« 教育の原点(人間には無限の可能性がある) | トップページ | どんな人にも愛の心が流れている »

2017年5月30日 (火)

アメリカインディアンの子育て法(真理に沿って育てる)



 
○ ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります。


○ 思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます。


○ 仲間の愛の中で育った子は世界に愛をみつけます。


○ はげましを受けて育った子は自信を持ちます。


○ 公明正大な中で育った子は正義心を持ちます。


○ 人に認めてもらえる中で育った子はがまん強くなります。


○ 批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします。


○ ひやかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります。


○ 敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います。


○ ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります。



 
 ( 作・ドロシー・ロー・ノトル/訳・吉永 宏)

 『アメリカインディアンの教え』 (加藤諦三著、ニッポン放送出版)より



子供の存在価値を大いに認めよう

 

私は今の子供達を見ていてとても可哀想だと思うのは、子供達は自分自身がわかっていない、そしてわかってくれる友もいない、両親も先生もわかっていない、ということです。

また、自分自身をわかろうとするにはまだ幼すぎる。

聖書をひもとき、仏教書をひもとき、宗教の原点、五井先生のみ教えである、人間は本来神の子であるという、その原点を掴むにはあまりにも幼すぎます。

そういう時にこそ真の友、両親の本当の愛、真の宗教者が必要なのに、自分の周りに心を導いてくれる人が誰も存在しないと、しまいには自分の心を誤魔化して安易な方向へ流されていくのです。

それは子供だけではない、我々大人もそうです。

内的な目覚めのない人は、快楽の世界、欲望の世界のみがすべてだと思っている。

そういう人達がかなりいるわけですから、そういう生き方をしている親に育てられた子供は、また同じような道を辿らざるを得なくなるわけです。

子供達にとって一番大事なのは、自分の存在感です。

自分は親に必要とされているんだ、友人から必要とされているんだ、社会から必要とされているんだ、国から必要とされているんだという、その存在価値を大いに認めてあげることが大事なのです。

子供達は自分が必要とされていないと思うと自分を痛めます。

自分を痛めて、心だけではなく、肉体も傷つけはじめます。

自分を傷つけて喜ぶ、最悪の状況です。

しまいにはそれでも済まなくて自分をこの世から抹殺しようとします。

そして自殺に走るわけです。

自殺まではいかないけれど、親からも自分の存在価値が認められていない子供が増えています。

そいう子供達を我々大人救ってあげなければならないのです。

これからの地球を背負っていくあなた方は大事な人なのだ、あなた方を必要としているんだ、だから強く生きなさい、頑張りなさい、そうやって接することが大事です。

今の子供達の心は本当に空しい。生きる喜びがない。 

大局的に見た目的をあまりにも持っていない。親の考え通りに、いい学校、いい会社に入って、早く部長になり社長のポストを得ることだけが人生だと思っている。気の毒な生き方であります。

我々は誰しもが自分の存在価値を認めてもらいたいのです。

この世の誰からも相手にされないと思ったら孤独に陥り、生そのものを必要としなくなるわけです。

この世に生きている限り、誰でもが、神様は必要であるからこの世に置いて下さっているのです。

ですから周りが認めると共に、その本人自身が自分の生そのものの存在価値を認めていかれるように、子供を育ていくことこそ本来の育て方ではないかと思うのです。

現代の社会にとって、殊に現代の母親にとって、このインディアンの子育ての教訓は教育の原点です。

これから母になろうとする方々、これから結婚して子供をもうける方々、そして既に成人式を迎える子供を持っておられる方々、今からでも遅くありません。

母はいつでもその子にとっては母なのです。

“あなたを本当に愛しているのです。あなたを必要としているのです” そのたったひと言を子供に告げてあげるだけで、その子の人生はパッとばら色に変わるのではないと思います。

今日からでも家に帰ったら、早速子供に、否、子供だけではない、夫に妻に、舅に姑にそのひと言を告げて下さい。

誰でもみんな自分の存在価値を認めてもらいたいのです。

あなたがいらっしゃるだけで私たちは幸せなのだということを、語りかけていただければ、この世の中はみんな幸せになるのではないでしょうか。







子供のいい面を引き出すのは両親の愛
 


結論と致しましては、常に私が申しあげているように光明思想です。

すべてが素晴らしいんだということに尽きます。

自分の子供は天から授かったんだ、天から与えられ、天からお預かりしたんだという気持ちで子供を育てるべきなのです。

子供は生まれた時から憎らしい子、いやらしい子、汚らわしい子などいるはずがないのです。

充分に素晴らしい神の子として生まれてきているわけです。

その神の子としての素晴らしい部分を引き出すために両親の愛が必要なのです。

我々は今あまりにも物質に片寄りすぎて、精神をおろそかにしすぎています。

内的な力、心の占める位置、そういうものを無視して、ただこの世的な物質面のみ心が走っていく。

そういう現代において、このインディアンの教訓は改めて我々に警鐘をもたらしているのではないかと思います。

ですから世のお母様方はもっと原点に立ち返り、子供に心から接して下さい。

中学生、高校生、二十歳になっていても、今からでも遅くはないのです。

子供には素晴らしい面がたくさん隠されています。

悪い面ばかり、欠点ばかり、弱点ばかりを見て批判し育ててはいけないのです。

タバコを吸い、賭け事をし、果ては麻薬にまで手を出し、悪いことばかりをしているような子供でも、心の中をもっと深く見つめてみれば、淋しいのです。

孤独なのです。 誰にも自分のことをわかってもらえないから、そういう道に走るのです。

けれども子供をそういう道に至らしめた母親に、その責任が全部あるとは言えません。

その子は生まれてきた時、運命がある程度決まっているわけです。

ですから私は、両親の愛が欠けていたからとか、育て方が間違っていたからそういう道に走ったのだ、と両親に責任の全部を決して押しつけません。

その子はその子の因縁を持っている。

その子の運命はその子が導いていくものであるから、その子自身の責任であり、その子自身の生き方でもあるのです。

ですから責任とか義務とかいうことを私はここでいっさい申しませんけれども、やはり子供達に対し、人間の生きていく上で原点をもう一度見つめ直して接していただきたいと思います。

そうすれば今、自分の子供が自己を閉ざし他と交流しない自閉症であろと、また犯罪を犯したり麻薬に走ったり、快楽のみ追求していたとしても、その子供の心の奥を本当に見つめようとする少しの愛があったならば、その子の隠れている素晴らしい部分、まだまだ内に潜んでいて目覚めていない部分を引き出すことができるのです。

子供の長所をほめ、その子供の存在価値を認めながら導いていくならば、今までのその子の欠点、暗い嫌な部分が無くなり、いい面だけが現われてくるものなのです。




  『光明思想に徹しよう』 西園寺昌美 白光出版




 




   



« 教育の原点(人間には無限の可能性がある) | トップページ | どんな人にも愛の心が流れている »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/70712004

この記事へのトラックバック一覧です: アメリカインディアンの子育て法(真理に沿って育てる):

« 教育の原点(人間には無限の可能性がある) | トップページ | どんな人にも愛の心が流れている »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ