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2017年9月 9日 (土)

自他を生かすもの

 

愛とは、自分の生命をいかすと同時に、他の生命をも生かすものでなければなりません。

愛することによって、自分の生命がいきいきとし、愛されることによって、その人の生命がいきいきとしてくるものでなければなりません。

自他の生命がいきいきとし合うようでなければ、それは真の愛とはいい得ないのであります。

ところが現実は、愛するという名目の下に、相手を縛り、自己の生命の自由をも縛りつけている恋愛や、親子愛が、いかに多いことでありましょう。自己が楽しむために人を愛そうとしても、それは愛ではありません。

それは自己主義の業想念であります。

自分というものがその人の想いのなかにあることは、もうすでにその人を愛から引き離しているのであります。



『日々の祈り』五井昌久白光出版(「愛・平和・祈り」五井昌久より)



感想・・・・神は愛である、か~あ み~い はしょっちゅう私が書いているのですが、幼い頃、そして真理を知る前の愛(恋愛)とは完全に自己愛であり、相手を縛り自分を縛り結果、自分で自分の首を絞めるような浅い愛(とても愛とはいえない)でした。

今はもう感情(自己愛、欲望)を伴う愛は卒業しましたが、最近の私の愛は日々進化していると思っているのです。(自分で言うのも変ですが)

それは、人間の進化、宇宙の進化とは、愛の深まりだと思うからです。

宇宙と共に人間(小宇宙)も進化してゆく、人間は無限次元にどこまでも進化してゆくのです。

だから素晴らしい!

私の大好きな五井先生の語録があります。 愛の奥には何があるのでしょうか?

 

自分の立場から見て行動するを 「我」 といい、他人の立場をのみ想って行動するを 「愛」 という。

それさえも超越してすべて神さままかせにするを 「空」 という。

             
               

       『如是我聞』 五井先生のお言葉より 高橋英雄著



 

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