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2017年4月20日 (木)

きつねとたぬき(興味本位で神社仏閣に行ってはいけない!)


 

私たちはよく疲れたと言いますよね。
 

でもいくら身体を使ったり、睡眠不足気味であったとしても疲れないこともあります。

逆にたいして動いたり、神経を使っていなくても疲れることもある。


いったいどうなっているのだろう?


それは、疲れるとは憑かれるということなのです。


自分は人の影響は受けていないと思っています。


でも人間は例えば、170㎝、65㌔だけがその人ではなく、もっと大きいのです。


肉体とくっついて幽体があります。


これはオーラ写真などを撮ったらわかるのですが、人間は肉体の中からエネルギーを放っているのです。


大きい人ではビル一棟分の大きさがあるのです。


ということはビル一棟の中に人が百人居ると百人の人とエネルギーが重なり合っていることになります。


百人の中で3人ひどく落ち込んでいる人がいると、その3人の人のエネルギーを受けることになるのです。(もちろん良いエネルギーをもらうこともあります)


これが憑かれるということです。


人ごみの中に行くと疲(憑か)れるのは、そういうことなのです。


幽体の大きさがビル一棟もあるのなら


霊体、神体ってどれくらいあるのだろう?


本当の自分(本心)は神体のある神界にあるのです。


本当の自分がとてつもなく大きくて偉大な存在であることがわかります。


自分のことを知れば知るほど自分も他人も尊い、素晴らしい存在であることに気づくのです。


前置きが長くなってしまいました。(笑)



神と人間の中からとり憑かれるというのはどういうことか?



五井先生がわかりやすく説明されています。



  




問   俗に、キツネとか、タヌキが憑くといわれているが事実あることでしょうか。







答 


狐、狸といっても、動物の狐狸のことをいうのではないので、幽界に住む、感情霊、動物霊ともいう、霊魂のことなのである。


医学でいう精神病や、行者の一部には、こうした感情霊に憑依されている場合がたくさんある。


神詣りばかりしている人が、突然、種々の予言をするようになったりすることがあるが、この場合にも、この感情霊の作用が多い。


この感情霊は、霊と普通にいわれているが、実は魂(因縁の波の集り)つまり、迷いの念の波の中に生まれたもので、迷いの念の一つの現われともいえる。


すべて、興味本意、感情本意に行動していて、人間のように、愛(神)を内部に持っている霊魂ではないのである。


従って、人間の本体(本性)とは、まるで違った生物なのである。


いいかえれば、人間にとって一番大事な心、愛と知性を取り除いた、その他の念(おも)いでできているものである、といっても間違いではない。


人間の中にも、愛も知性もなく、利害や、感情のみで、敵になったり、味方になったり、やたら褒めたり、けなりしたりする徒輩(やから)があるが、こうした人たちは、人間というよりは、動物霊に近いというべきで、こうした念の人が、幽界に行くと、今度は、これらの動物霊と、一つになって、迷信家や、低い念の行者に憑依して、肉体の人間を面白半分に迷わせるのである。


形の世界は、すべて、想いが写ってできているので、狐のような想いは、そのような形に、蛇のような想いは、蛇のような形に霊眼に見えたりするのである。(心霊家や、研究家の一部では、天狗、狐、狸などを、自然霊と呼んでいるが、私はただたんに感情霊と呼んでおく。何故ならば、私の説明は自然霊と呼ぶ広範囲の説明ではないからである)



こうした感情霊の憑依を受けぬためには、私の最も主張する、守護霊、守護神への感謝と、愛と真心の行動をしていればよいので、いたずらに奇を好み、霊力を欲するような態度は、厳に戒むべきである。



懸命に信仰をしているように、自分も思い、人にも思われていながら、不幸が絶えぬ人や、信仰していることが、かえって家庭の調和を乱している人や、信仰しているその信仰のしかたや、日常の行動が、奇矯に流れているようでは、その信仰のしかたのどこか誤りがあるので、そうした家庭には憑依霊作用が多いのである。



興味本位の神廻りや、ご利益本位の信仰は、実に危ない気がするのである。


まず、よく自己の本心を顧みて、一生はおろか、神と真に一体になるまで、導いてくれる良い師に出会うよう、守護霊、守護神に祈るべきである。


守護霊は、自己と全く一つの者であるともいえるので、心の中で、常に守護霊、守護神を念じていれば、必ず、その人を邪道から引き出してくれるのである。


そうした心で、入った信仰や、集まりなら、たとえ、その入会の動機が、ご利益からであっても、ついには、真の浄まりにまで、その人を高めてくれるに違いない。


そうなれば、憑依霊の心配は勿論ないのである。




 

    『神と人間』  問答篇 五井昌久



 



感想


神秘的なものを求める人や神社仏閣詣でをするのが好きな人が世間にはたくさんおられます。


でも目にみえない世界のことを知ったら、

  
興味本位の神廻りや、ご利益本位の信仰は、実に危ない気がするのである。



五井先生のお言葉のように簡単には行動しないのです。



おどかすつもりはないのですがもっと慎重に行動してください。


この世(3次元)もあの世(4次元よりも上の世界)も波動の世界です。


良い意味でも悪い意味でも共鳴します。


簡単な気持ちで、欲を持ってそのような場所に行けば、幽界の不良霊のかっこうの餌食になるのです。


知らず知らずのうちにとり憑かれのです。


そうならないためには、自分自身でもある守護霊守護神と一体となる。


それが一番大切なことなのです。



 




 参考図書


ある方にもお薦めしたのですが、目にみえない想念の世界を描いたマンガがあります。劇画家されているのでリアルでわかりやすいのです。
 

幽界だけでなく、生霊(いきりょう)のことにも興味のある方は知ってください。



あなたの側にいる人も当然エネルギーを放っています。



だから、恨まれるようなことをすると、すぐに還って来るのです。


『陰陽師』 岡野玲子作 安倍晴明 の物語です。
 

近くの公立図書館に置いてあったのにはびっくりしました。



 

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