« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年6月30日 (金)

個人も人類も救われるには祈りしかない

今、3次元で成功するための本を読んでいるのですが、いくら素晴らしいスキルを身につけても

行動を変えようとしても、モチベーションを上げようとしても

人に好かれようとしても

襲って来るマイナスの想念エネルギーを浄めなければ、どうしようもないのです。

私たちは、何かをしようとする前に目にみえないマイナスのエネルギーに勝たなければならない。

さっきまでやる気になっていたのに、急にやる気を失いネガティブになってしまう

自信に溢れていたのに、「やっぱりダメだ」 と想ってしまう
 

たとえば、あなたは引っ越しをした家の部屋に居るとします。

ある日、近所で蚊が大量発生しました。

その家は大きなボロ屋なので、あちこちに穴が開いていて塞いでも塞いでもどこからか蚊が
入って来る。

あなたは殺虫剤で対抗しようとする、何匹かは退治出来たけれども無数の穴が開いてるのでいくらでも入ってきます。

そして抵抗力が付いた蚊は、殺虫剤に慣れてしまって効き目が無くなっていく

それと同じように

襲って来るマイナスの想念エネルギーは地球人類の莫大な量の集積された業(カルマ)なのでそう簡単には退治出来ないのです。

それに加えて過去世からの自分の想念(潜在意識)が輪をかけて襲って来ます。

払いのけようと
してもマイナスを思わないようにしようとしても次々に浮かんで来るのです。

消しても消しても浮かんで来る

そして消せない想いはまた潜在意識にインプットされてしまう。

人の想念を受けやすい人や過去世からの因縁生の強い人、霊的な人は目にみえない世界(幽界)のことに気づいているのでなんとかしようとするのです。

霊力のある人のところや巷にある占いの館などは、そのような人が集まっているのだと思うのです。

しかし出来ることと言えば、対処療法がほとんどです。

先ほどの蚊のように追っ払ってもまた戻って来るのです。

それは、そのやり方がほんものではないからです。

蚊は一時的に退散したように見えても、また現われて来ます。

それは、根本的に何も解決していないからです。

蚊はなんのために現われているか?

それは、近くに汚れた場所があることを知らせるためです。

人間にとってなんの有益にもなっていないけれど

この世に、必要なものではないのだけれど

人間に気づかせるためだけに存在してくれているのです。(だから蚊の殺生は許されるそうです)

しかし

無駄な殺生をしない方法といえば

根本原因になっている水溜まりや河川が汚れていないかを探して浄化すればいいのです。

すると蚊はやがて無くなっていきます。

人間の頭の中にもいろんな想念が入りこんでいます。

過去世からのものもあれば、人類の想念エネルギーもあります。

無意識に生きていると、どんどん汚染されていくのです。

それなのに、テクニック(殺虫剤)だけを磨いても、またそれに負けないだけの進化?した蚊が出てくるのです。

いたちごっこです。

私たち人間がつくってしまった環境(蚊)は、有限のものです。

有限なものに、人間が頭で考えた対処療法(殺虫剤)で対抗してもダメなのです。

地球人類がつくってしまったマイナスの想念エネルギー、そして汚れた幽体(幽界)は、肉体人間では消せません。

私たちは気づいていませんが、守護霊様、守護神様は神界と霊界から24時間プラスα、必死で人間に代わってこの幽界を浄めておられるのです。

だからまだ地球は滅亡しないで持っている。

しかしそれにも限界があります。

守護霊様守護神様の霊力、神力ももってしても、浄め切れないのです。

それくらい人類が作ってしまったマイナスエネルギーは強烈なのです。

幽界の汚れたエネルギーは、守護霊守護神、そして肉体人間が三位一体になって共同で浄めて行かないと完全に消えないようになっています。

それが宇宙神のご計画です。

同じ次元のもの

人間智で考え出したものには限界があります。(念力では浮かんで来るマイナス想念は消えません)

人間智を超えるもの、次元を超えるもの・・・・・・

それが、祈りなのです。

根本的に浄化するには祈りしかありません。

世界平和の祈りは、宇宙神の祈願なので、無限のプラスエネルギーなのです。

どんな業、カルマ、想いをも浄めることができる

最高のエネルギーです。

その宇宙最高のエネルギーを使わないことには、個人も人類も浄化出来ないようになっているのです。

今、祈らないと、どんどん苦しくなっていきます。

私は、祈っているのでなんとかやっていますが

みなさんはしんどくないですか?

ほんとうに元気ですか?

幸せ感はありますか?

祈っている人は反対に、どんどん楽になっていきます。

宇宙の波長に合っているからです。

これから祈っている人と祈っていない人の差が歴然と現われてきます。

3次元的な成功も大切だし、健康も、人間関係も大切です。

しかしそれらを実現させるためにも根本(幽界)を浄めることが大切なのです。

だから私たちは、肉体にくっついている幽体も浄めなければならないのです。

幽体とは魂のことです。

魂が浄まって、幽界が浄まって、はじめて肉体(肉体界)が調ってくるのです。


 
 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



調和波動気功法

http://www.harmony-wave.jp/

 

 

 

2017年6月29日 (木)

違う波動同士が交わることはない

 

世界平和の祈りを祈っていると、肉体的には見た目は同じでも、他の祈っていない人とは全然違う波動体(エネルギー体)になっているのです。

次元が3次元を超え、4次元、多次元になっている。

これはどういうことかと言いますと、肉体界の粗い波動とは共鳴しないと言うことです。

例えば4人で車に乗っているとします。

その中の一人が世界平和の祈りを祈り続けていた。・・・・

その人の波動圏は幽体(およそビル一棟分)にまで拡がってるので、その車は光輝き、パワースポットのようになっているのです。走るパワースポットですね。

そこに対向車からトラックが突っ込んで来た。

運転席のドライバーは一瞬「危ない、ぶつかる!」と思ったのですが、なんとぶつかることもなく交わることもなくまるで透明車のようにすり抜けて行ったのです。

覚者の人は絶対にこの世的な災難や被害、不慮の事故に遭うことはありません。

なぜならば、エネルギーが違うからです。

3次元と4次元のエネルギーは平行に走っているので線が交わることは絶対にないのです。

祈っている人の線の先は、無限なる愛、無限なる調和、無限なる平和、無限なる富、無限なる健康、無限なる〇〇・・・・・・・があるのです。

そこには宇宙の無限なるプラスがすべて含まれているのです。

だからすべてが調って来ます。

自分だけではなく周りも地球人類も波動調整されてすべてのすべてが善くなってゆくのです。

それがアセンション(次元上昇)、愛の星の誕生です。

世界平和の祈りでまず自分が幸せになる(マイナスと共鳴しないという意味で)、周りの人も波動圏内の人は恩恵を受ける。(ラッキーですね!)

そしてそのエネルギーは、横に拡がり地球人類にまで影響を与えて行くのです。

これがアセンションへのシナリオです。

祈りとはこれくらいの凄い効果があるのです。

効果が無ければやる意味がありません(笑)。

ただすぐに効果が出るとは限りません。

マイナスが消えてから現われるものがあるからです。

ですが、マイナスの波動と共鳴することは絶対に無い、これだけは間違いありません。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



 
追伸・・・・祈っている人の効果が顕われほんとうの地球が救われるのには、数人の人ではダメなのです。(現在1万2000人だそうです)

3万人という人がパワースポットになって光の柱になって、そこに宇宙からのもの凄いエネルギーが降りて初めて実現するのです。覚醒の光は肉体にしか降りないからです。

肉体に降りなくて地面に降りたのが地震ですね。地震は浄化作用です。

人間のマイナス想念エネルギーが地球を真っ黒に覆っているので、宇宙神は光を降ろしたのです。
人間に直接降ろしたらショック死するので地面を割って光を入れたのが地震です。

阪神大震災の地震は神戸に降りました。神戸は神様の扉、玄関という意味です。

話がそれましたが、世界平和の祈りを真剣に祈り、印を組み、マンダラを描く、神人(しんじん)が3万人にならないことには、世界平和は実現しません、またはアセンションはしたとしても地球人類が全員救われないのです。

今、地球は危機を迎えています。

 

  
  



  

2017年6月28日 (水)

日々考えすぎているみなさんへ

1.もっとさっぱりしろ。 もっとあっさりしろ。 心は単純なのが一番よろしい。 

誰がみても明らかにわかるようにしろ。

 ごちゃごちゃと複雑に心の中が入りくんでしまうと、自分ですら何をしてよいか判断に迷うのみである。 

ああでもない、こうでもない、と繰り返し繰り返し迷わないで、自分の想いを、自分の迷いを、自分の考えを、すべて神の中に入れこむのだ。

改めて神のほうから素晴らしいひびき(直観)を通して、予期しない答が与えられるものだ。



2.自分なりに一所懸命何かに対して努力した後は、もうそのことについて一切心を離すことだ。

お風呂に入っている時とか、庭の木々や花々に見入っている時とか、何かすべてを忘れてボーッとしている時とかに、必ず直観としてその答はひらめいてくる。

毎日毎日努力することのみによって、すべてが解決するわけではない。



3、すべての事柄は、人間の方の努力と神の方の叡智が一つになった時に、はじめて成就する。

余計なことは考えるな、くだらないことは気にするな。 

そんな暇があったら神のみ心に集中せよ。

考えすぎて良いことなど決してない。

決断をせまられる時、答は神より直観として与えられる。

正しい判断、善いことなどは神より直観として与えられるものである。

考えたからといって得られるというものではない。



      
「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版


    

2017年6月27日 (火)

流す 外す 消す(人間が心身ともに健康になるためのメソッド)

 

人間の本質とは、肉体(物体)ではない、天地を貫く光の波動体であるということがわからないと人間は健康にも、幸せにもならないのです。

つまり真理(我即神也)がわからないとさ迷った状態で肉体を去ることになります。

そしてまた生まれ変わっても同じところ(境地)、または後退したところからスタートすることになる。(記憶を消されているので)

人間はどうして生きていられるかというと、宇宙からのエネルギー(霊要素)を頭のてっぺん(百会)で受け取り、血管の中をエネルギーが通り、60兆の細胞に命を吹き込み、足の裏(湧泉)から地球の中心に向けてエネルギーを流しているのです。

この流れが綺麗な川や滝のようにスムーズに流れている状態が本来の人間の健全な、健康な姿です。

エネルギーとは気のことなので、病気とは気(エネルギー)がスムーズに流れず滞った状態なのです。

流れを邪魔するのが想いです。

「ああだ、こうだ」「どうしよう」「どうなるのかな?」というマイナスの想い(プラスの想いでも)は川の流れに大きな石を置いた状態です。

だから肉体から意識を外すことが大切なのです。(調和波動気功法では肉体に付いたマイナスのエネルギーを外すために動功をしています)

今、人間がなにかのわけがあってもなくても

“しんどい” “魂が喜んでいない” “お金があっても充実感、幸せ感がない”

というのは、エネルギーがスッキリと流れていないからです。理屈ではないのです。

そして最後の消すですが、マイナスの想念エネルギーは消さないことには無くなりません。

ずっと周辺、地球の周りを漂っているだけです。

そしてあなたがマイナスを想うとそれに共鳴して増幅し余計しんどくなるのです。

マイナスの想念エネルギーは自分、そして地球人類がつくってしまったものです。

だから自分たちで消してしまわなければなりません。(自己責任)

でないとマイナスの想念エネルギーが充満したままでは、人間はしんどいままだし、アセンションは失敗するのです。

どこかの国が潰れ、人間もすべてが救われることはありません。

神様(宇宙)はすべての地球人類を救おうとなさっています。


それは、これからの人間の意識にかかっているのです。

人間が真剣に世界平和の祈りを祈るかどうかにかかっているのです。

世界平和の強いプラスのエネルギーしかマイナスの想念エネルギーは消せないからです。

世界平和の祈りしか、個人も人類も救われる方法がないからです。

最後の“消す方法”が世界平和の祈りです。

「流す、外す、消す」これが自分も地球人類も幸せになるためのキーワードだと思ってください。

言葉に発するだけでもエネルギーが調って善くなって行きます。


「自分は光の波動体(エネルギースポット・光の柱)なんだ!」

「流す、外す、消す」。「流す、外す、消す」。「流す、外す、消す」。「流す、外す、消す」・・・・。




 

肉体から意識を外す、ワン・ツー



“肉体から意識を外す”について同じタイトルで違う時期に書いていました。

私たちは、頭を使ってどうでもいいことを考えているからベクトルがおかしな方向へ行ってしまう、ならば考えなきゃいいんだという内容なのですが、比較してみると面白いのです。

べつの観点から述べている、よかったらみなさんもお付き合いください。


2008年5月28日投稿


1、「肉体から意識を外すのです」


私のメンター(人生の師匠)
がレッスンのときによくおっしゃっていました。
 
どういうことかと申しますと、人間はインターネットに繋がったパソコンのようなもので頭の中を色んな想い、想念が交錯しているのです。
 
だから一日の中でも躁になったり鬱になったり、元気になったり元気でなくなったり、落ち着いていたり不安になったり、情緒が不安定で安定しません。

気分が上ったり、下がったりしている、わけがわからない

・・・・そして、その違い、落差に振り回されて疲れ切ってしまう。
 
「助けてくれ、なんとかしてくれ~」 と叫びたくなる
 
でも誰も自分の心の中に入って助けてくれる人はいない
 
このしんどさは何なんだろう?

・・・・・・・
 
それは肉体に意識があるから・・・・

・・・・・・・・・・・・・
 
不思議なことに寝ているときは苦しいことはない
 
起きているときのあの頭を駆け巡る想念、雑念が消えている
 
それは寝ているときは肉体から意識が外れて心の奥へ入っていっているからなのです。
 
心の奥(霊界、神界)には穏やかな落ち着いた、不動心の自分がいるのです。
 
そこが本当の自分の居場所なのです。
 
 台風の目 ってご存知ですか?
  
台風の渦の真ん中はほとんど動いていない
 
外側がどれだけ荒れ狂っていても真ん中は静かでいる
 
肉体から意識を外すとは、その中に近づいていることになるのです。
 
肉体から意識を外す簡単な方法があります。

 
運動をする、ストレッチをするといいです。
 
運動をすると意識は肉体から離れています。

ボール競技ならばボールを必死で見、追いかけているので、ボール(外の物)に意識が移るのです。
 
結果的に肉体から意識を外したことになる(ストレスという石が無くなるのでエネルギーが流れる)
 
雑念をシャットアウトしたことになる

・・・・・・・・・・・・・・・・
 
そして身体には色んな人の想いがこびり付いています。
 
人ゴミに行くと疲れるのは色んな人のエネルギーをもらってしまっているのです。
 
疲れるとは、とり憑かれるという意味なのです。
 
運動、ストレッチはそのエネルギーをとり払うことが出来ます。
  
調和波動気功ではストレッチのことを動功(どうこう)と言います。
 
運動とは運が動くって書きますよね
 
マイナスの想念から離れて、運気が上がるって意味だと思います。
 


だから動功をすると訳もなく(本当はあるのだけど)うれしくなる、幸せな気分になるのです♪




2009年7月14日の投稿



2.みなさんは色んなことを考え、悩み、迷っています。

問題を解決することが大切だと思っています。

解決しないとスッキリしない

解決することが一番大事だと思っています。

でもね、問題は考えたら解決するのではないのです。

人生は映画を上映しているのと同じなのです。

結果は必ずハッピーエンドになるに決まっているのです。

なぜなら私たちは創造主で完璧な存在だから無限なる成功しかないのです。

じゃあなんで早く成功しないか?

病気とかが治らないか?

仕事が上手くいかないのか?

思い通りにいかないのか?

というと想いが邪魔をしているのです。

絶対に大丈夫だと信じていればいいのに

ああだ、こうだ、大丈夫だろうか?

ダメなんじゃないか?

心配だ!

・・・・・・・・・・・・・・・・

私たちは創造主なので想った通りになるのです。

つまり疑いをつかんだ通りになるのです。

疑ったぶんだけ成就しないのです。

幸せにはならないのです。

映画はいくつかのプロセスを経てハッピーエンドにになろうとしています。

経験することが私たちの魂を成長させるからです。

だから病気にもなります、事業にも失敗します。

でも最後には神さまが善いようになるように、しあわせになるようにされているのです。

・・・・・・・・・・・・

なのにマイナスの想念エネルギーを入れてストップをかけているのです。

ブレーキを踏んでいるのです。

考えるということはマイナスをつかんでしまうのでブレーキをかけたことになります。

いいですか、ここが肝腎、大切なところです。

考えるということは想うということ、想うということは相手の心、思いをもらってしまうのです。

ほとんどの人はマイナスを思っているので、考えるといつの間にかネガティブになるのです。

だから余計なことを考えなければ自然と上手くいくのです。


果報(かほう)は寝て待て!


のことわざは

考えないで寝ていろ!

そうすれば上手く行くんだ

ということです。

お釈迦様の 空 も同じことです。

キリストの

「幼子のようになりなさい」

も、幼い子どもは余計なことを考えないからです。

人間は自分で自分の首を絞めているんです (上手くいかなく自分でしている)


だから考えない努力が必要なのです。

私たちは寝ているときは考えていません。

肉体から意識が外れているからです。

肉体から意識が外れるとどんな苦しみも悲しみも無くなるのです。


立っているときは足の裏を意識してください。

座っているときはお尻の穴

これで肉体から意識が外れ、マイナスの想念、マイナスの集合意識を受けなくなります。

後は、プラスのエネルギーをココロの中に入れて行くだけです。

それが祈りなのです。

すっごくシンプルでしょ わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


追伸・・・・まず「考えない努力をする」しかしどうしても考えてしまうので、そんなときは、立っているときは足の裏、座っているときはお尻の肛門に頭があるとイメージする、そして下丹田(へそ下3.5センチ)を意識するなど、自分でいろいろとやってみるといいです。

要は、頭から、肉体から意識を外すことが大切です。

そして外した先で(足の裏、肛門、下丹田)で世界平和の祈りを祈る(光明思想徹底行もいいですね)と体と魂に憑いたマイナスのエネルギーが取れて行くのです。

それがスッキリ感につながります。

スッキリ感とは幸せ感のことです。

人間はスッキリ爽やかなエネルギー体にならないと幸せにならないのです。

なぜならば人間の本体はは光の波動体だからです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


  

お薦め図書

「調和波動気功法」・「無限なる癒し」・「無限次元への誘い」・「無限なる幸せを体得する方法」・「無限なる勇気」・「気功の達人」 于 寿明著

「果因説」西園寺昌美著


調和波動気功法

http://www.harmony-wave.jp/


追伸の追伸

ただ単に考えることをやめるのではありません。どうでもいいことを考える代わりに素晴らしいこと、善いことを強くイメージするのです。これが果因説です。明るい未来をイメージすると未来から今に向かってエネルギーが流れて来ます。時間は過去から現在、未来に流れるのではなく、未来から現在へ流れるのです。宇宙は時空を越えているからです。肉体(頭)から意識を外す、マイナスを入れない、そしてプラスのエネルギーを入れてゆく、明るい未来をイメージする。これで完璧、パーフェクトなのです。すべては完璧欠けたるものなし、大成就!🤣








  
  

2017年6月26日 (月)

宇宙の評価とは?


 

人間とは小宇宙、宇宙そのものなので、宇宙が進化してゆくこと、進化に協力してゆくこと
が宇宙人としてミッションを遂行することになるのです。

だからいくら3次元、肉体界で発明や発見、たとえばガンの特効薬を開発をしたところで、それは前世でも積んできた研究の続きの結果であり、宇宙(神様)から観れば、たいしたことでもなく当然のことで評価は低いのです。

その開発によってたくさんの生命が助かったところで、肉体界では肉体の死は大事(おおごと)であったとしても宇宙から観れば一瞬にも値せず、生き死にである輪廻転生を何千回何万回も繰り返していることから言えば、どうでもいいことなのです。(助かった生命がその後善い波動を発することにならなければ、という意味です)

いつも言っていますように人間は肉体というボディ(体)だけではなく、幽体、霊体、神体を同時に纏っている、そして幽界、霊界、神界にも同時に住んでいるのです。

肉体の死とは、肉体というボディが要らなくなったのでシャツを脱ぎ捨てることであり、生命は他界(幽界、霊界、神界)で未来永劫、永遠に生き続けるのです。

だから宇宙(神)は人間の肉体の生き死には問題にしていません。

それよりももっと大事なことは、肉体界に居る間にどれだけほんとうの世界である神界に意識をあわせ続け、宇宙そのもの、神そのものである愛の波動を発信し続けたか?なのです。

冒頭でも言いましたように私たちは地球人でもありますが、宇宙の一員である宇宙人です。

宇宙が進化するには愛の波動を発信するしかないのです。

なぜならば神は愛だからです。(か~あ み~い)

極端な言い方をすれば、どれだけこの世的に素晴らしい貢献をしても心が汚れている人は(金持ちになりたい、尊敬されたい)波動が悪いのです。

宇宙は波動がすべてのすべてです。波動しかないのです。

なぜならば波動とは神様だからです。最後に残るのは神様だけです。

気、エネルギーもすべて神様です。

神様でわかりにくければサムシング・グレート、大自然でもかまいません。

波動、気、エネルギーをわかりやすく表わしているキリスト様、聖者たちのお言葉があります。

「1000人の人にパンを配るよりほんの一瞬でいいから冷静でいなさい」(イエス・キリスト)

「心に愛がなければ相手の心に響かない」(聖パウロ)

3次元的にどれだけ社会貢献をしようと人の生命を救おうと、そこに愛がなければ、つまり愛の波動が通っていなければ、それは真の善行為にはならないのです。

そして愛の波動を発するには、愛の波動を発している発信源の神界に通じていなければ出来ないのです。

神界の理念である世界平和の祈りを祈っていないとほんとうの愛の行為は出来ないのです。

地球中には偉い人はたくさんいます。

しかし偉い人と波動の善い人は違うのです。

神様は波動の善い人を評価(認める)のです。

神様の評価なんか要らない、死んだらお終いだ、自分は自分で好きなように生きて行くんだと思いますか?

では、あなたはどこから生まれて来たのでしょうか?

あなたのお父さんとお母さんがあなたを作ったのでしょうか?

神様(サムシング・グレート 大自然)しか考えられないと思いませんか?



 

想いが今の自分、世の中をつくっている 2


  
 
問 ・・・・・ 

「この世の不幸や災難はすべて過去世からの各人の想念行為によるのであって、神の子そのものである生命体は少しも苦しんでいないし、不幸でもない。不幸であり、災いをうけているのは、各人の想念(おもい)だけなのである」

と五井先生はご著書の中で書いていらっしゃいますが、苦しんだり災いをうけたりするのは想念だけである、というのはどういうことでしょうか?

この世のなかの苦しみ、不幸というものは、何が不幸なのか、何が苦しみなのか、というと、肉体にまつわる想念が苦しむのであり、想いが不幸なのです。

いつもいいますが、眠っている時には、どんな病人でもどんなに貧乏な人でも、想いがそこにないから、全然なんでもない。 それでも生きています。

心臓も肺臓も動いているから、寝ているということは死んでいることではありません。

生きているけれども、想いが消されている場合には、なんの苦しみもない、貧乏もない、病気もない、なんの考えも感じもない。

しかし、想いがよみがえると、病気があり、貧乏があり、苦しみがある。

つまり想いが不幸を感じ、想いが病気をし、想いが貧乏を感じるわけです。

想いが勝手につくっているのです。

生命体そのものはそういうことに関係なく肺臓を動かし、心臓を動かし、いろいろな活動をしているわけです。

お釈迦さまはインドのカビラの王子でした。 若い頃いろんな遊びもしたし、楽しみもした。

ところがちっとも楽しくない。 そしてある時病人を見せられ、老人を見せられ、いろんな不幸なことを仙人によって見せられたわけです。

それで、「ああこの世はいやだな、どうしたらこの世の苦しみというもの、老人になって醜い姿をさらす。病人になって醜い姿をさらす、貧しいこと、老いること、病気のこと、死ぬこと、そういう苦しみからのがれることが出来るか」 といって家を出て、修行をするわけです。

そして悟りをひらいたことはどういうことかというと、想いが苦しくなければ苦しくはないんだ、ということがわかったのです。

人間の苦しみは何かというと、想いが苦しんでいるんであって、生命そのものは苦しんでいない。

生命そのものは仏(神)なのだ、生命そのものの流れは仏の姿なんだ。

だから、座禅観法して空になって、その想いから解脱しさえすれば、その人の光輝く人であって、貧乏でも苦しくない、病気でも苦しくない、ということを悟ったわけです。

お釈迦さまはそこで座禅観法、今いう祈りを教えたのです。

そしてなかの仏を出せ、想いが邪魔するのだから、想いをすべてなくし、消してしまって空になればいいんだ、と終始一貫 “空” を説いたのです。

そして、どうしてその想いというものは、そのような境遇になり、いやな想いとして現われてくるのかというと、過去世の因縁がめぐってきて、今の苦しみになり、今の不幸になり、幸せにもなり、いろいろの境遇にもなるわけですけれども、それはあくまでも業生の世界のことであって、どんなに幸せそうに見えても、どんなに不幸そうに見えても、それは実際にあるものではないのだ、過去世の想いの波が伝わって来ているのだ、(お釈迦さまは消えてゆく姿とはいわないが)

だから、その想いにさえ把われなければ、人類は不幸ではないのだ、ということなのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 


   「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版




補足

想い(重い)に把われない方法、想いを放って自由自在心、スッキリした幸せな境地になるメソッドが世界平和の祈りに自分の全想念を投げ入れるということです。

光の溶鉱炉であり、どんなに汚れたマイナスの想い、想念、過去、過去世のものでもそのすべてを浄化し、プラスの換えて肉体(肉体界)に還してくれる、同時に幽界も浄めてくれる・・・・・

そうしなければ自分も地球人類も救われないのです。

今、真剣に祈らなければ後で必ず後悔することになります。

個人の幸せは、地球人類が平和にならないとあり得ません。

自分の幸せはひとまず置いて今は人類のため、宇宙のために祈るべきではないでしょうか?

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

想いが今の自分、そして世の中をつくっている 1



私が好きな言葉で

五井先生の

「悟るって難しいことじゃない、余計なことを想わなければいいんだ」

があるのですが

私たちは、四六時中起きている間ずっと余計なことばかりを考えつづけているのです。

相手が自分のことをどう想っているのか?だとか

もっとお金が欲しいなぁ

モテたいなぁ

綺麗になりたい

痩せたい

美味しいものが食べたい

あいつ腹が立つ

ああ、お腹が空いた

なにか面白いことはないかなぁ

このCMに出ている子かわいいな・・・・・

どれもこれも自分の感情を満足させることばかり

そしてどうにもならないことやどうでもいいことばかり

そして挙句の果ては、マイナスを掴んで悩んだり迷ったり、落ち込んだりしている。

もし、これらのことを何~にも想わなかったらどれだけ楽に、爽やかに生きることができるでしょう。

なんでこんなに余計なことばかり脳裡に浮かんでくるんだろう?

それは、今生での過去や過去世から潜在意識に溜まったものが押し出されて出て来たものもあれば、集合意識もある、

縁のある人の想念が移ってくるものもあれば

幽体(幽体は肉体にくっついていてビル一棟分くらいの大きさがある、幽体をオーラともいう)にひっかかってきた身近な他人の想念もある。

だから脳裡にはありとあらゆる想いが交錯しているのです。

一方、本当の自分は神界にあり、そこからの本心のメッセージ(神智)も肉体に届くのですが、頭でごちゃごちゃ想いを巡らしていては、本心からの有り難いメッセージもほんの少ししか届いては来ないのです。

本当の自分、本心の自分は完璧で、神そのものであり、とてつもなく素晴らしいのにそれを邪魔しているのが、これらの想念なのです。

人間は、想念に振り回されているうちは、絶対に幸せにはなれないのです。

私には、ある時期にW先生というメンター(人生の師匠)がいてくださっていたのですが、そのW先生は、私が余計なことを想い、言うたびに


「あなたはああだ、こうだが多すぎます」

「それはどうでもいいことです。想いは重いのです。想わない努力をしなさい」

そして

「もっとスッキリしなさい!」

とおっしゃっておられました。

その意味が今はとてもよくわかるのです。

「悟るって難しいことじゃない、余計なことを想わなければいいんだ」

の悟るってことはどういうことなのか?

悟るというのは、本心と肉体の吾(我)が一体となって

神我一体になるということです。

ほんとうの素晴らしい自分が肉体に降りて来る

ほんとうの自分とは、余計なことを考えたりしないのです。

マイナスを掴むことは一切無いのです。

マイナスを掴まなければ不幸はないのです。

病気も、死も、貧乏も、倒産も、痛みも、妬みも嫉妬も、苦しみも悲しみも(生老病死)・・・・・・

幸せになるためには、想いを放さなければならない

想いを放して、自由自在心になるために

世界平和の祈りを祈るのです。

祈りしか、自由自在心になることはできないのです。

自分が人類が幸せになるために

「世界平和の祈り」 が生まれたのです。
 
 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

2017年6月24日 (土)

自分の気配を消す

 
 

プレゼンをするのでも、営業をするのでも自分という我をアピールし出さなければ、結果が出ない、善い方向へ行かないと私たちは思っています。

しかしバーチャルな世界であるSNSでも現実世界でもそうですが、自分を出そう、出そうとしている人のエネルギーは善いものではありません。波動が悪いのです。

目にはみえませんが、圧迫感があります。息苦しくなります。

そして「私はこう想うのです」「想いませんか?」とやたらと想いを押し付けてくる人も嫌になります。

なぜならば「想いは重い」からです。想いのエネルギーは重いので足元を漂っています。

マイナスの想いも重いので地面を這っています。

私たちは落ち込んだときに無意識に下を向きます。

そしてマイナスのエネルギーと共鳴してしまうのです。(どんどん落ち込む)

一方、天(宇宙)からは無限のプラスのエネルギーが降って来るのです。

坂本九さんの「上を向いて歩こう」が名曲中の名曲で今でも愛されているのは真理を奏でているからです。

気持ちが落ち込んだとき、空が曇っていようと雨が降っていようと、意識を雲の上の青空に向けると自然に元気が出て来ます。神界と共鳴するからです。(歩くときも目線は地面と平行より少し上にしましょう)

素晴らしいというのは、宇宙(素)は晴れているという意味なのです。



そして次に大切なことは人と接するときには、自分の気配を消すようにするのです。

居るのか居ないのか?わからないくらい気配を消す。

それくらいでちょうどいいのです。このことを謙虚と言います。

出るのではなくエネルギーを引っ込める、後ろに引く・・・・。

なぜならば自分の我のエネルギーを引っ込めないと神性(ほんとうの自分)が出ないからです。

もっと詳しく言いますと、宇宙からのエネルギー(霊要素)は、頭のてっぺん(百会)に入り、60兆の細胞、血管の中を通って霊力を与え、足の裏(湧泉)から地球の中心へと流れてゆくのです。

そして体の中心、エネルギーが交差する中心点である下丹田(へそ下3.5センチ)で縦から流れて来たエネルギーを横に流してゆくのです。

ただここで下丹田を意識するだけではエネルギーは横に流れて行かないのです。

宇宙からの素晴らしい縦┃のエネルギー横━に流してプラスの十のエネルギーに換えて行こうとするのなら(奇跡を起こそうとするのなら)下丹田から後ろに引かなければなりません。

後ろにずっと意識を引いて行くと、その先にも宇宙があるのです。

宇宙は上だけにあるのではなくどの方向にもあります。なぜなら宇宙は無限だからです。

後ろには宇宙に行くまでに守護霊さん守護神さんもいらっしゃるのです。

その守護霊さん守護神さんと一体になると素晴らしい守護霊さん守護神さんがその位置から前に出ることになります。

そうです、自分の気配を消し、我を引き、守護霊さん守護神さんと一体となって、前に出て肉体界で活躍し、働いて戴くのです。

実は守護霊さん守護神さんとは自分自身でもあります。

何千、何万回も輪廻転生している中で当然守護霊、守護神だったこともあるからです。

肉体人間の馬鹿な我を引っ込めて素晴らしい自分の本心や悟った霊である守護霊、守護神に肉体界で活躍してもらう。

それが自分個人にとっても人類にとっても一番善い方法です。(宇宙法則に乗るから)

真理がわかるようになると肉体の自分を出すことが、間違いであり恥ずかしいことであるとわかるようになります。

そして自分は、神の姿を顕わす器であることがわかるのです。

自分の我の想念エネルギーを消す方法が言うまでもなく、世界平和の祈りです。

下丹田にほんとうの頭があるとイメージして世界平和の祈りを祈り、やはりイメージで後ろに引きます。

後ろに自分が居ると思ってください。

自分が守護霊j守護神と一体になるとなにもしなくても守護霊さま守護神さまは喜んで前に出てくださいます。

次に下丹田よりもずっと前にエネルギーが先に出ていることをイメージします。

プラスのエネルギーはどんどん大きくなっていきます。

イメージ(想像)した通りにエネルギーは動くのです。

神様(守護霊、守護神)が想像したこと、世界平和が現実(創造)になります。

世界平和は、守護霊、守護神、宇宙神との共同作業なのです。

 

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

世界平和の祈りはなぜ、素晴らしいのか?




  
悪い言葉や想念。


これは相手に向けるものだけではなく、自分に向けるものもあると思います。

自分は駄目だ。 自分には能力がない。 自分は落ちこぼれだ。

自分は何をしても駄目だ・・・・と思いつづけている人は、そのように自分を創造していっているのです。

瞬間的に思い、平気でそれを言葉にすると、それは自分が忘れてしまってもエネルギーが残っているのです。

それを手放していかなければ。

そのために 「世界人類が平和でありますように」 という祈りがあります。

想いを消さなければそれは実現します。

原因はやがて結果になる。

これはどんな宗教でも言われていることです。

原因は結果になる。

自分が撒いた種は自分で刈り取る。

これは真理です。

では、なぜ 「世界人類が平和でありますように」 という祈りが自分自身と人類の救いになるのか。

祈りというものは、誰でも始めは自分が幸せであるように祈ります。

健康であるように祈ります。

それから自分の愛する家族を祈ります。 夫が幸せであり、子どもたちが幸せであるようにと。

そして自分の好きな人たちも祈ります。

お祖父様やお祖母様も、親戚も。

そうすると、時間がいくらあっても足りません。

朝から晩までずーっと、名前を連ねていかなくてはならなくなります。

「世界人類が平和でありますように」、 この一言の中には、自分を含め、愛する家族を含め、全人類の幸せが入っているのです。 と同時に、嫌いな人、絶対に自分では

「あんな奴祈ってやらない。俺をここまで追い詰めた奴。 あいつが幸せになるなんてとんでもない。 あいつは地獄へ行けばいいんだ」 と憎しみを持っている人も含まれています。

「私の夫を奪った愛人」 など、嫉妬心と怒りでその人の幸せなど到底祈れないと思っている人も含まれています。

自分が絶対に祈れない、許すことも出来ない、認めることも出来ないと思っている人も

「世界人類が平和でありますように」 の中に含まれているのです。

愛する人も愛せない人も、善人も悪人もテロリストも・・・・人類すべてが入っているのです。

本来の光輝いた自分、どんな想いにも動じない自分は、すべての人の幸せを願っています。

その本来の自分の願いと一つになれる祈り、大真理に基づいた祈りだからこそ、素晴らしいのです。
 



    

        
「人生と選択」 西園寺昌美 白光出版




   

アセンションとは意識の上昇を言います

 
仏教の出家(しゅっけ)とは、家を出る、つまり肉体界という家から霊界、神界へと出る、行くということ、解脱とは肉体界から解かれ(解放され)脱出するということ、悟るというのは、神界に居るほんとうの自分と肉体界の仮の自分(吾)とが合体するということなのです。

これらはすべて、肉体界とは宇宙の界層のほんの一部であり、神界だけが実在するほんとうの世界なのだよ。

そんな先っぽの小さな消えてゆく世界に心が縛られていてどうする?

意識を宇宙へ神界へ合わせなさい。

そうでないといつまでたっても幽界、肉体界の幻に惑わされてしまうよ、心が安心立命し、ほんとうの幸せをつかむことはできないよ、と言っているのです。

人間は元々悟っていた、何億、何十億年も前から自分は神であることを知っていた。

しかし神の姿がそのまま現れていただけでは、進化しずらいので、波動を粗くし、肉体という姿を纏ったのです。

そして記憶を無くさせた。

みにくいアヒルの子って童話がありますね。

アヒルの子たちの中で育った白鳥は、

「自分はアヒルの子」だと思い込んでいた。

しかし水面に写った自分の姿を見て、初めて

「自分は白鳥(神)だったのだ」と悟ったのです。

この時、ほんとうの自分(神)とアヒルの子?の自分が合体したのです。

私たちは、ほんとうの自分(神)と合体する時期に来ているのです。

私たちとお釈迦様、キリスト様との違いは意識がどこにあるか?だけなのです。

意識が神界にあれば、そのまま聖者です。

自分の中にすべての答えがある。

つまり宇宙は外にあるのではなく、自分の内にある。

そのことがわかるようになることがアセンションです。

次元上昇とは、人間の意識の上昇なのです。

肉体意識から宇宙意識、神意識に上昇するということ、そのために世界平和の祈りを祈るのです。

ほんとうの幸せをつかむために祈るのです。

そして自分が神であることを実感するために、我即神也の印を組む、

これらはすべて宇宙神からのメッセージです、プレゼントです。

これらの神事を3万人の人がすれば、地球人類は救われ、見事にアセンションは成就する。

それが真理なのです。




世界人類平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 

2017年6月21日 (水)

宇宙神からのメッセージ

 


“地球人類よ 目覚めよ

心して目覚めよ

汝らは聖なる人々である

宇宙神の光の一筋そのものである

宇宙神の無限能力、可能性、叡智、直観力が内在しているのである

ゆえに

汝らが真に究極の真理に目覚めた時

他のいかなるものにも依存する必要はない

外なる神にも宗教にも物質にも


すべては自らの内にある

それを自覚し信じ実行に移すことにより

汝らの希望はすべて成就されるのである

世界平和樹立のために立ち上がるのだ”






『つながり合う世界』 西園寺昌美 白光出版




解説

  
  
『無知の報いを受ける前に』


もう自分の欲望に振り回されずに神に意識を向けるべき時です。

内なる神意識に・・・・・。

人類は長い間神から与えられし自由意志を誤用してきました。

それがあらゆる苦悩の原因となってゆくことも知らずに・・・・。

ただただ真理に無知であるがゆえに・・・。

ついには、人類は自らがつくった過酷な状況から逃れたいと叫んでいます・・・・・。

自らの意志で自らの首をしめてしまっていることに最後まで気づかずに、無知そのものでいた責任を取る時が来るのです・・・・・。

低次元意識レベルの人類が今日まで為し続けてきた自由意志の乱用。

あとになって恐るべき結果がもたらされるというのに、そのことには全く無頓着で、しかも自己責任によってそれらを受け取らねばならない時が来ることも知らずに・・・・。

神は未だ人類の過ちを黙して見過ごされています。

未だ人類一人一人に自己責任を負わせるべき時を遅らせているのです。

ですが、神のご愛念、ご意志に甘えている場合ではありません。

そのあと何十年も後になってから思い知らされる前に、子孫の代にまでその償いが及ぼされる前に・・・・・・。

人類よ、一刻も早く真理に目覚める時が来ています。

人類一人一人が自己責任を取る時が・・・・・。

が、最終的には心配することはありません。

不安、恐怖することもありません。

そうならないよう宇宙神は二十二年前、その日のためにこの地球上に神人という崇高なミッションを遂行すべき人々をつくり出すことを計画しておられたのです。

偉大なる魂たちで築き上げられた神人群団が毎日、毎分、毎瞬、世界のどこかで必ず世界平和の祈り、我即神也、人類即神也の究極の真理の印、地球世界感謝行、光明思想徹底行、マンダラ、世界各国の平和の祈りを行なっています。

この神人群団によって人類の破滅は抑えられています。

大自然の驚異も、動物の怒りも、昆虫の未曾有の繁殖も、ウイルス、細菌の蔓延も抑えられているのです。

宇宙神は人類に大いなる希望を抱いています。

ますます神人が地上に誕生されてゆくことを・・・・・・。

それこそが地球を破滅することから防ぐため、人類を破滅することから守るためのご計画なのです。



『つながり合う世界』 西園寺昌美 白光出版




 



  

なぜ、今世界平和の祈りが個人にも人類にも必要なのでしょうか?

 
実は、地球のアセンション(次元上昇)は人類の多くが世界平和の祈りを祈ることによって完成すると決まっているのです。

それは宇宙神と五井先生と言われる聖者との約束事なのですが、多くの人はそのことを知りません。

そこで私がブログ、FacebookというSNSを使ってみなさんにお伝えしているのです。

世界平和の祈りはただの願い事ではない、

進化した星の宇宙人(神様)たちも祈っているもの凄いエネルギーの言霊なのだ

どんな強いマイナスも消してプラスに換えてゆくんだ

だから地球は浄化されて神界(天国)が地上に現れて来るのだ、
と先日述べましたが

まだ、なぜ世界平和の祈りを祈ると個人も3次元的なことが整い、精神も安定し、地球人類も平和になってゆくのか?

ピンと来ていない人もいらっしゃると思います。

読み進んでいくうちにきっと腑に落ちてゆくと思います。

本文 

地球世界の人類は、今いったい幸福なのでしょうか不幸なのでしょうか。

こういう問を出された大半の人は、地球世界は今不幸な状態です、と答られることでしょう。

何故地球人類は不幸なのでしょう。 

それはこの世が争いの想いに充ち、不調和、不完全な状態にあるからです。

地球は今では全く狭くなって、米ソ、西欧諸国の政治政策はすぐさまアジア、アフリカ諸国にその影響を及ぼし、アジア、アフリカ諸国の出来事は、直ちに西欧や米ソに反響を与えます。

今日の個人の生活は、それがどうしても個人だけに止まっていることができず、国家や人類の動向に必然的に影響されてゆくのです。

ですから、今日の個人には単に個人としての生活はなく、個人の生活の浮き沈みは、国家や人類の動きに左右されざるを得ないのです。

いかに有能な個人がただ単独でどのような働きをしたとしても、それで国家や人類が幸福になるということはできないので、国家や人類全体が、争いの想念や不調和、不完全の環境からぬけ出さないことには、個人個人の真実の幸福はあり得ない、ということになってきます。

今日の世界状勢は、どの国家間の状態を見ても、大戦争へのきざしを含んだ、不調和な無気味な雰囲気をもっています。

ただ、いまだその雰囲気に火がつけられていない、ということにすぎません。

いつ戦争が起こるかわからない。 

いつ天変地異があるかわからない。

そういう地球世界の雰囲気の中で、真実の幸福生活をつかんでゆくことは、なかなか大変なことです。

この世における個人の幸福は、どうしても世界人類の幸福と結びつかなければ生まれ出ないものなら、いっそこの際、個人と人類というものを一つに考えてみて、そういう観点から一切の行動をしていったらどうであろう、と私はこう考えたのです。

そこから、私の提唱している世界平和の祈りが生まれ出たのです。

世界人類が平和であること、それは取りもなおさず、個人個人が平和な環境におられることであり、

個人個人が平和な環境に生活できることは、世界人類の平和が成り立っているからであるということになります。

ところが現在は全くこの反対で、真実の平和は個人の心にも、世界人類の中にもまだ生まれでてはいないのです。

この事実は、皆さんがこの世の姿や自分の心を見つめてみればすぐにわかることです。

個人も世界も、常に不安動揺しています。

現在の個人の幸福は、それは一瞬一瞬の起伏の一コマであって、永遠の生命につながる安定した幸福ではありません。

真実の幸福は、これから私たちが協力してつくりあげてゆかねばならないのです。

永遠の生命に立脚しない、虚偽の幸福感などでは、この地球世界に真実の平和は打ち立てられません。

この地球人類を不幸にしている最大の原因は、自分たちが、一なる神(大生命)から分かれてきている兄弟姉妹であることを忘れ果てて、自分と他人とは別のもの、という神のいのちを引き裂くような、人類愛にもとった生活をしはじめたことなのです。

そうした生活が今日では、習性となって、自他の差別観がぬきさしならぬ業(カルマ)の波動となり、人類全体を蔽ってしまって、自我欲望の想念となり、自分や自国の利益に反する他人や他国を敵視してしまうことになってしまったのです。

ですから、今日の社会生活、国際関係の中で、5人や10人の偉人が出て、真理にそった政治をしようとしても、業想念(カルマ)の波動が烈しすぎて、その真理を実行できずに終ってしまうのです。

どうしてかと申しますと、今日の世界は、もはや、少数の人々の動きではどうにもならぬ時代となって来ているので、どうしても、多くの大衆の力が必要になってくるのです。

人間誰しも世界平和を願わないものはないのですが、いったいどうしたら世界平和が実現するかは、この混迷した世界状勢の中での一般大衆にはわかりようがありません。

そこで、なんらの苦労も伴わずにやさしく入れる世界平和への道が、絶対に必要になってくるのであります。

人間の心が、労せず巧まずして一つになる方法、自他の利害を区別せず、自然に自他一体観が確立できる方法、その方法が必要なのです。

それには、各人の利害得失を想う想念を、一度どこかに投げ出させてしまわねばなりません。

それが世界平和の祈りなのです。

私は人間とその生き方については、次のように思っており、実行しております。

━ 人間の真実の姿は、業生(ごうしょう)ではなく、神の分生命(分霊)であって、

常に祖先の悟った霊である守護霊と守護神(天使)によって守られているものである。

この世の中のすべての苦悩は、人間の過去世から現在に至る誤った想念が、

その運命と現われて消えてゆく時に起こる姿である。

いかなる苦悩といえど、現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と

今からよくなるのであるという善念を起こし、どんな困難の中にあっても、自分を赦し、人を赦し、自分を愛し、人を愛す、

愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくと共に、守護霊、守護神への感謝の心を常に想い、世界平和の祈りをつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである

━とこのように想っているのです。

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さん、守護神さん、有難うございます

こうしたやさしい唱え言の中に、自分たちのあらゆる想念を投げ入れて、その祈りの中から改めて、自分たちの生活をつづけてゆきますと、いつの間にか、個人的な排他的な気持ちが薄れて、世界人類の幸福を願う、人類愛の気持ちが湧きあがってきて、いつとはなく、その個人の人格も完成してゆき、世界平和への個人の最大の行為である、個人生活での調和なしらべが奏でられてゆくのです。

個人の生活が平和になると共に、人類世界の平和達成に大きな役割を果す、世界平和の祈りこそ、現在世界中において最も必要なる善事であろうと思います。

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

2017年6月19日 (月)

お金は感情

  

お金のことを勘定と言います。

聞き慣れない人もいるかもしれませんがお寿司屋さんなどでお客さんが

「勘定してくれ!」「お勘定お願いします」とよく言ったものです。(今でも言いますね)

 

実はこの勘定と人間の感情は同意語なのです。

お金は感情の処理のために使われているのです。

それが証拠に、お金を支払うときには必ず感情が伴います。

日本だけではなく、世界のマーケティングは

「・・・しい」 「・・・い」 が語尾になるようにあらゆる手段で誘導しているそうです。

「欲しい」「美しい」「おいしい」「うれしい」「やさしい」「うらやましい」「くやしい」・・・・・

なるほどこの先にお金が見える(笑)

では、「・・・・い」は、「つらい」「やめたい」「なんとかしたい」「思われたい」「面倒くさい」「勝ちたい」ちょっとネガティブな言葉が多いですね。

どちらも感情を顕わにする言葉です。

アセンション(次元上昇)によってお金が無くなるということは、人間が感情の処理が出来るようになる、コントロールすることができるようになることを意味します。

人間は感情を超えないことにはほんとうの幸せはつかめないと、お釈迦様や他の聖者、賢者たちは言っているのです。

それは、本心の上を感情、想念が走り回っている、暴れ回っているからです。

本心とは自分のほんとうの心、不動心です。

感情(勘定)に振り回されている間は、人間は馬鹿なのです(笑)

理性、冷静さを失っているのです。

私たちは感情でお金を使ってしまったときに後悔します。

無駄なこと、要らないのに感情を煽られてテレビショッピングで買ってしまったときは、商品を前に情けなくなることがあります(笑)

完全に「・・・しい」「・・・い」にやられています。

みなさんお金、勘定(感情)に振り回されないようにしましょう。

感情に振り回されなくなるとお金に困らなくなります。

無駄な出費は減り、必要なお金が入って来るようになります。(感情(勘定)をコントロール出来るから)

感情という波を超えて、神界にある本心とつながる方法がやっぱり世界平和の祈りなのです。

幸せになるには世界平和の祈りしかないのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


     
追伸・・・今、お金は感情では動かなくなって来ているように思うのです。

感情を越えて感動することにしかお金を使わなくなっているような気がします。

それはお金を大事に遣うという人が増えたこともあるのですが、やはり人間が冷静(霊性)になって来ているのだと思うのです。

感情をコントロールできる人も増えているのですね。(怒っている人が少なくなっています)


  
  


  

除霊と浄霊はまったく違うのです

  
霊能者の人、宗教者の人で除霊をするのが上手な人はいると思うのです。

除霊とは字の通り、霊(悪霊)を取り除くことです。ほとんどが念力でやっています。

幽界のオバケちゃんが取り憑いた悪霊を、幽界に取り憑かれた霊能者もしくは、少しばかりの霊力(浄化力)があるお坊さんが祓うのですが、幽界や肉体に意識がある人が取り除こうとしても無理があります。

それは、こびりついた汚れを取るだけの洗浄力がないからです。

汚れたものを汚れた水で綺麗にしようとするのと同じです。

一時的に綺麗になったと見えたり、思っても、またすぐに返ってきます。

または別の人にその汚れは憑くのです。

本人は楽になるかもしれませんが、他人や家族に憑くとしたらそれは浄めたことにはならないのです。

ほんとうに綺麗にしようとするのなら除霊ではなく浄霊(マイナスを消してプラスに変える)をしなければなりません。

除霊と浄霊はまったく違うのです。

幽界を浄められるのは、神界と同じ意識を持った、霊覚者(お釈迦様、キリスト様、完全に悟った人)でなければ浄化することは出来ません。

そんな人は今の日本には、3人と居ないのです。(守護霊、守護神は肉体を持っていないので人ではありません)

そのクラスの人たちも浄霊するのは命がけです。

なぜならば、おかしくなった(業をたくさん被った)人間に憑いた業、カルマ、マイナスの想念エネルギーは凄まじいくらいの量なのです。

人間は何千回、何万回も輪廻転生している、そのたびに汚れがついている、その上に悪霊(幽界のオバケ)が憑いているわけですから、大変なのです。

霊覚者以外の人には、浄霊は絶対に無理だと思ってください。

そして除霊はまったく意味がないことをわかってください。

では、どうしたらいいのか?

それは自分に憑いた悪霊、業、カルマ、マイナスの想念エネルギーは自分で取るのです。

どこかの国のことわざで、「自分に刺さったトゲは自分で抜け!」があります。

厳しいようですが、自分で抜かないと自分のためにならないのです。

そして取るだけではなく浄化するのです。(浄化できて初めて世界人類に貢献出来る)

みなさん甘えています。

病気はお医者さん、薬が治してくれると思っている。

お金は誰かが応援してくれて、寝てる間に儲けてくれて自分を養ってくれると思っている。

幸せは誰かが運んでくれると思っている。

そして自分の魂は誰かが磨いて守ってくれると思っている。

そうではないのです。

自分のエネルギー・波動・気は自分自身で調えるのです。

他人から取ってもらうのと自分で取るのとでは意識が違います。

自分でやるほうが簡単に取れるのです。

気を調えるようになることがほんとうの自立です。

なぜならば波動調整が出来るようになると目に見えることは自然に整って来るからです。

自分が発するエネルギーが爽やかでスッキリしたものであれば、それに共鳴して仕事やお金、人間関係も調和してゆくのです。

目に見えることは目にみえないエネルギーを調えることどで整ってゆくのです。

これが真理です。

これが宇宙法則に乗るということなのです。


宇宙法則に乗るメソッドが世界平和の祈りです。(世界平和の祈りを祈っていると悪霊に取り憑かれることは絶対にありません)

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

  

 

2017年6月17日 (土)

想いとは相手の心と書きます

  

「なんでこんなことを想ってしまうのだろう?」「次々に湧いてくる悪い想いを消すことは出来ないのだろうか?」「綺麗な想いにするにはどうしたらいいのだろう?」・・・・

私たちは想いというものがどこからやって来ているのか?を知りません。

そして想いをコントロールすることも出来ないのです。

私がかわいそうだなあ理不尽だなあと思うのは、悪の想いが取り憑いた子どもを親が叱っている場面です。

「この子はこんな酷いことを言ってしまってなんて悪い子なんでしょう」

「うちの子ではありません」

「なんでそんなことを想ってしまうの?」 と子どもを責め叱りつけているのです。

幼子と子どもの違いは、頭のてっぺんにある百会(ひゃくえ)というチャクラにあります。

生まれたての赤ちゃんの百会は柔らかくてペコペコしています。

百会のチャクラが開きっぱなしなのです。

だから天使そのもの、無邪気そのもの、神界(天国)からの光がそのまま入っています。

ところが、
もの心がつき始めた子どもになるとこのチャクラが閉じ始め、すぐ傍の大人たちの想念を受けることになるのです。

想いとは相手の心と書きます。

子どもの言動が親たちに似て来るのは、想いを受けているからです。

それと世間の集合意識も同時に受けるので、どんどん生意気になってゆくのです。

この子どもたちを餓鬼(ガキ)と言ったのは、天使から悪魔の心になってしまった大人の嘆きなのですが、その責任の大半は親である大人たち、大げさではなく、地球人類にあると言ってもいいでしょう。

その大人も百会のチャクラが完全に閉じてしまっているのですから、想いをコントロールすることなどできません。

マイナス想念、相手の想いは入りっぱなしになっています。


どうしたら想いをコントロール出来るのか?

子どもたちから綺麗な心を守るには、悪い想いをブロックするにはどうしたらいいのか?

それには、自分の想いをそのままにして置かないで、分析などしないでそのまま光の溶鉱炉がある神界に投げ入れてやればいいのです。

それが祈りです。

「悪い想いが浮かんで来た」「今、どうでもいいことを想いそうになっている」「想いを消してしまいたい」・・・

そう想った瞬間に

「世界人類が平和でありますように」という光の言霊にすり替えてしまえば、浮かんで来た、浮かびそうになった汚れた想いは跡形もなく、瞬間消えてしまうのです。

マイナス想念がプラスのエネルギーに変わった瞬間です。

そしてしばらくは、悪い想いは浮かんで来ません。

しかし又すぐに悪い想いが湧いて来るので、また祈るのです。

だから絶え間ない祈りが必要なのです。

今地球上にはマイナス想念エネルギーが充満しています。(だから世紀末なのです)

うごめいています。

頭で何かを想ってしまうと、即、それは悪い想い、マイナス想念になってしまっています。

私たちは、想いを浄化しなければいけないのです。

まずは自分の想いを消さなければいけないのです。

消して消して消しまくって幽界に溜まった潜在意識、集合意識を浄めなければならないのです。

自分の中からはマイナスの想いもプラスの想いであったとしても何も浮かんで来ないようにならなければなりません。(無念無想、これが未来の人間の姿です)

心が綺麗な人、悪い想いが浮かんで来にくい人とは、守護霊の守りが他の人より強いだけです。

守護霊がその人に付こうとしている想いを消してくださっているのです。

その人自身が素晴らしいわけではありません。(ここ重要です)

だから悪い想いを持った人を責めてはいけないのです。

想いを行動に移してしまった人を「悪い奴」と、ののしってはいけないのです。

想い(罪)を憎んで人を憎まずです。(人類全員の責任です)

アセンションを実現させるための条件とは、人間が自分たちが作ってしまったマイナス想念を浄めるようになることがあります。

だからやっぱり、世界平和の祈り無しでは、アセンション(愛の星)は実現しないのです。

世界平和の祈りには、どんなに汚いマイナス想念エネルギーをも、消してプラスに変えるだけのパワーがあるのです。

このままだと地球は滅亡します。(マイナス想念エネルギーで)


その自覚を是非、持ってください。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 

  

  

2017年6月16日 (金)

エネルギーを調える(波動調整)

 

普通、ほとんどの人は出かけるときに、化粧をしたり服装を整えたり外見は整えたりするのに、自分の心(内)を調えて外出することはありません。

これは波動が粗いまま、外の気(エネルギー)に触れるということであり、非常に無防備であり危険なのです。

昔、調和波動気功法を習っていなかった頃、その当時の上司から酷いことを言われ、いらだって車を運転していたところ他の車と接触事故を起こしたことがあります。

幸い大事には至らなかったのですが、その時ハッキリとわかったのは、

「自分のいらだちが事故を招いた」でした。

波動はエネルギーであり、同じ種類の波動は共鳴し、異なる波動は共鳴し交わることはないのです。

つまり心が波動の細かい神界(4次元、多次元)にあるのならば、3次元の事故などという粗い波動には絶対に共鳴しないのです。

「運悪く災難に巻き込まれてしまった」「何の罪も無いのに酷い目に遭った」などは、波動(神様)の世界(ほんとうに世界)ではあり得ないのです。

なぜならば波動は嘘をつかないからです。誤魔化しが利かないのです。必ず根拠、原因、元があります。それが波動です。

以前書いた記事で、「エネルギーは先に行って待っている」と言いました。

肉体波動(物質波動)は粗く重いエネルギーなので遅く、精神波動(魂、心)は細かく軽いので速いのです。

私たちは、肉体がそこにないと心もないと思っていますが、心はどこへでも行くことが出来ます。(心の旅、宇宙にも行けます)

ある場所に行ったとき、家のことや人のことが気になって肉体だけがある状態を「うわの空」、「心ここにあらず」と言います。

肉体という仮の姿はそこにあっても精神という本体はそこに無いのです。

精神を調えると、肉体的なこと、物質的なこと、金銭的なことも整って来るのです。

ここで整うと調うの2つのととのうが出てきましたが、精神(目にみえない)をととのえることを調えるといい、物質的なこと(目に見える)が整えるというのです。

私たちはもっと精神波動に意識を向けなければいけません。

なぜならば、精神を調えないと目に見える物質的なこと、現象、現実が整っていかないからです。

精神が主で、物質が従です。心が主で、肉体が従です。

だから肉体が滅びても(死んでも)心は残るのです。

では、精神を健全に保つにはどうすればいいか?

波動を調える、波動調整をするにはどうしたらいいか?ですが、それは、頭でどうのこうのと考えずに、脳裏に浮かんで来るあらゆる想い(いい想いも悪い想いも)をすべて自分の本心がある神界に投げ込んでやるのです。

神界は溶鉱炉であり、マイナスやどうでもいいことを含んだ想念は、溶鉱炉で溶かされ、プラスの波動(エネルギー)となって肉体の自分に還って来るのです。

肉体人間の自分が高次元のほんとうの自分になって還って来るメソッドが祈りです。

祈りとは命がのりだすという意味なんです。

生命が生き生きとして来るのです。

人間はもう祈り無しでは、生きて行けなくなっています。

祈りという酸素ボンベ無しでは、肉体界、幽界(さ迷った魂たちの居る世界)の粗い波動と共鳴してしまうのです。

みなさん、お化粧をしたり、身だしなみを整えるように、自分の波動を調えてから外に出るようにしましょう。(波動調整に関してはこれからもっと詳しく書いて行きます)

進化した星の先輩たちには、波動調整は常識なのです(笑)



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

2017年6月15日 (木)

社長さんは偉い!



おはようございます。

私の尊敬するある人の記事をそのまま引用させていただきました。


 

おはようございます。

出勤する方が割と多い時間です。

真面目な社会だなぁって思います。

家族や誰かの為に働く、それが自分の幸せに繋がる。

...

一日一日吸収した新しい事や情報を自分の栄養にして

血肉にして発信できるまではかなり消化酵素が必要です。

身体の仕組みと同じです。

自分のものにするって自分の力(地頭)で分解し、

自分で動かす、自分で発信する、自分でどうするか?

その自分が人の役に立てられる自分になる自分を育てる

自分で他者を養う迄に自分を育てる。

最後は同じ「死」が待っているのですよ

でも、他者を養い栄え支えて死ぬのと

自分の為にのみ生きて死ぬのとでは

少し、違いがあるように思います。

社長は従業員がいるから社長になるのだと思った次第です




感想

上記の記事にあるように、社長になる人(中小企業とします)は自分一人や家族だけが生きていくだけなら、十分の力量、才能を持っているのだろうけれど、自分以外の人を助けたい、養ってあげたいという思いからその可能性を拡げ、奮起して独立したと思うのです。

従業員は気楽です。

仕事をある程度こなしていれば給料がもらえる、保障で守られている、会社が潰れても失業保険ももらえるし他を探せばいい、しかし社長となると命取りです。

全財産を失い、日本の場合は敗者復活が難しい、責任の重さに雲泥の差があります。

人間はみんなが社長にならなくてもいいけれど、役割分担があり縁の下の力持ちでもいいのだけれど、自分のことのみ、自分や家族の幸福のみを願って生活をし死んでゆく人生は、あまりにも悲しい、虚しい、わびし過ぎると思うのです。

「私は私一人で生きているのではない、家族、友人、同僚、地域、日本、世界の人々、宇宙、大自然、ほかの生きとし生けるもの・・・・すべてのすべてがあって成り立っている」

その自然に湧き出る感謝の想いがいつの間にか

「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉になっていると思うのです。

世界平和の祈りは、病気で寝たきりになっている人、もう仕事をリタイアした人、働いていない大人や子どもたち、誰でも祈れる素晴らしい言霊です。

たった一言唱えるだけで宇宙(神界)と共鳴し、マイナスの想念エネルギーを消し、地球のアセンション(次元上昇)に大きく貢献します。

太陽系の惑星の中で世界平和の祈りを祈っていないのは、地球人だけだそうです。(一部の人を除いて)

私は、祈りが途切れると、酸素ボンベが無いエベレストの頂上に行ったような状態になり苦しくなります。

みなさん今、しんどくないですか?

今はアセンションの前ですが、夜明け前が一番暗いのです。

業、カルマ、マイナスの想念エネルギーが私たち個人、日本、世界を覆っています。

今、祈りという酸素が必要なのです。(今は酵素、水素も必要と言われていますが)

この酸素ボンベが世界平和の祈りです。

祈っていると安心してきます。

なにも状況は変わっていなくても心が安心するのです。

それは、神界(天国)、宇宙、本心、日本の国津神様、守護霊様、守護神様、救世の大光明霊団(宇宙天使、お釈迦様、キリスト、聖者たち)と繋がるからです。

各々凄まじい光を放っています。



  
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


  

2017年6月14日 (水)

パワースポットについて

  

私たちは、パワースポットのような光の柱になるのではなく、元々パワースポットだったのです。

我即神也も自分が頑張って雲の上の宇宙にいる神様になるのではなく、宇宙、神界にいるほんとうの自分(神)が肉体に降りて来て合体するのです。

ロケットで上に上るより、階段で降りたほうが楽です(笑)

だからパワースポットになりましょうではなく、パワースポットだった昔を思い出しましょうなのです。

私たちは、肉体という鎧を着たために自分が宇宙人、神であることを忘れただけです。

ここが重要です。

では、パワースポットになる、戻るにはどうしたらいいか?を説明していきます。

私たちは食べ物を分解、溶かしてエネルギーに換えていると思っていますが、実は主に霊要素という宇宙からのエネルギーによって生かされているのです。(人間は近未来かなり少食になります)

頭のてっぺんに百会(ひゃくえ)というチャクラがあります。

宇宙からの霊要素(エネルギー)は百会に入り、血管を通して60兆の細胞に活力を与え、足の裏(湧泉、ゆうせんという)から地球の中心へと流れてゆくのです。これが引力です。

エネルギーは血管の中を通ると言いましたが、血管の中の血液がスムーズに流れていない状態が病気です。

エネルギーとは気のことです。

気が病んだ状態を病気と言います。(病は気からは真実です)

今、私たちが食べているものは、この血流を悪くするものがたくさんあります。

糖質もそうですし、お肉も血を汚します。

だから健康であるためには、食べものを選ぶのも大切な要素となります。

ストレスも血流の流れを悪くします。

ストレスとは「なんだかんだ」「ああだこうだ」と想い悩むことです。

ストレスがあると血流という川の流れに大きな石を置くことになります。

水(血)の流れは悪くなり、滞ることになるのです。

健康とは、エネルギー、血流がサラサラに流れている状態をいうのです。

これはイメージするだけでかなり良い状態をつくれるのです。

まず私たちは肉体(物体)ではなく、光の波動体であることをイメージしてください。

次に、天と地を意識し、天からのエネルギー(霊要素)が百会に入り60兆の細胞を通って地球の中心へ流れているイメージです。

そのエネルギーはキラキラと光っています。

そのときに大切なことは、意識が宇宙(神界)としっかりとつながっているということです。

そのために祈りがあるのです。魂を入れるのです。

世界人類が平和でありますようにの世界とは宇宙のことです。

宇宙の理念が入った言霊です。

この言霊を唱えると肉体の自分が宇宙神とつながるのです。(肉体の吾と本心が繋がることを悟るという)

天と地を意識し、光の柱(パワースポット)の中にいることをイメージし、世界平和の祈りを祈る。

これでかなり強いパワースポットになっています。

次には、この光(エネルギー)を横に流してゆくメソッド(地球人類を目覚めさせる)ですが、次回に書くことにします。

今回はここまでにします。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


   

 

2017年6月13日 (火)

自分自身がパワースポットになりましょう

これからほとんどの人がエネルギーがわかるようになっていきます。

エネルギー(気)がわかるとは波動がわかるということ、波動がわかるとは神様の愛がわかるということ、審神(さにわ)ができるようになるということです。

これからは波動の良いところ、人にみんなが集まるようになり、波動の良い人の仕事が上手くいき、波動の良いところを中心に奇跡が起こっていきます。

私は毎朝波動調整をしています。

世界平和の祈りを祈り、印を組み、呼吸を調えます。

エネルギーは肉体よりも先に行く先に行って待っているのです。(精神波動は軽く物質波動は重いから)

私が行ったときには、もうその場のエネルギーが浄まり調っているのです。

一昨日ですが、家族4人で中華屋さんに食事に行きました。

日曜日の7時くらいだったのでいつもだったらガラガラです。

ところがほぼ満席(100人くらい)で少し待ったくらいでした。

席に座ると、顔なじみの従業員の方が

「グッドムーンさんが来られるとなぜか席がいっぱいになります、そろそろ来られるんじゃないかと噂していたらやっぱり来られるし、来られたら忙しくなるとみんな楽しみにしているんですよ」と言っておられました。

それがこの店だけでなく、他店でもよく言われるのです。

「それでは他人が流行って儲かるだけで自分には返って来ないじゃないか?」そんなケチなことは言わないでください(笑)。

きっと巡り巡ってあなたにも返って来ます。

パワースポットの面白いところは、周りが整ってから自分が整って来るということです。

裏を返せば、周りが整っているということは自分も整っているということです。(自他一体)

3次元で普通にしていても普通に仕事をしていても普通に日常生活を送っていても困ったことにはならないのです。

それは困ったことと波長が合わないからです。調和の取れた現象と波長が合うからです。

今は次元が上昇しているので、現れて来る現象の速度が速くなっています。

不調和なもの(マイナス)は早く消え、小さな奇跡が次々に起こって来ます。

どんなに小さな奇跡でも、それを大切に感謝をすることが大切です。

感謝は光なので光が光を生み、大きな奇跡になってゆくからです。

消えてゆく姿(大難が小難になって)に感謝、現れて来る姿にも感謝することが個人の幸せ、平和を生み、人類に拡がってゆくのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


ズバリ、完成品を持ってくる時代

 

私はありとあらゆるジャンルの本を読みました。読まされました(笑)

そこでわかったことは何かというとどんなに素晴らしい本でも、神界、宇宙に突き抜けていないと完成品ではないということです。(読んで無駄という意味ではありません)

光を浴びて、覚醒を促すものではないということです。

読んでいる途中、そして読み終わった後の清涼感が違うのです。スッキリ感が違うのです。

頭(肉体)はスッキリしても、本心はスッキリするところまでは行かないのです。

それは本心(神界)からのエネルギーではないからです。

五井先生、西園寺昌美先生のご著書は、何が違うかというと光っているのです。

エネルギー(波動)が違うのです。

これからはズバリ完成品を持ってくる時代です。

ここにテレビがあるとします。

中の部品が一つ足らなくて映らないとします。すると何の役にも立ちません。

99%揃っていても映らなくては意味がないからです。役割を果たさないからです。

そこに無いのと同じです。不要の長物になっています。

これからは完成品だけを見て、完成品だけに意識を合わせて生きてゆく時代なのです。

3.9999次元は3次元と同じです。突き抜けていないからです。

トンネルを抜けていないからです。

世界平和の祈り、我即神也の印は、ズバリ完成品なのです。

なぜならば、聖者が提唱したものであり、聖者から降りて来たものだからです。

世界平和の祈り、我即神也・人類即神也の印同様理屈は要りません。

もっと次元が上昇すると(今は5次元)、突き抜けている本は光輝いて来ます。

本棚にあるその本だけ波動(エネルギー)が違うのです。思わず手が出ます。

が、しかし真理の本は今はまだ難解なのであまり人気がありません(笑)

目に止まることが少ないのです。無限なる光!

そこで是非、五井先生、西園寺昌美先生の本をどれでもいいので読んでみられてください。(真理がわかるとありとあらゆる問題が解決してゆきます)

タイトルで選んでもいいと思います。直観でもいいと思います。

きっとあなたの本心に響くと思います。(次元が上がったのでわかりやすくなっています)


あえてお薦めするならば、


『神と人間』『空即是色』『みんな救われている』『いい時に生まれた』『人類の未来』『大決意』『日々の祈り』『高級霊は上機嫌』『如是我聞』五井昌久著

『我即神也』『教育の原点』『果因説』『日々の指針』『つながり合う世界』西園寺昌美著、

『世界のひな形━日本』五井昌久・西園寺昌美共著



きっとこれらの本からあなたの素晴らしい世界が開かれてゆくと思います。




  

 

我即神也は理屈ではない


  
今、いろんなところで人間は神であった(過去形ではなく)、神の子なんだ、宇宙そのものなんだと言っているようです。

もしかしたら自分(人間)は、とてつもないサムシング・グレート(なにか偉大なもの)なのかもしれない。

なぜならば、ものを考え(想像)し創造する力があるのだから・・・。

そしてもしそうだとしたら自分の内面(秘めた神性)を高めていけばもの凄い力を発揮するかもしれない。

だがしかし、そんなことみんなが言っているわけでないし、人に言ったら笑われそうだ、気が狂ったと思われそうだ(笑)、そんな段階ではないかと思います。

これからアセンションに向けて人類は次々と神性を顕わしてゆくのですが、そのツールになるのが、世界平和の祈りと印です。

「世界(宇宙)人類が平和でありますように」の祈り言霊は、宇宙神の理念であり、本心のある神界と共鳴するのです。

祈れば祈るほど自分を覆った業、カルマ、マイナスの想念エネルギーが取れて行き、本来の素晴らしい自分(神)になっていきます。

また我即神也の印は、「自分は神であった」ことを思い出すためにするのです。

組んでいると「神であった」が「神なんだ」という確信に変わっていきます。

これは理屈ではないのです。

頭で「自分は神なのだろうか?」と100万回自問自答するよりも、たった1回でもいいから組んでしまえばいいのです。

印はエネルギーです。科学です。

真っ暗い部屋を明るくしたかったら、

「どうしたら明るくなるのだろう」「どうして暗いのだろう」

と悩み、考えるより、明かりのスイッチを入れればいいですよね。

だがしかし、人間はそんなことを悩むのです。

自分の中で腑に落ちてから組もう、他の人が言い出してからにしよう、時間のあるときに考えてみよう。

面倒くさいですね(笑)

ただ(無料)だから、面白そうだから、やってみないとわからないからやってみようでいいのです。

これからは素直な人、目にみえないエネルギー(昨日、エネルギー、気、波動は神さまだと書きました)に意識を向ける人が人間の本来持っている素晴らしいパワーを発揮し活躍してゆくのです。

そしてその人たちは次々に奇跡を起こす姿を見て(我は神を見たる)、次々に連鎖してゆくのだと思います。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


お薦め本


『我即神也』 西園寺昌美著 白光出版



  
  

2017年6月12日 (月)

波動とは?

 

波動とか、気とか、エネルギーだとか言いますが、そもそも何なのか?

簡潔に言いますとこれらみえないものの正体は、神様の働きなのです。

この3つは同じものなので気を掘り下げて説明しますと、目にみえないものを漢字で表すと気になるのです。

元気、天気、陽気、電気、やる気、本気、勇気、気持ち、気配、・・・・・・

気のつく字は、ほんとにたくさんありますね。


日本語の 「気を付けて」は英語で「Good bye」=「God by you」であり、

スペイン語で「Adio's」の「dio's」は神の意味である。

気とは神の意味である。(調和波動気功法より)



では、同意語である波動をもっと詳しく言いますと

「波動が悪い」 「波動が粗い」 「波動が厳しい」 に対し

「波動が良い」 「波動が細かい」 「波動が優しい」 があるのです。

波動は神様なわけですから波動が良いとは、神様がたくさん働いているということであり、波動が悪いとは、神様から離れているということです。

では神様とは一体なんなのか?

神様はいろんな言い方があります。

大自然でもあり、宇宙神でもあり、最近の科学では「サムシング・グレート」、なにか偉大なものと言われているようです。

神を一言で言うと愛なのです。

か~あ

み~い

私たちは神の愛によって生かされてるのであり、神の愛を顕わすために地球上に降り立ったのです。

波動、波動って言いますけれど

人間が神様に近い状態が波動がいいであり、神様がきめ細やかに働いておられる姿が波動が細かいであり、神様の愛が顕われている姿を波動が優しいというのです。

逆に、波動が悪いとは、自分のことばかりを考え、愛や思い遣りを忘れてしまった状態をいうのです。

波動が粗いとは、意識が肉体や物質的なことばかり向いていて、心が雑な状態です。

波動が厳しいとは、神様(愛)から離れ、マイナスの想念エネルギーの多い、本来の姿(神の姿)に戻りにくい状態を言います。

私が外国や東京の波動が悪いと言ったのは、この“厳しい”の方だったのかもしれません。

真理を正確に伝えるのは、つくづく難しいなぁと思います。

波動のニュアンス、少しでもわかっていただけたら幸いです。

追伸・・・・波動を善くする要素がすべて詰まった言霊が世界平和の祈りです。

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

 

今、見ている星の光は過去の光なのです

 

「今、見ている星の光は過去の光なんだ」 ってなんのことかわかりませんよね(笑)

どういうことかと申しますと、地球から見た星というのは、近い距離のものもあれば遠く離れた星もあります。(宇宙空間は無限だから)

その星が放った光はすぐに地球に届くのではなく、何時間後のものもあれば、何万年も後になって届く光もあるのです。

つまり私たちは、過去の光りを見ていることになります。

それと同じように今、私たちが見ているもの、心の中で想っていること、それらはすべて過去(過去世)で見ていたものや、過去世で想ったことがテープレコーダー(古いですね)に録音されていて再生されているところなのです。

「はじめて来た場所なのに、過去に来たことがあるような気がする」ということはありませんか?

それは過去世で来ていたのです。

懐かしいと感じるのはその土地に住んでいたのです。

今、一生懸命に努力をしているのになかなか生活が善くならない健康になろうといろいろと気をつけているのに病気ばかりをしてしまう

こんなこと想いたくないのに悪いことばかりを想ってしまう

それらはすべて過去世でやっていたこと、想っていたことが(潜在意識)顕われて来ているのです。

肉体界とはそういう世界です。

過去世が現ってきている世界、だから仏教では肉体界のことを現し世(うつしよ)というのです。

ほんとうの現在はどこにあるのかといえば霊界にあるのです。

未来はどこにあるのか?
それは神界です。

話がちょっとややこしくなってきましたね(笑)

私たちが住んでいるのは、目に見える肉体界だけでなく目に見えない幽界(潜在意識の世界)、霊界、神界(天国)にも同時に住んでいるのです。

肉体界というのは、今、幽界が映って来ていると理解してください。

幽界は、人間の汚れた想念、間違った行為が蓄積されていて汚れに汚れているのです。

だから幽界を浄めないと肉体界つまり私たちの生活、環境は善くならないのです。

そのために霊界にいらっしゃる守護霊さん、神界におられる守護神さんのご加護が必要なのです。

霊界、神界から幽界を浄められるからです。(感謝をすれば浄まるスピードが高まる)

そして私たちは、肉体界から世界平和の祈りを祈ることによって挟み打ちで、浄化するのです。(三位一体)

今、起こっていること自分が想っていることは過去の消えてゆく姿です。

われずに「消えてゆくんだ」そして世界平和の祈りを祈って守護霊さん守護神さんに感謝をしていればきっとこれから善くなるんだ

幽界が消えて、霊界も消えて(幽界に近い、低い階層の霊界)
素晴らしい明るい未来の世界神界(天国)が現われて来るんだ

神界が現し世になるんだ

時空を超え、肉体界(過去世)イコール神界(未来)になるんだ
と思ってください。


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  

2017年6月11日 (日)

光明思想徹底行

今、地球はカルマ、業、マイナスの想念エネルギーで覆われています。

今晴れていたかと思えばいつの間にか太陽は雲に覆われ今にも雨が降りそうな天気になっている。

それが心の中で起こっています。

人間の集合意識想念がプラスよりもマイナスの方がずっと多いので笑顔よりも沈んだ顔の人のほうが多くなってしまう。

カラ元気でもいいので元気を装うとするのですが、内から元気を出すのは、難しい、特に日曜日の夕方は

「明日から又、会社か、学校か」とため息が出ます。

そんなときは、宇宙のプラスのエネルギーがすべて入った言霊を唱えるといいのです。

人間の本体(心)は光の波動体、肉体(物資)ではありません。

元気になるには、プラスの言霊を唱えればいいのです。

それも宇宙の無限のプラスのエネルギーがすべて詰まった49個の言霊です。

宇宙の完成された数字は7、それが7つのグループになっています。(完成×完成=パーフェクト)

心の中でいいので、7回唱えてみてください。

唱え終わった瞬間からなんだかスッキリ、心が晴れたような心境になります。

理屈ではないのです。


人間は光の波動体、パワースポットなのです。





『光明思想徹底行』

 

世界人類が平和でありますように

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち


世界人類が平和でありますように

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性


世界人類が平和でありますように

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望
 

世界人類が平和でありますように

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝
 

世界人類が平和でありますように

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ
 

世界人類が平和でありますように

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気


世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力



  

波動圏について

みなさんは、車や電車、飛行機で移動した際、その場のエネルギー(雰囲気)が場によって全然違っていることに気が付いておられると思います。

その場のエネルギーとは、以前住んでいた人(何千年も前からも含む)の想念エネルギーと今、現在住んでいる人の想念エネルギーによって出来ています。

ですからみなさんが「パワースポットだ」「波動が良いんだ」と叫んでいる場所がほんとうに善い場であるのかは、甚だ疑問です。眉唾ものです。

というのは、パワースポットが出来た当初はそうだったのでしょう。

聖者、賢者がその場を浄め澄んだ場所になっていた、その場が観光地になったのです。

光を観に行く地が観光地です。

魂が汚れた人々は命の洗濯にその場に行き、浄まって又、日常生活に戻って行ったのです。

しかしあまりにもたくさんの人が訪れるようになってほとんどの観光地、そしてパワースポットは、光が弱くなっています。

今、パワースポットを含め、神社仏閣の多くは、幽界のオバケちゃんの棲家になっています。

そしてお参りに来た人に憑依したりしているのです。

「お金が欲しい」「人をコントロールするパワーが欲しい」と願っている人はすぐに取り憑かれてしまいます。

スピリチュアル系の人たちにかなり多くみられます。

だから霊能者、占い、スピリチュアル系の人には近づいてはいけないのです。

K君のようにボロボロにされてしまいます。

99.99・・・%ニセモノだと思ったほうがいい。

ということはどういうことかというと外にはホンモノは無いということです。

自分の中、自分の心の内にしかホンモノ(我即神也)は無いし、本心は無いのです。

自分を信じないで他人を信じてしまうからおかしくなるのです。


またタイトルから外れてしまいました。波動圏でしたね、

私の調和波動気功法の仲間で、娘さんが東京の某有名私立大学Kに合格されました。

他にも地元関西の同志社大学や公立大学にも通ったそうなのですが、その娘さんはK大学のブランドに惹かれ、「K大学に行きたい」と両親に言いました。

娘さんは繊細な神経をしているものの、家も裕福であり自分たちのプライドも満たしてくれるし、行かそうと思ったそうです。

そして私たちのメンターに相談すると「絶対に行ってはいけません、娘さんに東京は合いません」とそれだけ言われたのです。

そこには深い意味が隠されています。

東京は今、かなり波動(エネルギー)が悪いです。

私も去年、調和波動気功法のセミナーで東京新橋に行きましたが(一泊)、苦しくてしかたがありませんでした。 

とても観光を楽しむ気にもなりませんでした。ほとんどの人は東京に波長は合っていないと思います。

しかし「東京に行かなければ仕事が無い」「自分の夢を叶えられない」「勝負が出来ない」と思い込んでいる人は、自分の本心、守護霊、守護神からの助言までも無視してしまうのです。

五井先生は、「子どもが外国に行きたがっている」と相談されたとき、「絶対反対!」と強くおっしゃったそうです。

外国と日本は明らかに波動が違います。違いすぎます。

語学を学びたいからという安直な理由で(語学なら日本でも学べます)外国に行くと、帰って来たら人格が変わっていたということがあるのです。

今更ながら、自分の波動を強くし、調えることの大切さがわかります。(波動調整)

みなさん、人に頼らないでください。

自分の神聖(我即神也)と守護霊、守護神だけを信じてください。





追伸・・・肉眼(肉体意識)で見える宇宙船?UFO、そして聞こえて来る神の声?肌に感じる感覚?すべてニセモノです。幽界のお化けの悪戯です。

ホンモノ(神様)がそんなことをするはずがありません。

神界の波動とは、五感では感じないのです。

感じないところに入って行かないとわからないのです。

そんな邪なもの歪んだものに振り回されてはいけません。

神界にだけ、波長を合わせてください。そのメソッドが世界平和の祈り、印です。
  

  

  

2017年6月10日 (土)

やったことがすぐに返って来る

 


私が尊敬してやまないある人の記事で心に残っている文章があるのですが、その人の住んでいる上のマンションからタバコの吸殻がベランダに落ちて来ていたそうです。

こんなことをする人ってどんな人(Aさんとします)なんだろう?と連想したあと、3年後のAさんの姿がみえてきたそうです。(心眼で)

それは貧乏になった姿だったそうです。

貧乏って病気の一つだそうですね。

今蒔いた種が3年後に実る、それも貧乏という病気の姿になって・・・・

現在、地球は5次元に突入したそうです。

しかし人間の意識が変わっていないのでまだ現実に変わったことがわかりにくいですね。


ところが私の身に、そのことがわかることが起きました。

次元が上がるとはどういうことなんでしょうか?

それは波動が細かくなるということです。(肉体界→幽界→霊界→神界に行くほど波動は細かくなります)

細かくなるとは、やったこと、想念、行為がすぐに返って来るということです。

少し前までの肉体界は波動が粗いので、相手をやっつけてやろうと思っても、相手には伝わらなかったり、かなり時間が経たないとそのマイナス想念は自分に返って来なかったのですが、波動の細かい幽界や霊界でそれをやってしまうとすぐに返って来るのです。

相手を殴ったらその倍のパンチがすぐに飛んで来る。想っても同じです。

それは自分の想念はすぐに相手にわかるからです。

宇宙は想念、心がすべてなのです。

ですから死んだ人が一番苦労するのが、想ったことがすぐにバレる。返って来ることです。

「こんなことなら肉体界に居るうちに心を綺麗にしておけばよかった」と思っても遅いのです。

話が長くなってしまいました(笑)

では恥をしのんで私の実話を話します。

自営業を営んでいる私は、今月の収入が「ちょっと少ないな」と思い、街のパチンコ屋さんに十数年ぶりくらいに飛び込みました。

台の前に座り、千円札を入れハンドルを握ると、即、大当たりになり(確変)、しばらくしてから止めました。

換金すると1万6千円だったので、1万5千円の勝ちでした。(やっぱり嬉しかったですね)

それから数日後車を運転していると、時々行っているサンドイッチのお店に行きたくなり、いつもなら駐車場に入れるのですが、面倒くさくなりちょっとくらいの時間だったら大丈夫だろうと思って路上駐車をしたのです。(駐車禁止区域でした)

しばらくして車に戻ると駐禁のシールが貼ってあったのです。

罰金はなんと1万5千円でした。(ぴったしカンカンでした)

非常に情けない話だったのですが、宝くじやパチンコ、ギャンブル、株、ビットコイン、イイネを押して儲けよう、などで儲けたお金は、必ず無くなるのだそうです。

仮に儲かってもそれは前借りをしたことであり、返さないといけないのです。

人間個人の生涯所得金額は決まっているそうです。

今、地道に稼ぐのではなく、一攫千金や儲けようとしている人、やめたほうがいいですよ。

すぐに返すことになる。取ったら取り返される。

ということは逆にプラスの想念、言葉を発すれば、2倍になってすぐに返って来るということですよね。

光明思想徹底行という神事があります。

宇宙のすべてのプラスの言霊を言葉にして、宇宙に刻印するのです。

すると刻印された言霊がプラスのエネルギー、現象となって宇宙から返って来ます。

次の記事でまた紹介しますね。

楽しみにしていてください。


  
追伸・・・タバコを投げ捨てたAさんはたぶん、3年もたないと思います。車からタバコの吸殻を投げ捨てる人がいますよね(最近はあまり見なくなりましたが)

近未来には、その吸殻は道路に落ちず、車の中に戻って来るようになるのです。

そうならないと人間はなかなか気づかないのかもしれません。

自分のしたことがそのまま返って来る世界。

私は楽しみにしています。

 

 

最後に残る欲は?

  

 

金銭欲、物欲、独占欲、自己欲、出世欲・・・・数ある欲の中で一番最後に残るやっかいな欲は、性欲、色欲だそうです。

昔観た映画「お葬式」だったと思うのですが、臨終前の孤独老人(男)が死ぬ前に看護婦さんに「オッパイを触らせてくれ」とお金を渡していたシーンがなぜか脳裏に残っています(笑)

それくらい性欲は根強いのです。

お酒を飲むとその欲はもっと強くなります。

自己欲(自分の感情を満足させたい欲)と幽界のオバケちゃんが共鳴するからです。

幽界のおバケちゃんの中には、肉体界で無念の、悲運の死を遂げた魂たちがさ迷っている世界なので、地位の高い人、人気のある人、恵まれている人が羨ましいのです。

お酒を飲むと守護霊の助けを受けられなくなるので、憑依しやすいのです。

幽界のオバケちゃんは守護霊と違い人間の人生が無茶苦茶になるのを楽しんでいます。

オバケちゃんも悪いのですが、お酒を飲んで性欲を増幅させる、オバケちゃんに悪戯をされる本人が一番愚かですよね。

いやそれよりもそんなお酒の害を隠蔽している国も悪いと思います。

アメリカではお酒は薬物であり、覚せい剤、ヘロインよりも悪質であるというデータも出ています。

しかし覚せい剤は取り締まっても、お酒は犯罪が起こってから(飲酒の取り締まりはありますが)、やってしまってから動くのです。

お酒がこの世から無くなれば世界は平和になるのだけれど、今の世の中は利権に主きに置くのです。

お金が絡めば何でも通す。

戦争だってなんだってする。

その幼稚さが今の世の中をつくっています。

ある若手有名俳優が、17歳少女に対する淫行で、今の地位、名誉を失ってしまいました。

その奥には色欲と飲酒、幽界のオバケちゃんの姿が透けて見えるのです。

色欲、性欲とは感情です。(お金も感情、勘定といいます)

感情を超えないかぎりは、人間は幸せにはなりません。立派な宇宙人にはなれません(笑)

感情を完全に無くすことは難しくても少なくすることは出来ます。(もう少し先ですね)

それは意識をオバケちゃんの居る幽界に合わすのではなく、自分の本心がある神界に合わせるのです。

自分をまともに保つ、世界を平和に導くには、自分が神界に居続けることしかありません。

今はその時期に来ているのです。

若手俳優k君はそのことを示してくれたように思います。



追伸・・・・アセンションに向け、すべての欲、感情(勘定=お金)は無くなって行くのです。

感情が無くなるということは、迷いの世界である幽界も無くなるということです。

順番は、自己欲が無くなり、お金が無くなり、最後に色欲(性欲)が無くなるのだそうです。

今は、我欲、金銭欲が少ない爽やかな若い人が増えているように思います。

こんな世の中でも光は確かに見えていますよね。

地球の平和はもうすぐそこに来ていると思います。

  
  

 




 



  

世界平和の祈りの原理(ただの願い言葉ではありません)

世界平和の祈り、言霊の光の強さは、どんなマイナス想念エネルギーも一瞬にしてプラスに換えてしまいます。

なぜそんなことが出来るかというと

まず、世界とは地球世界のことだけではありません、宇宙全体の世界のことをいうのです。

そして宇宙には、地球と同じように精神的に幼い、争い事が絶えない星もあるのです。

宇宙神の理念とは、「宇宙よ平和であれ、調和であれ、愛そのものであれ」なのです。

その宇宙神の理念に合わせた祈りごとが

宇宙(世界)人類が平和でありますように なのです。

ただの願い事だと思ったら大間違いです。

この祈りの中には、キリスト様をはじめ、お釈迦様、その他大勢の聖者たちの意思(本心)も入っているのです。

宇宙神の意思、今まで地球に降り立った聖者たちの意思、進化した先輩宇宙人たちの意思(金星など進化した星の人?たちは必死になって応援してくださっています)、そして私たち地球人の意思が全部統合された祈りごとが、世界平和の祈りなのです。

だから、「世界が平和になるといいな」「でも今のままだと難しいよな」

というような、いい加減な、あまっちょろい気持ちで祈るものではないのです(笑)

そんな祈りでは効果は薄いです。

「地球世界は必ず平和になる」「宇宙の理念なのだからならないはずがない」「救世の大光明がついてくれているから絶対に大丈夫なんだ」

という確信、自信を持って、正々堂々と祈る祈りなのです。

本文

世界が平和だとよい、戦争がないとよい、天変地変がないように、自分たちが幸福であるように、とは、正気の人である限りは想っているに違いありません。

そして中には、世界人類が平和でありますように、戦争がありませんように、と時折は神に祈っている人もあるでしょう。

しかし、そうした想いや、そうした祈りと、私の提唱している世界平和の祈りとは、根底的にまるで違っているのであります。

世界平和の祈りとは、そのような力弱い希望的想いや、懇願的祈りではないのです。

私の世界平和の祈りは、この地上人類の今日の苦難を知っておられた、大神様の分れであり守護の神霊の集いである救世の大光明に、私共人類の業想念、迷いの想念をすべて投入してしまって、救世の大光明と、地上人類の分霊的光明とを一つにつなげる祈りなのであります。

ただいたずらに、願望的に世界平和を想ったりするぐらいで、この業想念に満ちている地上世界が平和になるわけがありません。

また真剣に、真摯に世界平和の祈りをする人々があったとしても、その祈りが、この地上世界の悪想念、悪行為を認めながらの祈りであっては、とうていこの世界が平和になりっこはないのであります。

私の提唱する世界平和の祈りは、業想念世界に生活し、業想念の行為で生活する人間がする祈りではないのです。

業想念とは、この世には善もあり、真もあり、迷いもあるというふつう一般の人々の考え方ではありますが、私の祈りは、そうした考えを基にして神に祈るというような祈り方ではありません。
 
 神様の世界には不和や闘争などない、平和そのものなのだ、人間はそうした神さまの世界に自分の生命根源をおいているもので、神の分霊そのものなのだ、だから、人間各自が自己が神の分霊であることを悟りさえすれば、自然に神の世界がこの地上界にもひらけてくるのだ、ということを根底にして、世界平和の祈りをするのであります。
  

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

我即神也

人類即神也

2017年6月 8日 (木)

あなたは運命(未来)を変えられる



 
占いというのは、裏がないからうらないというそうです。

過去世から今まで何の意識改革をしてこなかった人は、過去世からの延長線上として占いは当たるのでしょうけど

自分自身で科学反応(脳内反応)を起こして、過去を捨て、未来を強くイメージ(果因説)した人は、運命を変えることができるのです。

だから当たるも八卦、当たらぬも八卦というのは、要はやっぱり想念、気の持ち方なんですね。

私は占いは大嫌いです。 虫唾(むしず)が走ります。

それは、過去世によって未来を断定したように語るからです。

未来は自分で創ってゆくものであって、運命に翻弄されてはいけないのです。

しかし今の自分をつくってくれたのは、過去の自分です。

過去、過去世には感謝します。

だが、しかし、それ(過去世からの運命)を大事に育ててゆく気持ちはサラサラないのです。

昔は世界平和の祈りがなかった、素晴らしいエネルギーを降ろせる印(印相)もなかった、想念を未来に投げ入れ、未来から現在へエネルギーを流す果因説もなかった、幽界を浄めて運命を修正してくださる守護霊さま、守護神さまの存在も知らなかった、

だから運命を変えるのが大変だったのです。

しかし、今は違います。

これから個人も人類も、もの凄いスピードで運命を変えてゆくのです。


占い、予言はすべて外れるようになるのです(笑)




本文


運命は過去世の因縁因果によって現われて来るのです。

運命の80%は決っていて、あとの20%の力で、その運命を変えてゆくのだと私は説いています。

その20%というのはどういうことかというと、20%未知の世界がある、これから作り上げていく世界がある、というわけです。20%の出発点から、100%、1000%と、今までの業を超えて、すっかり業を消滅して、新しい世界を作る窓口という意味です。

80%まっくらだけど、20%光がさす所がある。それを窓口として、跳躍台として、無限に自由自在の世界に出る、ということなのです。

生まれた時から運命は決っている、という言い方は、因縁因果の波の中で決っているということですが、因縁因果を超えた人というのは、因縁とはなんの関係もなく、自由自在に生命を生かしてゆける

...
そういう人間になる道が、20%の光の道としてあるわけです。20%の自由性がある。20%のところに何があるかというと、守護霊守護神が厳然として存在していて、人間の運命を変えてゆく。幸せにしてゆくのです。

一日も早く、本当の人間の、神の子の姿を現わすように、20%の光明をさし込む窓口に守護霊守護神がいて、引っ張り上げてくれるわけです。




              五井昌久



  

脳裏に浮かんで来る想念ってなんなのだろう?




頭で考えるのが想念で、心で考えるのが本心?

脳裡には、なんでいろんな考えが浮かんでは消え、また浮かんで来るのだろう?

私たちは肉体の頭で考えているのだろうか?

心で感じて、考えているのだろうか?

考えることを一切止めたら、直感だけで生きていけるのだろうか?

相手のことを悪く想ってしまう自分をなんとかしたい

ある人が私に言った言葉が許せなくて、ずっとその残像が消えないで残っているのですが、どこに残っているのですか?

想いはコントロール出来ないのですか?

どんなことがあってもプラス思考でいられるためにはどうしたらいい?

今想っていることは、私の本心なのだろうか? 本心ではないのだろうか?

群集心理って何? 

周りの人がネガティブだったらその想念は自分に写る(移る)の?

マイナス想念を入れないためにはどうしたらいい?

すぐに怒ってしまう自分の想念をどうにかしたい!

想念想念っていったいなんなんだ!

想念に対する疑問って尽きないですよね。

では、今まで誰も教えてくれなかった想念について特集を組んでみました。

想念のカラクリがわかれば生きやすくなると思うのです。

誰も教えてくれなかった得体の知れない想念(笑)

読んでみてください。

 

・人類というものは個人個人の集まりであって、海をへだてた国々の人々の間でも光の波、想念の波は伝わり合うのです。それはテレビと同じなのであります。

この事実が、人類を滅亡にでも平和にでも、人類の運命を運んでゆく、重大な一つの真理であることを、人類は悟らなければならないのです。

・個人個人の体は、肉体としてはお互いが離れてあるように見えますが、想念波動の世界ではお互いが結び合い、交流し合ってお互いに影響を及ぼし合っているのです。

一個人の想念波動は、一瞬一瞬の間にも、地球を経巡っているのであります。そしてそれと同時に、すべての人類の想念波動は、自分の上に流れて来ているのであります。

・私は人間の想いを、想念波動といっているのです。何故そこに波動という言葉を付けるかといいますと、人間の想いというのは波の動きのようになって、この地球を常に経巡っているのです。

人間の想いは、例えどんな細かいことでも、この地球や宇宙を巡り巡っていくわけなのです。

皆さんが今想っていることは、そのまま波動となって、世界を駆け巡るのです。そしてその想いと同じような想いをお供につれて、再び自分の所へ返ってくるのです。

例えば相手をやっつけてやろうという想いを出した場合、自分に返ってきて、自分に向けられる想いは倍加された、やっつけてやろうという想いになってくるのです。それが行動に移ってくると、思いもかけない人からいじめられたり、たたかれたりするような事態が起ってくるのです。

もう一つの例をとってみますと、どんなお金でも欲しい、という想いを出していた場合、一時うまい具合にそのお金が入ったとしても、いつの間にかそのお金は、誰かに取られていってしまうのです。

・人間は想念波動の大事なことを知らずにおります。口に出る言葉以上に、時には世界を動かしてゆくのが、想念波動です。想念というものは、言葉や行為に先がけて起こるもので、その想念が起った時には、もうその言葉を言い、行為をしたと同じだ、ということなのです。

想念波動を常に浄らかに、神に通じるものにしてゆくように、指導してゆくのが、宗教者の天命であるわけです。イエスさんはそこのところが実に厳しく、想うだけでも実行したと同じだというのです。

私は想念と行為の間に、消えてゆく姿という教えを入れて、守護の神霊の加護によって、でき得る限り業想念を消していただき、悪い想念がそのまま行為に現われぬように、世界平和の祈りを行じることをすすめているわけなのです。

・自分の出している想いの波は、瞬時にして自分の磁場を巡って、宇宙に流れているのだという事を知る事が、今日以後の人間の生き方の第一歩となるのであり、宗教と科学をつなぐ第一歩でもあるのです。


・心は本心、つまり神の心一つしかないのでありまして、私たちが通常、心と呼んでいるものは、想念にすぎないのであります。想念はすべて業でありまして、因縁因果によって生じるのであります。

・私は一つの心、つまり神の直霊から分霊として働いている心を、本心と呼んでいまして、その本心の周囲を何重にも巡っている波動(ひびき)を、想念と呼んでいるのです。

神のみ心に素直につながっている心だけを心と呼び、神のみ心を離れた心の波動は、全て想念と呼んでいるのです。

... ・想念波動とは、電波や光波や音波よりももっと微妙な、精神宇宙子の波動なのであります。
想念波動の渦はそれぞれがエネルギーでありまして、そのエネルギーは人間の肉体に働きかけて、人間にその想念波動の通りの行為をなさしめるのです。

その想念波動が争いや妬みの暗い汚れたものであれば、働きかけられた人間はそういう行為をするのであり、愛や善意の光明波動であれば、愛の行為になってくるのであります。

光線よりももっと微妙である想念の波動は、直接に脳髄に入りこんで来るのであり、神経系統のあらゆる所にも沁みこんで来るのです。



            
               
五井昌久


 

魅力的な人とは?

 

魅力的な人とは、容姿(姿、形)もあると思います。

私にとっての魅力的な人とは、心が澄んでいる人、凛としている人、お腹(魂)の中に何も無くて子どものように無邪気で大らかな人です。

赤ちゃんは文句なしに誰でもかわいい、そして幼子もかわいい、しかしもの心がついて小学生の3年生くらいから生意気になっていきます。(笑)

それは、業(マイナスの想念エネルギー)を被って、又は前世の因縁生が顕われて来て、餓鬼になっていくからです。

餓鬼はかわいくありません(笑)

今、地球界、人間界にはあらゆる世界が顕われて来ています。

 

「天上界」・「人間界」・「修羅界」・「畜生界」・「餓鬼界」・「地獄界」です。

今の地球は、どの世界が主に顕われているのでしょうか?

それは地獄界です。

地獄界とは地に落ちたどうしようもない世界をいいます。

子どもたちが住む世界も「餓鬼界」ですからかなり酷いものです。

いじめが横行するのもわかります。

 

「畜生界」、「地獄界」の間にある苦しみの多い世界が、「餓鬼道の世界」です。

むさぼり食ったり、物おしみしたり、他人をねたみ、そんな者が堕とされていく世界をいうのだそうです。

今地球は、汚れた幽界が肉体界に映っているのです。幽界が地獄界に当ります。

それくらい人間の想念は汚れているのです。

地球が素晴らしい星になるには、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界が浄まって「天上界」=「人間界」にならなければなりません。

それがアセンションです。

では、どうしたら天上界(天国・神界)が地上に現れて来るのか?

 

それは、私たちが、魅力的な人間になることです。

魅力の魅とは鬼を消す(未)と書きます。

人間がつくってしまったマイナス想念エネルギー(鬼)を浄められる力を魅力と言うのです。

そんな人がたくさん集まれば、マイナスは消えてゆく。

自分の欲望を満たすことよりも、他人の幸せ、世界の平和を祈れる人が、マイナスを消して、浄めてゆける人です。

天地をイメージし自分が天地をつなぐ光の柱(パワースポット)になったことをイメージすると天から、神界から宇宙の無限のプラスエネルギーが頭のてっぺん(百会)に縦┃降りて来ます。

そのエネルギーを体の中心、エネルギーが交流する中心である下丹田(へそ下3.5センチ)で受け止め、世界平和の祈りを祈ると、エネルギーは横━に流れてゆくのです。

するとエネルギーは交差して十(プラス)に変わるのです。

地獄が天国に変わるのです。これがキリスト様がおっしゃる十字架、真理です。

世界平和を祈り、エネルギーを縦┃に流し、下丹田で横━に流してゆくことで、マイナスの想念エネルギー、そして地獄界は浄まり天上界が顕われて来ます。

それを肉体人間がするのです。(守護霊、守護神と一体となって)

これからほんとうの意味での魅力的な人がどんどん現われて来ます。(波動調整の出来る人)

それは間違いなく、世界平和を祈る、祈れる人たちです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命(ミッション)がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 

2017年6月 7日 (水)

印(印相)とは?



私のブログに出て来る印について説明します。(詳しくは又、追々述べていきます)

印(印相)とは、地球のアセンションに向けて宇宙神から降ろされた手の形、手の動き、動きを伴った呼吸法を言います。

五井先生によって世界平和の祈りが提唱された後、五井先生が神界から印を降ろしたのです。(我即神也の後に人類即神也)

世界平和の祈り、印、マンダラ(我即神也・人類即神也の宣言文を曼荼羅用紙に刻印したもの)を行なうことで、宇宙神から神人(しんじん)と認められるのです。(3種の神器)

神人が3万人達したとき臨界点となり、加速度的に世界は次元上昇をしてゆくのです。





印(印相)とは、仏像などが示している象徴的な手の形こと。

印を組むことで天地を貫くプラスの生命エネルギー(気)を取り入れることができるようになる。

印は一連の動作の連続からなり、さまざまな印の組み方がある。

 

滑らかな美しい動きの印が体に宇宙のエネルギーをスムーズに取り入れてくれる。

上達してくると心と体の不調和が短時間で消えていったり、宇宙のエネルギーで満たされたすばらしい状態を体感したりすることができる。

代表的な印として「我即神也」と「人類即神也」の印がある。




・「我即神也」の印 


内気を整えるために印、宇宙の根源に通じる方法であり、自分の内在する無限なる愛、叡智、能力が発揮されてくる。

あくまでも自分自身の神性を顕わすために組む印であり、自分の本心を開き、自分が神にまで高め上げるための方法、手段となる。



・「人類即神也」の印
 


外気を整えるための印、宇宙の根源のエネルギーが地球上に放射され、人類に光を届ける。

人類を真理(我即神也)に目覚めさせるための印で、組むことによって人類は真理に目覚めはじめる。


   

  

疲れるの意味とは?

 

人間は、肉体の他に幽体、霊体、神体というボディ(体)を同時に纏っています。

そして肉体界の他に幽界、霊界、神界にも同時に住んでいるのです。

肉体の死とは、肉体界を放れて、幽界、霊界、神界という他界に往くのです。

だから魂、心は死んではいない、魂は永遠です。未来永劫ずっと生き続けます。

仏教では死ぬことを他界した、他界に往ったといい、往生(おうじょう)、生きて往くと言う。

だがしかし、仏教徒のお坊さんでも「死んだらお終い」「魂が無くなってしまう」と思っている。

みんなが死を怖れるわけです。

しかしここに読みに来ておられる人は、何度もこのことを聞いているので、死への恐怖はクリア、もしくはクリアしつつあると思います。

ところで、話を元に戻して(笑)

肉体は170センチ60キロであっても幽体はビル一棟分ほどあるのです。(人によって違う)

そして霊体は、星一個分、神体に至っては宇宙大になるのです。

だから世界平和の祈りで意識を宇宙(神界)に合わせると、自分の中に宇宙が入ってしまう。

宇宙のこと、地球のこと、日本のこと、人類のこと、人が何を想い何を考えているのか?さえもすべてわかってしまう。

このことを悟る、神我一体とも言います。

この状態?心境?境地になって初めて人間は、一端、一人前の存在となるのです。(宇宙人の一員として)

話がまたまたズレテしまいました(ごめんなさい)

幽体とは、肉体にくっついてるボディ(体)です。

この幽体というボディが肉体に非常に影響を与えるのです。(幽体はオーラともいいます)

たとえば、デパートに行くと自分の幽体がデパートに来ている人すべての人の幽体と重なります。(ちょうど同じくらいの大きさなので)

100人いれば100人のエネルギーの影響を受けるのです。

その中に数人でもネガティブなマイナス思考の人が居れば、その人の思いも移って(写って)来ます。

思いとは想いと同じです。想いは相手の心と書きます。

出掛ける前は、元気でポジティブだったのに帰ってきたらぐったり疲れネガティブになってしまうのは、相手の人の想念エネルギーを受けるからです。

疲れるとは取り憑かれるという意味です。

そして受け取った想いは、重いのです。

思いは、想い、重いすべて同じです。疲れると体が重くなるのはそのためです。

そんな状態でも寝るとある程度回復します。

それは、寝ている間に、意識が肉体界を離れるので、幽界、霊界、神界に行っているのです。

そして守護霊様、守護神様が霊界と神界で私たちの魂を洗って、浄化してくださっています。(守護神様がされるときは余程の時ですが)

だから私たちは朝、元気を取り戻すことが出来るのです。

しかし魂を浄化するのも大変なのです。(べっとり憑いているので)

取り切れないこともあります。(疲れが残ります)

今、地球が汚れに汚れているので自分の祖先である孫ばかりに個人的に時間を取っている場合ではない、かまってばかりはいられないのです。

もっと汚れた人や地域や国を浄めるために、24時間プラスα、寝ないで東奔西走しておられます。

守護霊様、守護神様は、地球を浄化するために大忙しなのです。

自分の魂と体のメンテナンスは

「自分でやってくれ!」 が本音です。

人間は自分で自分のメンテナンス(波動調整)が出来て、初めて一人前なのです。

先ほど、悟ること神我一体になることが一人前と書きましたが、波動調整も同じくらいに大事なことです。

波動調整が出来ないと、幽界、幽体の影響をいつまでも受け続けることになります。

守霊様、守護神様に負担をかけ続けることになります。

私たちはもう疲れることから卒業しなければなりません。

でないと立派な宇宙人になることはできません(笑)

波動調整についてはまたこれから書いていきます。

もちろん世界平和の祈りは波動調整にもなります。

祈ると光り輝くのでマイナスの想念エネルギーを寄せ付けないのです。

祈りつづけることが大切です。

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

 

 

あなたは70兆分の一の奇跡を生きている

 

私たちは宇宙の中の地球の中の日本の中のある町、村の中の集落の中の小さな小さな取るに足らない存在だと思っています。

そして自分一人くらい生きようが死のうが何をしようが、地球にも宇宙にも何の影響もないと思っています。

しかし科学を紐解いていくとそうではないことがわかります。

私たち人間一人がこの地球上に肉体を持って(ここが一番肝心です)降り立つ確率というのは、3億円の宝くじが連続して数千回当たるよりも少ないらしいのです。

アセンション(次元上昇)というのは、宇宙でも非常にめずらしい体験だそうです。

宇宙に居る無限数の魂たちはみな、世紀のいや宇宙の大イベントであるアセンションを体験したがっている、しかし肉体に生まれる人は限られている、宇宙神によって選ばれた魂だけなのです。

「私を是非、参加させてください」と懇願されても、ほとんどは却下された。

その確率が天文学的数字になっている。

そんなことまで今の科学でわかるのですね。

これ以外にもどれだけ私たち人間の存在が素晴らしいのかを示してくれる文章があります。

是非、読んでみてください。


20世紀の後半、科学が進歩して、とくにヒトのゲノム(遺伝情報)の解読が完了したのは2003年のことです。

生物のアポロ計画とも言われ、一人の人間のゲノムの解読に1千億円と十数年の歳月、数千人もの人が関わりました。

そして一人の人間の遺伝子の暗号が数日で全部わかる時代がもう、まもなくやって来ます。

コストも10万ぐらいのものでしょう。

その情報をDNAチップか何かに入れておいて病院に持参すれば、あなたの遺伝子暗号からこの薬がいい、この治療がいいとわかるでしょう。

しかし世界の優れた科学者が一堂に会し、世界の富を一つに集めても、科学の力ではたった一個の細胞も作れません。

細胞のコピー、つまり生命から生命は作れるけれど、

ゼロベースから生命を作り出すことは不可能なんです。

この世界に一個の細胞が偶然に生まれるということ、それは一億円の宝くじを百万回連続で当選したようなありがたいことが起こったということです。

我々が生きているということはそれだけで素晴らしい奇跡なんですよ。

あなたが両親から生まれる確率はどれくらいあると思いますか?

70兆もある染色体の組み合わせの中から、あなたという人間は生まれたんです。

だから70兆分の一の奇跡なんですよ。


国際科学振興財団バイオ研究所所長 村上和雄



  

2017年6月 6日 (火)

消えてゆく姿とは?(悪いものが消えてから善くなる)

 

ここのブログで世界平和の祈りの素晴らしさを書きまくっているのでたくさんの人が祈り秘かに陰徳を積まれていると思います。嬉しい限りです。

ところで一つ重要な注意点があります。

それは世界平和の祈りを祈り続けて行くと必ず個人も人類も素晴らしい状態になってゆくのですが、その前にマイナスのエネルギーが吹き出るのです。

体で言えば、デトックス(解毒)ですね。

ここで大きくわかれることになります。

業の少ない人は、すぐに善くなり、奇跡が起こったりします。(宇宙法則に乗るのだから当然です)

マイナスが少ないのですぐにプラスに転じるのです。

中くらいの人は、善くも悪くもなく、しばらくは変化がありません。(しかし必ず善くなります)

そこで一番困る?(ほんとは嬉しいことだけれど)のは、業が多い人、役割や器の大きい人は、祈っているのに善くなるどころか悪い状態、不都合な状態に見えることが起きるのです。

今の地球と同じです。

地上天国が顕われるために今の個人の状況、企業、組織、日本、世界では様々な状態になっています。

マイナスという膿が多いので圧倒的に地獄図が焙り出ています。

それと同じように個人でも善くなるためのプロセスとして悪いことも起きるのです。

しかしそれは大難が小難、かなり小さく消して戴いています。(神様の愛で)

死ぬところが病気やケガで済むとか、倒産するところが借金で済むとか、会社を首になったとしても、それは次のステージに進むためたったとか?

人間の頭で考えては、不調和なことにしか思えないこと、理解しがたいことが起きるのです。

ここが肝心です。

病気、ケガ、借金、首になるをどう捉えるかです。

真理がわかっている人は、どんなことがあっても必ず善くなることがわかっているので、「これは悪いものが善くなるために現われて消えてゆくんだ、消えてゆく姿なんだ」

とわかっているので、呑気です。平然と堂々としています。不安になりません。

それどころか消えてゆく姿に感謝しています。

 

しかし、消えてゆく姿を理解していない人は、「世界平和の祈りを祈っているのになぜ、自分には善い事が起こらないのか?逆に悪いことが起きるのか?」

 

「えぇい、やめてしまえ!」

になってしまいます。(絶対に焦らないでください)

なんともったいないことか!

せっかく真理につながったのに

みなさん是非、消えてゆく姿を知ってください、そしてそれがわかった上で世界平和の祈りを祈ってください。

消えてゆく姿にも把われないでください。目的は早く消えて善くなることではなく、祈りつづけることです。

無限のプラスのエネルギーを発信し続けることです。

宇宙に陰徳を積み続けることです。

結果は忘れた頃、必ずやって来ます。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

 

 

波動がいいとか悪いとか言うけれど

 

スピリチュアルな人たち、自分は霊的であると勘違いしている人たちが

「あなたは波動がいい、悪いとか」「あそこの場所は波動がいい、悪い」とか言っているようですが、たぶん自分の感覚で勘で言っているだけだと思うのです。

しかしそれを聞いた人は、ドキッとします。

心の中を見透かされたような気持ちになってしまう。(そんなこと言うものではありません)

では、一体波動とはなんなのか?紐解いて行きましょう。

波動とはエネルギー、気のことです。3つはすべて同じです。言葉が違うだけです。

気という字が付く言葉はめちゃめちゃ多いですね、目にみえないエネルギー、想念にはほとんど気、が付きます。

空気、天気、電気、元気、気持ち、気分・・・おそらく一番多いんじゃないかな?

これらの気が澄みきって清々しい状態が波動がいいということです。

これらの気が滞っている状態が波動が悪いです。

波動がいい人とは、エネルギーが滞ることなく、スムーズに流れている状態の人のことです。

しかも周りのマイナス想念をプラスに転じられる人、浄化出来る人は、ただものではありません(笑)

聖者です。お釈迦様です。キリスト様です。

そんな人が波動がいい人なんです。

そんな人、周りに居ますか?いませんよね、

簡単に波動がいい、悪いなんて言うものではないのです。

一方悪い人は、想いを溜めている(ストレス)人、エネルギーを流せない人ですが、それも流し方もわからないし、溜めたくもないわけだから、「あなたは波動が悪い」と言われてもどうしようもないのです。(一般的に言う波動の良い人、悪い人はほとんど差はありません、それも瞬間瞬間で波動は変わるのです)

では、どうすれば波動が善くなるか?というと一番波動の善い場所とつながればいいのです。

それはいつも言っています、神界、宇宙です。

神界のエネルギーは非常に細かいのです。優しいのです。愛に溢れた無限のプラスのエネルギーに溢れています。

世界平和の祈りはそんな素晴らしいエネルギーと共鳴するのです。

波動が良いとどうなるか?

パワースポット(光の柱)そのものになったあなたの周りには、光を求めてたくさんの人、縁のある人がやって来ます。

それはあなたの放つ光に触れたいからです。光のシャワーを浴びたいからです。光を浴びて悟りたい(覚醒したい)からです。本来の素晴らしい自分に戻りたいからです。

そんな人になれたら最高ですよね!

アセンションとは、みんながそんな素晴らしい波動体(パワースポット)になるのです。

そのために世界平和の祈りが生まれました。

ただそれだけでは愛の星地球は完成しません。

いろんな合わせ技があって完成するのです。

世界平和の祈り、印、マンダラ(今は意味がわからなくて大丈夫です)、神人(しんじん)になる。

エネルギーを調える方法(下丹田を使って流す、外す、消す)を体得する。(波動調整)

ただ今は、ここでは世界平和の祈りがどれだけ重要なことなのか、を徹底的に述べていきたいと思います。(同時に真理を知る大切さも)

それは世界平和の祈りが主だからです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

 

  
 

現象ではない 想いが大切なんだ


 


神様から生命を頂き直す



人のため、神様のためと言うけれど・・・・


 
人間というものは、こういう場合にはどうしたらいいだろう、またこういう場合にはこうしたらいいだろうと、初めから答を作っておいても、その通りにはいきません。

どんな立場で、どんな問題が出ても、スパッと答えられ、スパッと躊躇なく行ないが出来るような、そういう心を作っておくことが、一番大事なんですね。

それにはどうしたらいいかというと、常に自分の想いを、祈り心で神様におまかせしておく ━ 生命は神様から頂いているんだから、それを常に神様にお預けしておいて、毎日瞬々刻々、神様から頂き直して、日々の行ないとする、そういう心に徹しないとダメなんですね。

想いを常に神様の中に入れておいて、一瞬一瞬の行ないが、神様から頂いた生命の行ないである、そういうふうに徹していかないと、いろんな問題の答が出て来ないんですよ。

世の中には枝葉の応用問題が多いですから、あらゆる答があるわけです。

どんな場合でも、優等生の答が出来るのは、常に神様と一緒にいるということ。

自分の想いが神様の中に入っていて、自分の体というものは、いつも神様の生命が使っていてくださる、そういうかたちでなければダメなんですよね。

自分の我というものがあってね、自分でこれは損だから、得だからと思う。

しかし言葉だけで、これは人のためにやっているんだ、とごまかす。

それは実は自分の欲望とか執着とかいうものなんだけれども、これは神様のためにやっているんだとか、これは人のためにやっているんだとかいうふうに、自分や人をごまかすわけね。

ごまかして、それで自分の執着を続けてゆく、というような場合もあるわけですよ。

そうすると、神様のほうではちゃんと判っていますから、それなりの因果応報で、なんか答が返ってくるわけです。

 


 

現象的なことが問題ではありません



ですから、現われてきたことが問題じゃなくて、現われる以前の人間の心というものが一番大事なんですよね。

それを常に、神様の生命の中に、神様のみ心の中に入れておいて、いつでもパッと答が出てくる、自分の行ないが自然に正しいほうにゆく、というような人間にならないと、肉体がなくなって霊界やなんかに行く場合に、いい所へ行けないわけです。


現象的なことは問題じゃなくて、そこでいかに自分の心が素直に神のみ心通りに行なえたか、ということが問題になるわけですね。


現象的なことで言えば、イエスさんなんかは一番損ですよね。


肉体は十字架に磔(はりつけ)になっちゃって死ぬんでしょ。


人のために一生懸命、神様のみ心を説いて磔になる。


これほど損なことはないけれども、そのイエスの行ないによってキリスト教が広まり、少なくとも人類の進化のためには大いに役立っているわけです。

 私なんかもそうですよね。さあ、困った人はみんないらっしゃい、悪いものはみんな私が引き受けます。


どうか人類の業が私に降りかかって、自分が身代りになりますように、ということを思っています。


だから、業が一杯やってきます。


はたから見ればバカなことですよね。だけど、そうしないではいられない、神様のみ心をこの世に行じて、みんなのために尽さなきゃいられないという、どうか人類のために自分の体をお使いください、と思わないといられないという、そういう生き方もあるわけですよね。

それを菩薩心と言うんです。

そういうように、いろんな生き方があるけれども、我々の生き方は、あくまでも神様に想いを全部お預けして、日々瞬々刻々、神様から生命を頂き直して、生活を頂き直して生きてゆく、そういう生き方なんですね。

どうぞ、そのことを覚えておいてください。

そういうことが判っていますと、いざという時に、すぐに祈りに入れます。

いざという時に、すぐに行動に移せます。

例えば、強盗にピストルを突きつけられたとする。

初めはドキッとしますよね。

ドキッとするけれども、その次の瞬間には、五井先生なら五井先生、神様なら神様と思って、スーッと心が平安になります。



                   
                    
五井昌久



  

低い想いが出てきたときにどうするか?





自分の想いをどこに置くか




人間は常に、自分の想いをどこに置いておくかを一番大事にしなければいけない。

自分の幸せだけに想いを置くか、

他人の幸せ、社会の幸せ、人類の幸せを願うところに想いを置くか、それによって自分が神様に近いか、遠いかが決まるわけですよ。


自分が天人であるかそうでないか、それが決まるわけです。


我々は世界平和の祈りを祈って、人々の幸せを願っているわけですから、少なくとも普通の人よりは、心が高い位置にあるわけです。

いいですね。

一人の人の幸せを祈っても、これは愛ですよ。

それが、世界人類が平和でありますように、どうか世界が平和でありますようにと、寝ても覚めてもそうやって祈っている人は、その想いが低いはずがない。

だから、もし低い想いが出たらば、自分だけの我欲が出たらば、これは消えてゆく姿だ、これじゃいけないんだな、神様ごめんなさい、世界人類が平和でありますように、とすぐにお祈りに変えてしまって、いつでも神様のみ心の中に入っている、いつでも人の幸せを祈れる人間になっている、こういうことを徹底してゆかないといけないんですね。

それをやってゆきましょう。

そうしますと、この世の中はとっても素晴らしくなります。

どうぞますます、この平和の祈りの運動が、大きな光に包まれるようにやってください。

お願いいたします。



     


          五井先生 昭和47年12月のご講話より

2017年6月 5日 (月)

心を鍛えることが一番大事です(心と想いは別のもの)

  


・・・・・・

心の修業ということが最大のことです

心を鍛える

想いを鍛える

つまり想いが乱れない

恐怖が起こらない

弱らない

何があっても心が平然として

澄みきっていられるような

そういう人間になることが一番大事です

それは永遠の生命を得たことです

心が何事があっても乱れない ということは

永遠の生命を得たことです

肉体はいくら鍛えたって

死んでしまえばそれまで

あとは心の在り方です

心の問題で高くも行けば低くも行く

心が全部決定する


心というのは想いのことです

想いが乱れなければ

心は平静なのです

心と想いとは別のもので

心の上を想いが往ったり来たり走っている

心は神さまの光そのもの

生命そのものです

想いが往ったり来たり走らないで

ピタッと本心の中に入ってしまえば

スカッと光輝いてしまうわけです


肉体を鍛えるということも必要だけれども

心を鍛えるとは別の問題で

心を鍛えることが一番大事です

どうやって心を鍛えるか

想いを神さまのみ心の中に投げ入れること

生きるも死ぬも

現われて来るすべては

神さまのみ心でなされているんだから

自分の想いで何事もなし得ない

肉体の我は何事もなし得ない

だから

想いを全部神さまのみ心の中に入れなさい

世界人類が平和でありますように

という目的をもった中に入れなさい

それで神さまありがとうございます といっていると

世界人類が平和であることは

神さまの大御心だから

御心の中に自分が入ってしまう

本心の中に入るわけです

そうすると想いが乱れません


世界平和の祈りに決定(けつじょう)したら

想いは乱れません

そういうことを悟りというんです

だから

一番やさしい悟りの方法

一番やさしい解脱の方法が

消えてゆく姿で世界平和の祈りだというのです



『大決意』五井昌久 白光出版



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


  

 
 

世界人類が平和でありますように

 

世界人類が平和でありますように

そう祈る時

自分の想いが世界人類の中にひろがってゆく

個人を通し 家庭を通し

社会を通し 国を通し

ズーッと人類に広がってゆく

愛の光が世界中に 宇宙中にひろがってゆく

するとその光が

自分に返ってくるのです


善い事をしなければ

と焦らなくても

世界の平和を願う祈りを重ねていると

いつの間にか

小さな小さな固まった人間じゃなく

個人の縛られた中で暮らしているんじゃなく

大きな 自由な世界

宇宙という中で

ひとりでに善いことをしている

という状態になるのです

人のために尽くすことはいいことです

徳を積むことになります

しかし

自分がやっているんだ

自分はこんなに働いているんだ

と思っていると

徳を積みながら

その徳をけずっていることになります


何故かというと

自分自分といって

神様から自分を離すからです

自分自分といわなくても

自然にいいことをし

自然に徳を積んでいれば

自然と積み重なってゆくので

神さまのほうでちゃんと徳を積ませて下さるわけです

・・・・・・・・・・・

『大決意』 五井昌久 白光出版

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  


  
  

人間を見る場合



・・・・・・・・・・・・・・・・

人間を見る場合

その人の肉体を見ない

肉体のうしろにいる守護霊さん守護神さんを見させる

息子が不良でしようがない とすれば

息子のうしろの守護霊さんに

“守護霊さんありがとうございます

息子の天命をまっとうせしめ給え” とやる

夫が道楽者だとすれば

“夫の守護霊さん ああご苦労さまですね

こういう業の固まりをよく守って下さいまして

ありがとうございます

どうか夫の天命をまっとうせしめ給え” とやるんです

そうすると 知らないうちに

相手の守護霊と自分の守護霊と一つになり

守護霊の力が 夫なり子供なりに働いて

業を消してゆくのです

夫が祈らず

子が祈らず

妻が祈らないとするならば

自分だけでいいから

世界平和の祈りをするんです

その時に

迷っている夫 迷っている子供の名を呼んで

そのうしろの守護霊さんに頼むのです

それをつづけることです

そうしますと いつの間にか立派になります


必ず立派になりますよ

『大決意』 五井昌久 白光出版

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

〇〇さんの天命がまっとうされますように

 

2017年6月 4日 (日)

人間というもの



人間は自分の体のことは

本当は自分で治せるようになっているのです

どのようにするかというと

神さまのみ心に全部投げ出してしまえばいいのです


力は神さまの中にあるんだから

守護神さまがちゃんと生んで下さったんだから

守護神さんに全部お返ししてしまえば

守護神さんのほうでうまくやってくれる


心臓が悪いということは

心臓に毒素がたまるということ

肝臓や腎臓が悪いというのは

そこに疲労素や毒素がたまるわけ

たまるけれど

人間本来の生命力には

たまったものを排除する力が備わっている

それなのに

これは大変だ 悪くなるんじゃないかしらと

恐怖の想い 不安が重なって

折角 毒素を生命力が排除しようとするところを

大変だという想いがまた毒素となって

次々と毒素がふえてゆく始末

大変だという恐怖の想いをなくしてしまって

神さまにまかせて

神さまがやってらっしゃるから大丈夫だと

神さまに全部まかせてしまうと

恐怖の想いがないから

ある毒素や疲労素が出てしまう

出てしまえば体は回復してしまうのです

いろんな治療法と共に

根本としては

神さまに全託してしまう

生まれた時はただなんだから

死ぬ時もただなんだ

この世の生活もすべて

神さまにおまかせして

おまかせした立場において

全力をあげてゆくようにすると

肉体も精神も生き生きとして

神のみ心のままに生きられて

この世の生涯 天命を果たしてゆくようになるのです

こういう状態が

永遠の生命を知った状態というんです





『大決意』 五井昌久 白光出版

 

 

感動と感情の違い

 

パワーストーンなどを触って感じたり、浄まっていない神社仏閣などでジンジンきたり、スピリチュアルな人と話をしているときに感動したような気持ちになったりなど、それが本心から来たもの、つまり本ものなのか?にせものなのか?(幽界のオバケちゃんの仕業)を見分けられる力、力量のことを審神(さにわ)と言うのだと前回書きました。

そして感じることはほんものではない、ほんものは感じるのではなくわかるものだとも書きました。

読者の人からは、そんなことはない「私の感じたものはホンモノだった」という意見があったのです。

そして「わかると感じるの違いを教えて欲しい」という質問もありました。

そこでもう少し詳しく述べることにします。

まず肉体界、幽界、霊界、神界という世界があり、私たちは肉体界だけではなくこの他界にも同時に住んでいるのです。

そして肉体の他に、幽体、霊体、神体というボディを纏っています。

目にみえる世界は肉体界だけです。神界に行くほど波動は細かくなっていきます。

幽界はもともとなかったのですが、人間の想念の蓄積場であり潜在意識の場、そして悟らずに死んださ迷った魂たちの居る汚れた世界が幽界なのです。(肉体界は幽界が写って来ています、だから乱れている)

幽界は肉体界にくっついているそして幽体というボディ(体)も肉体にくっついています。

非常に影響を受けやすいのです。

ほんもの(神)は神界から来るものであり、にせものは幽界のオバケちゃんが人間をコントロールしようと本心ではなく、感情を揺さぶっているのです。

私たちは感情(にせもの)を感動(ほんもの)と間違えているのです。

ここでわかりやすい例え話をします。

海をイメージしてください。

今、海の上は荒れに荒れています。嵐になっているのです。

船は今にも転覆しそうです。

そこで船長は碇(イカリ=感情)を海底に沈めようとします。

イカリはどんどんと深く入って行き、深海(神界)へとつながります。

深海は海上とは違い、うそのように静かです。波一つ立っていません。

深海(神界)がほんとうの世界です。

そしてイカリが一番深い海底に着いたときに船は、安定するのです。

私たちは深海(神界)があることを知りません。

表面の荒波の海上(肉体界)だけが存在すると思っているのです。

そして波に振り回されている、この波が感情なのです。

波(感情)と深海(本心)を間違えているのです。区別がついていないのです。

ほんものとは、まず本心が感動するのです。感動とは愛です。

2つ以上のものが一つに合体する化学反応を言います。合いイコール愛です。

その愛が神界から霊界、幽界を通って肉体界に繋がって来たものがほんものなのです。(奥のほうからジーンとする)

一方、ニセモノは愛がないのです。

幽界のお化けちゃんが幽体を使って肉体を揺さぶるのです。

こんなことちょっと練習すれば誰にでも出来ます。

しかし常識のある一般人はこんなくだらないことに興味を持たないのです。

ではどうしたら審神(さにわ)が出来るようになるのか?

これから人間はみな審神が出来るようになります。

それがアセンション(次元上昇)でもあるのです。

ほんものとにせものがわかるようになるのです。

それはいつも意識が神界に在ることを意味するのです。

意識がいつも神界(深海)にあれば、海上の波(感情)と共鳴しないからです。

私たちはほんとうの世界、本心のある世界に意識を合わせ続けなければなりません。

でないと海上(肉体界)さえもまともに生きていけないからです。

ほんものの世界、神界と波長を合わせるメソッドが世界平和の祈りを祈ることなのです。

これから祈っている人といない人の差がハッキリと現われてきます。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  
 

2017年6月 3日 (土)

霊能者と霊覚者は違うのです



   

日々の祈りから

  

霊能者とは一般の人々には見えもしない姿や声を聞いたり、人の想いがわかったり、運命がわかったり、過去世における状態がわかったり、医薬を使わないで人の病気を直したりする人をいうのです。

そうした人々はその人の人格の高い低いにかかわらず、霊能者といわれます。

だから運命の予言や病気直しは上手だが、人格としては頂きかねるという人もあるわけです。

人の想いがわかったり、運命の予言ができたり、病気を直すことが上手だったり、肉眼で見えない世界が見えたり、という能力があったとしても、その能力がかえって相手の本心開発を遅らせる、自我欲望達成の具となるだけだったら、その霊能者も相手の人も不幸であるばかりでなく人類の進歩にもよくないことになるのです。



  

               『日々の祈り』 五井昌久  白光出版



 
感想
 

私たちは現世利益にこだわります。

すぐにお金持ちになりたい、すぐに病気が治って欲しい、すぐに善い事が起って欲しい

そして魂の成長よりも、今(現世)の利益を追ってしまうのです。

でも、私たちの本当の親である守護霊、守護神たちはそんなもの(現世利益)などはどうでもいいと思っておられます。

かえって魂の成長には、邪魔なものだと思っておられるのです。

なぜなら、魂は永遠だから、現世のほんの一瞬の出来事なんて問題にしていない。

そんなものが一時的に善くなったところで、永遠の生命からみれば取るに足らないことなんです。

それよりも魂が進化していくことの方がずっとずっと大切なことなんです。

しかし私たちは違う

そこで肉体人間の浅はかさと守護霊様、守護神様との考えの違い、ギャップが出て来るのです。(それが病気、貧乏、不調和な出来事など)

なんにもわかっていない肉体人間は、魂の成長を放っておいて現世利益ばかりを求める

守護霊、守護神は時期を観て本心(神)の方を向かそうとしている。

真理に目覚めさせようとしておられる。

肉体人間と守護霊、守護神の間に入って、絶妙のさじ加減でバランスを取ることの出来る人が、霊覚者です。

このような人は今の日本に3人もいません、後はすべて霊能者です。

しかし低い意識の霊能者は、ただ現れて来た現象を表面的なものだけを良くしようとしている。

除霊を浄霊といつわり、悪霊は取り除いたと豪語する(消したわけではないのですぐに戻って来ます)

一時的に病気を治したフリをする(守護神がすぐに元に戻します)

それでも肉体人間にとっては、ありがたいことなのかもしれません。

しかし永遠の生命からすると余計なことをされてしまっているケースが多いのです。

病気や貧乏は大切なことに気づかせるためにわざと守護霊、守護神がさせているのです。

やろうと思えば、守護霊守護神は肉体人間の病気なんて一瞬で治すことが出来るのです。

でもそんなことをしても魂の成長にはならない・・・・。

守護霊、守護神様が本当に伝えたいことは、

「お前の中に神がいるんだよ」

なのです。

自立させようとしておられるのです。

「お前の中に神があってどんなことでも出来る力を持っているんだ」

それが究極の真理なのです。

それがわかるために何回も何十回も何百、何千、何万回も輪廻転生をしてきている。

それが台無しになってしまう。

病気を治すのは、お医者様の仕事だし、自分の中の自然治癒力(自分が神であることを知って)、波動調整で治していくものです。

霊能者の使命(ミッション)ではないのです。

霊覚者であれば、魂の成長を推し量りながら、守護霊守護神と相談しながら、指導を受けながら治すこともあるのです。


ただ、お金儲けのためだけに治すのとは、雲泥の差なのです。


「医者なんかになにが出来る」

「俺は人の病気を治すことが出来るんだ」

という浅はかな霊能者は自分自身も滅ぼすし、相手の魂の成長も遅らせることになる。

これは大変な罪作りです。

そのことを知ることはとても大切なことだと思うのです。

私たちがそんなものに頼らず自立することが大切です。

霊能者や霊覚者(居たとしても)にも頼るのではない

自己責任だと思います。

 



  

霊的なパワーなどに興味を持つと危険です!

 
パワースポットの場所に行って、そこでジンジンに感じた(2013年9月のブログより)

身体が震えた、感動して涙が溢れてきた、神様の声が聞えた・・・・・

これらはすべてにせものなのです。

神界から来ているものではないのです。

本心から来ているものとは違うのです。

ほんものはそんなに簡単にわかるものではないのです。

どういうことかと申しますと

人間は、肉体というボディ(体)の他に幽体、霊体、神体を纏っています。

そして肉体界にも幽界にも霊界、神界にも同時に住んでいるのです。

だけれど、肉体しか目には見えないのでその他の体、世界はないと思っています。

そして肉体と幽体はくっついていて常に幽界の影響を強く受けています。

幽界は潜在意識の世界でもあり、迷った霊たちが霊界や神界に行けずにさ迷っている世界でもあるのです。

この幽界の霊魂たちが肉体界の人間たちに悪さをするのです。(動物霊、感情霊、不良霊)

自分たちには、器(体)がないので肉体界の人間の体に乗り移って(憑依して)その人間をコントロールしようとしている。

だから感じるのは幽体であり、幽界がうつって来てるのです。

幽界のおばけちゃんの仕業です。

肉体界→幽界→霊界→神界(本心)

霊界や神界(本ものの世界)は、波動(エネルギー)が細かいので肉体人間には感じないのです。

本当の自分がいる神界は幽界からずっと奥の感じない世界にあるのです。

ですからほとんどの人がパワースポットなどに行ってまたは、霊的なもの(石やアクセサリーの類い)に触って感じるものなどは全部違うのです。

五感に感じるものはすべて幽体、幽界です。(だから目に見えるUFOもすべて幽界のおばけのいたずらです)

ほんものはずっと奥にあります。

だから、まともな人、常識的な人は

「パワースポットに行って来た」

「霊的なパワーを感じた」

「あそこには、神様が住んでいる」

といった類いの言葉にはすごい違和感を感じているのです。(正解です)

 

幽界のおばけちゃんの気配を感じているのです。(言っている本人は真剣ですが)

それは、聞いた人が幽界の重苦しい、嫌な雰囲気のエネルギーを受けるからです。

全然爽やかな感じを受けていないのです。

だから変な奴と思われています。(人は人を雰囲気で判断するのです、これはかなり正しいのです)

中にはほんとに波動(エネルギー)が善くて、浄まったところもあります。

しかし、感じるのではないのです。

わかるのです。

感じるのは五感です。

わかるのは、本心です。

わかるのは、感じることではないのです。

本物とにせもの(幽界)を区別することを審神(さにわ)というのですが

これが出来る人は、ほとんどいません。(悟った人だけです)

だから面白半分で、パワースポットなどに行ってはいけないのです。

パワーのある石などに関わってはいけないのです。

オバケちゃんの餌食になって面白いように遊ばれるだけです。

憑依されると取り返しのつかないことにもなりかねません。

まともな人(普通の人)から敬遠されるだけです。

霊的なパワーなんて持とうとするのが間違っているのです。
 

霊的なことに興味のある人は是非読んでみてください。
 


 

誤った霊能


 

真の霊能と魔境的、迷い心の幻覚、幻聴とは違います。

魔境とは、まず最初に自己の力を誇示したいとか、自己の都合のよいようにその力をつかいたいとかいう想念でなった霊眼、霊聴、霊言のすべてをいいます。

そうした想念が魔境的想念なのでありますから、そうした想念、統一でなった霊能は、全部一度打ち消してもとの普通人に還らなければいけません。

それは例えば霊眼に仏菩薩の姿がみえ、霊聴に神と称しキリストと名のってきこえてきても、これはダメなのです。

何故かというと、自己利益的欲望では、絶対に神仏の真の力をいただく境地にはなれないからです。

魂の開発向上には少しも役に立たぬばかりか、ついに自己の身を滅ぼし、他人の魂を傷つけ、ゆがめてしまうようにもなるのです。

           「日々の祈り」 五井昌久 白光出版


  

生き方について




あせってはいけません

世界平和の祈りを祈っている

あなたの運命はもう決まっているんです

よくなるように決まっているのです

世界平和の祈りは最高の祈りなのだから

みんなが平和になるということは神のみ心なのだから

平和の祈りの中に入ったあなたは悪くなりようがありません

必ずよくなるに決まっている

よくなるように決まっていると思って

どんなことが現われても あせらないで

悪いことが現われたら消えてゆく姿と思って

一生懸命祈ってさえいれば

知らない間に

現われてくるものがどんどんいいものに変わってゆく

そのうちに いいも悪いも問題じゃなくなって

いつも心が平安になることだけを目指してゆくようになるのです



   『大決意』 五井昌久 白光出版



   

大事なこと

  
  
人間は本来 光なんですよ

右に動けば光が右に流れ

左に動けば左に流れる

自分が動くところに光が流れるのです

自分は光を流して歩いているのです


自分を光り輝かすためには

どうしたらいいかというと

自分の中の

あれはいけない これはいけない

病気になりやしないか

不幸になりやしないか

という迷いの想い 業の想いを

いっぺんなくすことです

なくすためにはどうするか

神さまの中へ入っちゃうこと


そのために

神のみ心である世界平和の祈りをしなさい

というのです

世界平和の祈りをしなさい

と神さまがいっているんだから

世界人類が平和でありますように

と世界平和の祈りをすれば

自分が光になってくるのです

光になってくるから

幸福になるし

業の想いがなくなってくる


幸福lになることは

業の想いをなくせばいいんですよ
 
 


『大決意』 五井昌久著 白光出版



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

 

 

 

天命がまっとうされますように

 

私たちの天命が完うされますように

と祈っていますか

誰にでも天から与えられた使命があるのです

天命を完うするために生れたのです


天命を完うするために だから

必要なものは みな与えられることになっているのです

必要なものが与えられなければ

天命が完う出来ません

天命が完うされますように と祈っていれば

家も

金も

力も

健康も

天命を完うするために与えられるのです

けれど天命を損なうお金もあります

人からむしりとったお金

賭け事や宝くじなど労せずして得たお金はすぐなくなります

金 金 金と金ばかり思っていると

金は入ったとしても業の想いだから

消えてなくなります


業の想いはすべて消えてゆく姿なのです

消えないものは何かというと

神さまだけなのです

お金を頂いた 着物を作ってもらった としても

すべて神さまから頂いた神さまのものなのだ

神さまが人を通して私に下さったのだ

そのように思っているお金や物はなくなりません

もしなくなったら

もっと増えてやって来ます

何故ならば神さまのものなのだから

尽きることがないのだから

神さましかいらっしゃらないのだから

神さまを100%思うのです

100%思えば

自分は神の分霊なのだから

神さまの光がそのまま現われて

自分の世界が完全になるに決まっているのです



『大決意』 五井昌久著 白光出版


 

2017年6月 2日 (金)

人間は、はじめから悟っていた(人は死なないの後で読んでください)




無限億万年の昔から悟っている仏



法華経の如来寿量品に、お釈迦さまは菩提樹の下ではじめて悟ったのではなくて、永遠の昔から仏であって、つねに衆生(しゅじょう)を教化して仏道に入らしめていたとありますが、これについて説明していきましょう。

お釈迦様は断食したり、身体をいためたり、いろいろ苦行しまして、最後に、苦行は悟りの因ではない、といって菩提樹の下であけの明星をみて悟ったわけです。

ところが悟ってからどういったかというと、三十何歳で悟りを開いたのではない、自分は無量阿僧祇劫から、つまり、無限億万年の昔から悟っている仏なんだというんです。


ちょっときくとおかしいですね。

三十何歳で悟りを開いたのに、悟りを開いてみたら、自分は三十何歳で悟りを開いたのではなくて、昔のむかし、無限億万年のむかしから、いわゆる生命を得た時から悟りを開いたものだ、というのですね。

矛盾するようでしょう。

これはどういうことかといいますと、いつも私が申しておりますように、この肉体に現われている人間というものは、あなたと私とかいうものではなく、あなたであり私であるものの一つの生命の現われとして、肉体人間として生まれてきているのです。

だから私もあなた方もすべてほんとうは、神さまのみ心のなか、仏さまそのものの姿で生きているのです。

ふつうこの真理がわからないで、五十歳の誰某、三十何歳の誰々と、迷いのなかの、業生のなかの波に合わせて生きているのが人間であると思っているわけです。

それが私でありあなたであると思っているわけです。

ところがほんとうは、神のみ心、真実の自分が地球界に働きをひろげるために、地球界を開発するため、開拓するために、仮に肉体界に現わしている自分なのです。


お釈迦さまはそれがわかったわけです。

だから三十何歳で悟りを開いたのではなくて、阿僧祇劫(あそうぎこう)以前、いいかえればどんな数を積み重ねてもはかりしれないくらいの昔の無限年間の前から悟りを開いているということは、自分の本体は仏そのものであり、神そのものであるということなのです。


そうお釈迦さまは悟った、そこでみんなにわかるように阿僧祇劫前から悟っているのだと説明しただけなのです。

現代流にいえば、永遠の流れというものは大生命、一なるものがいくつにも分かれて、さらにそこから分霊魂魄(ぶんれいこんぱく)としてこの肉体界に宿っているのです。

ですからもとの自分、ほんとうの自分というものは直霊そのもの、神そのものであるというわけです。


これがわかればいちばんいいのです。

肉体界で何歳で死のうと、どうなろうとそんなものはなんでもない。

消えてゆく姿。

泡沫のようなものなのです。

時間がたてば忘れてしまうものなのです。

ところが永遠の生命というものは、無限時間永遠に生きているものですから、それは忘れようも、消えようもない、実在するものなのです。

なんの誰がしという名前で現われているものではなくて、生命そのもの、自分そのものが永遠に生きているんです。

それでしかも永遠に生きているというものは個性をもっているのです。

ただ、唯一の神のみ心は働きとしてはほうぼうに分かれている。

その働きの源というものが本体なのです。

Aであり、Bであり、Cである働きのもとにいるわけです。

ですから神のみ心にそのまま入る、全託すると、肉体界の想いというもの、あるいは幽界の想いというもの、霊界の想いというものが、つまり小我が全部なくなってしまって、神そのものが現われてくる。

神のみ心が行動となり、教えとなってゆくわけです。


そういうことの出来る人は、神さまのみ心そのままであるから、今、悟ったのではなく、永遠に生きている自分であり、神そのもの仏そのものの自分であり、初めから悟りを開いている自分であるということになるのです。

法華経の寿量品はそれをいったわけです。





     「空即是色」 ━ 般若心経の世界 五井昌久 白光出版

人は死なない

   


私が一番嫌いな言葉、違和感のある言葉は「永眠」です。

これほど真理からかけ離れ、人間を暗い気持ちにさせる字はないと思います。

人間とはなんぞやと言いますと、「神そのもの」「宇宙そのもの」です。

人間は神になる昇格するのではなく、はじめから神だったのです。

突然神になったわけでもなく、何かがあって神になったのではなく、はじめから悟った状態の意識を持った光の波動体だったのです。(イメージ出来ますか?)

宇宙とは進化し続けなければならないという宿命?定め?があります。

カタチのない光の波動体では進化しずらいので波動の粗い物質である肉体に本心を入れたのです。

肉体を纏ったばかりの頃は、自分は何者(神)であるかを知っていた、他の人も同じ光から分かれた生命(神)だと知っていた。

仲良く平和に暮らしていました。

が、しかし肉体を纏ってしばらくすると自分が何者であるのかも、どこから来たのかも、他人も同じ仲間であることも忘れてしまったのです。(これも神の計画ですが)

そして二元対立が生まれ、私とあなたは違うが生れ、霊波動と肉体波動の間に汚れた想い、業・カルマ、つまりマイナスの想念エネルギーが溜まっていったのです。

これが幽界であり、肉体人間の想念がつくり出した世界です。

幽界は潜在意識(想念)の溜まり場であり、肉体を去った魂たちがきれいな世界である霊界や神界に行けずに(自分が何者であるのかがわからないので行けない)、さ迷った魂たちの居る世界です。

私たちは何のためにこの肉体を纏っているのか?

それは、「自分が何者であるのか?」を知るためです。「思い出す」ためです。

だがしかし、長い地球生活、肉体生活を繰り返し、生まれ変わり死に変わりの輪廻転生(肉体界、幽界、霊界(の低いところ))を繰り返して来た私たちはすっかり自分が何者であるかを忘れ去ってしまったのです。

それを思い出したのが、お釈迦様やその他聖者たちでした。

ではどうしたら自分が神であることを思い出せるのか?

はっきりと頭・理屈ではなく波動、エネルギーでわかるようになるのか?(これが一番大切です)

そのために宇宙神から印が降ろされました。

それが我即神也の印です。(一番最初に降ろされました)

印を何度も組んで行くと自分の波動がスッキリして来るのです。

肉体波動が霊波動・神波動になっていくのです。

スッキリするとはそういうことです。

そしてスッキリすると同時に自分が何者であるかもわかってきます。余計なものが取れていくので)

人類即神也の印は、自分だけではなく他人に光を与えて自分が神であることを目覚めさせる印です。人類愛の印です。

私は20年間組み続けています。

今日本でも約1万人の人たちが印を組み、世界平和の祈りを祈っておられます。

宇宙神との約束事の中に、世界平和の祈りを祈り、印を組み、マンダラを描く人(神人という)が10万人になったとき、地球は愛の星、次元上昇した星に生まれ変わることになっています。

後、9万人不足しています。(無限なる光!)

私がここで記事を書いているのは、神人(しんじん)になって戴く人を募るためです。

これが一番大きな目的です。

後は真理を知っていただくことで生きることが楽になります。嬉しく楽しくなります。

人間が好きになり、自分のことを愛せるようになります。

これからも真理をお伝えしていきます。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

 

2017年6月 1日 (木)

愛は地球人類を救う、あなたは未来を変えられる




私はノンフェクション(真実)の感動する話を聞いたときに魂が震えるような気持ちになります。 (2011年12月1日のブログより)

これが幸せ感だと思うのですが、それはどういう内容なのかと申しますと利害関係を超えた人類愛や肉体人間の常識を超えた奇蹟の出来事などです。

そこには人間の素晴らしさ、神性が顕われているから・・・

「人間って凄いなぁ、素晴らしいなぁ、神そのものだなぁ、捨てたものではないなぁ」

と希望が湧いてくるんですよね。

では、私が感動したノンフェクション(真実)の話、白光誌の中から抜粋します。







永田勝太郎博士と鎌田實博士との対談から



鎌田 僕は最近 『アハメドくんのいのちのリレー』という絵本を出しました。

どんな話かというと、六年前に12歳のパレスチナの少年がイスラエル兵に撃ち殺された。

ところがその後、兵士に殺された息子の臓器を、敵国の心筋症の子供を救うためにそのお父さんが差し出したんですね。

僕は去年現地へ行って、そのお父さんに直接聞いてみたんです。

「何十年間も憎み合ってきた民族同士で、しかもあなたは大切なお子様の命を奪われた。それなのに、なぜそんなことができるんですか」。

するとこんな答が返ってきたんです。

「海で溺れている人がいたら、泳げる人間は飛び込むだろう。その前に溺れている人の国籍や宗教は何かなんて聞かないだろう」と。


永田  それをさらりと言えるのが、また凄いですね。




この下りに、私は感動を覚えた。

人は、高い意識が現われた真実(ノンフェクション)の本を読むことにより、知らないうちに理屈を超えて感動できるものなのである。

真理の本ばかりでは、難解でなかなか心の中に浸透しにくいが、そうした真理の本や哲学書、倫理や道徳の本と同時に、ノンフェクションの本をひもといてゆくと、自然に心が開けてきて、ついに崇高な真理が魂に響いてくるものである。

真理の本のみでは、知性で理解できても、感情的になかなか受容しにくいものである。


同じく永田博士と鎌田博士の対談からもう一つ、V・Eフランクル博士の素晴らしい果因説(かいんせつ)の生き方を示した実話を、皆様方とシェアしたいと思う。


ドイツのナチス政権下に生きたフランクリン博士は、家族と共にアウシュビッツ収容所に連れてゆかれたという。

そこで愛する妻と子どもたちと両親は、ガス室に連行され、あるいは飢餓で命を失ったが、彼はどんな過酷で悲惨な状況に置かれても、決して生きることをあきらめることなく、常に希望を失わなかった。


・・・・・


またアウシュビッツでチフスに罹った先生は高熱を発しました。

本人は医者だから自分の予後(よご)が分かる。

今夜寝てしまったら、私は明日の朝、死体になっているだろう、 と。

だから自分の脚をつねりながら、眠らないようにしていたというんです。

 一方、頭の中では何を考えていたかというと、自分は米軍に救出されてウィーンへ帰る。

そして『一精神医学者の収容所体験』という本を書き上げ、それが世界的なベストセラーになってカーネギーホールに呼ばれると考えた。

そのホールを埋め尽くす聴衆を前に講演を終え、大喝采を受けている自分の姿を想像していたというんです(笑)。


今夜死ぬかもしれないという、その最中にですよ。

・・・・・・




その後、彼はどうなったか。

彼はついにアウシュビッツを出て、自分の果因説の通りに生き抜いたのである。

人間は自分が思い描いたり、計画していることは、本来、何でも実現、成就できるものである。

ただし自分自身で疑わなくばのことであるが・・・・・。

人はみな、常に自らの思考想念をある明確なる目的達成のために注ぎ、自らの生命エネルギーを使用すべきなのである。

枝葉の諸々の想いに把われたり、苦悩や哀楽に執着したりして、無駄なエネルギーを使用すべきではない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



  白光誌 12月号より 西園寺昌美


 

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ