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2017年5月22日 (月)

世界平和の祈りは、神様との約束事 1


  

世界平和の祈りは神界との約束事

 


世界平和の祈りが、五井先生との神界との約束事だというのはどういう意味か、ということについて話しましょう。

私と神界との約束事というのは、私の直霊と神界と約束事と言っても同じことなんです。

約束というのはひびきが伝わるということです。

神様のひびきが、肉体のほうへ伝わってくるということなんです。

五井の“五”というのは中心という意味です。

一から十までのまん中が五ですね。

それから易(えき)なんかでも中心が五です。

すべて中心は五というんですね。

そうすると、神様の光が集まっている所が 五 なんですよね。

五井の “井”は井戸ですべてが湧き上がってくる所、中心の光、知恵や力が湧き上がってくる所という意味です。

五井という固有名詞にはなっているけど、実は固有名詞ではなく、そういう役目を表わしているんですね。

お釈迦様も神界との約束があるし、イエスさんも、法然さんも、弘法大師も神界との約束事があります。

そういういろんな約束事があるわけですね。

宗祖というものは、ひびきの世界で神界との約束事をして、それぞれの宗教が出来るわけです。

そして私には、中心の神様の光が伝わってきて、私が知らないうちに “世界人類が平和でありますように” という教えをすることになったわけです。

もちろん私の肉体がやったんではあるけれども、実は神々の中心の働きの場からこちらへ伝わってきた、ということなんです。

 





やがて世界中が世界平和の祈りのひびきを体得する




もっと言い換えるならば、神々が時と場所を選んで、肉体の人間を通していろんな教え方をするわけですね。

神様の知恵や力が流れてきて教えを開く人を、宗祖、教祖と言うわけです。

そういう人はたくさんいるわけです。

たくさんいていいわけです。

しかし、それがやがては統合されて、ひとつの世界平和の祈りのような形に統合されてゆくわけです。

そういう時代になってきている。

昔は他の国との交通や関わりもあまりなくて、自分の国だけのような形だった。

そういう時代に日本なら日本、インドならインド、ユダヤならユダヤ、それぞれの場所でもっていろんな宗教が興ったわけです。

しかし、それがだんだん広がってくると、それぞれの場所で興ったような宗教では、みんな自分のほうがいい、自分のほうがいい、ということになりますね。

お互いが自分の宗教のほうがいいんだ、自分の唱え言のほうがいいんだ、というようになって、宗教があるために、却って争いや何かが起こることになる。

ヒンズー教だけがいいんだ、仏教だけがいいんだ、キリスト教だけがいいんだ、というふうに争っていたのでは仕方がない。

そこで、マホメットも、お釈迦様も、イエスさんもみんな集まって、救世の大光明となり、そこから生まれてきたのが世界平和の祈りなんです。

それが五井昌久という肉体を伝わって、この世に現われたんです。

だからこういう祈りはやがて必ず広まって、世界中がこの祈りの主旨を体得して、その元のひびきを体得して、みんな世界平和の祈りのもとに集まってくる。

こちらでどうしようというのではなくて、自然に広がってゆくのですね。



            つづく






感想

“ 名は体を表わす ” といいますが、私の場合は名字ではなく名前の方に特に その役割り?特徴があるようなのです。


朗(あきら)というのですが、ほがらか、明朗のように明るく朗らかな様は、神様の姿を表わしているのです。


私は以前、于先生のレッスンを受けているときに

「あなたは月が良いいのです。ついているんです。ラッキー(幸運)なんです」

とおっしゃって頂いたことがありました。


そのレッスンの後

「そうなのか私は月がいいんだ月がいいんだ」わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)

と何回も嬉しくて繰り返し言っていたのを覚えています。(オメデタイ奴ですよね)わーい(嬉しい顔)


そしてブログを書こうと決意したときに何の躊躇もなく

ペンネームは

グッドムーン(月がよい)にしようと決まったのです。三日月

だから、五井先生のお名前が宇宙の中心を表わしている、光が集まっているという意味がとてもよくわかるのです。


みなさんも偶然付けられた名前だとか名字だと思っておられるかもしれませんが

必ず名前が付く(生まれてくる)前にあなたの天命をまっとうするために神様からその名前が付くようにされているのです。

親や祖父母、知り合いの叔父さんが何気なく、思いつきで付けたのではないのです。

易でも姓名学があります。

姓名学よりももっと深いところ(神界)にその源(みなもと)はあるのです。

人間の運命は想念が変わることによっていくらでも変わっていくのです。

だからほとんどあてになりません。

それよりも心を鎮めて、心の奥深く入っていくと(統一をすると)

本当の自分に出逢えるのです。


その本心を信じることの方がずっとずっーと、素晴らしく、尊いことなのです。

アセンションとは本心との遭遇なのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




 

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