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2017年4月 2日 (日)

勉強は世のため人のためにするのです

 

年をとって、老人とよばれるような年齢になったときに

自分は何のために生まれてきたのだろう?

自分は世の中に対し、人に対し何をしてきただろう?

残りの余生をどう過ごしたらいいのだろう?

自分は肉体を離れたときに、どうなってしまうのだろう?

などというような疑問を持ったまま死んでしまうのは

なんとも情けないことだと思うのです。

確かに家族は守った、仕事もそれなりにして会社にも貢献した

友だちも何人かはいる

経済的にもなんとか老後もやっていける

人間としては平均点はいっていると思う

しかし、厳しい言い方かもしれませんが

この人たちが素晴らしい最後(死)を迎えるとは

どうしても思えないのです。

それなりに真剣に生きてきたかもしれない

誰に迷惑をかけることもなく

精神的にも経済的にも自立していたかもしれない

しかし、それだけでは神さまは合格点はくださらないのです。

死後に、霊界、神界(天国)には、導いてはくださるけれど

霊界、神界の光は眩し過ぎて耐えられないのです。

それは、魂が美しいまま移行したわけではないからです。

肉体の死は、まだプロセスだからです。

魂は永遠に生きつづけているので死ぬ直前であっても魂を磨こうという意思がなければ

霊界や神界につながっていかないからです。

3次元的に当り前のことをやっていただけでは

3次元と4次元、多次元はつながっていかないのです。

3次元と4次元多次元はらせん状につながっています。

3次元の終りは4次元の始まりであり

4次元につながるような “生き方” をした人でないと安らかに移行はできないのです。

それは、死後の世界を知っていなければならないということではありません。

人として、人間として

「この生き方でいいのだろうか?」

「もっと自分のことだけではなく、社会や世界に貢献できることはないだろうか?」

「自分はこの世のこともあの世のこともほとんどわかっちゃいない、もっと知るにはどうしたらいいのだろう?」

こういった自分自身に対する疑問に逃げず避けず

向上心を持って、正面から挑んでゆくことが大切だと思うのです。

目標を持つこともそうですよね。

なんのために勉強をするのか?

なんのために自分は生きているのか?

そのためには自分はどうすればいいのか?

ただ平々凡々に生きていただけでは絶対に魂が満足しない

本心が満足しないようになっているのです。

それまでは、肉体の死は訪れるようにはなっていないのです。

私たち人間は今、真剣に死や “生き方” を考える時期に来ているのではないでしょうか?

ある本を読んでいて

そのことを痛切に感じたのでした。



 原文

  

一軒の家を守る者あれば、過分の働きをなしたる手柄もののやうに称すれども、この人はただの蟻(あり)の門人というべきのみ。

生涯の事業は蟻の右に出づるを得ず

学問の道を首唱して天下の人心を導き、推してこれを高尚の域に進ましむるには、

特に今の時をもって好機会とし、この機会に逢ふ者は、すなわち今の学者なれば、学者世のために勉強せざるべからず

 

 

訳文

マイホームを持ち、守る者があれば、並以上の働きをした立派な人のように言うが、この人たちはただ蟻の弟子というくらいのものだ。

生涯やったことも、蟻を超えることはできない。

学問の道を先頭に立って唱え、天下の人心を導いて、さらにこれを進めて高いレベルに持っていくには、とくにいまの時期が大きなチャンスである。

だとしたら世の中のために努力しないわけにはいかないだろう。

 

蟻のような一生で満足してはいけない

第九編にあたるこの文章は、福沢諭吉が故郷の友人に送ったものだ。

「蟻の門人となるなかれ」 とは、ただ働いて死ぬだけの蟻のような一生を送るな、という意味である。

もちろん自分の家族を持って、その人たちのために一生懸命働くことは尊いが、それだけのために生きるのだとしたら、人間に生まれたかいがない。

人として生まれたからには、世の中をよくするような生涯の事業に、自分の一生を賭けることがあってもいいのではないか、と福沢は言っているのだ。

人はどこかで自分の力を世の中に役立てていくことが、生まれてきた使命ではなかろうか。

私はNHKでやっていた 『 プロジェクトX 』  という番組が好きで、子どもと一緒によく見ていた。

黒部ダムや青函トンネルをつくった人たちのすさまじい記録や新幹線を開発した人の血がにじむような努力など、無名の人たちが一生懸命自分たちの職務に尽し、そのおかげで今の日本が出来上がっていったのがよくわかる。

『 プロジェクトX 』 のようなDVDを見て、刺激を受けるのもいい。

実際、『 プロジェクトX 』 を見て、「病気で苦しむ人たちを救うためにお医者さんになるんだ」 と決意し、一生懸命勉強を始めた子どももいた。

勉強する目的が 「自分だけいい生活をする」 「自分だけいい会社に入る」 「自分だけ高い給料をもらう」 というだけでは、今ひとつ盛り上がらない。

「世の中の役に立つ人になる」 → 「そのために勉強するんだ」 という動機づけは、奮い立つきっかけになる。

      
       おとな 「学問のすすめ」 斎藤 孝 筑摩書房



 
  

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