« 見た目はやはり大切なのです。 | トップページ | 五井先生語録 »

2014年3月 8日 (土)

人間と動物の違い

  

人間とは、創造主であり、愛そのものの完璧な神と、業想念で汚れてしまい、まるで動物、あるいは動物以下のようになってしまった者との間にあるという意味なのです。
 

神(創造主)→人間(神と動物の間)→動物(被造物)


心が綺麗な人、品格が上等な人、想念行為が素晴らしい人とは、神に近い人であり、反対に極悪非道なことをしてしまっている人は、被造物に近い人なのであります。

私たちが生まれてきた目的とは、魂を磨くことによって心と身体に付いてしまった余分なもの(汚れた想念、過去世からのカルマ、マイナスのエネルギー)を取り除き、神に近づいてゆくことです。

だがしかし、神になろう、神様のように立派になろうと思わなくても元々人間は神そのものだったのです。(思い出すだけでいいのです)

パーフェクト(完璧)だったのです。

自分も含め、他人の嫌なところ、動物的(感情的)な不完全な部分を見ていたら、とてもじゃないけれど、完璧なんだ、神なのだ、なんて思えない。

幽界の動物霊に取り憑かれた人などは、悪魔のように見えてしまうこともあります。

とても神様、仏様のようには思えない

しかし真理は

人間は、神様によって造られた被造物ではなく

神様の光から分かれた分霊(わけみたま)なのです。

神の子、神そのもの

決して、猿から進化した動物ではないのです。(進化論が間違っています)

だとしたら私たちは、人に命令をしたり偉そうに言っているのは

神様に向って失礼な行為をしていることになります。

ロシアやウクライナなどは、神様同士の争いになるのです。

自分も神様であり、他人も神様です。

真理を識るとは、人間すべてが神様であることがわかるようになるということです。

「我即神也」 の印を組むと自分が創造主(神)であったことを想い出すのです。

「人類即神也」 の印を組むと他人が自分が神であったことを想い出すようになるのです。

 




肉体的構造から見ますと、人間も動物もたいして変わっていない。

力やその他では、動物のほうが勝っていることのほうがたくさんあります。

ところが、人間は万物に勝っていることになっており、事実、人間は次々と万物を自分たちの自由にし、膝下に組敷くような具合になっています。

それは、人間には思考し、創造する能力が備わっているからです。

人間は動物に劣るその肉体力の欠陥を、その思考力、創造力に託して、機械や器具やその他、種々なものを創って、万物の長となってきたのです。

人間は自分自身を自分自身で創造し得る者、つまり神の能力を自己の内にもったまま活躍し得る創造者なのであり、動植物その他の物は、神の被造物であって、自己自身の力で何ものを創造し得ぬものであります。

 

        「日々の祈り」 五井昌久  白光出版




 


 「我即神也」「人類即神也」の印のDVDは

 「無限なる癒し」 于寿明著 星湖舎

 「無限次元への誘い」 于寿明著 星湖舎

 「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明著 星湖舎

 「無限なる勇気」 于寿明著 星湖舎


以上の本に収められています。

 

 

 

 

« 見た目はやはり大切なのです。 | トップページ | 五井先生語録 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/55282904

この記事へのトラックバック一覧です: 人間と動物の違い:

« 見た目はやはり大切なのです。 | トップページ | 五井先生語録 »

最近のトラックバック

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ