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2017年2月26日 (日)

物には魂が宿っている2


 

物にこもる想念と、直観力
 



すべての物は想いが込められている

 

人は物に生命(いのち)を込めます。

 

母親は料理をつくる時、子供や夫を思って一生懸命つくります。

 

自分のつくる料理を通して自分の真心を伝えてゆきます。

 

もっと大袈裟に言えば、生命を込めるのです。

 

また、自分の大切な宝石に自分の生命を託します。

 

結婚指輪などには、お互いの心や生命が込められています。

 

また死んだ人の形見には、その人の想いや生命が込められているのです。

 

我々は日常生活において、多くの人々の真心や想いや生命が託された物を使用していま

す。

 

絨毯(じゅうたん)、机、椅子、鍋、花瓶、置物、洋服、茶碗・・・・・。

 

人の手でつくられた物すべてに、その人の想念が入り込んでいます。

 

自動車、電車、飛行機、バス、自転車・・・・。

 

こういった乗り物も多くの人々の想いや心が込められているのです。

 

それらの乗り物をつくる人々がみな、感謝と喜びを込めてつくるならば、事故などを起こす

頻度も少なくなるはずです。

 

だが、つくる人々が毎日、激しい恨みや怒り、不平不満、悲しみなどの否定的想念を出し

ていたならば、それらの否定的想念の波動が乗り物にも入り込んで、事故を誘発します。

 

 

ですから人々は、その想念の在り方を認識して買い物をする必要があります。 宝石を買

う時、仮にその宝石が新しいものならともかく、人の所有するものであったならば、その所

有者の想念や因縁がそのまま波動として宝石に蓄積されています。

 

どうしても宝石を手放さなくてはならなくなった人たちの怨念や執着、苦悩や悲しみが刻み

込まれているのです。

 

そういった宝石を身につけた人は、それらの宝石によって、運命が操られてゆきます。

 

次から次へと不幸や災難に出会ってゆくのです。

 

宝石にそういった多くの人々の暗黒的な想念がこもり、蓄えられているからです。

 

また、絵画や置物も同じです。 絵や置物の中に作者の気迫が込められているものがあり

ます。

 

作者が真の芸術を理解できずに自らの名誉欲、金銭欲、権力欲などの想念によって作品

を作り上げていくことにより、その作品は真の芸術性からはずれた不調和な荒々しい波動

を蓄えてゆきます。

 

こういった強い波動のものを気の(想いの)弱い人が買うと、負けてしまうときがあるので

す。

 

絵の強さ、置物の気迫に翻弄(ほんろう)されやすく、この絵のかかっている部屋、置物の

置かれている場では、常に金銭や虚栄心などが原因となって争いが絶えなかったり、夫婦

喧嘩や親子の対立が生じたりして、調和が乱されていってしまうのです。

 

なぜならば、それらの持つ波動につい巻き込まれていってしまうからです。

また家を買う時、マンションを借りる時なども同じです。

 

そこに、土地や家の因縁、前に住んでいた人たちの想念波動が宿っているからです。

 

運命が順調で幸せであった人たちでさえ、こういった土地や家にまつわる想念の強い、

因縁の深い物件を買うと、それらの想念に操られ、翻弄されて、運命が乱されてゆきます。

 

突然、病気になったり、失敗や挫折に追い込まれたり、不幸に見舞われたりするのです。

 

それらは、そういった想念のなせる業(わざ)です。

 

だがしかし、こちら側に常に祈りがある場合は、必ずそれらの想念を祓い浄め、決して悪

い運命へと巻き込まれることはないのです。

 

 

逆にそれらの因縁を超えて素晴らしい運命へと転換させるだけの力が祈りには備わって

いるのであります。

 

真理を知らないが故の不幸

 

今まで、人類の多くはみな、こういった想念の法則を知らぬまま、人々の想念に巻き込ま

れ、翻弄されながら人生を歩んできました。

 

もし人々がそれらの物を手に入れたいと思った時、その物の持つ因縁や想念、怨念を知る

ことが出来たならば、あるいは感じることが出来たならば、自らの人生をなまじ不幸へと導

かれないですむのであります。

 

真理を知らない人々はみな、こういった執着や怨念、否定的想念が刻み込まれた物を所

有することによって、知らないうちに自分の人生を狂わせてしまっているのです。

 

真理を知っている人たちは、それらの物を無意識に拒否する直観力が培われています。

 

それらの物を手にした時、無意識に自分の心が波立つのです。

 

気持ちが悪い。 何か暗い感じがする。 ゾッとする。 不安に陥る。 急に腹立たしくなっ

たり、怒りたくなる。 淋しくなったり、悲しくなる・・・・・など、自分の心の変化に気づくので

す。

 

すると、自分の本心がこれらの物を買いたくないとか、必要ないとか、もっとよいものが後

で見つかる・・・・・等と拒絶してしまうのです。

 

だがしかし、真理を知らない多くの人々は、利害損得に振り回され、手に入れたり、買った

りしてしまいます。

 

買ったあとでも、おかしい、嫌な感じがする、不吉な感じがする、といったメッセージが自分

の感覚を通して届いているにもかかわらず、高いお金を払ったのだからとか、いまさら返す

わけにもいかないとか、姑息な心で自らの運命を誤らせていってしまうのであります。

 

このように、自分たちの周りのすべての物には、種々様々な人類の想念が込められている

のです。

 

もちろん、土地の因縁、動物や植物の因縁、水や食物の因縁も同様です。

 

人類は決して自分一人では生きてはいけない存在なのです。

 

多くの人々、大自然、生きとし生けるものと調和し、共生して生きていくことこそ、真に生き

る意味、価値があるのであります。

 

昨今、大地の汚染、空気や水の汚染、自然破壊、種の異変、病原菌の発生・・・・等、様々

な現象が起こっています。

 

これらも突きつめてゆけば、すべて人類一人一人が放った無責任な想念波動の結果に相

違ないのです。

 

いよいよ人類一人一人がどうしても真の真理に目覚めなければならない時にまで至ってい

るのです。

 

目覚めなければ滅びる以外にないのです。

 

真理に目覚めた者は必ず救われます。

 

なぜならば、そういった否定的想念、暗黒的想念の波動を見極める直感力が大いに養わ

れているからです。

 

そればかりではなく、自らが放つ波動が神の波動、光の波動であり、強力なるパワー、エ

ネルギーを持ち、宇宙神の光の一筋そのものであるため、いかなるマイナス波動からも決

して影響を受けないのです。

 

自らの放つ想念、光、エネルギーにより、自らの運命が悪くなるのを見事に完璧に防げる

のです。

 

さらに、究極の真理、我即神也、人類即神也の宣言をし、印を組む者は、自分を取り巻くい

かなる想念さえも浄めてしまう偉大なる力を発揮していくのであります。

 

だからこそ、彼らの人生はよくなるのです。

よくならないわけはないのであります。

 

必ずよくなる、もっともっとよくなる。 もっと完璧に、幸せにに、平和になる。そして何事も

調和してゆくばかりです。

 

だがしかし、周りを見てみると、気の毒にも、不幸せな人々ばかりです。

 

彼らは不幸や災難、苦悩に取りつかれ、もっともっと悪くなり、もっともっとひどくなる一方で

す。

 

いかにもがこうと、あがこうと、そういった想念から脱け出すことの出来ない状況に追い込

まれてゆくのです。

 

彼らは真理を知らないがために、自ら不幸な人生を選んでいると言えるのであります。

 

            「次元上昇」 西園寺昌美 白光出版



  


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