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2017年8月31日 (木)

上を向いて歩こう!

 

坂本九さんの「上を向いて歩こう」は、私は神界から降りて来た神曲だと思っているのです。

今でも世界中で愛されている名曲中の名曲です。

永六輔(作詞)、中村八大(作曲)、坂本九(歌)、数字の6、8、9が付いた名前同士の合作はとても神秘的です。

作詞家の永さんは、雲の上は常に晴れていて、宇宙(素)は晴れしかない。(素晴らしいの語源)、そして宇宙からは常に無限のプラスのエネルギーが降り注いでいる、気持ちが落ち込んだときは、天(宇宙)を仰ごう、上を向いて歩こう!と思ったのでしょうか?

宇宙の真理(法則)をご存知だったのでしょうか?

それともこのフレーズ(上を向いて歩こう)、詩は天から降りて来たのでしょうか?



『不安の心多い人の為の祈り』 


不安の心多き人、暗い心の人たちは、常に天を仰ぐことを実行するがよい。

天からはいつも陽気が降ってくる。

たとえ雨や曇りの日であっても、天に心を向けることが大事である。

天に心を向けると、いつの間にか心が軽く明るくなるものである。

そして次のように祈るとよい。

“神様、どうぞ私の心に愛を充実せしめ給え、どうぞ、私を愛深い私にならしめ給え” と。

その祈りを毎日かかさずつづけていることは、細かい種々な願い事をする神まいり、仏まいりより、はるかにはるかに、その人を高い境地に導いてくれるものである。

祈りとは、まず自分の心を空っぽにすることである。

それまでの自分をひとまず捨てて、神だけを自分の心に住まわせることである。

願いごとは、すべて後まわしにすることである。

神だけを自己んい住まわせれば、その人の願いごとは、すべて叶うのである。




『日々の祈り』 五井昌久 白光出版



  
  

ほんとうの魅力のある人が活躍する時代がやって来る!

 
 

テレビのドラマ等で主役や重要な役に抜擢される人、誰にしようかと迷っていて最後に選ばれる人とは、エネルギーが他の人より澄んでいる人だそうです。

そして魅力のある人です。

プロデューサーや演出家の人は知らず知らずのうちに波動の善い人、魅力的な人を選んでいるのです。

魅力的な人とは以前にもブログに書いたのですが、エネルギーをスッキリさせてくれる人のことです。

もっと詳しく言いますと自分の中にあるモヤモヤや汚れた想念を取り除いたり消してくれる人です。

歌が上手い、演技が上手いという人はいくらでもいるのですが、観ている人、聴いている人を爽やかにしてくれる人は少ないのです。

魅力の魅とは鬼を消す(未)という意味があるのです。

鬼とは業想念(カルマ、マイナスの想い)、人間の汚れた想いのことを言います。

このように他人の業想念を消せる人の魂は光輝いているのです。

だから昔はタレント、歌手の人をスター(輝く星)と言ったのです。

このような人たちは自分で特に意識しているわけではなく、守護霊、守護神の守りが他の人より強く働いているのです。

守護霊、守護神さまが業想念が入らないように守っている、汚れたらすぐに浄めるようにしてくれている。そしてその光は他の人まで浄化しているのです。

しかし光には闇が集まってくるので、ずっと綺麗に魂を保つのは難しいのです。

守護霊さんにも限界があるからです。

そしてしばらくするとかつての輝きを失い、いつの間にかいなくなってしまう人もいます。

姿、形はいつかは飽きられてしまいます。

見た目がいくら魅力的そうに見えても、エネルギー(波動)は別なのです。

『世界平和の祈り』を祈り続けて、常に魂が光っている人は、間違いなく魅力的な人です。

側に居て気持ちが善い、あの人が居るとなぜか周りが明るく楽しくなる、人がたくさん集まって来る・・・・

みんな自分の魂を清めて欲しいのです。綺麗な光を浴びたいのです。

『世界平和の祈り』が地球人類を平和にするだけでなく、個人の運命も同時に善くなるというのは、自分が光り輝くことによって人を癒すからです。

人の魂を喜ばせることは自分の運命にもプラスになって跳ね返って来るのです。

これからは目に見えないエネルギー(精神波動)がたくさんの人にわかる時代になります。

『世界平和の祈り』を祈って、魂を綺麗に磨き続ける魅力的な人があらゆる分野(政治、経済、芸能、スポーツ・・・)で活躍する時代になるのです。


まさしくホンモノの時代の到来です!



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


 

悟りとは、世界平和の祈りの秘密


 

今の時代はどんな時代なのか?というと極普通の一般の人が極短時間で悟る時代なのです。

悟るというのは、どういうことかというと、素晴らしい本当の自分(神・本心)に出会って、肉体人間の仮の自分と神である本当の自分とが合体することです。

神は全知全能(パーフェクト)なので不調和なもの不完全なものが一切無いのです。

人間のほんとうの幸せとはほんとうの自分に出会うことです。そして安心立命することです。

素晴らしい自分を認識することなのです。それが真理(我即神也)です。

ただ、今は真理に目覚める途中なので、まだ業想念(神様から離れた想い)が消え切っていないのです。

そのことをお知らせするために私は存在しているのですが(笑)

みなさんが一日も早く悟り、幸せになるように、五井先生のご著書「日々の祈り」から光り輝いた文章を抜粋したいと思います。

短い文章で、「ハッと」気づく、その気づきで半日、いや一日が心豊かになる。

今の時代に求められていると思います。(2つ掲載します)




『悟りとは』

悟りとは、本心と自分とが全く一つになるということなのであります。

迷ったり、怒ったり、恨んだり、妬んだり、哀しんだり、恐れたり、執着したりする想念というものを、ハッキリ、自分ではない、と思い定めることなのです。

自分とは神と一つである本心そのものであり、もろもろの想念は、過去における自分の迷いの足跡が、今現われて消えてゆく姿である、と思い定めることなのであります。

自分が自分の創造主であることを知ること。

つまり自分が神の使命達成の一員として、神の世界から天降って、この地上界に神の生命をはな咲かせつつある者であることを知ることなのです。



『祈りの秘密』


世界平和の祈りをすれば、各国各民族の心が知らぬ間に一つに結びついてゆくのであります。

そればかりではなく、実はもっともっと深い意味がこの祈り言の中には秘められているのであります。

この祈り言をすることによって、この地球世界を救おうとして働いておられる救世主の大光明波動が、この地球界の浄化に大きく働きかけてくれるのです。

地球人類の平和の祈りは、救世の大光明に直接つながってゆく、天地を結ぶ光の柱をつくりなすのであります。

世界人類が平和でありますように、と祈った人の体は、もう祈り以前のその人の体ではなくなって、救世の大光明につながった、光明の伝導体となっているのです。

その人が意識しようとしまいと、そうなっているのです。




『日々の祈り』 五井昌久 白光出版



  

 

2017年8月29日 (火)

我即神也・人類即神也の印

  
 
私はブログの中で人間とは神の子なんだ、不完全なダメ人間ではないんだ、そして他の人(人類)も神そのものなのだ、と書いてきました。

そして多くの人が「その通りだ人間は素晴らしいんだ、神性そのものなんだ」とわかってくださったのです。

だがしかし(笑)そう簡単には、自分が神である、他の人もそうなんだ、とは一朝一夕には心の底から信じることが出来ないのです。(無限なる真理!)

それは肉体人間の意識の時間があまりに長かったからです。それだけ神様(自分の本心)から離れていたのです。

何千回、何万回も輪廻転生しているうちに、「人間(自分)は馬鹿な生き物、どうしようもない奴なんだ」をインプットして来たからです。

他の人(人類)に対してもそうです。神の子からかけ離れたことばかりをし、業にまみれた姿を散々見て来たのです。

このままでは、業にまみれて地球人類は崩壊してしまいます。

そこで、これまでの人類の間違った業想念を消し去るために五井先生によって、『世界平和の祈り』が宇宙神との約束事で降ろされたのです。

この祈りにはもの凄い無限のプラスのエネルギーが宿っていて、あらゆる業想念を溶かしてしまうのです。

そしてその次には、神界におられる五井先生から昌美先生の器を通してに我即神也と人類即神也の印が伝授されたのです。

この印を組むことによって、急速に自分が神の子であることを悟り、人類を目覚めさせるのです。

今、世界の指導者たちがおかしくなっています。指導者には普通の人よりもたくさんの守護霊、守護神が付いていて間違った方向へ行かないようにしているのですが、幽界の不良霊が最後のあがきで地球の完成(アセンション)を邪魔しているのです。

地上天国が訪れるということは、迷いの世界、業想念の世界である幽界が無くなるからです。

今は完成するか?不完全なカタチで完成するかの瀬戸際です。

宇宙神、金星の長老、宇宙天使たち、地球霊王様、守護霊様、守護神様たちは地球人類全員を救おうとされているのです。

そのためには肉体を持った人間の器(光の柱)が必要なのです。

今が一番の頑張りどころです。

一人でも多くの人が「世界平和の祈り」を祈り、印を組んでくださることを切望します。
 



「我即神也」の印 

内気を整えるための印。宇宙根源に通じる方法であり、自分の内在する無限なる愛、叡智、能力が発揮されてくる。

あくまでも自分自身の神性を顕わすために組む印であり、自分の本心を開き、自分が神にまで高め上げるための方法、手段となる。



「人類即神也」の印

外気を整えるための印。宇宙根源のエネルギーが地球上に放射され、人類に光を届ける。

人類を真理(我即神也)に目覚めさせるための印で、組むことによって人類は真理に目覚めはじめる。





印の組み方を知る手段はいくつかありますが(ご自分で調べてください)、以下の本の中に図による解説、DVDによる説明があります。


『無限なる癒し』 于 寿明 星湖舎

『無限次元への誘い』 于 寿明 星湖舎

『無限なる幸せを体得する方法』 于 寿明 星湖舎

『無限なる勇気』 于 寿明 星湖舎



 

日本の天命とは、私たちの天命とは?


 
北朝鮮がミサイルを発射しました。その報道が流れて来たとき、世界平和の祈りを知っている人は、瞬間、「世界人類が平和でありますように」と心の中で唱えたと思うのです。

今、地球上で行なわれていることはすべてつながっています。

アメリカと北朝鮮も繋がっている、中国とイスラムも韓国も・・・・・各国、各人、全人類が想っていることは、空が一つであるように想いのエネルギーも一つに溶け合って混ざっているのです。

だから一人の人が「世界人類が平和でありますように」と唱えた光の愛のエネルギーは確実に60億の人の脳裏を通り、宇宙の果てまで届いているのです。

想い、言葉は波動だからです。南米チリの津波が日本に影響することからもわかります。

五井先生は、日本中の人たちが「世界平和の祈り」を祈るようになれば、日本を発信源として平和は拡がってゆくとおっしゃっているのです。

日本とは日の元、日とは霊のこと、霊とは神様のことです。日本は神の国です。

そして日本は世界の中心であり、世界平和の祈りが一番ふさわしい国です。

五井先生の動画を観ていると今こそ、祈る時期に来ていると思うのです。





https://www.youtube.com/watch?v=SWoNj0oE7Pc



 

2017年8月28日 (月)

天命を信じて人事を尽くす

 


ほんとうは、「人事を尽くして天命を待つ」なのですが、五井先生は「天命を信じて人事を尽くす」、が真実の生き方なんだよ、とおっしゃっておられるのです。

もちろん今、自分に出来ることを一生懸命にやって後は神様、あるいは自然(なるようになれ)にお任せしますも立派な生き方なのですが、そこには自分が何者なのか?天命とはいったい何なのか?が明確になっていないのです。

「私は愚かな者である、だから脇目もふらず死にもの狂いで頑張らないと結果は出ないのだ」と思っているのと、「私は神の子です、創造主です、私の潜在意識、能力
の中には無限の能力、智慧、可能性が入っています、それを信じてエネルギーを自分の目標(ミッション)に注ぎ続ければ必ず達成、成功、成就します」と、そこから努力をし人事を尽くすのとでは雲泥の差、天と地ほどの差があるのです。

親や先生が子供に、「あなたは神の子なのだからやれば絶対に出来る子なのよ」というのと、「あなたはダメな子だけど、頑張れば出来る子になるかもしれない」は、相手の中に神性を観ているのか?表面だけのその子を観ているのか?という大きな違いがあります。

今の教育がおかしくなっているのは、後者の意識を持った多くの親や先生が子供に接しているからではないでしょうか?(子供のことを神の子と思えないのは自分のことを信じられない、自信がないからです)

話が逸れてしまいましたが、人間は本来持っている力の100万分の3か5しか出せていないそうです。

天命を信じる、自分を信じるというのは「私は素晴らしいのだ、なぜならば神の子なのだから」と心にインプットするということです。

何度も何度も言い聞かせている内に「そうだったその通りだった」と思えるようになるからです。心の底からわかるようになるのです。

そのために「世界平和の祈り」があるのです。(光によって神の子を否定する業想念が消えてゆく)

自分が神の子であることを思い出す(刻印する)ために我即神也の印を組むのです。


では、天命とは何なのでしょうか?

私たちは人間として肉体を持って生まれて来たからには必ず意味があるのです。神様が意味もなく自分の分身をつくるわけがないのです。

神様は私たちに一体何をさせようとされているのでしょうか?

それは、人間のほんとうの姿(神)を地上に顕わすことです。

自分が何者であるのか?を思い出させ、自分本来のエネルギー(波動)、素晴らしい光を発するようになる、そうなればそのエネルギーに触れて、多くの人たちが「自分が何者であるか?」に気づくようになります。

そして地球という星(地球人類)を救うことになるのです。

天命とは仕事(天職)のことではありません。そんな個人的なことではないのです。

自分の小さな目的、目標(医者になる、社長になる、政治家になる、好きなことを仕事にする・・・・)は個々に達成させればいいのです。

天命とは、自分が人間として生まれて来た大きな使命なのです。(本来の自分を顕わしてゆく)

天から命ぜられた絶対ミッションです。

天の願いは自分の悲願でもあります。(天イコール自分)

このとてつもなく大きな目的(理念)を最初に掲げてそれを指針として毎日を生きて行くのです。


それが「天命を信じて人事を尽くす」です。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

  

 

2017年8月27日 (日)

本来の自分との出会い



  
私はメンター(人生の師匠)から以前(18年前)に言われた一言が今も鮮明に覚えています。

「あなたは自分のことを一般の人と同じだと、ゆめゆめ思ってはいけません」・・・でした。

真理に出会い目覚める前の私は確かに意識が一般の人と同じ肉体界にあるのですからその他大勢の中の一人だったのかもしれません。

しかし完全ではないにしろ、自分自身を「我即神也」と信じ、人類目覚めのための印(人類即神也)を組み、真理の伝達のために多くの時間を割いている自分とは客観的に観て、かなり特殊な人間だと思うのです(笑)

ただ家族や周りの友人等は、私がやっていることをまったく知らないので極普通の男性だと思っていると思うのです。

私は今59歳ですが、41歳のときを境にまったく別人間になりました。

というより意識が変わってしまったのです。

しかし特に私の両親は変わったことに今でも気づいていません。

生まれたときから幼少期、そして青年期、結婚してからもその延長線上に私がいるのです。

そして過小評価をしています(笑)

もう還暦近くだ、今からなにか大仕事をするわけがない、そんな器でもないし、度量もない、健康だけを気をつけてくれたらいい、期待できるのは孫だけだ

・・・・他の人と同じくらいかちょっと気が優しい息子だ、くらいにしか思っていないと思います。

それはそれで全然いいのですが、親が私を思っているイメージのまま私が自分のことを「たいしたことない普通の人間だ」と思い込んでしまうのは違うのです。

そこには自分自身、神性が宿っていないからです。

親のイメージが私だとすると無限の可能性、無限の能力、無限なる叡智・・・・ありとあらゆる神力、パワーがあることを忘れられているからです。

18年間、世界平和の祈りを祈り続け、印を組み続けた私が、まったく真理に目覚めていない、そして真理を実践していない人とイコールなわけがないのです。

これから目覚めてゆく人は、天狗になってはいけませんが、他の人とまったく違う波動体(エネルギー体)になるんだ、いやもうなっているんだということを、くれぐれも認識してください。

そして自分の器(パワースポット・光の柱)で自分の人生と地球の未来を変えるのだということをしっかりと自覚してください。




『本来の自分との出会い』


皆、本来の自分というものを錯覚しているのです。

ふだん、自分と思っている自分とは、自分の意識が人口的に創り上げてしまっているものであって、本来の自分そのものではありません。

生まれた瞬間から自分を取り巻くあらゆる人々(両親、兄弟姉妹、先生、友人知人・・・)によって、彼らを通しての、そして彼らが感じたものを通して自分というものを聞かされ、そのように育まれ、導かれ、教えられたのです。

自分自身が本来、感じるところの本当の自分に出会う以前に、すでに周りの人々から人工的に創り上げられていってしまった自分なのです。

その自分を本来の自分と思い込み、信じているのです。

怒っている私が、じっと心を澄ますと、何事においても動じないゆったりと澄み清まっている私に出会います。

悲しんでいる私がじっと心を澄ますと、何事においても、一切明るく受容できる私に出会います。

恐怖におののいている私がじっくり心を澄ますと、平安で自信に満ち溢れている私に出会います。

その時、私は私の中に神を見るのです。

私は神そのものなのです。

我即神也の真理に心の底から納得がゆくのです。理解できるのです。・・・・・



『つながり合う世界』 西園寺昌美著 白光出版


  

  

人間と真実の生き方(人間は悪魔の子ではない)

 
「まずは読んでください」

【人間と真実の生き方】
 

人間は本来、神の分霊(わけみたま)であって、業生(ごうしょう)ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。

この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤(あやま)てる想念が、その運命と現れて消えてゆく時に起こる姿である。

いかなる苦悩といえど現れれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、

愛と真(まこと)と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心を常に想い、

世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真(しん)の救いを体得出来るものである。








自らを信じ愛そう



ここで結論に入ることにします。

まずあなたにこう問いかけてみたいと思います。

 

あなたは今の自分をいとおしく抱擁することが出来るでしょうか。

あなたは自分を心から尊敬できるでしょうか。

あなたは今の自分を心から信ずることが出来るでしょうか。

あなたは今の自分を心から慈しみ愛することが出来るでしょうか。

あなたは今の自分の性格を素晴らしいと感じておられるでしょうか。

あなたは今の自分に秀れた才能があると思っておられるでしょうか。

あなたは今輝いておられるでしょうか。

あなたは今ポジティブな生き方を貫いておられるでしょうか。




もし今のあなたの答がノーであると思うならば、あなたは自分に対して完全に誤解をしておられる証拠です。

それは本来でない自分を自分と思い込んでいる錯覚です。

「人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊守護神によって守られているものである。 この世の中のすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である」

 と五井先生が 「人間と真実の生き方」 の中で説いていらっしゃるように、人は本来神の子であって業生ではない、これが本来のあなた自身の姿です。

業生の自分、汚れた自分、罪の子の自分は、本来のあなたではありません。

それは人間の過去世から現在に至る誤てる想念が現われては消えてゆく姿です。

今のあなたがこの消えてゆく姿である業生の自分を把えて、それを本当の自分であると思い込んでいるのは錯覚です。

今のあなたがどんなに憎しみに燃えていても、どんなに怒り狂っていても、またどんなに激情に流されても、虚偽の姿をみせていても、それは本来のあなたではないのです。

それをみて本来の自分は、神の子にはほど遠い、汚れた罪深い救われがたい者であると誤解していたならば、あなたはいつまでたっても永遠に幸せを自分のものにすることは出来ません。

自分を責め裁き、自分を軽蔑し、自分を虐げ、自分をごまかし偽りつづけている生き方は間違っています。

それは本来のあなたではない、この世の中全体を覆いつくしている暗黒思想の影なのです。

その波長にあなたの心の波長を合わせてしまったのです。



                                      
つづく

  

        「果因説」 西園寺昌美  白光出版



  
 

2017年8月25日 (金)

私たちははじめから悟っていた




私たちの本体(本心)は肉体(肉体波動)にあるのではなく、もっと波動の細かい(精神波動)、神界にあるのです。

肉体界←幽界←霊界←神界 

神界にほんとうの自分がいる、神界にいるということは、自分が神であり、宇宙神であり、大自然であり、サムシング・グレート(何か偉大なもの)そのものということです。

そこから私たちは少し波動の粗い霊界を通り、もっと波動の粗い幽界(迷いの世界)を通り、目に見えるほど波動の粗い、肉体界に今、住んでいるのです。

そして、潜在意識の世界、迷いの世界である幽界が肉体界に写って来ています。

神界(本心)の自分がそのまま肉体界に写っていれば、それは神我一体です。

悟った状態です。

しかし霊界、幽界を通るうちに、本来の自分とかけ離れたまったくの別人になっているのです。粗い波動に業想念が溜まるからです。


真っ直ぐに伸びた棒をイメージしてみてください。

その棒が水の入った水槽の中に入れると曲がって(ずれて)見えるのです。

水という媒体を通して見ると実際の棒が横にズレているのです。

これと同じように私たちは神そのものなのに、霊界、幽界、を通ると、我即神也からズレてしまうのです。

いや実際の棒は歪んでいないのに、私たちは水槽というフィルターを通して自分を観ている。(肉体意識で)

そして歪んだ棒を自分だと思っているのです。

そして頑張って、歪んだ棒を真っ直ぐに伸ばそう、元に戻そう、神様のようなピュアで愛深い、素晴らしい、完璧な人間になろうとしている。(不完全だと苦しいからです)

ブログを書いていると、コメントやメッセージで「精進します」「我即神也を目指します」と書いてくださる方がいらっしゃるのですが、違うのです。

努力することは素晴らしいことだけれど、それは肉体人間(ダメな人間)を立派な人(霊止・神)にしようとするからです。

とてつもなく高いところへ登ろうとしているからです。それは違うのです。

私たちは元々神なので思い出せばいいのです。

「私は神である、その神である自分を肉体である器に降ろすのだ」が、正解です。


お釈迦様は、修行中に菩提樹の下で座禅を組んでいて、明けの明星(金星)を観て、

「私はあそこ(金星)にいた、私は神(仏)だった、何億万光年も前(永遠の昔)から悟っていた仏(神)だったのだ」と突然覚醒(めざめた)のです。

私たちもまったく同じなのです。

「自分は神なのだ、パーフェクトなんだ、欠けたるものはないんだ」と気づく時期が来ているのです。


さあ後は、その真実(真理)を邪魔するものを除けるだけです。

邪魔しているのは、過去からの業想念、神様から離れていた想念行為です。

この想いのエネルギーが幽界(幽体)や霊界(霊体)の低いところに溜まっているのです。汚れているのです。

真っ直ぐな棒を歪ませているのです。

五井先生のお言葉で「悟るって難しいことじゃない余計なことを想わなきゃいいんだ」があります。

ほんとうの素晴らしい自分に戻るのを邪魔しているのは想いです。

想い(業想念)を消すために世界平和の祈りがあります。

人間が作った有限の業想念(カルマ)は、宇宙の理念である無限の言霊、世界平和の祈りによって綺麗に消え去ってゆくのです。

そして後に残るのは、神界の自分だけです。神界と繋がった肉体の自分だけです。

私たち人間が肉体を纏って地球に降りて来た真の目的(ミッション)は、神である自分を肉体という器に降ろし、神である素晴らしい自分の姿を地上に顕わすことです。

それしかないのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




追伸・・・業想念の中には「お前は神の子なんかじゃない、ダメ人間なんだ」・・・・がたくさん入っています。
そのような想念、雑念が出てきたら〆たものです。現われて消えようとしているからです。

そんな想いを摑まずにすべて世界平和の祈りの中に投げ入れてください。

どのような業想念も光の溶鉱炉で綺麗に消してくれるのです。






  

2017年8月21日 (月)

人類愛が個人も地球世界も救う



イエス・キリストが聖者であり、中世の人々に尊敬され愛されたのは、癌の人や目の見えない人を治したり数々の奇跡を起こしたからではなく、終始、どんなときにも美しい心で愛を説き続けたからなのだそうです。

今、地球に一番必要なものは、キリスト様やお釈迦様のような無償の愛ではないでしょうか?

世界平和の祈りは、世界中(宇宙中)の人類すべての平和を願うとてつもなく大きな人類愛です。

この祈り言霊を唱え続けていると不思議と愛深くなっていることに気づきます。

穏やかに優しくなっている自分に気づくのです。(これがまさしく奇跡だと思います)

そして五井先生のご講話を聴いていると、五井先生の愛の深さに感動するのです。

ご自分のことなど、これっぽっちも思っていない、まさしく聖者の愛です。


https://www.youtube.com/watch?v=AYNEAaQgAdE


  

スピリチュアル、霊能なるものは危険です




私自身がスピリチュアル、霊能系の人間だと思われているかもしれませんが、私は宗教(邪なですが)大嫌い、スピリチュアル、霊能者大嫌い人間なのです。

それは巷に溢れているものが怪しいもの、邪なもの、ニセモノが多過ぎるからです。

と言っても私はその系にはまったく興味がなく近づいていかないので、知人から情報を得ています。

そこには信じられないようなことが行なわれてるようなのです。

「第一チャクラを開いてもらうために何十万円を要求された」(恐らく悟るために)、「因縁生を消してやるからと30万円を持って来いと言われた」

・・・・これらは明らかにおかしな話です。

それは悟るという境地は、自分が守護霊守護神と一体となって、神界にいるほんとうの自分(本心)とつながることだからです。

チャクラとは、肉体の自分(吾)と本心が通じる上で大切な場所であることは間違いないのですが、それは人間側がどの境地(心境)にあるかによって守護霊様が開いてくださるものであり、外部の者が入り込む余地などないのです。

過去世の因縁生(幽体)を消すのも、自分と守護霊、守護神が三位一体となって、霊界と神界から守護霊さん守護神さんが計画的に消してくださるものなのです。

それを外(他人)の者が「お金をくれるのなら俺が消してやる」と言うのは、どんなこともお金さえあれば解決出来るという邪な考え方と同じなのです。

それは根本解決になっていないので必ずしっぺ返しがあるのです。

これらのものに頼るのは、極少数の人たちだけだとは思うのですが、老婆心ながらご注意申し上げる次第です。

五井先生のご著書『本もの贋物』の中から霊能がいかにいかがわしいか、そして危険であるかを抜粋します。くれぐれもお気をつけください。





1.いかなる悪因縁といえど、消え去るのである、という想いを持ちつづけ、守護の神霊としっかり心を通じて、つまり守護の神霊の加護に感謝をしつづけ、世界平和の祈りという人類愛の祈りをつづけてゆけば、神の光明は永遠無限のものであり、悪因縁は有限のものでありますから、世界平和の祈りのような善念、光明念波で魂が洗われて、いつかは、晴れやかな、明るい生活を迎えることが出来るのです。

これは守護の神霊の存在と、その働きを体験として経験しつづけている私にとっては、はっきりわかっていることなのです。

そういう自分自身を絶え間なく守りつづけていてくださる肝腎かなめの守護神さん、守護霊さんを忘れてしまって、人の心をちょっと見抜く霊能や、自分の周囲の人に霊動を起こさせたり、異言をしゃべらせたりするインドの昔のバラモン行者のような外道者の幻術に迷わされている人をみると、気の毒になってきます。

人間は誰も彼も、神の子なのであり、誰にも彼にも、専属の守護の神霊の守りがあるのに、何を好んで、自己の本体から離れた、外道の道に迷い込んでしまうのか、ちょっと不可解に想えますが、そういう人たちの想いをみますと、自己の心や現在の環境に不平不満の想いが蓄積されている人や、霊能というもの、普通人にない能力というものに、常に憧れている人、絶えず想念の揺れ動いている人が、そういう形で迷いの道に入ってゆくことになっているようです。



2.人格高潔で調和した人が、霊能力を備えている、というようなら、これは実に結構なことなのですが、霊能者には得てして、人格の常人より低劣な、常識外れの人が多いので、余程気をつけて近づかぬと、霊能者には危険性があるのだ、ということを知らねばなりません。

なんにしても人間は、一人一人がすべて神の子であり、神の分生命であることを知らねばなりません。

そして神が愛であることを知らねばなりません。

どんな不幸災難にしても、現在起こったようにみえましょうが、それらはすべて、過去世から今日までのその人の想念所業が集積の現われでありまして、そうした業の集積が現われて消えてゆくことによって、その人の本心が開き、その人の神の子の姿が輝き出すのですから、消えてゆく業を抑えようとして、神詣でをしても、行者詣りをしても、それは根本の考えが誤っているので、どうにもなりません。

一時は行者や霊能者の力で、その不幸や病気の症状を抑えてもらえたようにみえましょうとも、それは一時だけのことで業は消え去ってしまったのではなく、内にこもっただけなので、機をみてまた現われてまいります。

ですから、消えてゆく業を他人の力で抑えようなどとはしないで、ひたすら自己の守護の神霊を心で呼びつづけるのです。

そして守護の神霊の加護によって、自己の本心の光明を表面に導き出してもらうのです。

本心の開発こそ、この世もあの世を通して、最も大事な人間のなすべきことなのです。


 

 

3.ところが、人間の肉体生活にふりかかってきている不幸災難があまりに辛過ぎると人間はつい焦ってまいりまして、自分には専属の守護の神霊が存在することを知っている人でも、ふいとそうした存在を忘れてしまって、巷間の行者や霊能者に頼っていってしまうのです。

これは守護の神霊の許可を受けて行なったわけではないのでたとえ一時お陰があったようにみえても、後で必ず、その行者や霊能者の背後霊に負い目を受けて、返礼しなければならなくなります。

それはその行者や霊能者の背後の憑依霊魂の業を背負わされるとか、金銭的に相当の額のものを取られるとか、なんにしても、自己が背負っていた業の一時引受料を、必ず取られるのです。

それが金銭的な時はまだしもよいのですが、憑依霊魂の業を背負わされるなどは、とてもたまりません。

それなら自分がはじめから払わねばならなかった、本来の業因縁を自然に現わして消し去ったほうが余程、自己の霊魂の修行のためになるのです。

ですから、自己の行動は常に心の中で、守護の神霊に相談しながらやってください。・・・・・・・



『本もの 贋物』五井昌久 白光出版


ズバリ完成品を持って来る時代


宇宙の法則でアセンション(次元上昇)が行なわれることは決まっています。

それは、太陽が東から昇って西へ沈むのと同じようにあたり前のように起こることなのです。

次元上昇とは、地球の位(霊位)が上るということです。

3次元の混沌とした時代から4次元、多次元の愛と調和と平和な完成された大人の星になるということです。

がしかし今の地球を見ていたらとてもじゃないが完成にはほど遠い、完成どころか滅亡の様相を呈しています。

ここからどうやって逆転満塁サヨナラホームランを打ってゆくのか?(笑)

秘策はあるのか?

・・・・・・・・

あるのです(笑)

宇宙神のご計画があるのです。それは肉体という器を持った人間がもの凄いパワーを持った言霊を発するとということです。

そして我即神也、人類即神也の印を組むことで自分が神であったことを思い出し、人類に「貴方たちは神の子、神性そのものなんですよ」と目覚めさせるのです。

ここで一番大切なことは、パワーがあるかないかということです。

世界平和の祈りそのものに個人の業想念を浄め、潜在意識(幽体)を清め、神界(本心)と繋がって神我一体(悟り聖者となる)となり得るほどの強い光がなければなんの意味もないのです。

尚且つ、個人だけではなく、人類の集合意識までも浄め去るほどの強烈な光(愛)がなければ、個人の幸せも人類の平和もないことになります。

アセンションは絵に描いた餅になってしまいます。それでは意味がないのです。

・・・・・・・

ズバリ言います。世界平和の祈りの浄化力は素晴らしいのです。どんなマイナスの業想念も消し去るくらいの力があるのです。

なぜならば、地球のアセンションを成功させようとして、宇宙神を始め、金星の長老様、エンジャラスカラー様(宇宙天使)、地球霊王さま(地球の神様)、これまでに地球に降り立った、お釈迦様、キリスト様、老子様、聖者、賢者が結集して、この世界平和の祈りにパワーを与えているからです。

なぜならば、これらの人?たちは宇宙や地球の平和を願っているからです。

世界平和の祈りはズバリ完成品なのです。完成品を使ってしか完成しないのです。

本ものを持ちいてしか本ものを顕わすことは出来ないのです。(本ものにしか、にせものを浄化することは出来ない)

私たちはもの凄いツールを手に入れました。もう他人に頼ることはありません。

覚醒するために(チャクラを開く?悟るため?)に、因縁生を消してもらうなどというために高いお金を出して導いてもらう必要はないのです。

自分で自分の運命を導くことが出来るからです。

過去世(因縁生)を浄めることが出来るからです。

そして自分だけではなく地球の未来も素晴らしいものにすることが出来るのです。(個人、人類同時成道)

近未来には宗教は無くなって行きます。人間がみな自立するからです。

自分の中に神(完成品)を見出すからです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



 

  

2017年8月20日 (日)

近未来の人間はこのような人になる 


「あの人は神様のようだ」「仏さまみたいだ」と私たちの周りには、自分の我というものが全く無く、どんなことにも動じず、誰にも優しく、いつもどんなときにもニコニコしている人が一人はいるものです。

生まれもって性格の善い人は誰からも愛され尊敬されています。

そして世の中の人がみんなその人のようであったのならすぐにでも世界は平和になると思うのです(笑)。

私はそのような人に憧れます。いつかはそのような人になりたいと思っているのです。

さて近未来の人間の人格とはどんな人になるのでしょう?

私は下記の白隠さんのような大人物がたくさん現われるようになればどんなに素晴らしいことかと思います。素晴らしい人の話を聴くと心が洗われます。

これから人間は大人物になっていきます。



『白隠さんと赤ん坊』


白隠さんと赤ん坊次の話も、私がよく例にとる話ですが、白隠さんのことです。

或る時、檀家の娘が男に騙されて妊娠し、赤ちゃんを産んでしまいました。

娘は父親に叱られるのが怖さに、白隠さんような偉いお坊さんの子供であるといえば叱られ方が少ないと思い、実は白隠さんの子であるといったのです。

父親は激怒して、白隠さんにくってかかりました。

白隠さんは、その時少しも顔色を変えず、赤ちゃんを産んだご本人が、そういうなら私の子でしょう、と赤ちゃんを引きとりました。

この話を聞いた村人達が、今まで偉いお坊さんだと思って、尊敬していたのに、とんでもないやつだ、とお寺を追い出してしまいました。

白隠さんは追われるままに、何の言い訳もせずに、赤ちゃんを抱いて村を出て行きました。

後に、娘が真実のことを白状して、白隠さんの冤罪(えんざい)が晴れ、また再び寺に帰ることになり、白隠さんの名望は更に一段と上ったのであります。

現代のように自分のしたことでも人のせいにしてしまう人が多いのに、僧侶としては、最も恥ずべき事柄をおしつけられて、そのまま罪を背負っていたという、白隠禅師の大人物さは、その話をしたり聞いたりするだけで、人々の心を高めます。

どうですか、大人物というものが、皆さんにもおわかりになったと思います。

お互いに大いに学びたいものです。



『本もの にせもの』 五井昌久 白光出版



追伸・・・白隠さんはただ冤罪をただ人の善さだけで甘んじて受けたのではなく、自分がそのような立場になるのは、前世でそのようなことをしていたからだ(因果応報)という真理を知っていたからなのです。
その因果が今、現われて消えてゆこうとしているのだ、とわかっていたので当然のごとく受けたのです。
しかし頭でわかっていたとしてもとても出来るものではありません。

その辺が大人物なのです。



  

世界平和の祈りはどのように祈ればいいのか?


 
いつも申しておりますが、世界平和の祈りは、どのようにすればよいかについて、又改めて申し上げてみましょう。

世界平和の祈りというのは、どんな宗教宗派に入っていようと、どんな国の人であっても、真に世界平和を願い、自己の幸福を願う人なら、誰でも反発なしに唱えられる祈り言でできています。

世界人類が平和でありますように、こうした祈りに反抗を持ち得る人は一人としていないわけです。

何処でも誰の前でも、堂々と明るく祈れるのが、世界平和の祈りです。

この祈りは、自分の心を美しく磨いてから祈れという祈り言ではありません。

業想念の渦巻くままでもよいから、その想いのままで世界人類が・・・・・とやれば、救世の大光明の中にその人自体が入り得たことになるのです。

怒りの想いのまま、恨み心のまま、妬み心、欲張り心のままでもよいから、世界人類が平和でありますようにと唱えれば、神々はその人々の業想念波動をいつの間にか、光明波動に洗いあげて下さっているのです。

その期間の早い人も遅い人もありますが、只祈りつづけていれば、その人は必ず安心立命の境界に入り得るのです。

業想念波動が、光明に輝く生命波動そのものになって、自分たちの生活が明るく清らかになってくるのです。

それと共に、その人の体を通して光明波動が、世界中に放射されてゆくのです。

一人出家すれば九族救われる、という言葉がそのまま実現されるのです。

世界中が、世界平和の祈りに統一されて、世界が全き平和を実現させる日のために、私たちは、悪にも善にも把われず、把われたらまま、世界平和の祈りを根本にした日常生活を行じてゆきましょう。



『本もの にせもの』 五井昌久著 白光出版



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます 




追伸・・・・世界平和の祈りを祈りつづけていけばその大光明によって自分と人類の業想念が清められ、自分の運命と共に地球人類の運命が光明化されてやがて神界がそのまま地上に降りて来るという、文章にすると簡単ですが、とてつもなく凄いことが起きるのです。

それは自分の先祖が9族救われるという文章からもわかります。

自分の親の又親、その親、その親、親、親、親、親、親までというととてつもない人数になります。

その強い光が横にも拡がり、人類が覚醒してゆくのです。



  

2017年8月19日 (土)

肉体人間の自分と決別する(ほんとうの自分が顕われてくる)

 

テレビなどの世の中の情報やニュースを見聞きしていても、最近つくづく思うのは、「肉体人間というのはつくづく馬鹿だなあ、愚かだなあ」ということです。

これは何も人間を見下して言っているのではなく、神界(本心)と繋がっているほんとうの人間は素晴らしいのだけれど、神さまから離れた自分勝手に生きている人間というものは、まるで感情そのままに生きている動物以下の生き物なのだということです。

自分の思い通りにならなければミサイルを落とすぞ、金儲けのためなら平気で人を騙すぞ、地位と名誉を守るためなら嘘も平気でつくぞ、こんな姿ばかりを見せられたなら、今の子どもは天に向かって真っ直ぐに育ってゆくでしょうか?素晴らしい大人になるでしょうか?

・・・・そうなんです。もう肉体人間だけの力だけでは、滅びるしかないところまで来ているのです。

今、世界平和の祈りを真剣に祈ろう、これしかないんだと思っている人は、前世でもかなり修行を積んだ人たちです。悟りの一歩手前まで来ていた人たちです。(悟っていた人たちもおられます)

「人間は肉体(物質、感情)ではない、霊(神様)なるものなのだ」「ほんらいの人間には無限の叡智がある」とわかっていて地球上に天下って来ました。

そして気づいていたのです。

「肉体人間だけの力では自分も人類も絶対に救われない」「なにか偉大なもの(サムシング・グレート)の大いなる力が必要だ」

・・・・・・「それは何でどこにあるんだ」

・・・・・・それが自分探しだったのです。

そしてその偉大なものは外にあるのではなく自分自身の中にあると知った。(我即神也)

自分だけではなく他の人の奥底にも神性が宿っていることを知った。(人類即神也)

わかったからには、まず自分自身の神性(神聖)が顕われるようにすればいい。そのメソッドとは、世界平和の祈りなのだ、世界平和の祈りを祈ることで神界にある自分の本心とつながり、守護霊守護神と繋がる。

するとほんらいのほんとうの素晴らしい自分の姿が顕われて来るのです。


ただその前に、肉体人間の自分にハッキリと見切りを付けなければならないのです。

肉体人間の自分や他人に期待をしたままでは、我即神也にはなれないのです。

肉体人間の自分の力でどうにかしよう、どうにかなると思っている以上は、大したことは出来ないのです。

それはやっぱり自分が肉体人間だとおもっているからです。

自分が霊(神様)なる者であると信じていないからです。

肉体人間の自分なんて、氷山の一角なのです。

波が荒いときは、海上からは見えないくらいちっぽけな存在です。

ほんとうの人間はそんなのじゃない、幽体は、大きなビル一棟分、霊体は地球一個分、神体に至っては宇宙大です。私たちの本体は宇宙とイコールなのです。

それを知らず私たちは、170センチ65キロが自分だと思っている。

思っている以上は、肉体の力しか出せないのです。なんともったいないことか!

もう肉体人間の自分や他人に期待することはやめましょう。自分がちっぽけな人間だと思うことはやめましょう。

目に見えるものだけでなんとかなると思うことはあきらめましょう。

霊なる自分に期待をするのです。守護霊、守護神に託するのです。

期待をする託すると言って、他力本願になるのではありません。

なぜならば守護霊、守護神も自分自身だからです。

なんども何度も輪廻転生している間に自分が守護霊であり、守護神の時期がありました、経験しているのです。そして宇宙そのもの(神)であったのです。いや神そのものなのです。

忘れていただけです。神である自分に期待をするのです。

自分自身である守護霊守護神と一体となるのです。

3次元的に努力することは大切です。人事を尽くすことも大切です。

しかしほんらいの自分ではない、肉体人間を意識して頑張ってもそれは違うのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



 

2017年8月16日 (水)

世界平和の祈りを祈っていると聖者になる




世界平和の祈りを祈り続けていると神界の光をずっと浴び続けることになるので、エネルギーの通りが善くなるのです。

天地を貫く光の波動体(パワースポット)になっています。

そして守護霊守護神とも繋がるので、メッセージ(神智)が受け取りやすくなるのです。

一日中祈っている人は、ほぼお釈迦様やキリスト様と同じ境地になり、半分祈っている人は、半お釈迦様、半キリスト様です(笑)

すべてではなくても半分が悟った状態でも大変なものです。

一般の人は潜在能力の100万分の3か5しか発揮出来ていないのだとしたら、50万は発揮していることになるのですから・・・・

一番大きな変化とは、心が愛深くなることです。

いつのまにか意識が神意識になっているので神様の境地で周りを観ることが出来るのです。

今までどうしても許せなかった人を許せたり、相手を非難、批判、評価する気持ちが薄れて穏やかになったりだとか、神様そのものの心境になるのです。

それから嬉しいことに心配事が消えるのです。

「どうしよう、こうしよう」」と悩んでいたことがいつの間にか消えていたり忘れていたりします。

悩みとは闇が波のようにやって来るという意味なので光が当たり、闇が消えたのです。

そして知恵も湧いて来ます。今までいくら考えても悩んでも解決出来なかった問題が、一瞬にしてヒラメイテ解決したりします。まるでアニメの一休さんのように・・・・。

それは意識が上って4次元多次元になったからです。

なぜ悩んだり苦しんでいたかというと3次元(肉体界)の意識にどっぷりと浸かっていたからです。

3次元のことは同じ次元の意識では解決出来ないからです。

祈っているうちに自分の意識があがっていた愛深くなっていた、叡智に溢れる自分になっていた。

それも誰かに教えてもらったのではない、身に付けたものではない、すべては自分の中にあったものなのです。

それだけの能力が発揮出来たのなら、3次元で生きてゆくのは、難しくないのです。(簡単とは言いません(笑))

他の人が「なぜそんなことが出来るの?わかるの?」と不思議がることが起きます。

それは不思議でもなんでもなく、神である自分の力が出たからです。

今まで世界平和の祈りを知っていた人はたくさんいました。

今までに見たことも聞いたこともないという人の方が少ないと思います。

しかしこんなに素晴らしい言霊であったことを知らなかった、祈りつづけることの効果を知らなかったのです。

すべてのすべては祈りの中に入っています。

祈りの中から答えが出て来ます。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




 

2017年8月15日 (火)

肉体界は実在の世界ではない





肉体界とは言うまでもなく、目の前に現れ、見えているこの世界のことです。

私たちは目に見えるものしか実在しないと思っているのでこれが本物の現実世界だと思っているのです。

しかしホンモノならば消えるはずがなく永遠に続くはずです。

自分自身も、頑張って建てた家も、溜めたお金も財産も、家族も友だちも・・・・・しかしこれらは幻の如く消えてゆきます。

100年も経てば残っているものといえば古びた家くらいのものなのかもしれません。

目に見えるものは物質波動と言い、必ず消えてゆくものなのです。(肉体波動も消える)

現れては消えてゆく幻です。肉体界はまさしく幻の世界です。

私たちは実体のないほんの少しの現れである幻の世界をほんとうの世界だと思って生きているのです。

そして私たちは幻の世界にしがみつきます。

儲けたお金は消えて無くなるのに必死でお金を奪おうとする。

病気も時を経れば消えてゆくのに心が把われて悪化させてしまう。

人間はみな同じ光から分かれた生命(我即神也・人類即神也)なのに、二元対立し、戦争、争いを繰り返す・・・・それはみんなが肉体界しかないと思っているから、肉体界がすべてのすべてだと思っているからです。

だがしかし、ほんとうの世界は、ほんとうの自分は神界にいるのです。

神界(本心)→霊界→幽界→肉体界 

神界以外は実在しない世界なのです。

病院もドラッグストア、銀行もコンビニも後数年もすれば激減します。

お金も無くなる、病気も無くなる、身体に悪い食べ物も無くなる。

神界にそぐわないものは自然淘汰されます。理屈ではないのです。

それは、神界が肉体界に降りて来るからです。それは宇宙法則によって決まっているのです。

人間が神に近づいていくのです。もとい、人間が神に戻ってゆくでした。

地球上がお釈迦様やキリスト様ばかりになればどんな世の中になるのだろう?とイメージすればわかりやすいでしょうか?

自分で必要なものは、波動(エネルギー)を使って出せるようになります。

精神波動を物質波動に変えるのです。身体も波動調整で治せます。

もう3次元的なものはほとんど必要なくなるのです。(スマホも)

今こそ私たちは肉体意識から霊意識、神意識、宇宙意識になるときです。

でないと宇宙の軌道から外れてしまいます。

宇宙からの波動はもうすでに5次元の波動になっているのです。

精神が追いついていないのです。

軌道から外れているから不調和なことが起きるのです。

肉体界はほんとうの世界ではない、守護霊守護神とつながってほんとうの世界である神界につながる、それしか個人も人類も生きる道はないのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



追伸・・・・お釈迦様は、この世(肉体界)のことを「現し世」と言って、神界、霊界、幽界が現って来ているのだ、ほんとうの世界は一番奥の神界(仏界)なのだ、貴方たちは幻の世界をほんとうの世界と間違えて生きているのだ、「目を覚ませ!」と言っておられるのです。

そうなんです。私たちは眠っていたのです。常軌を逸していたのです。

だから間違いばかりを犯していた。苦しんでいた。

さあ、意識をほんとうの世界である神界に合わせて、本来の素晴らしい自分になりましょう。戻りましょう。


 

 

人間が人間であるために


 
最近、記事を書く時間が決まっていなくて、それも書く内容もまったく白紙のまま、本棚にある五井先生のご著書のタイトルを見、なんとなく手に取った本を最初のページから読み始め、

「今、旬の文章はどれだろう?」と探し始めるのです。

そして光が走るように「これだ、これしかない」というものをパソコンへ書き写すようにしています。(簡単にコピー出来るのかもしれませんが)

すると不思議なことに「今の私にピッタリの内容でした」というコメントやメッセージを戴くのです。これって結構快感ですね!(笑)

ところで今回の文章ですが、せっかく人間として、神の子として生まれて来たのに動物のように感情を喜ばすためだけに生き、自分や自分の家族を守るためだけの狭い範疇だけで生きている、いやその家族さえもないがしろにして不倫をし、何の反省もないまま

「俺の人生だ、自由気ままに好き勝手に生きるんだ」という人が案外自分の周りに多いのでです。

その人からは家族が離れてゆくことは勿論、一緒に住んでいるW不倫の女性が先に亡くなったとしたら生涯孤独で淋しい人生を過ごすことになるのです。

仮にその人が守護霊守護神と本心が繋がっていて、悟りの境地にいるのなら別ですが、また悟った人(真人間)などは「人の道に外れる」ことは絶対にしないのです。

それは家族とは自分が守るべき、調和を取るべき一番小さな集合体であるからです。

いたしかたない別れは別として自分から調和を乱す行為は、神様のみ心(宇宙法則)から外れるのです。

厳しい文章が続きますが、ご自身の人生を顧みてお読みください。




『人間が人間であるために』



人間が人間であるということのためには、何が大事かといいますと、動物と違って神様と一つになっているという意識があることなのです。

神様が自分を守っていてくださるんだ、神様と一つなんだという強い意識があればあるほど、本当の人間なのです。

動物には神様が守ってくれる、という意識はありません。

ただ本能のままに生きている。あやつり人形のように、動物は創られた神様に動かされて生きている。

ところが人間はそうではない。自分から思う意志がある。

「神様ありがとうございます。神様は守っていてくださるんだ」そういうように思える能力がある。

それから自分の思う通りに創造していく能力がある。

未来のためにいろんな計画をしたり、知恵を働かせて未来をどんどんよくるように努力することが出来ます。動物にはそれが出来ません。

未来の人類の平和などを考えないで、その場その場だけを楽しめばいい、その場その場だけよければいい、というような考えは人間ではないんです。

それは動物なのです。

その場だけ食べられればいい、今遊べばいい、今なんとかなればいい、しかも自分だけ、自分の家族だけのうのうと暮らせれば、それでこと足りれりとするならば、それは犬や猫と同じなのです。

動物と同じなのです。

なぜかというと未来の理想を持たないからです。

やはり、人間と生まれたからには、人間の条件の最初のものは、未来をよくしていこう、どんどん進歩していこう、いい世界にしていこう、いい人類にしていこう、という希望や理想というものがあって、それに向かって一歩一歩進んでいくことです。

いかに人間の形をしていたとて、ご飯が食べられればいいんだ、女の人や男の人と遊べればいいんだ、ただ楽しめばいいんだ、というんでは人間ではありません。

そのままの生き方を続けていったならば、やがて肉体がなくなった世界において、ダーッと低い所へ落ちてしまうんです。

自分だけ、自分の生活だけしかないんだから、友だちもいなければ、仲間もなくて、ただ暗い中に自分がうごめくだけです。

利己主義者の先行きの姿というのはそういうものなのです。

本当に死んでしまうわけです。生命が生きないんです。

ですから肉体がなくなっても生きつづけられる人間というのは、どういうことなのかというと、やはり神様につながって

「神様ありがとうございます。こうして日々生きられるのは神様、仏様のおかげでございます。

守護霊さん守護神さんありがとうございます」というように、常に神様に感謝できる人、神様といわなくても、先祖でもいいですよ「ああ先祖の方がみんな守ってくださって、私はこうやっていられる、ありがとうございます」と思える人は、それは神様に通じますからそれもいい。

そのように常に感謝しながら、しかも少しでも人類のためになるように心がけて実行していなければ、それは人間として価値がない。





『悠々とした生き方』 五井昌久 白光出版 



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 



2017年8月14日 (月)

人間は神の子なのにどうして動物以下の行動をする人がいるのでしょうか?




もしかして、みなさんが一番知りたかったことは、このことなのかもしれません。

私は人間神の子、我即神也、人類即神也をしきりに言っている。

「なるほどその通りかもしれない、だが今の人間は神の子にほど遠いではないか?そんな人間をとてもじゃないが「あなたは神の子です」なんて言えたものではない、他人だけではなく、自分のこともとても神様なんて思えない」

・・・・それが本音だと思うのです。もっともだと思います。

だが、しかしやっぱり人間は神の子なのです。

神の子の美しい光り輝いている本心を、業想念というカルマが覆っているのです。

そのことをとてもわかりやすく説明してくれています。是非、読んでください。
 

問・・・・人間は神の子であって、他のすべての生物は被造物(神によって造られたもの)であると伺っていますが、動物にも劣る行為をしても反省しない人間もいます。

万物の霊長であるならば何故そんな行ないをするのでしょうか。



『神の子たらしめんとして平和の祈りがある』

五井先生のお答え・・・・人間は万物の霊長であり、神の子であるということは真理なのです。

しかし私たちの考えている人間というのは、神人(しんじん)あるいは真の人であって、現在の人類というものは、本当の人にはなりきっていないのです。

まだそこまで進化していないのです。

人間神の子というのは、進化しきった時の名称であって、いまだ神の子の姿を本当に現わしてはいないわけです。

人間と動物性が混ざり合っている人間が大半で、平均して人類はそういう状態です。

それで今この宇宙の変化というものは、地球世界の人間を急速に神の子たらしめんとして、神々が働かれている状態です。

どういうのを神の子というかというと、分霊(わけみたま)の自分と守護霊守護神が一つになって、想念行為をしている。想い、行なっているという状態です。

守護霊守護神を離れて、自分勝手にやっているものは、神の子でも神人(しんじん)でも真人(しんじん)でもないのです。やっぱり動物なんです。

ただ誰も彼も、どんなに悪そうに見える人間でも、守護霊守護神は働いていて、神の子の本質があるわけです。

ただ業想念でおおわれている。厚くおおわれているものは動物以下の働きをするようになる。

何故かというと、考える力とか創造する力とか、計画する力が人間にはありますから、動物よりずっと利口に立ち廻れるわけです。

それは神の子ではない。神の子の姿が隠れていて、業想念がそのまま現われている。

大体、今の人間はそういうふうになっています。

ですから誰も彼もが神の子、というわけにはいかないんです。神の子であるけれども、神の子の姿を現わしていない人のほうが多い。

たまたま現わしていることがあるけれど、また悪魔的なことが現われたりしている。

玉石混淆で動いています。


それを我々の平和の祈りによって、すべてを神の子たらしめんとして「守護霊さんがあるんですよ。守護神さんがあるんですよ。そして守っているんですよ。一つになれば神の子になるんだよ。だからも守護霊さんに感謝しなさい」というように教えているわけです。

そして世界平和の祈りの祈りのような、横に広がってゆく人類愛の祈り言を教えているわけです。

それでその波動圏に入っていけば、大光明のところだから、そこで洗い浄められてゆくうちに、神の子になってしまうわけです。・・・・・




『内なる自分を開く』 五井昌久著 白光出版



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





 

2017年8月13日 (日)

自分で納得して地球に降りて来たのです



いつになるかは明言しませんが、もうすぐ地球は素晴らしい星に生まれ変わります。

3次元のがんじがらめの世界から4次元、多次元の自由自在の何ものにも縛られない世界に移行するのです。

そこにはお金も病気も貧乏も戦争もテロも脅威もない、猛暑も極寒も天変地変もない、なぜならばそこは地上天国になっているのですから・・・・。

今はその直前です。もうすぐトンネルを抜けて光が見えて来る、後数十センチ、数センチ掘り進むとまったく違う世界へと変わります。

夜明け前が一番暗いのです。今がその状況です。

だからしんどい人、体が不調和な人、思った通りの納得した人生になっていない人、これから何をすればいいのか分からない人・・・・悩んでいる人がたくさんいるのです。

目標も失っている。

「こんな人生嫌だ」と思いますよね。

しかし今の状況、しんどさは、生まれて来る前から、地球に降りて来る前からわかっていたことなのです。

想像してみてください。お金はたくさんある、自分も家族も友人も周りの人もみな健康そのもの、みんな仲良しで、喧嘩など最近見たこともない、毎日美味しいものを食べ、好きな趣味に興じることが出来る、そして永遠の生命なので死ぬこともない・・・・・・

私たちはそんな生活を送っていたのです。幸せは幸せでした。悩みも苦しみもないのです。

しかし、「こんな生活には飽きた、苦しいことがあってもいいからもっと充実した生活を過ごしたい」

そう思ったときでした。

「地球という精神的に幼い星がある、もうすぐアセンションを迎えるのだが手伝ってくれないか?アセンションという宇宙でもめったにない大イベントを経験出来るんだよ。

ただ、やりがいはあるが生半可な気持ちでは出来ない、苦しいこと、辛いこと、痛いこと、悲しいこと、理不尽なことだらけを体験することになる、あのお釈迦様やキリスト様でさえ大変ご苦労をされた、どうだやるか?」

と神様(宇宙神)から打診を受けたのです。

「わかりました、その話、お受けしましょう、どんな辛さにも耐えてみせます」と覚悟を持って地球に降りて来たのです。

ただ記憶は一切消され、ゼロからのスタートでした。

さて地球での生活は不可思議なことばかりです。「なぜそんなことを想うのだろう?」「どうしてもっと人に優しくしてあげれないのだろう?」「お互いに思い遣れば争いなどは起こらないのに」・・・・・。

世の中に合わそうとすると自分の本心(良心)に逆らって生きなければならない。

反発して生きると職を失ったり、いじめに遭ったり、浮いてしまう。上手く生き抜くことが出来ない。

自分は一体何者なのか?他の人となぜ違うのか?・・・・。

ここに毎日のように読みに来てくださっている人は、おそらく地球以外の進化した星から世直しならぬ、星直しのミッションを受けて天下って来られたのです。

冒頭の文にありましたように自分から進んで、地球という星に飛び込んで来たのです。

だから違和感があってあたり前です。他の人と想念が違って当然なのです。

記憶が消されても根本の本心は前の星にいたときのままだからです。


そして世界平和の祈りに出会った、懐かしかったと思います。

「世界平和の祈りは」宇宙共通の言霊だからです。

今の自分の状況がどうであろうと、病気であろうとお金に困っていようと余裕がなかろうと、自分のことはひとまずどうでもいい、それよりも日本が地球が宇宙が壊滅しては意味がない、そうだ「世界平和の祈りを一生懸命に祈ろう!」と思ったのです。(私がそうでした)

後のことはわかりません。

いつアセンションが来るのか?自分がいつ整って来るのか?そんなことは今はいいのです。

今は、神界の波動を地球に降ろすしかないのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


 
 


 

2017年8月12日 (土)

今の自分を救うには?




今の地球上の波動(エネルギー)の状態はどうか?というと汚れに汚れています。

それは空気が淀んでいるのに何とか生きているという状態です。

なぜ生きていられるか?というと慣れてしまっているからです。

でもそれも限界、・・・それが病気になったり、身体の変調であったり、現象面の不調和な出来事、ついマイナス思考になったりだとか、迷いであったり、「ああだこうだ」「どうしたらいいのかわからない?」「何を信じればいいのかわからない」・・・つまりスッキリしない心境の状態です。

それにも増して今は猛暑が襲っています。

人類の業想念が吹き出て、それをまともに受けると正常な判断力を狂わしています。(政治家、指導者がそうなっています)

それは3次元(肉体界)の汚れた波動に意識を合わせているからです。

普通に頭を使って、普通に生きていてはもう肉体界ではまともに生きていけなくなっているのです。そう感じてる人は多いと思います。

本来はもっと波動は善いはずなのです。無意識であっても何の迷いもなく直観で生きられてあたり前なのです。

神界の素晴らしいエネルギーがそのまま地球に降りていたならば・・・・・。

いや降りているのです、2012年から宇宙からの波動は5次元へと変わっているのです。

降りてはいるのだけれど、人間が受け取れていないのです。

そして自分や人類が作ってしまったマイナスの業想念が自分のボディ(体)である幽体を汚し、肉体界にくっついている潜在意識の世界である幽界を汚してしまった。

だから今、肉体界にはその幽界が現われている。

今こそ、私たちはそのことに気づいて、神界(宇宙)からの美しい、素晴らしいエネルギーを受け取らなければならないのです。(まず自分を守るために)

そして神界から受け取った縦┃のエネルギーを、人類のための横に━に流してゆくのです。

すると人類も少しずつ元気になってゆきます。(覚醒する)

神界(宇宙)に繋がるには、宇宙神と同じ意識にならなければなりません。

宇宙神はなにを願っておられるのか?それは「宇宙すべてが平和であれ」なのです。

それに対し私たち人間は、世界(宇宙)人類が平和であることを願う、すると理念が一つに繋がり宇宙神のエネルギーが肉体の器に入って来るのです。

自分の中の業想念(過去世を含めて)がどんどん消えてゆきます。

祈れば祈るほど、肉体意識が神意識、宇宙意識へと変わってゆきます。

体の中には綺麗な波動、エネルギーが流れるようになります。

時期が来ると体の変調も3次元の不調和も消えてゆきます。

がしかし、次々に襲って来る業想念をどうすればいいのか?それは、世界平和の祈りをたゆみなく祈り続けるか、下丹田(かたんでん)を意識してください。

下丹田(へそ下3.5センチ)は、シェルターなのです。

どんな業想念も入ることが出来ません。

そして宇宙からの縦のエネルギーと3次元の横のエネルギーが一番交流しているスポットです。台風の目のようなもの凄いパワーがあるのです。

意識を頭から下丹田(へそ下3.5センチ)に移すのです。

自分の体(170センチ65キロ)が小さくなってゴルフボール(もっと小さいほうがいい)のような小さな透明のカプセルに入り、下丹田でクルクルと回してください。

そして回りながら世界平和の祈りを祈ってください。(大丈夫目は回りません)

不調和なものがどんどん取れていきます。

それよりもなによりも自分がどんどん楽になってゆくのです。異次元、高次元の波動の中にいるからです。

みなさん、波動の良い所に自分の身を置きましょう。

それには、光に飛び込んでゆくしかないのです。

自分が光の柱(パワースポット)になるしかないのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




追伸・・・祈ることに疲れた?集中出来ないときは、ただ下丹田に意識を下げる(頭)だけで楽になります。何も考えが浮かんで来ない不思議なスポットです。または立っているときは足の裏、座っているときはお尻の肛門、つまり体の最下点に意識を置くこともやってみてください。冷静になれます。肉体から意識を外すことになります。



推薦図書

 

『調和波動気功法』宇宙天使からの贈り物 于 寿明著 三晃書房

『無限なる癒し』于 寿明著 星湖舎

『無限次元への誘い』ピラミッドの秘密 于 寿明著 星湖舎

『無限なる幸せを体得する方法』正しい統一、呼吸法 于 寿明著 星湖舎

『無限なる勇気』ほんとうの勇気とは于 寿明著 星湖舎




 

2017年8月11日 (金)

今こそ、世界平和の祈り

北朝鮮がミサイルを日本の3県の上空を通過させると発表しました。まさしく一触即発、危機的状況です。

日本国民の多くは、自然と「日本が平和でありますように」と祈ったのではないでしょうか?

事は、日本、北朝鮮だけではありません、アメリカも韓国もすべての国が大きく影響しています。

すると「日本、アメリカ、韓国、中国・・・・・」の平和も同時に祈りたくなるのです。そしてすべての国を包括する「世界人類が平和でありますように」と祈ると、その中には元凶である北朝鮮も入っているのです。

そして人類の中にはISやテロに人たちもみんな入っています。

そして世界とは地球世界だけではなく宇宙人類まで及んでいるのです。

みなさんはピンとこないかも知れませんが、地球よりも精神的に子供の星も存在するのです。日本の戦国時代のように同じ国同士が戦ってばかりの星もあるのです。

なぜ神様(宇宙)は、そんな幼い星を創ったのか?平和な調和な愛に溢れた星を最初から創ればいいじゃないか?と思うのですか、それでは進化しないのです。反省がないからです。

「ああ自分たちはなんて愚かなんだ」「自分もあいつも宇宙神という同じ光から分かれた分霊だったんだ、尊い存在だったんだ、兄弟姉妹だったんだ、仲良くしよう」と真理に気づかせるためにあえて不調和な状態を作り出しているのです。

まさしく地球がその瀬戸際なのです。ここで気づかなければほんとに滅びてしまいます。

そして用意されていたのが、「世界平和の祈り」だったのです。

私は今、寝ても覚めても「世界平和の祈り」を祈っています。祈りまくっています。(特別な印も組んでいます)

今、祈らなければいつ祈るんだという気持ちでいます。

効果?は抜群です(笑)。「世界平和の祈り」にはもの凄いパワーがあるからです。

宇宙神の応援が入ります。

お釈迦様、キリスト様、老子様、・・・・地球に降り立った聖者賢者が全力で援護してくれます。(彼らの悲願であるからです)

金星等進化した星の宇宙人、宇宙天使たちがどうすれば地球が救われるか?目覚めるためにはどうしたらいいか?考えてくださっています。

そして守護霊、守護神が私たち個人も人類も同時に救うために東奔西走しておられるのです。(霊界、神界から幽界を浄めに浄めてくださっています)

今が地球始まって以来、一番応援が入ってるのではないか?と思うのです。

それだけ神々は必死です。神々は愛そのものなので、地球を救うために援助を惜しまないのです。

なのに人間だけがまだ「やれお金だ」「やれ夏休みだ」「癌になってしまったどうしよう」と自分のことばかり考えているとしたら、ほんとにまずいです。

気づいた人から始めましょう。世界平和の祈りを真剣に祈りましょう。

大丈夫です。この言霊はもの凄いので、業にまみれ狂った人に光(愛)を届けるのです。

そして気づくのです。

「俺はなんてことをしようとしていたんだ」・・・・と。

人類を目覚めさせるためには、「世界平和の祈り」しかないのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


2017年8月 9日 (水)

神様は怒っておられます



今、私は五井先生の動画を聴いているのですが、五井先生が怒っておられる場面はほとんどないのです。

先生は真理をやさしく説き、病気の人を治し、多くの人の魂を救って来ました。

その頃の人たちはその慈愛(無限なる愛)に救われたのでした。

しかし今回は違うのです。神様(五井先生)は真剣に怒っておられます。

相手は地球人類です。私たちです。

地球がこうなってしまったのは、お金だ、健康だ、レジャーだと感情を喜ばすことばかりに執着し、自分が何者であるかを忘れ去り、神様(サムシング・グレート)から離れた想念行為を繰り返し、結果、破滅寸前まで来ているのです。

「人間よ、目覚めよ」・・・・ですね。

しかし五井先生の怒りは感情ではありません。聴いていると涙が出てきます。

慈愛に溢れてるからです。みなさんも是非、聴かれてみてください。




https://www.youtube.com/watch?v=sJcFI3Zvjco&list=PLY56PAu1vEj9yo_dtJjCDsS7ielFZUyRN




  追伸・・・私たちの肉体はどう頑張っても120年もすれば消えます。

周りの人も死んでゆき、周りの景色も変わります。すべては消えてゆくのです。

そして残るものは何か?というと神様から戴いた永遠の光(生命)だけなのです。

それしかない、なのに私たちは肉体に固執します、外見を気にして病気になると慌てふためく、自分というものなんてないのに、私なんていないのに、「私というのは、神様にわたしてしまいなさいと」五井先生はおっしゃっています。

死ぬことも怖くない、病気になることもなんでもない、それは自分の生命ではない、神様の生命なのだとわかるからです。

そして生命を光輝かせ、生き生きさせるために世界平和の祈りがある。祈りの有り難さがわかります。

 

2017年8月 8日 (火)

調和波動気功法セミナーへのお誘い




みなさんこんにちは、前回のムーン・リバー・スターのセミナーにはブログの読者の人が3人も来て下さいました。

3人の方に共通していたことは、ほとんど何も考えず、直観で来られたということです。「行こうかな、止めようかな」「お金どうしようかな?」「どんなところだろうな?」というような迷いはないのです。

それは守護霊さんが「行け!」と猛烈な光を送っていたからです。

人間は自分で自由に動いていると思っていますが、守護霊さんに動かされていることが多々あります。しかしすべてではありません。

すべて守護霊さん守護神さんの言う通りに動いていたならば、宇宙の法則に乗ったことになり、聖者、賢者、悟った人になります。

守護霊さんの意志のままに動くというと自分の意志はどうなるのだと思うかも知れませんが、本心イコール守護霊さんなのです。

守護霊さんは、守っている孫たちの思い通り(本心)に行くように、一生懸命24時間プラスα、寝ずに見守り、メッセージを送り続けてくださっています。感謝しかありませんね。

話が逸れましたが、調和波動気功法のセミナーは、場の波動が素晴らしいのです。

参加された方は、「こんなに雰囲気の良いセミナーは初めてです、みなさん若く光り輝いています」とおっしゃっていました。

波動が良いとは光が一杯に溢れているということです。

その場に居ると魂が光のシャワーを浴びて喜ぶのです。

そして、ご本人だけではなく、「守護霊さんも喜んでいらっしゃる」そう思ったのでした。

親孝行?日ごろお世話になっているほんとうの親である守護霊さんを喜ばせたいのならば、是非、調和波動気功法のセミナーに参加してください。






         『森の会』

 

 

        
 

★日時 8月20日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  于寿明先生先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8000円(小学生4~6年生4000円)


参加したい人はご遠慮なくグッドムーンに連絡をくださいね


携帯 080-1444-0018 (ショートメールに連絡先を入れて戴いてもいいですし、夜中以外は電話口に出ます。ご遠慮なくお電話ください)




調和波動気功法

http://www.harmony-wave.jp/


 

  

2017年8月 7日 (月)

ほんとうの自分はどこにいる?


 
大昔の人で、浦島太郎のように急に現代にやって来て、もっとも驚くものの一つにテレビがあると思うのです。

四角い箱の中に人間が映っている、それも自分の知っている人が映っていたとしたら、その箱の中に人間が入っているのか?と思うかもしれません。

しかし本人はテレビ局に居たり、テレビカメラの前に居たりするのです。

それと同じように肉体人間とは、人間の現われのほんの先っぽであってほんとうの自分(本心)は、幽界、霊界、神界を超えてもっと奥の世界に居るのです。(神界よりも奥です)

人間が迷い苦しみ、病気、貧乏など不調和な状態にあるのは、本心イコール肉体の自分になっていないからです。

頭のてっぺんを百会(ひゃくえ)というのですが、ここには、本心からの光が真っ直ぐに降りて来ているのです。

この光、エネルギーのことを霊要素というのですが、この霊要素が入らなくなると人間は肉体界を離れ、幽界、霊界、神界へと往生(生きて往く)するのです。(つまり肉体の死)

神界の美しい光がそのまま映っていれば、覚者、聖者、悟った人、まともな人なのですが、霊界の低い層で少し汚れ、幽界で業想念にまみれ、肉体の百会に映って来たときにはすっかり汚れ切っているのです。

それが「ああだこうだ」であり「あいつは嫌いだ、好きだ」「あんな奴死んでしまえばいいんだ」であり「どうしていいかわからない」・・・・等の迷いの元凶となるのです。

人間が愛に溢れ、本来の素晴らしい姿を顕わすには、幽体、幽界(幽体は個人、幽界は人類)を浄めなければなりません。

世界平和の祈りは、宇宙神の理念であり、宇宙最高の祈り言霊であり、人間が肉体界を去ってもずっと祈り続ける宇宙共通の祈りなのです。

そんなもの凄い祈りが、人間が作った業想念を消せないわけがないのです。

祈っていると今まで気にしていたことがどうでも良くなります。安心感が湧いて来ます。今までどうしても許せなかった人を許せるようになります。

それは業想念が消えたのです。心が晴れたのです。浄まったのです。

物事は、目に見えない心のエネルギーが変化してから目に見える現象が起きるのです。

心が主で肉体(物資)が従です。

世界平和の祈りを祈ったからと言ってすぐに奇跡が起きるかどうかはわかりません。

人によって幽体の汚れ具合が違うのです。

しかし光が入ることによって闇は小さくなるのです。大難が小難になるのです。

これが消えてゆく姿です。最後に残るのは神さまの光だけです。

白光以外のくすんだ光は、世界平和の祈りで消されてゆき、益々綺麗になって行きます。

人間のミッション(使命、天命)とはほんとうの自分(神)を肉体界に現わすことです。

それしかありません。

「医者になりたい」「大統領になりたい」「大金持ちになりたい」・・・・などはほんとうのミッションではありません。

そこに人類愛があったとしても、すべての個人的なミッションは「世界(宇宙)人類が平和でありますように」の祈りの中に入ってしまいます。

五井先生が「世界平和の祈りを基盤として日常生活を送りなさい」とおっしゃっているのはそういうことです。

世界平和の祈りを祈っていると個人の願い事はすべて整うことになります。

話が逸れてしまいましたが(笑)ほんとうの自分は肉体というちっぽけな存在ではない、宇宙大に拡がっているとてつもなく大きな存在なんだということを知ってください。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



 

2017年8月 6日 (日)

今、人間の中で何が起こっているか?



原始時代の人間、明治時代の人間、そして今の現代人では当然肉体人間の波動体は違って来ているのです。

身体も大きくなっているし、丈夫にもなり、精神も穏やかにもなって来ています。

それは宇宙から降り注ぐエネルギーの質が変わって来ているからです。細かくなっています。

プラスのエネルギーになっています。

そして私たちは知らない間に、体質や思考等も徐々に変えられて来ているのです。

粗い波動に合わなくなっているのです。

金星等の進化した星では、お肉(その他)を食べません。

肉体を冒す身体に悪いものは、食べる前に察知、もしくは美味しさを感じなくなることによって受け付けなくなるのです。

先日のブログで私は、9割の病気が無くなる、コンビニの9割の商品が消えると書きましたが、それは人間の体質、波動体が変化するために当然起こることなのです。

「私はお肉が大好きだ、防腐剤の入った弁当も美味しい、糖分のたくさん入った清涼飲料水もやめられない、炭水化物を減らすくらいなら死んだほうがましだ」と言っている人たちがなぜか食べれなくなるのです。

それは波動が細かくなったので、粗いものと共鳴しなくなるからです。

今、徐々に体質、波動が変わって来ている人がいます。

幼い子供たちは生まれたときからすでに細かい波動体なのです。

世界平和の祈りを真剣に祈っている人も一般の人とまったく波動が違うのです。

自然にまかせて思考や波動が変わればいいのか?流れに乗ればいいのか?そうではありません。

地球が今までアセンションに6回失敗したのは、努力を怠ったからです。神様任せにしたからです。

アセンションの成功(7は完成を意味する数字)は世界平和の祈りを祈る人によるのです。

世界平和の祈りを祈り、印を組み、曼荼羅を描き、神人(しんじん)になる人が3万人(今は1万数千人)になることによって、もの凄い光の柱が宇宙から降りて来るのです。

そのときがほんとうの地球の完成です。

私たちのミッションは、地上に神の姿(本来の姿)を顕わし、光を降ろせる器になることです。

それしかないのです。

肉体も3次元的なこともすべては消えて無くなります。虚しいものです。

最後の残るのは、神(愛)である自分の姿だけなのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



追伸・・・今、世界平和の祈りを祈り、印を組んでくださっている人がかなり増えています。ありがとうございます。嬉しい限りです。しかしそれで終わりではないのです。マンダラ(我即神也・人類即神也)を描き神人(しんじん)になるための課題がいくつかあるのです。

神人になることは、宇宙神と完全に繋がることを意味します。波動がより細かくなります。

ご褒美で肉体を持ったまま宇宙旅行に行けるようになるのだそうです(笑)。

ただ基本は祈りと印です。徐々に意識を上げてくださればいいと思います。


 





 

人間は波動体なのです

 

私たちは肉体(固体)が自分だと思っていますが、実は光の波動体なのです。

宇宙からのエネルギー(霊要素)が頭のてっぺん(百会)に入り、60兆の細胞を通り、神経(神様の道)を通って、足の裏(湧泉)から地球の中心へと流れてゆくのです。

精神、想念、言葉のエネルギーは波動であることがわかります。

言葉の言を横にすると口┃┃┃┃、口から波動が出ていることがわかるのです。

その波は、宇宙の果てまで届くのだそうです。

自分が放った言霊が善い言葉であれ悪い言葉であれ宇宙にまで影響を与えているのだと思うと迂闊にマイナスを吐くことは慎まなければなりません。

言霊は宇宙の果てまで行った後、2倍になって返って来るのです。

マイナスも2倍、プラスも2倍です。

想念波動だけでなく肉体も波動です。精神波動に肉体波動がくっついているのです。

肉体波動は、役割が終ると消えてゆきます。(つまり死)

未来永劫、永久に生き続けるのは、精神、心です。

精神波動は波動が細かいのです、だから見えない、肉体波動は粗い、だから目に見えるのです。

意識が精神(本心)にだけあればいいのだけれど、人間は自分が肉体だと思っているので粗い波動のほうに意識が行くのです。

肉体は自己防衛反応が強いです。守ろうとするために相手を敵とみなします。

自我欲望が強くなるのです。

精神波動と肉体波動の隙間に入ったのが業、カルマ、マイナスの想念波動です。(間(魔)が差すと言う)

今、世の中に現われて来ているものは、業、カルマ、マイナスの想念波動です。

世界平和の祈りをすると意識が肉体波動から離れ、精神(宇宙・神)波動へと統一されます。

そして精神と肉体の間に詰まった(幽体)がどんどん浄められてゆくのです。

精神波動は時空を超えているので、過去世の想念も浄められてゆきます。

そして祈り続けてゆくと、光輝いた美しい精神波動(白光)だけになるのです。

近未来は、かなりの人が精神波動になります。

写真を写しても肉体が写らず、光のみが映ったりするのです。(ちょっと怖いかな?)

進化した星の宇宙人はみなそうです。だから私たちには姿が見えないのです。

実は、地球に降り注いでいる波動は、精神波動に変わっているのです。(2012年から5次元の波動になっている)

がしかし、私たちがまだ「自分は肉体だ、肉体がすべてだ」と思っているのでなんら変わらないのです。

それどころか、精神波動と肉体波動の間に詰まった業が吹き出ているのです。

私たちはもうそのことに気づかねばなりません。

でないと人間も地球も不幸を続ける(消えてゆく姿)ことになるのです。

病気も貧乏も、戦争も飢餓も猛暑も極寒も、台風も豪雨ももう終わりにしましょう。

世界平和の祈りで早く地上天国が来るようにしましょう。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



五井先生の動画で人間は肉体ではないとわかってください。


https://www.youtube.com/watch?v=qu-JQWJ0SSM



  

 

2017年8月 5日 (土)

近未来に起きること



数ヶ月に1回、数ヶ月から数年後の近未来について書いているのですが、今現在から40年前の日本の景色と今の景色はまったく違ったものになっていることは気づいておられると思います。

ただこれから先は40年が2年くらいのスピードで変化してゆきます。

2年後にはまったく違う世界になっているのです。

それは人間の意識が変わり、それに伴って現象面が変わるのです。

経済はどうなるか?

ますます二極分化が進み、極僅かの大金持ちとお金に依存しないで生きてゆく人たちに分かれます。

地球はマネーゲーム化されており、トップの金持ちになれば地位と権力を握ると思っているので必死になってかき集めています。

しかし気がついたときには、みんなお金に依存していないのです。

意識が上って感情を超えているのでお金が無くても生きてゆく術を考え出しています。

先ほどの記事で金星のような進化した星にはお金が無いと書きましたが、お金というのは感情(勘定)なので感情処理が出来ないからお金という媒介が必要だったのです。

これから時代は物々交換の時代に入ります。(後退しているようですがそうではありません)


それから9割の病気は治ってゆきます。

病気とはエネルギー(気)が病んだ状態であることがわかるようになり、自分で波動調整するようになるからです。(金星人はみなやっています)

身体に悪いものはこれからどんどん淘汰されてゆくでしょう。

今コンビニに売られている9割の食品は無くなります。(健康は波動調整だけでは維持出来ません)

そしてAI(人工知能)によってこれまでの仕事がかなり無くなってゆきます。

世界の大富豪はお金を集めるために益々AI化、無人化していきます。

仕事は、人が生かされるもの、喜ぶもの(感情ではなく精神が)、宇宙が応援したくなるものだけに限られるようになり、職業を持つことで生計を立てるという概念も無くなっていきます。

あまり詳しく書くと枝葉的になってしまうので、後はみなさんで想像してみてください。




追伸・・・世界平和の祈りを祈っている人は、神界に通じているのでエネルギーを縦に降ろせるのです。(縦取りという)

そして神界(宇宙)には無限の叡智、そして無限なる富があります。

つまり無限の富(お金)が天から降りて来るのです。

一方、マネーゲームは横取りです。取ったものは取り返されます。そして有限なのです。

祈っている人はお金に困ることはありません。

それは人類にとって必要な人を神さまは困らせるようなことは絶対にしないからです。

大金持ちにはならないかもしれませんが(笑)、3次元は整って来るのです。


 


 

猛暑、極寒は人間の想念と関係ありますか?

  

 

2017年8月5日現在、台風が九州に近づいています。

なおかつ、殺人的な猛暑が日本を襲っています。

殺人的というのは大げさかもしれませんが、暑さで亡くなる人がいるというのは事実です。

私も前世、前前世、前前前世・・・・・ずっと14、15歳の早い時期に死んでいたそうなので59歳まで生きているというのは奇跡であり、猛暑を何度もくくらなければならないのは、やはり苦痛なのです。

毎年必ずのように体調を崩し、夏風邪、下痢を繰り返します。

アセンションで楽しみなのは、猛暑、極寒が無くなることです。

それは夏は人間のもの凄い業(人間の間違った想念)が吹き出ているのであり、冬は発散されずに溜め込まれているのです。

これらはすべて人間の想念が気候に現われており、幽界にある汚れた想念、神様から離れた間違った想念エネルギーを浄めなければ、異常気象(豪雨、台風)も天変地変(地震など)も、無くならないのです。

2012年、宇宙からのエネルギー(波動)は5次元になりました。

しかし人間がいつまでも肉体意識のままだと周りの状況は変わらないのです。

地球はどこへ向かおうとしているのか?

それは一段?二段?次元の上昇した大人の星へ移行することは宇宙の法則により決まっているのです。

金星のような大人(精神的)の星になりjます。

金星もかつては地球と同じようなことをやっていました。

二元対立あり、戦争あり争いあり、感情(勘定)処理が出来なかったで、お金も存在していました。

そして同じように猛暑、極寒異常気象、天変地変もあったのです。

しかし今の金星には春と秋しかないそうです。

人間の気性が穏やかになることによって気象も落ち着いているのです。

早く、猛暑、極寒、天変地変の無い星にするにはどうしたらいいか?

それは、人間が世界平和を祈ることで自分たちのボディである幽体を浄め、守護霊守護神に幽界を浄めて戴くことで、浄まった世界である神界が直接肉体界に降りて来るのです。

自分の未来、地球の未来は私たち一人一人の祈りにかかっているのです。


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


 

2017年8月 4日 (金)

霊的な人は甘えるな!





ちょっと厳しいことを書きます。 (2008年8月某日のブログより)

霊的な人、つまり目に見えないエネルギーの影響を受けやすい人は確かにいます。

器の大きい人、波動の細かい人、繊細な人、エネルギーの弱い人、強い人、つまりほとんどの人は多かれ少なかれ他人のエネルギーを受けています。

オーラ写真を撮ると実感するのですが、自分の肉体を自分が放ったエネルギーが覆っています。

そのエネルギーが写っているのです。

人間は肉体の他に幽体、霊体、神体があるのです。

オーラはその幽体の部分が写っているのです。

幽体の大きい人はビル一棟分の大きさがあるそうです。

だからこの人はビルの中に100人の人がいたら100人分のエネルギーと重なっているのです。

人のエネルギーをまともに受けてしまうのです。

人ゴミに行くと疲れるのはこのエネルギーをもらってしまうからです。

疲れるとは取り憑かれるという意味です。

だから疲れるのはわかります。

しんどくて何もしたくなくなるのもわかります。

でも甘えてはいけないのです。

自分は受けやすいからと3次元でのこの世での責任から逃げてはダメです。

それは業(ごう)に負けたことになるのです。


業(ごう)とはたくさんの人の想いのエネルギーです。 (自分の過去からの間違った想念もあります)

 

マイナスの集合意識です。


人間がつくってしまったものとは言え、凄まじい力があります。

でも、やっぱりそこで萎えてしまってはダメなのです。

それは甘えです。

だって神様は本人に耐えられないような試練は与えないからです。

耐えられないと思っているのは本当のあなたではないのです。

本心を覆っているマイナスの想いが

「耐えられない」 と決めつけているのです。

どれだけしんどくても辛くても必死で頑張って生きている人はたくさんいます。

業を受けやすいとか、マイナスのエネルギーが強いからとかは関係ないのです。

3次元のやるべきことは、人として任されたことや自分でやると宣言したことは一生懸命にしなければならないのです。

その姿を見て、神様は助けたり、メッセージを送ってくださるのです。

霊的な人は3次元でこの世のすべきことに甘えています。

甘えている人が多いのです。

3次元の仕事が出来なくて、自分に霊的要素がある人が、スピリチュアルな職業?に就くことがあります。

占いは、百害あって一利なし

占う人も占ってもらっている人も不幸になります。(過去世を知っても何の解決にもならないからです)



3次元のことをキチンとやり遂げて

始めて

4次元、多次元のことを語ることが出来るのです。


業に甘えてはいけないのです。


マイナスのエネルギーなんて認めてはならないのです。


業に甘えること、負けることを怠惰というのだそうです。


  
追伸・・・自分が何者か?(我即l神也)に気づいたとき、すべてのことは解決します。業やマイナスのエネルギーは人間が作った有限なもの、宇宙(ほんとうの自分)と一体になったら無限のプラスのエネルギーが無尽蔵に入って来るのです。自然と予知能力が付いてきます。占い等しなくていいのです。


 
  

世界平和の祈りについて


 

世界平和の祈りについては皆さん耳にタコが出来るほど私のブログで読まれていると思います(笑)

世界平和の祈りの大切さはもうわかった、だからもっと違う神秘的な感動的な話を書いてくれ、という声が聞こえそうなのですが(笑)

今は、言って言って言いまくってみなさんの潜在意識にインプットされるまで言い続けようと思っています。その他の話はその合間になりそうです。

今回は、私のメンター(人生の師匠)である于 寿明先生の世界平和の祈り観です。

五井先生とは少し違っているのかもしれません。

宇宙人から観た地球、宇宙人から観た地球人はどうなのでしょうか?







世界平和の祈りについて


私どもが唱えております世界平和の祈り、特に最初の世界人類が平和でありますようにという祈り言について述べてみたいと思います。


世界人類が平和でありますようにという祈り言を心に思い浮かべた時、その人は神様のチャンネルをひねったのと同じであります。


人類すべての悲願が結集し、祈り言となったこの言葉には、どんな人間の個我をも消してしまう大きな光がこめられ、放射されているのでありまして、この祈り言を、思い浮かべるだけでも私どもは大光明霊団の中に参加しているのであります。


ところで、この祈りの世界人類とは、どの程度の世界でありましょうか。勿論直接的には、私どもが住んでおりますこの地球を指しているのであります。

我々人間のいのちを細かくみて参りますと、それは光子という宇宙子から成っており、いのちの源はすべて波動から複雑に構成されているのであります。

宇宙に浮かんだ小さな星、この地球人類達は、こうしたいのちの成り立ち、いのちの仕組みというものにまだ気がついておりませんので、そのために宇宙人たちから 「幼い兄弟達」 と呼ばれているのであります。


私は今、宇宙人と申しましたが、実際この地球以上に、心も科学も数百倍も進んだ星々と人類が存在することは、事実でありますし、それのみならず、我々はこうした宇宙のすぐれた兄弟達から様々な援助を得て、一日一日を無事に過ごしているのであります。

世界平和の祈りはここに至って、地球人類のみならず、宇宙に生きるすべての我々の仲間、兄弟、宇宙人類が平和であるにという、宇宙の大調和をも目指した祈りであることが理解されるのであります。


この地球上には多くの国々があり、そのそれぞれの国は国交を結んでおります。

これからの政治家は、世界平和を根底に据えてかからなければ、一日たりと政治がとれなくなってくるでありましょう。

しかし、もっと真理を見極める眼を持ちますなら、単に地球という星の地上の国々との交わりというばかりではなく、星と星との交わり、星交というところまで進まなければ本当の宇宙全体の調和というものは完成されないのであります。

そして現在、我々にコンタクトを求めてきております宇宙の兄弟達は、この宇宙の大調和の中に、我々地球人類が一日も早く溶け込むよう、最大の助力を日々行ってくれているのであります。


 世界人類が平和でありますようにという祈り言は、宇宙神のみ心、愛の中に溶け入り、宇宙人類の一人として、全宇宙と宇宙人類全体の平和を祈り、又その愛念を彼らに送って、我々が日々彼らから受けております援助にも、応える形となっているものであります。

宇宙は玄妙であります。

そしてその玄妙な宇宙の運行を支えているものは、一点のわたくしなき、宇宙神の愛であります。


さて世界人類が平和でありますようにという祈り言には、さらにもう一つの奥義があります。

それは、人間というものの全体に向かって、祈り言を発しているということであります。

人間というものは、この肉体だけではありません。

幽・霊・神・大きく分けて、肉体以外にさらに三つの世界に生きているものであります。

この人間の本質、本体と申しましょうか、それぞれの世界に呼びかけ、霊界神界からの光の放射をしやすくする働きを、自然と持っているのが、世界人類が平和でありますようにという祈り言なのであります。


個人と人類の同時救済という性質を、この祈りは持っております。


さらにこの祈りは、人間の本体である光に向って愛と調和を放っている祈りなのであります。

ですから、心の中に 「世界」 と思い浮かべただけで、直ちにそれは、宇宙と人間の本体である光につながり、大光明を発揮することとなるのであります。


ちなみに宇宙人達は、こうした光体が自己の本質であることを熟知して、日々我々を助けてくれているのであります。


こうした世界平和の祈りを我々はたゆみなく祈って、宇宙人類と光と愛の世界建設のために邁進(まいしん)致しましょう。




  

 
『無限なる幸せを体得する方法』


~無限なる幸せの波動とは何か~

宇宙神からのメッセージ

大天使からのメッセージ

あなたはどんな時に幸せを感じますか

于 寿明 星湖舎

宇宙神からの真理のメッセージ




“地球人類よ 目覚めよ

心して目覚めよ

汝らは聖なる人々である

宇宙神の光の一筋そのものである

宇宙神の無限能力、可能性、叡智、直観力が内在しているのである

ゆえに汝らが真に究極の真理に目覚めた時

他のいかなるものにも依存する必要はない

外なる神にも宗教にも物質にも


すべては自らの内にある

それを自覚し信じ実行に移すことにより

汝らの希望はすべて成就されるのである

世界平和樹立のために立ちあがるのだ”




『つながり合う世界』 西園寺 昌美 白光出版


  

2017年8月 3日 (木)

ハイスピリット(高級霊)は上機嫌

  
英語でハイスピリットのことを上機嫌というのだそうです。

ハイスピリットとは魂が高い高級霊のこと

つまり魂が高い人はいつも上機嫌

上機嫌の人は、魂が高い人なのだそうです。

気分が良いとき、調子の良いときに上機嫌なのはわかります

しかし身体の調子が悪かったり、心配事があったときに高級霊のように上機嫌、つまりニコニコとしていられるか?

私は自信がありません(笑)

ところで高級霊とは誰のことなのか?

私は守護霊さん守護神さんのことだと思っています。

守護霊さんとは、亡くなったおじいさん、ひいじいさん、ひいひいじいさんが悟って霊界で力を付けて神様(守護神)に認められて守護霊になることを許されるのだそうです。

いくらかわいい孫、ひい孫、ひいひい孫を守りたくても、守るだけの智慧や能力がなければなれないのです。

そんな守護霊さんとはいったいどんな人なのか?

それは、いつもニコニコ、穏やかなお顔で私たちを守ってくださっているのです。

だからと言って甘やかせてくれるだけではありません。

守ってくれたり助けたり、メッセージを送ってくれたりもしますが、魂の成長を最優先させて、時には愛のムチも放ってくるのです。(時には病気にさせたり、貧乏にさせたりする)

その時の顔とは、鬼の形相ではなく、慈愛に充ちた菩薩様のようなお顔をされているのだと思うのです。

世界平和の祈りを祈って守護霊守護神さまに感謝をしていると守られやすくなります。

そして

守護霊守護神のエネルギーが流れて来て守護霊、守護神さまと一体になるのです。

これを三位一体(さんみいったい)と言います。

一体になると不動心になります。どんなことがあっても不安になったり動揺することが無くなるのです。

なぜならばとてつもない力を持っている守護霊守護神さまと一体になっているからです。

そうなれば、怖いものはありません。

安心感で自然と上機嫌になると思うのです。 高級霊と同じ境地になるのです。

自分がいつも上機嫌でいるには、守護霊さま、守護神さまと一体になるしかないのです。

それにはやはり世界平和の祈りしかないと思うのです(笑)



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます
 

追伸・・・・私が真理に出会って初めて読んだ本が、五井先生著「高級霊(ハイスピリット)は上機嫌」でした。

すごくわかりやすく、明るく朗らかな内容だったのでその後の堅い?難しい?本にもスーッと入っていけたことを覚えています。

易しい本から真理を学びたい人、明るく朗らかになりたい人、不動心、平常心になりたい人は是非、読んでみてください。



  


  

  

世界平和の祈りが人類を救う



五井先生の動画を観ていると、やはり波動が善いからなのでしょうか、スーッと魂に浸みてくるのです。

私が一生懸命に何時間もかけて書いているブログが動画だと10分で十分伝わってしまう。

だからといってみなさんが動画だけを観て悟れるか?というとそうではないのですが、今の時代は素晴らしいなぁと思うのです。

読むのが苦手な人は動画を何度も見直すことによって真理を理解してゆきます。

そしてSNSのフェイスブックは、フロー型です。情報がどんどん流れてゆくので少し前の投稿を引き出すことはめんどうですが、リアルに投稿者と読者が触れ合うことが出来ます。

ブログは、時間があるときに本を読むようにじっくりと思考することが出来ます。

ストック型だと言われています。(記録、情報が溜めておけるということ)

私はSNSを使って真理をお伝えしているのですが、その影響力は驚くばかりです。

いつの間にか、真剣に祈ってくださる人、印を組み始めた人、本を読んで真理を学ぼうとしている人がおられます。

実際に調和波動気功法のセミナーに参加してくださった人(なんと3名も)もおられるのです。

必要なツールすべてが揃っています。それだけ真理が一気に拡がる時期に来ていると思うのです。

そしてこの動画はすごいです。

私のお伝えしたいことのほとんどが凝縮されています。私が20年かかって得た情報を十数分で得られることが出来る。

これからはスピードの時代です。

短期間でみんなが悟る、みんなが幸せになる、・・・そして世界が平和になる。

そんなことをイメージした素晴らしい動画です。是非、ご覧ください。



https://www.youtube.com/watch?v=UsAgq4TCHjQ



  

世界平和の祈りは大清流のようなものなのですか?



質問: 私は自分に欠点が多いくせに、人様のことを、アレもいけない、コレもいけない、と思うんですけれど、いちいち言い切れませんし、わだかまりにもなります。

世界平和の祈りの言葉というものは、例えば、天から降ってくる清水のようなものと教わっています。

ですから平和の祈りの中にすべて入れて祈っていればよろしいわけでしょうか?

 

五井先生お答え: その通りです。自分のことは勿論、あらゆる汚れを大清流である、光輝いた清らかな神様のみ心の中に入れてしまうわけです。

ところが神様、神様といっても分かりませんでしょ。

神様というと、天照大神?観音様?いろいろな名前がついてしまうでしょ。

だから名前でなく、神様の目的にしたのです。

神様の目的は、この世の中には神様のみ心を現わすことです。神様のみ心というのは、端的にいえば平和、大調和なんです。

大調和の平和のみ心の中に入るために、神様の目的である、世界人類の平和を打ち出した。

ただ私たちが、世界人類が平和であれ、平和であれ、では、おかしいでしょ。

それで、神様が “世界人類が平和であれ” と光を投げかけてくるのに合わせて「世界人類が平和でありますように」と、お願いのように「ありますように」とやるわけです。

それで光の柱が一つになるわけですね。

大光明の柱の中に「世界人類が平和でありますように」という想いで入ってしまうわけ。

神様はもともと完全円満だから、神様の目的の中に入れば、そこであらゆるものは消されてゆくわけ。きれいになってゆく。

それを繰り返し繰り返しやっているうちに、自分自身もきれいになるし、人々もみんなよくなるわけです。

最後には、世界がすっかりよくなる。すっかりよくなるためには、お祈りだけではないのです。

いろんな発明もなされるし、宇宙子科学も出来るし、いろんなことが、いろんなふうに発達して、医学も、交通手段も、科学技術も発達してゆく。そうしてよくなるわけです。

だからお祈りだけでよくなる、というのではなくて、お祈りが根本になって、あらゆる文明文化が正しいものになってゆく。それで世界はよくなってゆくわけです。

そのよくなるための先達として、皆さんが世界平和の祈りをやっているわけです。


『質問ありませんか?』五井昌久著 白光出版




  

全想念を祈りの中に投げ入れるという意味は?



想っていること、考えていることをそのまま世界平和の祈りの中(光の溶鉱炉)に投げ入れてください。

そしてピッカピカに光ったエネルギーを受け取って、そこから生活を始めてください、と申し上げたのですが、わかったようなわからないような複雑な心境になられた方もいらっしゃると思います(笑)

これから人間は、肉体意識から、宇宙意識、神意識へとシフトしてゆくのですが、それは、肉体という古い頭で想い、患い、考えるということは、もう無くなる、卒業するということなんです。

「頭で考えないでどこで考えるんだ」「考えなくなったら動物と同じで人間お終いだろう?」という声が聞こえて来そうですが、

頭で考えるのではなく、神界にある自分の本心から流れて来るエネルギーが言霊になって話すようになるのです。

だから考える、想うという行為が無くなるわけです。(今までの私たちではなくなります)

宇宙人はテレパシーで対話をしています。(会話ではないのが味噌です)

これは、頭と頭が繋がっているではなく、心と心が繋がっている、と言えばわかりやすいでしょうか?

そんな状態にどうやったらなるんだ?というと最初に戻りますが、やはり自分の頭で考える「ああだ、こうだ」というどうでもいいカスの想い(ごめんなさい)を世界平和の祈りの高次元の世界へ投げ入れ、消してもらい、戴き直すことが、まったくの自然体でスー、スーと気持ちよく生きるメソッドなのです。


これは説明するのが、非常に難しいです。五井先生助けてください(笑)




『天地の通りをよくしよう』


宗教の極意に空とか、“無為になせ” という老子の言葉があります。

無為というのは、こうしようと思ってするんじゃない、ああしようと思ってするんじゃない。そのまま自然法爾(じねんほうに)無為になせ、ということです。

どういうことが空であり、どういうことが無為になすことなんだろう。自分がしようと思わないで出来ることがないじゃないか。自分が考えるからこそ出来るんだ。だから自分が何も考えないで出来ようがないじゃないか、と思うわけですね。

それは本当に人間というものをよく知らないからです。

人間を本当に知ってくると、肉体の中に現われてくる想いというもの、頭の中でゴチャゴチャと思う。

ああ今日はよい天気だろうか?雨が降りはしないかしら。今家で誰がどうしているだろうか、とこう思う。

そういう想いと人間の生命がそのまま法則に従って動いているものとは違うんですよ。

例えば、今ここで話を聞いているから、何も思いませんね。

だけど普通の場合は家を出ると、家はどうなったろう、ガスに火をつけっぱなしで来たかしら、どうかしら、と今思ったってどうしようもないことを思っているわけです。

人間はどうしようもないことのほうを余計に思っているんじゃないですか?

例えば来年子供が高校へ行くんだけれども、今どうしようと思っている。今とやかく思ったってしようがない。

必要な時にその活動を開始すればいいわけでしょ。だから大体頭の中の想いのほうは、本当の実体の身になるものが出てこないで、かすばっかり出てくる。

それなのに考えなきゃしかたがないと思っているわけ。

ところが達人になりますと、老子までもいかなくても、相当な人になれば、一日中いちいちガチャガチャ思わなくたって、そのままスースーと生きられるようになる。

それはどうしてかというと生命の力というのは自然に働いているからなんです。

心臓、肺、胃腸は自然に動いているのです。心臓の鼓動を自分できめるわけにはいかない。

肺を自分で動かすわけにはいかない。大生命の力が小生命になって動かしているわけです。

だからあらゆることが、本当は自然に動くのが原理なんですよ。

その原理を知らずに、あたかも自然に動いているんじゃなく、自分で動かなきゃ動かないような感じがしている。

子供なら子供の教育は、こうしなきゃ、ああしなきゃ、というわけで、あんまりかまいすぎて弱くしちゃったりする。

 かまった人が善くなるかというとそうでもない。

 野放しに放っておいても、丈夫になってピンピンしている子供もあるし、お金をかけて栄養だ栄養だとやっていても、弱い子もあるわけです。

 人間が一々頭で考えて育てていいものならば、そうして育てた子供は必ず丈夫になって、必ず偉くならなければならないけれども、野放しにしたほうが丈夫になる場合があるし、それが多いかもしれない。

 そうすると頭で考えてガチャガチャやったことが、果たして良いことか悪いことかわからないでしょ。

 だからこの頭で考える想いというものと、人間の本然の姿、いわゆる大生命から来ている生命の動きというものとは違ってくるんです。

 しかし本当は違っちゃいけないんです。

 けれども人間が違わせちゃう。それを業(ごう)というんですよ。

 神の法則として動いている大生命の流れからはずれたことを勝手にやっているのを業というんですよ。

・・・・・・・・

 人間の想いというのは、幽体という磁場つまり想いの波の流れる場所があって、そこに想いが一杯あるわけです。

 肉体にも磁場があり、霊体の磁場も神体の磁場もあるわけです。

 神体の磁場というのは、ズーッと大きく宇宙に広がっているのです。

 そうすると神体の磁場で大生命からの光が流れて、それが働きとなるわけです。

 それが霊体を通り幽体を通り肉体にスーッと流れてくれば、神のみ心がそのまま伝わっているわけです。

 神さまの行いが素直にそのまま出来るのです。

 それが霊体まではくる、幽体でもってクチャクチャと思っていると、想いが一杯つまっているから、光が入って来ないんですよ。

 光が屈折してしまう。そうすると幽体肉体に溜まっている、詰まっている想いが出て来て無為にしてなさないで、ああしよう、こうしよう、といつもいつも思い巡らしながらやっているトンマな生き方になる。

この自分の幽体で思っている想いを、神サマーって神さまの中へ投げ出しちゃうわけね。

 そうすると想いが守護霊守護神の霊体神体を通して、自分の中へ入っていく。

 神体に入っていくと、いうなれば穴があくわけだ。 通りがよくなる。

 すると神体の磁場で行なわれている命令が生命の動きが、スーッと肉体まで通っていくわけです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

『空即是色』 五井昌久著 白光出版

 

追伸・・・・文章はこの後もずっと続いてゆくのですが、要は自分の魂が喜ぶ生き方をするには、本来の素晴らしい自分を現わすには、自分の天命(ミッション)を果たすためには、宇宙法則に乗るということです。

私たちは地球人でもありますが、宇宙の一員でもあるのです。

そして宇宙は進化している、地球は今、進化の過渡期、変わらなければならない時期に来ているのです。(七劫目)

そのためには今までの意識ではダメなんです。

まったく意識を変えなければどうしようもないところまで来ています。

また自分の本心もそれを望んでいるのです。

結論は、肉体意識を捨て、神(宇宙・愛)意識になることです。

私は今回、久しぶりに五井先生の『空即是色』を読んで、新たな発見がありました、理解していたつもりがしっかりとわかっていなかったこともありました。

とにかく面白いです。奥が深いです。

そして奥深く入って行けば行くほど、スッキリして来ます。

それは真理を知ることを魂が喜んでいるからです。

みなさんも是非、読まれてみてください。



  
 

2017年8月 2日 (水)

目的を持つことがなぜ大切なのでしょうか?

 
 

私は下記の文章を読むにつけ、人間(人類)共通の目的とは、「世界平和ではないか」と思ったのです。

他に見当たらない、思いつかないのです。

個人的な目的とはみな小さな取るに足らないことばかりです。

「お金持ちになりたい」「健康になりたい」「幸せな結婚がしたい」「出世したい」「良い大学に入りたい」・・・・・これらはみな悪いことはありませんが、自我欲望を満たすもの、感情を満足させるものばかりです。

世界平和の祈りは、これらとは次元が違うのです。

個人的な欲望、感情を超えています。

国民の多くが、「世界人類が平和でありますように」の祈りの後に、「家族が健康でありますように」をつけ加えて祈ったのなら、それは人類愛の後に祈るだから光の溶鉱炉の中で個人的な祈りも消されるのです。願いは叶うのです。

それで良いと思うのです。

まずは、宇宙的な、グローバルな、究極の愛に溢れた祈りを祈る

それが人間(人類)が地球に誕生した大きな目的ではないでしょうか!





質問:ある人が「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」ということを言われたそうです。それはおそらく、生まれつきの顔の形というのではなく、内面的なものが顔に現われてきた顔のよさ、美しさということだと思います。

昨今の日本人の顔ですが、「電車の中で見かける勤め人顔は疲れきっている」と外国の人なんか言っておりますし、巷の若い女の人たちは顔つきに動物性が見えてきている、というようなことを聞いております。なぜこんなふうになってしまったのでしょうか?

 

五井先生お答え:日本の男女には目的がないからです。ただ日々を過ごしているだけですね。

皆さんは本当に幸せよ。 世界平和の祈りを広めよう、世界平和の祈りによって日本を救い、世界を救おう、という目的がありますね。そういう目的がある人はきれいだと思うんです。

人間は、高い大義に殉ずる、そういう生き方をすることが一番美しくなります。

そういう意味で40にならなくたって、自分の顔に責任を持っていいんですよ。私はまだ20幾つだから、40まで間があるわ、なんてそんな間伸びしたことを言わなくてもいい。

今日ただ今、美しくなればいいわけです。それにはやっぱり目的を持つということです。

ただお嫁さんにゆくとか、そんなのは目的になりませんよ。

もっと大きな意味で、人類の本当の平和を自分たちが創るんだ、という意気になって燃えてごらんなさい。

否でも応でも美しくなります。 中からあふれてくる美しさ、それにチョコッと化粧でもしてごらんなさい。うんと美しくなりますよ。

青年はただ結婚して、子供を残して、いい会社に勤めて、ただふわふわと生きて、マイホーム主義というの?

そんなことと国家の運命、世界人類の運命とは関係ないです。

マイナスになりますよ。 それだけでは。

マイホームもいいけれど、自分の家庭を守るのも勿論いいけれども、それと同時に、国を守り、世界人類のために働かなければいけませんよ。

根本に、大義というのが天地を貫いてあって、その中でマイホーム主義を、男女ともにすればいいです。

皆さんは美しく見える。 本当に自信を持ちなさい。鼻が低かろうと、口が大きかろうと、そんなことはあんまり問題じゃないんだ。

中の生命が “やろう!” と燃えている。大義のため、世界平和のためにやるんだ、という意気込みが美しくするんです。

それはあに青年男女だけではありません。

おばあさんだっておじんさんだっていいんです。

意気に燃えていると、おばあさんはおばあさんにならず、おじいさんはおじいさんになりません。

いくつになっても若々しく生きられる。

やはり生き生きとしなければダメですよ。 それには私というものがありすぎてはいけません。

自分だ、自分の家族だ、自分自分と自分というものがあると、生命が生きません。

自分は天から守護神、守護霊が守ってくれている。

自分の家族も天から守護神、守護霊が守ってくれている。

自分のこと、自分の家族のことは、神様にまかせておけばいい。

“生命を捨てざれば、生命を得ず” とイエスはうまいことを言った。

肉体的な生命を捨てなければ、本当の生命は生きないんです。

肉体の自分の満足なんか、ひとまずおいて、それをやってもいいけれど、根本は、国のため、人類のために平和を創るんだ、大義に殉ずるんだ、というところにスパーッと入っていかないと、決定(けつじょう)しません。

それを根本にして、テレビをみようが映画をみようが、ダンスをしようが、そんなことはかまいません。

根本が決まらないで、目的なくふらふらしていたんではダメですよね。

何をしたっていいんです。

あんまり固くなると、昔の宗教みたいになってしまいますからね。

根本だけたてていけばいいわけです。

『質問ありませんか?』 五井昌久 白光出版



 

 

 





  

淋しさは、どうやって癒したらいいでしょうか?

 

大家族でどれだけたくさんの血のつながった人が側に居たとしても、友達がたくさん居ても、たった一人になったときに淋しさを感じて悲しくなるようだったらその人は孤独だと思うのです。

反対にたった一人で身内が誰もいなくても、友達がいなくても、心が本心(神界・宇宙)とつながっている人は決して孤独ではありません。

いつも言っていますように、宇宙の中に自分が居るのではなく、自分の中に宇宙があるのです。

宇宙の中には自分と縁のある人ももちろん含まれるのです。


私たちは目に見える肉体界しか知らないので、肉体界との人との接触がすべてだと思い込んでいます。

しかしそうではないのです。

たった一人で居る時でも、後ろに守護霊さんが3人(体)、守護神さんが1人(体)必ず付いて24時間プラスα、夜も寝ないで見守ってくださっている。


悟った先祖のお祖父さんお祖母さんがいつも側に居てくださっているのです。(守護霊、守護神として)

意識を神界、そして守護霊さん守護神さんに向けて感謝していると必ず、気配を感じることが出来ます。 

「ああ自分は1人で生きているんじゃないんだなぁ、孤独ではないんだなぁ」とわかるようになるのです。

私たち肉体人間は、守護霊さん守護神さんと一体にならないと孤独感を決してぬぐうことは出来ないのです。



質問:私は一人でアパートに住んでいて娘たちはみんな嫁いでおります。とても淋しくて、うちにおりますと、耐えられないんです。時々どうしようか、と思うような時がありますが、そんな淋しさをどういうふうにして癒したらよろしいでしょうか。



五井先生お答え:

人間というものは、お年寄りになりますと、子供はみんな離れてしまって、夫に往かれ、妻に先に往かれて、一人になることが多いですね。

人間は肉体的にみれば、どんな人でも淋しいし、みんな孤独です。

いかに子供があって子福者(こぷくしゃ)でいいように見えても、結局はただ一人なのです。

ただ一人だけ、というのは肉体の世界でのことで、神霊の世界では、たくさん神様がついていらっしゃる。

守護霊、守護神もついていらっしゃるし、また霊界にいらっしゃる親戚知人、先祖の方々が、みんな一緒にいらっしゃるわけです。

肉体世界での孤独感、淋しさをなくすためには、やっぱり神と一体にならないといけません。

“神様ありがとうございます、いつも神様がついていらっしゃるのだ” と思う以外に、孤独感はとれませんし、空虚なものが必ずあります。

肉体というものが、本体(神)からズーッとつながっていながらも、肉体に把われると、そのつながりが分からなくなりますから、肉体というものを、いっぺん放して考えてください。

いくら映画をみたって、テレビをみたって、趣味をもったって、それは単なる付け加えであって

“神様ありがとうございます” といつも思っている以外に、孤独感をとる方法はありませんね。

先祖の悟った霊(守護霊)や縁者が一緒にいるんだな、神様がいつも一緒にいてくださるんだな、神様ありがとうございます、と思っていると、とても心豊かになります。

『質問ありませんか?』 五井昌久著 白光出版



  
 

人間は無限の能力を持っている




五井先生によると人間は100万分の3か5しか力を発揮出来ていないのだそうです。

なんともったいないことでしょう(笑)

自分の能力を十分に出せている人と出せていない人との違いはなにか?

それは自分が神の子であると知って、祈りによってどんどん本来の自分の姿、神の姿を顕わしているか?

それとも「自分なんてダメだ、人間なんてどうしようもない生きものなんだ」と思い込んでしまうかの違いなのです。

雲泥万里の差です。

天と地の開きがあります。

これから人間は本来の自分の姿を思い出してゆくのです。

確信を持って、「我即神也」を信じれば、信じた通りの自分(神)になれるのです。

今回の五井先生の動画は非常にわかりやすいです。

元気、勇気が心の底から湧いて来ます。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



『人間は無限の能力を持っている』 五井先生動画

https://www.youtube.com/watch?v=MJ8zLOCwles



  

 
  

2017年8月 1日 (火)

世界平和の祈りをすると、なぜ、自分も救われるのでしょうか?

 

世界平和の祈りの素晴らしいところは個人も人類も同じように調ってゆくことです。
 
世界が平和になったけれど自分は病気のまま貧乏のままでは理不尽?です。(笑)

一方世界は滅亡したけれど(そんなことは絶対にありませんが)、自分はそこそこ幸せになったというのもおかしな話です。

祈りというのは、生命(いのち)がのり出すということ、宇宙の素晴らしい光のエネルギーが個人の器にも世界人類にも降り注ぐのです。

でも、なぜそうなるのか?がわからなければ真剣に祈ることが出来ません。

五井先生がその質問に答えてくださっています。




質問・・・世界平和の祈りについてお伺いいたします。世界平和の祈りをすると、なぜ、自分も救われるようになるのでしょうか?



五井先生のお答え・・・・・まず大概の人が、個人の私というものと、世界人類というものとは別のような感じがしている。

ふつう何も関係がないような感じがしています。

自分一人がどうこうしたって、世界が動くものではないとか、すべては政治の責任とかいって、自分とは関係ないような感じがしている。

ところが、個人個人が集まって国家になり、人類になるわけですよね。

だから個人一人の動きというものは、大変な力を持っているわけです。

皆さん方一人一人の世界平和の祈りは、大きな大きなひびきをもって、世界中に広がるわけなのです。

ですから皆さん一人一人が大変な役目を持っている、ということは確かなことなのです。

そのように、世界平和の祈りというものは、世界人類のためにやるのだけれども、それは取りも直さず、自分のためにもなるのです。

自分の中には、病気だとか不安だとか、臆病な想いだとか、妬みの想いだとか、恨みの想いだとか、そういういろんな業想念があります。

それが世界平和の祈りを祈ると、世界平和の祈り持っている大光明の中で消されてゆくわけです。

消えてゆく姿のものはどこへゆくかというと、救世の大光明の中へ消されてゆくのです。

業想念が消えてゆくと、何が起こるかというと、人間は本来神の分け生命でしょ。

神の生命そのものですね。

だから本来の神の生命がそのまま生きてくる。

年中、神の叡智や能力が入って来ているんですよ。そ

れを人間は業想念でふたをしてしまって、拒絶しているわけなんです。

それで頭の中に溜まっている蓄電池の想いでもって、ああじゃない、こうじゃない、とやっているんです。

それを常に直通する、天地を貫く生命の波にすればいいわけです。

そのために、ああじゃない、こうじゃないという想いをなくす。

それが「空になれ」というお釈迦様の教えだったり、「無為にしてなせ」という老子の教えだったりするわけです。

だからこの業想念を取っちゃうんです。それが消えてゆく姿です。

過去世からの業想念行為が、運命となって現われて、病気になったり、不幸になったりするわけです。

病気になって現われた、嫌な想いになって現われた、不幸になって現われた時に、

「ああ、これは消えてゆく姿なんだな。世界人類が平和でありますように、みんなが平和でありますように」

という想いで祈りますと、その悪いことが祈りの中で消えてゆくのです。

消してくださるのは救世の大光明、神々なのです。

そうして消えてゆくに従って “世界人類が平和でありますように”という愛の気持ち愛の光明波動がそのまま自分の中に残るわけです。

自分の今まであった悪いものは消えて、新しく大光明のプラス面が入って来て(もともとあったんですけれど)記録されてゆくわけです。

それを繰り返し繰り返しやっていれば、いつの間にか過去世の悪いものはなくなって、世界平和の祈りの愛の気持ち、大光明のひびきが自分の心をいっぱいにしてゆくわけです。

だから、世界平和を祈ることは、自分のために祈ろうと思わなくても、世界人類のために祈っても、自分のためになるわけなのです。

自分も救われると同時に、世界人類も救われるんだ、というふうに広い気持ちを持って、気楽に、しかし真剣にやってください。

今は大変な時です。 世界に戦争の危機があります。 天変地異の危機もあります。

それに加えて各種の公害汚染の危機もあるでしょう。

あらゆる面が地球人類の滅亡に向かって走っているんです。

だからよほどの努力をし、よほど真剣に働かないと、地球を変えてゆくことは出来ないわけです。

そこで救世の神々、守護神、守護霊、過去の聖者賢者みんなが結集して、救世の大光明として私には世界平和の祈りをさせ、それに宇宙神と称する宇宙天使の方々は、宇宙子科学として私に働きかけてくる。

あらゆる面でこの地球の業を浄めようと思って、皆さんの体を借りて一生懸命やっているわけです。

しかし地球を救う責任者は、皆様一人一人なんです。

皆さん方が地球を救わなければ、他に救う者はないわけです。

地球人類が地球を救うのです。

宇宙神にしても、神々にしても、助太刀(すけだち)として働いてくださるのですから、まず自分がシャンとして、自分が救われると同時に、地球世界を救うんだ、という固い決意をもって、世界平和の祈りを祈りつづけてもらいたい、とこう思うわけです。

『質問ありませんか?』 五井昌久 白光出版


 

世界平和の祈りは宗教であって宗教ではない

 

タイトルを読まれて「何のこっちゃ?」ですよね(笑)

宗教とは元々、主にお釈迦様、キリスト様から広まったのですが、わかりやすく言うと宇宙を示す教えなのです。

お釈迦様もキリスト様も金星の人(霊止)です。

金星は地球よりもずっとずっと精神的に進化した大人の星です。

聖者クラスの人がたくさん住んでおられます。もちろん全員悟っておられます。

地球とは次元の違う高い意識を持っているのです。

その高い教えを各聖者は地球に降ろしたのです。それが宗教です。

だがしかし、お釈迦様、キリスト様が帰神(きしん)された後に残った弟子たちが自分たちで教え(真理)を勝手に改ざんしたり、自分たちの都合のよいように解釈したのです。

そして本来のほんとうの宗教から離れて行った。

そこで宗教戦争なども起こるようになってしまったのです。

世紀末ですね。(今がその真っただ中です)

そこで現われたのが、我らが五井先生です(笑)。

「世界平和の祈り」とは、宇宙の理念なのです。

金星人はもちろん進化した宇宙人が祈っている究極の言霊なのです。

この言霊を使って地球を完成(愛の星に)させようとされたのが五井先生です。

宇宙の理念をたくさんの地球人が祈るようになると意識が上り、次元が上昇します。

そしてたくさんのさ迷った魂たちが救われます。

確かに祈りは宗教という範疇に入ります。

だがしかし、そんなことはどうでもいいことで、祈りによって地球世界が浄められ素晴らしい星になればいいのです。

ここに読みに来られている人はそんな意識すらないのかもしれません。

枝葉のどうでもいいことにこだわらず

個人人類が同時に平和、幸せになればいいのだと思います。


 

 

霊能力、霊能者に頼ることはやめましょう


 
私のブログを読んでくださっている人は、神様であるとか、霊であるとか宇宙であるとか、神秘的なことを書いているので、グッドムーンという奴は、きっと不思議な霊能力を持ったあやしいヤツなんだろう? と思っている人も少なからずおられると思います(笑)

しかし、残念ながら私は霊(神)もみえないし、幽界も霊界も神界という世界も垣間見たこともないのです。

人の心もみえないしわからない(推測は出来ますが)ごく普通の人間です。

ただ、目にはみえないけれど、神様はおられると思っていますし、守護霊守護神からも守られていると信じています。

その信じる度合いがみなさんよりもほんのちょっと強いだけだと思います。

そして、霊能力に対して興味もまったくありませんし、持ちたいとも思ってもみないのです。

そういう力があっては、そのことに振り回されてしんどいと思うからです。

普通でいいのです(笑)

だがしかし、目に見えない力(神の存在)があることを信じるのはいいのですが、霊能力を持った人を信じるのは大変危険だと思います。

人の心が読めたところで何になるでしょう?

当て物を当てるのがうまくて、万馬券を教えてもらって金持ちになったところで何になるでしょう?

医者が治せない病気を、幽界(低い世界、迷いの世界)の邪な力を使った人に一時期に治してもらったところで何になるでしょう?

病気になって、医者にも見放され、藁(わら)をもすがる人は

「近くにいい霊能者がいるよ、どんな難病も治してくれるよ」

と聞くと、普段そのようなあやしげなものは大嫌い信じないという人でも

「ダメ元で試してみるか」 と頼って、治ったような症状になると(根本的には治っていない)今度は信じ過ぎて(過信)

「あの人は素晴らしい人だ、凄い力を持っている」 と絶賛しマインドコントロールされることになるのです。

病気を治すのは、ほんとうの魂の親である守護霊守護神が望んだことでない限り、許可を
もらったことでない限りやってはいけないことなのです。

病気になるのは、守護霊守護神がその人の魂の成長を慮って、計画してなっている場合があるからです。

病気になることによって、今までの生き方を反省し、心を入れ替えることもあります。

暴飲暴食をやめて、体を大切にするようになることもあります。

それまで冷酷、冷徹だった人が、迷惑を掛けた家族に対して感謝の気持ちを持つようになり人が違ったように愛深い温厚な人に生まれ変わることもあります。

病気そのものが悪いものではないのです。

病気になるには必ず原因があるのです、意味があるのです。

それを神様(守護霊)の意図を邪魔をして、勝手なことをする・・・・

とんでもないことです。

本当に病気を治す霊能者とは、守護霊守護神と対話の出来る霊覚者でなければならないのです。

お釈迦さまやキリストさまのような聖者でなければ許されないことなのです。(聖者であっても病気を治すことはめったにしません)

それは、お釈迦さまやキリストさまは、神そのものだからです。

人間の生命は神様に委ねられているからです。

ですから、神と直接つながった霊覚者でなければ肉体人間の私たちは間違った方向へ導かれてしまうのです。

今は、スピリチュアルブームで神秘的なもの、不思議な力を持った人に魅かれ、興味を持つ人が多いのです。

しかし危険なものが非常に多い

危険なものだらけです。

人格が伴った霊能者であるのか?

高慢でないか?

お金への執着が強くないか?

色欲が強くないか?

感情的ではないか?

嫌な雰囲気を漂わせていないか?

目がうつろでないか?

「自分は神様から力を戴いた」 などと言っていないか?

観察力でおかしなものは見極めることが出来ます。


自分は騙されないと過信してはいけません。

頼ってはいけません。

それよりも何よりも怪しいものには近づかないことです。

そんなものに興味を持つということは現実逃避をしているのです。

そのためには霊能とはどういうものなのか?を知っておいてよいと思います。

そしてそのようなものに興味を持っている人、持ちそうな人にアドバイスをしてあげてください。



霊能はどういう状態になると現われるか

 
 

それでは一体霊能というのは、どういう状態になると現われてくるのか、ということについて説明しましょう。

人間はいつも私が説いておりますように、肉体の他に幽体とか霊体とか神体とかいう体をもっているのであります。

そして、人間の想念波動が、常にどの体の中に一番多くの時間を巡っているかということによって、その人の人格が定まり、運命が定まってくるのであります。

その人の想念波動が常に神体の中を巡っている人は、高い人格者であり、神人合一の境地のいわゆる霊覚者にもなり得るのです。

そこで私は、いつでも守護霊さん守護神さんに感謝を捧げつつ、世界平和の祈りをしていなさい、と教えているのです。

守護霊さんは霊界にいて、肉体界にまでその光の波動を伸ばしてきているのであり、守護神さんは神界にいて、光明波動を肉体人間の波動に合わせてきているのであります。

そうして肉体人間の業想念を常に常に浄めているのであります。

そこで、浄められ守られている肉体側では、いつでもそうした守護の神霊の加護に感謝の想いを向けていれば、その人の想念はいつも霊界神界に往っていて、肉体界に、神界霊界の光明波動を導き入れやすくなってくるわけです。

ですから、その人の人格は自然と高くなってくるし、その人の運命もよくなってくるのです。

霊能者といわれる人は、自己が意識するとかしないとにかかわらず、幽界の波動や霊界(霊界でも低いところ)の波動を受けやすい肉体に生まれついているのであります。

そして、自己の霊能に気づきはじめますと、今度は、その想念そのものも、幽界や霊界にむかうことが多くなり、本格的に霊能者となってくるわけなのです。

そうした霊能があると気づいた場合には、いち早く、真の秀れた宗教者のところへ行って、自己の想念波動が、常に神霊の世界のみに集中されてゆくような指導を受けることが必要なのです。

一般の人の見えぬ世界が見えたり、運命の予見ができたり、病気を治すことができたりすることだけで、自分の人格が立派になったように思ったり、神様が自分にのりうつったように思って、高慢になったりする霊能者は、いつかは自分をも人をも傷つけ損ねてしまうのです。

一人の人間が生きているということだけでも神様の力が働いていることは事実なのですが、そういう意味でなく、神様が特別に自分に力を与えている、特別に神様の愛を得ている、ということを、単に霊能力があるということだけで思ってしまうことは実に危険なことなのです。

霊能力のあるということが、即、神様の力ということではありません。

霊能力があるということは、その人の肉体波動が幽質に近いので、幽界や霊界(の低いところ)の波動を受けやすい、ということなのであります。

幽界や霊界の波動の中には、人間各自の過去世の意識層(想念波動)や未来に起こってくる運命の波動もあるのであります。

そうした種々の波動を、自己のもつ幽質的機関がキャッチすることのできるのが霊能力となるのです。

そうした人々にはその背後には肉体界と幽界或いは霊界との交流を計ることを役目としている霊魂(人)や、単にそうしたことに興味を持っている霊魂(人)がおりまして、その交流を助けているのであります。

そうした背後の霊人の住んでいる世界の高低によって、その霊能者の人格の高さが定まってくるのであります。

これを逆にいえば、霊能者の人格の高低によって、その背後に働く霊人の高低が定まってくる、ともいえるのです。

ですから、霊能者が、その霊能力を誇りに思うだけでなく、常に人格の練磨に心掛け、常に神霊界へ自己の想念波動を向けているようにすれば、霊覚者にまでなり得ることもできるのです。

ところが巷間の霊能者と称する人には、人格的には問題のあるような人が多くて、高慢そのものであったり、怒りっぽかったり、心が狭かったり、物質欲や権力欲が旺盛であったり、女色に溺れやすかったり、というような、普通人よりも低い行為をみせる人が意外な程多いのです。

 

      「神は沈黙していない」 五井昌久 白光出版


霊力と霊能力の違いについて教えてください


 
  
霊力とか霊能力とかは特別な人が持っているパワーのことを言うのであって普通の人には関係ないと思っておられると思うのですが、そうではないのです。

霊とは神様のこと、霊力とは神様の力なので神そのものである人間には誰もが備わっているのです。

これからアセンションしていく上でみな霊力が増して来ます。

五感、六感を超えた神秘的な力が顕われて来ます。(直観だけで生きるようになる)

進化した星の宇宙人は霊力、神力が凄いのです。(私たちもそうなります)

一方霊能力は、霊力とは違います。

霊、神様とは関係なく、霊能者とは幽界の低い波動とも共鳴する人のことを言うのです。

幽界のオバケちゃんに取り憑かれた人、感情(動物)霊に憑依されて、もて遊ばれている怪しい霊能者が巷にもたくさんいます。

私たちは霊能者になるのではなく、霊覚者になるのです。

霊覚者は人格者です。

神様と一体となったお釈迦様やキリスト様のような境地になってこそ、ほんものです。

これからホンモノの時代がやって来ます。



霊力と霊能力とを間違える人がいますが、人の心がわかったり、当てものをしたり、運命の予言をしたりするのを、霊力と解釈していますけれど、それは霊能力なのです。

一つの能力なのです。

霊能力がすぐれている人が人格が高いかというと、そうでないのです。

ところが霊力のすぐれた人は人格が高いのです。

霊力というのはいいかえれば、霊の光、根源の光です。

神のみ心の光が強い人がやっぱり人格が高いのです。

たとえあてものをしたりすることがうまくたって、それが偉いということにはならない。

そんじょそこらの行者はみんな当てものがうまいですよ。

財布の中にいくら持っているか、なんてチャンとわかるんです。

なぜわかるかというと、肉体波動のそばにいる幽界の生物が、幽界と肉体界と波動が近いから、透して見えるのです。

ところがズーッと高い所にいる神さまは、わざわざそんな低い所を見ない。

その人がいかに生きるべきか、どうしたらその人を立派に出来るかということを見るわけです。

わざわざ降りれば見えますよ。

けれどそんなことは必要ないから、高いところからその人に光を当ててやる。

そしてその人に力をつけてやる。

ところが低級の霊能者というのは、力をつけてあげるのではなく、その人に出来ないことをチョコチョコと教えて、相手を屈服させて、自分の支配下におく、子分にしているのです。

霊力が強くて、霊能力の素晴らしい人もあります。

霊力が強くても当てものなどわからない人もあります。

ですからこういうことがいえるのです。

信者が一杯いる教祖があながち偉いとはいえない。

普通の人でいい影響を社会的に或いは周囲に与えている人がいます。

その人は霊力があるわけです。

霊力というのは要するに人格の立派なということで、そういう人が偉いのです。

いくら当てものがうまく、これをこうやれば儲かるといって当たって儲かったとしても、それを教えた人は神さまでもなんでもない、偉いのでもない、勿論そういう当てもののようなことが出来て偉い人があります。

祈りつづけていて、霊能力が出て、人の心が分かったり、予感、予知力が出来たりする人があるとします。

そうした神秘力が得られたといって、いばってしまってはだめなのです。

そういうことではない。

人間の立派さというのは何かというと、人格が立派になることなのです。

いつもいいますが、おのずから和んでくる。

おのずから人の心が優しくなってくる。

その人と一緒にいると、おのずから勇気が湧いてくる。

何か親しい懐かしい気持ちが出てくる。

そういう力を持つことが霊力が強いということなのです。

人に与える好影響が強ければ強い程霊力が強いんです。

「お前の息子さん、三年先に大病するよ、気をつけろ」 といわれて、二年たった、あと一年だ、どうしようどうしようと私にききにくる人が随分います。

これはいい影響を与えていません。

三年間脅しつづけたんだから、悪い影響しか与えません。

わかっていたって、いわないで知らん顔していて、しらないうちに霊力で光を与えていて、大病でなくなるようにやっておいて、やがて現われた時に救ってあげる、という人のほうがいちいち予言して、おどかして自分の力を示そうなんていう人より、ずっと立派ですね。

「神と人間」(五井昌久著 白光出版)には簡単に書いてありますけれど、

よくわかるように書いてあります。

皆さんは霊能力のある人よりも、霊力の立派な人格のすぐれた人になることです。

人格がすぐれていると同時に、霊能力があればそれに越したことはないのです。

それを間違えてはいけない。

だから霊能力だけを磨こうとして、統一などしてはいけない。

人格を立派にするために祈るわけです。

人格が立派というのはどういうことかというと、愛が深いこと、調和した人間であること、勇気があること、簡単にいったらそういうことです。

そうなるように全力をもって近づかなければいけませんね。

 

 

 「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版


五井先生がYoutubeで霊力と霊能力について述べられています。

よろしければご覧ください。


https://www.youtube.com/watch?v=FgwM9XXY7HM


  

  

世界平和の祈りはただの希望的、懇願的祈りではないのです。

 
 
世界平和の祈りの素晴らしさを他の人に言うと、「そんな甘ちょろい現実的でない言葉だけで世界が平和になるわけがないじゃないか?」「もっとエネルギーの強い言霊を私は知っているんだ」、と言う人がいるのです。

実際に祈っている人でも、そう言われたら反論出来ない人もおられるのではないでしょうか?

考えてみますと、今、日本も地球世界も混沌としており、いつ滅亡してもおかしくない状況になっています。

それはなぜかというと個人も人類も国も自我欲望に走り、自己防衛もしくは相手国を潰そうとしているのです。

人類の意識が狭い範疇にあると、エネルギー(光)は弱いのです。

そして二元対立などのマイナスのエネルギーは、地球を暗雲で覆い、滅亡寸前まで行ってしまいます。

それではいけないので、天は天変地変等の自然災害を起こすことで浄化しているのです。

地震などは、暗雲を消すための光を直接降ろしたら人間が雷に打たれたようにショック死をしてしまうために地面を割ってそこに光を入れているのです。

自然災害ではなく、人災だと言えるのです。

しかし想念エネルギー等があるとは誰も思っていないので、すべてを自然災害にしているのです。

この汚れた想念エネルギーを浄化するには、宇宙の神界の無限のプラスエネルギーを降ろすしかないのです。

それも肉体という器を使って、光の柱を降ろすのです。

そのメソッドが「世界平和の祈り」です。

世界(宇宙)の平和は地球人類だけでなく宇宙共通の理念です。

とんでもなく力強い、素晴らしい光のエネルギーです。

お釈迦様やキリスト様、老子様・・・これまでに地球に降り立った聖者たちはみんなこの世界平和の祈りの中に入っているのです。(大光明霊団になっています)

宇宙の調和、平和は聖者共通の理念だからです。

宇宙は神です。

神は愛なので、(か~あ み~い)愛が極まれば、人間が愛の祈りをすれば、無限なる平和、無限なる調和、無限なる生命、無限なる叡智・・・・すべてが調って行きます。

現象面も整ってゆきます。

個人、人類同時成道です。

もう一度、世界平和の祈りの原理を知ってください。

そして

神聖な我即神也の自分が世界平和の祈りを祈るのだ

神聖なる人類即神也を我即神也の自分が広めてゆくために祈るのだ

と理解してください。

 

業生の人間が祈る祈りでない



世界が平和だとよい、戦争がないとよい、天変地変がないように、自分たちが幸福であるように、とは、正気の人である限りは想っているに違いありません。

そして中には、世界人類が平和でありますように、戦争がありませんように、と時折は神に祈っている人もあるでしょう。

しかし、そうした想いや、そうした祈りと、私の提唱している世界平和の祈りとは、根底的にまるで違っているのであります。

世界平和の祈りとは、そのような力弱い希望的想いや、懇願的祈りではないのです。


私の世界平和の祈りは、この地上人類の今日の苦難を知っておられた、大神様の分れであり守護の神霊の集いである救世の大光明に、私共人類の業想念、迷いの想念をすべて投入してしまって、救世の大光明と、地上人類の分霊的光明とを一つにつなげる祈りなのであります。

ただいたずらに、願望的に世界平和を想ったりするぐらいで、この業想念に満ちている地上世界が平和になるわけがありません。

また真剣に、真摯に世界平和の祈りをする人々があったとしても、その祈りが、この地上世界の悪想念、悪行為を認めながらの祈りであっては、とうていこの世界が平和になりっこはないのであります。

私の提唱する世界平和の祈りは、業想念世界に生活し、業想念の行為で生活する人間がする祈りではないのです。

業想念とは、この世には善もあり、真もあり、迷いもあるというふつう一般の人々の考え方ではありますが、私の祈りは、そうした考えを基にして神に祈るというような祈り方ではありません。


 神様の世界には不和や闘争などない、平和そのものなのだ、人間はそうした神さまの世界に自分の生命根源をおいているもので、神の分霊そのものなのだ、だから、人間各自が自己が神の分霊であることを悟りさえすれば、自然に神の世界がこの地上界にもひらけてくるのだ、ということを根底にして、世界平和の祈りをするのであります。




神様との約束言


世界平和の祈りは、私と神界霊界を貫く守護の神霊との約束言であって、この祈りを祈りさえすればよいのだ、どのような悪業想念所業の人であっても、世界人類が平和で・・・と唱えさせすれば、その人の周囲には、守護の神霊の大光明が輝きわたるのだ、それは唱えている人の業想念でやるのではなく、人間内部の神の分霊と守護の神霊とのつながりによってなされるのであるから、ただ世界平和を祈ろうと想いさえすれば、その想念がスイッチとなって、内部の分霊の光と守護の神霊の大光明とが一つにつながって、自己も光り、自己の周囲も光明に輝いてゆくのだ。

いかなる雑念が起ころうと、否定の想念が起ころうと、守護の神霊につながるスイッチをひねりさえすれば、つまり、世界人類が平和でありますように・・・・と祈りはじめさえすれば、あなた自身の分霊の光が、守護の神霊の光明とつながり、あなたの業想念を破って外部にその光を放射しはじめるのだ、自分の運命を悲観したり、自己の悪い性格を否定したり、自己の能力を否定したりする想念があっても、それはそのままで、なんら世界平和の祈りに悪影響を与えるものではないのだから、ただ一途に祈る心になっていさえすればよい、と説いているのであります。

          『世界平和の祈りQ&A』 五井昌久

 




  

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