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2016年1月 8日 (金)

「神と人間」について 正しい宗教と誤れる宗教 3 




感想



その宗教の道に入ったことにより、現象面ではなくまず、心が至福感にみたされ、安心立命しなければ入った意味がないと思うのです。

そして心が安定することで目にみえる現象も時を経て、整ってくる。

しかし人間はせっかち(笑)なので、現象面を早く整えようとする。

「まずは、貧乏が無くなって欲しい」 「まずは、健康になりたい」 

「まずは子どもが自分の言うことを聞くようになってもらいたい」

「まずは、他人との人間関係がうまくいくようになりたい」・・・・。

魂の奥は心の平安を求めているのですが、目の前に不調和なことが現われると心を調えるどころではなくなるのです。

そして右往左往していらないことをしてしまい、悪化してしまう。

それを何回も繰り返して、

「あーやっぱり心を静めないとダメだなあ」と実感するのですが、そこでその解決法を宗教に求める人と他に解決法を探す人とに別れます。

宗教に求めた人が、その宗教が正しいものであればいいのですが、正しい宗教とは、奥が深いので簡単には達観(悟る)することはないのです。(よって整うのも遅くなる)

どんなことでもそうですが、ものになるには、時間と真剣さが必要なのです。

そこに邪な宗教がつけ込んで、

「うちへ来ればすぐに悟れますよ、現象面も整いますよ、病気も治りますよ」 と誘惑するのです。

そして又、何度も痛い目に遭う 無限なる愛!

宗教が腐敗してしまった原因はここにもあるのです。無限なる光!

人間の心境、心の中は 「複雑なんだなあ」 とつくづく思います。

「もっとシンプルであればいいのに」 と思うのであります。




 

本文


 

宗教とは哲学ではない。


哲学を越えた行の世界が宗教である。


また、宗教とは教団や教会や、伽藍ではなく組織でもない。


人間が神仏にそのままつながっている生命であることを、自覚させる行であり、教えである。


真に宗教が世界に拡まり、世界人類が、真の宗教心、信仰心に生きたならば、この世は愛に満ち充ちた天国となるのは明らかである。


愛とは神そのものであり、神と人間をつなぎ、人間と人間を調和させ、人間とあらゆる生物を琴和(きんわ)させる最大の働きをもつ心である。


宗教に入って、愛の心が湧きあがらぬようならば、その人は真の宗教人ではなく、神に祈りながら安心立命の道に入ってゆかぬならば、その人の神観は誤りであり、その祈りは正しいものではない。


こうしたところから、正しい宗教と、誤れる宗教、正しい信仰心と、誤てる信仰心とを判断すべきである。



 

神と人間 五井昌久 (正しい宗教と誤れる宗教) 白光出版





  
 





 

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