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2017年3月25日 (土)

ほんものとにせものを区別する方法




ほんものとにせものを区別する法

 

やたらに人を信じてよいというものではない。

やたらに人のいう通りに行動してよいというものでもない。

相手の本心と業想念をよく区別して、相手の業想念のなかにひきずりこまれてしまってはいけない。

そうした本心と業想念の区別をつける最もよい方法は、先祖の悟った霊である守護霊さんと、その上にいて常に守護霊に光を送っている守護神さんにつねに感謝の心を送っていると、守護の神霊の側から、その人の心にむけて、その区別を直感的にか、他の人を介して必ず知らせてくれるものである。

もしそれでもだまされたり、ひっかかったりする時は、それこそ過去世からのその人との業因縁がそこで消え去っていったもので、それも、自己の本心を輝かすために必要なことであったのだ、と思い、世界平和の祈りを祈りつづけることである。

 

      「日々の祈り」 五井昌久 白光出版



感想

もしそれでもだまされたり、ひっかかったりする時は、それこそ過去世からのその人との業因縁がそこで消え去っていったもので、それも、自己の本心を輝かすために必要なことであったのだ、と思い、世界平和の祈りを祈りつづけることである。
 


のところは多分ほとんどの人が、納得できないのだと思うのです。

守護霊守護神さまに頼んでいれば、騙されずに済むはずなのに、なんで助けてくれないことがあるのか?

理屈が通りませんよね。

それは、過去世で自分が相手を散々騙してきた場合は、いくら守護霊守護神さんでもかばい切れないのです。(仏教では因果応報という)

この世は、あの世で自分がやってきたことへの清算が行われているんだ。

今自分がされていることは、すべて自分がやっていたことが返ってきているのだ。

ということです。

例えば、今、旦那さんに泣かされている妻がいるとします。

観ていると可哀想ですね。

なんでそこまでやられなければならないのか?

なんの罪もないのに・・・・

と。

しかし今やられているということは、前世でやっていた側だったのです。

それを相手の魂が覚えていて、仕返し?をして来ている。

そして、奥さんは案外と相手のことを恨んでいないのです。

まるで自分が過去世でしていたことを覚えていたかのように・・・・。

守護霊守護神にお願いしていると自分のやっていたことの百分の一、千分の一になるのです。(祈っていない人でも随分おまけをしてもらっているのです)

それでも消せない分は自分で受けるしかない。

本当はそれくらいで済んでありがとうございます。

なのですが、人間はちょっとでも自分に不都合な事があると、相手を恨み、自分の運命を嘆き、神も仏もあるものか!と神さままでも恨んでしまう。

まったく肉体人間というものは勝手なものだと思うのです。(真理を勉強していると)

それよりも

「この人は信用していいものか?」

「あやしい人なのか?」

は大概の場合、守護霊さんがメッセージ(人を介してもある)で知らせてくれるのだ

と思えばいいのです。

なんと有り難いことか!

 

   

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