« 「神と人間」について 因縁因果を超える法3 | トップページ | 近未来の日本、そして地球人類 4 »

2015年12月25日 (金)

「神と人間」について因縁因果を超える4

 

感想
 
 

私たちの住んでいる世界が肉体界だけであるのなら、守護霊守護神、宇宙の神様も必要ないと思うのです。

ただほんとうにそうだとしたらすべてのことを肉体の自分がやらなければならなくなります。

子どもを産むのも男と女が作り上げる?

「目はどうやって作るのか?」 「血管や細胞はどこから取っ
て来るのか?」

「心臓、肺、頭、足・・・・・・・」・・・・とてもじゃないけれど神様や守護霊守護神のお力を借りないと作れるわけがない。

それどころか人間は樹に生茂っている葉っぱ一枚さえ作れない。

空気も水にもすべて、なにかとてつもない偉大な力(サムシング・グレート)が働いているのです。

ましてや空や宇宙(大自然)なんてどうなっているのかわからないことだらけです。

そのことからも目にみえる肉体界しかないわけがない。・・・・・とわかりますよね。

目に見える肉体界のことでさえ悩みに悩んで迷って、まともに生きていけないのにあちらの世界(幽界、霊界、神界)からやって来る未来のことなんてわかるはずがないのです。

そんな私たちに「これからこうなるのだよ、だからこうしたらいいんだよ」とインスピレーションで教え、導いてくださっているのが、守護霊さま守護神さまです。

私たちは自立なんてしてやしない。

よちよち歩きもいいところです。

それを一端に 「俺は自分の力で生きているんだ」 とつっぱっている。

背後にいる神霊たちは、「バカだなあ」と思いつつも愛の心で見守ってくださっているのだと思います。



 
 

本文

 


お祖父さん、お祖母さんが、自分の背後にいて、霊の眼で、霊の耳で、子孫である自分の運命を予見し、悪い運命への道から、善い運命へ、導いて下さるのである。



それはちょうど、父母が小さな子どもの手を取って、あちらだ、こちらだと、引き廻してくれるのと同じことなのである。


しかし、肉体の父母にはその子の将来の運命は一分後のこともわからない。


が、守護霊はその子孫の将来に起こる出来事をよく知っていて、その子孫の運命を幸福へ、幸福へと導こうとしているのである。


個人の運命とはまず幽体に各自の想念が記録され、その記録された想念を現界に実現さすべき、各種の材料(環境)が自然に整い、幽界に一応原形ができあがり、やがて時を経て、肉体界の想念が縁となって、この幽界の運命がその人の現実の環境に浮び出てくるのであって、守護霊の修正がなければ、その想念の誤りは、誤りのままに現界の運命として現われる。


守護霊を一応考慮の外において考えれば、その人の想念のままの環境が現象に現われるので浄まった想念の人は浄まった環境、汚れた想念の人は汚れた環境、憎しみに充ちた想念の人は憎しみに充ちた世界を、盗み心の想念は盗み盗まれる世界を、淋しい想念の人は淋しい環境を、それぞれその人の運命として現わしてゆくのである。


これは業生(ごうしょう)の法則なのである。



                 

                  つづく



 

  『神と人間』  五井昌久 因縁因果を超える法 


  


 

« 「神と人間」について 因縁因果を超える法3 | トップページ | 近未来の日本、そして地球人類 4 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/63136908

この記事へのトラックバック一覧です: 「神と人間」について因縁因果を超える4:

« 「神と人間」について 因縁因果を超える法3 | トップページ | 近未来の日本、そして地球人類 4 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ