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2017年4月28日 (金)

如是我聞3(想いは重い)





思う通りに生きようと思うのなら、まず想いをなくすことだ。


 

解釈

 

私のメンター(人生の師匠)は

私が想いから言葉を発すると
 
「思うのはいくらでも思えるのです。思いは重いのです」 とおっしゃっていた。
 
確かに人がしゃべっているのでも、

「私はこう思います」、「思うのですけど」、「思ったからです」

そして私が嫌いな言い方(笑)

「・・・したいと思います」等を連発しているのを聴くとこちらまで重たくなってきます。
 

心から出ている言(ことば)は爽やかだけど、頭で混乱した中から出た枝葉の言葉(ことば)は同じようで全然違うものになっている。

 
想いをなくした 「空」 の状態が本心から出た、真(まこと)の言であり、姿であり、行動なのです。
 
 
人は普通想ってから行動する。

 
しかし本当は直観で行動してから、後から考えが付いてくるのです。
 

少し難しいですよね?

 
でも、近い将来、人間はこうなっていきます。


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