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2017年9月 7日 (木)

いちいち善悪を比較するな

 
  
相手が悪い、自分は善い、と相手と自分をいちいち比較しているような想いでは、とうてい真実に相手を愛することはできないもので、相手も自分も、悪いも善いもすべて守護霊守護神の神愛のなかに投入することの練習が一番よい方法なのです。

自分のほうが善いと思ったところで、過去世からどれほど間違ったことをしていたかは、現在の自分にはわからないのであって、自分のほうが善い、と思うその想いは、ごく最近の出来事によるだけのものであるので、過去世からのその人の行為の何兆分の一かもわからないのです。

善い悪い等はいちいち自分で判断して、人を責めたり、自分を裁いたりするものではないので、自分は瞬間瞬間を神のみ心に波長を合わせつつ行為していればよいのであります。



『日々の祈り』 五井昌久 白光出版




感想・・・「あんなに善い人がなんで苦労ばかりしているのだろう?神様は不公平だ」と思うときがあるのですが、それは今生でのつい最近のその人しか見ていないのであって過去世でその人が何をやっていたのかは自分にももちろんその人自身もわからないのです。

そこで占いなどが、「あなたは前世でかなり悪いことをやっていました、現在が不遇なのはそのためです、前世の想念や行為を消すためにはお浄めが必要です、〇十万円を持ってきなさい」と言うのです。

しかし真実は自分の運命の修正は自分自身でしか出来ないので、そのしわ寄せはなんらかの不調和な現象で必ず何倍かになって返って来るのです。(占ったほうも占ってもらったほうも不幸になります)

それは宇宙の法則を外れてしまうからです。

話が逸れてしまいました(笑)

私たちはすぐに善いか悪いか、善い人であるのか?悪い人であるのか?をジャッジ(判断)したがる生きものであるようです。

そして決めつけた後で、「しまった違っていた」と後悔するのです。

しかしその違っていたことさえも正しいかどうかはあやふやであり、私たちが判断していることは自分の都合(利害損得)であり、その都合もコロコロ変わるのです。

自分の頭で考えて「善いか悪いか」なんてわからないのです。

つくづく「肉体人間はバカだなあ、たいしたことはないなあ」と思うのです。

・・・ということはバカではない人?たいしたことがない人ではなくて素晴らしい人とはどこにいるのでしょう?

それは人間を創った、宇宙を創った全知全能の宇宙神(神様)なのです。

そして私たちは神の分霊(わけみたま)なので、神と波長を合わせ、神様と同じ知恵を得ることが出来るのです。(悟る、神我一体)

その方法が『世界平和の祈り』です。

神様が世界(宇宙)の平和を願う愛と人間側が神様のみ心に合わそうという気持ちが一致するからです。

覚者である法然さん親鸞さんも「肉体人間は凡夫である」いくら頑張って努力しても絶対に救われないと徹底して、心の底からわかったからこそ、全知全能である仏さま(神さま)に全託出来たのです。

善悪を判断するなんて人間の思い上がりであることがわかりますね。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます


守護神さまありがとうございます



 
 

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