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2017年7月28日 (金)

世界の運命も個人の運命も一つ

 

 
神社仏閣などで個人的な神頼みをするときは、「商売がうまくいきますように」「私の恋愛が成就しますように」「〇〇大学に入れますように」「おかあさんの病気が治りますように」と自分や家族くらいの範囲でしかしていないのです。

ということは、波動圏は、肉体と幽体(ビル一棟分)という狭い範疇なので光はたいして大きくないのです。

一方、「世界人類が平和でありますように」は個人が世界に拡がるのでとてつもない大きさになるのです。

ましてや世界とは地球世界を言うのではなく、宇宙のことなので、アリと象、月とすっぽん?天と地ほどの差があります。

そんなもの凄い言霊を個人が唱えるわけですから光り輝いていないわけがないのです。

目にみえないだけです。

しかし、祈り始めた人はもう実感としてあると思うのですが、祈っていたら心が軽くなってきた、心配事が気にならなくなった、小さいことがどうでもいいと思えるようになった・・・・そして相手の人が嬉しそうに接してくるようになったとか、お金に困っていたが、思わぬところから入って来た、身体の調子が最近良くなってきたなど、運命が好転していることに気づいておられるのです。

それはエネルギーが素晴らしくなったからであり、世界平和の祈りを祈っているからなのです。

私は、毎朝息子の天命を祈ります。(その他、気になっている人)


「〇〇さんの天命がまっとうされますように」

そして息子の守護霊さん守護神さんにお願いします。

「〇〇さんの守護霊さん守護神さんよろしくお願い致します」・・・と、

息子は東京の大学に行き、今も東京で就職をし働いていますが、7年間病気もせず、変なトラブルに巻き込まれることなく、順調に過ごしています。

これは手前味噌ではないですが、私が祈っているからだと思うのです。(息子には絶対に言いませんが)

なぜ、そうなるのか?下記の文章を読んでいただければわかると思います。








『世界の運命も個人の運命も一つ』




どんな仕事するときでも、道を行く場合には、必ず世界平和の祈りをして行くんです。

そうすると、思わぬいいことが起こってくる。

何故かというと、その間は神さまの中に入っているんだから、神さまの光が向こうへも伝わってゆくわけです。

就職なら就職先にも行っている。

学校の先生の中にも行っている。

すべて光が流れて入ってゆくから、自分のいいようになるんです。

それがわからないんですね。

よくあるんですよ。「世界平和の祈りといったって、自分が困っているのに、自分の頭のハエも追えないのに、世界人類・・・・・なんて私とっても言えません」とね。

みんな耳が痛いでしょ(笑)。

だから私は「じゃあ、あなたはどこに住んでいるの?」と言いたくなる。

世界人類の一員として住んでいるんですよね。

世界人類というものから離れて、その人があるわけじゃないんです。

 

なんだか自分と関係のないような気がするんです。

しかし自分は世界人類の中の一人でしょ。

「私の運命を」というのも、「世界人類の」というのも同じことなんですよ。

世界人類の中に自分が加わっているんだから。

「私の」と言えば自分だけです。

しかし「世界人類の平和」と言ったら、同じ努力で大きく拡がるんです。

 

「世界人類の平和」という時には、自分の平和もその中に入っているんです。

入っているんだけれども、「私は」を重ねて「私たちの天命がまっとうされますように」と入れてあるんです。

何故入れてあるかと言うと、みんな「世界人類」だけじゃ、なんだか自分が入らないで心細いように思うからです。

よく「私は世界人類の平和を唱えてから、うちの名前をいちいち全部言うんです。それからまた親類縁者の全部を呼んでいるんです」と言うんです。

呼んだっていいですよ。

だけど本当は呼ばなくたっていいんだ。

世界人類の中に全部入っているんだから。ということは、いわゆるゴタゴタした頭の中の業想念を、神さまの中へ入っちゃえばいいんですね。

それを教えているんです。種もしかけもないんですよ。

人間は本来神の分霊なんです。“光明燦然”として輝いている光なんだから、その光を邪魔して自分の運命を悪くしているものは想いです。

自分が要らざる智恵を出し、要らざる思慮分別をして光を曇らせているだけなんですよ。

「うちの息子は悪い子になっちゃうんじゃないかしら」「うちの娘はだめなんじゃないかしら」「うちの夫は浮気していやしないかしら」というように勝手に思うでしょ。

思う想いが業想念なんですね。神さまの完全性を否定する想いなんです。

ところが長い間、過去世からそれをやってるでしょ。

だから悪いほうへ悪いほうへ考える癖を持っているんですね。

癖を持っているもんだから、なかなかそれは消えないのです。

子どもがちょっと遅くなると「ああ怪我をしているじゃないか」と思う。

怪我したんじゃないかと思ったって、思わなくたって、怪我をしている時はしますよね。

それは癖だからその人が悪いわけじゃないんです。

過去世の癖が出てくるんです。

そういう想いが出たならば、「ああ神さま、世界人類が平和でありますように」というふうに、平和の祈りの中にその想いを入れちゃうんです。

そうすると、例えば怪我をする寸前に、自動車とぶつかりそうになっても、その時にお母さんがフッと思って、怪我しないということがあるんです。

それは何かというと、光の波が業の波をパーンとはねのけて、業と業とがぶつからないようにしているんです。

自動車にひかれるということも、ひくほうの運転手の業がある、ひかれたほうの業もある。

その業と業とがぶつかって、そこに怪我や何かが出来るんです。

だから片方が業を越えていけば、怪我しないんですよ。

しても軽くて済んじゃいます。

それで「世界人類が平和でありますように」と言うと、業がぶつかってきた時に、業を超えられるんです。

光の波が業を超越させる。パッと消してしまう。

そうするとそこでぶつからないんですね。




『自由解脱への道』 五井昌久著 白光出版


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 





  

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