると身体を蝕(むしば)み始める。

日本では昔から医食同源と言ってよい食べ物が健康な身体をつくると言われてきた。

牛乳は身体に良いと言われたのは何もわからなかった時代のことであり、正しい情報を入手することが自分の身体を守ることにつながる。

自分の身体は自分で守らなければならない。
 

 

  病気にならない生き方 新谷弘美 サンマーク出版



追伸・・・市販の牛乳でなくても、牛乳が体に悪いのは確かです。

それは牛乳とは牛の赤ちゃんが飲むものだからです。(もうそろそろ牛の赤ちゃんに返してあげましょう)

人間の赤ちゃんも赤ちゃんのときしか母乳は飲みません。

大人になってから母乳を飲んでいる人はいないのに、人間が必要とする成分と違うものが入っているものを好き好んで飲んでいるのは人間だけです。

それも錆びた脂をです。

それが証拠に犬や猫に市販の牛乳を飲ませると5日で死んでしまうそうです。(飲ませていませんか)

完全に異物が入るのです。人間も同じです。

 

2018年5月26日 (土)

五井先生のお言葉 40


1.一番の罪悪は人のこころを乱すことである。

2.肉体人間は救われないものだ、と徹底して思えた時、人間は始めて救われる。

3.肉体人間の生涯は、それが苦しみの連続であれ、楽しみの連続であれ、宇宙からみれば一瞬である。

4.いいことをするのでも、自分のソロバン勘定をはじいてするのでは、自分の徳にはならない。自分の損得を考えないでしてこそ、自分の徳分となるのである。



水素は想念を消す!

水素がただ健康に良いくらいのものだったのなら私はこんなに一生懸命にくどく、あの手この手を使って訴求したりはしないのです(笑)

水素の最大の特徴は、「想いを消す」ことなんです。

これはとてつもないことであり、人間の人類の最大の不幸は自分の想いをコントロール出来ないことです。

想いは私たち人間の脳裏を襲い、マイナス思考の固まりにしてしまいます。

不幸とは心がマイナスになることをいいます。

実は想いが消え、少なくなっているから身体が調和(健康になる)して来るのです。

心が主で肉体が従だからです。

しかし、そんなとてつもないものがあるなんて誰も思っていない(笑)

特に水素ガスの想いを消すパワーはもの凄いです。

私もマインドをポジティブにするためにいつも吸って助けられています。

でもこのことを伝えるってなかなか難しいんですよね。

それだけにやりがいもあるのですが・・・。

もちろん、水素ガスだけではダメです。

「世界平和の祈り」が主で水素ガスは従だからです。

この2つによって重々しい「想い」「想念」は消えてゆくのです。


2018年5月22日 (火)

消えてゆく姿 7

 

 

 

【消えてゆく姿】

 

1.原因は

・幽界のある階層だけにしか住むことの出来ない生物がいて、人間の方でその生物たちと同じような、下等な想念を出し続けていますと、いつかその想念の波に乗って、人間の幽体の中に入ってきて、自己の欲望を遂げようとし、

するとまるで人間ではとても出来ないような行為をも、平気でしたりしてしまうのです。

人間の生活は常に種々な波動を受けていますので、時折りは種々な下等な想念も出てくることでしょうが、出てくる度びに、これは消えてゆく姿と想って、神のみ心の高貴性の方に、想念を向け変えるとよいのです。

 

【消えてゆく姿】

 

2.原因は

 

・この世界に現われている、悪いこと、不幸や災難は、みな過去世の業因縁で、つまり過去世に神さまのみ心の、完全円満のみ心から離れて、自分勝手な想いをして、お互い自分勝手に生きたその想いが、だんだん重なり合って、

ある限度たまってきますと、そうしたものは本来、実在しないものですから、どうしても消え去らなければならないようになっているのです。その消えてゆこうとするのが、不幸災難となって現われるわけです。

 

 
【消えてゆく姿】

 

3.原因は

  


・宇宙の方では、宇宙を運行している神々が、どんどん運行し変化してきます。肉体の方では、守護神が変化させてゆくわけです。

その宇宙の運行の変り方と、肉体人間の変化の状態が一つにならないと、不幸が出てくるわけです。ずれた分だけ、天変地変も出てくるし、戦争も出てくるわけです。

宇宙を運行させているやり方と、人間が変ってゆく変り方と、ピタッと同じようにしようと思って、神々が、守護霊守護神が一生懸命働いて下さっているのです。

ある時は病気や不幸になるかも知れないが、そうやってバランスの取れないズレを消して、合わせてゆくのです。

 

感想・・・・1.これは政治家やスポーツの監督がパワハラ、セクハラをしたりなど、とても常識では理解できない、常軌を逸した言動、行為をしてのを見聞きするたびに「幽界のおばけちゃんに取り憑かれているな」とわかるのです。 これは他人事ではありません。ちょっと油断し邪な想念を発するとそれに共鳴して同じような想念を持った輩が寄ってくるのです。そうならないためには、「世界平和の祈り」などエネルギーの高い神界の言霊を常に唱えることが大切です。「あッ 今意識が落ちているな」「ネガティブになっているな」と思ったら早く祈りに集中することが大切です。

 

2.過去世の業因縁を消そうとしても現れないと消えてくれないのです。どちみち現れるのなら大難が小難になるようにしなければなりません。「世界平和の祈り」を祈ると業、カルマに光が当たるので闇が薄くなるのです。これが大難が小難です。『神聖復活目覚めの印』はその最たるものですね。この印なしではアセンションはあり得ません。

 

3.守護神のスピードに肉体人間のスピード、つまり意識が合体するなど、五井先生、お釈迦様、キリスト様、老子様クラスの聖者でなければ出来るはずがありません。そのスピードのズレの分だけ消えてゆく姿で病気、貧乏、不調和な現象が起きるのです。しかしそれもかなりオマケをしてくれています。守護霊、守護神様が業を消してくださったり、大難を小難で済ませてくださったり、夢を見させて消してくださったり、神智(メッセージ)を送って災難を避けさせたり、守護霊、守護神は24時間プラスアルファで見守ってくださっています。感謝は光です。「「世界平和の祈り」の中には守護霊、守護神様への感謝の言霊が入っています。

 

 

 

 

 

 

世界人類が平和でありますように

 

日本が平和でありますように

 

私たちの天命がまっとうされますように

 

守護霊様ありがとうございます

 

守護神様ありがとうございます

 

 

 

死ぬことが体験だと知れば、気が楽になる

 

 

【地底人の死生観】

 

 

 

“死は自分で選んでいる” 

 

 

 

Q2 私自身の話になりますが、妻を病気で亡くしてしまったのですが・・・・・。

 

そのことについて、そのような願望が自分の中にあったのではと思ってしまったりするのですが、どうなのでしょうか?

もちろん、当然、そんなことを自分では望むわけはなく・・・・。

 

地底人 あなた、自分のことを何様だと思っているの?

 

あなたは自分の人生における創造主であるけれども、彼女も自分の人生における創造主であったはずよ。

彼女にだって、一人の人間としての威厳はあるのよ。

彼女が死を選んだのであり、あなたが選んだことじゃない。

あなたも彼女の人生に加担はしていたけれども、あなたが別に望んだわけじゃない。

自分の終止符を打つのは自分の問題。

彼女だってそのことを自分で選択する権利があるのよ。

あなたが決めることじゃない。

 

Q2 例えば、最期の時が近づくと 「もうダメなのかな?」などと不安になったりする、そんな自分の内側の気持ちが、実際に外の世界で顕在化して彼女の死という現実をつくり上げてしまったのではないかと思ったりもして・・・・。

 

地底人 どうしてあなたが 「もうダメなのかな?」 なんていう考えをしたのだと思う?

それは相手から発するエネルギーによって、その意識を受け取ったのよ。

けれども、あなたが 「生きていて欲しい」 という気持ちがあり、相手が 「生きていたい」 という気持ちがあれば、その人を引き上げることができたかもしれない。

死の淵から奇跡の生還をする人はいくらだっているでしょ?
 

Q2 そうなんだ・・・・。 そういう意識を強く持てば、現実は変えられたかもしれないんだ。 

地底人 でも、本人がもう諦めてしまったのならムリ。

もうそこから逃れることを選んだのかもしれない。

生きることだけがいいことではないのよ。ただの体験なのだから。

それに、死ななければ転生はできないでしょ? 

Q ちなみに、こういった家族や身近な人の死などの場合、残された周囲の人々は、そこから何かを学ぶためにそれが起こっているんでしょうか?

 

地底人 それはあなたたちの自由。意味付けはすべてあなたたちがするの。

この世界で起きることは、すべて現象でしかないのだから。

 

Q それでは、私たちは、死というものをどのように捉えればいいのですか?

 

地底人 いい?形あるものは、すべてなくなる。すべてうつろいゆく。

今、あなたたちのその形を留めているものは、いつかはなくなる。

それは、喜びでもあるのよ、新しい再生へのね。

時がうつろい、周囲の景色や人々など万物がうつろう中で、自分一人だけが同じ肉体を持ち、何も変わらないままの自分を留め続けることは、果たして、喜びになるかしら?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE

必要なものはお金でもモノでも与えられる(地底人の考え方)

 

 

突然、地底人の考え方なんてなんのこっちゃ?と思われるかもしれませんが、地球の中心はマグマではなく賢い?知恵者が住んでいるそうです。

昔読んだ「ガリバー旅行記」に出てくる巨人です。

その地底人さんが地球人にメッセージをくれています。

テーマはお金について・・・・

興味のある方はお付き合いください。 

価値観が変わるかもしれませんよ(笑)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地底人 お金持ちになりたいの?
 
Q お金はあったほうがいいと思います。
 
地底人 なぜなの?
 
Q お金があると、物質的にも豊かな生活が送れるし、いろいろな体験をすることができる。
そしていろいろな場所へも行ける。
   
地底人 でも、たくさん持つ必要はないでしょ?
あなたに必要な分だけもらえればいい。 あなたたちは、お金はたくさんあればあるほどいいと思っている。
でもそうじゃない。
あなたたちが、お金というものを持てば持つほどいいという概念をこの世界でつくり上げたから、今のような消費社会ができてしまった。
じゃあ、こちらから訊くけど、お金持ちの人は皆が “豊か” なの?
すべの人がそうではないはずよ。
あなたたちが必要なポジションにいて、必要な量を自分でわかっていれば、常に豊かでいられるはず。
それなのに、あなたたちの意識は、いつも外へ外へと向かっていく。
目に見えるもの、形のあるもの、物質的なものへとね。
それらはうつろいやすいものなのに、それが確実なものだと思っている。
あなたたちは眠っているのと同じよ。

 
Q2 でも僕らは、ご飯を食べないと生きていけないでしょ?

最低限のお金はないと生活できないからね。

地底人 今、食べられないの?

 
Q2 今は食べられますけれど・・・・・・。
例えば、突然不意に怪我をして、働けなくなってお金も尽きてしまった、というようなケースだってあるでしょ。
そうすると、食べることさえもままならなくなる。

地底人 まず、「怪我をする」ということは、自分自身に価値を置いていないから怪我をするの。

あなたがあなた自身を愛していないと病気にもなってしまう。

それは自分を満たしていないということ。

でも今、あなたには蓄えがないわけじゃないでしょ?

あなたたちには、必要なものは入ってくるの。

それをあなたたちは信じていない。自分を信じていないから。でも、お金があったとしても、もし災害などがくれば、お金はただの紙きれよ。何の価値がある?

 
Q 理想的な社会は、本来なら物々交換なのかもしれませんね。例えば、自分のつくったお米を隣の家でとれた野菜と交換するとか。

 
地底人 もし、あなたが自分自身に価値を見出せないのなら、その物々交換でさえも価値判断になってしまうから意味はないわ。

だからこそ、あなたは、自分自身を認めることが大事なの。

自分をどこまで満たすことができるのか、自分にどれだけのものが必要なのかがわかれば、たくさんのものは必要ない。

それはお金であれ、他のモノであってもいっしょ。

あなたの世界は物質でできているから、あなたたちはすぐに何かを欲する。

そして、自分の価値がわからないからこそ、お金やモノで自分を満たし、安心しようとする。

あなたたちは、常に不安を感じている。でも、お金を持つと、それはそれであなたたちは不安になる。

もちろん、お金がなくても不安なわけだけれどね。

本来なら必要なものは入ってくるということを知っていると、すべてのことが円滑にまわりはじめるのに。

あなたたちは、たくさんのものを持っているのに、常に飢餓状態だ。

自分にとって必要なものは何であるか知らなくちゃ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE

 

 

五井先生のお言葉39

 

 

五井先生の言葉

 

1.肉体人間というものはわずかな年限。しかし本当の人間は永遠の生命なのです。肉体の人間なんか一生苦労したって、たいしたことはありません。苦労があればあるほど、魂が磨かれるのです。永遠の生命のことを考えれば、そんなものはほんの一瞬です。

悪いこと、悪い想いはすべて消えてゆく姿と思い、つねに世界平和の祈りをしていれば、必ず世界人類もあなたも平和になるのです。

 

2.自分を責めさばいている人は、ほんとうに善い人とはいえない。

 

3.自分の感情で人を叱るな。心臓をドキドキさせずに、人を叱れるようになれ。

 

4.祈りとは自分の本体が開くことである。神と一体になることである。

 

5.人生、目の前の損得だけにとらわれてはいけない。そこで損をしたがために、後になって大変よかった、ということを経験したことがあるだろう。損をすれば損をしたでいいのである。

これからよくなるのだ、これで悪いことは帳消しになったのだ、と善いほうに良いほうに解釈することである。未来は必ず開ける。

 

 

 

感想・・・・1.現われてくる現象に一喜一憂していては心の平和、幸せは、いつまでたってもやっては来ません。肉体を持って存在している自分は永遠の生命を持った自分のほんの一コマであり、未来は永劫に続くのだと知ることが大切です。そうすれば「今すぐ自分で何とかしよう」という焦りが無くなります。

 

2.自分を責める人は他人をも責める、自分に優しくなってから他人にも優しくなれるのです。五井先生の教えで、「自分を愛し、人を愛し、自分を許し、人を許す」とあります。ほんとうは人が最初だと思うのですが、自分を愛し許せない人が人を愛し、許せないないのです。

 

3.自分が何か言葉を発しているとき、感情的になっていないか?、もう一人の自分が肉体人間の自分を観ているか?(客観視出来ているか?)をイメージすれば感情で叱るようなことは無くなると思います。

 

4.祈りとは命が乗り出すことだと聞いたことがあります。神様が肉体の器に乗り移って来るのです。

 

5.自分の損得で計算するのではなく、相手の人の魂にとってそれが良いことなのか?魂の成長に必要なのか?で判断をしないと自分や相手の損得感情(勘定)で動くと間違えが生じるのです。

 

 

 

 

 

 

 

2018年5月20日 (日)

日々の指針  

 
 
 
1.過去に生きるのではなく、常に未来、未来、輝かしい未来へと、希望とはっきりしたビジョンを抱いて、生きつづけてゆくべきである。
 
 
2.人類は、誰もみな等しく、変えられるのは、自分の未来だけである。過去は絶対に変えられるはずはない。
 
 
3.故に、今までどうだったのかとあれこれ悩み、恐れ、考えこむのではなく、この先、どう生きたいのか、その一点一方向のみに自らの意識、エネルギー、パワーを絞ってゆくのである。
 
 
4.日常生活において、家族や仕事、挫折や病気など常に不安の影がつきまとっていても、揺るぎない強い信念、神聖復活のみを意識し印を組みつづけ、真理に沿って生きるならば、絶対に、天のほうから自らに無限なる歓喜、成功、癒し、成就などが寄り添い、近づき、神と自らの意識が双方に調和し、合体し、必ず、いかなることも成就する。
 
 
5.何においても、自分自身を否定することは一番よくないことである(性格、能力、生きてきた過去、技術、人との関係、美意識・・・・・等々)。どんなに一生懸命まじめに生きようと力んでも、自らの意識が自分自身を批判し、ジャッジしている間は報われない。真理では、自分自身を信じるのは、自分しかないのである。本来、自分は神聖そのものである。
 
 
6.自己否定してしまうことは、誰にもあるが、それは、自分自身そのものの生命を否定しているのと同じである。
 
 
7.自己否定を続けている人の未来は暗い。目の前にどんな最悪の状況や状態が現われようとも、自らの神聖そのものを信じ、未来に希望を抱き、希望実現のため未来に意識を集中し、エネルギーを注げば、必ず今の状況から抜け出し、新たなる希望の選択がひらけてゆく。
 
 
 
 
                   西園寺昌美
 
 
 
 

新たな歴史の一ページ


現在、皆様方と共に祈り、印を組む人々は一万数千人です。

それで今、地球は滅びないでいるのです。

でも、我々一万数千人が一生懸命祈っていても、69億数千万人のひとたちがネガティブで、私利私欲で自分の家の幸せだけを願っていたら地球はどうなるでしょう。

少しでも苦しみや悲しみの感情が出てきたら、神聖復活目覚めの印を組んでください。

この印は凄いです。

私も組んでいますが、新しい神聖復活のエネルギーが入ってきます。

人間は本来、一人で生きるものです。

皆一人で生まれてきて、一人で死ぬのです。

だから全部一人で出来るのです。

自分自身を信ずること、自分の神性を信ずること、確信を持つこと。

自分は神の分霊です。

動物、植物、海をつくり、海の中に魚をつくり、地上に昆虫をつくる・・・これらは全部神々様がつくった。

それと同じ能力を我々も持っているのです。


抗酸化物質の中で水素は別格‼️

身体に良いものとは、身体が錆び、酸化し老化した細胞を還元(元の良い状態に戻し)させ、また炎症を消してくれる、つまり活性酸素を除去してくれるものをいいます。

これを抗酸化物質というのですが

ビタミンC、ビタミンE、カテキン、リコピン、コエンザイムQ10などなど、そんな中で、あらゆる病気の元である悪玉ヒドロキシルラジカルだけを除去できるのは、なんと水素だけなのです。

ところで細胞は外側は脂質、細胞内は水質で出来ているため、水素以外の抗酸化物質は脂の中には入って行けるが水質には入って行けない、反対に水質には強いが脂質は入って行けないなど、細胞の入口付近で止まっていたのです。

特に脳には、必要なもの以外は排除して脳を守る血液脳関門という難関の関所があるため、脳の病気(アルツハイマー、パーキンソン病、痴呆症、鬱病) は改善されることは滅多にありませんでした。

ところが水素は分子が非常に小さく、脂質でも水質でもどんな難所でも入って行けるため、あらゆる病気や酸化、炎症を伴った美容のトラブル(シミ、シワ、ニキビ、アトピーなど)にも良いとされているのです。

私はこれから『水素革命‼️』が起こると思っています。


2018年5月18日 (金)

消えてゆく姿 5

 

 

【消えてゆく姿】


1.心境が下ったような時は


・自分が悟ったと思っている時は悟らないしね、だめだなあ、自分は何んてだめなのだろう、と思っている時は悟っている時ですよ。

 

だから私は、人が悩みながら来ると「あなた心境が良くなったね」というと、向うは実は悩んでいるのですね。


ところがその悩みが過ぎた後は、パーッと上ってゆくのですよ。

 

 

【消えてゆく姿】


2.心境が下ったような時は


・一番むずかしいことは、想いが一杯かかっている場合、他人の想いがかかっている時もあるし、過去世のものがドーッと急激に出てくる場合もあるのですよ。

 

立派になる手前に、一つの段階を上る場合に、非常に困難が起ってきたり、いろいろ嫌な想いが出たり、悪いことが出て来るのですよ。

 

今までいい心境だったのに、どうしてこんなと思う位に、悪いものが出てくる。その時が一番大事なのです。

 

その時は一歩ものすごく上る時なのです。その時に一生懸命やるのです。

 

 

【消えてゆく姿】

 
3.心境が下ったような時は


・過去世からの業因縁がグルグル回って出て来るから、良くなったり悪くなったりしているように見えるけれども、それはラセン形に昇ってゆく時なのです。

 

ラセン形というのは、下ったように見える時もあるが、そういう時は何か業が出て消えている時なので、業が新しく増えたのではないのです。中のものが消えてゆく時に、出て来るのです。

 

そして、だんだん知らないうちに、高い所へ魂は昇ってゆくのです。下ったように見えても、本当は上っている。絶対下ることはない。


人間というものは、道を求めて正しい道に入ったら、下ることは絶対にない。ただ、下ったように見えるだけです。

 

 

感想・・・1.「自分はなんてダメなんだろう」と思っているときは悟っているときだ、非常に良い心境にあるときなのだ、とはどうしてもそうは思えません。

しかし反対に「自分は凄いんだ、誰よりも優れていて立派なんだ」と言っているあるいは自分でそう思っている人が悟っているか?というとそうではないことがわかります。

周りの人が間違っていても何も言えない、言ってくれない人は、とんでもない方向へ行っている場合がかなりあるのです。

 

2.にっちもさっちも行かなくなって「もうどうにでもなれ!」と投げ出したときに急にうまく行くことがあります。

それは想いを放ったことによって執着、欲が取れてエネルギーが動き出したのです。

「果報は寝て待て」とはそういうことです。

だからあまり結果を気にせず、「人事を尽くす」ことが大切ですね。

 

3.「世界平和の祈り」を祈っていて、神界につながったということは、宇宙法則に完全に乗ったということなんです。

だから下がることは絶対にない、下がったと思うのは、先へいくために、ジャンプするためにしゃがんでいる状態です。

ジャンプをすると突き抜けます。層(レイヤー)を超えるのです。私たちは宇宙人、宇宙は進化することしかありません。

 

かみに書くとは「果因説」のこと


【未来→現在→過去へと時間は流れる】

時間は過去から現在、未来へと流れるものなのだと私たちは思っています。

しかし、真実は宇宙は時空を超えているので時間は存在しないのです。

であれば、

未来から現在へと時間を流すことが出来るのではないか?

イメージ(想像)したことを、創造させる力を人間は持っていると、私は思うのです。(既に気づいている人もたくさんおられますが)

今までは過去の原因が現在に結果として現われるという因果律が主流でした。

だから過去から現在へと時間は流れていた。

だがしかし、これからは未来から現在へ時間を流す

『果因説』という考え方が主流になっていきます。

するとほんとうに未来から時間がやってくることになります。

 『未来→現在→過去』

次にあげる因果律と果因説の違いは、
「過去→現在→未来」
という因果律の流れに対して、果因説の流れでは、
「未来→現在→過去」
であるということです。

因果律では、現在起こることは過去の因が決めている、つまり「過去→現在」という全体の流れがあります。

病気に例えると、「過去にしてきたさまざまなことによって、現在病気になることがすでに決まっていた」というように、過去に起こった一つのことが原因となり、次々と玉突き式に結果となって、現在の病気が現われる。

そして現在の病気がまた新たな因となり、「現在→未来」 という流れに乗って、未来の結果となってゆく。

これが因果律の流れです。

この考え方でゆきますと、過去からやってくる病気に対して、現在や未来では何一つ打つ手がなく、ただ黙って受け入れるしかないということになります。

現在も未来も過去に起こったことから生じる必然であって、もし過去に別の選択をしていれば今病気にならなかったかもしれないが、過去に戻って過去の選択を変えることが出来ない以上今も変わらない、今が変わらなければ未来も変わらないということになります。

これでは、人間には全く自由意思がないということになってしまいます。

しかし果因説では、
「未来→現在」
という流れに乗って、未来の結果を先に創り出すことが出来るのです。

例えば、川は川上から川下へと流れています。

今現在自分は川の中にいて、傍に落ちていた葉っぱに希望や夢を、現実に現われるよう
に書き込むとします。

それを放り投げます。

川下のほうに放り投げたら、その希望の葉は永遠に自分のところへは戻ってきません。

自分の手から放たれた瞬間からどんどんと川下のほう(即ち過去)へと流れ去っていってしまいます。

結果、その希望は自分の手には戻りません。

だからこそ投げる時には、必ず川上に向って(即ち未来の希望のビジョンを見て)、投げるのです。

その希望の葉は川上のほう、即ち未来へと放たれて、そこから次第に川下へと流れてゆきます。

そして今、ついに現地点の自分のところに、何年か、何ヶ月か、何日か前に投げ込んだそ の希望の葉が戻ってきて、自分の前を通り過ぎようとしています。

それを自分がキャッチすることにより、希望していたことが現実に顕現されるのです。

時間は未来から現在へとやってくるのです。

そして毎日のように、思い出すたびに繰り返し繰り返し希望の葉を何十枚、何百枚、何千枚、何万枚と未来に投げ込みつづけると、いつの日か、宝くじのようにそのうちの数枚が必ず自分の前に現われ、現実となるのです。

従って、まさに今の瞬間、自分の未来に対する希望や輝かしい人生の設計図を強く思い描き、

「絶対大丈夫!」 「必ず出来る!」 「すべては可能である!」 「すべては完璧!」

 「欠けたるものなし!」 「必ず成就する!」

・・・・・・などという想いや言葉を繰り返すことにより、それが現実となって現われるのであります。

時間は未来から現在、現在から過去へと流れているのですから、今この瞬間、未来につい て思ったこと、考えたこと、語ったことの成就は、いずれ現在にやってくるのです。

ですから今現在、この瞬間、未来の希望を繰り返し、繰り返しインプットすることにより、それが次々に現在へと流れてくるのです。

そしてそのうちの数枚の葉(未来に投げかけた希望のビジョン)を、自分がキャッチする瞬間が必ず来るのです。

これが果因説です。

今までのような、過去の原因を突き止め、悪い種を一つ一つ暴き出し、それを排除しつつ上り詰めてゆくやり方は、

過去のマイナス(川下)に意識が集中するため、目的達成が容易ではありません。

しかし、過去の因縁に由来する果因律に心縛られず、憂えず、今の瞬間、未来(川上)に向って自らの意識を高めるという果因説に切り換えると、自らに内在する素晴らしい資質が目覚め、人生は好転するのです。

「果因説」 西園寺昌美 白光出版

かみに書き出すことで頭の中の整理をする

【頭の中身を整理すると悩みが消える!】(断捨離も同じことなのかなぁ?)

『悩みの“ジャグリング”をやめる』

アンドリュー・カーネギーという人がいます。

アメリカの有名な実業家で、鉄鋼王カーネギーと言えばご存知の方も多いと思います。

ある夜のことです。

彼は、あまりに多くの悩みを抱えてノイローゼのようになり、自殺まで考えていました。

「不倫相手の女性から連絡が入り、子どもを認知して欲しいと言ってきた」

「親戚の全員が問題を起こしていてもみ消さなきゃいけない」

「ろくでなしの甥っ子が警察沙汰の事件を起こし、身柄を引き取りに行かなくちゃいけない」

「政治家からの不当な圧力で、会社が存亡の危機に陥っている」

「妻から今夜食事に付き合ってくれなければ離婚すると言われてしまった」

身の周りのことから仕事まで、すべての危機が同時に頂点に達していた瞬間だったのです。

『その時のカーネギーの行動 』

もうダメだ、限界だ、とカーネギーは思いました。

遺書を書いて自殺しよう。

そうカーネギーは決心し、机の引き出しを開けました。

引き出しにはもちろん護身用の拳銃が入っていたのですが、その下には自分の名入りの立派な便せんセットがありました。

「ああ、自殺するんだったら遺言を書かなくちゃ」

カーネギーはそう思って苦笑します。

まったく、自殺する前にもひと仕事しなきゃいけないのか・・・。

遺書をかく段になってカーネギーは考え込んでしまいました。

「死にたいぐらいに悩んでいるんだから、さぞかし自分には深い悩みが多いんだろう。

いったいいくつくらいあるんだ?」

わかんなくなっちゃったカーネギーは、黄色い便せんと鉛筆を持ち出し、思いつく問題や悩みをすべて書き出したそうです。

当時、カーネギーは 

「世界で一番忙しい男」 

と言われていました。

仕事だけでなく、家族関係を含めると、悩みは絶対に何百もあるに違いない。

 ひょっとしたら 

1000個ぐらいあるんじゃないか?

ところが、箇条書きにしてみると、60個ぐらい書いたところで、鉛筆がピタリと止まったそうです。

思い出して考えて、とりあえず 「もっと悩みはあるはずだ」と些細な問題まで書き出します。

しかし、あんなにたくさんあると思っていた悩みは、結局、70いくつぐらいしかなかったのです。

普通の人でも70も悩みがあれば多いと思います。

でも自分の問題や悩みは何百もあると思っていた彼は、あれ?と思ったわけです。

結局、70個の悩みを順繰りに次から次へと考えていたことで、自殺をしようと考えるほど追いつめられていたのです。

悩みを書ききった瞬間、今夜中に解決できることはほとんどないことに気がつきました。

カーネギーは悩みを書いた便せんを、問題ごとにちぎってカードみたいにし、それを仕分けし始めました。

「明日できること」

「来週以降に着手できること」

「来月で間に合うもの」

「解決できないこと」

という4つの山に分けて、その4つ目の山(解決できないこと)はそのままくず箱に入れてしまいました。

残った3つの山、自分の悩みを書いた便せんの切れ端をカーネギーは大事に机の引き出しにしまい、そのまま彼は奥さんと夕食へと出かけたそうです。

もうすっかり、けん銃や自殺のことは忘れて。

『苦しさの本質に気づく 』

私がこのエピソードを読んだのは、もうずいぶん昔のことです。

それでもその時、頭を殴られたようなショックを受けました。

そうか、悩みの本質、苦しさの本質というのは、

「複数の問題を頭の中でグルグルと回している状態」から生まれるのだと気付きました。

これを私は 

「頭の中でジャグリングしてる」 

と呼んでいます。

ノートをとらずに悩むことは、悩みをジャグリングのように空中で回しているのと同じことです。

本来、悩みの解決に使うべき脳の容量をジャグリングに使っている。

だから、あんなに悩むのは疲れるんです。

だから、悩んでも答が出ないんです。

悩みが多くなると、一度にすべてを考えることは不可能です。

だから、いくつかの概念やアイデアを、同時に何個かずつ組み合わせては、ぐるぐる回すことになります。

悩んでも答が出ないと、次は別の組み合わせでぐるぐる回します。

その次も、その次も、回し続けます。

組み合わせが変わると違って見えるので、悩みは無限にあるように気がします。
 

 “スマートノート” 岡田斗司夫著 文芸春秋

この本、お薦めです。特にこれからの時代の仕事に役立つと思います‼️

かみに書くとは、神様へのメッセージになる


紙に書く→かみにかく→神に書く

神さまに向けてメッセージをするということです。

私は毎日自分の一日の目標を紙に書くようにしています。(すぐに達成できることも含む)

箇条書きでだいたい9項目くらいになるのですが、一日が終りかけた時点で5~7つは達成出来ています。

これはちゃんとノートなどの紙にボールペンを使って肉筆で書くのです。

指で握ってノートに書くのは文字ではなく絵です。 アートです。

漢字は象形文字といわれるように書いた時点で立体形、画像になっています。

象という字は、象のカタチをしている文字であるし、木や林も絵そのものです。

自然にイメージしやすくなります。

頭や腕や指を使って、つまり全身を使って宇宙の多次元や目に見える3次元を紙という2次元に下ろす

メッセージを受けることも出来るし、また自分の目標のメッセージを送ることも出来ます。

神社に行って絵馬に願い事を書かなくても、紙(神)に書くことで毎日神さま、宇宙とメッセージの送受信をすることが出来ます。

最高のハイテク器ですよね。 

それも手書きという超アナログで宇宙との交流が出来る、かみに書くってこんなに凄いことだったのです。

有名な作家や発明家はみんなメモ魔(手書き)です。

さあ、これからキーボードを叩く量を減らして紙(神)に絵を描きましょう!

人工的にフォントされた字はダメです。

魂が入っていません。

字の、いや絵のうまい下手は関係ありません(笑)

肉体という器を使って描いた字(絵)は

神さまにちゃんと届いています。


強くイメージすること、思うことが大事


私は今、ある事業を成功させようとしているのですが

どうしてもやり方を

「どうのこうの」と考えてしまい迷ってばかりになってしまいます。

そんな時、「あっ違うんだ」と気づいたのです。

経営の神様と言われた松下幸之助さんの知られざる、有名な語録があります。

ある経営者たちが集まったセミナーで参加者たちは幸之助さんにダムをどうやったら実現させるか?そのやり方を質問していました。

それに対し幸之助さんは

たった一言

「思わんとあきまへんなあ」

だけを言ったのです。

それ以上のことは言わなかった

「なにを言っているんだ、私たちはプロセスを聞いているんだ、思いではない」

と、ほとんど人は思っていたようです。

人間は創造主、思い(想像)を創造させる力があります。

やり方、行動する前に

「強くイメージすること」

が重要です。

そのためには、紙(神)に書き出すことが有効ですね!

五井先生のお言葉 38

 

 

 

五井先生の言葉

 


1.肉体は過去の影にすぎない。現象に現われてきたものは、すべて”済んでしまったもの”なのである。

2.本ものというのは、文章や言葉ではない。その人自身が問題なのである。

3.何事も予言にむすびつけて解釈する人がいるが、予言など私にいわせればどうでもよいことだ。悪い予言ならば人を恐怖させるし、善い予言にしても、現実の生活に足をつけなくさせる。だから、今をいかに一生懸命生きるか、現在の自分をいかに生かすか、よくするか、これが一番大切なことだ。

4.本当のご利益が与えられる時は、目先は悪いように見えることがあるけれども、結果において必ずよくなるものである。このことを信じて、感謝して時機を待つ者は賢者である。

5.想いの乱れやすい人ほど統一を一生懸命やりなさい。

 

感想・・・1.過去は肉体界、幽界(潜在意識の世界)であり、現在は霊界、そして未来は神界なのだそうです。私たちは本当の自分がいる神界に意識を向けることが肝腎です。

2.言葉や文章はいくらでも誤魔化しが出来ます。しかし、エネルギー、行ないは誤魔化せない。エネルギーを見抜く力を審神(さにわ)と言います。

3.私が占いが大嫌いな原因がここにあります。占いにハマっている人が目を覚まさない限り地球🌏の完成、アセンションはありません。

4.この世的にどれだけたくさんのお金が入って来たとしても肉体が無くなれば何の意味もなさない、ご利益とは魂の成長なのです。

5.統一とは余計なことを思わず、世界平和の祈りを祈ることです。

 

世界人類が平和でありますように

 

日本が平和でありますように

 

私たちの天命がまっとうされますように

 

守護霊様ありがとうございます

 

守護神様ありがとうございます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年5月15日 (火)

甘いものからの卒業

 

 

甘いものを食べると身体だけではなく、精神も病んでしまう。

それは身体に良いとされる果物🍎🍊🍌でも同じです。

今は生産農家の努力によって蜜のように甘い果実がありますが、果物に含まれる「糖」は果糖、ブドウ糖、ショ糖、糖アルコールの四種類です。

これらの糖のほとんどはブドウ糖に分解されることなく、肝臓でグリコーゲンとなって貯蔵されます。

そして、貯蔵できる適正量を超えると、直接、中性脂肪に変わっていく流れになりますので、日々の生活で食べ過ぎないにこしたことはありません。

白砂糖とは、分解、吸収のされ方が違うため、すぐに「酸化」「糖化」「炎症」という老化の促進をするわけではありませんが、野菜を適正量食べている人であれば、ビタミン類も野菜で十分摂取できているはずです。

「果物を食べなければいけない」という考えは捨てていただいてもかまいません。


『なぜ水素で細胞から若返るのか』 辻 直樹著

 

 

 

 

糖質は中毒になります

 

 

糖質中毒から抜け出すと、身体が軽くなる

「糖」には常習性があると指摘されています。

甘いものを食べると、脳の伝達物質であるドーパミンが大量に分泌されます。

これによって快感中枢が刺激されます。

また、血糖が急激に増えると、快楽物質のセロトニンが分泌されます。

セロトニンはうつ病の患者さんに使用する薬でもあり、脳内にモルヒネを放出します。

すると気分が高揚し、幸福感をあじわうことができると考えられています。

つまり、「糖」を摂取することで起こる幸福感は、モルヒネ同様、「もう一度味わいたい」という欲求を生む中毒性のあるものなのです。

危険ドラックや覚醒剤で逮捕された人が釈放後も薬をやめられないように、糖質も断ち切るのが非常に難しい常習性を持っています。

しかし過剰に摂取し続ければ、確実に身体の老化を加速させてしまいます。

とくに血管と肝臓、膵臓にかかる負担は大きく、生活習慣病を罹患する率は大幅に上がってしまいます。

糖質すべてをやめることは難しくても、炭水化物を一日一食にする、甘いおやつを控えるといった努力から始めてみてはいかがでしょうか。

糖質を減らしていくと、数週間で身体が軽くなることを実感できます。

また、食後の眠気を感じにくくなり、有効に時間が使えるようになるはずです。

 

『なぜ水素で細胞から若返るのか』辻直樹著

 

 
 

病気は消えてゆく姿

 
 
 
【消えてゆく姿】

病気は

・病気の症状というのは、神の愛の調和のみ心を外れた想念行為が、幽体から肉体に毒素となって集まり、その毒素が人間本来の完全性を、維持するために働いている神の治癒力によって、表面に現われて消えてゆこうとしている状態なのであります。

病気の時ほど、魂の進歩が急速になされることはありません。

 
 
 感想・・・病気になる前は強気で我が強く生意気で鼻持ちならない人だったのが、大病した後は人が変わったように憑きものが落ちたように素直で、かわいらしく(笑)なることがあります。

まるで守護霊様が意図的に病気にさせたような、と言ったら言い過ぎでしょうか?

でも、ほんとうにそうだと思えるときがあるのです。

だから自分や周りに病気や貧乏、不調和に思える出来事が起こっても心がそこに固執しない、こだわらない、意識を向け過ぎないことが大切だと思います。

すべては良くなってゆくための消えてゆく姿なのですから・・・
 
 

五井先生のお言葉 37

 

 

 

五井先生の言葉
  

 
1.どんなに疲れていても、不機嫌になるということは、私にはまずないね。自分が疲れていることと、相手とはなんの関係もないことだからね。君はそんなことはしないかな?自分が疲れていようが、具合が悪かろうが、相手の心を痛めるようなことをしては、およそ神さまの愛にもとるね。

 

愛というのは、自分がどうあろうと、人のことばかり思ってしまうことなのですよ。機嫌がいい時とか、自分が好きな人を愛するということは、これは当然のことです。自分のご都合で優しかったり、不機嫌であったりするのは、それはごく薄っぺらな感情。それは愛じゃない。

2.怪我をする因縁がなければ怪我をしない、という。これはたしかに真理である。しかし肉体の頭脳では、怪我をする因縁などあるかどうかわからない。だから子供なら、まわりの者が怪我をさせないような縁をつくってやることが必要だし、自分自身は気をつけることだ。

 

つまり何事も根本に、注意力と思いやりという心が必要なのである。

3.運命がどん底についている時は、ジタバタせず、ジーッと耐えていると、自然に浮き上ってゆく。

 

 
4.政治家は大犠牲者、大菩薩行をする人でなければならない。

5.言葉で説くことは誰にでもできる。説いたことを行いに現すことが宗教なのである。その行いの中でいいことは、下座につくこと、つまり謙虚であることが一番いい。

 

感想・・・1.自分の都合で機嫌が悪くなったり相手の人を不快にさせるのは愛ではない、その通りですね、耳が痛いです(苦笑)

 

2.五井先生は子供が遊んでいるそばにハサミなどがあると瞬間に見つけて遠ざけるようにされたそうです。注意力も半端なくあった方だったんですね。

 

3.ただじっとしているだけではなく、人事を尽くした後で時を待っているのだと思います。

 

4.政治家に私利私欲があってはいけませんね、今の政治家は?

  

やめときましょう(笑)それも消えてゆく姿です。

 

5.謙虚になると、口数が減るようになると思います。そして必要な言葉だけを適切に言うようになる。そしてそんな人は信用される。

 

 

 

 

2018年5月14日 (月)

若い人は健康に気を付けなくても大丈夫だと思っていませんか?

 

 

私が若かりし頃の30〜40年前と違い、現代は身体を酸化、糖化、老化そして癌化させるものが溢れています。

紫外線、放射線、電磁波(スマホ・パソコン)、ウィルス、化学物質、薬、食品添加物、炭酸飲料、コンビニ弁当🍱・・・

これらはすべて毒素であり悪玉活性酸素(ヒドロキシルラジカル)に変化する可能性があります。

 

善玉活性酸素と比べると酸化力が6千〜8千倍もあり、DNA、細胞内器官、細胞膜、組織タンパクなどを酸化劣化させてしまいます。

つまり、体内で「酸化」が起きることを防ぐためには、悪玉活性酸素だけを除去する必要が出てくるのです。

この悪玉活性酸素を除去出来るのは、『水素‼️』だけだとわかってきました。

悪玉活性酸素 2・OH➕水素H2=水 2H2O

私は、若い人にも健康について是非❗️

関心を持ってもらいたいと思っています。

  

2018年5月13日 (日)

常に祈れ

■『常に祈れ』

(『日々の祈り』 五井昌久著 高橋英雄編 白光出版)

 人間は肉体の他に幽体とか霊体とか神体とかいう体をもっていて、想念波動が常にどの体の中に一番多くの時間を巡っているかということによって、その人の人格が定まり、運命が定まってくるのであります。

 その人の想念波動が常に神体の中を巡っている人は、高い人格者であり、神人合一の境地のいわゆる霊覚者にもなり得るのです。そこで、いつでも守護霊守護神さんに感謝を捧げつつ、世界平和の祈りをしていなさい、と私は教えているのです。

いつでも守護の神霊の加護に感謝の想いを向けていれば、その人の想念はいつも霊界神界に往っていて、肉体界に神界霊界の光明波動を導き入れ易くなってくるわけです。ですからその人の人格は自然と高くなってくるし、その人の運命もよくなってくるのです。

感想・・・3次元的に成功したり、幸せになろうとするのなら、「成功本」を読んだりセミナーに参加する、真似るということも必要だと思いがちですが、その前に祈りによって守護霊様、守護神に繋がることが何よりも大切です。
なぜならば守護霊様、守護神様は仕事のエキスパートだからです。
そしてあらゆる手段で幸せに導びこうとしてくださいます。

2018年5月12日 (土)

消えてゆく姿 4

 

『消えてゆく姿という教えを通ること』


(『内なる自分を開く』 五井昌久著 白光出版)

 

 天地をつなぐ光の輪が縦にまわっている。それだけがあって、横の波はみんな消えてゆく姿なのです。横の三界の業想念は消えてゆく姿とやっていると、縦の光の輪だけになるのです。だから消えてゆく姿がないと、いくら宗教をやっていても、求めれば求めるほど苦しくなってゆく。 

 

 信仰のなかった時分のほうがよかった、ああ宗教に入らなきゃこんな苦しい想いには会わなかったのに、宗教をやったばかりに、こんな苦しい目に会った、という人がよくあります。 

 

それは何故なのかというと、本当のことを知らないからです。その宗教の先生とか先達の人が、本当のことを教えてくれないんですよ。それでやたらに自分を責める言葉ばかり教える。まだ信仰が足りないとか、まだそれじゃだめだとか・・・・・。 

 

 そうすることは自己否定だから、これは業想念なんです。どうせ否定するならば、全部否定しなければいけません。肉体人間というものはダメなものなのだ、と。 

 

いつも私がいうように、肉体人間は偉いといったって、偉くないといったって、悟った悟らないといったって、信仰が厚い薄いといったって、大した違いはないんだ、そんなものは。大したことではないんです。 

 

 肉体の人間は単なる消えてゆく姿で、やがて肉体はなくなっちゃう。あるものは何かというと、縦横を貫いている生命の光、神様の子である光だけなんです。

 

問題はどこにあるかというと、神様の光、天から流れている光の中に、自分が入りさえすればいいわけなのです。入ることを教えなければならない。そのためには、いっぺん消えてゆく姿という教えを通ることです。

 

感想・・・・縦、横ってどういうことなのか? 

 

それは、ほんとうの自分は肉体界に居るのではなく、神様の世界である神界に居るのです。

 

そのエネルギーは縦に流れており、天地を貫いています。┃ 

 

目には見えませんが、私たち人間は光のエネルギー体なので縦に生命エネルギーが流れているのです。

 

しかし横ばかりを見て、横取りばかりをしているとすぐ上におられる守護霊様、その上におられる守護神様のメッセージ、神智を受けることができません。

 

一方横のエネルギーとは本心からではなく幽界、霊界の低いところから来た迷いの想念等です。 

 

波動が粗い物質エネルギーなどもそうです。

 

これらは現れては消え、消えては現れるという消えてゆく姿です。

 

消えてゆくものが無くなれば後は、ほんとうの縦のエネルギーだけが残る、これはほんもの神様のエネルギーです。

私たちは縦のエネルギーだけに意識を向ける必要があるのです。

 

縦のエネルギーが強固になれば横(3次元)は自ずと整ってきます。

 

これがキリスト教のいうところの十字架です。プラスにもなります。

 

横取りをするのではなく縦どりをしましょう!

 

それが真理、宇宙の法則です。

 

 

 

 

消えてゆく姿 3

 

 

【消えてゆく姿】

 

.本当の自分は神

 

・例えば自分の生活環境が苦しかったとする。病気だった、貧乏だったとする。

しかしそれは過去世の因縁としてそこに来ているのだから、それは消えてゆく姿なのです。本当の自分は神さまと体なのだから、苦しいもへったくれもありゃしません。ありがとうございます。神さまありがとうございます、と言っていればいい。

 

2.本当の自分は神

 

・神さまのみ心の現われとしては、この肉体というのはほんの部なのです。神体からずっーと肉体に連なっている。目に見えている範囲はちょっぴりなんです。

そのちょっぴりの範囲の、人間とか生物とかの不調和、いわゆる争いなどを見て、神さまはなんて力が無いのだろう、こんなに争うような人間を創ってと言うけれど、実は本当の人間は争っていないのです。

ただ現われて来て、そこに波が起って、争っているように見えているわけ。

 

3.本当の自分は神

 
・どんな事態が起っても、病気や貧乏になろうと、それはそれで消えてゆく姿です。それで存るのは何かというと、神様につながって命を光り輝かしている自分があるのです。

身はたとえ病気で苦しんでいても、病気で苦しむというのは、過去世の因縁がそこで消えてゆくだけであって、本当の自分は少しも苦しんでいない。本当の自分は、神様のみ心の中で光り輝いている。

苦しんでいるように見えるのは、業の中にいる想いなのです。想いが苦しんでいるのです。

 

 

感想・・・・ここでは肉体界に映っている 「私たちが想っている今とはほんとうの今ではなく過去世の不調和だった自分が映し出されているんだ」としきりに何回も何回も言葉を代えて五井先生はおっしゃっておられます。

 

私たちは肉体界だけをほんとうの世界だと思っていますが、潜在意識の世界である幽界、幽界に近い霊界、神界に近い霊界、浄まった世界である神界など、目にはみえない世界が いろんな階層があるのです。

 

私たちはほんとうの心(本心)は一つも苦しんでいない、本心の上にある消えてゆく姿の想いだけが苦しんでいるのだと知る必要があるのです。

 

でなければ、いつまでたってもほんとうの幸福感、真理を知ることができません。

 

 

全託への3か条

 

 

『全託への三ヵ条』

 
(『日々の祈り』 五井昌久著 白光出版)

 

)神は愛であって、人間を絶対に損うものではないと信ずる事。

 

(二)この宇宙万有、すべて肉体人間自身の力で創ったものではなく、いかなる生命といえど自然に創られてゆくものであることを、よくよく考えること。イエスのいう「汝らのうち誰か思い煩いて身の長(たけ)尺を加え得んや」であります。

 

(三)神はすべての智慧なのですから、人の人間でもけっして無駄に創ることはありません。ですから何人も天命(神の使命)をもってこの世に生れてきているのです。その理を信じて、現在自己のおかれている立場で、心に神を思いながら、その仕事に励むこと。

 

 この三ヵ条に忠実であれば、その人は全託者であり、神我体の人になり得ます。

 

感想・・・・神は愛であるのだから、そして神(愛)しかないのだからそのことを信じて愛の行為をしてゆけば絶対に大丈夫なんだ、愛の行為をしている自分が神様に愛されないわけがないんだ、と強く信じることがほんとうの宗教、信仰だと思うのです。

そういった心はどこかの宗教に入っていなくとも心の中に存在しているのです。自分の内に宗教はあり、神様、守護霊様、守護神様、ご先祖様がいらっしゃるのです。

 

水素は万能ではない


私は水素の良さを強調していますが、使い方、考え方を間違えては決してオールマイティ(完璧)でもなく、救世主でもないのです。

ところで

水素は身体の中の毒素(活性酸素、糖化、老化)を消してくれるのでお酒🥃を飲みながら水素ガス吸入している人がいました。

アルコール(ある意味毒素)が入ると肝臓に負担がかかるため酔った状態に変化させて身体を守ろうとしているそうです。

水素は毒素を消すので酔いは消え臓器への負担も軽減される、けれどもいくら飲んでも酔わないからと調子に乗ると水素爆発💣💥を起こします!(笑)

最近また、「糖質制限」がクローズアップされてきました。

ノンアルコール飲料も糖質ハンパないそうです。

アルコール(毒素)と糖質

もう私たちは、アルコールで自己逃避することから「卒業」する時期に来ているのかもしれませんね!


2018年5月11日 (金)

これからは守護霊、守護神様の応援無しには生きて行けない

【「ある日の五井先生」清水 勇 著より】
背後の存在

 五井先生の教えは別名「守護霊、守護神教」とも言えるほど、守護の神霊の存在とその守護のあり方を詳しく、判り易くお説き下さっています。

守護神(一体)と守護霊(正守護霊一体と副守護霊二体)が四六時中、守護の任にあたっておられるのです。

 私たちがいつもいつも守護の神霊に感謝をし続けていれば、その守りはますます強固になっていきます。

ついには守護の神霊との一体化という形になります。

その時の状態を「不動心」というのだと五井先生から教えて頂きました。

つまり守護の神霊との一体化イコール不動心ということです。

 専属の守護の神霊の他に、時に応じて「背後霊」という形で別の神霊が応援して下さることがあります。

 フィリピンの有名な心霊手術師のトニーは手術の際にメスを一切使わず、しかも傷跡ひとつ残しませんでした。

「トニーの背後には霊界の外科医がついているんだよ」と五井先生はおっしゃいました。

つまりトニーの手が、粗い肉体波動から微妙な神霊波動となって患者の身体の中に入っていって、患部を手術していたのです。

 かつて作家の山岡荘八が書いた『徳川家康』がベストセラーになりましたが、そのとき五井先生は、「ベストセラーになるのは当然だよ。あれは徳川家康が自叙伝を書いたようなものだね」とおっしゃいました。

つまり徳川家康が山岡荘八の背後で、山岡荘八の体を使って執筆していたのです。

山岡荘八は太平洋戦争当時、報道班員として鹿児島県の特攻基地の知覧(ちらん)で多くの神風特攻隊を見送っていたので、戦死した隊員の慰霊のために戦後、知覧に特攻平和観音を建立(こんりゅう)した信心深い作家でした。

 故村田正雄長老は『私の霊界通信』(第一巻~五巻)という名著を残されましたが、五井先生は冗談ともつかず、「あの本は、とてもきめ細(こま)かな優しい文章だろう。

村田さんを使って女神様が書かれたんだよ。だいたい村田さんがあんな上手な文章書けるわけがないよ」とおっしゃいました。

五井先生のお言葉 36

 

 

 

1.地位とか権力というものは、はかないものである。向うの世界(霊界)へいけばそんなものはゼロになる。問題にされるのはその魂である。裸の魂になっても立派であるということが最大の問題である。

 

2.神のみ心のままに生きるということは、念力で生きるより強い。

 

3.まず恐れなくなるようにすることだ。生きるも死ぬるもこわくない、ということを目標にすることですね。それに愛深くあること。愛と勇気だね。

 

4.人はちょっといいことを左にきくと、すぐ左にむらがる。右がいいというと、右に流れてゆく。それではいけない。人間は一つのことに肚をすえて生きることだ。そうすると現象に右顧左べんすることなく、人の言葉に迷わなくなる。

 

5.何事にもあわててはいけない。勿論、生き死には神のみ心の中にあるんだから、あわてないことだ。あわてなければ次の瞬間、開けるものだ。

 

6.自分が天界へ行こうとするからいけない。すべて目の前のことは捨てて、神さまだけを思うことです。そうすると行くべき所にいけます。

 

7.いい人というのは、スカッとしていて、過去のことにダラダラとしていない人。自分の心をだまさない、人の心をもだまさない人です。

 

 

感想・・・1.たしかに今、交通事故に遭って死んでしまったらこの世的なお金も地位も名誉、権力はすべて失ってしまいます。「今ここで死んだら自分には何が残るだろう?」と自問自答してみるのもいいかもしれませんね。

 

2.今、幽界のおばけちゃん、闇の勢力が幅を利かせていて血迷っている人がたくさんいますが(苦笑)、「最後に愛は勝つ」という意識が働いたなら、絶対に大丈夫です。なぜならば絶対者である神は愛だからです。か~あ み~い 「すべては完璧、欠けたるものなし、大成就!」

 

3.自分にちょっとでもやましい、邪なこと、つまり自分にも世間にも正直に生きていないこと、神様にそむいていることがあると恐れが襲ってきます。絶えず、自分を顧みてチェックすることが大切ですね。

 

4.他人をあてにしてはいけない、血のつながった親子、兄弟であっても頼ってはいけないと思うのです。つまり「自分一人でもやるんだ」という覚悟、気概が必要ですね。

 

5.焦ると焦げ付きます。焦げ付いたものは取り返しがつかなくことがあります。絶対に焦ってはいけません。

 

6.「何とかしよう」と焦るのは自分の立場ポジション、環境を変えようとするからです。このようなものは奪い取るのではなく与えられるものです。ジタバタしても始まらない

 

7.その通りだと思います。

 

 

2018年5月10日 (木)

水素は宇宙のエネルギー


みなさんは地球🌏上の大気の割合をご存知ですか?

私は酸素がほとんどだと思っていました。

しかし地球上で一番多いのが窒素で、全体の78.08%、2番目が酸素で20.95%以下、アルゴン0.93%、二酸化炭素0.03%であり、

水素はわずか0.00005%しか大気中に含まれていません。

では、地球を離れた宇宙の大気は何で出来ているか?

70%が水素だそうです。

宇宙は水素で出来ている‼️

そして宇宙とは素のことだそうです。

「素直な人」とは宇宙に直に繋がっている人のこと

「素晴らしい!」とは宇宙は晴れているということ

雲の上(宇宙)は青空しかありません。

いつも晴れています。

だから水素は宇宙のエネルギーだと言えます(^^)

水素ガスを吸うということは

宇宙の無限の素晴らしいプラスエネルギーを身体に注入することになります。

不調和なマイナス(病気、ネガテイブな気持ち)を消してくれることがわかりますね!

2018年5月 9日 (水)

人間は水で出来ている!

 

赤ちゃんの頃は80%が水分で歳を重ねるに従い水分量は減って行き、高齢になると50%くらいになります。

地球🌏の70%は水であり、健康男女の水分比が70%であることから地球イコール人間であることが言えます。

実は、ゲップやオナラの中に微量の水素ガスが含まれているそうです。

腸の中で水の素である水素が発生している。

つまり水は外から入れるだけでなく内(腸)で作られていたのです。

若い時は水素がたくさんあって瑞々しかった、お肌もピチピチだった(笑)

それは自らの力、生命力で水を産み出していたからです。

若さ、健康を保つにはいかに水が大切であるかがわかります。

同時に水の素である水素の必要性も感じます。

Photo

 

 

2018年5月 8日 (火)

五井先生のお言葉 35

 

1.人にはそれぞれ与えられた使命がある。その使命以外のことをやろうと、いくら力んでもだめだ。ただただ素直に、神のみ心の中にとけ入ってゆくことだ。わが天命を完うせしめたまえと。

2.自分をゆるすということは、自分の中の想念にも、人の中の想念にも把われない、ということである。掴んでいるものを放すことである。大きな宇宙の流れからみれば、そんなことは大したことではないのである。把われない、掴んでいるものを放す、ということは消えてゆく姿に徹することである。

 

感想・・・1.使命と天命は違うのか? そして使命以外のことをやろうとしてもダメなのだとしたら反対に使命通りことをするのならそれはうまく行くに違いない。あなたほ自分の仕事に惚れ込んでいますか?神様から使命(これをやりなさい)を受けた仕事ですか?

2.自由自在心とは自分の想いにも人の想いにも把われないこと、引っかからないこと、振り回されないこと、「あいつがあんなことを言った」などとこだわらないことを言います。思ったとしてもすぐに放つことをいいます。 それができれば、どれだけ楽に生きられるでしょう。

 

 

体、筋肉疲労は脳疲労だった

疲れの原因、大元は脳疲労(ストレス)なのだそうです。

筋肉疲労も筋肉が疲れていたのでなく、司令塔の脳が病んでいたのです。

頭の使い過ぎ、心配のし過ぎ、考え過ぎ・・・

だけれど頭をスッキリ、クリーニングしてくれるものが今まで無かった

細胞は外側が脂質で出来ていて中は水質だそうです。

細胞内の活性酸素を掃除をしてくれるビタミン、カテキンなどの抗酸化物質は脂には強いけれど水には弱い、又はその逆なので細胞の奥まで入って行けず脳は痛むばかりでした。(アルツハイマー、パーキンソン病、認知症など)

そこで水素が救世主として現われました。

おまけに脳組織は脂質、水質、細胞は脂質、中は水質なので関所が4つもある難所です。

水素はそんなやっかいなところまでスイスイと入って行き、無害の水に変えてくれます。(水素H2+活性酸素2・OH=水 2H2O)

これから水素(ガス吸引)によって脳のトラブル、疲労は無くなって行くでしょう‼️

2018年5月 7日 (月)

五井先生のお言葉 34

 

 

 

自分の体というのはないのです。

 

神さまが創った体なのだから、神さまの体なのですよ。

それを自分の体と思うから、そこに執着が生じ、執着から迷いが生れてくるわけです。

はじめから「自分」なんていうものの所有物は一つもないのです。

 

 

 

感想・・・自分の体は自分が創ったものではない、これは確かです。

 

そして自分の子どもも、もちろん自分が創ったものではない、これもまた当然です。

 

では一体誰が創ったのか?

 

神様(大自然)しか考えられない

 

そう思うとフーッと体の力が抜けてきて、「どうにかしよう」と思わなくなります。

 

そうです、私たちは自分の体でもないのになんとかコントロールしようとする、そして無茶をして粗末に扱って壊してしまいそうになる。

 

神様から預かった大切な器(身体)なのに、これから自分の所有物であると思うことをやめよう。

 
 
 
 

五井先生のお言葉 33

 

 

 

五井先生の言葉


1.現代は地獄が表面にあらわれている時代です。表面いかにも悪そうに見えるが、実は新しい世界がこれから開けてくるという前兆なのです。だからわれわれは、世の汚穢を浄化し、すばらしい世界をつくるという、よい時代に生まれ合わせてきているのです。

2.悪のうずまく時代においては、お説教や言葉でいくらいいことをいっていても、相手は変らない。それよりまず自分が浄まって、その光をふりまくことである。その光にふれて人は変わってゆく。

 


感想・・・1.少し前にもこの五井先生のお言葉を掲載したのですが心に残ったので再度載せました。
今地球🌏世界は7劫目、愛の星、完成の寸前に来ています。

だから夜明け前が一番暗い、だけれど下には天国が出番を待って控えている。

私たちは今の延長線上が未来だと思っています。

そうじゃない、と知ることで不動心で生きて行けます。

2.この光とは何なのか?
光とは愛です。愛とは神です。私たち人間は神の愛によって生かされています。

か〜あ
み〜い

 

 

2018年5月 6日 (日)

思いやりの心

 

 

~思いやりの心~

 この話は、映画評論家の淀川長治さんが、話していたことですが、心に感銘を受けましたので書いてみました。

 それは、フランス在住の某画伯が、ある公園で写生をしていた時のことです。

夕方近くなって来たので、それまで周囲に集って、その写生を見ていた人達も、それぞれに礼を言いながら立ち去ってゆきました。

しかし、写生の最後に画いていた噴水のところが、まだ終らないので、ピッチを上げて画き急いでいました。

画きおわって、ほっと一息ついて周囲をみわたすと、背後に一人の中老の男の人が立っていました。そして、こちらが顔を向けると、にこにこして、
 「画き上ってよかったですね、有難うございました」
 といいました。

画伯は、よくおそくまで自分の絵をみていてくれたものと感心して、
 「お近くにお住いですか」とたずねますと、その人は、ますますにこにこして、
 「実は私は、この公園の園長でして、あなたの絵が画きおわったら、噴水を止めようと思っていたのです」といいました。

 時間ですよ、といって、さっさと噴水を止めて帰ってしまってもいいのに、この園長さんは、自分が園長であることも言わずに、画伯が、噴水を画き終るまで、にこにこして待っていてくれたのです。

余り表には目立たないけれど、なんという思いやりのある温かい心の持主なのでしょう。

 こういう話には、全く心がなごみます。こんな心の人が、多く住んでいたらその街は、温かな、なごやかな街になるでしょう。

 その街をよくし、国をよくするということでも、こういう目立たない思いやりの行為が、実に大事なことであるのです。声高々と、愛国を叫び、革新を叫んでいることよりも、こういう愛の心のひびきが多くなってゆく方が、社会や国家や人類のためになるのかもしれません。

 

 私共は、あえて高々と叫び続けようとは思いません。地道に穏やかに、神と一体になる世界平和の祈りを祈りつづけ、賛同する同志を一人でも多く増してゆきたいと思っているのです。

 

その運動の中には、相手をやっつけようとか、人の団体の切りくずしをしようとかいう争いの想いは少しもありません。

 フランスの園長さんのように、終始にこにこして、世界平和の祈りを祈りつづけ、少しでも人々のために、よいと思う日常生活をつづけてゆくだけなのであります。

 そういう平和の心に、武力に勝る、宇宙の神々の大きな力が働いてくるのです。

(五井昌久 「失望のない人生」)

 


感想・・・こういう話は心がなごみ豊かになったような気持ちになります。

 

私たち現代人はあまりにも急いで生き過ぎているように思います。

 

規則やコンプライアンス(法令順守)にしばられ息が詰まるようです。

 

時々このような話を聞いて綺麗なエネルギーを充電しなければ心身ともにもちませんよね(苦笑)

 

 

 

 

消えてゆく姿 2

 

 

消えてゆく姿】


消えてゆく姿の教えは

  
・私の説いている消えてゆく姿とは、この現象界で自分や自分の周囲に起ってくる悪や不幸は、その人の本心の現われるための、誤った過去世からの消えてゆく姿として解釈していますので、

そうした消えてゆく姿が出てくるたびに、そこに本心が現われて、小さな悟りのような形になってゆくのであります。

悟るということは、それが小さな悟りでありましても、その人をおおっている業のすき間から、本心の光が少しく輝いたという事でありまして、人間が業生から、本来の神の子の姿を現わす一つの状態なのです。

ですからそういう悟りを何度か続けているうちに、自分で気付かぬうちに、大悟の境地に近づいている場合が多いのです。

 

感想・・・・なんでこんなことが起こるのだろう、なんでこんなことが起こらなきゃいけないんだろう、と現れてくることに関して私たちは文句を言います(笑)

しかし起きたときは人間はしたたかで、そこから何かを学ぼうとするのです。

そして時間を経ると「いい経験をしたなぁ」とか「そういう意味で経験をさせられたんだ」と思い返すのです。

逆に何も変化が起こらず、平穏無事の毎日を送っていたとしたのならそれは幸せではなく、退屈の日々を過ごすことになる。

「今度はどんな経験をさせてもらえるのだろう」と楽しむくらいの境地になりたいものです。

 

 

2018年5月 3日 (木)

五井先生のお言葉 32

 

 

 

五井先生の言葉

 

1.今の運命、今の不幸、今の貧乏、病気というのは、過去の影絵である。

実体のないものであるから、じたばたせず、内なる真実なる自分の中に入り、自己の光をますように努めることだ。その方法は、守護霊さん守護神さんお願いしますと、ひたすら守護の神霊に自分の運命をまかせてしまうことです。

守護の神霊は自分を幸せにしようしようとされているのだから、つねに守護の神霊に波長を合わせておくことです。

 

2.自分の感情をよごすこと、心を乱すことはすべて消えてゆく姿と思うこと。

 

3.親しき中にも礼儀ありという言葉がありますが、これは夫婦の間にでもあてはまるのではないだろうか。夫婦というものは、お互いにふれてもらいたくないことを、平気でズケズケといってしまう。そうしては気まずい想いをしています。

こういう風に思ったらいいでしょう。夫も妻も他人なんだ、と思うことです。他人行儀にしろというのではありませんよ。他人だと思えば、相手を傷つけるようなことは平気ではいわなくなるでしょうからね。そういうことですよ。

 

4.目に見えない存在者の力は大きい。それを知っていなければ大きい仕事はできない。

 

5.トップ経営者は、目先の利益のことだけにとらわれず、永遠の生命につながる目を持つことが必要である。

 

6.偉いと私が評価するのは、いわゆる「私」というものがない人をいうのである。西郷南洲(隆盛)は天地に通じている素晴しい人物である。

 

7.もし止むを得ず胎児を中絶したのなら、その魂に代って、両親は徳をつむようにすることである。堕胎というのは魂の進化を止めることになるから、大変な罪である。しかし万止むを得ざる場合は、両親はその代償として、一生懸命徳をつむよう努力することだ。

 

 

感想・・・1.私たちが「今、現在」と思っている今はほんとうの今ではない、過去世や過去が映って

現実だ、今だと思っている。それがほんとうにわかれば、目の前のことに振り回されなくなる、一喜一憂しなくなる。

 

2.どれだけ心を汚しても、心を乱してもほんとうの本心は汚れも乱れもしていないのです。だから私たちは

常に神界にある本心に意識を合わせるといいのです。その方法が「世界平和の祈り」です。

 

3.家族に優しくできなければ他人にも優しくできない、まず足元から固めましょう

 

4.目に見えない存在者とは?守護霊、守護神、ご先祖様、地底人、宇宙人、聖者、宇宙神、五井先生・・・・

 

5.これからは特にトップ経営者の判断力、決断力が問われてきます。それもありますが、もしトップの人が失敗したとしてもそこに把われず「自分で起業する」くらいのマインドが必要だと思うのです。

 

6.明治維新の頃は西郷さんのような偉人がたくさん輩出されたのだと思います。現代も維新の時代、「世界平和の祈りを祈る人」が聖者、賢者です。

 

7.徳を積むとはどういうことか?それは「世界平和の祈りを祈る」ことだと思います。そうすれば赤ちゃんは神界へ行ける

 

 

憑依とはどういうことか?

 

 

はじめに感想・・・憑依という言葉を聞かれたことがあると思いますが、人間は起きてから寝るまでに何度か憑依されています。

多い人は常に取り憑かれた状態にあるのです。(疲れると憑かれるは同じ意味です)

私はよく幽界のお化けちゃんに取り憑かれたと言っているのですが、「被る(かぶる)」「被っている」ともいいます。

これはどんな状態かといいますと光り輝いた綺麗な本心を、自分の中のマイナスの業想念、人類の集合意識、そして一番怖い幽界の魂たちが人間の心の隙間に入り込んでコントロールするのです。

守護霊様守護神様は、もちろんこの状態を望んではいず、光を送って目を覚まそうとするのですが、被り方があまりにも多い場合は、どうすることもできません。

私たちに出来ることは、守護霊守護神に感謝して(相手の守護霊にも)、世界平和の祈りを祈り、相手の人の天命がまっとうされることを祈り、その人に出来る限りの光を送ることなのです。

今、さ迷っている肉体人間が多いのは、目に見えない世界である幽界が汚れ混とんとしているからであり、幽界を浄めないかぎりは肉体界は調ってこないのです。

そのことが下記の文章を読んでいるとよくわかります。

 

~必要な想念の純化~

 

 神界、霊界、幽界と一口にいいますが、この各界ともにまた幾つもの階層がありまして、細かく分けたら数えきれぬほどのものです。

そして、幽界なら幽界の或る階層だけにしか住むことができない生物がたくさんいます。

その生物は勿論人間の五感ではみえぬ生物たちです。

その生物たちは人間というものに非常に興味をもっていまして、折あらば人間の幽体にもぐりこんで、人間と同じような生活をしてみたい、と思っているのです。

そこへ人間のほうで、その生物たちと同じような下等な想念、つまり不純な性欲、虚栄心、権力欲、物質欲等々の、人間の高貴性から離れた想念を出しつづけていますと、いつかその想念の波に乗って、人間の幽体の中に入ってきて、自己の欲望を遂げようとするのです。

すると、まるで人間ではとてもできぬような、破廉恥の行為を平気でしたりするのです。

神の子である真の人間性が、それらの生物の波動でかくれきってしまうのです。

 ですから人間は、常に自己の心を浄めるための祈りをすることが必要なので、人に知られぬからといって、いつも下等な想念で心を汚していてはいけないのです。

人間の生活は常に種々な波動を受けていますので、時折りは様々な下等な想念も出てくることでしょうが、出てくる度びに、これは消えてゆく姿と思って、神のみ心の高貴性のほうに想念をむけ変えるとよいのです。

それが即ち消えてゆく姿で世界平和の祈りという方法なのです。

 人間だから下等な想いが出ても仕方がないなどと思ったら、とんでもないことで、人間は本来神の子であり、生物中最高の存在者なのです。

ただ長い間の習慣性によって、下等な想念が蓄積されてしまっているのです。

そこで私は、そういう想念はすべて過去世からの神のみ心を離れた想念が消えてゆく姿として現われてくるのだから、消えてゆく姿と思って、世界人類が平和でありますように、と人類すべての平和を念願する高貴な想いの中に自己を入れてしまいなさい、そういう善い習慣に自己の想いを変えてゆきなさい、と説くのであります。

 人間は最高の神のみ心から、光明そのものの生命波動が、霊、幽、肉と伝わって流れてきているのですから、常に蓄積された想念エネルギーを、神のみ心のほうに向けつづけて、神のみ心と同化した想いで、自己の生活をしてゆけば、その人の生活は神界の生活と同じような善いことのみの現われてくる生活となるのであります。

人格も高貴なものとなるのであります。

そういたしておりますと、幽界の生物のつけ入る隙もないので安泰な生活ができるのです。

 その他に幽界には、この世で誤った生活をして地獄に落ちている霊魂や、いまだ自己が死んで幽界にきていることを知らない人々などがおりまして、神の光をくらまして、神から遠く離れている人々の肉体に憑依したり、人は好いが、神の真理を知らぬ幽体の波動圏の広い人々に憑依したりするのです。

これもやはり、神のみ心のほうに常に想いをむけていさえすれば、なんでもなく済んでしまいます。

そこで、私は守護の神霊の存在を説き(拙著神と人間参照)常に世界平和の祈りをし、守護の神霊への感謝をつづけていれば、憑依される恐れはない、と説いているのであります。

 

(五井昌久 「人類の未来」)

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように(〇〇さんの天命がまっとうされますように)

守護霊さまありがとうございます(〇〇さんの守護霊様よろしくお願いします)

守護神さまありがとうございます(〇〇さんの守護神さまよろしくお願いします)

 

2018年5月 2日 (水)

肉体人間のその人を見て「かわいそう」は違うのです

 

 

【消えてゆく姿】

 

1.本心を現わすために


・人が貧乏や病気など、いわゆる不幸で苦しんでいるのは、大きな高い目からみれば、本当はかわいそうではないのです。かわいそうだなと思うのは、肉体そのものが人間そのものであると想う感情から来るものなのです。

今、不幸と現われている姿は、本当は天命を現わすために、不幸を消しながら、光へと前進している姿なのです。

 



【消えてゆく姿】

 

2.本心を現わすために


・自己の生命の磁場(肉体、幽体)が汚れますと、それを洗い浄めようとして、生命の本源から強い力が出て来ますので、その強い力に押されて、汚れが外部に出されてゆきます。

この汚れが取れてゆくに従って、生命が輝いてゆくわけですが、この汚れの取れてゆく姿が、病気や不幸や貧乏という事になるのであります。

 

感想1.私たちはどうしてもその人の肉体、現状を見て「かわいそうだ、気の毒だ」と思ってしまう、それが家族であったのなら我がごとのように苦しんでしまう。

それは無理からぬことですが、思いっきり悪いことが起きているということは、それは善くなるために膿が出ているのであり、出るだけ出てしまえば後は善くなってゆくのです。

そのことを信じられるのは、肉体は人間ではない、エネルギー体なんだ、と徹底してわかることしかないのです。

相手の人を目を細めて観てください。波(縦のエネルギー)が揺れているように見えることがあります。

 

肉体はいづれは無くなります。しかし魂、心は永遠に生き続けるのです。それがほんとうの真理です。

 

 

2.今コップに汚れた水が入っているとします。コップの水を純水にしようとするのなら、きれいな水を注ぐしかありません。

すると汚い水は溢れ出し、テーブルを汚すのです。それが貧乏であり、病気です。

しかし、その汚れは確実に少なくなっているのです。これが大難が小難です。

小難はいつの間にか消え、後はキレイな純粋のみになります。そのときが自己と地球の完成です。

綺麗な水とは、「世界平和の祈り」であることは言うまでもありません。

 

世界人類が平和ありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

2018年5月 1日 (火)

妻が大好きなアイスクリームをやめました

甘いもの大好きで毎日アイスクリームを食べることを至上の悦びにしていた妻がある日突然やめました⁉️
ビックリポンです😱
それはたまたまネットで「お医者さんが絶対に食べないものベスト10」の中に入っていたからです。もちろん家族にも食べさせていないはずです。
アイスクリームにはトランス脂肪酸という恐ろしい劇薬が入っています。(マーガリンで有名ですね)
溶けないのでプラスチックを体に入れているのと同じです。
テレビを観ていると、アイスだけでなく糖質たっぷりの炭酸飲料のコマーシャルも始まりました。
トクホと言っても糖質のことは言っていません。完全に砂糖水です。
若い人はテレビを観ないといいますが、そのほうがいいですね、ネットの中にはまだ真実が入っています。
ところで水素がいくら体の中の毒素を消すと言っても、次から次へと毒を入れていては治るものも治りません。
「酸化」「糖化」「炎症」を抑える生活習慣+水素治療=最強 です。
毎日の食生活が細胞をつくり、健康を保つことになると思います。


頭で考えること、神様におまかせすること

 

 

 

問 この世の思慮分別はどの程度必要でしょうか。

 

答 やっぱり自分で考えるだけ考えたほうがいいですね。それでどうしようもない時に、一所懸命祈りなさい。そうすると必要なことがひらめきます。
 頭があるんだから、考えたり勉強したり知識を吸収したりすることは必要ですよ。

 

これを間違えちゃいけませんよ。

 

まかせるといって、なんにもしないというのはまかせたことではないのです。

 

人事を尽して天命をまて、という言葉があります。私は天命を信じて人事を尽せといいます。

 

この世に生れたからには、必ず天命があるんだ、ということを信じて、一所懸命人事を尽さなければいけない。

 

そうすると、どこからどういう天命が生れてくるかわかりません。
 考えることもそうです。

 

考えるだけ考えなければいけない。

 

考えつめたら、ああこれはもう自分で考える範疇じゃないなァ、と神さまにスパッとまかせる。

 

守護霊さん守護神さんどうぞよろしくって、スパッとまかせてしまう。

 

考えもしないでまかせたってダメですよ。

 

何かテストがあった。

 

考えないで神さまにまかせておいた、では何も出てきやしません。

 

やっぱりこれはどうだった、あれはこうだったと考えているうちにピシッと閃めく。

 

一所懸命やっているうちにピーンとひらめいてくる。
だから人事を尽さないとだめですね。

 

人事を尽さないで神さまにまかしたって何にも閃めいてこないし、わかって来ない。

 

(五井昌久 「質問ありませんか?」)

 

 

感想・・・祈りの効果を信じている人は、朝から晩まで祈っていればなんとかなると思っている、守護霊さんが助けてくれると思っている、自分で何にもしないで助けてくれるわけがない、それはそんなことをしたってその人のためにならないから・・・・。

一方、神様を信じないで全部自分でやろうとする、しかし肉体人間の力なんて微々たるものだから限界を感じるのです。

ですから五井先生のお答えのように自分でやれることは人事を尽くす、すると限界が見えてくる、そこからは他力でいいのです。

「私の力ではどうにもなりません、助けてください」って

でもそのときだけお願いしても聞いてくれません(笑)

普段から感謝をして守られやすくしておくのです。

というよりも守護霊、守護神と一体になっていれば

ここまでは自分でやること

ここからは神様のお仕事、役割

なんてわける必要もないのです。

祈りながら仕事、生活をしていく(祈りの中に生活を入れてゆく)

これしかないですね!

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

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