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2014年11月 2日 (日)

この本ほんとにおススメです。

 
幸せになるためのスキルっていろいろとあるのだと思うのですが、自分の中に眠っている潜

在能力をフルに出して現わしてゆくことも大切だと思うのです。

実際は数%しか出せていないのだとしたら宝の持ち腐れです。

才能溢れる人というのは、例外なくメモ魔、いつも近くにノートを持っていてヒラメイタことをす

ぐに書いているそうです。

携帯やスマートフォンではダメなのです。

自分の肉体(腕・手)を使ってノートに書く。日本文字というのは、象形文字なので絵を描いて

いるのと同じです。

身体を使うことで心にも刻み込む、心に刻んだことは忘れません。

それをあるメソッド(ノート術)を使い積み重ねることで、発想力、表現力、論理力がバランスよ

く身に付くのです。

あーやんがスマート(天才)になるためのノート術をわかりやすく述べてくれています。

今からでも遅くはない、あなたもスマート(天才・賢く)なって面白い人になって、みんなに好

かれて幸せを掴みませんか?(笑)





自分をもっと愛してみよう!

人生を楽しくするノート術

 
 

http://akemi51.blog.fc2.com/blog-entry-54.html#more




 





 

真理を知ること、そして悟ることは素晴らしい 2



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妙好人(みょうこうにん)と言われる人たちがいるんです。

妙好人というのは浄土門から出ているんですね。 南無阿弥陀仏から出ているんです。

妙好人というのは、白蓮華のように、きれいに浄まった人という意味なんです。

悟った人です。

それで学問なんかない、知識もないんですが、行ないが素晴らしくいい。

そういう人を妙好人というのです。

自力の聖道門や禅宗なんかからは出ていない。

「みんな南無阿弥陀仏、このじじいのような悪いものを」 というところから出ているんです。

因幡(いなば)の源左さんで、お百姓なんですけれど、ものすごくいい人なんです。

けれど自分は一番の悪人だと思っている。 一番どん底の悪い人だと思っている。

ちっとも悪くないのですよ。

自分が一番悪い人だと思って、何が来ても、どんなことが来ても有り難いと思っている。

子どもが長男、次男とつづけて二人、狂ったようになって死んじゃうのです。

お寺の和尚さんが 「いくら阿弥陀様の慈悲だといっても、こんなに悪いことが重なると

慈悲と感じられないだろうね」 と言うと

 「いやそんなことはありません。阿弥陀様のご慈悲でございます」 素直に本当にそう

思っている。

それで 「この苦しみから逃れて、早く阿弥陀様のところへ行かれた、有り難いことだ」

というような考え方をするんですよ。

火事で焼けちゃうことがあるんです。 でもそれがそのまま有り難い、前生の業がこんな

苦しみぐらいで消えていって有り難い・・・・すべてそういう式なの。

それには泣かされますよ。すべてが有り難い。

いいことをして有り難いのは誰だって有り難いわね。

お金が入りました有り難い、出世しました有り難い、というのは有り難いんだけれども、

ふつうの場合でいえば有り難くもなんともないことを、スパッと有り難い、と思えるんです。

とても素晴らしく、見ていると涙ぐましくなっちゃうんです。

牢獄に入っている犯罪者たちをみると

「私のような悪い者が入らないで、代わりにあの人たちが入ってくれ、こういうことをすれば

こういうことになる、という見せしめをしてくださって、本当にあの人たちは私の身代りに

なっているんだ、有り難い」という調子なんですよ。

そういうのを聞くと、ああいい人がいるもんだなァ、人間はいいなァと思います。

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  絶賛発売中!!

  「想いが世界を創っている」 五井昌久 白光出版







 








 

 

 

真理を知ることそして悟ることは素晴らしい 1

 

私の目標というのは、どんなことがあっても平常心、不動心でいられる

そしてすべてのことに感謝が出来るような心境になるということです。

それがほんとうの幸せだと思うからです。

自分では以前と比べればだいぶ落ち着いてきたと思っているのですが

どんなことが起こってもと言われれば自信はありません

自分のことはともかく、例えは悪いのですが息子が不慮の事故や病気で亡くなったとしたら

かなりのショックを受けると思うのです。

真理を勉強していて、人間の死の意味を知り、霊界や神界で魂は生きつづけるのだからんら悲しむことはないんだとわかっていても

いざ現実ともなると

「なんで息子が自分よりも先に逝ってしまうのだ」

「息子がなにか悪いことでもしたのか?」

「自分が代わってやればよかった」

・・・・・・・・・・・・・・

などと感情を乱して思いを巡らせると思うのです。

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しかし、本当に真理がわかって悟っている人というのはそんな悲しい状況にあっても

「ありがたい ありがたい」 という感謝の気持ちが心の底から湧いてくるのです。

だから悟った人にとってはほんとうに悲しみはないのです。

人の死というのは肉体界を去るということです。

ほんとうの自分は神界(天国)に居て、霊界、幽界、そして肉体界にも同時に生きている

死とは、一番先端の波動の粗い肉体界を卒業するということです。

「霊界に行った子供達」村田正雄著 白光出版という本があるのですが

幼くして亡くなった子どもがどうしても死んだとは思えない

どこかで生きているような気がする

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だからほんとうのことが知りたい

そして霊覚者の村田さんと出会い、亡くなった子どもが魂の親である守護霊

と一緒に暮らし霊界の学校で元気に暮らしていることを知り安心するという内容です。

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そして亡くなったのは決して魂的に悪いことではなく

霊界に往ったほうがその子にとって幸せだからなのです。

肉体界の粗い波動がどうしてもなじめなくて苦しかったので守護霊様がそうされた場合も

あるのです。

守護霊様の計画が肉体界での早い死だった

そう思えば、確かに少し悲しいし寂しいけれど

子どもにとってはそれが良かったんだと思えれば

感謝の気持ちが湧いて来るのです。

「ああ守護霊様、霊界に行った息子をどうかよろしくお願いします」

と全托することが出来るのです。

次の日記で田舎のお百姓さんでありながら真理を完璧に自分のものとし

全感謝で生きていた人の話をご紹介します。

子どもの死ではなく自分の死についても参考にしていただけるのではないかと

思います。

 

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