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2017年3月 8日 (水)

肉体の死後も魂は生きつづける

 

人間は真面目に生きて、努力し、忍耐をしていれば、立派な生き方で誰も文句を言わない、それで十分だろうと思っている人は多いと思うのです。

それが1回こっきりの永眠であれば、何の問題もないのかもしれない。

だがしかし、それで終わりどころか肉体の死は、プロセスに過ぎない。

「あの世でゆっくりと休んでください」

などということはないのです。

だったらどんな死に様だったらよいのかというと、真理を知って理解して肉体を放れることが大切なのです。

自分は何者であったのか?

何のために肉体を纏って生まれて来たのか?

天命(ミッション)はなんだったのか?

少なくともこの3つは真理として知っておかなければ話にならない。

いくらこの世で名声を得たとしても、そんなものあの世では何の足しにもならないのです。

もうそのことがわかってよい時期に来ていると思うのです。






1.人間は生まれ、そして成長し、体験し、老い病み死する。これの繰り返しである。人間は永遠に行きつづけてゆかねばならない。

肉体が変減しても、その奥にある魂はなお継続して生きつづけてゆくのである。

個人にやどる不死の生命は偉大である。

肉体が消滅したならば、これで何もかもすべてが終わると思ったら大間違いである。

過去に積み上げてきた想念、言語、行動すべてを背負って、未来にむかって歩み出すのである。

真理を知って生きないと、これは大変なことになる。

真理を知らないで、真面目に努力し忍耐し、生きている人がいるが、それは報われない生き方である。

何よりも先に、真理を知ることが大事である。

2.動物は苦痛はあっても、死への恐怖というものは何もない。

死への恐怖は人間のみに与えられた特別な感情であろう。

だが同じ人間でも、死を恐れをもって迎える人と、喜んで迎え入れようとする人とでは、自ずと苦痛と恐怖の度合いが違ってくる。

死とは不自由な住みにくい肉体を脱ぎ去って、自由で輝いた明るい世界へと移行してゆく、一つのプロセスにすぎない。

死は恐いものではない。

        『日々の指針』 西園寺昌美著



  

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