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2017年3月22日 (水)

波動とはなにか? 2




  
自分と相手の波長が違う場合




親子であれ、夫婦であれ、兄弟姉妹であれ、いかなる関係であるにせよ、人の自由を縛ることは絶対に許されるべきことではありません。

なぜそういうことが起こるかと言いますと、もともとは自分自身が自らの存在価値を無視したり、自分の能力を否定したり、自分の崇高さや自分の尊さを見失ってしまったために生じているのです。

自分の意識レベルが低く重く鈍感で否定的であるため、相手に対しても自分と同じことを強いるのです。

なぜならば、自分の心が信頼できず不安でならないからです。

自分が他との遊離を恐れるあまり、相手を強制的に自分と同じ波長にすることによってそこに一時的にしろ安定感が生ずるのです。

このように人間は、常に自分と波長の似通っている人と関わっていないと、孤独感や挫折感、敗北感を味わい、生きてはいられないのです。

そのため、自分のヴァイブレーションと違う人に出会うと、お互いが無意識に反発し合ったり、抵抗し合ったり、拒絶し合ったりして、不安定な雰囲気や場をつくり出してゆくのであります。

昔からのことわざで “類は友を呼ぶ” “朱に交われば赤くなる” と言われておりますが、全く真理をついているのです。

人間は自分が相手と共通のヴァイブレーションを持っているのを感じて安心するのです。

そのため、異なったヴァイブレーションの人とは、なかなか親しくなれなかったり、閉鎖的になったり、オープン・マインドで接することが出来ないのです。

お互いが余りにも極端にヴァイブレーションが違った場合には無視を装います。

お互いの意識がずれて相反するばかりだからです。

人間は、自分と異なったヴァイブレーションの人といると、必ずどちらか強い人が相手のヴァイブレーションにモーションをかけて自分のレベルまで引き下げようとしたり、あるいは引き上げようとしたりします。

そして、どちらか一方が無意識に自分のエネルギーを相手に奪い取られてしまうのです。

相手も知らないうちに奪い取っているのです。

そのため、この二人の関係は緊張し、不調和な状態を生み出します。

そして奪い取ったほうは相手より優位な立場に立ち、なぜか相手に対して勝ち誇ったような態度に出るのです。

このように、お互いのヴァイブレーションによって、人間関係はいかようにも変わってゆきます。





 
ヴァイブレーションの高い人・低い人
 



ヴァイブレーションと一口に言っても様々なレベルがあります。

最も一般に判りやすく大別すると、ヴァイブレーションには 高━低、強━弱、粗━細 があります。

その他にも様々な段階、働きが存在していますが、それは専門的分野に入りますので、ここでは省きます。

ヴァイブレーションが高い人は、宇宙の他のすべての存在と一体となることが出来ます。

自らの放つヴァイブレーションを自由に上げたり下げたりして常にいかなるものにも逆らわず、すべてを在るがままに抱擁し調和させてゆくのです。

常に無限なる愛を相手に放ちつづけているのです。

ヴァイブレーションの高い人は、自分の人生の上に悪いこと、苦しむこと、不幸なこと等一切の否定的な現象が生じないのです。

いやヴァイブレーションが高いため、他のいかなる低次元レベルの否定的業想念波動を自らに引きつけないのです。


こういったレベルの人々とは、究極の真理を知り得ている人であり、世界平和の祈りを祈り、印を組みつづけている人たちであります。

彼らは皆、無意識のうちにこの高いヴァイブレーションを放出しているのです。

そして彼らはついには超意識レベルまで達し、自ら神人としての姿を顕現してゆくのです。

世界平和の祈りを祈り、印を組みつづける人たちは一人残らずこの域に達するのです。

これは五井先生によって約束されていることです。


高いヴァイブレーションを発している人々とは、常に “我即神也”“人類即神也” の究極の真理を理解し実行している人たちです。

そのため、いかなる人々に対しても差別することもなく愛をもって平等に接することが出来るのです。

なぜなら、人類はすべて神そのものであるということを知っているからです。

自分たちの目に映る人々の表面的な状態が貧乏、苦悩、失敗、不幸、病であったにせよ、彼らに対して差別や軽蔑、哀れみ等といったような特別な目で見ることは決してないのです。

また、天才、秀才、成功者、有識者といった、この世的に自分たちよりも優れた人たちであったにせよ、彼らに対してへりくだったり、おもねったり、特別に崇拝したりはしません。

現象的な差異で判断するのではなく、もっと深いところで真理そのものを基準にして見ているのです。

そのため、人類一人一人がいかなる姿形、いかなる態度で生きていても、今現われている在るがままの姿を受容し、人類即神也に至るまでのプロセスとして認識しているのです。

高次元ヴァイブレーションの人たちは低次元ヴァイブレーションの人たちよりは自由に気楽に生きています。

しかも自分たちの欲するものは次々と手に入り、欠けたるもの、不足なるものが何一つなく平安な安定した日々を送っています。

これは高次元レベルの人々の日常の生活であります。

なぜならば、彼らは自分の内にある無限なる創造力を大いに発揮し無限なる叡智、無限なる能力、無限なる直観を働かせ、自由自在に生きられるからです。

ところが低次元レベルに属する人々は自分のヴァイブレーション・レベルに必死にしがみついて生きているのです。

自分の固定観念に縛られ、自由に生きられないのです。

常に自分と気楽に付き合える仲間と共に過ごすことによって自分に安定感を求めているのです。

自分を高め上げることに対して、また、自分が変わることに対して不安を抱いているのです。

自分より高い次元に生きている人々を見ては羨ましくもあり、彼らと付き合いたい、彼らの世界に溶け込みたいと思い、自分を高め上げることを望むのですが、なぜか自分で自分を規制してしまうのです。

皆、今の自分を変えることに用心深く、自分を必要以上に守り過ぎているのです。

自分が変わることに一種の恐怖を感じるのです。

今までの自分なりに築き上げてきた安定した家庭、グループ、社会から離れることが恐ろしいのです。

異なったヴァイブレーションに対して抵抗を感じるのです。

それは、自分の凝り固まった思考、感情、仕事、肉体に執着し、今の安定した状態を手放したらもっと低いレベルに落ち込むのではないかという不安恐怖から来ているのです。



                
つづく



      「次元上昇」 西園寺昌美 白光出版






感想

  ヴァイブレーション(波動)について 2を読まれていて、確かにそうだと納得する部分と本当のことだろうけど結構痛烈だなぁと感じられる部分があると思います。

私も書き写していてマイナスに受取ってしまいそうな箇所もありました。

しかし当り障りのないことを羅列してもプラスのことばかりを書いても

それでいいのか?という疑問もあったのです。

包み込むような愛もあれば、ハッとするような厳しい愛もある。

昌美先生はあえて憎まれ役をされているのだと思います。

しかし、厳しいばかりではない。

この後の包み込むような愛にご期待ください。




 


 

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