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2017年5月25日 (木)

死後の世界をわかりやすく説明してください



五井先生のお答え



唯物論者のように、肉体界の物の面にのみ想いを固執していた者は、その想いが神の存在を認めぬ以上は、想念が形の世界、物の世界にこびりついていて、心が自由自在な楽な境界には出られないのです。

彼等は、いつまでも物の世界で争い合い、傷つけ合い、いがみ合って生活するより仕方がないのです。

ところが、真実に神の存在を信じ、しかも、神の慈愛の現われとしての守護神の存在、祖先の子孫への愛の現われとしての守護霊の存在を信じ得る者、そして、それらの神霊への感謝の念に生きる者は、よしやそれまでの行ないが、どのように悪いものであったとしても、死後は、はっきり守護の神霊の存在を確認することが出来、それらの守護の神霊の守り給うままに生活出来るのであります。

真に守護の神霊を一つに出来得るものほど幸せ者はありません。

その人々は常にそれら神霊の指導が受けられるのですから現在以上に業想念の増加する憂いはなくなるのであります。

あの世は、この世より、すべての速度の早い世界であります。

悪を想えば、すぐその悪の現われるように、善を想えば、すぐその善も現われるのです。

善のうちで、神を想う程、善なることはないのです。

何故なれば、神はすべてのすべてであり、完全なる能力者であるからです。

しかし、絶対神は、すべてのすべてであるが故に、個体としてその姿を現わされることはありません。

それ故、人間世界には、守護神、守護霊をして、守らせ指導するような方法がとられてあるのです。

最も微妙である絶対神と、人間の波長を合わせることより、自分に身近い守護霊に波長を合わせることの方が肉体身にとっては、ずっとやさしくて、早い時間で出来るのです。

守護霊と思いが一つになれば、守護霊は常に守護神のもとに想いを交流させているのですから、肉体身、守護霊、守護神と想いがつながり、やがて、自分の本体、直霊の光明がはっきり現われてくるのであります。

その時その人は、神界の居住者となるのであります。

それは絶対神と一つにつながっていることにもなるのであります。

そうしたわけで、私の教えの通りに行じておられる方が、地獄に落ちることは絶対にありません。

まして、世界平和の祈りを真剣にやっておられる人は、その行ないが、そのまま菩薩としてのものですから、霊界の上位あるいは神界にまでも到達することが出来るのであります。

今迄亡くなった人の中に、死後自分の境界を知らせてきた人がありますが、皆安らかに亡くなられ、安らかに境界に、その死後の生活を営まれております。






     「死んだらどうなるQ&A」 五井昌久 白光出版小冊子


 

  

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