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2017年10月31日 (火)

あなたが一番恐れていることをしなさい

  



1.恐怖心をなくすにはどうしたらよいか。アメリカの詩人エマーソンはこう答えている。

「あなたが一番恐れていることをしなさい」と。

確かにズバリそのもので、逃げたり避けたりしていたのでは、いつまでたってもその恐怖心をこえることは出来ない。

勇気をもって突き進んでゆくのである。

すると思っていたよりも、ずっと軽くすんでしまうものである。 
 



『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版 



感想・・・頭で「どうしよう、こうしようか?」と考えるのではなく、悩みの闇の部分に真っ直ぐに突き進んでいけば闇は消えるのです。

悩みとは闇をいうマイナスの想念エネルギーが波のようにやって来ている状態(だからなやみという)なので、怖気づいてじっとしているとその波に飲まれてしまいます。

突き進んでいくと波は身体には当たりますが、水は身体からはじかれ足下に落ちるのです。

そして目の前には明るい日差しが見えて来るのです。

恐怖、悩みとは実体のないバーチャルなものです。

私たちは実体のない虚像を恐れていたのです。

反対に実体のあるものとは神様の愛だけです。  か~あ み~い



   

騙された、と人を恨むでない


 
1.騙された、裏切られた、と人を恨むでない。 騙された君が悪いのだ。 裏切られた君が悪いのだ。

騙した相手が悪いのでも、裏切った相手が悪いのでもない。

ただただ君の前生の因縁がその人を通してやっと消えていこうとする時に、またもや、騙した相手が、裏切った相手が悪いと思いこんで恨んだとしたら、消えてゆくどころか、またここで再び二重の罪を背負わなければならなくなる。

これは真理を知らない人の落とし穴である。

真理の知ろうとしない人は、気の毒なことに、いつまでたっても一生裏切られの人生を歩んでゆくより仕方がない。



『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版



感想・・・・今世の中が混沌としている中で騙されているのか?誤魔化されているのか?利用されているのか?わけのわからないものに振り回されている人が多いように思います。

しかしその人をよく観察していると「自分は騙された」「変なものにひっかかってしまった」と気づいて後悔しているわけではなく、そこからすぐに離れているわけでもなく、そこを拠り所にしている節があるのです。

「あなた結婚詐欺師に騙されているよ」「お金をせびるのは絶対におかしいよ」といくら周りが助言しても、「いやそんなことはない、あの人は良い人なのよ」と言っている人がいますが、それとよく似ています。

まるで「騙されてもいいんだ」「そんなこと言われなくてもわかっている」と言っているようなのです。

これはどういうことかというと魂は納得しているのです。

前生では今騙されている相手を自分が騙していた。

それが今生で返って来ているので心の底から相手を恨むことが出来ないのです。

消えてゆく姿です。

男女関係でもありますよね。「なんで貴方みたいに善い人があんな男(女)に引っかかっているんだ」という人が・・・・・。

大切なことは、相手のせいにしないことです。 自分を被害者だと思わないことです。

自分に起こっていることも人を介して起こったこともすべての原因は自分にある。

それが真理であり騙した人はそのことを教えるために存在してくれているのです。

どんなことが起こっても「原因はすべて自分にある」と責任を取れる人をほんとうに「自立した人」といえるのです。


 

 

嘘を光に変える

 

1.なぜ人は嘘をつかなければならないのか?弱いからである。

本来の自分の姿よりもっとよりよい自分を他に認めてもらいたいからである。

しまいには自分をもごまかして生きていかなければならなくなる。

嘘をつかないことが一番大事であるが、もし嘘をついてしまった時には、嘘の上塗りを重ねる前に、勇気をもって、正直に真相を話すか、あるいは消えてゆく姿で世界平和の祈りに変えればよい。

祈りはすべてを消して光に変えてくれる。



『日々の指針』西園寺昌美白光出版


 
感想・・・3次元を生きていると「嘘も方便」ではないが嘘をついたほうが相手のためになり、ひいては自分のためになることがあります。

私のメンター(人生の師匠)である于先生(調和波動気功法の創始者)は余命いくばくもない昇天寸前の人に

「貴方の目は活き活きとしていますね、光り輝いていますよ」とおっしゃったところその人は瞬間精気を得てそれから3年間生き続けたのだそうです。

于先生は嘘や気休めで言っているのではなく、言った後のその人の姿をイメージ(創造)しておっしゃったのだと思うのです。言ったこと想ったことは実現する。

だからほんとうに元気になった・・・・。

今現在の自分の状態や他人の状態で判断したり、近未来を決めつけるのではなく、プラスをイメージする。

そのための嘘は嘘ではないと思うのです。

そしてそれに祈りをプラスすればプラスの具現化はもっと早くなります。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  
超お薦め図書 『果因説』 西園寺昌美著 白光出版 

生きる勇気が湧いて来ます!




   

2017年10月25日 (水)

人間はいつの間にか瞬間移動している



感想・・・「心ここにあらず」とは、肉体はここにあるけれど心は他のことを想っており、魂が抜けた状態を言います。

他人の話を聞かず、自分のしゃべることばかりを考えている人は、心がこもっておらず、ただスピーカーのように頭にひっかかってくる言葉を並べているだけと言ったら言い過ぎでしょうか?(笑)
 
人の話は心から相手の人と一体になって聞かなければならない、でないとほんとうのコミュニケーション(対話)は出来ないと思うのです。

そして大事なことは、人間とは光のエネルギー体(波動体)であり、肉体の中に魂や心が宿っているのではない、ということです。

これってどうでもいいことだと思っている人がほとんどだと思います。

しかし自分が幸せになる意味でも、人類が平和になってゆく上でも、とてもとても大切な、重要なポイントになるのです。

今、読まれていてピンと来なくても、なんとなくでもわかってもらえれば嬉しいです。

私はこれからも真理を書き続けてゆきます。




『人間はひびきである』


人間の存在というものは、その場所に肉体がいなければ、その人が存在しない、というものではなく、そこにその人の肉体身がいるから存在しているというものでもなく、そこにその人の心のひびきが伝わってきているか、きていないかによって、その人がそこに存在する存在しないということになるのです。

これは普通の人には難しい言い方になりましたが、その人の心がそこに無ければ、その人の肉体身がそこにいてもその人がそこにいないとのと同じことである、ということなのであります。

もっといいかえて申しますと、多勢の人が同じ部屋にいたとしまして、その各自が、お互いの家人や知人のことを思いつめている時に、その人の心はその家人や知人の人のところにいるのでありまして、その部屋には単に形だけが存在しているわけで、その人の実体は、家人や知人のところにいることになるのです。

こういうことは、科学面の発達によっても次第にわかっては参りますが、人間の本質は心そのものにあるので、心が生命を自由自在に働かせて真実の人間世界を創りあげてゆくわけなのです。

現在の地球人類というものは、まだ真実の人間が現われきっていない姿でありまして、人間とは肉体身というような固定したものではない、ということが、電波や光波の発見発達によりまして、段々と判らされてゆく過渡的な存在なのであります。

そこで私たち宗教者の役目としては、そうした科学の面からでなく、直覚的な面から、人間は単なる肉体身ではないのだ、ということを人々に知らせてゆかなければならないのです。



『肉体人間観から永遠の生命観へ』


人間は肉体身だという観念をいち早く超えなければ、人類は必ず滅びてしまうからなのです。

何故ならば、相対界に住んでいる限りは争いは尽きぬし、永遠の生命から離れた人間界は、その想念の通り、限りある年限で終ってしまうからなのです。

人間はどうしても、肉体身という限りある人間観でいてはならないのです。

肉体人間観では、自己を滅ぼすと同時に地球人類をも、永遠の生命から切り離してしまうことになって、地球人類は滅亡してしまうのです。

自己を救い、地球人類を救うもの、それは、人間観の転換による他はありません。

有限の世界観から無限の世界観に、肉体人間から永遠の人間観に、地球人類の心を向け変えなければいけなのです。

自分だけが善ければよい、自国だけがよければ、自民族だけが、というような想念は、すべて肉体人間観からくるのであって、永遠の生命の流れとして、働きとしての人類なのだ、という観点にたった人々には、そうした利己的な想いはないのであります。

現在の日本国は、単なる一小国の日本ではありません。

地球人類に永遠の生命を輝かせる為の大きな一つの役目を持った日本国なのであります。

そうした真理を心身に感じた愛国心で事に当たらないと、日本を四分五裂してしまいます。

人間は、神の分霊であり、大生命の分生命であります。

宇宙に充ち充ちている生命の光が、お互いに交流し合い和合し合って、神の大交響楽が、この地球界にも誤りなく演奏せられるのであります。

七十年八十年で死んでしまうような肉体人間観では、この神のオーケストラの素晴らしい大光明に接することはできません。

大神様は現在各守護神と分れ、そしてまた、救世の大光明として、一つの働きに結集され、地球人類に永遠の生命を輝かし出そうとしておられるのです。


世界人類が平和でありますように


私たちの世界平和の祈りは、こうした大神様のみ心の下にはじめられた祈りなのです。

病気も不幸も災難も、自他の想念行為の誤りも、みんな、神のみ心を離れていた想いの消えてゆく姿として、改めて神のみ心に感謝しつつ、世界平和の祈りの大光明の中に入れてしまうのです。

そこに自ずから新しい生命観が湧きあがり、知らぬ間に、肉体人間観を永遠の生命観に切り替え、各自の本心が自然と開発されてゆき、日常生活がそのまま生き生きとしてくるという、最も容易なる世界人類救済の道が開かれてゆくのであります。




『神は沈黙していない』 五井昌久 白光出版

   

如是我聞(五井先生のお言葉)

  


1.欠点を掘じくりかえして、人間はよくなるものではない。 また、自分の欠点を取ろう、抜こうとしても、なかなか出来るものでもない。 抜こう取ろうと自分で思うことよりも、神さまのみ心の中に深く入り込んでいくと、知らないうちに抜けてゆく。 それが遅いようだけれど、一番早い方法である。


2.現われてくるのは、すべて過去世からの因縁で現われてくる。 今の自分はその人になんにもひどいことをしていないけれど、過去世からの想いの中には、相手にひどくしたことがあったわけ。 そうでなければ、相手にひどいことをされるわけがない。 それは因縁因果の法則なんだ。 けれど、それをいつまでも繰り返していたのでは、輪廻転生して、いつまでも争いの波がおさまらないわけです。 いかに自分の立場が悪かろうと、自分の心を乱すことはいけないこと。 相手を傷つけることはいけないこと。 ということがわからないと、本当の世界平和はこの地球界に出来ないし、本当の安心立命が得られないのです。


3.五井先生の修練時代、頭の中で霊の声がささやいた。

「あなたは、釈迦もキリストも出来ぬことをするのだ、それがあなたに出来るのだ、あなたは地上唯一の大菩薩なのだ」

五井先生は、そうした声にのりはしなかった。 そうした声にのったが最後、ガラガラと今迄の清らかな精進もむなしく失せてしまう。 ということは、自分の心の中に、微塵の汚れ、高慢の想いがあってもいけないということだ。

「私はそんなものではありません。大菩薩であろうと小菩薩であろうと結構です。私はただ神のみ心を実行するのみです」

と五井先生はあらゆるそうした囁きを否定しつくされた。

「霊能力が出はじめた頃、こうした霊の声にうかうかとのせられないように、それが守護神のテストであったとしても、のったら失敗なのだ。落第したことなのだ。慎むべきは自我高慢の心である」

と五井先生はおっしゃっている。




『如是我聞』五井先生の言葉 高橋英雄編著



感想・・・・1.真面目な人は、自分の長所を認めるよりも欠点探しをして自分を責めていることのほうが多いようです。それが自分を愛せない原因になっているのではないでしょうか?そこで「自分のことをもっと認めなさい、良い所を見つけなさい、自分を愛しなさい」と言ってもなかなかその通りにはなりません。そこで五井先生の教えがあるのです。自分のことを責める想いも、相手の人を憎む恨む妬む想いもすべて『世界平和の祈り』の中に入れてしまうのです。これは理屈ではありません。マイナスのエネルギーを超プラスのエネルギー(世界平和の祈り)の中に入れてしまえば、いつの間にかマイナスの想い、闇は消えてしまうのです。そして一緒に短所も消えてしまう。こんな有り難いことはありません。


2.江戸時代まで「あだ討ち」がありました。自分の身内が殺された場合、その家族は仕返しをしても罪にならないという法律?があったのです。

しかしその後あだ討ちが禁止されたのは、殺された家族も殺した本人とその家族もいつまでもそのことに捉われたまま、恨みと恐怖を抱えたまま生きていかなければならなかったからです。

調和・平和を重んずる日本らしい法改正だったと思います。

精神的な重荷は人間を歪んだ状態(エネルギー体)にします。

人間の本来の姿は調和した姿です。

人間とは一つの光から分かれた分霊(わけみたま)なのです。あなたも私もない。

貴方は私であり、私は貴方です。そのことがわかったとき、自分や他人を責めることは終わりを迎えるのです。

 

3.スピリチュアル系の人たちは、瞑想している時に何らかの声を聴いたり、聴こえたような気がしていると思います。

それを神様や守護霊、守護神の声だと想ってしまっているのです。

これは大きな間違いで、大変危険です。

それは守護霊守護神、本心(神界にある)に届く前に、幽界という迷いの世界と繋がってしまうからです。

幽界には霊界や神界に行けずにさ迷っている魂たちがうごめいいているのです。

今、肉体界がおかしくなってしまっているのは、幽界(潜在意識の世界)が汚れているからなのです。

五井先生のように神界まで突き抜けていないとほんとうの世界にはつながっていないのです。

ほとんどの霊能者(スピリチュアルな人たち)は幽界とつながっています。

霊能者ではなく霊覚者(天と地を貫いた)がほんものです。

少しでも自慢したい、尊敬されたい、金儲けがしたいなどという想念があったのなら、自分と自分を頼ってくる他の人をも不幸にしてしまいます。

それは宇宙の法則を外れてしまうからです。(人間のミッションは天のほんとうの自分を肉体界に顕わすことだから)


  

 




  

2017年10月24日 (火)

外部の援助は人間を弱くする

  

 
1.外部から援助は人間を弱くする。 自らの手で自らを励まし、何事にも屈することなく、勇気づけようとする精神こそ尊いものである。 人の為によかれと思って援助の手を差しのべる時は、余程の読みが必要である。 相手の自立の気持ちを失わせるようであっては、かえって援助がマイナスとなって働いてしまうからである。 人生は自分の手によってしか開けないものである、ということをよく知ることである。

2.病気でも環境でも、自分の心次第で自由に変化するものである。 苦しくても決して逃げ出そうと思うな。 今、自分が置かれている境遇を積極的に受けとめて自分のものとしてゆけば、必ず今の境遇から抜け出すことが出来る。 自分の心がいつも神にむかって素直に生きていれば、自然に病気も環境も全く違った状態へと変化してゆく。

3.学生時代には優秀で、すべてトップでいたが、実社会に入ると平凡な人生に埋もれてしまう人もいれば、学生時代、何一つ期待されなかった劣等性が、実生活に入るやいなや、その本来持てる力量を立派に使い果し、人の上に立つ人になる場合もある。 若い頃の利発さは、忍耐や努力をしなくても結構なんでも手際よく覚えてしまう。 だがそれだけ忘れることも早い。 着実に物事を自分のものとしてゆく方法が一番よい。 人生プロセスにおいて簡単に善い悪い、成功失敗と決定は出来ない。 すべて結果によって判断すべきことである。 すると早い遅いは全く関係ないことになる。

『日々の指針』 西園寺 昌美 白光出版




感想・・・1.「あの人をなんとかしてあげたいな」というのは大変なおごりであり、その人の前にある壁はその人自身か、もしくはその人の守護霊さん守護神さんのご加護を持ってだけしか乗り越えてはいけないのです。
守護霊さん守護神さんといってもそれはその人自身でもあるので、結局は自分にしか乗り越えられないのです。
今、いろんなことで悩み苦しんでいる人がいます。
しかし安易な援助はかえってその人を駄目にする。
どこまで手を差しのべるのか?非常に難しいですね。
 

2.環境、境遇が悪いとき、自我欲望、損得で判断し行動すると必ず後でしっぺ返しがあります。
かなり時間が経過しているとそのときの反動が今来ているのだとわからないことがあるけれど、逃げると必ず何らかの返しがあるのです。
よく「ツケがまわる」と言いますが、その通りです。
後で倍になって返ってくるのなら、今逃げずに受けとめ立ち向かったほうがいい。
気持ちの上でもそのほうがスッキリします。

3.私は中学と高校時代の友人たちとの交流があるのですが、学生時代に優秀だった人が今が充実していて幸せかどうかはわかりません。
反対に劣等性だった人が不遇な生活をしているのか?と言えば、そうだとも全く言えないのです。
問題は、学校を卒業してからどれだけ自己を見つめ、自己と向き合い、自己を成長させ、他人との調和をはかってきたか?によると思うのです。
それに関しては学生時代の成績はまったく関係ありません。
人生の勉強はいつでも出来るのです。

  

 

あなたの遺伝子の中に一切の英知が組み込まれている


 
 
アセンション(次元上昇)とはどういうことかというと、神である本来の自分と出会うということです。

神とは宇宙であり、宇宙はすべてのすべてであり、無限の宇宙を運行している完璧な存在?です。

人間も我即神也、人類即神也なのでパーフェクトな存在です。

だがしかし、私たちは自己限定をしているので、自分がそんな素晴らしい存在とは思っておらず、自分や人間は駄目な奴だ、と思っているから、想像(創造)した通りに想いは実現し駄目な奴が顕われてしまっているのです。

人間は誰でも一つくらいは取り得があるのだろうと思っていますが、2つも3つも持っている人を羨ましく思っています。

しかし人間とはそんなちゃちなものではなく、どんなことも完璧にこなせる、とんでもなく凄い存在です。

それはすべて自分の中にある遺伝子にあらゆる英知が含まれているのだそうです。

そのことを信じれば聖徳太子のように同時に七人の人の話も聞けるようになる。

それは自分の中にあらゆる人も星も宇宙も、すべてのすべてが入っているからです。

宇宙の中に自分がいるのではない

自分の中に宇宙があるのです。

西園寺昌美さんのご著書を読んでいると、本来の素晴らしい自分を思い出すことが出来ます。

私たちは、精進して努力して完璧(神)になるのではない、近づくのではない。

元々パーフェクトな存在だったのです。

そして

『世界平和の祈り』を祈り、『我即神也』の印を組むと本来の自分が顕われてきます。

人間の幸せとは、本来の自分を肉体界に顕わすことなのです。




自らの内にある英知に目覚めよ

 

あなたには、才能がないのではありません。 あらゆる面に秀でた才能が、もう既にあなたの遺伝子の中に組み込まれているのです。

あなたは、美意識がないのではありません。 研ぎ澄まされた美に対する感覚が、もう既にあなたの遺伝子の中に組み込まれてあるのです。

あなたは、記憶力が悪いのではありません。 もう既に何でも吸収できる記憶力が、あなたの遺伝子に備わっているのです。

あなたは、芸術感覚がないのではありません。 情緒豊かな芸術性に富んだ能力が、もう既にあなたの遺伝子の中に潜んでいるのです。

あなたには、理数系の能力がないのではありません。 緻密な理数系の才能が、あなたの遺伝子に組み入れられているのです。

あなたには、文化系の能力がないのではありません。情緒豊かな文化系の才能が、あなたの遺伝子に組み入れられているのです。

あなたは、運動神経が鈍いのではありません。 素晴らしい運動神経が、もう既にあなたの遺伝子の中に組み込まれているのです。

あなたは、健康を保つことが出来ないのではありません。 強力なる自然治癒力が、既にあなたの遺伝子の中に組み込まれられているのです。


このようにして、今のあなたが、自分の肉体を構成している何億、何十兆の細胞の一つ一つに、神が大いなる英知を組み込んでくださておられる、その事実に気がつかねばなりません。

その英知をそのまま放っておいては勿体ないのです。

その英知を目覚めさせなければ、自分自身に対して申し訳ないことです。

誰もが、この素晴らしい驚異的な事実に、一日も早く、いや一刻も早く目を開かなければならないのです。

人類70億の人々が皆、この真理に目覚めなければならないのです。

さもなくば、あなたの人生は無駄骨に終わってしまいます。

あなたの天命は完うできずに、この世をさ迷い歩く哀れな一生となるでしょう。

こんな素晴らしい無限なる能力が一人一人の遺伝子に組み込まれているというのに、それには一瞥(いちべつ)を加えずに見過ごしてしまっていたのです。

今からでも決して遅くはありません。

この不可思議なる身体、崇高なる肉体、緻密にして神秘なる器、この肉体一つをとってみても、我々の力ではどうあがこうとも、何一つ自分の意思で動かすことも、新しく造り出すことも出来ないのです。

すべての内臓を動かすことも、血液の濃度を一定に保つことも、食べ物を栄養に変えて、そのかすを大小便として出すことも、我々の知識や力では何一つ出来得ません。

身体一切のことは、すべて身体の中の組織に任せる以外に何の方法もないのが現状です。

生きてゆく上で最も重要なこと

 

あなたの遺伝子の中には既に、あなたの一生を貫き通して生きぬくための全智全能なる偉大なる働き、芸術、知恵、健康、繁栄、幸福など一切が組み込まれています。

今のあなたの一つ一つの遺伝子の中にはっきりとプログラミングされているのです。

現在のあなたにとって、それを理解することが、この世を生きてゆく上で最も重要かつ大事なことなのです。

それこそ、生まれた時から、あなたの欲するもの、願うもの、すべてが組み込まれています。

ここにおいて、あなた自身に内在するそれら一切のもの、英知、健康、才能、能力等を一生を通して、あるいは人生の過程において、引き出し、この世に現わしてゆくことこそが、人間としてドラマチックな人生を展開させてゆく最高の方法なのです。

外にそれらを見出そうとして探し求めても得られるものでもなければ、人から与えられるものでもありません。

ましてや神や天が授けるものでもありません。

もう既にあなたの中に、遺伝子の中にはっきりと組み込まれて存在しているのです。

それらを自分の人生の上にうまく引き出してゆくか否かが、人それぞれの運命の決定的な分岐点となってゆくのです。

成功 ━ 失敗、 繁栄 ━ 衰退、 幸福 ━ 不幸、 健康 ━ 病気、これら一切のことは、すべて自分の責任において生じたものであって、他を恨むことも、他を責めることも許されないことです。

何故ならば、不幸にしても、病気にしても、孤独にしても、苦悩にしても、本来自分の欲せざることが、現に自分の目の前に生じてしまっていたら、それは、自らが自らの遺伝子に組み込まれている一切の才能を自分の上に引き出すことをしなかったか、あるいは、自分に内在しているそれら一切の全智全能なる英知を認めることなく、理解することなく終わってしまったかのどちらかだからです。

・・・・・・(中略)・・・・・・

空に舞う鳥たちをみてください。 美しいきらびやかな羽をひろげてスイスイ舞い飛ぶ小鳥たちそのものも、その形、その色、その飛び方、えさの捉え方、これら一切を誰から教わることもなく、自然に遺伝子の中にプログラミングされた、約束通りの生き方を示しているに過ぎません。

蝶の卵が幼虫となり、それがさなぎとなって蝶に生まれ変わる、これらの一生を通して、実に偉大なる働きが遺伝子に組み込まれているのです。

彼らは、別にむつかしいことを考える必要はないし、頭を必要以上に使うこともありません。

おおよそ努力を要求されることもなく、ただ自然にとけ込み、自然界の一部分となって、生かされているのです。

ところが人間となると、単純にいかないのです。

これら大自然界に生きる動物、植物、鉱物、一切と違って自然に生きていません。

すべてのことをわざわざ複雑にからませ、入り組ませて生きています。

知識のみが先行し、肉体がそれに付いてゆけない状態がほとんどなのです。

我々すべての人間に内在している素晴らしい感受性、直観力、危険な毒物に対する的確な反応、動作、美意識などなど、内のみの要求に自然に任せていれば、苦労もなく、失敗もなく、自然に通り抜けていけるものを、なまじの知識や経験で判断を下すため、自然に逆らい、直観に逆らい、反応を鈍らせ、思いもかけない方向へと自らを導いてゆきます。

その結果、不安で不幸な道へと自らを追いやってしまうのです。

あなたの中に、あなたの遺伝子の中に、一切の英知、全智全能なる力が既に組み込まれていることを、ここで改めて認識していただきたいと思います。

これは特別な人、たとえばノーベル賞を貰った人などの遺伝子について説いているのではありません。

偉大な科学者の遺伝子、偉大な政治家や実業家の遺伝子、偉大な芸術家の遺伝子が特別なのではありません。

彼らは自らの中に既に組み込まれているあらゆる才能を、自らが認め、自らの上に、この世に現わしたに過ぎないのです。

これらの偉大な人々の遺伝子も、我々普通一般の人々の遺伝子も何らの差異もありません。

ただ、これらの遺伝子に組み込まれている一切の英知を認識し、それらを実際に自分の人生の上にどれだけ引き出して使ってゆくか、否かの違いだけなのです。

偉大なる科学者や芸術家たちは、皆それに気づいて、理解し、努力して、それらの才能を自らの中から引き出して導いていった結果なのです。

ですが、我々は、それら一切の英知が内在していることに気づかず、現われている肉体がすべてのすべてだと思い込み、信じ切っているため、あくせくあくせく、働いても働いても、努力しても努力しても努力しても、忍耐に忍耐を重ねても、自分の思うようにならない人生を繰り返しているのです。

さあ、今これから、あなたの中に眠っている一切の英知を認め、それを目覚ましてゆくことが、あなたが置かれている今の環境、今の立場、今の状態、今の苦労から脱け出してゆく最善の方法なのです。

 「果因説」 西園寺昌美 白光出版
 

 
追伸・・・人間が『自分が何者』であるかに気づき、神のパーフェクトの姿を次々に現わしてゆくと今、人間界で起こっているありとあらゆる問題が解決します。

 お釈迦様、キリスト様レベルの聖者、賢者があちこちに現われるからです。

老人もいなくなります。(自分がなりたい年齢になれる)

病人も、精神病もなくなります。犯罪もなくなる、ありとあらゆる悩みもなくなる。

それがほんとうの地上天国の誕生です。

一切のマイナスが無くなるのがアセンションです。

『世界平和の祈り』・印(我即神也、人類即神也)はアセンションには絶対に欠かせないメソッドです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。


追伸の追伸・・・これから地上人類が目覚めてゆく上で、インナーアース(地底人)さんの協力が非常に非常に重要になってゆきます。

地底人さんは、悟った宇宙人で、これから人間は守護霊、守護神さま、そして地底人さんのご加護を戴いて覚醒(悟る)してゆくのです。

多くの人が地底人さんとアクセス出来るようになります。

そのヒントとして以下の本をお薦めします。

「超シャンバラ」「空洞地球」「ついに実現した地下存在対話」

3冊とも徳間書店です。


  


 

 


 

あなたの遺伝子の中に一切の叡知が組み込まれている



アセンション(次元上昇)とはどういうことかというと、神である本来の自分と出会うということです。

神とは宇宙であり、宇宙はすべてのすべてであり、無限の宇宙を運行している完璧な存在?です。

人間も我即神也、人類即神也なのでパーフェクトな存在です。

だがしかし、私たちは自己限定をしているので、自分がそんな素晴らしい存在とは思っておらず、自分や人間は駄目な奴だ、と思っているから、想像(創造)した通りに想いは実現し駄目な奴が顕われてしまっているのです。

人間は誰でも一つくらいは取り得があるのだろうと思っていますが、2つも3つも持っている人を羨ましく思っています。

しかし人間とはそんなちゃちなものではなく、どんなことも完璧にこなせる、とんでもなく凄い存在です。

それはすべて自分の中にある遺伝子にあらゆる叡知が含まれているのだそうです。

そのことを信じれば聖徳太子のように同時に七人の人の話も聞けるようになる。

それは自分の中にあらゆる人も星も宇宙も、すべてのすべてが入っているからです。

宇宙の中に自分がいるのではない

自分の中に宇宙があるのです。

西園寺昌美さんのご著書を読んでいると、本来の素晴らしい自分を思い出すことが出来ます。

私たちは、精進して努力して完璧(神)になるのではない、近づくのではない。

元々パーフェクトな存在だったのです。

そして

『世界平和の祈り』を祈り、『我即神也』の印を組むと本来の自分が顕われてきます。

人間の幸せとは、本来の自分を肉体界に顕わすことなのです。




自らの内にある英知に目覚めよ

 

あなたには、才能がないのではありません。 あらゆる面に秀でた才能が、もう既にあなたの遺伝子の中に組み込まれているのです。

あなたは、美意識がないのではありません。 研ぎ澄まされた美に対する感覚が、もう既にあなたの遺伝子の中に組み込まれてあるのです。

あなたは、記憶力が悪いのではありません。 もう既に何でも吸収できる記憶力が、あなたの遺伝子に備わっているのです。

あなたは、芸術感覚がないのではありません。 情緒豊かな芸術性に富んだ能力が、もう既にあなたの遺伝子の中に潜んでいるのです。

あなたには、理数系の能力がないのではありません。 緻密な理数系の才能が、あなたの遺伝子に組み入れられているのです。

あなたには、文化系の能力がないのではありません。情緒豊かな文化系の才能が、あなたの遺伝子に組み入れられているのです。

あなたは、運動神経が鈍いのではありません。 素晴らしい運動神経が、もう既にあなたの遺伝子の中に組み込まれているのです。

あなたは、健康を保つことが出来ないのではありません。 強力なる自然治癒力が、既にあなたの遺伝子の中に組み込まれられているのです。


このようにして、今のあなたが、自分の肉体を構成している何億、何十兆の細胞の一つ一つに、神が大いなる英知を組み込んでくださておられる、その事実に気がつかねばなりません。

その英知をそのまま放っておいては勿体ないのです。

その英知を目覚めさせなければ、自分自身に対して申し訳ないことです。

誰もが、この素晴らしい驚異的な事実に、一日も早く、いや一刻も早く目を開かなければならないのです。

人類70億の人々が皆、この真理に目覚めなければならないのです。

さもなくば、あなたの人生は無駄骨に終わってしまいます。

あなたの天命は完うできずに、この世をさ迷い歩く哀れな一生となるでしょう。

こんな素晴らしい無限なる能力が一人一人の遺伝子に組み込まれているというのに、それには一瞥(いちべつ)を加えずに見過ごしてしまっていたのです。

今からでも決して遅くはありません。

この不可思議なる身体、崇高なる肉体、緻密にして神秘なる器、この肉体一つをとってみても、我々の力ではどうあがこうとも、何一つ自分の意思で動かすことも、新しく造り出すことも出来ないのです。

すべての内臓を動かすことも、血液の濃度を一定に保つことも、食べ物を栄養に変えて、そのかすを大小便として出すことも、我々の知識や力では何一つ出来得ません。

身体一切のことは、すべて身体の中の組織に任せる以外に何の方法もないのが現状です。

生きてゆく上で最も重要なこと

 

あなたの遺伝子の中には既に、あなたの一生を貫き通して生きぬくための全智全能なる偉大なる働き、芸術、知恵、健康、繁栄、幸福など一切が組み込まれています。

今のあなたの一つ一つの遺伝子の中にはっきりとプログラミングされているのです。

現在のあなたにとって、それを理解することが、この世を生きてゆく上で最も重要かつ大事なことなのです。

それこそ、生まれた時から、あなたの欲するもの、願うもの、すべてが組み込まれています。

ここにおいて、あなた自身に内在するそれら一切のもの、英知、健康、才能、能力等を一生を通して、あるいは人生の過程において、引き出し、この世に現わしてゆくことこそが、人間としてドラマチックな人生を展開させてゆく最高の方法なのです。

外にそれらを見出そうとして探し求めても得られるものでもなければ、人から与えられるものでもありません。

ましてや神や天が授けるものでもありません。

もう既にあなたの中に、遺伝子の中にはっきりと組み込まれて存在しているのです。

それらを自分の人生の上にうまく引き出してゆくか否かが、人それぞれの運命の決定的な分岐点となってゆくのです。

成功 ━ 失敗、 繁栄 ━ 衰退、 幸福 ━ 不幸、 健康 ━ 病気、これら一切のことは、すべて自分の責任において生じたものであって、他を恨むことも、他を責めることも許されないことです。

何故ならば、不幸にしても、病気にしても、孤独にしても、苦悩にしても、本来自分の欲せざることが、現に自分の目の前に生じてしまっていたら、それは、自らが自らの遺伝子に組み込まれている一切の才能を自分の上に引き出すことをしなかったか、あるいは、自分に内在しているそれら一切の全智全能なる英知を認めることなく、理解することなく終わってしまったかのどちらかだからです。

・・・・・・(中略)・・・・・・

空に舞う鳥たちをみてください。 美しいきらびやかな羽をひろげてスイスイ舞い飛ぶ小鳥たちそのものも、その形、その色、その飛び方、えさの捉え方、これら一切を誰から教わることもなく、自然に遺伝子の中にプログラミングされた、約束通りの生き方を示しているに過ぎません。

蝶の卵が幼虫となり、それがさなぎとなって蝶に生まれ変わる、これらの一生を通して、実に偉大なる働きが遺伝子に組み込まれているのです。

彼らは、別にむつかしいことを考える必要はないし、頭を必要以上に使うこともありません。

おおよそ努力を要求されることもなく、ただ自然にとけ込み、自然界の一部分となって、生かされているのです。

ところが人間となると、単純にいかないのです。

これら大自然界に生きる動物、植物、鉱物、一切と違って自然に生きていません。

すべてのことをわざわざ複雑にからませ、入り組ませて生きています。

知識のみが先行し、肉体がそれに付いてゆけない状態がほとんどなのです。

我々すべての人間に内在している素晴らしい感受性、直観力、危険な毒物に対する的確な反応、動作、美意識などなど、内のみの要求に自然に任せていれば、苦労もなく、失敗もなく、自然に通り抜けていけるものを、なまじの知識や経験で判断を下すため、自然に逆らい、直観に逆らい、反応を鈍らせ、思いもかけない方向へと自らを導いてゆきます。

その結果、不安で不幸な道へと自らを追いやってしまうのです。

あなたの中に、あなたの遺伝子の中に、一切の英知、全智全能なる力が既に組み込まれていることを、ここで改めて認識していただきたいと思います。

これは特別な人、たとえばノーベル賞を貰った人などの遺伝子について説いているのではありません。

偉大な科学者の遺伝子、偉大な政治家や実業家の遺伝子、偉大な芸術家の遺伝子が特別なのではありません。

彼らは自らの中に既に組み込まれているあらゆる才能を、自らが認め、自らの上に、この世に現わしたに過ぎないのです。

これらの偉大な人々の遺伝子も、我々普通一般の人々の遺伝子も何らの差異もありません。

ただ、これらの遺伝子に組み込まれている一切の英知を認識し、それらを実際に自分の人生の上にどれだけ引き出して使ってゆくか、否かの違いだけなのです。

偉大なる科学者や芸術家たちは、皆それに気づいて、理解し、努力して、それらの才能を自らの中から引き出して導いていった結果なのです。

ですが、我々は、それら一切の英知が内在していることに気づかず、現われている肉体がすべてのすべてだと思い込み、信じ切っているため、あくせくあくせく、働いても働いても、努力しても努力しても努力しても、忍耐に忍耐を重ねても、自分の思うようにならない人生を繰り返しているのです。

さあ、今これから、あなたの中に眠っている一切の英知を認め、それを目覚ましてゆくことが、あなたが置かれている今の環境、今の立場、今の状態、今の苦労から脱け出してゆく最善の方法なのです。

 「果因説」 西園寺昌美 白光出版


 
  

2017年10月23日 (月)

対立をやめると素晴らしい結果が現われる



1.どんなことがあっても人とは対立するものではなく、柔和に打ちとけあってゆくことである。
 どんな人にでも自分の心の中に、闘争心や対立心が潜んでいるものである。 それをまともに人に向けず、強い心で己をコントロールし、まず自分自身に打ち克つことである。 そして人と対することである。自分に都合の悪い人でも、心和やかに対処すると、かえって予想もしない素晴らしい結果を招くことになる。

 

『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版

 

感想・・・・対立しないことに越したことはないが、時には議論したり、主張することによって生じる対立はしかたがないことではないのか?と思っていました。

しかし対立した時点で相手の人は、壁をつくってしまい(自分もですが)、話し合(愛)いどころではなくなってしまうのです。

対立するということは、「自分は正しい」、「相手は間違っている」と断定していることに等しい。

五井先生のご本の中に、今現在の自分が正しいと思っていても、過去世からのお互いの想念行為(長いスパン)からすれば、どちらが悪い、善いなどとは言えない、とおっしゃっておられます。

『袖擦りあうも他生の縁』 の他生とは多少ではないのです。

今生で袖が擦り合った、たったそれだけの縁でも、それは他生(前生、幽界、霊界、神界)で必ず会っていた人なのです。

今、目の前に現われている人達とは、憎んだり憎まれたり、或いは愛したり、愛されたり・・・・と非常に濃い因縁があるのです。

そしてその縁は前生の前々生、前々々生からのつながりがあります。

今現在の今とは、ほんの一瞬の一コマです。

その一瞬だけでなぜ、「善い、悪い」とジャッジ出来るでしょう。

私たちは、今だけを生きているのではない、永遠(宇宙)を生きているのです。




  
  

2017年10月21日 (土)

ワンネスとは宇宙の根源につながること

 

 
ワンネスとは、法則としてすでにあるものだけれど、自らの気づきなしには知り得ないのだと思います。

その気づきを得ていくために必要なのが愛であり、その気づきを得た人は、生き方に神性が溢れていくのだと思います。

私が思うに、ワンネスとは宇宙の根源とつながること。

そして、今まで分離していたものも、人も、すべてその根源のもと一体であるという大元の法則であると感じています。

例えば、Healing(癒し)、whole(全体)、holy(聖なるもの)のギリシャ語の語源はすべて同じだと言われています。

これをもとに考えてみても、自らを癒すということは、全体・一体となることと同じであり、ゆえに自らも全体も聖なるもの(神性である)ということ。

根源はすべて一緒ということなのでしょう。

逆に、神性に気づき、すべては一つであるという全体を知った時に、自らの癒しも起こる、という言い方も出来るかもしれません。


私たちはみな宇宙の根源、その一体から、それぞれが別個のものとして生まれてきます。

あるいは、別個として存在しているように見えています。

今生に生まれ落ち、私たちは個という存在を持ち、他と切り離された自分は何者なのか、自分は今生で何をしていきたいのか、という問いを持ちます。

“私” という、全体から切り離された個性を探求していくのが始まりなのだと思います。

なぜなら、まず、自分の個性、我というものを確立することがとても重要なのです。

しかし、そのあとに、個からまたワンネスに戻っていく気づきこそが“個” の成長であり、進化なのだと思っています。

その気づきを与えてくれるものこそが、愛なのだと思います。

愛を持って物事をマクロ(巨視的)にもミクロ(微視的)にも見ていくと、その先には必ずワンネスがあるのだということに気づくことが出来るのだと思います。


例えば、昌美先生がよくおっしゃっるテロリストも神性だという事実。

今生を生き、倫理観を持ってテロリストを見ているとその事実が全く見えてきません。

でも、その隠れた事実を知るには、自分自身が愛を深めることに鍵があるのです。

どうやったら、その隠れた事実を本当に肌で理解することが出来るのでしょうか。

それは、神性を理解し、自らの中にある愛を深めていくほかないのだと思います。

本来すべての生命に神性は宿っていて、自分自身がそこに気づくことによって宇宙の根源ともつながることが出来るのです。

すると、別個として存在する生命も、神性から辿ればつながり合っていることに気づき、ワンネスを感じることが出来るのだと思います。

 「私」対「テロリスト」という相対する考え方では、いつまでたっても、見出すことの出来ないワンネス。

でも、私とテロリストを無理やりにつなげるのではなく、まずは私自身に内在する神性を探求していく。 見出していく。 深めていく。

そうすると、今の自分は生かされていること、本来の自分は今思っている自分とは全く違う次元で輝き存在していることに気づき、神聖なる部分が溢れてくる。

そうすると今の自分の欠点や過去の過ちや、将来の不安とは全く関係ない自らの魂への無償の愛が湧いてきます。

それは、雲の上で輝きつづける太陽の存在を見出すと、その後地上のどんなお天気にも左右されずに太陽の存在を信じつづけることが出来るのと同じです。

自分の置かれた地上から上昇すれば、その上に太陽を見出し、太陽は常に輝き地上を照らしつづけていることを知る。

すると、今度はさまざまな地で、場所によっては豪雨や雷だとしても・・・・

そこにも太陽の光は注いでいることをその人は確信できます。

たとえその太陽の光が見えなくとも、感じられなくとも、その人は知っているのです。

その上には太陽が輝きつづけていることを。


同じように、自らの奥に神性を見出せたなら、そこから辿れば、今地上でどんなにかけ離れた生き方あり方をする人を見たとしても、その人の中にも神性があることを知ることが出来る。

そこに愛が溢れてくる。そしてその人とも一体感=ワンネスを感じることが出来るのだと思います。

自己を深め、そこに愛を注ぐと、今生の自分や個性を超えた神性なる魂としての自分を知る。

同時にすべての生命に神性が存在していることも理解し、まるで雲の上の太陽を知るように、それがストンと事実として落ちてくる。

そうすると再び、今生の別の生命、存在を見て、それがどんなに神性とかけ離れているように見えても、大元でつながっている神性を知っているからこそ、そこにも当然ワンネスを感じ、見ることが出来るのだと思います。

でも、これは私たちが生涯を通して高め、深めていく課題なのだと思います。

決して目で見えない法則、・事実を体感するには、またすべてのものにワンネスを感じるには、自らの神性と愛を成長・進化させつづけるのみなのだと思います。

それは魂の喜びとなり、今生の天命ともつながっていくのではないでしょうか。

そんなことを書きながらも、私は今、目の前にいた虫さんとワンネスを感じられない自分に気づきます。

私の課題達成は、まだまだはるかに遠いなと実感すると同時に、ワクワクもします。

なぜならそれだけ、伸び代があるとも考えられるからです。

もっともっと自らの神性を通して宇宙の根源とつながり、そこに愛を注いでいきたいと思います。



無限なるつながり 西園寺由香



感想・・・・宇宙はセパレート(分離、別れ)とユニティ(合一、愛)を繰り返しながら進化創造しています。

人間もそうですよね、人と人との別れがあって、また出会いがある。

それを繰り返しています。

そしてそのたびに愛が深まってゆくのだと思います。

五井先生は他人を愛する前に「自分を愛しなさい」とおっしゃっています。

それは自我欲望の自分を愛するのではなく、神そのものの、愛に溢れた神聖の真実の自分を愛しなさいという意味だと思うのです。

自分を知り自分の奥深くに入ってゆくとそこは宇宙の根源につながっているのです。

その世界には、自分も他人も分離されたものはないのです。

そこで初めてワンネスが感じられるのだと思います。



 

 


   

 

反省は少な目に

  

1.自分が悪かった、自分がいけなかった、自分が駄目だった、自分が至らなかった、自分が馬鹿だった、といつも自分ばかりを責めつづけていたならば、病気になるばかりだ。 なんの進歩もないどころか、一歩もその業の波から抜け出すことは出来ない。 自分を責めることによって、潜在意識は一種の自己満足を感じているにすぎないのだ。 どんなことがあっても、必ず前向きに生きていかなければ、生きているという価値がない。 過去にどんなことがあったにせよ、消えてゆく姿として祈り、反省することによってすべては転回してゆくものである。 自分を責めることは、自分を守って下さっておられる守護神さまをけなしていることになる。

 

2.人は生れ落ちた時から死ぬまで、重荷をしょって生きていかねばならない、という錯覚を抱いて生きつづけている。 錯覚が覚めない限り、一生重荷は自分の人生についてまわる。 重荷のように見えている様々な苦しみは、実際は重荷ではなく消えてゆく姿なのである。 一生涯重荷はついてまわるものでは決してなく、過去の原因が今、結果となって現われてきているのである。 その現われた事柄をギュッとつかまないで、世界平和の祈りの中に入れると、やがて全く消え去ってしまう。

 

3.自分の感情ほど手こずるものはない。 自分の心ほど自由にならないものはない。 だが世の中には、その自分の心も感情も自由にコントロール出来る人が結構いる。 そういった人は必ず強い信仰心を持っているものである。 それは何故か。 自分の心を常に満足させるように、自分の感情を導こうとしないからである。 常に人の為に人のことを第一に考えているからである。 自我の少ない人達である。 



『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版 



感想・・・1.病気になる原因は色々あるのだろうけれど、一番の原因は自分を愛せていないからだと気づいたのです。

人間の本質、本体はエネルギー体で出来ているので自分で自分のボディ(身も心も)を愛で満たしてやらないとエネルギー(霊要素)が枯渇してしまうのです。

守護霊さま、守護神さまは自分が守っている人間が立派になるように必死で導いてくださっています。

それなのに自己批判をすることは、守護神さまを非難していることになるのです。
 


2.今現在の時点で、いろんな問題をたくさん抱えていると、この問題はずっーと、一生つきまとって終らないような気がしてくるのです。

または解決したとしてもまた違う心配事が次から次へやってくると思い込んでいます。

しかし真理がわかってくると、過去の原因が結果として目の前に現われただけなんだ、どんな辛い事柄でも太陽にかかっている雲のように通り過ぎてゆくんだ、とわかったとき、重荷は重荷ではなくなります。

そして想い(重荷)を世界平和の祈り(光)の中に入れてやるとスーッと消えてゆくのがわかるのです。

 

3.宗教という信仰ではなくとも、自分の生き方、哲学を持っている人は精神的に逞しく強いと思います。

それは人生の中でいろんなことが起こったとき、いい加減な気持ちの処理をしないで、逃げずに正面からその問題にぶつかり自分なりの感情の処理の仕方を身につけてきたからだと思うのです。

高齢になってくるとその差がはっきりとわかります。

「このおじいさん、おばあさんは人生をしっかりと誠実に生きてき来られたんだな」・・・と。

そして柔和な穏やかな人とは、決して自己中心的ではなく、常に他人のことを思い遣っています。

そんなお年寄りになりたいものですね。



 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。



  

 

 

2017年10月20日 (金)

禍(災い)を縁として福に転ぜよ



原因結果、原因結果と果てなく輪廻する業因縁を超えるためには、その業因縁をつかんでしまってはいけない。

いかなる業因縁が果として現われようとも、果として現われれば、その因縁はそのまま消えるのだから、消えてゆくという念と、これでよくなる、という善念だけ出せば、運命はその時、新しい善因を記録する。

そうした方法を根気よくつづけてゆけば、その人の潜在意識は、次第に善因縁に変化してゆき、顕在意識の善なる想念と正しく交流して、その人の運命は好転する。

*禍(災い)を縁として、常に福に転じられるように心がけ、修練することが、人間にとって必要なことである。




『日々の祈り』 五井昌久 白光出版 




感想・・・真理(真実)とは、わかってしまえばとてもシンプルで簡単なのです。

今、目の前に現われていることは、過去、過去世で思っていたことや行為していたことが映画のダイジェスト版のように映し出されています。

そのシーンは善いことであれ、悪いことであれ映し出されると同時に消えてゆくのです。

しかし、それらのシーンにこだわって静止ボタンを押してしまうと、消えてゆくことが出来なくなったり、巻戻しボタンを押してしまうとまた、同じシーンがやって来る。(これを輪廻転生といいます)

私たちは善いシーン(プラス)を思い出すよりも悪いシーン(マイナス)にこだわるので、又嫌な同じ出来事を繰り返してしまうのです。

しかしこれまでにマイナスばかりを摑んできた人は、それが分厚い業となりカルマになってしまっているので、そう簡単には発想の転換が出来ないのです。

それを解決するために、お釈迦様やキリスト様などの聖者が現われ、業因縁、カルマを消す方法を教えたのでした。(祈り、座禅観法などで)

その教え、メソッドとは、地球よりももっと精神的に進化した星の教えてなければなりません。

肉体界の3次元を超えた高次元の教えでなければ解決しないのです。

お釈迦様もキリスト様も地球と同じ太陽系の金星に住む人?たちでした。

金星は、過去には地球のような幼い時期がありましたが、とうの昔に卒業し、今は愛の星になり光り輝いています。

その金星の理念(教え)を地球に降ろしたのです。

宗教とは、宇宙を示す教えという意味なのです。

そして、最後の最後(七劫目)に地球を完成(アセンション)させるために宇宙神から降ろされたのが、五井先生であり、その教えが『世界平和の祈り』だったのです。

『世界平和の祈り』は宇宙の理念そのものなので、人間がつくってしまったどんなに強烈な業想念、業因縁、カルマも浄めることが出来るのです。

祈りつづけることで、まず想念(潜在意識)、魂が浄められ、やがて顕在されてくるはずのマイナスの禍(災い)は大難が小難になったり、マイナスの種が無くなると現われることなく、消えてゆくのです。

個人の幸せ、人類の平和は『世界平和の祈り』 から始まり、やがて成就してゆくのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。

   

2017年10月18日 (水)

神さまはこうおっしゃっている

 
 
1.神さまはこうおっしゃっている。

「何故あなたは一人でそんなに嘆き苦しんでいるのか。 あなたのその小さな心ででは到底その重荷を背負いきれるものではない。 あなたの器が大きくなり、自分一人で背負いきれるようになるまで、私が肩代わりしてあげよう。 さあ、すべてを私に任せなさい。 あなたはもうその悩みについて、その悲しみについて、その苦しさについて一切忘れなさい。 考えることを一切放棄しなさい。 私がみんな背負ってあげよう。 その代り必死で真剣に世界平和の祈りを祈りつづけなさい。 朝から晩まで今日一日、心の中に迷いが生じないように一所懸命祈りつづけなさい。 明日は大分楽になっているはずである。 一筋の光があなたの行く手を照らし始めたのです。 安心なさい。」



2.人間にとって最も必要且つ大切なことは、この世的な幸福でもなければ、肉体の健康でもなければ、物質的な富でもない。 それは、神の姿をこの肉体身に顕わしてゆくことである。  本来の肉体は輝いていなければならない。 後光がさしていなければならないのである。 なかなかそこまではゆかずとも、身体中からあふれ出るような愛に充ちていなければならない。 表情は常に明るく太陽のように輝き、心は澄み、目は慈愛にあふれ、清く美しく楚々(そそ)として謙虚でなければならない。 要するに頭の中から、心の中から、身体の中から、すべて神の姿をこの肉体身に顕わす為に、徹底的に神を想いつづけることが必要なのである。 唯々四六時中、神のみを想いつづけることによって、知らず知らず自分自身が輝き変化してゆくのに気がつくはずである。



3.現在のあなたが、今どんな人であろうと、神から忘れられることなく慈しまれ、愛されつづけていることを、決して忘れてはならない。 あなたが神を否定し、神を思わずとも、守護神のほうから、常にあなたの無事を、あなたの幸せを、あなたの平安を守り、導いて下さっておられるのである。 あなたの心が少しでも守護神のほうに向けられたら、どれだけあなたを守りやすく、導きやすくなることかしれない。 それこそ、今までの苦しみは半分以下になるに違いない。 あなたは永久に神に抱かれており、愛されているのである。




『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版

 

感想・・・・1.は肉体人間は本来持っている力のほんの数%しか出せていない。それは本当の自分をわかっていないから、肉体の自分が自分だと思っているから・・・・。 そうではないのです。あなたは神の子、神そのものなのです。それが心の底からわかるには神の波長に徹底的に合わせるしかないのです。そのメソッドが『世界平和の祈り』を徹底的に祈ることだったのです。 

2.神の姿を肉体身に顕わすことが出来たのなら、肉体の健康、物質的な富・・・はすべて整って来るのです。なぜならば神はパーフェクトだから、無限の健康、無限の富だから・・・・。


3.本題とはちょっと違うかも知れませんが、今、3次元的なことがうまくいっていない人が多いのです。 その原因とは?否定的な想念に身も心も覆われてしまっているからです。 そんなエネルギー体になってしまっている。 これだと何をやってもプラスには働かない。 そこで大切なことは、焦らないこと。 すぐに結果を出そうとしないこと。 経済的なことだったら楽をして儲けたり、稼ごうとしないこと。 小額でもいいから愚直に、地道にコツコツ働いて生活をまずは最低限安定させること。 経済的に安定してくると自分に自信が出てくるのです。 器が一回り大きくなります。 そうなって初めて、守護霊さま守護神さまから具体的なビジネスなどのアドバイスが送られるのです。 2人いらっしゃる守護霊さんのうちの一人は仕事のエキスパートであり、肉体人間でどれだけ優れた人でも足元にも及びません。守護霊さんのご加護があって初めて人生も仕事も成功、成就するのです。



  

 

世界平和の祈りの光は過去世を消すことが出来る


  

1.人間は誰でも等しく、二十年前、十年前、数年前に為してきた行動にたいしては、今日もまたその責任を持たなければならない。

時がすでに過ぎ去ったとしても、過去のその行動は、決して消え去ったわけではない。

がもうすでに過ぎ去ってしまった過去の行動に対して、一体どのようにして責任を持てばよいのであろうか。

タイムトンネルの如く、過去の時代に戻り、そこで改めて犯した言葉や行動を悔い改め、反省し、新しく作り変えて現在に戻って来られれば一番よい方法なのではあるが、今の時代ではそうもゆかない。

それでは、本当に過去の罪を消し去る方法がこの世にあるものだろうか?

それはある。それは祈ることである。

過去の消えてゆく姿として世界平和の祈りの中に、すべてを投げ入れ、徹底的に祈れば、タイムトンネルで過去に戻り、自らの手で罪を消し、新しく出発出来ると同じように、祈りの力で、祈りの光で、祈りのエネルギーで過去の罪や行動はすべて消すことが可能なのである。

その効果は絶大である。驚くほどである。

祈らなければ永遠に過去の罪や行動は消えず、現在、未来までもなおその尾は引きつづいてゆく。

世界平和の祈りはすべてのすべてである。




   『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版

 

感想・・・・この文章だけを読むと「そうか、『世界平和の祈り』 とはそれだけ凄いパワーがあるんだ、過去世の業想念、業因縁までも消してくれる、だったら朝から晩まで祈りつづけていれば何にもしなくても守護霊さん守護神さんが悪いものを消して運命を善くしてくれるんだ」 という人が出てくるのです。

これはとんでもない間違い、誤解なのです。

確かに『世界平和の祈り』は宇宙の理念なので時空を超えています。

救世の大光明霊団によって自分や地球人類の過去世の間違った想念行為までも消し去ってくれるのです。

ですから本来なら現われるはずの悪いものが現われる前に消えてしまったり、大難が小難で済んだりします。

しかし問題はそこからです。

未来への新しいベクトル(道しるべ)を創らないとせっかくの素晴らしい宇宙のエネルギーはどこへも行きようがないのです。

だから運命も好転しない、エネルギーはただ漂ったままです。

祈っていると余計な想念(業想念、カルマ)が消えてゆくので直で守護霊守護神、本心、宇宙神とつながります。

そして本当の自分(本心)から新たな、素晴らしいメッセージ(神智)が降りて来るのです。

しかし、そのメッセージをキャッチして行動に移さなければ、何も起こらないのです。

地球上には、働かず動かず、朝から晩まで祈っている国がありますが、先進国に比べ文化も教育も遅れてしまっているのです。

それは行動というベクトルを創らなかったからです。

自分も地球も3次元と4次元、高次元とのバランスが取れてこそ完成するのです。

十字架(真理を表わす)の十字とは、縦の天からのエネルギーと3次元の横のエネルギーが交差し、調和の取れた姿を表わしています。

『世界平和の祈り』によって天(神界・本心)とつながり、神の姿、本来の自分の姿を肉体界に顕わしてゆく。

それが自己完成であり、ひいては地球人類の完成に繋がるのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。




 

 

2017年10月15日 (日)

調和波動気功法セミナーへのお誘い




みなさんこんにちは、お元気にお過ごしですか?

ところで私たちは今、何次元の世界にいるのでしょう?

3次元と思っている人がほとんどだと思いますが、実は確実に4次元へ近づいているのです。

次元が上るとはどういうことかと言いますと、波動(エネルギー)が細かく、優しくなっているのです。

シャワーの注ぎ口の目が細かいので身体にも心にも心地よいはずなのです。

しかし肉体の自分の意識が波動に追いついていないのでもったいないことをしています。

「何を言っているんだ、次元が上っているとしたらなぜ、犯罪が減らないんだ」「争いが減らないんだ」と聴こえて来そうです(笑)

実は、犯罪は格段に減っているのです。自殺者も減っている(調べてみてください)、争いごとも表面的に焙り出ているだけで根の部分は消えかかっています。

しかしマスコミが大きく報じているので増えていると思い込んでいる。 深刻に捉えている。

減っている、少なくなっているから目立ち、ニュースになるのです。

楽観視するのではありませんが、『世界平和の祈り』を祈っていれば絶対に大丈夫なんだ!という信念が大切だと思うのです。

今こそ、俯瞰的に物事を冷静に観て、宇宙から降り注ぐ波動に自分の気を合わせるのです。

そうすれば目にみえる世界は整ってゆきます。

今回の『ゴールデンドア』セミナーのゴールデンとは4次元、高次元のことです。

つまり宇宙への扉です。

意識を宇宙に合わせれば無上の幸せ感が得られます。

それは宇宙には無限のプラスのエネルギーしかないからです。

どうぞセミナーに参加して「自分はなんて幸せなんだ」という至福感を味わってください。






         『ゴールデンドア』

 

 

        
 

★日時 10月29日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  于寿明先生先生講演

★ 大成閣(中華料理)大阪心斎橋

06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 10,000円(小学生4~6年生5,000円)


参加したい人はご遠慮なくグッドムーンにご連絡ください


携帯 080-1444-0018


調和波動気功法

http://www.harmony-wave.jp/



 

  

運命を善くするには守護霊さんと一体になればいいんだ



■『常に祈れ』

(『日々の祈り』 五井昌久著 高橋英雄編 白光出版)

 人間は肉体の他に幽体とか霊体とか神体とかいう体をもっていて、想念波動が常にどの体の中に一番多くの時間を巡っているかということによって、その人の人格が定まり、運命が定まってくるのであります。

 その人の想念波動が常に神体の中を巡っている人は、高い人格者であり、神人合一の境地のいわゆる霊覚者にもなり得るのです。

そこで、いつでも守護霊守護神さんに感謝を捧げつつ、世界平和の祈りをしていなさい、と私は教えているのです。

いつでも守護の神霊の加護に感謝の想いを向けていれば、その人の想念はいつも霊界神界に往っていて、肉体界に神界霊界の光明波動を導き入れ易くなってくるわけです。

ですからその人の人格は自然と高くなってくるし、その人の運命もよくなってくるのです。



感想・・・・上記は短い文章ですが、非常に端的に人間の本質が書かれています。

私たちは肉体の自分がほんとうの自分だと思い込んでいます。

肉体の他にボディ(体)が無いと思っています。

だから魂、心も体の中にあって肉体の死と共に魂も心も無くなってしまうと思っているのです。

ほんとうの自分はどこにいるか?

神界というところで神体として存在しているのです。

そこに意識があるとお釈迦様、キリスト様意識、つまり神意識です。

宇宙の、神の素晴らしい叡知が肉体の自分に降りて来ます。

神の叡知が常駐するようになれば、運命がよくなるのも当然なのです。


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

運、不運とは?

  
 

1.運、不運と人はよくいう。

何も努力せず、出世したりお金が儲かったりすると、運のいい奴だといわれ、一所懸命、人一倍努力し働いても、一向にうだつがあがらず、人にも認められない人のことを、運の悪い奴だという。

一体、運、不運とは何なのであろうか。

運とは突然現われてくるものでは決してなく、「今」が運なのである。

今の一瞬が運をつくってゆくのである。

表面的には仕事の質、量の問題ではなく、心の問題に帰する。「運」とは時々刻々想いの連続によって起ってくる。

人一倍努力したからとか、忍耐したからとか、励んだからとか、働いたからではなく 「絶対にやってみせる」 という信念の積み重ねである。

今の瞬間をも 「絶対に私は出来る」 という想いを持ちつづけるからこそ、自分に運がついてくるのである。

いわゆる心の働きによるのだ。

 

『日々の祈り』 西園寺昌美 白光出版

感想・・・・これまで私は、「努力した結果が現実を産むのだ」と思っていましたが、「絶対にやるんだ、自分はやれるんだ!」という思いの強い人が夢を現実に引き寄せているのです。

いくら肉体的に頑張ったとしてもそこに信念、魂、心が入っていないとエネルギーが弱いのです。

思いのエネルギー、想念エネルギーには凄まじい威力があります。


ただ、想いを実現させても、それが幸せに結びつくとは限りません。


あるぐうたらな男が「5000万円欲しい、5000万円欲しい」と朝から晩まで仕事もしないで念じていたそうです。

宇宙の法則は想いを実現させようとあらゆる手段を模索した、人間は創造主だから必ず想い(イメージしたこと)、想像は、創造されるのです。

ではどうなって5000万円が手に入ったのか?

そこには唯一自分を信じ愛してくれた最愛の母親の死があった・・・・・。

母親が突然事故に遭い、その保険金が5000万円だったのです。

男が途方に暮れたのはいうまでもありません。

邪な想念は、人を幸せにするどころか、不幸にします。

その想念が天の理想ではないからです。愛の想念ではなかったからです。

「世界人類が平和でありますように」

の世界平和の祈りには宇宙、天の理念がすべて含まれています。

宇宙神は、宇宙のすべてが愛に溢れ、調和し、平和になることを願っています。

その理念が世界平和の祈りそのものなのです。世界人類とは宇宙人類のことです。

その中には自分(個人)の願望も入っている、幸せも入っています。

世界の幸せイコール自分の幸せだからです。

しかし自分の、の自分とは我(欲望)の自分ではないのです。

ほんとうの自分(神)が「どうなりたいのか?」「自分のほんとうの幸せとは一体なんなのか?」ということです。

お金持ちになることがほんとう(本心)の幸せだったのなら、きっとお金持ちになります。

しかしそうでないのだったら、違うルート(道)の幸せがやって来るのです。

お金持ちになるか、ならないか?は自分(欲望の自分)が決めることではありません。

神界にいる本心のほんとうの自分が決めることです。

お金持ちになることがその人を幸せにするのなら守護霊さんがきっとそのようにしてくださるのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。


  
お薦め図書 『宇宙が味方する経営』 関西アーバン銀行元頭取 伊藤忠彦著


   
  



 

2017年10月14日 (土)

目覚めは連鎖する(地底人さんからのメッセージ)



Q インナーアースさんは、よく、「目覚めなきゃ」とよく言われますが、地球上に目覚めた人はいるんですか?



地底人 あなた、いないと思うの?



Q いや、いると思いますが、どのくらいいるのかなと思って。



地底人 数なんて関係ないでしょ! 今この瞬間にあなたが目覚めたら、周囲を変えることができる。

一人ひとりがつながっているの。 ネットワークでね。 すべてはワンネスとしてつながっている。

だから、ひとつの場所で目覚めがあれば、他の場所でも同時多発的に目覚めが起きる。

あなたという花がひとつ咲いたら、他の人も開花しはじめるのよ。

要するに、あなたが目覚めたという周波数をまとうと、それは周りにも影響しはじめる。

だから、あなた自身が目覚めることが必要。

どれだけの人数が目覚めたかなんてどうでもいいこと。




Q 目覚めは連鎖するんですね。 よく言われる、「100匹目の猿」のような感じですね。 でも、本当の意味で目覚めた人というと、やはり聖人という気がします。 キリストやブッタ(お釈迦様)など。 そして、やっぱり私たちはどこか普通の人間でしかないと思っていて。



地底人 そんなこと、誰が決めたの?

キリストは、「あなたと私は違う」 と言った? 

キリストは何て言った?「私は神だ」と言った?

彼は、「私は神の子であり、あなたたちは兄弟であり姉妹」だと言ったでしょ。

じゃあ、神もあなたたちも同じであり、そこに上下の関係はない。

私は、あなたたちのことを未発達だけれど、決して、だからダメだとは言っていない。

子供であることと大人であることに良い悪いはないでしょ?

同じ人間として、先に生まれたか、後からきたかという違いだけ。

良い、悪いはあなたたちがそう判断しているだけ。・・・・・・・・・・・・・




『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE


 

感想・・・これまでに地底人さんシリーズをご紹介して来ましたが、地底人(インナーアース、地球霊王さま)が一番言いたかったことは、

「肉体人間よ、自分が何者であるかを知りなさい」、だったのです。

人間は自分のことを「ダメなやつ」「どうしようもない奴」だと思っています。

自分のことをそう思っているのだから他の人も同じように思うわけです。

しかしそれは表面に現われているだけで、奥の本体は光っている、そしてその本体とは神そのものなのです。神とは宇宙神であり、創造主であり、すべては完璧なのです。

人間とはそんな素晴らしい存在なのです。

そのことに気づくことが目覚めです。

今、地球人類を目覚めさせようとして『神聖復活目覚めの印』を組んでいる人たちがいます。

この印を組むと自分が光り輝き、肉体の目を通してもその輝きがわかるようになるのです。

組んでいる人が明るくなり、印を伝授された人も光り輝き、運勢が好転するようになります。

そしてその行為は連鎖してゆき、地球人類が次々に目覚めてゆくのです。

この印は宗教宗派に関係なく無宗教の人も誰でもが組むことが出来ます。

いよいよ、アセンション(次元上昇)の完成が近づいて来ました。

楽しみですね!



  

「解脱」は終わりではない 悟ったとしてもゴールではない

 

 
前生があり、輪廻転生があるとしたのなら死んだ後の未来も当然のごとくあるのです。

生命は永遠である、ということからいえば、死はゴールではないのです。

そして私たちは、創造主であり、宇宙そのもの、大自然そのもの、サムシング・グレートであり、神そのもの、神の子なのです。

宇宙は無限に進化創造しています。 小宇宙である私たち人間も未来永劫進化し続けるのです。

だからちょっと真理(我即神也)がわかったところでそれは最終の悟りでもなければ、ゴールでもない、私たち神の子には永遠に終わりは無いのです。

では、今、私たちの目の前に現われている現象はどう受け止めればいいのか?

それは自分が前生で輪廻転生を繰り返して来た未解決の事柄が宿題として再生されて写って来ているのです。

その問題をどう処理をすればいいのか?

それは解かなくてもいいのです。 

その時(前生)で解けなかったからといって「やり直し!」をさせられているのではないのです(笑)

解かなくてもいいから、それはもう過去で経験をしたことだから、客観視し、俯瞰視して「もう写って来ているこれらは終ったことなんだ、消えてゆくんだ」 と映画鑑賞をしているときのように観ていればいいのです。

そしてそのときに『世界平和の祈り』 を祈り、自分の想念を祈りの中に投げ入れてやると前生での業想念、業因縁、間違った考えだったこと、悲しかったこと、怒ったこと、赦せなかったことなどあらゆる感情が次々に光の溶鉱炉の中で消えてゆき、完全に過去(輪廻転生)は消えてしまうのです。

過去が消えれば後は未来しかありません。

進化するとは、前だけを見て進むということです。

宇宙には未来(神界)しかないのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。

本文


『宗教問答』にある、肉体人間の誕生や前世についての質問に対する五井先生の答えの最後に、輪廻転生の輪から解脱して、それで終わりではない、ということが書かれています。

そこから初めて神の分霊としての人間の第一歩が始まるのだ、という意味のことを説いておられますのでご紹介します。

本論を書くにあたって、このことを私は申し上げたくて、今までペンを進めてきたわけであります。


  最後に、最も大事な真理をお話し致しておきましょう。


  それは今まで説いてまいりました 「転生」 や 「前世」 や 「再生」 などということは、人間の本体の世界、本心の世界のことではなく、あくまでも業想念の世界のことであって、人間本体は常に、神の世界において光明燦然たる光を放ちつづけている、ということであります。

その真理は肉体人間の頭脳で知ろうと知るまいと、厳然たる事実であって、この世や幽界、霊界を往来している人間(霊魂)は、水に映っている影のようなもので、その実体はなく、いつかは消え去ってゆくものであります。

ですから、真理の面から一言にして言えば、人間が自己の前世を云々したり、過去世の因縁や今生の幸不幸にひっかかったりして、一喜一憂しているのは、消え去ったもの、或いは今現われて消え去ろうとしているものを把え、追いかけるようなものであって、あまり知恵のある話ではないのであります。

前世云々と、常に言う人たちがありますが、前生はまたその前々生があり、そのまた前生があるので、いつの時代がその人の運命にいつ現われてくるか、はかり知れないのですから、すべての事物は、皆現われては消えてゆく姿として、その姿に把われる想いを世界平和の祈り、神のみ心の中に投入しつづけていれば、真理の世界にいつかしらず入っていって、自己の神である実体を知ることが出来るようになるのであります。

この大事な真理の話を書き写しながら思ったことは━

 この世界に生まれて肉体を持ったことは、自己が神であることを知るためであり、そのために悲しみや苦しみ、喜びや楽しみを味わいつつ、実体を知るための経験を、今、一つ一つ積み重ねているところであり、その一つ一つの経験がたいへん重要なものである、ということです。

五井先生は始めに、人間本体論を説き、因縁因果論も同時に説き、その上で因縁因果すべてを“消えてゆく姿” と断じ、それを世界平和の祈りの中に投入することによって、本体の自己を現わせるように、観念的にも、実質的にも覚知するように、私たちを導いてくださっております。

因縁因果論も私たちの覚醒にいたるまでの修行に必要なものであり、覚醒に至ればみな消えてゆく姿となって、目の前から消えてゆくものであります。

それゆえ修行として 



 うつりくるものなべて消ゆ消え去ると ひたすら想へ心素直に  五井昌久 


となるわけです。


『神の満ちる星の話』(五井先生が語った地球と人類の未来図)高橋英雄著 白光出版



   

2017年10月13日 (金)

死をハッキリと説く

 

 
先日、義父の七回忌があったのですが、その時にお経を唱えてくださったお坊さんは唱え終わると遺族(6名)が残り正座をしているにもかかわらず、お天気のよもやま話をしたのち足早に帰ってしまったのです。

私たちは何か為になる説法でも聞けるのかと少し期待していたのですが、あれでは「お布施だけが目的だったのか?」と思われてもしかたがありません。

「義父は今どこへ行っているのか?」「元気で暮らしているのか?」「人間は死んだらどうなるのか?」「私たちを見守ってくれているのか?」など、お坊さんであれば知っていて当然だと思うし、またそれを伝えるのが役目だと思うのです。

少しおかしな表現かもしれませんが、お坊さんのような宗教者には、死後の世界を説く、プロであって欲しいのです。

そして死に携わる仕事をしているお医者様、看護師さんなども患者さん、それも子どもに肉体の死後には別の世界があり、生命は生き続けることを語り伝えることが出来たらどれだけ安心出来るでしょう。 死後の世界(他界)に恐怖心を持つことなく旅立てるでしょう。

私は、それが自分の体験したことでなくてもかまわないと思うのです。知識だけでもいいのです。


「嘘も方便」でもいいと思うのです。

他人の死だけではなく肝腎な自分の死に対して、真剣に考える、そして知ることが、今を真剣に生きることだと思います。

五井先生のお弟子さんだった高橋英雄さんが五井先生の死観をハッキリと述べてくださっています。

今は、あやふやになっていること、縁起でもないなどと封印されていること、人間として知っていて当然だったことをハッキリとハッキリさせる時に来ていると思うのです。




本文

 

五井先生は輪廻転生を認めています。

したがって、死後の世界があることも確認していらっしゃるし、死後の世界の様相も教えてくれています。

死が迫った病人に、「死んだらどうなるのか?」と質問され、家人や医師や看護婦が、あるいは僧侶などが 「死んでみなければわからない」 とか、死後の世界のこと、人間の生命の行方のことについて、何の知識も持ち合わせていないがゆえに、曖昧にしか答えられない、あるいは質問をはぐらかしてしまったりすることは、五井先生の説いていることを学んでいる人にはあり得ないことです。

これから死に赴こうとする人の真剣にして真摯なる問いに、少なくとも宗教家が答えられないとは、まことに情けないことです。

五井先生や他の霊覚者のように、死後の世界を見聞し、体験として知っていなくとも、人間の魂の問題、安心立命を扱う宗教者は、神霊について、死後の世界について、知識として学んでおくべきだと私は思います。

死んだら死後の世界がある。

自分という意識がなくなることは、決してなく、魂として生きつづける、と知っていれば、それが本から得た知識だとしても、質問を受けたときに伝えられます。

伝えられた人は、安心して彼の世に旅立つことができるでしょう。

死にゆく人が大人でもなく、子どもの場合、その効果は大きいものです。

死後も生きている、親しい人に囲まれて、という指導のもと、新しい世界で生きるのだ、と知ることは、どんなに子どもの心を明るくし、安らかにするかわかりません。

私は五井先生から耳で聴き、本で読み、死後の世界のことを知りました。

「死んだらどこへゆくのか?」「死んだらどうなるのか?」という真剣なる質問にも答えられます。

真剣にして真摯なる質問をはぐらかして、そのまま放置して平気でいるのは、宗教者として怠惰でありましょう。

お釈迦様は、お経の中でたびたび「これこれこういう前世の因縁で、今、こうなっている」ということをおっしゃっています。

ご自分の過去世のこと、前世のことにもしばしば言及なさっています。

前世、過去世のあることをお釈迦さまは知っていたからこそ、そうおっしゃったわけです。

前世、過去世を認めるということは、来世つまり人間の死後の世界と次の世の存在もご存知であったわけで、お釈迦さまにとってそれはごくあたり前のこと、常識であったでしょう。

けれどハッキリとお経の中で言及なさっていないので、お坊さんもハッキリとおっしゃらないだけで、ご自分の経験として魂の行方、死後の世界のことをご存知のお坊さんがたくさんいらっしゃると思います。

その経験をぜひ表に出して、人々の迷い、不安、恐怖を取り払っていただきたい、と切に思います。

現在は心の時代、と言われますが、その心も肉体に付随する心のことであって、肉体の死滅とともになくなってしまうような、はかない心です。

人間死んだらゴミになるなんて、とんでもない誤解です。

まだまだ物質思想に人は把われております。

人間は死んだあとも生き続けるわけですから、宗教者が導師となって、魂の行くべき世界へ導いていただきたい。

葬式というのはそのための大事なセレモニーだと私は思います。

ただ生きつづけるだけでなく、進化向上している、ということを、五井先生の著書(特に『神と人間』)より学んでいただきたい、と切に思います。



『神の満ちる星の話』 (五井先生が語った地球と人類の未来図)高橋英雄著 白光出版



 

2017年10月10日 (火)

あなたは自分自身に、そして自分の仕事に惚れていますか?(地底人の仕事観)

  


地底人 あなたは、自分の仕事を楽しいと思える? 誰かに自慢したいと思える?



Q 楽しいと思えても、自慢したいとまでは思わないですね。



地底人 じゃあ、人に自慢しなくても、自分がした仕事を振り返って、その仕事に惚れ惚れする?



Q そこまではないですね。それに、もともと日本人は自慢するというよりも謙虚するマインドだと思います。



地底人 あのね、自分の仕事にほれぼれできなきゃダメなのよ!

自分が自分を認めるから他の人が認めてくれるんだから。

すべては “鏡” の関係だから。

そして、あなたが自分の力を出しきるためには、あなたが自分に惚れなきゃ!

そこでやっと、最高の仕事ができるのよ。

楽しいだけでもダメ。あなたは、ワクワクしても、自分を認めていないのよ。




Q そうなんだ・・・・・。

確かに 「自分をなんとか貶(おとし)める」 自虐キャラではありますが。




地底人 それに、もしあなたが楽しんでいないのなら、一緒に働く人たちも楽しめない。

そして、提供されるサービスや仕事も、その程度のものになる。

自分が惚れるほどに、思い切り楽しまなきゃ!




Q2 まあでも、現実には必ずしもやりたいことが、その人の職業になっていないこともありますよね。 つまり、自分にとって楽しいと思えることが仕事になっていない人もいる。 そんな場合は、多少、義務感で働かざると得ない状況の人でも、例えば、「今日は頑張ったし、満足のいく日だった」 と自分で満足できれば、それはそれでもうヨシとすべきですよね。 一応、充実感はあるのだから。



地底人 義務感の中でやってやり抜いたのなら、やっぱりそれは、その程度でしかない。



Q2 でも、もしその程度でも、自分が納得すればその人は不幸じゃないということになりますよね?



地底人 そんな程度で、本当に満足するかしら?

一人ひとり、与えられたポジションも違うし、満足度も違う。

それに、もし、自分の中にこれは向いていない、という思いが少しでもあるなら、すぐにでもそこから退席すべきだ。

それはあなたのやることじゃないのだから。




Q でも、今月のお給料を持って帰らないと家族を養えないという状況の人も現実にはいます。 多少は苦しくても、自分の中で折り合いをつけて 「人生とはこんなものなんだ」と思っている人もいるかもしれない。



地底人 あのね、一人一人が創造主なの。

「人生がこんなものなんだ」と思ってしまえば、そんな経験をしてしまうのよ。

だから、目覚めなきゃダメなのよ。

本当にそれでいいの?




Q そうか、「人生はこんなもの」 と思えば 「こんなもの」 が叶ってしまうと。



地底人 そう。だから一人ひとりの願いはすでに叶っているのよ!

あなたたちのこの世界の捉え方によって、すべてが叶っている!

そして、あとは、それをヨシとするかそうでないか、ということだけ。

あなたたちは社会に合わせようとするけれども、本来ならあなたが創造主なんだから。




Q ある人が、家族を養わなければと辛い環境で働いているなら、その人は、その小宇宙を自分からつくり上げてしまったということなんですね。



地底人 それぞれが経験したいものは、すべて与えられているの。

これが一般常識だと思えば、それが常識となる。

でも、それがすべてというわけでもない。

それにこの世はうつろいやすいから、何ひとつとして固定されているものなんかない。

でも執着や固定概念が自分の世界を形成している。




Q そうなんですね。



『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE  



  



  

2017年10月 9日 (月)

物事は簡単なのです

 
 
1.何事も難しいというのは易しいということがわからないからである。 考えすぎて、すべてを複雑化して捉える習慣が身につき、単純に考える方法を忘れてしまっているからである。 どんなに難解のように見えても、又思えても、原点は実に単純明解そのものである。 宇宙の運行も大自然の法則も、決して複雑なものではなく、単純そのものである。 世の中が進むにつれて、ますますすべてが複雑になってゆく。 これは人間が勝手に作り出しているものである。すべて事に当たる時、まずやらねばならぬことは唯一つ、これは必ず自分に出来る、と思うことであり、易しいと思うことである。

 

2.どうしてあなたはそんなに物を欲しがるのですか?あれも欲しい、これも欲しい。 家も建てたい、車も欲しい、レジャーを楽しむお金も欲しい。 何故、今日もまた無事に生かされていることに、あなたは満足しないのですか? もしすべてが叶えられたとしても、明日生きる保証がなければ、すべてが虚しいものとなってしまう。 神様はあなたが本当に必要とするものであれば、必ず与えてくださるものです。 神に生かされていることに深く感謝すべきであって、決してあなた自身一人の力で生きているのではないのです。



3.さあいつまでも甘ったれてばかりいないで、少しはシャンとしろ。 いつまでもクヨクヨしてばかりいないで、スッキリしろ。 まわりが何でもお膳立てしてくれると思ったら大間違いだ。 いつまでたってもこの状態から抜け出すチャンスは来ない。 自分の力で乗り越えるのだ。 乗り越えようとする心が大切なのだ。 乗り越えられると思い込むのだ。 いつまでも自分を甘やかしつづけると、自分が損をする。


 
4.あなたは今、何を感じて何を見つめて生きているのであろうか? そして何を考えて生きているのであろうか? 明日のこと? それとも将来のこと? 或いは過ぎ去った過去の出来事? 人それぞれにあらゆる生き方を考えているに違いない。 自分の前に現われてきた目先のことばかりに想いや考えを向けないで、つねに二年三年後の近い将来の楽しい出来事を設計し、夢見、心に描いて生活してゆくと、本当にその夢が思ってもみなかったように実現する。 心が常に楽しい将来のことを想い描くため、今、目の前に現実として覆いかぶさってきている種々の苦しみや悲しみに、心が把われることがなくなると、その悩みは自然と通り過ぎて消えていってしまう。 常に心を転換させることが、生きてゆく一つのコツである。




 『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版



感想・・・・人と議論することは大切なことだと思うけれど、その中からアクションを起こすきっかけになる話し合いでないと意味がないと思うのです。

頭の中でどれだけ「ああだ、こうだ」とこねくり回しても机上の空論であるならば、時間の無駄です。

またその議論が建設的な前向きなものであったとしても、実際に動いて変化を起こさなければ何もならない。

それならば考えすぎることをストップして今のこの瞬間、「ヒラメイタ!」ことで動いてみる。

行動を起こした後に「ああそうだったのか!」と納得する。

これも一つの生き方だと思うのです。

人間考え過ぎて善い結果になることなど、絶対にないのです。

それは何故かというと、考え過ぎる、想いすぎるということは、人の想念をもらってしまうからです。(残念ながらほとんどがマイナス想念です)

想うとは相手の心と書きます。

私たちは自分の心(本心)で想い、考えていると想っていますが、想えば想うほど、考えれば考えるほど本心から離れて行っているのです。

素晴らしい神の叡知が宿った本心はどこにあるのか?

それはほんとうの自分がいる神界です。

肉体界(現実界)→幽界(迷いの世界)→霊界→神界(本心)

想う、考え過ぎると肉体界と幽界をグルグルと廻ってしまうのです。

そしてくだらないことで悩み、苦しむ・・・・・・・・・・・。

お釈迦様は、神界(本心)につながるために頭を空っぽにして、肉体(頭)から意識を外して「空になれ」とおしゃいました。(そのために座禅観法を教えた)

キリスト様は、「幼子のようになりなさい」とおっしゃり、老子様は、「無為に為せ」(想いを巡らせて何々の為にしようとするな)とおっしゃったのです。

今こそ、人間は、「無」であり「空」の心境になる必要があると思います。

そのためのメソッドが『世界平和の祈り』 です。

自分の想念(業想念)を世界平和の祈りの中に投げ入れる(唱える)と祈りの光のエネルギーが業想念(ああだ、こうだ)を消してくれるのです。

そして光り輝いた叡知、智慧、神智(メッセージ)が神界(本心)から、降って来るのです。

  

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



*この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。



  






  

 





  

2017年10月 6日 (金)

自殺者を悪く言うなかれ(地底人さんの考え)



 

Q 自殺に関してはどうお考えですか?

日本は自殺を図る人が3万人もいて、自殺大国と呼ばれるほどです。

 

地底人 自殺にもいろいろなケースがあるわ。

それに、今だって、あなたたちは自分自身を殺しているじゃない。

自分自身に病を引き起こし、食べ物やストレスで毒を盛り、じわじわと時間をかけて自分を殺している。

あなたたちは、自殺という形で急激に死に追いやった人のことを悪く言うわよね。

彼らは辛抱強くなかったとか、もっと頑張るべきだったとか、他に道があったはずだとかね。

そういうことで、自分たちのほうが優位に立ちたいから。

だって、自分はそんな思い切ったことはできないし、死なずに我慢しているのだから。

でもあなたたちだって同じじゃない?

自分たちもじわじわと自分を殺しているじゃない?

私からすれば 「どっちが悪い?」 と言われれば、どっちも同じよ。変らないわ。




Q やはり、インナーアースさんからすれば、自殺という事実にも善悪はないということですか?



地底人 自分を殺すという行為は突発的な自殺というものであれ、自分自身を生きずゆっくり死へ向かう生き方であれ、どちらも悪い。

自分を愛していないわけだから。




『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE


  






  

死とは、素晴らしい世界への旅立ちなのです(地底人の死生観)

 
 

“死は自分で選んでいる” 


Q2 私自身の話になりますが、妻を病気で亡くしてしまったのですが・・・・・。

そのことについて、そのような願望が自分の中にあったのではと思ってしまったりするのですが、どうなのでしょうか?

もちろん、当然、そんなことを自分では望むわけはなく・・・・。




地底人 あなた、自分のことを何様だと思っているの?

あなたは自分の人生における創造主であるけれども、彼女も自分の人生における創造主であったはずよ。

彼女にだって、一人の人間としての威厳はあるのよ。

彼女が死を選んだのであり、あなたが選んだことじゃない。

あなたも彼女の人生に加担はしていたけれども、あなたが別に望んだわけじゃない。

自分の終止符を打つのは自分の問題。

彼女だってそのことを自分で選択する権利があるのよ。

あなたが決めることじゃない。




Q2 例えば、最期の時が近づくと 「もうダメなのかな?」などと不安になったりする、そんな自分の内側の気持ちが、実際に外の世界で顕在化して彼女の死という現実をつくり上げてしまったのではないかと思ったりもして・・・・。



地底人 どうしてあなたが 「もうダメなのかな?」 なんていう考えをしたのだと思う?

それは相手から発するエネルギーによって、その意識を受け取ったのよ。

けれども、あなたが 「生きていて欲しい」 という気持ちがあり、相手が 「生きていたい」 という気持ちがあれば、その人を引き上げることができたかもしれない。

死の淵から奇跡の生還をする人はいくらだっているでしょ?
 



Q2 そうなんだ・・・・。 そういう意識を強く持てば、現実は変えられたかもしれないんだ。 



地底人 でも、本人がもう諦めてしまったのならムリ。

もうそこから逃れることを選んだのかもしれない。

生きることだけがいいことではないのよ。ただの体験なのだから。

それに、死ななければ転生はできないでしょ? 




Q ちなみに、こういった家族や身近な人の死などの場合、残された周囲の人々は、そこから何かを学ぶためにそれが起こっているんでしょうか?



地底人 それはあなたたちの自由。意味付けはすべてあなたたちがするの。

この世界で起きることは、すべて現象でしかないのだから。




Q それでは、私たちは、死というものをどのように捉えればいいのですか?



地底人 いい?形あるものは、すべてなくなる。すべてうつろいゆく。

今、あなたたちのその形を留めているものは、いつかはなくなる。

それは、喜びでもあるのよ、新しい再生へのね。

時がうつろい、周囲の景色や人々など万物がうつろう中で、自分一人だけが同じ肉体を持ち、何も変わらないままの自分を留め続けることは、果たして、喜びになるかしら?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE



感想・・・・・私ごとで恐縮ですが、私の父(84歳)は今、無事に手術を終え退院出来る状況になりました。

しかし入院中にベットで寝てばかりの習慣がついてしまい、足腰がかなり弱ってしまったのです。

私は、「手術が成功してよかったね、命拾いしたのだからしっかり、リハビリして100歳まで生きてよ」と言うと父は、「もういいよ、そんなに長生きしたいとは思わない、あと2、3年生きられたら十分だ」と言うのです。

このときハッキリと私は、「親父は死ぬ時期を自分の意志で決めている」と思ったのです。

これは高齢の父だから言えるのではなく、若くして病気で苦しんでいる人、事故で亡くなる人、自殺を考えている人も同じだと思うのです。

人間はこれまでに何百、何千、何万回も輪廻転生を繰り返してきました。

なんのために? それは死に変わり生まれ変わりをするたびにいろんな体験を積むためです。経験、体験を積まないと本心が納得しないからです。

体験を通して多くを学ぶために、学ぶためには生と死という節目があれば成長しやすいのです。

そして肉体人間の死は、永遠の死ではない。

肉体界を離れても生命は幽界、霊界、神界で未来永劫に生きつづけているのです。

肉体界で経験を積む必要が無くなったら、肉体を離れます。

このことを仏教では、往生(生きて往く)、他界する(他の世界へ行く)と言います。

その時期、死期を寿命といいます。 ほんとうは寿、本人にとっては喜ばしいことなのです。(肉体人間の自分は気づいていないかもしれませんが、奥の自分は知っているのです)

美しいエネルギーの世界、霊界や神界、または他の星へ行くことが出来ます。

周りは肉体の死を「かわいそう」「まだ若いのに」「もっと生きて欲しかった」と思うのですが、本人はわかっているのです。(死期を)

死生観とはみなそれぞれ違うと思います。

しかし真理を知った上での死生観はいいのですが、間違った死生観(死を永眠などと言う人達がいます)はいたずらに生きている人間、亡くなった人の想念を傷つけ、汚すのです。

ひいては、地球人類の集合意識もネガティブなものになるのです。

正しい死生観を身につけることが肉体界を明るく生きてゆくメソッドだと思います。


  
お薦め図書 『神と人間』 五井昌久著 白光出版


 

 


  
  

2017年10月 5日 (木)

親と子と夫婦

 

 
1.母の愛ほど無私の愛はない。 愛するわが子のために、わずかな食物を自分が食べずに子に与えても、与えたという心を起こさず、夜も寝ずに身を粉にして働いても、わが子のために働いたという心を抱かず、病む子を一生を通して看護しつづけても、決してわが子を看護してやったという想いも起さない。 かえって与えることが喜びと生きがいになっている。がこれが夫や他人となると、まるで違ってくる。 すべてがしてやった、与えた、と心が変わってくる。 誰に対してもわが子に対する愛が施されたら素晴らしい、と思うのであるが。


 
2.子供は天性、素晴らしい才能をもって生まれている。 それを伸ばすか否かは、親の教育にかかっている。 子供の欠点ばかりをみて、いつも小言やどなり声をあげる親と、長所を出来るだけ探してその長所をどんどん褒めてあげる親とでは、後者の方がずっと子供は伸びる。 どの子も長所短所は兼ね備えているものである。 短所を認めず、長所を伸ばせば、子供は理想的に育ってゆく。

 

3.結婚とは、お互い全く違った者同士が出会い、結びついて、新しい世界を創り出してゆく、そして二人の個性が交流しあい、お互いがお互いを尊重しあい、認めあい、許しあい、助けあいながら調和しつつ完成されてゆく。 それはあたかも一人で飢え渇いて、どうしても充たされなかった部分が癒されて充たされていくようである。 それは全く異なる原子、水素と酸素が出会い、水という新しい物質を生み出すのに似ている。 結婚することによって、今までの自分より一層美しく開花していかなければ真の結婚とはいえない。


 
4.そんなに夫の顔をみるのも嫌か?そんなに妻と口をきくのも嫌か?お互いが吐き気をもよおすほどの夫婦ならば、何を迷うことがあるか。 即刻別れるべきである。 今更何が世間体だ、何が子供が可哀相だ。そう思うなら、何故もっと早くからお互いがお互いを理解しようとしないのか。 今からでも遅くない。 お互いの長所をもっとみるべきである。 人間は誰でも想い次第で変ることが出来るのだ。



5.今、あなたが突然この世と別れを告げなければならなくなった時、今日までの生きてきたことに対して、後悔はないか。 充分に夫や妻の為、子供たちの為に尽くしてきたか。仕事を精一杯働いてきたか。 自分をとりまくまわりの人々に愛と思いやりと親切をふりまいて来たか。 神々に日々の感謝を捧げてきたか。これらのことが一切心にひっかからなければ、何の悔いも残すことは無いであろう。 だが一つでもひっかかることがあるとしたら、今からでも決して遅くはない。 いつ死んでもよいように、いつ召されてもかまわないよう、日々行動を悔い改めるべきである。



『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版

 


感想・・・私は『世界平和の祈り』を祈ることによって自分も地球世界も整ってゆく、平和になってゆくといつも述べているのですが、3次元のこの世的なことを誠実に行い、守るべきものをしっかりと守っていなければ、いくら口で立派なことを言っていたとしてもそれは何の説得力もないのです。

社会的に成功し地位もあり多くの財産を築いている人が、案外家庭内がぐちゃぐちゃであったりします。

家庭を顧みなかったから犠牲にしたから成功したんだ、というのはいいわけだと思うのです。

なぜならば家庭生活の延長が社会であり、国であるからです。

家庭はすべての組織の基本、基礎、原点になります。

家庭の調和を保てる人はどこへ行っても大丈夫なのです。

ですから基本が出来ていない人は次を語れないのです。

3次元の終わりが4次元につながっています。

3次元の扉を開いて次の世界(4次元、多次元)へ行けるのは、3次元を精一杯生きた人だけなのです。

一生懸命に努力してそれでも破綻した親子、夫婦関係であるのならそれはしかたがないことです。

しかし調和させよう、愛を与えようと努力する気持ちが大切です。

なぜならば高次元の世界は、無限なる愛、無限なる調和、無限なる平和の世界だからです。


  

病気になるほんとうの原因とは?


 


【愛情を求めるがゆえに病気になる】

 

Q2 次は健康についてお聴きしたいのですが、健康を害して病気になる場合は、それはやっぱり自分の内側の意識がつくり上げてしまっているわけですね?
 
 

地底人 そう。
 

Q2 ということは、意識を変えることができれば、病気も治るわけですか?

たとえばそれが、手術を必要とするような大きな病気でもそれは可能?
 

地底人 そう病気は治る。

自分を愛していれば、病気にもならないし、怪我もしないし、事故にも遭わない。




Q2 病気になるということは、自分が病気になっている状況をつくりたいという意識がどこかで働いているわけですか? 



地底人 そういうこと。

要するに、ここでも愛情が足らないの。

子供を見ればわかるでしょ。

子供は愛されたい、甘えたいときにわざと仮病をつかって母親に甘える。

病気になる人も、愛が欠乏していることを訴えているの。




Q 例えば、病気の途中でそれに気づき、健康になろうとします。

そのときに、自分を愛する、自分を大切にするというのは具体的にどうすればいいですか?

これまでのライフスタイルを変えるとか、健康的な食生活をするとか。




地底人 とにかく自分に甘えること。

病気は「自分自身を愛していいのよ」という状況がつくられたものだから。

でもあなたたちは、そのサインを無視して無理やり治療しようとする。

そして病気を “悪いもの” とみなしてしまう。

せっかく自分のことを 「愛していいよ」 というタイミングが訪れたのにね。

それを拒絶する。

そして、たとえ熱が出たり、辛い状況でも、自分をごまかして休まずに働く。

それも、心から好きではない仕事をね。

そんな風に、どんどんとストレスという名の毒を自分に盛り続けるから、病気がもっとひどくなる。 

まずは受け入れなきゃ。 

その痛みが何から来ているのか。

そして、痛みをじっくり味わうの。

そして、何が自分の中でひっかかっていたのか、足りないのか、何を解消すればこれは癒されるのかに気づかなくてはダメ。


それなのに、あなたたちは、そんな自分をごまかすか、すぐに治療をしようとする。

そして、薬などで抑えて治ったと思い込む。

でもそれは、自分を麻痺させて、痛みをどこかに追いやっただけ。

こうして自分を否定し続けていると、細胞は生まれ変わることができなくなる。

自分を否定しているということは、違うものになろうとすることだからね。

そして、結果的に、自分を拒絶し続けると癌になってしまう。

そして癌は、どんどん転移する。




Q そうやって、取り返しがつかなくなると、死に至ってしまうわけですが、それも自分の選択lになるのですか?



『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE




感想・・・「病は気から」と言いますが、ここまで病気とは精神的なものが大きかったのか、と気づくのです。

そして「最高の名医とは自分自身である」という言葉のように自分の体のこと心のことを一番わかっているのは自分自身なのです。

だからやっぱり自分とは何者なのか?がわからないと何も解決しない。

病気とはそのこと(我即神也)に気づかせてくれる守護霊さまからの愛のムチなのかもしれません。

自分とは神そのものだから(か~あ み~い)、愛そのものだから自分を愛さなければ、不調和な状態(病気、貧乏など)が起こるのです。

そして自分を心の底から愛し、赦すことが出来たら他人も愛することが出来るようになる。

そして自分と他人は一体だった、同じ光から分かれた分け霊(分霊)であったことがわかるのです。

 

 

 

2017年10月 4日 (水)

意識は現実を創造する

2013年5月25日 (土)に書いたブログなのですが、すっかり書いたこと(内容も)を忘れていました。

自分が創造主(神)であることや、自分と他人は一つに繋がっていることなどは、なんとなくそのように思えるのですが、科学的に説明することは難しいのです。

そこで、西園寺昌美さんがとてもわかりやすく、目に見えない“意識” について述べてくださいました。



今から書き写していくことを全文載せると、あまりにも今の世の中の状況(意識レベル)とは離れているために面くらうことになると思います。


ですから私が皆さんが受け入れられるだろうと思うギリギリの線で端折ったり、中略して、文章をつなげたいと思うのです。

書いている西園寺昌美さんには大変申し訳ないのですが、中途半端なのかもしれませんが、素晴らしいことを書かれているのです。

ほんとうは全文を載せたいのです。

しかし、あまりにも高過ぎて(意識レベルが)読んでいる皆さんが理解出来ず、反発するようでは本末転倒になるからです。

興味のある人は是非、全文を原文のまま読んで頂きたいと思っています。

端折っていても十分、宇宙の神秘、真理の素晴らしさ、は伝わると思います。






私は専門家ではないため科学の理論や用語はよく分かりませんが、宇宙子科学の交流をしているうちに、おぼろげながらもだんだん分かってきたことがあります。

意識やDNAについてよく考えてみると ━ まず肉体があり、耳があります。 その一つ一つのもっと奥深くへ入っていくと、すべて細胞、タンパク質で出来ています。

一人の人間は、60兆の細胞から成っています。 その細胞は原子で構成されています。

原子は素粒子の集まりです。

そして光子なども存在します。 そのようにしてとことんまでいくと・・・・・・それでも物質です。

DNAも物質ですし、素粒子も物質です。

しかし素粒子レベルで見ると全部がつながっているのです。

世界中つながっているし、宇宙空間にもつながっています。

そして、宇宙空間は宇宙子で満たされています。

宇宙子とは何か。 宇宙神そのものです。 宇宙神そのものとは何か。 

それは大自然であるし ━ ですから大自然そのもの、宇宙そのものを “神” の総称とする科学者もいます。

要するに、私たちの肉体も、一つ一つ全部つながっているのです。

北朝鮮にも韓国にもアメリカにも中国にも全部つながっています。

しかし、想いが3次元の世界、空間、時間、物質に把われて、多くの人は分離を意識しているため、“意識は行っていない” “救われない” “私は何も出来ない” “私は命令に従ってやるだけだ” と思っているのです。

意識は創造する力です。 意識は現実なのです。 これをよく覚えていてください。 意識は現実です。

自分が思ったことは必ず現実に映されるのです。 これは宇宙子科学で証明されつつあります。

思ったことは現実になる ━ 私は普段、宗教として 「想いはすべてこの世に映される」 「自分の感情は必ず自分に返ってくる」 「自分が激怒すれば激怒が返ってくる」 とお話ししています。

意識即創造力です。 意識は創る力であり、自分が意識したものが現実に現われる。

そして自分が創造したものは、必ず自分が体験することになるのです。

自分が体験するためにそれを現わしたのです。

ここが大事なところです。 固定観念につながっている科学者や物理学者は、このことが分かっていません。

感情が大事、意識が大事なのです。 ・・・・・・(中略)・・・・・・・“つながっている” という状況について、宗教的にお話しいたします。

皆様にも体験があるはずです。

ある方に電話しようと思った時に、相手からかかってくる。それはこちら側の “電話したい” という意識を相手がキャッチして “電話をしよう” と思ったのです。

こちら側が行動する以前に、意識が素粒子レベルでこの宇宙空間を伝って、相手に届いているのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・皆様方は創造者です。 しかし、多くの人は自分を創造者だとは思っていません。

創造者イコール宇宙神、またはイエスや仏陀といった方々が創造者で、その方々に対して自分は普通の肉体人間だと思っている。

それを傍観者というのです。

ただ見ているだけ、言われたことをするだけ。

意識の中では誰もが批判も喜びも歓喜も賛同も表わしているのに、自分からは動こうとはしないのです。

しかし、皆様方は自分から動こうとしています。

自分は世界を変えられると思っています。 神人が思うことは地球のことのみ、人類の幸せのみ、人類の平和のみでしょう! 自分が思うこと、言っていることは必ず現実に現われます。

そして必ず自分はそれを体験するのです。

自分が創造者なのですから。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    

          西園寺昌美 白光誌 6月号より

地球の中心には、地底人が住んでいるのです


  

ガリバー旅行記という童話の中でガリバーは7つの国を訪れる。
 
その中で、巨人の国があって、そこはみんなが穏やかに農作業をしながら平和に暮らしている国だったという。
  
実はこの国が地球に存在しているのだ。それも地底に・・・


  
ミコスの身長は4.6メートル、
 
年齢は48万3000歳!


私の身長は15フィート(約4.6メートル)、頑丈で雄牛よりも力強いです。私は小川を飛び越え、川を歩いて渡り、まったく疲労なく最も高い山々を登れます。私は48万3000歳を超えていますが、完璧な状態です。空洞地球の誰もがそうであるように、私も完璧な霊性の中に留まっています。霊性の低い思考形態はここには存在せず、私たちが考えることはすべて実現します。それが生命の法則です。あなた方も地上でこれを悟り始めています。


地球の中は土になっていて、中心にはマグマがある。
ずっとそう思ってたけど、まさか1600メートル下には地球上の人類よりもずっと進化した地底人が住んでいたなんて・・・
これは空想でも仮説でもなんでもありません。
地底に意識を向ければだれでも上記のミコスさんともアクセスできるのです。
このことは長い間封印されて、知らされてきませんでしたが、次々に交信できる人が出てくると隠しようがありませんよね。
  
地球の神秘、地球のすごさ、人間の無限の可能性を実感しましょう。

   


 
空洞地球   ダイアン・ロビンス [著] ケイ・ミズモリ [訳] 徳間書店
  超シャンバラ ダイアン・ロビンス [著] ケイ・ミズモリ [訳] 徳間書店

お金に対する地底人(インナーアース)の考え方

 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地底人 お金持ちになりたいの?
 

Q お金はあったほうがいいと思います。
 

地底人 なぜなの?
 

Q お金があると、物質的にも豊かな生活が送れるし、いろいろな体験をすることができる。

そしていろいろな場所へも行ける。
   

地底人 でも、たくさん持つ必要はないでしょ?

あなたに必要な分だけもらえればいい。 あなたたちは、お金はたくさんあればあるほどいいと思っている。

でもそうじゃない。

あなたたちが、お金というものを持てば持つほどいいという概念をこの世界でつくり上げたから、今のような消費社会ができてしまった。

じゃあ、こちらから訊くけど、お金持ちの人は皆が “豊か” なの?

すべの人がそうではないはずよ。

あなたたちが必要なポジションにいて、必要な量を自分でわかっていれば、常に豊かでいられるはず。

それなのに、あなたたちの意識は、いつも外へ外へと向かっていく。

目に見えるもの、形のあるもの、物質的なものへとね。

それらはうつろいやすいものなのに、それが確実なものだと思っている。

あなたたちは眠っているのと同じよ。

 

Q2 でも僕らは、ご飯を食べないと生きていけないでしょ?

最低限のお金はないと生活できないからね。

 

地底人 今、食べられないの?

 

Q2 今は食べられますけれど・・・・・・。

例えば、突然不意に怪我をして、働けなくなってお金も尽きてしまった、というようなケースだってあるでしょ。

そうすると、食べることさえもままならなくなる。

 

地底人 まず、「怪我をする」ということは、自分自身に価値を置いていないから怪我をするの。

あなたがあなた自身を愛していないと病気にもなってしまう。

それは自分を満たしていないということ。

でも今、あなたには蓄えがないわけじゃないでしょ?

あなたたちには、必要なものは入ってくるの。

それをあなたたちは信じていない。自分を信じていないから。でも、お金があったとしても、もし災害などがくれば、お金はただの紙きれよ。何の価値がある?

 

Q 理想的な社会は、本来なら物々交換なのかもしれませんね。例えば、自分のつくったお米を隣の家でとれた野菜と交換するとか。

 

地底人 もし、あなたが自分自身に価値を見出せないのなら、その物々交換でさえも価値判断になってしまうから意味はないわ。

だからこそ、あなたは、自分自身を認めることが大事なの。

自分をどこまで満たすことができるのか、自分にどれだけのものが必要なのかがわかれば、たくさんのものは必要ない。

それはお金であれ、他のモノであってもいっしょ。

あなたの世界は物質でできているから、あなたたちはすぐに何かを欲する。

そして、自分の価値がわからないからこそ、お金やモノで自分を満たし、安心しようとする。

あなたたちは、常に不安を感じている。でも、お金を持つと、それはそれであなたたちは不安になる。

もちろん、お金がなくても不安なわけだけれどね。

本来なら必要なものは入ってくるということを知っていると、すべてのことが円滑にまわりはじめるのに。

あなたたちは、たくさんのものを持っているのに、常に飢餓状態だ。

自分にとって必要なものは何であるか知らなくちゃ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE

 

 
感想・・・物質的なこと(お金を含む)は、目に見えないエネルギーが調ってからでないと整ってこないのです。

しかし、分相応という言葉が適切かどうかはわかりませんが、もう充分に満たされて整っているのに、「まだ足りない、もっと欲しい」という気持ちがあるのならば、それはもうただの駄々っ子でしかありません(笑)

そんな中で、文中にある「必要なものは必ず与えられる」「困るようなことは絶対に起こらない」というインナーアース(地底人)さんの言葉は、すごく安心します。

昔、日本にはこのような文化がありました。

江戸時代の江戸っ子の「宵越しの金は持たねぇ」です。

その頃の人たちは、お金というエネルギーを溜めすぎることによって起こる弊害(マイナス現象)に気づいていたのです。(エネルギーは流すことによって現象面は正常化するのです)

でもその日暮らしをしていたら、アリとキリギリスの童話の話みたいに病気になったときに困るだろう?と思ってしまうのです。

しかし地底人は病気になるのは、自分を愛し大切にしていないからだとおっしゃっています。

自分を愛するとはどういうことなのか?

それは自分とは、偉大な存在であることに気づくことです。

「我は神の子なり」と気づいた瞬間から自分を真に愛することが出来るようになるのです。

世界平和の祈りや印(我即神也・人類即神也)は、「自分は何者か?」を思い出し、より確実にし、覚醒する、させるために祈り、印を組むのです。


  
   

五井先生語録



■私はネ、皆さんが歩いていても、寝ていても、茶碗を洗っていても、ご飯をたいていても、お香こをきざんでいても、世界人類が平和でありますように、というこころが出てくることを願っているのです。お祈りといいますと、ただ座ってやらなきゃいけないものと思うのは間違いです。

ひまがある時は、ちゃんと座って祈り統一することはいいけれど、ひまがない時には、自分の仕事をしながらお祈りしていればいいのですよ。日常茶飯事、二十四時間プラスアルファお祈りができるわけです。

 

■人間は自分の利害関係に敏感である。そこから不平不満が生れる。不平不満をなくすのは祈りより他にない。

■もし会社の中に、会社の経営方針、やり方について不平不満があるものがいたならば、その者をいつまでも会社においてはいけない。会社の調和を乱すからである。

■私はお互いの心がハッキリとわかり合えるのが不思議でもなんでもなく、当り前であると思う。未来の新しい世界というのはそのような世界である。

 

■体は病むことがあっても、心まで病気になってはいけない。

 

■運勢は時には衰え、時に上昇する。しかし信仰が深くなり、つねに守護霊守護神とつながっていると、その人は運勢をこえて運勢に支配されなくなる。

  

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

  

感想・・・一番最後の運勢のことですが、不運というのは、守護霊守護神としっかりとつながっておらず、肉体界を一人で、我で生きていたから起こっていたのです。
自分の運命は、一分先もわかりません。暗闇を灯り無しで歩くようなものです。
私たちはとても危なっかしい生き方をしていたのです。

感謝は光です。その光が守護霊さんに伝わって守られやすくなるのです。
守護霊さんに頼るのは、依存するのではないのです。
なぜならば、自分は神(創造主)であり、守護霊、守護神でもあるからです。
神である自分自身に頼るのです。


 

 

2017年10月 3日 (火)

世界平和の祈りは五井先生と神界との約束事



【明かされた神界との約束】

 

どんな祈り言にも神秘力が伴うのは、地上の提唱者と神界の神霊との約束事が結ばれているからである。

ただ単に美しい言葉だから、そして言葉に力があるから、というだけではない。

人間の頭で考え出したどんな美辞麗句も、神さまあるいは仏如来、あるいは観世音菩薩、または霊(神霊)の力と結びついていなければ、力はない。

力とは浄める力、救う力である。つまり祈りの実力である。

ああいい言葉だな、だけで終ってしまう。あるいは人間の苦しみ、悩みを天に訴え、天に救ってください、という人間の叫びだけになる。

祈りそのもの、神名そのものに神秘なる力があるのは、そのバックグラウンドがあるからである。

念仏に人を救う力があるのは、アミダ仏という仏如来との契約があるからである。

念仏する人すべてを救い上げる、というアミダ仏の誓願が成就しているからである。

世界平和の祈りも同じように、地上の提唱者五井先生と、神さま仏さまとのあいだに約束事が交わされ、この祈りを祈るところ、祈る人に素晴らしい大光明を降ろす、つまり大光明が輝きわたる、ということになっている。

昭和32年の白光誌2月号に、世界平和の祈りについて、

「この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです」と初めて発表された。

この文言を発表したのは他ならぬ五井先生である。

それまでは救世の大光明という言葉も、五井先生と神界との約束事という言葉も、五井先生の中に隠されていた。

五井先生は事を始めるのに、とても慎重なところと、ズバリそのもののとても大胆なところがある。

世界人類が平和でありますように、という祈り言葉を正式に発表するのにも、慎重だった。

慎重というより、時を待っておられたようだ。

祈り言葉が整ってくるにしたがって、祈り言葉を唱える光明力が目に見えて巨大となり、大光明となって溜まってくるまで、そのダムに光明があふれ、限界点に達し、やがてその一部が堰を切って流れ始めたことによって、初めて先生は、民衆の前に、これを発表されたと思うのである。

世界平和の祈りの源は、五井先生が直霊と一体化する前、すでに神霊側に用意されていたが、五井先生が直霊と一体となり、自分の中に平和思想、祈りの哲学が成熟し、大光明となって現われるに及んで、救世の大光明の中心者から五井先生に 「かく祈れ」 と命が下されたにちがいない。

だから五井先生は、教えも祈りも、肉体の私が発明したものではなく、神から、救世主から直接発せられたものである、とおっしゃっている。

「救世主みずからが、やれ、とおっしゃっているのだから、すごい力があるんですよ」とも後年おっしゃっている。

しかも 「この祈りは五井先生と神界との約束事」 と明記されている。

一柱の神、一如来、一仏、一体の観世音菩薩とのあいだに結ばれた約束事ではないということだ。

仏教に十一面観世音菩薩という観音さまがいらっしゃる。この観音さまの誓願に、「すべての人(民衆)が救われなければ、自分は菩薩界に戻らない」とある、ということを、ある小説を読んでいて知り、感動した。

人類が一人残らず救われるまで、菩薩界に戻らず、地上界、幽界にとどまって、観音行をつづける、という守護霊守護神の権化のような姿である。

 

一体の十一面観世音菩薩でさえ、いのちをかけてそれほどの光明力を人類に注いでいるのである。

その観音さま、仏さま、如来さま、神霊、守護神たちという、神界(仏界)に住む、オールキャストが一つになって、その光明力を集団的に発揮するというのが、五井先生と神界とのあいだで結ばれた、世界平和の祈りの約束事であるから、その光明力たるやそれはすごいものだ、と容易に推測できるのである。




 『神の満ちる星の話』(五井先生が語った地球と人類の未来図)高橋英雄著



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます
 

感想・・・・世界平和の祈りの凄さ、いや凄まじさは肉体の五井先生が頭で考えた言葉ではなく、聖者になってから意識が神意識になってから神界の最高霊位の宇宙神さまから授かった言葉だったのです。

そしてその宇宙神の中には、観音様、菩薩様、仏さま、守護霊守護神、金星の長老、エンジャラスカラー様(波動の神様)、宇宙天使、お釈迦様、キリスト様、老子様、地球霊王さま(インナーアース)・・・・・などありとあらゆる神様、仏様がおられ、

その方たち?が一堂に会し世界平和の祈りを祈る人を応援してくれているのです。

こんなに心強いオールキャストを持った祈り言葉はないのです。

そして私たちは肉体界を去って霊界神界、そしてよその星に行ったとしてもそこでもやはり『世界平和の祈り』を祈りつづけるのだそうです。

祈りは一生ものではなく、未来永劫永遠に続くのです。

それは宇宙共通の祈りだからです。

私は改めて世界平和の祈りに感嘆したのでした。

こんな凄い祈りなら

「自分も地球世界も同時に幸せに、平和にならないはずはない」

と思うのです。




  

 

 

常に世界は変化している

 

 
今、『地底人に怒られたい』を読んでいるのですが、私たちが今、目の前で起こっていることに対して、ほとんどの人が『変化』していることを、ネガティブに受け取っていると思うのです。

例えば、病気になったことを死に直結する悲しい現象だと思う人もいれば、「働きすぎだったかな?ちょっと休んで英気を養おう」と考える人もいる。

恋人との別れを「この世の終わり」だと悲観する人もあれば「もっといい人が私を待っているチャンスだ!」と思える人がいる。

考え方一つだともいえるのですが、そうではなくもっと深いところで私たちは動いているのです。

守護霊によって動かされているという表現も出来るのですが、私たちは創造主(神)であるのだからほんとうは自分で自作自演をしているのです。

そして自分に必要な経験、体験を積んでいるだけなのです。

そのことがこの本を通じて客観視することが出来ました。

文章は中抜きをしているので完全に理解出来ないかもしれませんが、その場合は是非本を買って紐解いてください(笑)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Q そうすると話を戻すとして、結局今、私たちが各々厳しい状況に直面するのも、目覚めのステージにあるということなんですね?

リストラにあったり、経済苦境に直面することも。

 

地底人 そう。だいたいリストラというものはね、

その人が自分でその場を去ることを決められないから

周囲が代わりに決めてくれるものともいえるのよ。

要するに、リストラされる人も周囲も内在する意識は同じなのだから。

その人にとって居場所じゃないことを教えてくれているんだ。

でも本人にとってみれば、そのポジションに執着をしているから、

それがリストラという表現になる。

だからその執着を切ってしまえばいい!

 

Q 本来の場所へ行くための適切な “移動” であるともいえるんですね。

 

地底人 あなたたちは変化を怖がる。でも、本来ならそうあるべきじゃない。

変化があるからこそ、進化し続けるものなのだから。

何も変化せず常に平安があるなら、進化などしない。


 

Q そうすると、今、私たちが大きな変革の時を迎えているのなら、

これからどこへ向かおうとしているんですか? 人類のこの長い歴史の中で。

 

地底人 あのね、あなたたちは、すぐに何かの概念に当てはめようとする。

“大きな変化の時” みたいな言い方は、あなたたちが勝手につけているんだ。

常に形を変え変化することは、今にはじまったことじゃない。

どちらにしても、あなたたちに意味のあることしか行なわれていないのだから。

それに今、こういった変化を体験したいから体験しているの。

  

Q 例えば、“大きな変化” と呼ばれるものには、地震などの天災なども含まれると思いますが、災害などでなくなってしまう場合などはどうなんですか?

決して、そのような体験を望んでいるとは思えないですよね。

 

地底人 あのね、天災とは悲しくて辛いこと、悪いことだとあなたたちが勝手に決めたんでしょ?

だいたいあなたたちは、執着があるから死を恐れている。

でも、すべては永遠なんだ。

あなたという魂の長い歴史の中における経験やストーリーは、死んでも決して消えることはない。

それはきちんと記憶として残される。

起きることは、変化における一部の過程でしかない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『地底人に怒られたい』 町田 真知子 VICE




 




  

2017年10月 2日 (月)

地底人に怒られたい

 

タイトル「地底人に怒られたい」を読まれて、なんのこっちゃと思われた方もおられると思います。

私はこの本を買ったばかりでまだ最後まで読んでいないのですが、面白いのです。

まず地球の中心は空洞ではなく、地球人類よりも進化した人々?が住んでいることをお伝えしておきます。

昔本で読んだ『ガリバー旅行記』に出て来る巨人とは地底人のことなのです。

そして、今、地底人は昔のように地上に出てきて、一般人の中に混じって生活しています。(背が異常に高いとは限りませんが)

今、地球は大、大、大変革の真っただ中にあります。

それは、宇宙の大イベントである地球のアセンションを控えているからです。

これまでの地球は6度の次元上昇に失敗し、今回の7回目で成功することになっています。

この節目のことを七劫目(ななこうめ)というのです。

七は宇宙の完成された数字を表わします。

では、宇宙人をはじめ、宇宙人の進化した星の先輩たちは、発展途上星の私たち地球人に何を伝えようとしているのか?それがこの本に書かれています。

その一番の目的とは、「地球人よ真理に目覚めよ!」なのです。

目覚めるためには、優しい言葉では目を覚ましません。

厳しい、時には震え上がるほどの峻厳さがあるのです。

しかし耐えられない試練は与えられないのと同じように、厳しくされて萎えるような人には神様は叱咤しないのです。

この本の著者である町田真知子さんもそんな根性の座った魂の高い人だと思うのです。

町田さんの指導霊は、守護霊さんはもちろんいらっしゃるのですが、地底人の神霊だったのです。

これからたくさんの人が覚醒していく上で、指導霊は誰になるのか?わからないと思います。

お釈迦様やキリスト様のような聖者・賢者であるのか?金星の宇宙人なのか?地底人なのか?はたまた守護霊さま、守護神さまなのか?

・・・・そして共通していえるのは、指導霊の方々は決して優しくないのです。

町田さんのように怒られたり、叱られてもそれを楽しむ余裕のある人が地球のアセンションをワクワクしながら迎えられるのだと思うのです。

この本には、人間とは何者なのか?一番肝腎なことも書かれています。

どうぞ、自分も一緒に怒られていると感じながら読み進めてください。






『地底人に怒られたい』 町田真知子 VOICE



https://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E5%BA%95%E4%BA%BA%E3%81%AB%E6%80%92%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%84-%E7%94%BA%E7%94%B0-%E7%9C%9F%E7%9F%A5%E5%AD%90/dp/4899764456/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1506913013&sr=1-1&keywords=%E5%9C%B0%E5%BA%95%E4%BA%BA%E3%81%AB%E6%80%92%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%84

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