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2017年7月17日 (月)

一人生まれ、一人生きて、一人死す


人間はうまれるときも一人で生まれ(双子、三つ子は別として)、死ぬ時も誰も付き合って一緒に死んではくれないのです。

そして生きているときも自分の心の内に入っているときは、完全に一人です。

人間は星そのものだと言われていますが、宇宙に浮かぶ星もくっついて存在することはありません。

絶妙の距離感、バランスを保って孤立しています。

孤立していても宇宙の仲間であり、その星に何かがあれば他の惑星にも影響を及ぼしているのです。

地球も今、アセンションを迎えようとしているのですが、宇宙からの波動と人間の意識が違っている(人間が幼過ぎる)為に他の星(特に金星)は、懸命になって人間ひとり一人の意識を変えようと、世界平和の祈りを伝えようとなさっているのです。


話を戻して、人間は生まれるときも死ぬ時も、そして生きているときも一人なんだと決めてしまえば、諦めてしまえば案外楽になると思うのです。

「そういえばそうだな、自分しかいないんだな、だったら自分と仲良く、好きにならないとな」と思うと自分をしっかり見つめることになります。

自分が何者であるのか?わかるきっかけになると思うのです。

正解は、自分は神そのものであり、自分の中に宇宙があり、宇宙の中に自分がいるのではない、のですが、

このことがわかってくると不思議と孤独感は無くなるのです。

一人でも平気になるのです。一人が心地よくなるのです。

なぜならば他人も動植物も自然もみんな自分と繋がっているという感覚になるからです。

みなさんも西園寺昌美さんの文章を読んで一人の良さをかみ締めてください。



 

一人生まれ、一人生きて、一人死す


人間は生まれた時にはたった一人でこの世に降りてきました。

また、死ぬときもたった一人でこの世を去ってゆきます。

と同時に、現在この世に生きてゆくのも自分一人なのです。

たとえ夫や妻がいようとも究極的には一人で生きてゆかねばならないのです。

そこは他の人が一切介入できない神聖な世界です。

たとえ愛する夫や妻や子供達といえどもタッチできない領域なのです。

自分の運命、自分の生命、自分の健康、自分の生き方はすべて、自分一人で決めてゆくことなのです。

確かに人類の多くの人達は、家族に囲まれ、家族の愛や助けや保護のもとに自分の人生を送っているように思っています。

しかし真実は決してそうではないのです。それは錯覚です。

人間は一人です。

自分一人が生きてゆかねばならない性(さが)なのです。

たとえいかなる幸せな家族に囲まれていようが、自分の悩みや恐れや不安や深い悲しみは自分自身のことであり、自分自身で取り除いてゆかなければ決して真の解決にはならないのです。


確かに自分を取り囲んでいる愛すべき家族や友人、知人等は、自分の苦悩や深い悲しみを取り除くためのあらゆる援助を決して惜しまないことでしょう。

皆、誠意をもって我がことのように、あなたのことを思い考え、ベストを尽くし、あらゆる方法を提供してくれていることでしょう。

そんな周りの人々の暖かい援助や助けを借りて、あなたはあたかも人々によって生かされているように思っているかも知れませんが、真実は決してそうではありません。


あなた自身が自ら決断し、一人で自らの人生を選び抜いて生きているのです。

周りの人々からいかなる援助や助けやアドバイスがあろうとも、彼らの領域はそこまでです。

人があなたは間違っていると指摘し、どんなに説き明かしてみても、またあなたの態度が傲慢で虚偽に満ちていると注意や意見をしたとしても、あとはあなたがそれらの指摘や意見に一切耳に傾けなければなんの意味もありません。

また、あなたが意見や指摘に対して耳を傾け、そのアドバイスや行為や暖かい思いやりに接して、すべてを自分のものとして聞きいれたとしても、最後の決断は自分でしているのです。

耳を傾けることも拒否することも自分次第です。

自分の決断によってすべて一切のことが決まるのです。

周りの人々の意見や指摘を素直に聞き入れ、それらに従って生きているにしろ、その結果はすべて一切自分自身にあるのです。

一般の人々の眼には、周りの人があなたの運命や進路や方向を決め、あなたがそれに従っているようにたとえ映ったとしても、実際はそうではありません。

周りの人々は、あなたの人生を創り出すことも出来ないし、運命を変えることも出来ないし、また病気を治すことも出来ません。

あくまでも自分の人生は自分で決定してゆくことこそが、この世の法則なのです。

運のいい人、運の悪い人、決断力のある人、ない人、また優柔不断で自分のことは一切決められない人、仕事人間、遊び人間、善人、人にもてる人、孤独な人、健康な人、病人、指導力のある人、ない人、尊敬される人、嫌がられる人・・・・・・といったように、世の人々は種々様々な生き方を自分で創り上げています。


どんなに周りを素晴らしい有能な何人ものプレーンに囲まれ、立てられ、大事にされ、愛され、羨ましがられている人でさえ、すべてそのブレーンの言うなりになって成功や権力や名誉を手に入れているのではありません。

それら有能なブレーンの意見や方法を取り入れるか否か、聞くか否か、従うか否か、その究極のなる決定はあくまで自分自身が下しているのです。

このようにして何もかもすべて一切のことを自分自身で行なっているのです。

だがそのように一般の人々の目には映らないだけのことです。

人類すべてことごとく一人です。

どんなに素晴らしき家族に恵まれ、愛されていようとも、究極は一人です。

一人で考え、一人で決断し、一人で耐え、一人で行為し、一人で自分自身の運命を築き上げてゆくものです。

その点において人類は皆、完全に平等です。

だから家族に囲まれ賑やかな家族の一員として生きていても、この世では完全に一人で生きているのです。

ただ同居人がいるかいないかの違いです。

愛する素晴らしき家族の中で生きていても、心が孤独感を感ずれば、それは淋しい孤独な人生と言えるのです。

また、たとえ家族には恵まれず、完全に一人で生きていても、心の中はいつも愛し愛されている人達が住んでいれば決して孤独ではないのです。




   
 『我即神也』 西園寺昌美 白光出版



  

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