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2016年1月13日 (水)

「神と人間」について正しい宗教と誤れる宗教7



 
感想



もし、相手の人に腹が立って、「このやろう!殴ってやろうか!」と心の中で思った瞬間に相手に察知されて、向こうから強烈なパンチが飛んできたら、どんなにか恐ろしいことでしょうか?(笑)

心で怒っていても、言葉に出さなければ誤魔化すことも可能ですが、顔が引きつっていたならば(目が語っていたならば)、そうとうに鈍い人以外には、簡単に見破られてしまいます。

それと同時に心の中まですべて見透かされてしまったならば、もう自分の想念、気配を消すしかありません。

しかし人間の想念とは、「なぜこんなことを想ってしまうのだろう」 と思うほど次々と泉のごとくいろんな想いが湧き出て来るのです。

お釈迦様のおっしゃっている空(くう)とは脳裏に何も思い浮かばないスッキリと澄み渡った青空のような心境を言うのですが、精神が健全な状態とは、この空の心境をいうのです。

他にも同じような教えとしてキリスト様は 「幼子のようになりなさい」 

老子様は、「無為になせ」(〇〇のためにしようとするな)があります。

死後の世界である幽界、霊界、神界では、思ったことが即、自分に返って来るといいます。

怖いですね~(笑)

しかし、肉体界はまだ、修正が効くのです。

「あっやばい!マイナス想念の中に巻き込まれそうだ」 「相手のことを責めてしまいそうだ」 「自分を卑下してしまいそうだ」 と思った瞬間に

世界平和の祈り(世界人類が平和でありますように)をすれば消えるのです。

世界平和の祈りは、宇宙の無限の言霊(プラスのエネルギー)だからです。

人間が作ってしまったマイナス想念は有限です。

どんなマイナスも宇宙の言霊(世界平和の祈り)には勝つことは出来ません。

一日一日を青空のように、幼子のように、損得で考えずに(無為に為せ)生きられたらどんなにか幸せでしょう。

人間の幸福とは、目の前の現象が整っていることだけではありません。

心がスッキリ爽やか澄み渡った心境を言うのです。



 
  
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



本文



地界は、愛に背くもの、物質欲深きもの、執着強きもの、自我心強きもの、怠惰なるもの、等々、神の心、すなわち本源の心に遠いものが、その業因縁を消滅せらるるために住む世界である。


人界、地界(註・・・・この世界はお互いに幽体が見え合うのであって、その点肉体界と同じである。

ただ肉体界よりすべてにおいて速度が早く、善悪とも、思うことがすぐに実現する)においては、業因縁の渦から脱しようと努力しながらも、肉体界以上に業因縁の渦は急速に回転するので(それは、念波の周波数が肉体界より細かいから)なかなか、その輪をぬけ出ることはできない。


その渦の輪を抜け出すためには、一度、想念を停止すること、絶対の精神統一に入ること、すなわち、神にのみ心を集中して、いかに業因縁の念が自己の周囲を回転しても、見むきもしないことであって、その精神統一の深さに従って、蓄積された想念の消滅の仕方が違い、その度合いによって、自己の住む圏(世界)が高くなるのである。

 

いいかえれば、いかなる辛さや、苦しみや自己に都合の悪いことが出て来ても、それは今、自己を取り囲む業因縁が消え去ってゆく姿である、と観て、ただひたすら、神との統一観に浸れ、ということで、これは肉体界における場合と同様であるが、肉体界のように、その業因縁が緩慢に現われる世界と違い、烈しく、急激に現われるので、なかなかその苦しさに耐え得られないのである。

 

このことを考える時、この肉体界に生活する期間中に、できる限り、自己の業因縁を消し去っておくほうが、幽界において同じ業因縁を消し去るよりは、どれだけ楽であるかわからないのである。

 

例えていえば、百万円の借金(業因縁)をした人が、肉体界においては、五万円ずつの月払いで済むとすれば、幽界では、一度に百万円を支払わねば、さらに百万円の利息がつく、というわけである。

 

幽界(人界、地界)においては精神統一が最大の悟道の法であるが、もう一方法、守護神の指導に素直になることである。

 

肉体界において、守護霊、守護神の援(たす)けがあるように幽界においても、守護霊、守護神(主に守護神の援助)の導きがあるので、この導きに素直に従ってゆくことが、自己を救う、よい方法なのである。
 


この場合も、自己の眼前の利益を超えて導かれる場合が多いので、守護神の導きが、例え、自己に不利のように見えても素直に従うべきである。


この場合でも、肉体界において、常に守護霊、守護神に感謝していた人は非常に益することが多いのである。


かくて、幽界において、ある程度浄化されると、また肉体界に誕生し、また異なる生活の経験を得て、再び、三度、両界における体験を繰りかえし、しだいに、高度の生活に導かれ、ついには、天界にいたり、神格を得て、神界に住し、あるいは、覚者(仏)となって、肉体界、幽界の指導者となるのである。




  
『神と人間』 正しい宗教と誤れる宗教 五井昌久 白光出版



  

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