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2017年5月 5日 (金)

如是我聞23(いつもサバサバしていたいですね)





一見、いい人そうに見え、おとなしそうに見えて、したいこともしない、やりたいと思うけれど出来ない、と悶々として自分を自分の想いでつつんでいる人は、その想い重みで下に落ちてしまう。

だから、人間は心がつねにサバサバしていることが大切だ。



  

解釈

 


この文章を読んでいると、私が真理を学び、調和波動気功法を実践しているのはまさに

「このためだ!」

と思うのです。

自分の想いを軽くしたい

自分の想いをコントロールしたい

そしていつも爽やかでいたい

それが幸せにつながると思っていたのです(自分の価値観ですが)

さて、よく犯罪を犯した人の知人や近所の人が

「まさかあんな大人しい人が」

「挨拶をしてくれるいい人ですよ」(なんで挨拶出来る人がいい人なのか?)

「仕事ぶりは真面目でしたよ」

と言っていますが、心の中は誰にもみえません。

この様な人を救おうとしても、心の中に入って行くわけにはいきません。

自分が浄まって爽やかになって、光を振り撒いて

「あの人のように天真爛漫になりたい」

「あの人のようにサバサバした人になりたい」

と思ってもらえるようになるしかないと思うのです。

自分が変われば、相手も変わる

 

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