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2014年6月17日 (火)

相手と自分しか見えない人を小人という 2

 

 
「あの人は大金持ちだから、ナツメ半分くらいでいいんだ」 と思っている。

それで、だまされたお金持ちのほうも、そんなこと、知っているんです。

だけど、ナツメ半分ぐらいで、ギャーギャー騒がないんです。

 

ちっちゃい子どもって、オモチャ屋へ行くと、親の財布の都合なんて考えない。

だから、自分が欲しいオモチャが見えると、もう、それしか見えないから

「買って、買って」 ってワァーワァーやるんです。

でも私たちぐらいの年の人でも、それと近いことをやっている人って、案外、多いんです。

たとえば

「オレは正しいんだ、正しいんだ」

って、ずっといっている人がいますよね。 あれ、周りから見ていると

「何て、こんなちっちゃいことで、ケンカしているんだろう」

って見られることがあるんです。

「いい年をした大人が、子どもみたいなことを・・・・」

っていわれるのは、嫌じゃないですか。 だから

ちゃんと 「大人」 の目で見る。

そうしたら周りも見えるはずなんです。

これは、余談なんですけど、お国柄って違うじゃないですか。 ホントに

大きい目で見ると、お国柄って違うんです。

たとえば、日本って、まとめ買いしたとき

「10個買うから一個おまけして」

「ちょっと安くして」

とかっていうと、おまけしてくれるんです。

ところが、中国などに行くと、違うんです。

まとめて買える人は、お金持ちだからって、おまけしてくれないんです。

たとえば、一個しか買えない人が

「おまけして」 っていうとお金がないから、おまけしてあげるんです。

でも、うんとお金持ちが、一個10円の商品を50個買うときには、お店の人は

「じゃあ、単価11円にしてください」 っていうんです。

なぜかというと、お金持ちは、お金のない人に恵むのが当然である、という考えなんです。

ところがほとんどの日本人って、そういうことを知らない。

自分がどこに行こうが、そこは日本だと思っているんです。 だから

「いろんなことで、お金を援助してあげているのに、誰も感謝しない」

って、いったりする人もいるんですけど、向こうの国の人は

「お金持ちはくれるのが当然である」

と思っている。 そういう国も、この地球上にはあるのです。

だから、これは中国の大人(たいじん)の話ですけど、ものすごい大金持ちがいる。

そういう人間が、たまに縁日みたいなものに出てくる。

そこで、ナツメを売っている店があって

「ナツメちょうだい」 っていうと店の人は

一皿分のナツメを袋に入れるフリをして、半分しか入れない。

そういうことが、ざらにあるんです。

でも、大金持ちの人は、ちゃんと一皿分のお金を払い、半分のナツメをもらって

悠然と歩きながら食べる。

そういう場面を日本人が見ると、何か、ズルイことをしているなって思っているけど

向こうの感覚では

「あの人は大金持ちだから、ナツメは半分でもいいんだ」 

と思っている。それでだまされたお金持ちのほうも、そんなことを知っているです。

だけど、ナツメ半分ぐらいで、ギャーギャー騒がないんです。

それで、そういう人のことを

「大人の金持ちだ」 と思っているんです。 感覚が違うんですね。

もちろん、日本でそれをやれといっているのじゃないんです。

でも、私は、ちょこっと見習ったほうが、いいことがあるかもわかんないなぁ、と

思ったりするんです。
 

「変な人が書いた人生が100倍楽しく笑える話」斉藤一人角川書店





 

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