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2014年3月31日 (月)

考える前にまずは行動

 
 
facebookに人生と経営に役立つ名言・格言・いい言葉というページがあるのですが、有名人?

と言われる人の言葉には含蓄があります。

それは経験に裏付けされた真実味があるからです。

今日何気なく読んでいたら相田みつをさんの言葉を発見しました。

この仕事は自分にとってどういう意味があるのか?

社会的に意味があるのか?

自分に合っているのか?

好きなことなのか?

やりがいがあるのか?

いろいろ悩むのもいいけれど

そんなに難しく考えないで与えられた縁のある仕事をまずは、一生懸命にやってみることも

大切だと思うのです。

なんだかんだと言っても、自分が自立できなければなんにもならない

考えるのは後、それよりもまずは行動!

特に若いうちは、それでいいと思います。

 

 

わたしは無駄にこの世に生れてきたのではない。また人間として生れてきたからには無駄に

この世を過ごしたくはない。私がこの世に生れてきたのは、私でなければできない仕事が何

か一つこの世にあるからなのだ。それが社会的に高いか低いか、そんなことは問題ではな

い。その仕事が何であるかを見つけ、そのために精一杯の魂を打ち込んでゆくところに、人

間として生れてきた意義と生きてゆくよろこびがあるのだ。(相田みつを)


 

伝える極意

 

日本人は話べた、コミュニケーションが上手くないと言われています。

それは、相手に伝えようとする熱意と工夫に欠けているのではないでしょうか?

日本には昔から

以心伝心とか、「一を聞いて十を知る」 とか、観察力、洞察力を重んじる文化がありました。

だから雰囲気、空気でわかることが感性が鋭いと言われ、それが 善し とされてきました。

しかし言葉でしっかりと伝えなければ理解してもらうことも分かり合えることも出来ないのです。

話術だけでは心に響きません

熱意だけでも論理力がなければ何を言っているのかがわからずカラ回りしてしまいます。

論理力とは、話を整理したり順序立ててわかりやすくする力です。

また相手の興味を引くような内容でなければいけない

今、読んでいる本は、同時通訳で有名な長井鞠子さんが書かれた

「伝える極意」 です。

いろんな国や人を視てきた国際感覚の豊富な長井さんは今の日本、日本人をどう見て

おられるのでしょう?

日本を絶賛する外国人は多いけれど、長井さんはちょっと辛口です。

それは、「こうすればもっと日本(日本人)は良くなるのに」

というメッセージが込められているように思うのです。

是非、買って読まれてみてください

伝える極意がわかれば、可能性が広がっていきます。

プライベートでも仕事でも人と分かち合えることが出来るようになります。

人間がホッとするときとは、幸せや安らぎを感じるときというのは

相手に理解をしてもらえたときです。

それは、心の奥がつながるからです。

そのためには、伝える力が必要なのです。

 





では、単に 「発言する」 だけでなく、しっかりと相手に 「伝える」 ためには、何が必要

でしょうか。

私は次の三点だと思っています。

「誰かに伝えたい」 と思う内容(コンテンツ)を持っているか。

それを伝える熱意があるか。

話をわかりやすくするための論理性・構成力があるか。



 


      
「伝える極意」 長井鞠子著 集英社新書






 

2014年3月30日 (日)

日々の指針

 


1.己れをコントロールできない者は、常に他人からコントロールされる。

 

1.まじめ、努力、勤勉さだけでは人はついてこないし、面白くもない。

 時には遊びや無駄を通して直観力や創造力を引き出してゆくと、人はついてくる。

 

1.一瞬の迷い、一瞬の疑い、一瞬の選択によって人生の明暗は決まってしまう。

 

1.常に否定的思考の友人や知人とは一定の距離を置き、親しくならないほうがベター。

 

1.自分の頭で考え、自分の意志で選択し、自分の責任において決めるという当然な

 ことを出来ない人が多い。

 

1.何度も何度も意識の中で否定的な感情想念が繰り返されると、ついには希望のない

 光りのない習慣が固定化してしまう。

 

1. いかなる人間も、幸せで感謝に満ちた人生を自分に与える義務と責任がある。

 

                 西園寺昌美





 

 

五井先生のお言葉



1.男は肚が大きくなければいけない。人から悪くいわれたら、それは自分の不徳のいたすと

ころと思って、なんでも自分で引受けるつもりでいることだ。
 

2.全能力をあげて仕事にあたれ、事の成否は神の手中にある。
 


3.霊能力がついて来た人にいわれたお言葉。「己の心をふりかえって、たとえ間違いがな

く、自分は真理の言葉をしゃべっていると思っても、一度は押えて、自分の言葉として話すこ

とである。そうしないと和を乱すことがある。

心すべきことは、
 
 一、和を乱さぬこと
 
 一、相手を痛めぬこと
 
 一、自分の言葉として消化して、やわらかくいうこと
 
 一、謙虚になること
 
  このように、自分を充分訓練しなければいけない」

 

4.地位も財産も自分には関係ない。いかに愛にみちて、さわやかに生きるか。明るい気持

で生きられるか。それが問題なのだ。

 

5.人間は自分の心で自分を満足させなければいけない。自分以外にばかり心をむけている

と、悲しまなければならないことが多いからね。



 

肉体人間なんてあさましいものだよ

 

最近、ブログが書けていなくて申し訳なく思っております(笑)

そもそも日記と言われるものはくせ(習慣)のもので、一旦書かないくせがついてしまうと

また再開するまでにエネルギーが要るのです。

そこで、五井先生のお力をお借りして勢いをつけていきたいと思っております。

さて、今年、東京での就職が決まった息子が今朝ほどまで大阪に帰省をしていまして

せわしなく帰って行きました。

父親である私は、いつもの自分のペースに戻れると内心喜んでいたのですが、母親であ

る妻はそうではなさそうで、自分の分身が離れていく一抹の淋しさがあるようです。

子を想う母親の姿を見ていると

「よくそこまで尽せるなぁ」 と感心するのです。

“母親の愛は海よりも深し” とはよく言ったもので母性本能というのは尽きることがないよ

うです。

だがしかし、愛情を受けている息子は、何をしてもらっても当然の権利のように平然として

おり、
親のありがたさを身に沁みてわかるのはまだ当分先になりそうです。

親が想っているほど、子はわかっていない

それがこの世(肉体界)の常なんですね

子に期待せずに物心両面で自立していくのが子育てが終わった親の “生き方”

なのだと痛感した文章が書かれていました。

私と同年代の方は特に共感していただけるのではないでしょうか
 







五井先生語録

 


母親は子供が大きくなって一人前になったら、自分の老後のためにお金をためなさい。

お金がないお年寄りほどあわれなものはない。

お金を溜めておけば、おばあさんになっても金銭面で面倒をかけず、かえって孫たちにお

小遣いをあげられるようになる。

肉体人間なんて凡夫だ。お金をたくさん持っているおばあさんは、孫でも大事にするもの

だ。

馬鹿にしたりしない。それとも現象の喜怒哀楽を超越できるようになれれば、お金のことな

どどうでもよいんだがネ、中途半ぱの心なら、やはりお金を大事にしなければね。

子供のために苦労して、大学まで卒業させたけれど、母親がその子を思うほど、子供は母

親を思わないものだ。

肉体人間なんてあさましいものだよ。

それでお嫁さんでも迎えてごらん、母親が邪魔にさえ思えてくる。そういう相談を私はよくう

ける。

だからお母さんに、とくに親一人子一人の未亡人などに、子供が一人前になったら、

子供は子供でやっていけるのだから、今度はあなた自身のためにお金をためなさい、

と私はすすめることにしているんだよ。





 

2014年3月27日 (木)

モチベーションを上げるには 3


そんなことをして従業員になめられはしないだろうかと思うかもしれませんが、そうではあり

ません。 「私はあなたを頼りにしています」 と真正面から従業員に言い、そう接することが

社内の人間関係を構築する第一歩なのです。

「皆さん、私と一緒になって会社を発展させていこうではありませんか。そのために、全面

的に協力してください。私は皆さんと兄弟、あるいは親子のような気持ちで、ともに仕事を

していこうと考えています」

面と向かって、そう言わなければならないのです。

「あなたを頼りにしています」 という言葉が、そして、従業員をパートナーとしてとらえている

という経営者の姿勢がやる気を引き出すのです。

私も京セラを創業して間もないころ、さまざまな機会を見つけては、「こういう会社にしたい」

という自分の考えを従業員たちに話すように努めてきました。

それは、やはり、従業員を経営のパートナーと考えていたからです。

パートナーであるからには、私の考えを理解してもらわなければなりません。

「この社長なら、ついていきたい」 「会社の待遇は決してよくないけれども、この人となら

生涯をともに歩んでもよい」 といった気持ちが芽生えてくるくらい強固な人間関係を

企業内につくっていこうと、私は懸命に努めました。

そうした思いがあったからこそ、従業員も真摯に私の話に耳を傾けてくれたのだと思います。

胸襟を開いて、心と心が通じ合う関係をつくっていく。

これが、従業員を燃えさせる第一歩です。

 

 「従業員をやる気にさせる7つのカギ」 稲盛和夫著 日経新聞社

  



 

モチベーションを上げるには 2

 

会社を経営していくうえで重要なことは、いかに従業員をやる気にさせるかです。

経営者が一人でいくら頑張っても、できることは知れています。

会社を発展させていこうと思えば、自分と同じ気持ちになって、一緒に仕事をしてくれる

従業員が必要になります。

従業員が自分の会社と思い、一生懸命働いてくれるからこそ、会社は大きく成長して

いくのです。

このことは経営者の原点であり、会社をもっと大きく発展させていこうとするときに、あらた

めて立ち返って理解していただきたいことです。

あるいは、新たに小さな会社を立ち上げ、それを発展させていこうとするときにも参考に

なると思います。
 

 

従業員をパートナーとして迎え入れる

 

企業経営で最も零細な形態は、自分ひとり、あるいは夫婦で事業を行う、町工場や個人

商店のようなケースです。

しかし、それではいくら頑張っても、自ずと限界があります。

事業を拡大していくためには、どうしても社員を雇用しなければなりません。

一人でも二人でも社員を採用し、一緒に仕事をして、成長を目指していくことが必要です。

そのようなとき、雇用主である経営者は、社員とどのような関係を築けばよいのでしょうか。

たとえば、社員を雇ったとき、経営者は

「月々いくらの給料を出します」 といった条件を提示し、従業員はその条件のもとで

自らの労働力を提供することに同意します。

しかし、これは、雇用契約に基づいたドライな労使関係でしかありません。

必要なのは、自分と一心同体になって仕事をしてくれる 「パートナー」 ━

ともに経営の責任を負う共同経営者として従業員を迎え入れるということです。

特に零細企業では、他に頼るべき人がいないわけですから、そのわずかな従業員を

パートナーに、すなわち、自分と同じ気持ちで仕事にあたり、事業を支えてくれる人に

なってもらう必要があります。

ですから、一人であれ二人であれ、人を雇ったときには、その人をパートナーとして

迎え入れること、そして、日々を 「あなたを頼りにしていますよ」 という言葉をかけたり、

そうした姿勢で接したりすることが重要です。


 
・・・・・・・・・・・・・・・つづく

 


「従業員をやる気にさせる7つのカギ」 稲盛和夫著 日本経済新聞 






  

モチベーションを上げるには  1

 
 
今、家庭でも学校でも職場でも人をやる気にさせる方法がわからなくて困っている人が

たくさんいます。

そして、ほとんどの人はやる気がないのを当人のせいにします。

しかしやる気にならないのは、やる気にさせれない人にあるのだと思うのです。

「この人に付いて行こう」

「この人だったら苦労してもいい」

最後は

「この人のためにだったら死んでもいい」

それくらい相手に惚れてもらって初めて

やる気になってもらえるのです。

そのためには、家族の誰よりも、学校の誰よりも、職場に誰よりも、一生懸命に努力をして

「あれだけ頑張って苦労をしているのに自分が楽をしていては申し訳ない」

と思わせないと駄目だと思うのです。

心を動かせる、つまり感動がないと人は行動には移しません。

だから社長と言われる人、先生と言われる人、リーダーと言われる人は

人一倍孤独で厳しい立場に立たされます。

厳しさに耐えれる人、孤独に勝てる人だけが指導者になれるのです。

それと後は人格、品格も必要だと思います。

破綻していたJALを再生させた稲盛和夫さんは、腐っていた企業の体質を変えました。

人と真剣に語り合って真理を説き、自分の哲学を浸透させました。

その結果JALは見事に再生したのです。

やる気を起こすのにはどうしたらいいか?

それは、自らを変えて、その姿を人に示すことだと思うのです。

今迄の自分と変らなかったら、周りは何も変わらない

自分から愛していかないと相手は決して愛してはくれない

「あなたを必要としているんだ」 と言わないと

相手の人は

「自分は必要とされていないんだ」 と思ってしまう

態度で示さないと人はわかってはくれない

示してもわかってくれないこともある

だけど、リーダーはそこで投げ出してはいけないのです。

相手がどうであろうと愛を貫くことを

無償の愛といいます。

だからリーダーは、見返りを求めない 愛そのものの人 でなければならないのです。



  

   

2014年3月20日 (木)

調和波動気功法セミナーのお知らせ


遅くなりましたが、3月末に調和波動気功法のセミナーが開催されます。

今、多くの人が何か行動を起こそうとしても、自分や周りのエネルギーが

スッキリしていなくてネガティブになっています。

マイナスの想念エネルギーにやられてしまっています。(無限なる光!)

スッキリしたい、そして今何をすればいいのか?

という正しい優先順位が決められる決断力のある自分になりたい!

と思っていらっしゃる方がたくさんおられると思うのです。(自分自身がそうだから)

さあ、グズグズ悩んでいてもしかたがありません。

ムーン・リバー・スターのセミナーに参加して

本来のスッキリしたあなたに戻ってください!


 

『Moon River Star』
 

開催日時: 2014年3月30日(日)

食事    12:00 ~ 13:30

レッスン  14:00 ~ 16:00

開催場所: 中国料理 大成閣 (大阪市中央区東心斎橋)

※詳細は開催場所ページにてご確認ください

会   費: 8,000円 (小学4-6年生は4,000円)

申込方法: 3日前までに下記郵便貯金口座にお振り込みください

(記号)14620 (番号)14862351

口座名義: ニューハーモニーの会

初めて参加される方、お子様が参加される方は下記までご連絡の上お振込みください
 

連絡先:グッドムーン(篠崎 朗)

携帯080-1444-0018

shinozaki1@hcn.zaq.ne.jp


調和波動気功法ホームページ


http://www.harmony-wave.jp/





 




2014年3月19日 (水)

把われない生き方

 

Facebookの中に有名人の名言、格言があるのですが、そこから抜粋してみました、まずは

読んでみてください。
 

1953年から1955年の間に生まれたのは私だけではない。

当時はたくさんの子どもがソフトウェアに取り組んでいた。

「ひとつのことに1万時間費やせばその分野にずば抜けて強くなる」という人もいるが、

私はそんなに単純だとは思わない。実際には50時間を費やした後、90%が脱落する。

好きになれない、向いていないという理由でだ。

そしてさらに50時間費やした人の90%があきらめる。

このような普遍的なサイクルがあるんだ。運だけでなく、続けるだけの熱意も必要だ。

1万時間費やした人は、ただ1万時間費やした人ではない。

自分で選び、さまざまな過程の中で「選ばれた人」なんだ。(ビル・ゲイツ)





 

感想

 

熱意が続かないことが、ダメだとか成功しない原因なのだとか、そういうことではないと

思うのです。

最初の50時間でやめていった人は、「これは自分のやることではない」 と早めに見切りを

つけた決断者であったのかもしれません。 それによって他に自分に合った仕事(天職)が見

つかったのかもしれない

・・・・・・・・・・・・・・・・

日本には、「石の上にも3年」 という言葉があります。

どんなことでも 「最低3年は辛抱しろ」 という意味ですよね

しかし、たくさんの職業を経験して多くの縁のある人と関わり合いを持つことが

その人のミッションなのかもしれません

だから、常識に縛られず、人の言ったこと、偉人の格言などにも把われず

自分の直観のままに、自分の本心に素直に生きてゆくことが

大切だと、私は思うのであります。



 

2014年3月13日 (木)

必要なものは与えられる


聖書の一節で

「思い煩うな、空飛ぶ鳥を見よ、蒔かず、刈らず、蔵に収めず」

とあるのですが、私たちは

「これからどうなるのだろう?」 と思い煩い

将来のために蔵にお金を蓄えることに必死になっています。

頭の中は、未来のこと、お金のこと、病気になったらどうしよう

など、煩ってもしかたのないことばかりを考えているのです。

いくら考えても、考えた通りにお金が入ってくることはありません。

無理に念力で一時的に入ってきたとしても

自然に入ったもの(神様が与えたもの)でなければ、すぐに手元を離れていくのです。

「仕事がなくなったらどうしよう」

「お金がなくなったらどうしよう」

「病気になったらどうしよう」

これらは人間がコントロール出来る範疇のものではないのです。

だったらすべての想いを神様にお預けして

「直観のままに生きていきたい」

空飛ぶ鳥を見ていたら、そう思うのであります。






必要なものは与えられる

 


神は一人一人の人間の勝手な願いに対して、いちいちその願いを聞き入れたりしないの

である。

神は全智全能であり、人間は神の生みの子なのであるから、神は人間すべてのその時々

の必要な環境事物を、逐一知っておられるのである。

だから特別に一念凝らして願っても、その人にだけ特別願いをかなえられるようなことはな

らない。

神が人間になさって下さることは、人間が真実、心の平安を得、自己の生命が神と一つの

ものであることを確信でき得るようになさることであって、それは祈りによって成就され得る

のである。

その祈りとは、こうしてほしい、ああなりたい、という想念のすべてを、神への感謝の想い

かえてしまうことである。

    

          「日々の祈り」 五井昌久 白光出版




  

 

2014年3月12日 (水)

「平均点」の仕事をしていたら自分も会社も倒れる

 
私のブログは、神秘的なことが書かれていたり、精神的なことが書かれていたり

またあるときは、3次元的な仕事のことなどが書かれていたりして

いったいどんなジャンル、カテゴリーで纏まっているのだろう? とみなさんは思って

おられると想像するのであります(笑)。

しかし、精神的(メンタル)なことばかりを考えていては、

「おまんま(ご飯)は食べていけない」 し

食べてゆくための手段(スキル)ばかりを考えていては、

「自分の利益ばかりしか考えていない嫌な奴」

になってしまうのです。

今、世の中はどうなっているのか?

特に仕事を取り巻く環境というのは、瞬々刻々変化しています。

そして厳しくなっています。

今までの甘いやり方では通用しなくなっている

仕事、環境が変化しているのなら、自分も変化していかなければならない

変化に対応するには、改善、創意工夫が必要です。

少しでもいい状態にしようと考え想像(創造)し、実行すること

それが、仕事を面白くしてゆくためのメソッドでもあるし

 “宇宙法則に乗る”  ということでもあります。


     


「平均点」の仕事をしていたら会社が倒れる

 


たとえば、ある営業マンが、自分の担当エリアで新しいお客さんを開拓せず、前任者と同

お客さんを回って同じくらいの注文を取り、「平均点」の仕事を続けていたとすると、必ず

会社の売り上げは下がってくる。

 同業他社や異なる事態のライバル企業が入ってきて、
顧客を奪われるからだ。

 つまり 「平均点」 = 「昨日と同じ成績」 であり、相対的に

見れば徐々に下がって 「落第点」 になっていくわけで、それを取ってるだけの

 「平均的な社員」 は給料が上がる理由がないのである。

仕事をいうのは、自分で見つけて、自分なりのやり方に変えていくものだ。

上司が 「A」 と言ったら、「A+B」 の仕事をこなさなければならない。

Aをやらなかったら上司に文句を言われるから、最初はAの仕事をやらざるを得ない。

だが、Aに加えて自分のやり方で新しくBの仕事を創り、結果を出して初めて価値が出て

くるのだ。

営業マンが担当エリアを持たされた場合であれば、最初のうちは仕事や取引先を覚える

ために前任者のやり方を踏襲しないといけないかもしれない。

だが、その後、仕事の効率を上げて前任者を超えられなかったら、業績が落ちて会社は

傾いてしまうのである。

自分は今、会社に利益をもたらしているのか?

もたらしていないとすれば、どうやって稼げばいいのか?

新たな仕事を提案すべきではないか? そういう問題意識を、一人一人が持たなくては

ならない。


 
 

         「稼ぐ力」 大前研一著 小学館


 

なぜ人間は常軌を逸した行動を取ってしまう時があるのだろう?

 

テレビなどのニュースを観ていると、事件を起こした人に対し

周りの人が
 
「あの人がまさかそんなことをするなんて・・・」

「真面目で勤務態度も問題なかったのに・・・」

「きちんと挨拶も出来る、善い人だったのに・・・」

と言っていることが多々あります。

だから

「きっと間(魔)が差したんだろう」

とそれで話を終えようとするのですが

この 間 の実体がよくわかっていないのです。
 

私たちは肉体界だけに住んでいると思っている

目に見えない世界はないと思い込んでいるのです。

私たちはいろんなことを想います。

そして想ったこと、言葉で放ったことは消えて無くなると思っているのです。

しかし、想いのエネルギーの残像は消えずに人や動植物、鉱物、

目に見えるもの、みえないもの、ありとあらゆるものに関わってゆきます。

そして宇宙の果てまで
影響を与えているのです。(宇宙は波動で出来ているから)

信じられないような犯罪が起こるのも、受けやすい人に私たちが放ったマイナスの想念

エネルギーが襲い、行動に移してしまった結果なのです。

「罪(業やカルマ)を憎んで、人を憎まず」

とは、真理を言っています。

犯罪や人間が犯すあらゆる出来事は “人間の連帯責任” なのです。

だから

悪いエネルギーや邪な想念と共鳴しそうになったら

「これは、消えてゆくものなのだ、放っておけば通り過ぎてゆくんだ、祈りに切り変えよう」

と高貴なもの次元の高いもの(宇宙のエネルギー・世界平和の祈り)と共鳴するように

心掛けることが大切です。

マイナスのエネルギー(業・カルマ)をあなどってはいけません。

いつ襲って来て、さらわれるかわからないのです。

一瞬、一瞬を光明思想に “意識的に生きる” ことが大切だと思います。

 
 


追伸・・・マイナスの言葉や想念は消えないと申しましたが、たった一つ消す方法がある

のです。それが印であり、祈りです。人間が造ってしまった想念や言葉のエネルギーは

有限です、宇宙(真理)のものではないからです。 宇宙の無限のエネルギー(祈り・印)

だけが
誤った想念、言葉を消すことが出来るのです。
 

  
  

・幽界のある階層だけにしか住むことの出来ない生物がいて、人間の方でその生物たちと

同じような、下等な想念を出し続けていますと、いつかその想念の波に乗って、人間の幽

体の中に入ってきて、自己の欲望を遂げようとし、


するとまるで人間ではとても出来ないような行為をも、平気でしたりしてしまうのです。

人間の生活は常に種々な波動を受けていますので、時折りは種々な下等な想念も出てく

ることでしょうが、出てくる度びに、これは消えてゆく姿と想って、神のみ心の高貴性の方

に、想念を向け変えるとよいのです。





ここからは少し難しいです(笑)




・この世界に現われている、悪いこと、不幸や災難は、みな過去世の業因縁で、つまり過

去世に神さまのみ心の、完全円満のみ心から離れて、自分勝手な想いをして、お互い自

分勝手に生きたその想いが、だんだん重なり合って、

ある限度たまってきますと、そうしたものは本来、実在しないものですから、どうしても消え

去らなければならないようになっているのです。その消えてゆこうとするのが、不幸災難と

なって現われるわけです。
 


 
【消えてゆく姿】


 


・宇宙の方では、宇宙を運行している神々が、どんどん運行し変化してきます。肉体の方

では、守護神が変化させてゆくわけです。

その宇宙の運行の変り方と、肉体人間の変化の状態が一つにならないと、不幸が出てく

るわけです。ずれた分だけ、天変地変も出てくるし、戦争も出てくるわけです。

宇宙を運行させているやり方と、人間が変ってゆく変り方と、ピタッと同じようにしようと思っ

て、神々が、守護霊守護神が一生懸命働いて下さっているのです。

ある時は病気や不幸になるかも知れないが、そうやってバランスの取れないズレを消し

て、合わせてゆくのです。





世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 

 

  

 

2014年3月10日 (月)

与えられ生かされている

 
恥ずかしい話をします。

私は、与えられていること、生かされていることに対して感謝の気持ちはあることはあった

のですが、身に沁みて心の底から感じていたわけではありませんでした。

真理を語っている立場から言えばなんともお粗末な心境、境地だったのです。

その原因とは、人を神と見れなかったことがあったように思うのです。

人間は神の子で間違いないのですが、業、カルマを被った人間を見るとついそのままの姿

を信じてしまっていました。

その人の奥には、光り輝いた素晴らしい神性があるのに

雲の向こうには太陽があるのに

覆っている黒雲を見て、黒雲をその人の本性(本体)だと思っていたのです。

それが最近、人間とは神様の光から分かれた分霊(わけみたま)だと思えるようになって

きました。

すると、業で覆われた人も、悪いことをした人も

「お役目ご苦労さま、みんなの業を引き受けてくれて悪役を演じてくれてありがとうございます」

と思えるようになったのです。

そしてそれからは自然といろんなものに感謝の気持ちが湧いてくるようになりました。

感謝の気持ちが湧いてくることがまた有り難いのです。

感謝とは光であり、愛なのです。

いつまでもこの気持ちを忘れずにいたいと思うのであります。


 
与えられ生かされている
 

生れてくる不思議さ、育ってゆくことの不思議さ、考えることの出来る不思議さ。

水といい、空気といい、食物といい、人間を生かすに必要なすべてが自然に備わっている

不思議さ。

自分たちを生かしている周囲のすべてのものに敬虔な感謝の気持ちの湧き起らぬような

人間に、どうして真実の幸福をつかみ得ることが出来ましょう。

この肉体人間は、すべての力を内外から与えられて生かされているのだ、と知らねば、

真実への道の第一歩を踏み出したことになりません。

神なる力に対して、感謝を持ち得ぬ人間は、真理を知ることのとうてい出来得ぬ人間なの

であります。

 

        「日々の祈り」 五井昌久 白光出版







 

 

人間は死んでも生きつづけるのです。

 
 
ほとんどの人は、肉体界にいる肉体(物質)のかたまりだけが自分であって、心や魂は肉

体の中にある、そして死んでしまうと肉体と同時に心も消滅すると思っています。

だから必要以上に病気を嫌い、死を怖がります。

病気は死に直結していると思っているからです。

しかし真実はそうではありません!

肉体が無くなっても(死んでも)、幽体、霊体、神体というボディがあり、肉体界を去っても

幽界、霊界、神界で永遠に生きつづける

そして、また肉体界に舞い戻ってくることもある(輪廻転生)

そのことを知るだけでどれだけ安心するでしょう

病気や死に対する恐怖が薄れるでしょう

なんでこんなに大切なことを、知らされていないのだろうと私は不思議に思うのです。

いや、知らされたとしてもほとんどの人は

「そんなバカな、死んだらやっぱりお終いだよ」

と言うのかもしれません(笑)

しかしこれからの時代は違います。

真実が明らかになってゆくのです。

そして真実、真理が心からわかるようになったとき、たくさんの人の意識が変わったとき

一斉に、地球の次元が上昇し、進化した星に生まれ変わるのです。

 

 

人間の本当の姿


人間は大別して、神界、霊界、幽界、肉体界の4つの世界に住んでいるものであって、肉

体界だけ住んでいるものだと思っていると、いつまでたっても地上世界は平和になりませ

ん。

人間は、はじめから肉体界に住んでいたのではなく、神界に本住の地があって、つまり神

そのもの中に分かれ住んでいたのです。

そして神の働きが地球界、物質界を創造し、魚類鳥獣などが住みついた後、人間は神の

分霊(わけみたま)として、その精妙なる光明体をまず、少し粗雑(あらく)した幽体をつく

り、次に肉体をつくり、そして霊体が幽体を乗り物として、肉体界に舞い降りてきたのであ

ります。

ですから、人間は肉体界にいながらも、幽界に住み、霊界に住み、直霊としては神界にも

住んでいるのであります。

 

        「日々の祈り」 五井昌久 白光出版








  

良寛さんという偉いお坊さんがおられました


 
昔は偉いお坊さんがたくさんおられたのだと思います。

真剣に宗教を学び、真剣に人を救いたいと思った

そして、そのために自らが悟りの境地に至るように努力をした

法然さんしかり親鸞さんしかりなのですが、良寛さんも素晴らしいお坊さんでした。

私たちは、自分に都合の悪いことや理不尽なことを言われたりやられたりすると

すぐに相手を責めてしまいます。

批判、非難、評価をしてしまいます。

しかしそれは間違っている

自分が今相手にやられていることはすべて過去や過去世で自分が相手にやったことが返

ってきているのです。

仏教でいうところの因果応報です。

原因があるから今に現われている結果がある

自分が悪く言われたり理不尽なことをされる原因を過去に作っていたのです。

だから相手を恨んだり憎んだりすることはすべて間違いなのです。

それが真理です。

良寛さんは、どんなことをされても相手を恨むことがなかった。

それは悟ってから後のことなのかもしれません。

しかしそれによって自由自在心になったのです。

不動心になったのです。

私たちもそんな境地になりたいと思うのです。




ある時、一人の船頭が良寛の心を試みようとしたのか、船から良寛を突き落とした。

すると良寛は落されたまま、手足をばたつかせもせず、フワリフワリと水の上を流れてゆく

ではないか。

その様子に船頭のほうがあわてて、水から救い上げて、平謝りにあやまったが、良寛は自

分が落されたことを知っていながら、ニコニコしつつ船頭に心からお礼を言った━

落されることも仏のおぼしめし、救い上げられたことも仏のおぼしめし、落された恨みはな

いが、救い上げてくれた仏の代理の船頭さんには、いくら感謝しても感謝しきれないもの

が、この時の良寛さんにあったことなのでしょう。

これ程におまかせに徹していれば、何ものにも恐れず、何事にもあわてることがないでしょ

う。

 

          「日々の祈り」 五井昌久 白光出版





 

2014年3月 9日 (日)

五井先生語録

 

人間というのは、

「目に見える世界だけに住んでいるのではない」

「きっとみえない世界にも同時に生きているんだ」

となんとなくは感じているのだと思うのです。

そして、自分の周りにも霊感の強い人だとか、亡くなった人の霊をみる人も何人かはいます。

最近では、「自分はなにか守られているような気がする」

「守護霊さんは存在していると思う」

などという人も増えてきたように感じるのです。

それは、地球の波動が上昇して、4次元に近づいて来ているからだと思うのです。

今朝、五井先生の語録(如是我聞)を読んでいたら、ふと、下記の語録はみなさんに通じると思いました(笑)。

語られたのは、およそ、50年くらい前だと思われます。

真理は、時空を超える

地球人類の夜明け(目覚め)のときは近い!


 



1.人間は五尺何寸などという小さい体ではない。人間は肉体とは違った波動圏の体をもっている。それは幽体であり、霊体であり、神体である。無限に大きい体を持っているのである。しかしそれを多くの人は知らない。


 

2.守護霊さんに守られているのだ、と認識し、守護霊さんに常に感謝して想いを向けている程度に応じて、その人の波動圏は大きくなるのである。

 


3.正しいことを認識できる頭をいい頭という。学校の成績がよいだけでは、いい頭とはいえない。

 

4.仕事が忙しい人ほど、一日に一遍坐ることだ。そして自分をよく見つめることだ。守護霊に守られて生きている自分を認識することである。

 

5.絶対絶命の時、オロオロせず、そこから逃げようともがくな。受けるべきものは受けようと肚をすえよ。そこが人間進化向上するポイントの時だ。

 

6.過去世の徳というものはいつか消える。消えることのない己の魂の光をつよめよ。

 
 



 

2014年3月 8日 (土)

人間と動物の違い

  

人間とは、創造主であり、愛そのものの完璧な神と、業想念で汚れてしまい、まるで動物、あるいは動物以下のようになってしまった者との間にあるという意味なのです。
 

神(創造主)→人間(神と動物の間)→動物(被造物)


心が綺麗な人、品格が上等な人、想念行為が素晴らしい人とは、神に近い人であり、反対に極悪非道なことをしてしまっている人は、被造物に近い人なのであります。

私たちが生まれてきた目的とは、魂を磨くことによって心と身体に付いてしまった余分なもの(汚れた想念、過去世からのカルマ、マイナスのエネルギー)を取り除き、神に近づいてゆくことです。

だがしかし、神になろう、神様のように立派になろうと思わなくても元々人間は神そのものだったのです。(思い出すだけでいいのです)

パーフェクト(完璧)だったのです。

自分も含め、他人の嫌なところ、動物的(感情的)な不完全な部分を見ていたら、とてもじゃないけれど、完璧なんだ、神なのだ、なんて思えない。

幽界の動物霊に取り憑かれた人などは、悪魔のように見えてしまうこともあります。

とても神様、仏様のようには思えない

しかし真理は

人間は、神様によって造られた被造物ではなく

神様の光から分かれた分霊(わけみたま)なのです。

神の子、神そのもの

決して、猿から進化した動物ではないのです。(進化論が間違っています)

だとしたら私たちは、人に命令をしたり偉そうに言っているのは

神様に向って失礼な行為をしていることになります。

ロシアやウクライナなどは、神様同士の争いになるのです。

自分も神様であり、他人も神様です。

真理を識るとは、人間すべてが神様であることがわかるようになるということです。

「我即神也」 の印を組むと自分が創造主(神)であったことを想い出すのです。

「人類即神也」 の印を組むと他人が自分が神であったことを想い出すようになるのです。

 




肉体的構造から見ますと、人間も動物もたいして変わっていない。

力やその他では、動物のほうが勝っていることのほうがたくさんあります。

ところが、人間は万物に勝っていることになっており、事実、人間は次々と万物を自分たちの自由にし、膝下に組敷くような具合になっています。

それは、人間には思考し、創造する能力が備わっているからです。

人間は動物に劣るその肉体力の欠陥を、その思考力、創造力に託して、機械や器具やその他、種々なものを創って、万物の長となってきたのです。

人間は自分自身を自分自身で創造し得る者、つまり神の能力を自己の内にもったまま活躍し得る創造者なのであり、動植物その他の物は、神の被造物であって、自己自身の力で何ものを創造し得ぬものであります。

 

        「日々の祈り」 五井昌久  白光出版




 


 「我即神也」「人類即神也」の印のDVDは

 「無限なる癒し」 于寿明著 星湖舎

 「無限次元への誘い」 于寿明著 星湖舎

 「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明著 星湖舎

 「無限なる勇気」 于寿明著 星湖舎


以上の本に収められています。

 

 

 

 

2014年3月 7日 (金)

見た目はやはり大切なのです。

 

美人であったり、男前、かっこうのよい人を褒めたたえているのではありません。

それらしく、信頼されるようであれ と言っているのです。

自分が誰で、何者であるのかを相手の人ににわかりやすく見せるのは、人に対する思い

遣りでもあるのです。

医者は医者らしく、先生は先生らしく、サラリーマンはサラリーマンらしく、主婦は主婦らし

く、学生は学生らしく、独身は独身者らしく・・・・・

男は男らしく、女は女らしく(これが一番あやしいかもしれませんが)

心の中と外の姿

目にみえないものと、目に見えるものとの差があると

人はどちらを信用すればいいのかわからなくなるのです。

「こんな恰好はしていますが、実は私はこういう者です」

と言っても、相手に全然それらしく見えなければ、目指している自分になかなかなれないの

です。

それは、物ごとの達成(成就)には、すべて人が関わり合っているからです。

自分が努力して、相手が認めて、エネルギーが合わさって一つになり大きな力が生まれるのです。

どんな人でもあなどってはいけない、気を抜いてはいけない

相手に誤解をさせてはいけない

「人には無限のエネルギーが流れているんだ」

ということを知ってください。

 
 

獣医は獣医らしく

  

アメリカ、テキサス州ダラス、ある人が獣医に定期予防接種のため愛猫を連れてきまし

た。医師は猫の歩き方のバランスが崩れていることに気づきました。

猫を触診し、耳の後ろに小さな腫瘍を発見しました。

悪性になるかもしれない性質のものです。 医師は飼い主に説明し、許可のもと、手術し

て腫瘍を取り除きました。

医師は、猫の命を救った。 診療後、クリニックではこの医師の処置について飼い主に評

価を求めました。

「この医師の医学的能力をどう評価しますか」。1から10の選択肢、1が最低で、10が最

高です。 評価する人が医師仲間であれば、最高の10を与えることでしょう。

しかし、この飼い主が与えた評価は 「7」 でした。

「とても良い」 けれども 「エクセレント」 とは言いがたい。

「ずば抜けて」 とは、とても言えない。 なぜこうなるのか。

答え、その獣医は白衣を着ていず、マドラスシャツで診察したから。

顧客はプロフェッショナルに対し、 「らしく」 あってほしいと望みます。

「見かけ」 こそが、人をプロフェッショナルに見せるのです。

このことは、提供する商品が目に見えず、品質を物理的、客観的に測定しがたいサービス

である場合、非常に重要です。

「中身より先に見かけ」 が重視されるのです。

「予選敗退」 がいやならしかるべき服装を

顧客はアタマより先にハートで理解します。

自分の大切な財産の運用を、Tシャツとジーンズの株式投資コンサルタントへ任せようと

は思いません。

中身に自信があるのであれば、なおさら、顧客のマインドの入口で 

「予選敗退」 の憂き目に遭うことのなきよう、 「らしい」 服装をするようにしましょう。

 
 

   「自分を最高に演出する服装」 を見つけよう!

 
 

  「ビジネスチャンスに気づく人の57の法則」 阪本啓一著 日経ビジネス人文庫





 



 




 

 

 

2014年3月 5日 (水)

当たり前のことが出来る人、組織が生き残ってゆく

 

これから当たり前のことが出来ない企業、サービス、そして個人は淘汰されていきます。

当たり前のことが当たり前に出来ることが

“本モノ” だと言っても過言ではないと思うのです。

逆にいえば、相手の立場になって相手が何を求めているかを考えて、それを実行していれ

ば淘汰されずに残っていけるということです。

当たり前とは、愛だと思うのです。

当たり前のことをする→感動が生まれる→科学反応が起こる→奇跡が起こる

人によって当たり前(思い遣り)の定義は違います。

「当たり前の質」が高まれば高まるほど

人は成長するのだと思います。

 

 


当たり前のことはなぜ難しいのか?
 

商売の本質とは非常にシンプルです。3つあります。


3つの条件
 

1. 当たり前のことを当たり前に実行できる

2.「お金をいただく」 から 「ご贔屓を頂戴する」 へ

3.ヒューマン・ファクターが強みである
 

*ヒューマン・ファクターとは

人間や組織・機械・設備等で構成される システムが、安全かつ経済的に動作・運用できる

ために考慮しなければならない人間側 の要因のこと。



「当たり前のこと」 を実行する

どんなビジネスでも、提供する製品・サービスにおいて、「当たり前のこと」 というエレメン

トは存在します。

ところが、昨今の短気業績志向、株価至上主義の企業経営の現場において、この、「当た

り前のこと」 が 「効率」 の美名のもと、実行されないことが多いのです。

 

たとえば・・・・・。
 

<高級ホテルのレストランで出席をとらない>

オーダーした料理が運ばれてきたとき、「サラダのお客様は」 「オムレツのお客様

は」・・・・・と、ゲストに手を挙げさせる。

これを私は 「出欠スタイル」 と呼んでいますが(笑)、「サービス料」 をとる店でさえ、大

半はこのような情けないサービスぶりになってしまっています。

よって、たまにウェイターが的確に、料理をオーダーした人のテーブルに置くと、まるでマジ

ックを見るように驚いてしまいます。

<椅子の座り心地がいい>

 
ある居酒屋のカウンター席の椅子は、レザー仕立てで、たっぷりと背もたれがあり、最高

の座り心地です。

カウンター席の椅子は、ややもすると堅くて高くて、長く座っていると腰が疲れてしまうこと

が多いのですが、ゆったり料理を楽しんでください」 という配慮から、このような素晴らし

い椅子を置くようにした、と店長さんの話です。
 
 

<ゲストの顔と名前と好みを覚えている>

  
お客さんの顔と名前と好みを覚える、ということは、商人なら当たり前のことなのですが、

現代では、絶滅の危機に瀕した商習慣になってしまいました。

ITが導入され、「武器」は強化されいるはずなのに、まるで反比例するかのようにヒューマ

ン・ファクターが弱体化してしまっています。

先の出欠方式と同じく、担当者の 「あと一ミリの工夫」 で解決できる問題ばかりです。


 

お金からご贔屓へ

「高品質」 とは特別なことをしたり、無理に付加価値をつけて ゼロの1桁、2桁違う値付

けをするのではなく、「通常の価格で、一生の顧客を得る」 ためにはどうすればいいかに

知恵を絞るべきです。

知恵を絞るときに、人は成長します。

「お金からご贔屓へ」 の意味は、ここにあります。

商売人がお客さんからいただくべき最大の資産は、お金ではなく、「ありがとう、また来る

よ。 友人にも勧めておくね」 というご贔屓なのですから。

 

  当たり前のことが「 ご贔屓につながる。
 

  「ビジネスチャンスに気づく人の57の法則」 阪本 啓一 日経ビジネス文庫

 

人をコントロールしようとするな!

  

人間関係で難しいのは、相手が自分のことをわかってくれないことです。

そして自分の想い通りにいかないと腹を立てる

みんな相手のせいにするのだけれど、相手にはその人なりの考え方があり、これまでに生きてきた“生き方” があり、そう簡単にはわかってはくれない

そこで人間は、相手をなんとかしようと感情的になったり、念力をつかって、自分の方へ向けさせようとするのです。

そんなときに幽界の感情霊(動物霊)が近寄ってきて

そんな邪(よこしま)な想念に加担するのです。

これがきつねやたぬき、つまり動物霊に取り憑かれるということなのです。

この世もあの世も、宇宙も波動の世界です。

いろんな目にみえないエネルギーが私たちの周りを囲っている

油断をしていたり、低い意識になったりしたら(人をどうにかしたいとか)

すぐに低い霊魂に波長が合ってしまいます。

こんな世の中だからこそ、気をつけないといけないのです。





問   俗に、キツネとか、タヌキが憑くといわれているが事実あることでしょうか。

答 


狐、狸といっても、動物の狐狸のことをいうのではないので、幽界に住む、感情霊、動物霊ともいう、霊魂のことなのである。


医学でいう精神病や、行者の一部には、こうした感情霊に憑依されている場合がたくさんある。


神詣りばかりしている人が、突然、種々の予言をするようになったりすることがあるが、この場合にも、この感情霊の作用が多い。


この感情霊は、霊と普通にいわれているが、実は魂(因縁の波の集り)つまり、迷いの念の波の中に生まれたもので、迷いの念の一つの現われともいえる。


すべて、興味本意、感情本意に行動していて、人間のように、愛(神)を内部に持っている霊魂ではないのである。


従って、人間の本体(本性)とは、まるで違った生物なのである。


いいかえれば、人間にとって一番大事な心、愛と知性を取り除いた、その他の念(おも)いでできているものである、といっても間違いではない。


人間の中にも、愛も知性もなく、利害や、感情のみで、敵になったり、味方になったり、やたら褒めたり、けなりしたりする徒輩(やから)があるが、こうした人たちは、人間というよりは、動物霊に近いというべきで、こうした念の人が、幽界に行くと、今度は、これらの動物霊と、一つになって、迷信家や、低い念の行者に憑依して、肉体の人間を面白半分に迷わせるのである。


形の世界は、すべて、想いが写ってできているので、狐のような想いは、そのような形に、蛇のような想いは、蛇のような形に霊眼に見えたりするのである。(心霊家や、研究家の一部では、天狗、狐、狸などを、自然霊と呼んでいるが、私はただたんに感情霊と呼んでおく。何故ならば、私の説明は自然霊と呼ぶ広範囲の説明ではないからである)



こうした感情霊の憑依を受けぬためには、私の最も主張する、守護霊、守護神への感謝と、愛と真心の行動をしていればよいので、いたずらに奇を好み、霊力を欲するような態度は、厳に戒むべきである。



懸命に信仰をしているように、自分も思い、人にも思われていながら、不幸が絶えぬ人や、信仰していることが、かえって家庭の調和を乱している人や、信仰しているその信仰のしかたや、日常の行動が、奇矯に流れているようでは、その信仰のしかたのどこか誤りがあるので、そうした家庭には憑依霊作用が多いのである。



興味本位の神廻りや、ご利益本位の信仰は、実に危ない気がするのである。


まず、よく自己の本心を顧みて、一生はおろか、神と真に一体になるまで、導いてくれる良い師に出会うよう、守護霊、守護神に祈るべきである。


守護霊は、自己と全く一つの者であるともいえるので、心の中で、常に守護霊、守護神を念じていれば、必ず、その人を邪道から引き出してくれるのである。


そうした心で、入った信仰や、集まりなら、たとえ、その入会の動機が、ご利益からであっても、ついには、真の浄まりにまで、その人を高めてくれるに違いない。


そうなれば、憑依霊の心配は勿論ないのである。




 

    『神と人間』  問答篇 五井昌久



  

2014年3月 4日 (火)

世界平和の祈り 3

 

人間の心が、労せず巧まずして一つになる方法、自他の利害を区別せず、自然に自他一体観が確立できる方法、その方法が必要なのです。

それには、各人の利害得失を想う想念を、一度どこかに投げ出させてしまわねばなりません。

それが世界平和の祈りなのです。

私は人間とその生き方については、次のように思っており、実行しております。

━ 人間の真実の姿は、業生(ごうしょう)ではなく、神の分生命(分霊)であって、

常に祖先の悟った霊である守護霊と守護神(天使)によって守られているものである。

この世の中のすべての苦悩は、人間の過去世から現在に至る誤った想念が、

その運命と現われて消えてゆく時に起こる姿である。

いかなる苦悩といえど、現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという

強い信念と

今からよくなるのであるという善念を起こし、どんな困難の中にあっても、自分を赦し、人を

赦し、自分を愛し、人を愛す、

愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくと共に、守護霊、守護神への感謝の心を常に想い、

世界平和の祈りをつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである━とこのように想っているのです。

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さん、

守護神さん、有難うございます

こうしたやさしい唱え言の中に、自分たちのあらゆる想念を投げ入れて、その祈りの中から改めて、自分たちの生活をつづけてゆきますと、いつの間にか、個人的な排他的な気持ちが薄れて、世界人類の幸福を願う、人類愛の気持ちが湧きあがってきて、いつとはなく、その個人の人格も完成してゆき、世界平和への個人の最大の行為である、個人生活での調和なしらべが奏でられてゆくのです。

個人の生活が平和になると共に、人類世界の平和達成に大きな役割を果す、世界平和の祈りこそ、現在世界中において最も必要なる善事であろうと思います。

 

 

    「神と人間」 五井昌久  白光出版



 



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 

 

 

 

世界平和の祈り 2

 

世界人類が平和であること、それは取りもなおさず、個人個人が平和な環境におられることであり、

個人個人が平和な環境に生活できることは、世界人類の平和が成り立っているからであ

るということになります。

ところが現在は全くこの反対で、真実の平和は個人の心にも、世界人類の中にもまだ生

まれでてはいないのです。

この事実は、皆さんがこの世の姿や自分の心を見つめてみればすぐにわかることです。

個人も世界も、常に不安動揺しています。

現在の個人の幸福は、それは一瞬一瞬の起伏の一コマであって、永遠の生命につながる

安定した幸福ではありません。

真実の幸福は、これから私たちが協力してつくりあげてゆかねばならないのです。

永遠の生命に立脚しない、虚偽の幸福感などでは、この地球世界に真実の平和は打ち立

てられません。

この地球人類を不幸にしている最大の原因は、自分たちが、一なる神(大生命)から分か

れてきている兄弟姉妹であることを忘れ果てて、自分と他人とは別のもの、という

神のいのちを引き裂くような、人類愛にもとった生活をしはじめたことなのです。

そうした生活が今日では、習性となって、自他の差別観がぬきさしならぬ業(カルマ)の波

動となり、人類全体を蔽ってしまって、自我欲望の想念となり、自分や自国の利益に反す

る他人や他国を敵視してしまうことになってしまったのです。

ですから、今日の社会生活、国際関係の中で、5人や10人の偉人が出て、真理にそった

政治をしようとしても、業想念(カルマ)の波動が烈しすぎて、その真理を実行できずに終

ってしまうのです。

どうしてかと申しますと、今日の世界は、もはや、少数の人々の動きではどうにもならぬ時

代となって来ているので、どうしても、多くの大衆の力が必要になってくるのです。

人間誰しも世界平和を願わないものはないのですが、いったいどうしたら世界平和が実現

するかは、この混迷した世界状勢の中での一般大衆にはわかりようがありません。

そこで、なんらの苦労も伴わずにやさしく入れる世界平和への道が、絶対に必要になって

くるのであります。

 

        「神と人間」  五井昌久 白光出版


 
 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






 
 

 

 

2014年3月 3日 (月)

世界平和の祈り 1

 

最近、3次元的な仕事のこと、成功哲学や人間関係のことなどを書いていますが、私が本当に伝えて
いきたいことは、世界平和の祈りの素晴らしさを訴求してゆくことなのです。

世界平和の祈り以外のことも書いてはいますが、

最後は

「やっぱりなんだかんだと言っても祈りしかないんだな」

とみなさんに思って頂き、祈り、印に結びつけてゆくことが目的です。

日々日常生活を送っていると、様々なエネルギーに流されて祈りを忘れてしまいそうになります。

すると、私の場合は、心がモヤモヤ気持ち悪くなってゆくのです。

 “歌を忘れた カナリア” 状態でしょうか(笑)

そして、改めて私の原点である、世界平和の祈りの目的、理念を読んでいくと個人も人類も救われて、幸せになってゆくのは「これしかない」 と再認識させてくれるのです。

最近、短い文章で勝負?しています。

いくらいい文章でも長くなってしまったら、今どきの人は、読んでくれないからです(笑)

ツイッター(140字以内)が受け入れられるのはそのためだと思います。

目も疲れるし、早く結論を知りたい、必要な箇所だけをチョイスしたいと思っているからです。

しかし、今回は少し長編です。

よかったらお付き合いください。

ここには、とても大切なことが書かれています。
 

 
 

世界平和の祈り


 

地球世界の人類は、今いったい幸福なのでしょうか不幸なのでしょうか。

こういう問を出された大半の人は、地球世界は今不幸な状態です、と答られることでしょう。

何故地球人類は不幸なのでしょう。 

それはこの世が争いの想いに充ち、
不調和、不完全な状態にあるからです。

地球は今では全く狭くなって、米ソ、西欧諸国の政治政策はすぐさまアジア、アフリカ諸国にその影響を及ぼし、アジア、アフリカ諸国の出来事は、直ちに西欧や米ソに反響を与えます。

今日の個人の生活は、それがどうしても個人だけに止まっていることができず、国家や人類の動向に必然的に影響されてゆくのです。

ですから、今日の個人には単に個人としての生活はなく、個人の生活の浮き沈みは、国家や人類の動きに左右されざるを得ないのです。

いかに有能な個人がただ単独でどのような働きをしたとしても、それで国家や人類が幸福になるということはできないので、国家や人類全体が、争いの想念や不調和、不完全の環境からぬけ出さないことには、個人個人の真実の幸福はあり得ない、ということになってきます。

今日の世界状勢は、どの国家間の状態を見ても、大戦争へのきざしを含んだ、不調和な無気味な雰囲気をもっています。

ただ、いまだその雰囲気に火がつけられていない、ということにすぎません。

いつ戦争が起こるかわからない。 いつ天変地異があるかわからない。

そういう地球世界の雰囲気の中で、真実の幸福生活をつかんでゆくことは、なかなか大変なことです。

この世における個人の幸福は、どうしても世界人類の幸福と結びつかなければ生まれ出ないものなら、いっそこの際、個人と人類というものを一つに考えてみて、そういう観点から一切の行動をしていったらどうであろう、と私はこう考えたのです。

そこから、私の提唱している世界平和の祈りが生まれ出たのです。



 

    「神と人間」 五井昌久 白光出版

 


                 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます








 

 

従来の仕事がなくなるのなら自分で創っていけばいい!

 
  
自動化が進んで人手をかけてやっていた作業が必要なくなったり、人材採用がグローバル化する中で業務が外国人に置き換わったり、IT化やデジタル化によって事業や産業そのものが “突然死” したりする。

そうした予測に危機感を募らせているサラリーマンも少なくないだろうが、それは発想が逆である。

もともと仕事というのは 「自分で見つける」 ものだからだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

従来の仕事がなくなるなら、それに代わってこれから必要とされる仕事を見いだし、自分で

仕事を創っていく━そういう発想こそが、求められているのである。
 





     「稼ぐ力」 大前研一 小学館 仕事がなくなる時代の新しい働き方



 
 


「自分も日本も将来どうなるんだ」 と心配してもしかたがない仕事がなくなっていくのだったら、雇ってくれるところがないのだったら、自分で知恵をしぼって

「仕事を創り出せばいい」 のです。

仕事とは、与えられるものである。

だから給与という。

以前、ブログにそう書いたのですが、私たちは従来からあるもの、既存であるものでしか仕事はないと思い込んでいます。

仕事は人から与えられるものではなく、天から与えられるのです。

だから天が望んでいる仕事がきっとあるはずです。


「サムシング・グレート(神)はどんな仕事を人間にさせたがっているのだろう?」

「今、人は何を求めているのだろう?」

「これからはどんな仕事が喜ばれるのだろう?」

ヒントや答はいくらでもあります。

「これだ!」 と ヒラメイタ のならば

忘れないうちに思いつくことを ノートに書きまくるのです。

イメージが浮かんだこと

アンテナにひっかかってきたこと

突拍子もないこと

・・・・・・・・・・・・・・・

頭で考えずに、直観を信じる

そういう癖、習慣をつけていけば

きっと、天(宇宙)が喜ぶ、新しい仕事が見つかります。

これからは個人が仕事をクリエートしてゆく時代になるのです。

 

参考図書
 

「宇宙が味方する経営」 伊藤忠彦著 関西アーバン銀行頭取



 
 




 

 

2014年3月 2日 (日)

グッドムーン真理カウンセリング始めます。



みなさ~ん、私の長年の希望であった、真理カウンセリングを今日から始めることになりました。

真理であり心理ではありません(笑)

今、世の中は混沌としています。

たくさんの人が進むべき道を見失っている・・・・

今、自分は何をしたらいいのか?

優先順位を何にすべきなのか?

どうすれば人生が好転するのか?

幸せ感を得るにはどうすればいいのか?

わからない時代に入っています。

どうすればいいのかわからない、そして不安ばかりが大きくなってゆく・・・・。

わからなくなった時は、原点に帰ればいいというけれど、その原点もどこにあるのか

わからない

答は外にあって、他人や本が教えてくれると思っているけれど

実は、自分の中にあるのです。

人からのどんなにいいアドバイスであっても

「これだ!」 と叫ぶほど素晴らしい答のような気がしても

自分の中から出てきたものでないと、人は納得しないのです。

これを腑に落ちるといいます。

揺るがない不退転のものです。

揺るがないものでないと自信を持って進むことが出来ません。

自分の言いたいこと、溜まっていること、誰にも聞いてもらえないこと・・・・すべてを吐きだしてください。

スッキリしないと直観(答え)は降りて来ないのです。

真理カウンセリングでは、自分の中から答(ヒント)を出すメソッドをお伝えします。

そして、スッキリする運動(動功、ストレッチのようなもの)を一緒にやっていきます。

エネルギーの流れが良くなって、本来の素晴らしい自分に戻っていきます。

人間の幸せとは、体も心もスッキリ爽やかになることです。


 
 

  グッドムーン真理カウンセリング」


 
場所: 中国料理大成閣 6階 

大阪市中央区東心斎橋1-18-12(地下鉄御堂筋線心斎橋駅⑤⑥番出口から徒歩2分)



日時:無休、午前11時~午後7時まで (予約は私の携帯電話、メールにて受付けます)

カウンセリング料金: 8,000円 (1時間半)

グッドムーンの本名は、篠崎 朗(しのざき あきら)

TEL 080-1444-0018

メール shinozaki1@hcn.zaq.ne.jp



近日中にホームページを作ります。

よろしくお願いします。






  

 

「アベノミクス」は遠からず終りを迎える

 

多くの人が知りたいのは、これからの日本は景気が良くなるのか?

雇用はどうなるのか?

自分の未来、日本の未来は大丈夫なのか?

だと思うのです。

国民の総資産は、1400兆円と言われ、そのうちの200兆円が市場に出回れば、景気は

一気に回復されると言われています。

しかし、将来の生活が不安なのに特に欲しいものもないのにお金を使う気持ちにはなれない

バブルがはじけて、消費は美徳の時代は終わり、その後は物を大事に倹約する習慣が根付いている

倹約こそ、日本古来の文化なのです。

今更、「おカネをもっと使え!」 と言われてもアブク銭でもない限り、大切なお金を簡単に使うことなんて出来ない。

それよりも、お金を減らさずに増やすにはどうしたらいいか?

に意識は向いていると思うのです。

今、読んでいる本は、大前研一さんの「稼ぐ力」 です。

「儲ける」 のと 「稼ぐ」 のではどう違うのか?

稼ぐというのは、自分の与えられた能力を使って、そのエネルギーをお金に換えることです。


エネルギーの物々交換です。

儲けるというのは、天賦の能力は関係なく、「濡れ手に粟」 という感じがします。

これから私たちは、自分の力で 「稼ぐ時代」 に入ってゆくと思うのです。

国や会社に頼らず、自分の中から知恵を出し、自分自身に付加価値を付ける

 
個人が経済的にも 生活面でも

“自立してゆく時代”

そんな時代になってゆくことを実感できた文章を本の中から抜粋します。

 

    

 
大手の企業は、日本を出て海外進出をしている。

企業が海外に出て行っているのに海外から投資を呼び込めていない日本は、当然ながら

国内の産業が空洞化し、雇用は流出するばかりで創出されていない。

「アベノミクス」を標榜する安倍晋三政権は、黒田東彦(はるひこ)・日銀総裁の異次元金融緩和策

「黒田バズーガ」 をカンフル剤にして株高・円高の流れを生み出した。

さらに安倍首相はデフレ脱却・経済再生策の一つとして、経済界には異例の

「賃金引き上げ」 を要請し、それにいち早く呼応した企業の社長には首相直々にお礼の

電話をかけたという。

企業が社員の給与を増やした場合、その増加分の一部について、法人税を2013年度から

3年間減税する 「所得拡大促進税制」も創設された。

しかし、賃上げしたのはごく一部の企業であり、ベアではなく一時金での対応も多い。

そもそも日本のサラリーマンの年収は、この20年間にすべての所得層で約100万円も

ダウンしている。

こんな国は世界の先進国に類がなく、その結果、人々の欲望が収縮し、モノが売れなくなって

デフレが長期化したのである。

ということは、デフレから脱却して経済を再生するためには月10万円近い賃上げが必要なわけで、

月5000円~1万円程度の賃上げ(それも一時金)では、ほとんど効果がないのである。

一部では宝飾金や高級ブランドの腕時計、バッグなど高額商品の売れ行きが伸びている

というニュースもあるが、それらは基本的に不要不急のものであり、

株などで儲けた人々が中心だ。

このままでは実需が拡大して実体経済が上向く可能性は極めて低いので、

安倍首相と黒田日銀総裁による 「アベクロバブル」は遠からず終りを迎えるだろう。


 

      「稼ぐ力」 大前研一  小学館





 

 

今、一番大切なことは “コミュニケーション”

 
 
コミュニケーションの名人になる

・・・・・・

コミュニケーションは、ことの本質だ。

人生の中で得る結果すべてが、コミュニケーションによって得られているからである。

他人に対してのコミュニケーションを取って、その人にやってもらうか、自分自身に対して

コミュニケーションを取り、自分で行動を起こすか。 2つにひとつである。

それ抜きには、何も始まらない。

コミュニケーションのスキルはまさに、夢の扉を開けてくれる鍵である。

コミュニケーションをマスターしている人にとっては、お金、地位、影響力、業績のすべて、

簡単に入手できないものはない。

しかし、コミュニケーションのスキルを体得することは、業績やお金だけの問題ではない。

人生において、最も大切なことはすべて

「人間関係」 に関係しているからである。

あなたの家族はあなたにとってどのくらい大切だろうか。 友だちはどうだろうか。

一緒に仕事をしている同僚たちと深い信頼関係を持つことは、あなたの人生において

どのくらい重要だろうか。 顧客との関係はどうだろうか。

恋人との関係はどうだろうか。

人間は社会的な生き物であり、だからこそ 「人間関係」 がすべてなのだ。

と言っても、ほとんどの人は、ごく限られたコミュニケーションの道具しか持ち合わせていない。

相手に対して優しく話しかけてみて、それがうまくいかなかったら、命令をくだす。

また、罪悪感の戦略を持ちだしてみては、それがダメなら、威嚇に打って出ることもあるだろう。

選択肢の幅は非常に限られている。

実際、ほとんどの人は、最初に試すことのひとつか二つうまくいかなかった場合、

コミュニケーションそのものを諦めてしまっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

  「成功の9ステップ」 ジェームス・スキナー著

 
  

昨今、コミュニケーション力ばかりがクローズアップされていますが、私もその重要さを実感しています。

日本は昔から、「沈黙は金」 だとか 「以心伝心」 など、黙っていても心は通じ合うものだ

という伝えがありましたが、それは自分の心の中の問題であって

相手にはなんら関係のないことです。

「黙っていては何も伝わらないだろう」 が正解です。

心の中のものをアウトプットする(コミュニケーションを計る)ことによって

相手の人の心が科学反応を起こす

自分の心と相手の心との交流が始まる

宇宙のエネルギーが動き出すのです。

そして、宇宙の真理から観ると

他人とは決して 別の物体?ではなく 自分の分身と、とらえるべきなのです。

人(他人)はすべて自分の中に在る

一体なのです。

宇宙の光から分かれた光線が個々の人間たちです。

光線はわかれて別々になっているけれど

元をたどって行くとひとつの大きな光りになります。

だから自分は他人であり

他人は自分です。

他人と思うから、別の生きものだと思うから

自分で勝手に壁をつくってしまい 2元対立して

腹が立ってくる(笑)

他人は自分だと思えば愛おしくなってきます。

「ああ、この人は私なんだ」

・・・・・・・・・

私と私がコミュニケーションを取っている

私と他人との垣根が無くなって

一体となることが愛(合い)です。

他人とのコミュニケーションとは

自分自身との対話なのです。
 

世界人類が平和でありますように

  

   

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