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2017年10月13日 (金)

死をハッキリと説く

 

 
先日、義父の七回忌があったのですが、その時にお経を唱えてくださったお坊さんは唱え終わると遺族(6名)が残り正座をしているにもかかわらず、お天気のよもやま話をしたのち足早に帰ってしまったのです。

私たちは何か為になる説法でも聞けるのかと少し期待していたのですが、あれでは「お布施だけが目的だったのか?」と思われてもしかたがありません。

「義父は今どこへ行っているのか?」「元気で暮らしているのか?」「人間は死んだらどうなるのか?」「私たちを見守ってくれているのか?」など、お坊さんであれば知っていて当然だと思うし、またそれを伝えるのが役目だと思うのです。

少しおかしな表現かもしれませんが、お坊さんのような宗教者には、死後の世界を説く、プロであって欲しいのです。

そして死に携わる仕事をしているお医者様、看護師さんなども患者さん、それも子どもに肉体の死後には別の世界があり、生命は生き続けることを語り伝えることが出来たらどれだけ安心出来るでしょう。 死後の世界(他界)に恐怖心を持つことなく旅立てるでしょう。

私は、それが自分の体験したことでなくてもかまわないと思うのです。知識だけでもいいのです。


「嘘も方便」でもいいと思うのです。

他人の死だけではなく肝腎な自分の死に対して、真剣に考える、そして知ることが、今を真剣に生きることだと思います。

五井先生のお弟子さんだった高橋英雄さんが五井先生の死観をハッキリと述べてくださっています。

今は、あやふやになっていること、縁起でもないなどと封印されていること、人間として知っていて当然だったことをハッキリとハッキリさせる時に来ていると思うのです。




本文

 

五井先生は輪廻転生を認めています。

したがって、死後の世界があることも確認していらっしゃるし、死後の世界の様相も教えてくれています。

死が迫った病人に、「死んだらどうなるのか?」と質問され、家人や医師や看護婦が、あるいは僧侶などが 「死んでみなければわからない」 とか、死後の世界のこと、人間の生命の行方のことについて、何の知識も持ち合わせていないがゆえに、曖昧にしか答えられない、あるいは質問をはぐらかしてしまったりすることは、五井先生の説いていることを学んでいる人にはあり得ないことです。

これから死に赴こうとする人の真剣にして真摯なる問いに、少なくとも宗教家が答えられないとは、まことに情けないことです。

五井先生や他の霊覚者のように、死後の世界を見聞し、体験として知っていなくとも、人間の魂の問題、安心立命を扱う宗教者は、神霊について、死後の世界について、知識として学んでおくべきだと私は思います。

死んだら死後の世界がある。

自分という意識がなくなることは、決してなく、魂として生きつづける、と知っていれば、それが本から得た知識だとしても、質問を受けたときに伝えられます。

伝えられた人は、安心して彼の世に旅立つことができるでしょう。

死にゆく人が大人でもなく、子どもの場合、その効果は大きいものです。

死後も生きている、親しい人に囲まれて、という指導のもと、新しい世界で生きるのだ、と知ることは、どんなに子どもの心を明るくし、安らかにするかわかりません。

私は五井先生から耳で聴き、本で読み、死後の世界のことを知りました。

「死んだらどこへゆくのか?」「死んだらどうなるのか?」という真剣なる質問にも答えられます。

真剣にして真摯なる質問をはぐらかして、そのまま放置して平気でいるのは、宗教者として怠惰でありましょう。

お釈迦様は、お経の中でたびたび「これこれこういう前世の因縁で、今、こうなっている」ということをおっしゃっています。

ご自分の過去世のこと、前世のことにもしばしば言及なさっています。

前世、過去世のあることをお釈迦さまは知っていたからこそ、そうおっしゃったわけです。

前世、過去世を認めるということは、来世つまり人間の死後の世界と次の世の存在もご存知であったわけで、お釈迦さまにとってそれはごくあたり前のこと、常識であったでしょう。

けれどハッキリとお経の中で言及なさっていないので、お坊さんもハッキリとおっしゃらないだけで、ご自分の経験として魂の行方、死後の世界のことをご存知のお坊さんがたくさんいらっしゃると思います。

その経験をぜひ表に出して、人々の迷い、不安、恐怖を取り払っていただきたい、と切に思います。

現在は心の時代、と言われますが、その心も肉体に付随する心のことであって、肉体の死滅とともになくなってしまうような、はかない心です。

人間死んだらゴミになるなんて、とんでもない誤解です。

まだまだ物質思想に人は把われております。

人間は死んだあとも生き続けるわけですから、宗教者が導師となって、魂の行くべき世界へ導いていただきたい。

葬式というのはそのための大事なセレモニーだと私は思います。

ただ生きつづけるだけでなく、進化向上している、ということを、五井先生の著書(特に『神と人間』)より学んでいただきたい、と切に思います。



『神の満ちる星の話』 (五井先生が語った地球と人類の未来図)高橋英雄著 白光出版



 

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コメント

このブログに出会って、非常に勉強になります。
グッドムーンさんは、白光出版の本だけでなく、様々な本も読まれているのですね。幅広さを感じます。
先日は、返信してくださって、助かりました。「消えてゆく姿で世界平和の祈りが、1番難しい、でも簡単、でも難しい」←(勝手な解釈ですが)しっかり、ふんわり祈っていこうと思います。

☆☆☆
自分も、高橋英雄さんの本は、「如是我聞」と「五井せんせい」を持っています。高橋英雄さんの本は、高橋英雄さんの人柄なのか、あったかい気持ちになります。今回のお話も、厳しさの中に温かさがありますね。

ちなみに、「黎明」という本はご存知でしょうか?上下巻あり、葦原瑞穂さんという方が書かれた本なのですが。
実は自分が「世界人類が平和でありますように」という祈りの意味を知ったのは、この本がきっかけでして…。
下巻の第二十三章「霊的向上の方法と瞑想」の中で紹介されていました。
蛇足なのですが、葦原さんのご友人によると、「世界人類が平和でありますように」という一文を入れて、「黎明」が完成したと、言われていたそうです。
「黎明」のこと、ご存知でしたら、すみません。
(蛇足の蛇足ですが、葦原さんはエディさんとも交流があったみたいです。「エディさん永留さんの話 YouTube」で検索。)

(グッドムーンさんはエディさんをご存知のようですね。自分はエディさんという方は知らないのですが、清掃人夫の話はYouTubeで聞きました。)

また、いろいろ、疑問を質問させてください。よろしくお願い致します。時間いただいて、ありがたいです、ありがとうございます。

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