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2014年2月25日 (火)

大切な人にはお金を貸してはいけない 2


  
 
「本当に大切な人から借金を申し込まれたら、絶対に貸してはいけない」

と言われています。

そして、このように言えばいいのだと教わっているのです。

「おれは今回、貸さないよ。

今、おれがおまえに貸したり保証人になったりしたら、おまえと一緒に、おれまで同じことに

なりかねない。 

そうなったら、だれがおまえのことを助けるんだい。 

だから、おれは貸さない。

その代わり、もしおまえが本当に生きていけない、ご飯を食べていけないとなったら、

いつでもうちに来な。

雨露をしのぐぐらいはできるし、飯くらいは食べさせてあげるから、

ゆっくりと再起を考えたらいい」

本当に大切な人のことを思うなら、その人と共倒れになるようなことをしてはいけない

というのが、商人の考え方なのです。

同じ考え方から一人さんは、子供の事業に親がお金を出してはいけないとも言います。

「息子が事業資金を貸してくれといってきたら、こう言わなきゃいけない。

『おまえにだけは、絶対に貸さない』

よく息子の借金の保証人になってという話を聞くけれど、それはダメ。

共倒れになったらどうするの。 そうじゃなく、こう言うんだよ。

『その事業が失敗して実家の母屋まで取られちゃったら、おまえどこへ帰ってくるんだ?

 そんなに上手くいく仕事なら、金をかけないで始めろ』」

親しい人にどうしてもお金を貸してあげたいのなら、それは 「貸す」 のではなく

「あげる」 のだと思うことです。

また、本当に大切な人にはお金を貸すべきではありません。

それは、大切な人にとって最後の支えになるはずの自分をも窮地に陥れるので、

本当の意味での手助けとはならないからです。

大切な人を助けたければ、自分が共倒れしてはならない。

このことを忘れないようにしたいものです。

 
 

      「斎藤一人の百戦百勝」 小俣貫太著 東洋新聞社





 

感想


 

読んでいてなんだか息苦しくなってきました。

「金の切れ目が縁の切れ目」 と言いますが、この年齢(55歳)になると

ほんとその通りだ!と実感するのです。

「ちょっと5千円だけ貸して! すぐに返すから」

この一言で、今まで築き上げてきたものがすべて終わってしまうのです。

ただ私には、守護霊守護神の存在を知っている強さがあります。

肉体人間でしてしまった過ちを守護霊守護神は助けてくれるのです。

肉体人間の自分ではどうしようもない状態になったとき

相手の守護霊さん、守護神さんにお願いするのです。

「○○さんの天命がまっとうされますように」

そうすれば相手の人を一番よい状態にしてくださるのです。

やってしまったことにいつまでも後悔しないで

祈りに切り替える

それが大切だと思います。


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

○○さんの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






 

 

 

 

 

 

大切な人にはお金を貸してはいけない 1

 
 
大切な人にはお金を貸してはいけない


 

親しい人や身内から借金を申し込まれることがあります。

このような場合の考え方も、一人さんは教えてくれています。

私の母も、以前、友人から会社が倒産しそうだと、300万円の借金を申し込まれたことが

あったそうです。

まだ 「まるかん」 の仕事を始める前のことで、300万円はとんでもない大金でした。

どうしようかと迷って、一人さんに相談したところ、こう教えてもらったのです。

「友だちとしてどうしても貸してあげたいという気持ちがあるのなら、貸すのではなく、

もう返ってこない、あげるんだという気持ちで出してあげな。

だけど、本当は自分のことをよく見なければいけないんだよ。 借金を申し込まれると

いうことは、自分の運勢が落ちているからなんだ。

きっぱりと 『今は貸せません』 と言ってあげるほうが、その人のためでもあるし、

自分のためでもあるんだよ」

必死で借金を申し込みに来る人を前にすると、

「断ったら、この人は後で首をつるんじゃないか」 と思ってしまいます。

そう思えば貸してあげたくなりますが、そんなときには、「貸す」 のではなく

その人に 「上げる」 つもりでお金を出すしかないということです。

結局、このときはその人にあげるつもりで300万円を貸したのですが、幸いにして期日には

お金は返ってきました。

これ以降、母は一人さんの教えどおり、借金の申し込みは全て断るようにしています。

私たちは一人さんから、

「本当に大切な人から借金を申し込まれたら、絶対に貸してはいけない」

と言われています。


 



 
 「斎藤一人の百戦百勝」 小俣貫太著 東洋経済新聞社








 
 

宇宙の言霊を唱えるといつの間にか明るくなっている 2

 

1週間、潮の満ち干きの周期、7福神、ラッキー7・・・・地球だけではなく、宇宙はすべて

7という単位で構成されています。

つまり7は完成された宇宙の数字です。

そして光明思想徹底行には、完成された宇宙の言霊が7×7=49 すべて網羅されているのです。

この言葉を唱えると、宇宙のエネルギーと共鳴します。

宇宙はパーフェクト(完璧)なのです。

そして私たち人間(小宇宙)もパーフェクトなのです。

 

 

 
世界人類が平和でありますように
  

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる英知 

無限なるいのち
 
 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる幸福

無限なる繁栄

無限なる富

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性


 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる健康

無限なる快活

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望

 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝

 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善

無限なるまこと

無限なる清らか

無限なる正しさ

 

世界人類が平和でありますように
 

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気

 

世界人類が平和でありますように
 

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力








 












 

宇宙の言霊を唱えるといつの間にか明るくなっている 1



  

ため息をついてしまったら、「幸せ」 と言う

 

一人さんはこう言います。

「自分の機嫌は自分でとれ」

自分の心がけと簡単な工夫で、考え方を明るいほうへ向かわせるように出来るものです。

そのためのコツもやはり、言葉の力を上手く使うことなのです。

思わず暗いことを言っても、言葉の最後を明るく肯定的なものにすれば、

自分を明るく出来ると、一人さんは教えてくれます。

例えば、ひどく疲れていたりしたときに面倒なことが起こったりすると、ついため息が出てし

まうことがあります。

そんなとき一人さんは、必ずこう言うのです。

「ああ、おれたちって幸せだよね」

ため息は気持ちを暗くしますが、その後で 「幸せ」 と言うことで、自分の気持ちを転換させてしまうわけです。

呆気ないほど簡単なことですが、これは効果バツグンです。

そこで、私たちも、「頭に来る」などさんざん言ってしまった後には必ず

「幸せだよね」 と言って終わるようにしています。

そうすると、それまで怒っていたり、落ち込んでいたりしても、最後には自然に

ニコッと笑顔でいられるのです。

一人さんはこのことをこう説明しています。

「嫌なため息をついたり、暗いことを言ったりすると、その波動が宇宙に広がって、

また自分に返ってきてしまう。

そこで、『幸せ』 と言うことで、幸せな波動を返すんだよ」

嫌な気分でいるときも、「でも、幸せだよね」 と言うと、考えが前向きな方向へと変わっていきます。

例えば、「ああ、こんな嫌なことがあっても、ちゃんと食っていけるものね」 

と、現在の幸せを確認できるのです。

言葉の最後に 「幸せ」 と言う。

これが悪い波動の言葉を使ってしまったときの、最も便利な対処法です。

暗いことを言ったり、嫌なため息をつい出たりしたら、最後を 「幸せ」 という言葉で

結ぶようにするのが、自分の機嫌を取るコツです。

 

「斎藤一人の百戦百勝」 小俣貫太著 東洋経済




 
 

もう10年以上も前のことだったのですが、息子が病気で入院しているときに、

ある患者さんが大きなため息をついていると、その姿を見ていた看護婦さんが

「ため息をつくと幸せが逃げて行くよ」 と言っていました。

その光景が印象的だったので我家では、誰かがため息をつくと

「幸せが逃げていくよ」 がみんなの口ぐせになっていたのです。

でも、真理からすると

「幸せが逃げていくよ」 という言葉は決してプラスの言葉ではなく

否定的な言葉であることがわかるのです。

「不幸になるよ」 と言っているのと同じ響き(波動)だからです。

だから自分の意識を否定的な言葉に合わすのではなく

「光明の宇宙の言霊を使うとプラスのエネルギーが心と身体に入って来て元気になるよ」

と言った方がずっとポジティブだと思うのです。

私が毎日唱えている宇宙のプラスのエネルギーがすべて入った言霊をご紹介します。

7回唱えると意識が変わります。(7は宇宙の数字、完成を意味します)

光明思想徹底行です!

エネルギーが長つづきします。

是非、唱えてみてください。

 

 

 

相手の立場になるってこういうことを言うんですね。

 

高速のサービスエリアで、ベンツから降りてきた男の人が、停まっていた一台のトラックに

向かって大声を張り上げているのです。

どうやら前の坂のところで、そのトラックがベンツあおったようで、わざわざトラックを追いかけ

てきたらしいベンツの人が、それで 「出て来い!」 と怒鳴っているのです。

それはほんの数分の出来事でしたが、偶然に目撃した私たちは、しばらく重い空気が漂っていました。

このときは、一人さんもかなり不愉快そうで、このように話してくれたのです。

「あいつはカッコわるい。最低。

トラックはあおったんじゃないんだよ。 急いでいたんだよ。 それで一生懸命、

家族を養っているんだから、よけてやりゃいい。

トラックは掲載量ぎりぎりまで荷物を積まないと生きていけないんだから、上り坂に来ると

吹かさなきゃ上がれないんだよ。 その前でノロノロ走られたら、「どけ!」ってやらなきゃ

どうしようもないんだよ。

ベンツに乗っている奴は、もうお金があるんだろうからいいけど、トラックのあの人は

今お金を貯めているんだよ。 何で道を譲ってやれない。

自分だって一生懸命働いてお金が貯まって、それでベンツに乗っているんだろう。

自分だけお金があればそれでいいのか。

ベンツに乗れるくらいお金が残ったんなら、今頑張ってる人の気持ちくらいはわかるはずだろう。

あんな奴は、だれかにベンツをちょっと傷つけられると、また血相を変えて怒るんだ。

ベンツに乗るんなら、ぶつけられたくらいで怒っちゃいけない。

修理代が40万だろうがなんだろうが、そのくらい自分で直せ。

それが嫌なら国産車に乗れ。 いや電車にしろ。

ところがあんな奴が電車に乗ると、今度は、足を踏まれたとか言って騒ぐんだよ。

自分がお金のなかった頃を忘れて、昔の自分と同じ立場の人をいじめるような奴は

絶対にお金を持っちゃいけない。

そんな奴からは、お金は必ず離れていく」

実は、私たちも、外車に乗っていて傷をつけられてしまい、修理代が高くついたとグチを

言ってしまったことがあります。

この日の一人さんの言葉を、私たちは決して忘れてはならないと思ったのです。


 

 「斎藤一人の百戦百勝」 小俣貫太著 東洋経済





感想

 

この読んでいて涙が出てきました。

「相手の立場で考えるってこうこうことなのか」・・・・ と

私たちは自分の立場で物を見、考えてしまいます。

相手の目線で見たり、相手の心になって考えたりすることは難しいのかもしれません。

しかし、それが出来なければ人とわかち合うことは出来ないと思うのです。

私もこの文章を読んで気づきました。

それまでは、あおってくるトラックに腹を立てたベンツ側に立っていたのです。

このことを知った時点で、考え方が変わったのですが

知る前に、感情的にならない自分になる大切さも感じました。

物事、現象を客観的に観て、冷静な状態でいる

とても大切なことだと思います。

そしてこれを読んでいただいた、車を運転している人

トラックの運転手さんの気持ちを是非、わかってあげてください。

それからもうひとつ

自分も一歩間違えたらベンツの人になっていたかもしれません。

ベンツの人は気づいていないだけなのです。

気づいたらきっと改心すると思うのです。

ベンツの人を批判、非難、評価することもやめましょう。

  


 






 

 

2014年2月24日 (月)

千里の道も一歩から

 

「千里の道も一歩から」ということわざもある。 夢の実現へ向けて前進するために

今日できることを、少なくともひとつ見つけ出して実行しよう。

どんなに小さな一歩でもかまわない。

たとえば、電話一本やちょっとした調べものでもいい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

    「7日間で人生を変えよう」 ポール・マッケンナ著

 

最近、私は、成功哲学やお金持ちになるためのノウハウ本を読んでいます。

そこには、真理に近い、共通する考え方が書かれており、なるほどと思わせるのです。

真理とは宇宙の法則なので、天から降りて来ます。

次元は4次元以上の多次元

肉体界は3次元なので、ギャップがあるのです。

真理だけを学んでいても、3次元では応用が難しいのです。

それでその中間にある成功本などを読むと人間の心理やお金の役割りなどがよくわかるようになります。

上記の文章は、宇宙の法則をよく表わしています。

夢へのベクトルをたとえ少しでも向けると思わぬ勢いがつくときがあるのです。

それは宇宙が応援、味方してくれているのかもしれません。

宇宙が喜ぶこと、宇宙の進化に関連することであれば

なおさらです。

ただきっかけとなる一歩は自分が踏み出さなければならない

イメージするだけでは、宇宙はどうしようもないのです。
 

 

お薦め本   「宇宙が味方する経営」 伊藤忠彦 (関西アーバン銀行頭取)






   

 




 

希望や目標はなぜ必要なのか?

 
 
落ちこんでいる人間を再生させる力は、希望以外何ものもない。

希望こそ人生最大の生きる力である。

希望の持てない人間は、人生の歩みを捨てたといっても過言ではない。

それほど人間にとって切り離せない大きな存在である。

いかなる人間、いかなる人生においても、希望は常にその人の未来に光明をふりそそぐ。

それを自分のものにするか否かは、自分自身の手に握られている。

人生のいかなる時にも、希望を失わず、希望を持ち、希望を抱きつづけてゆくべきである。

 

    「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

なぜ、希望や目標を持たなければならないのか?

私も随分と考えましたが(笑) 理屈ではないのです。

希望がないとどうやって歩いて行けばいいのかがわからない

道標(みちしるべ・ベクトル)がないからです。

希望がないと集中できない、集中できないと何ごとも止まったまま

中途半端な状態で停滞してしまう

宇宙の法則で、停滞や後退は許されないから

別のカタチで宇宙は進化させようとする、気づきという進化です。

それが、リストラであったり、貧困であったり、病気であったりするのです。

つまりマイナスではなく、プラスが希望ではなく別のカタチで現われたのです。

人間が希望や目標に向って真っ直ぐに進んでいるときは

なぜか病気をしないのです(笑)

お金にも困らないのです。

不調和な困ることなど起こらないのです。

それは宇宙法則に乗っているからです。

宇宙はパーフェクト(完璧)なので、法則の道をさえぎる都合の悪い現象は一切現われません。

つまり希望や目標を持つとは、宇宙法則に乗るということです。

私たちは、大宇宙から生まれた小宇宙

自分の中に宇宙がある

そう思うとグローバルな視野(神の目)で生きてゆくことができます。
 
 

世界人類が平和でありますように





 



 

 

ただひたすら心を一つの目標に集中させる(果因説)

 
 
自分の人生はまず願望がはじめにあって、それが心の中で次第に暖められ、ふくれあがっ

て創られてくるものである。

他人の思わくで作られてゆくものではなく、他人の生き方でもなく、他人の力でもない、

自分の真実の願望こそ必ず叶えられるものなのである。

心の底から湧き上ってくる自分本来の願望こそが、すべてのことを成就させる秘訣なのである。

自分のやりたいことをしっかり心に定め、まっしぐらに目標にむかって進むべきである。

自分の絶対やりたい目標から、決して心を離してはならない。

やりたい、成し遂げたい目標を常に自分の心に長くひきつけておくことが大事である。

やがて時がくれば、必ずやその目標は達せられることになる。

一つの目標が達成されるまでは、余計なことを考えるな。

心を他にむけるな。

人の意見に惑わされるな。

ただひたすら心を一つの目標に集中させることである。

 

    「日々の指針」  西園寺昌美  白光出版




 
ソチオリンピックは今日で終わってしまいましたが、選手たちのポテンシャル(潜在的な力)

の高さには驚かされました。

特にメダルを目指している選手は自分を極限状態にまで追い込んで、

ほんの数秒から数分に4年間の集大成を掛ける(長い競技もありますが)

失敗してしまったらメダルはおろか精神的なダメージは計り知れない

それでもやるという精神力はどこからやってくるのか?

モチベーションはどうやって保ちつづけていたのか?

ほとんどの選手の動機は、小さい頃に見たあこがれの選手の感動的な場面にあったのです。

「自分もあの選手のようになりたい!」

「なるんだ!」

「絶対になるんだ!」

そう願いイメージすることによって夢が現実に近づいて来る

未来が今に降りて来る

イメージが強ければ強いほど宇宙のエネルギーが注がれる

宇宙が味方する

もちろんプレッシャーに押しつぶされたり、目にみえないエネルギーによって潰れてしまうこ

ともあります。

しかし、イメージ通りにいかなかったというのはどこかで

「失敗したらどうしよう」 「期待に応えられなかったらどうしよう」

というマイナスのイメージも一瞬、脳裏をかすめていたと思うのです。

魔が差したとでもいうのでしょうか

宇宙の法則は、実にシンプルであり、平等なのです。

勝利の女神は、同情やエコヒイキは一切しないのです。


最後の文章の

心を他にむけるな。

人の意見に惑わされるな。

ただひたすら心を一つの目標に集中させることである。


が真実を語っているのです。



 


推薦図書  「果因説」 西園寺昌美著 白光出版





 







 

 

2014年2月23日 (日)

本当に賢い人とは片寄った生き方をしないのです。

 
 
医学も薬学も、芸術も科学も、文明文化もすべて神の叡智から発しているものである。

何も自然に反するからといって、すべてを毛嫌いする必要は毛頭ない。

だからといって、その中にどっぷり浸り切ることもない。

賢い人間とは中庸の道を歩んでゆくことが出来る人達である。

ある時は医学や文明に頼り、ある時は必要としないといったように。

神から与えられた叡智により、その場その時に適確な直観力、判断力によって切りぬけて

ゆくことが大事である。

人間はどちらか一方に極端に偏るといったような、固い融通のきかない生き方をしないで

いつもフレキシブルな生き方をしていきたい。

その為にすべてに感謝できる素直な人になることが必要条件である。

 

 

       「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

 

信念を持った人というのは、お医者さんがなんと言おうと、専門家が何と言おうと、

日本国民が 「それはおかしい」 と言おうと、世界中の人を敵にまわそうと

自分の直観力を信じるのです。

その直観力は、天から来ているのです。

宇宙から、そして本心から来ている

その信念とは地球よりも大きいのです。

だからといってすべてを否定しているわけではない

必要とあらば風邪薬も飲むし、文明の利器はありがたく利用する

しかし、ガンだから 「抗がん剤をうちましょう」 「今手術をしないと大変なことになりますよ」

と言われても本心から

「そうしよう」 と響いてこなければ

そして、 「やめておけ!」 と聴こえてきたならば

誰が何と言おうと、受け付けないのです。

そして何が身に降りかかってきても決して後悔はしない

起こってきたことには 全責任を持つ

そんな人が中庸(ちゅうよう)の

まん中の広い道を

堂々と歩いていけるひとなのです。


 

  

現われた現象のとらえかたで 幸、不幸が決まる

 
 
月は満ちれば必ず欠けるものであり、潮が満ちれば必ずひくものである。

同じ状態が常に一定を保っていることはあり得ない。

この世の運行はリズムによってなされているように、人間誰しもが良い時もあり悪い時もある。

が人によっては悪い時に悪いと感ぜずに、リズムにうまく則って生きている人もいる。

私などは全くその類(たぐい)の最たるものである。

まわりの人々が最悪の状態と思える時でさえ、ちょっと調子が乗らないぐらいに受け流してしまうのである。

悪いことでも悪いほうにとらないように訓練することによって、

本当に自分の思った通りになるから不思議なものである。

特に暗い話、悲しい話、いやな話ほど大げさに把えないで、ごく最小限にとどめてとらえる

訓練をするとよい。

 


           「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版





感想


 

まったく同じことが起きているのに、ある人は深刻に受け止めずに

「こんなこともあるさ」 と楽観視している

だが、もう一人の人は

「もうダメだ おしまいだ」 と悲観的になっている

2人の顔を見ていると、とても同じことが起こったとは思えない

笑った顔、今にも死にそうな顔

どちらが人に好かれるかというというまでもない

赤ちゃんがみんなを笑顔にし、幸せな気分にしてくれるのは

赤ちゃんはどんなことが周りに起ころうとも

泣きたい時に泣き

笑いたい時に笑っているからだ

人が亡くなってみんなが悲嘆にくれている時も

機嫌が良ければ笑っている

私たちは常に変化している

だから海の波のようにさざ波のときもあり大荒れの高波のときもある

人間万事塞翁が馬

善いと思ったことが悪いことにつながり

悪いと思ったことが、結果的に善くなったりする

現象に一々惑わされ

一喜一憂していては身がもたない

特にマイナスと思ったことが現われた時ほど、深刻に受け止めないようにしよう

マイナスのエネルギーは宇宙には一切存在しない

あるとすれば、プラスから出たマイナスなのだ

 

 

2014年2月21日 (金)

永遠に変わらぬものを求めつづけていく生き方こそが尊い


 
世の中には、人より目立とうという人、人より抜きん出て先頭に立とうとする人が案外多い。

こういった人達に対して、何らかの嫉妬心や羨望の眼で見ている人達もまた案外多い。

人を羨ましがる必要は毛頭ない。

あえて世の先頭に立とうとする人達は、我々が想像も及ばない程の激務と多忙さに追われている。

その間に我々は自らの内なる精神、才能をじっくり磨きあげることが出来

「本当の価値あるものとは何か」

がはっきりわかってくる。

永遠に変わらないものをもとめつづけていく生き方こそ尊い。

 

   「日々の指針」西園寺昌美 白光出版





 
感想

 多忙であったり、激務であったりすることが自らの天命、ミッションをまっとうすることであれば

それもまた善しかもしれないが、

その目的がお金や地位や名誉を得ることであったのなら

後になって後悔することになるのです。

激務で体を壊したり、家庭が不和になったり、欲望丸出しで人間関係がぎくしゃくしたり

心の平安が保たれなくなったとしたら

その人の本心はきっと喜んでいないのだと思うのです。

本心というのは、本当の自分の心

魂が求めていることです。

私たち人間は、本心が求めていることと違うことをしてしまうと

もの凄くモヤモヤするのです。 落ち着かないのです。

それは、本心が

「違う違うそうじゃないんだ」 と叫んでいるからです。

それを気づかせるために本心と一体になっている守護霊守護神はあらゆる手段を使ってきます。

病気にしたり、リストラに遭わせたり、事故を起こさせたり・・・・・・

なんでそんなひどい目にあわさせるのか?

守護霊守護神は魂の子供や孫である人間を守るためにいるのではないのか?

それは、そうでもしないと本人が気づかないからです。

そんな生き方でいいと思わせてしまうからです。

守護霊守護神も本当はそんなことをしたいわけではない

早く気づいてほしい

早く心を内に向けてほしい

愛のムチなのです。

本心に出逢うには

心を鎮めて本心のある天界(宇宙)に波長を合わなさければなりません。

そのために、世界平和の祈りがあるのです。

世界平和に限らず祈りとは本来

本心に波長をあわせるメソッドなのです。
 


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 

 

2014年2月20日 (木)

より多くを得るために、より多くを与えよ

 
 
人生のたったひとつの領域において、この原則を実践すれば、どれだけの影響があるかを考えてみてほしい。

相手から 「何かを得よう」 と思って、その人との関係を組めば、どうなるだろうか。

最終的に、あなたは落胆することになるだろう。

最初から、失敗の種を蒔いているからである。

しなければならないことは、自分の焦点を変えるだけのことだ。

その人との関係において何を与えられるだろうか。

どうしたらその人にもっと愛を示すことができるだろうか。

どうしたらその人を幸せにすることができるだろうか。

このアプローチを取れば、もっと充実した人間関係が保証されるのは言うまでもないだろう。

 

   「成功の9ステップ」 ジェームス・スキナー

 
 

ほんと、自分の視点を変えるだけで、現われる世界が全然変わってくることがあります。

インターネットをしていると、いろんな人が接触してくる

「ブログを読みました、実は私は○○さんの成功哲学に感銘を受け、サラリーマンを辞めました。

そして今は大金持ちになっています。そのノウハウをみなさんに伝えたくて、

幸せになってもらいたくて、日々活動しています。

是非、私のブログを読みに来てください。」

読んだ感想もなく、ただ自分の方を向けさせようとする

そしてそこでは、仕掛けがされており、自分が儲かるように出来ている

ネットワークビジネスが悪いわけではないのだけれど

結局は

「自分が儲かりたいだけじゃない」 

と相手に思わせてしまうのです。

「そうじゃない、あなたのためを思って言っているんだ」

といくら連呼しても

心の中は相手に見えてしまうのです。

上記の文で継ぎ足すとしたのなら

相手に何の見返りも求めない

無償の愛だけが本物なのです。

「自分がこれだけのことをしたのだから、返してくれるのが当たり前だ」

という気持ちで何かを奉仕したのなら

それも相手に伝わってしまうのです。

それだったらやらない方がいいのです。

本物の人間関係、信頼関係とは、そんな薄っぺらいものではない

愛は忍耐

愛は峻厳なものであると

私は思います。





 

 

2014年2月19日 (水)

この話には感動しました

  

ポリネシアで嫁をもらおうとしていた男の話がある。

このストーリーは1969年に 『ジョニー・リンゴ』 という映画の題材になった。

そこの村では、お嫁さんがきれいで魅力的な人である場合、牛3頭か4頭を相手の父親に

結納として納め、村の男に人気がない女性の場合は、ヤギ一頭程度で済ますのが慣習だった。

この男ジョニーは、村の中で最も人気のない女性マハナーと恋に落ちて、結納の日になると

皆がせいぜいヤギ一頭あるいは野菜と果物しか持っていかないと思っていたところ、

前代未聞の牛8頭を結納として連れていき、納めるのだった。

数ヵ月経ってから、友人のひとりがジョニーの住んでいる小屋を訪ねると、びっくりしてしまった。

そのおくさんのマハナーが村一番の美人に変身していたのである。

最低の努力で済ますのではなく、最高の愛情を彼女に注ぐ彼の姿勢が、彼女の内なる美しさ

を引き出し、大きな変化をもたらしたのである。

自分の努力に合った結果を手にいれるのは、つねである。

あなたはどのような結果を手に入れるだろうか。


 

   「成功の9ステップ」 ジェームス・スキナー著

 

感想

 私は妻によく言われることがあります。

「あんたはほんとに釣った魚にえさをやらんねえ」

なのであります。(反省!)

私は妻を決して魚とは思ってもいませんが(笑)

とてもこのジョニーさんのようには奥さんのことを思ってはいないのです。

そして大いに反省させられたのでした。

家事のこと、子どものこと、そしてそれだけではなく、私の世話もしてくれています。

時々、「サービスをしようかな?」 (美味しいものを食べに行ったり)

とも思うのですが

「まっいいか」 で済ませています。

過剰サービスはいらないけれど、普通の感謝を込めたサービスは大切だと思うのです。

これからは、躊躇することなく、感謝の気持ちを現わそうと思ったのでした。

 

 

 

一番大切なのは熱意なのかもしれない

 
 
私事ですが、私は今、中学時代の同窓会の幹事をしています。

と言っても発起人は私ではなく、同じ野球部の仲間だったT君です。

このT君は、自分の仕事が忙しいにもかかわらず、同窓会のことで

「どうしたらみんなが喜んでくれるだろう」

「どうすれば楽しんでくれるだろう」

と一生懸命に考えるのです。

「そこまでやったら大変だよ、やめておこうよ」

と言っても聞きません(笑)

「いや絶対にやる、それをやらなければ意味がない!」

この人はどうしてそこまで熱くなれるのだろう?

なんで人のためにそこまでやれるのだろう?

別の幹事たちは呆れて彼を見ています。

そして最後には彼の熱意に負けて

「わかったよ、お前がそこまで言うなら協力するよ」

になるのです。

強い炎が燃えあがっているので、少々水をかけたところで消えないのです。

人を動かすって

「これだ!」 と思いました。

平均以上のことをする、2倍も3倍も頑張る

損得を考えずに相手のことだけを思う

そこにみんなが感動するのです。

またそれくらいの熱意がなければ、成功なんてしませんよね。

「自分はどんなことにだったら、熱くなれるだろう?」

誰にでもそんな要素はきっとあるはずです。

それがライフワークになれば最高ですよね。


 
 


成功する人は、成功しない人のやらないことを実行に移す習慣がある。

最低限の努力で済まそうとするかわりに、プラス・アルファーのことをしようとするのだ。

新約聖書でイエス・キリストは、

「もしある人があなたに一緒に一マイルを歩くようにと要求すれば、その人と一緒に

二マイル歩きなさい」 と言っている。

この原則は普遍である。 頼まれた以上のことをすることだ。
 


 

     「成功の9ステップ」 ジェームス・スキナー著




 

2014年2月18日 (火)

欲しいものが手に入っていないのならもっと明らかにすべし

 
私は、何年間もメイドを雇いたいと思っていた。

部屋の掃除は私にとって苦痛だし、何の満足感も得られない作業なので、散らかしたまま

になってしまうことが多い。

あなたはどうかは知らないが、私は部屋が散らかっていると仕事がはかどらないし、その

結果、自分の能率が低下し、自分の能力を十分に発揮できなくなる。

何年間もメイドがほしいと思いながらも雇わずじまいだった。

そこで、私は自分が何かしらの原則を破っているに違いないと思い立った。

もしほしいものが得られていなければ、破られている原則は必ずあるはずだと、私は信じ

ているからである。

そのことについて考えたとき、私自身、何を求めているのかを本当の意味で明確にしてい

ないということを悟った。

メイドを求めていたものの、どんなメイドに、何をしてもらいたいのか、また何を期待してい

るのかなど考えたことはなかった。

その頃、私はちょうどセミナーでこの原則を人に教えている真っ最中だった。

そこで私は紙とペンを取り出し、セミナーの参加者たちと一緒に望む結果を明確にする作

業に取りかかった。

「メイド。二週間に一度うちに来て、窓、台所、風呂を掃除し、掃除機もかけ、整理整頓を

し、たまっている洗濯物を洗い、それを干してくれる」

このように書いた二分後、受講生のひとりが私のところに歩み寄ってきて、こう言った。

「私のメイドがもっと仕事をしたいと言っています。 メイドを探してる人を誰か知りませんか」

 

    「成功の9ステップ」 ジェームス・スキナー著

 

 感想
 

私はこの文章を読んで衝撃を受けたのでした。

私も「○○したい」 「□□になりたい」 と思っていたのに、この人のように明確にしていなかったのです。

宇宙に発注をするのに、もっと明確にしていなければ、受注した人?は、

「何を?」 「どのように?」 「どうすればいい?」 がわからないのです。

当の本人がしっかりとわかっていないのに注文を受けた人が送れるはずがない

まったくお粗末な話だったと思ったのでした。

そして私も著者のようにノートに細かく具体的に書き出してみました。

するとイメージの仕方が今までと全然違うのです。

ぼんやりとモヤがかかっていたイメージ写真が、カラー写真でくっきり鮮明になった

イメージするとはこういうことかと納得したのでした。

ただ、なんでもかんでも自分の欲望を願ってイメージすればいいというものではありませ
ん。

ある本にこんなことが書いてありました。

ある人が引き寄せの法則を使って

「5千万のお金が欲しい」 「5千万のお金が欲しい」 「5千万のお金が欲しい」

とずっと唱えていたそうです。

しかしこの人は、お金が入るようなアクションを起こしていなかった

宝くじさえも買わなかった

ただ怠け者だったのです。

だがしかし宇宙の法則の効力があり、ある日突然5千万円が入ってきた

しかしそれは自分の最愛の母親が交通事故で亡くなって

保険金で入ってきたのだそうです。

願いごとをするときは、自分の願望が宇宙の法則に則っているか、どうかを確かめましょ
う。

宇宙の法則とは、人が喜ぶこと、大自然が喜ぶこと、宇宙が喜ぶことかどうかということです。

そうでなければ不調和な形で夢は叶えられることになるのです。
 

参考本 「宇宙が味方する経営」 伊藤 忠彦





  


 

プラスの言霊を無意識に発するようになったとき、奇跡は起きる

 

  
「いやしくも人を傷つける言葉、勇気を挫くような言葉、あるいは人を失望させるような言葉、

憎しみ、悲しみ、妬みの言葉を遠慮なくいっている人間は、

悪魔の加勢をしているようなものだ! そういう人間は、哲学的にいえば、

自他の運命を破壊していることを平気でしゃべっている。

だから何遍もいうように、人々に勇気を与える言葉、喜びを与える言葉、

人生を朗らかに感じるような言葉を、お互いに話し合うようにしよう」


 

           『運命を拓く』 中村天風
 

 

言葉は私たちの無意識をプログラミングする強力な道具である。

繰り返し、感情を込めて、あることを自分自身に言い聞かせていれば、やがてそれを信じる

ようになる。

そして、無意識が作動して、自分の信じていることを毎日の生活において現実化させる方法

を探し始める。

何度も繰り返し自分自身に言い聞かせる言葉は 「インカンテーション」 と呼ばれる。

このインカンテーションはまさにまじないであり、それには魔法がある。

問題は、Incantation (私はできる!)というまじないになっているか

Incan’tation(私はできないよ!)というまじないになっているかである。

あなたは常日頃、自分に 「できる!」 と言っているだろうか、 「できない!」

と言っているだろうか。

 
 

感想
 

同じように言葉を使うのならば、同じエネルギーを使うのならば、

まったく結果が異なる善い言葉を使えばいいと思うのです。

それは言うまでもなく、「できる!」 「絶対大丈夫!」 「必ず善くなる!」 などの超ポジテ

ィブな言葉です。

それも何回も何回も言いつづけて、唱え続けて

最初は意識して言っていたものが、無意識に言えていたり、心の中で唱えていたりが出来

たなら

それはもう、コップの中のプラスの水が外に溢れ出ている状態なのです。(現象になって現われている)

「なんだ、真理の法則って、宇宙の法則ってこんなに簡単だったんだ」

と気づくのであります。

地球人類が、プラスの言霊を使うのが当たり前になったとき

私たちの地球は次元上昇(精神的な成熟)を迎えるのだと思います。

 

世界人類が平和でありますように

「すべては完璧欠けたるものなし 絶対大丈夫 大成就!」

 

 





 

成功させる魔法の言葉、それはインカンテーション

 

インカンテーションとは、何度も繰り返し自分に言い聞かせる言葉のことだそうです。

ここにコップがあるとします。そしてコップには想念という水が入っている。

水は綺麗な言葉も汚い言葉も一緒くたになって混ざっている。

そして机のテーブルの上に溢れ出たものが現象であり、たまたま綺麗な想念であったのなら、いい現象が起こり、悪い想念だったら悪い現象が起こっている。

不幸な悪いことばかりが起こる人は、このコップに悪い想い(言葉)ばかりを入れているのです。

私たちは一回だけいい言葉や希望の言葉を使ったところで、急にコップの水が変わることは

ないのです。

何度も何度も繰り返し繰り返し言い聞かせることが大切なのです。

それが運命を好転させる非常に効率のいいメソッドだと思うのです。






言葉の影響力は非常に大きい。

聖書には、「初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。

すべてのものはこの言葉によってできた。

できたもののうち、この言葉によらないものは一つもなかった」 という一句がある。

また日本語では、昔から 「言霊」 という言葉があり、言葉の力の大きさを示している。

また、科学を長い間勉強していれば、現象をコントロールする第一のステップは、

その現象に名前を与えることだということを学ぶことだろう。

つまり、どういうふうにみても、言葉には計り知れない力と影響力があるのだ。

私は、企業の経営者たちを指導するとき、次のような質問を投げかけることがある。

「言葉だけで、一週間以内にあなたの会社を完全に破壊させることができると思いますか」

しばらく考えてから、ほとんど全員が 「はい、できるはずだ」 と答える。

「当社はもうダメだよ。出て行け!君には価値がない。うちは間違いなく倒産するよ」

次に私はこう尋ねる。

「もし否定的な言葉だけで会社をつぶすことができるとしたら、肯定的な言葉を使ったら

どうなると思いますか。 肯定的な言葉を使うだけで、会社の業績と組織文化に抜本的な

改革をもたらすことができると思いますか」





       『成功の9ステップ』 ジェームス・スキナー著










 


 

大切なのはすべての出来事を幸運だと信じること

 
 
ウィリアムは、米国で大型農場を営み、かなり成功していた。

そんなある年、収穫作業に入るまさに前日に、台風が襲いかかり、作物が全滅した。

この出来事から、どんな 「力を与えてくれる解釈」 が見出せるだろうか。

ウィリアムは畑の中に立ち、自分自身に次のように言い聞かせた。

 

「私は裸で生まれた。 裸でこの世を去る。 神が与え給いしが、また神が取り去り給うた。

私が作物を育てる時期はこれで終わった。

これからは、他人に作物を育てさせることに自分の焦点を移すべき時期なのだ」

ウィリアムは銀行の借金を返すためにその農場を手放し、中南米から食料品を輸入する新しい会社を設立した。

その会社は5年も経たないうちに大成功を収め、ウィリアムはもはや働く必要がなくなった。

その後、彼は引退して、妻と一緒に全世界を飛び回り、ボランティア活動に専念しているのである。

あなたの会社の全従業員がこのような主体的な考え方を持つようになったら、どうだろうか。

運命を決定づけるものは、私たちの身に起こる出来事ではなく、

その出来事に対する解釈であり、私たちが行なう選択である。

今、自分自身を最高の状態においてください。

自信を持って、堂々と座るようにする。

笑顔を浮かべてみてほしい。

物事はすべて目的があって起こることを悟ってほしい。

最も偉大な成功は、最も困難な状況という土壌の中に、育まれるものだということを覚えておいてほしい。

「何が」 ほしいのか、「なぜ」 それがほしいのか、

「どのように」 それをするのかということに焦点を当て、それに打ち込んでみてほしい。

それほど簡単なことなのだ。

 

     「成功の9ステップ」 ジェームス・スキナー著 幻冬舎

 

運命を決定づけるものは、私たちの身に起こる出来事ではなく、

その出来事に対する解釈であり、私たちが行なう選択である。

この文章が著者の一番言いたかったことだと思うのです。

大切なことは、自分の身に降りかかることは、すべて災難(マイナス)ではなく、幸運なことであること(プラスから出たマイナス)

変化する時期、成長する時期に来ている瞬間(とき)を感じること

神様は、私たち人間を良くしてやろう、幸せにしてやろうとしておられるということ

そのためのチャンスを与えられたのだと信じること

神様(本心)からのメッセージを正確に受け取れるように

自分自身をスッキリさせておくこと

スッキリさせるには

常に自分の想念を天(宇宙)に向けて祈りつづけるということです。

祈りつづけていると天からのメッセージが直観でわかるようになるのです。


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます












 

 

 

これからお肉を食べない時代がやってくる

 

キリスト様のお言葉で

「肉を食するな、食すると凶暴になる」 があるのですが、私たちは牛が殺されている姿は

薄々わかってはいるものの、その場面は目を瞑って想像しないようにしています。

そして食べたものが肉体をつくるということは、動物の想念が体に移るということです。

牛や豚の想いが肉という物質に宿っている

だから食べた人間にもその性質(動物的感情)が現われるのも当然なのかもしれません。

それだけではなく、肉は私たちの身体に良いものではない

それは、人間の歯は草食動物の臼歯で出来ていることからもわかります。

人間の歯は、臼状で出来ていて穀物をすり潰す形をしているのです。

小臼歯と大臼歯が28本に対し肉を裂く切歯といわれる犬歯は4本しかありません。

「人間の歯は、肉を食べるようには出来ていない」 と言えるようです。

そして今読んでいる本に衝撃的な事実が書いてありました。

読んでいて 「やっぱりそうだったのか」 と再認識したのです。

それは、ジェームス・スキーという著者が、肉好きの不健康なある女性に向けた言葉

なのですが、聞いた女性は、しばらくしてベジタリアンに変ったのだそうです。

実は、私もお肉は好きです。

時々焼き肉を食べたくなることがあります。

しかし近い将来食べなくなるような気がするのです(笑)。

みなさんはいかがでしょうか?







 
「あなたがそれほど好きな肉の味がありますね。それが尿酸の味だと知っていましたか。つ

まり、それは動物のおしっこの味なんですよ。

ステーキはやわらかいですね。 それは腐っているからです。結腸のばい菌が肉を破壊して

柔かくしているのですよ。

だから屠殺(とさつ)された直後の牛肉は売られないのです。

牛が殺される前に泣くのを知っていましたか。

自分が殺されることを悟っているのです。

農薬のことはどうですか。 最もきれいな肉でさえも、最も汚い野菜の数倍もの残留農薬を含

んでいるのを知っていましたか。 牛を太らせるために投与される成長ホルモンや抗生物質

が肉の中に蓄積され、それを一緒に食べているというのは知っていますよね。

美味しいね!

動物性たんぱく質を大量に摂取することは心臓病、ガン、そのほかのあらゆる成人病と深く

関係していることについてはどう思いますか」

 

     「成功の9ステップ」 ジェームス・スキナー著 幻冬舎






 

2014年2月17日 (月)

あの人は雰囲気がいい感じがいいというのは何を指すのか?


 
人が人を判断する時は、言っている言葉や内容が素晴らしいとか、頭がいい、見た目が

いいとかではなく、結局は、その人の雰囲気であるとか、感じが良かっただとか、目にみえ

ないエネルギーを感じ取って決めているのです。

このブログでは何回も言っていますが、私たちは肉体だけではなく、目にみえない幽体、

霊体、神体というボディを纏っているのです。

そして特に肉体にくっついている幽体の影響を大きく受けています。

オーラ写真を撮ると見える体の周りを覆っているエネルギー体のことです。

このエネルギー体が雰囲気をつくり、相手に様々な印象を与えているのです。

そしてもっと大切なことは、この幽体が浄まっているかいないかでこれからの運命が決まって来るのです。

今発しているエネルギーが未来に投影されて、そのエネルギーがそのまま現在、今に降りてくるからです。

今の想念行為が未来を創ってゆく

だからエネルギーを調えることはなによりもなによりも大切なことであるのです。



 

人間には、肉体の他に幽体があるといわれますが、幽体はどのような役をしているのでしょう。


 

幽体とは、人間の想念や、行為の記録体とでもいうべき体で、肉体と重なり合って、肉体のような形をもったガス体である。

このガス体の大きさや色によって、その人の霊性の高低や、性格、運命がよくわかるのである。

よく魂を見たというが、それは、霊を見たのではなく、この幽体(念体を含めた)を見たので、魂とは、幽体に分霊が乗っている状態、いわゆる、分霊が幽界にいる状態をいうのである。

幽体はその人、その人によって、大きさや色(想念、行為の集積が色になる)が違うので、

幽体の大きな人が、主に宗教に熱心になったり、やたらに神詣りしたりするのである。

人の想念を受けやすかったり、幽界からの念波に感応しやすい人は、おおむね幽体の大き

な人で、その幽体に蓄積されている想念の汚れている人は、低級な想いに憑かれやすく、幽

体が浄まっている人は、高級な霊の感応を受けることができる。

幽体の色は軽い色ほど、澄み浄まっていることになるので、金色に輝いている時は、すでに

幽体はなく、神の光、そのものが、輝いていることになる。

そして、重い色になるほど、汚れが多いということになる。

紫や青系統の色をもった幽体などは、高級な人格であるといえるのである。

普通会っていて、その雰囲気が澄み切ったように感じられる人は、大体高級な人格者である

と思って間違いあるまい。

とにかく、常に、善なる想念、愛の行ないをすることを心掛けていれば、ついには、特別に心

掛けなくとも、自然な素直な形で、愛行のできる人間になってゆくのである。

人間は肉体生活が、すべてでなく、幽界の生活、霊界の生活が、肉体生活の後に待ってい

ることを、よくよく考えて、肉体生活のうちに、自己の想念を浄め、行ないとを直しておかなく

てはいけない。

       「神と人間」 五井昌久 白光出版







 

 

調和波動気功法セミナー(健・美・食の会)のお知らせ


  
今回のセミナーは、健・美・食の会です。

最近、気力を充実させようとしたら健康であること、そして理想的な体型を保っていること、

そして美味しくお食事をいただけることが密接に関係していることを感じるのです。

身体のどこかが調子を崩していると幸福感を得ることは難しい

そして幸せを感じていないと、どんなに美味しい食事も味気ないものになってしまう。

精神と身体のバランス

目にみえないエネルギーと目に見える物質のエネルギーのバランスが

調和していてこそ、ほんとうの幸せが得られるのだと思うのです。

セミナーの開催日は、2月23日(日)もう6日しかありません

いや、もとい、まだ6日もあります。

思い立ったときが吉日

心と身体のバランスを取りたい方は是非、ご参加してください。



 


 『健・美・食の会』
 

開催日時: 2014年2月23日(日)

食事    12:00 ~ 13:30

レッスン  14:00 ~ 16:00

開催場所: 中国料理 大成閣 (大阪市中央区東心斎橋)

※詳細は開催場所ページにてご確認ください

会   費: 8,000円 (小学4-6年生は4,000円)

申込方法: 3日前までに 下記銀行口座にお振り込みください

東京三菱UFJ銀行 高槻駅前支店  普通 0894239

口座名義: 健・美・食の会 澤田京子

初めて参加される方、お子様が参加される方は下記までご連絡の上お振込みください

連絡先: 美容と健康グルメ研究所ハーモニー

      TEL  06-6245-5457  / FAX 06-6243-7896

 

グッドムーン(篠崎 朗) 携帯 080-1444-0018


パソコンメールアドレス  shinozaki1@hcn.zaq.ne.jp


興味のある方、ご質問のある方はお気軽にお電話ください。

 
 

調和波動気功法
 
http://www.harmony-wave.jp/




オーラ・オーラ 

http://auraaura7.com/



  
ビッグ・ハート

http://big-heart51.com/







 

自分の感情をコントロールする



自分の感情ほど手こずるものはない。自分の心ほど自由にならないものはない。

だが世の中には、その自分の心も感情も自由にコントロール出来る人が結構いる。

そういった人は必ず強い強い信仰心を持っているものである。

それは何故か。 自分の心を常に満足させるように、自分の感情を導こうとしないからである。

常に人の為に人のことを第一に考えているからである。

自我の少ない人達である。


         「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

人間として生まれてきて、何が一番やっかいだというと感情のコントロールだと思うのです。

私が調和波動気功法をするきっかけは、不動心になりたい、どんなことが自分に降りかかってきても、落ち着いた自分でありたいというものでした。

私のメンターである于寿明先生のご著書 「無限なる癒し」の中に私の投稿した文章があります、私だけではなく、不動心でありたい、平常心を保ちたいのは万人の想いだと思います。

ここに投稿した全文を載せます。(136ページ)よかったらお付き合いください。



 
 
 

       感情想念に振り回されない自分

                                    篠崎 朗


 

「落ち着いた自分がいる、感情想念に振り回されない自分がいるのです」

于先生のレッスンで必ずおっしゃられることばです。

私は今回、于先生のレッスンの推薦文を書かせて頂くことになり、私が気功をなんの為にしているのか考えてみました。

仕事や日常生活において、もう一人の違う自分が人に対する怒りや損得勘定(感情)を持ち

イライラしてしまう。

その度に本当の自分が、違う、違う、そうじゃないと教えてくれる。

私の目標は目の前に現われるあらゆる現象に一切まどわされることなく、絶対に善くなる、

大丈夫だと信じ、たんたんと見守れるようになることです。

 于先生のレッスンはすぐその場では判りませんが、ふとした瞬間に把われない成長させていただいた自分に出会えます。

その時程、于先生に対する感謝の気持ちと幸せを感じる瞬間(とき)はありません。

本当の幸せを求めている人は、この世にたくさんいらっしゃると思います。

お一人でも多くの方が于先生のセミナー、レッスンを受けられることを心より願い、お薦めします。

  
  
         「無限なる癒し」 于寿明著 星湖舎





 

 

 

2014年2月16日 (日)

目は1分でよくなる!

   


「歯は入れ歯があるけれど目には入れ目はない」 

本に書いてあったこの言葉は衝撃的でした。

私たちは、一生の間、素晴らしいものを見せてくれている目をあまりにも

ないがしろにしているのです。

特に今は、インターネットの時代

インターネットはの画面は、眺めているだけでも1秒間に10億ビット

もの情報を発している。

私たちが1秒間に読み取れる文字数は、一般的に約4文字といわれているので、

その数百万倍もの情報が、目から脳に送られているのです。

そのほかにもメールやゲーム、巷にあふれる広告画面など、

私たちのまわりには、見ようとしていなくても、勝手に目に入ってくる

情報であふれているのです。

そしてネットの画面からはプラスイオンが発生しています。

高層ビルにいると酸素不足にもなる

ドライアイになる

目には毛細血管が通っているので、酸素不足になると血流が悪くなり、

正常に目が機能しなくなる。

血行障害によって白内障、緑内障、近視、老眼などに若くしてなる人が

すごく増えているのだそうです。

目が悪くなったら手術を受けたらいい、メガネをかけたらいいというのは、

あまりにも短絡的です。

そうではなくて目にとってよいこと、目が喜ぶことをすれば、

目は自然治癒力によって回復してくる。

目が良くなるには、目に酸素を十分に送ってやることです。

血流を良くすることです。

そして、目だけではなく、私たちを生かしてくれている肉体に感謝をすることです。

この本には、真理に則って、目を回復させるための素晴らしいノウハウが

書かれています。

たった1分のトレーニングで視力が回復してくれる

目が喜んでくれる

たくさんの人に読んでいただきたい良書です。


 
 

        「目は1分でよくなる!」 今野清志 自由国民社

   関連ブログ 「歯は一日で治る」 

 
       

http://goodmoon51.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-c918.html



 

 

 

2014年2月14日 (金)

何かをいただいたときは素直に喜びを表わしましょう

 


受け取り上手になるにはどうしたらいいだろう。

一つは、ほんの雀の涙であろうと、とにかくお金をもらった時は、「これでもか」 というぐらいに喜びを表現すること。

おかしなもので、文無しだった頃の私は、道に1セント玉が落ちていても拾う気にもならなかった。

ところが、お金に不自由しなくなった今は、1セント玉はもちろん、光るものを拾っただけでも大喜びをしてしまう。

そして自分の運のよさに感激し

「すごいぞ、私は金を引きつける磁石だ。ありがたや、ありがたや」 と叫ぶのである。

富を手に入れたいと思うなら、選り好みせずに何でも受け取る姿勢を持ち、受け取ったものを大切にすることだ。

宇宙は空虚な空間を嫌うため、容量を大きくすると、それに見合ったものが入ってくる。

だから、来るものは拒まずという姿勢でいると、人生はより豊かなものになる。

受け取るのが下手な人は、受け取る対象が何であっても、やはり下手である。

裏を返せば、受け取るのがうまくなれば、宇宙が与えてくれるあらゆるものを受け取り、

人生を豊かなものにできる。

ただ一つ、忘れてならないのは、何かを与えられた時は、感謝の気持ちを忘れないことである。

 
 

 「ミリオネア・マインド 大金持ちになれる人 ハーブ・エッカー著 本田健訳・解説

 
 

感想

 

今日2月14日はバレンタインデーで、私も恥ずかしながら4つほどいただきました。(もちろん義理チョコですが)

そのときに私がどんな顔をしていたかというと、嬉しいのは嬉しいのですが、照れくささが先に出て、あっさりと受け取ってしまったと思うのです。

そのときに満面の笑みを浮かべ

「ありがとう!凄く嬉しいです」 と言ったとしたら

「そんなに喜んでくれるのなら、来年もあげよう」 と思ってくれると思うのです。

喜び上手は、きっと幸運を呼び込むのです。

そして反省を込めて妻を含めた4人の人に

「ありがとう、美味しかったです」  とメールを打ちました。

横に居た妻が

「なんでメールやねん、口で言いなさい」 と呆れていました。

子供の頃は飴玉一つもらったり、道端で拾った10円玉で大喜びをしていました。

「あの頃の気持ちを無くしていたなぁ」 と反省したのです。

小さなことでも喜んで感謝できる気持ち

大切なことだと思います。







 
 

 

成功する起業家に共通する“使命感”

 

自己中心的で、まるでこの世は自分を中心に廻っているかのように振舞う人が多い。

しかし、物心両面で豊かな人生を送りたいと願うなら、自己中心的な生き方をあらためなければならない。

偉大な建築家のバックミンスター・フラーはこう言っている。

「私たちの人生の目的は、現在、そして未来の世代の人々のために新たな貢献をすることである」

誰もが何か一つは特別な才能をもって、この世に生れてくる。

こうした才能は、他者のために使うようにと、神から与えられたものである。

一番幸福な人とは、自分の才能を最大限に活用している人だ。

人生の目的は、自分の才能を生かして、なるべく多くの人を助け、よい影響を与えることなのだ。

起業家の定義を知っているだろうか。

私は 「他人の問題を解決してあげて利益を得る人」 と定義している。
 

 

  「ミリオネア・マインド 大金持ちになれる人」 ハーブ・エッカー著 本田健訳解説





 
感想


 

私はこの本を読んでお金持ちや起業家に対する概念が変わりました。

人のため世のために自分の才能を惜しげもなく使い果そうとした人が

お金持ちや起業家になったわけであり、

お金持ちになるために起業したわけではないのです。

もちろんそんな人ばかりではないと思います。

野心を持った強欲な金持ちもいます。

しかし、お金には何の罪もないのです。

要は、お金を得た後の使い道にあると思うのです。

得たお金が宇宙が喜ぶような使われ方をしたのなら、

人の魂が向上するようなことに使われたのなら、

その人の下(もと)には又お金が回ってやってくると思うのです。

お金が喜ぶということは宇宙が喜ぶということ

昔から言われている

“金は天下の廻りもの”

とはそういう意味だと思うのです。




 

 

2014年2月13日 (木)

好きになる努力をするといつの間にかその通りになるのです。

  

現在あなたに与えられている職場に、強い誇りを持つことが、あなたの未来において大いなる祝福をもたらす鍵となる。

常に職場に対し不平不満を抱いている者は、職場にとって歓迎せざる者である。

即刻退めるべきである。

こんな不平不満のある人達を抱えこんでいる職場こそ、気の毒である。

どんな職場も自分の想い方次第で、いかようにも変わるものである。

たとえ今置かれている立場が、自分に合わない場であったにせよ、その与えられた場に誇りをもって生きるよう努力していけば、ある時点で全く不思議なことに、本当に自分がその職に対して誇りを持って生きていることに気づくのである。

心からその職場に対して誇りをもって働く人は、必ず報われるものである。

 

    「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 
 

今、この文章を読んでいたら2月9日に書いた 「人に好かれることを考えるより、人を好きになる」 を思い出したのです。

人に好かれるかどうかは、自分ではわからないし、人の気持ちをコントロールすることは出来ません。

しかし自分が相手を好きになることは自由なのです。

だから職場も仕事も自分の方から歩みよって、誇りを持つように自分の心を向けてゆく

そうしているうちに誇りが身についてきて、いつの間にか誇り高くなっており

しかも好きにもなっていると思うのです。

元大リーガーだった松井秀喜さんが言っていました。

マスコミやファンや球団など、いろんなことを言ってくる、それに振り回されていては自分の身がもたない

「コントロール出来る自分の心にだけ集中するようにしています」

まったくその通りだと思うのです。

自分の心を愛で満たしていたならば、どこに行ってもその場は天国になるのです。



  

 

人間には無限の可能性が秘められている

 
人間本来神の子であるから、どんな人でも内に無限の可能性を秘めている。

五官(眼、耳、鼻、舌、身)のみに頼らず、意識をもっと高め、まだ眠っている本当の自分を見出し、感受していかなければならない。霊波動を感受し得るようになると、神から発する無限の叡智を適確にキャッチ出来るようになる。

神の智慧を常に受信しつつ、安全に人生の航路を進むことが出来るようになる。

すると自分自身に課せられていた業生の運命を超越し、見事にこの世にあって自分の思う通りに自由自在に生きることが出来る。

  「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版



 


インターネットを覗いて見ると、他の人のブログを見てみると、善いものもあるのですが、不安を煽るようなものやネガティブなものがかなり多いのです。

見て読んでいて楽しくなるような、明るくなるようなプラスのみのサイトが非常に少ないと思うのです。

人は自分がネガティブになると同じようなものに共鳴する習性があります。

だから余計に暗くなってしまうのです。無限なる光!

だがしかし、私のこのブログだけは、ネガティブなものは一切なし!

プラスのみ、書いたとしてもプラスから出たマイナス(消えてゆく姿)のみを書きつづけていこうと思っています。

この世もあの世も宇宙もすべて波動で出来ています。

霊波動は神様の波動です。

やさしくて非常に細かくて愛に溢れた優しい波動なのです。

一方、地球人類がつくってしまった幽波動は、荒くてトゲトゲしくてネガティブになるマイナス波動なのです。

自分がどの波動に共鳴するかによってこれからの人生が決まってくるのです。

世界平和の祈りを祈りつづけていると霊波動がわかってきます。

幽波動との違いがわかってくるのです。

そうなればしめたもの

祈りつづけることによって

宇宙法則に乗りつづけることが出来るのです。

 


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 

 

 

心に描いた通りになるのは 「宇宙の法則」 なのです。

 

人生は心に描いたとおりになる、強く思ったことが現象となって現われてくる━まずはこの 「宇宙の法則」 をしっかりと心に刻みつけてほしいのです。

人によっては、このようなオカルトの類(たぐい)と断じて受け入れないかもしれません。

しかし、これは私がこれまでの人生で数々の体験から確信するに至った絶対法則なのです。

すなわち、よい思いを描く人にはよい人生が開けてくる。

悪い思いをもっていれば人生はうまくいかなくなる。

そのような法則がこの宇宙には働いているのです。

思ったことがすぐに結果に出るわけではないので、わかりづらいかもしれませんが、20年や30年といった長いスパンで見ていくと、たいていの人の人生は、その人自身が思い描いたとおりになっているものです。

ですから、まずは純粋できれいな心をもつことが、人間としての生き方を考えるうえで大前提となります。

なぜなら、よい心 ━ とくに 「世のため、人のため」 という思い ━ は、宇宙が本来もっている 「意志」 であると考えられるからです。

宇宙には、すべてをよくしていこう、進化発展させていこうという力の流れが存在しています。

それは宇宙の意志といってもよいものです。

この宇宙の意志が生み出す流れにうまく乗れれば、人生に成功と繁栄がもたらすことができる。

この流れからはずれてしまうと没落と衰退が待っているのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

     「生き方」 稲盛和夫 サンマーク出版


 

真理とは、宇宙の法則とは、何も難しいことはなくて、心の中のものが外に現われるということです。

だから私たちは心の中を綺麗にしておくことがなによりもなによりも大切です。

しかし、無意識で無防備でいるといつの間にか悪い心が潜在意識(昔の心)と周りの人のマイナス想念エネルギーが内と外から攻めて来るのです。

これを仏教では業といい、カルマともいいます。

人間はこの業、カルマがあるために純粋に真っ直ぐに生きられなくなるのです。

「あんなこと言おうと思っていないのに、つい言ってしまった」

「こんなこと想っちゃいけないと思っているのに想ってしまう」

「考え過ぎてはいけないと思いながらもつい余計なことを考えてしまう」

人間とはこうも不自由な生きものだったのかと嫌になるのです。

神様は人間を苦しめようとはなさっていないはずです。

しかし私たちは生きていくことが苦しいのです。

稲盛さんのおっしゃることは、その通り! 

・・・・・・

ですが、その通りにいかないのも事実なのです。

「肉体人間なんてバカでどうしようもないんだ」

そこから神様の存在意義が始まるのです。

「肉体人間は完璧だから神なんていらないんだ」

という人はもう少し先で、神様を求めるのだと思うのです。

「グッドムーンはどっちなんだ」 って?

もちろん

「肉体人間は大馬鹿者だ!」 の説なのです(笑)

だけど人間の心の奥には、素晴らしい神性があり、光り輝いているんだということを付け加えておきたいと思います。

 

出来うる限り明るく陽気に振る舞いなさい

  
 

陰気な人はつとめて明るくしようと心がけなければ、ますます陰湿になり、折角出来た友も離れていってしまう。

陰気な人には一人よがりで自分勝手な人が案外多い。

自分の感情をそのままいささかの修正もなしに表現するからである。

明るい人は、天性全く明るい人と、つとめて明るく振る舞おうとしている人にわかれる。

後者の生き方は人を中心に物事を推し量ってゆくやり方で、こういった人達は決して自分中心に物事を考えない。

他人のことを考えれば考える人ほど、人はついてくるし、たとえ自分に不愉快なことや心配事、いやなことがあったにせよ、心の中にしまい、つとめて明るく振舞うのである。

陽気な人は、その心がけを真似るとよい。



 

            「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版




 


どんな人にもほぼ平等に心配事や気にかかっていることがあると思うのです。

ただそれを顔に出したり、態度に現わしたりするかしないかの違いだけで

「これは自分自身の問題で他の人にはなんら関係のないことなんだ」

と自分の中で処理をしてそれをおくびにも出さない人と

露骨に表わして

「どうしたの? 顔色悪いよ、なんか心配事があったら言ってよね、友だちでしょ」

と言われて

「実はね・・・・」 と話し出す人がいます。

聞いてみたら

「そんなこと自分でなんとかしろよ、こっちはそれどころではないのに」

ということにもなります。

しかし、優しい人は自分のことをさておいて相手の話を心から聞いてあげれるのです。

人に相談をして解決することなどほとんどないのです。

それは人は相手の人と全く一つにはなれないからです。

判り合えないからです。(理解は出来ます)

一つになれるのは、自分自身しかないのです。

つまり自分の心の中に答はある

相手の人は、鏡の役割をしてもらうだけです。

しかし

まったく鏡同然の役割りが出来る人なんてそうはいない

だから余程のことがない限り、人に相談するものではない

相談をしないのだったら出来うる限り、明るく陽気に振る舞うことが大切だと思うのです。

「えっあのときそんなに大変なことがあったのか?お前いつものように明るかったから全然気づかなかったよ」

と言われたら嬉しいですよね。

そんな強い人間になりたいと思うのであります。



 

仕事は与えられるから給与をいただけるのです。

 
  
今、苦しんでいる人達よ、悩んでいる人達よ、よく聞きなさい。 なぜそう苦しんでいるのか、なぜそう悩んでいるのか、なぜそう不幸なのか? 答はただ一つ。

未来に対して何の希望も持てないからである。 現在のあなたからなんの希望も見出せないからだ。

人間にとって希望ほど素晴らしいものはない。 希望ほど輝かしいものはない。

だが今のあなたはどこからどう考えても、一筋の希望さえも閉ざされてしまっている、絶望的な境地だと思っている。

だが果して本当であろうか? いや絶対にそんなことはあり得ない。 自分の心が勝手に自分で希望を追い出してしまったのだ。

希望の芽はある。 自分の心の中にある。 厳然として存在している。

自分自身をみつめ直すがよい。 すべてを捨てきるのはまだ早い。 あきらめるのもまだ早い。 希望を見出すのだ。

今からでも決して遅くはない。 必ずよくなる。 必ず神様がよき方へと導いて下さるのだ、と強く信じるのだ。 信じることによって希望は生まれる。





       「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

今、仕事のことで悩んでいる人が非常に多いのだそうです。

自分は何の仕事が向いているのか?

もっと楽して稼げる仕事はないのか?

どの仕事がこれから良くなるのか?

好きなことを仕事に出来るのか?

今の仕事を楽しく出来るようになるにはどうしたらいいのか?

職場での人間関係をうまくやっていく為に必要なことは?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一日の大半を仕事が占めるわけだから快適に過ごそうと思うのは当然です。

しかし、「今の仕事が最高!」 と思っている人はほんとに少ないと思うのです。

自分にこの仕事が合いそうだ

面白そうだ

続けられそうだと思って面接を受けて、雇われて実際にやってみると

何かが違う

しっくりとこない、やる気が湧いてこない

そして辞めて

職を転々としてしまう

または、我慢をしてもんもんと仕事を続けてしまう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

仕事っていったい何なんだろう?

仕事との本質は何だろう?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは仕事とは

与えられるものなのです。

給与というのは、そういう意味です。

天から

あなたの仕事はこれですよ

この仕事をすることで、あなたが活かされ、周りの人も活かされるんですよ

と天から啓示を受けるということです。

与えられる仕事に就くにはどうしたらいいか?

イメージしてみてください

この仕事をずっとやっていけるのか?

自分の性格に合っているものなのか?

向いているのか?

嫌なことがあっても乗り越えていけるほど魅力的な仕事になりそうなのか?


これらをイメージしてみて2、3年後もやっているような気がしたらそれは与えられた仕事なのです。

 

  

2014年2月12日 (水)

健全な精神は健全な肉体に宿る

 
   
人の心、人の身は常に不安定である。 心が安定しなければ、それにともなう肉体も不健康である。

確固たる信念が無いから、心はつねに揺れ動く。 また確固たる信念が無いから、どうやって生きて良いかがわからない。

まず第一に人は強くならなければならない。

人の意見、人のうわさ、人の生き方にまどわされずに、自分自身のはっきりした信念でもって、自分自身の生き方を見出してゆかねばならないのに、いつも人の生き方を真似しようとする。

十人十色、どだい人と同じ生き方が出来るはずが無い。

何事も自分自身の力によって決定出来る心、決断を下せる心を養うことが大事である。

 

   「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

 
私はよく松下幸之助さん、稲盛和夫さんなど日本の偉人たちの本を読んでいますが、みなさんそれぞれ強い精神を持っておられることがわかります。

それこそ十人十色であり、みんながその真似をしようとしても誰もうまくいかないと思うのです。

真似をするよりも自分の精神力を鍛えて強くする方が先です。

考え方、生き方などを参考にし、刺激を受けて

「よし自分も頑張ろう!」 と思うだけでいいのです。

ところで、確固たる信念ってどうやって持つことが出来るのだろう?

その信念から大きな目標も生れてきます。

それは、自分自身を深く見つめて

自分とは一体誰なのか? 何者なのか?

なんのために生れてきたのか? 

どうすれば自分の天命(ミッション)は果されるのか?

など真理を
追求し、自分なりの答を出さないことには

本当の信念は生れてこないのです。

みなそれぞれ信念は違うと思います。

信念を真似ることもできない

人生とは自分で考え

自分だけの信念を持ち

自分で切り開いてゆくものなのです。




 

 

心を他にむけるな 人の意見に惑わされるな

   

自分の人生はまず自分の願望がはじめにあって、それが心の中で次第に暖められ、ふくれあがって創られてくるものである。

他人の思わくで作られてゆくものではなく、他人の生き方でもなく、他人の力でもない、自分の真実の願望こそ必ず叶えられるものなのである。

心の底から湧き上がってくる自分本来の願望こそが、すべてのことを成就させる秘訣なのである。

自分のやりたいことをしっかり心に定め、まっしくらに目標にむかって進むべきである。

自分の絶対やりたい目標から、決して心を離してはならない。

やりたい、成し遂げたい目標を常に自分の心に長くひきつけておくことが大事である。

やがて時がくれば、必ずやその目標は達せられることになる。

一つの目標が達成されるまでは、余計なことを考えるな。

心を他にむけるな。 人の意見に惑わされるな。

ただひたすら心を一つの目標に集中させることである。

 

     「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版


 

自分の願望を成就させるのに一番の敵?になるのは人の意見である

人は無責任に自分の考えを押しつけてくる

感情をぶつけてくる

人とは自分の思い通りにならなければ怒ってくるものなのだ

そのために自分の願望をつぶしてしまうのは、あまりにももったいない

あまりにも不幸である

それではなんのために生れてきたのかわからない

しかし、願望が消えたことを他人のせいにするのは違うのである

自分が惑わされなければいいのだ

そのためには

一つの目標が達成されるまでは、余計なことを考えるな。

心を他にむけるな。 人の意見に惑わされるな。

ただひたすら心を一つの目標に集中させることである。







 

2014年2月11日 (火)

お天道様に恥じない生き方

 
 
世の中の人々のすること、なすことに対して、いちいち気にするな。

あなたが今、一番気にしなくてはならないことは、神に対して己れのとっている態度が善いか悪いかのみである。

神に対して、宇宙真理に照らしてみて、今自分がとっている態度が善いか悪いかのみである。

神に対して、宇宙真理に照らしてみて、今自分がとっている態度が正しいと思えば、人が何と思おうと、人が何と云おうと気にすることはない。

自信をもって堂々と生きてゆくことだ。

自分に自信がないからこそ、人の云うこと、なすことがいちいち気になるのである。

 

          「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版


 



昔の人は、悪いことをしたり考えたりしたときに 「お天道様に申し訳ない」 とか

「お天道様をまともに見れない」 と自分で自分を戒めたのです。

お天道様とは、天であり、お日さま、太陽のことです。

人は騙せても、天や神(本心)を騙し通すことはできない

まっとうに堂々と生きてゆこうとするのならば、天に恥じない生き方をしなければならない

自分の本心とお天道様はイコールなのです。

他人が

「おまえの生き方は間違っている」 と一万人のうち全員がそう云ったとしても

自分の本心、そしてお天道様に聞いてみて

「いや、私は間違っていない」 と確信があるのならば

それは、宇宙が善いと云っているのだから

堂々としていればいいと西園寺昌美さんはおっしゃっているのです。

私もその通りだと思います。

それが、世の為人の為であるのなら、そして宇宙の法則に乗っているのならば・・・・・




 

果因説と世界平和の祈り、印で過去の悪因は消えてゆく

 
 

人間は誰でも等しく、20年前、10年前、数年前に為してきた行動にたいしては、今日もまたその責任を持たねばならない。

時がすでに過ぎ去ったとしても、過去のその行動は、決して消え去ったわけではない。

がもうすでに過ぎ去ってしまった過去の行動に対して、一体どのようにして責任を持てばよいのであろうか。

タイムトンネルの如く、過去の時代にもどり、そこで改めて犯した言葉や行動を悔い改め、反省し、新しく作り変えて現在にもどって来られれば一番よい方法なのではあるが、今の時代ではそうもゆかない。

それでは、本当に過去の罪を消し去る方法がこの世にあるものだろうか?

それはある。 それは祈ることである。

過去の消えてゆく姿として世界平和の祈りの中に、すべてを投げ入れ、徹底的に祈れば、タイムトンネルで過去にもどり、自らの手で罪を消し、新しく出発出来ると同じように、祈りの力で、祈りの光で、祈りのエネルギーで過去の罪や行動はすべて消すことが可能なのである。

その効果は絶大である。 驚くほどである。 祈らなければ永遠に過去の罪や行動は消えず、現在、未来までもなおその尾は引きつづいてゆく。

世界平和の祈りはすべてのすべてである。

 



     
「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 感想

 

なぜ過去の想念行為、潜在意識が消えるかというと、それは世界平和の祈りは宇宙神、宇宙のエネルギーと共鳴するからです。

宇宙のエネルギーは時空を超えています。

宇宙には地球のように過去、現在、未来というような時間と空間がないのです。

境目がない、だから浄化するのみ、消し去るのみです。

祈っている自分と宇宙の無限のプラスのエネルギーが共鳴し、祈っている自分の汚れた想念、過去世までが浄化されてゆくのです。

祈っているとなんだか軽くなってスッキリしてくるのはそのためです。

過去の悪因が消えるので、現実にその悪因が現われることがないのです。

過去の悪因は、祈りでしか消すことはできません。

未来を素晴らしくしようとしたら果因説で明るい未来をイメージすることと

祈りや印によって過去世を浄めることが必要なのです。

この2つがあって、オセロのように挟み撃ちにして、悪因はきれいさっぱりと消えてゆくのです。





 

2年、3年後の楽しい未来を設計しましょう(果因説)

  
 

あなたは今、何を見つめて生きているのであろうか?

そして何を考えて生きているのであろうか? 明日のこと? それとも将来のこと?

或いは過ぎ去った過去の出来事? 人それぞれにあらゆる生き方を考えているに違いない。

自分の前に現われてきた目先のことばかりに想いや考えをむけないで、つねに2年3年後の近い将来の楽しい出来事を設計し、夢見、心に描いて生活してゆくと、本当にその夢が思ってもみなかったように実現する。

心がつねに楽しい将来のことを思い描くため、今、目の前に現実として覆いかぶさってきている種々の苦しみや悩みや悲しみに、心が把われることがなくなると、その悩みは自然と通りすぎて消えていってしまう。

常に心を転換させることが、生きてゆく一つのコツでもある。

 

  
           「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 

感想

自分の前に現われてきた目先のことばかりに想いや考えをむけないで、つねに2年3年後の近い将来の楽しい出来事を設計し、夢見、心に描いて生活してゆくと、本当にその夢が思ってもみなかったように実現する。

これはまさしく果因説であり、これからの新しい考え方である。

未来を強くイメージ(想像)すると、エネルギーは未来に注がれることになり想像が創造に変る。

宇宙の法則とは実にシンプルであり、自分がイメージしたことがそのまま現われるのです。

自分が2、3年後に素晴らしい状態になっていることをイメージする

それだけですごく楽しいではありませんか!

今の苦しい状態ばかりに把われていると、明るい未来はイメージしにくいのです。

だから一旦、今の状態は忘れて、夢だけを見るのです。

エジソンもウォルト・ディズニー(ディズニーランドの創始者)も現実より先に夢があったのです。

私たちは創造主(神)であることを忘れてはいけません。

想いはカタチになるのです。

 
 




おススメ本 「果因説」 西園寺昌美 白光出版

    「思いをカタチに変えよ!」 渡邊美樹 PHP


 

2014年2月10日 (月)

天に真っ直ぐにつながっていれば健康になり正しい判断が出来る

 
人の心というものはそんなにもろいわけでもなく、弱いものでもない。

心が天に一直線につながっていると、神の叡知が真っ直ぐそのまま流れ入り、どんな不可能なことをも可能にしてしまう力が湧いて出る。

人間本来はみなこうあるべき筈である。

心がもろく弱そうにみえる人は、それだけ神に一直線につながっておらず、心の先端がどこかでずれてしまって、神のエネルギーが全部そのまま肉体に届かず、途中で放出されてしまっているのだ。

それはあたかも水道の蛇口にホースを真っ直ぐに差し込むのと、ずれてさしこむのとの違いである。

ずれてさしこんだ場合、水道の蛇口とホースとの間から水が漏れ、ほとばしり、流れてしまい、全部が全部、肉体に届かないため心の力が弱ってしまうのである。

 

 

  「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

感想
 
 

今読んでいる本は 「目は1分でよくなる」 今野清志著をなんですが、そこに書いてある一番大切なこととは血流を良くしましょうということにつきるのです。

目が悪くなるのは、目の中を通っている毛細血管の血の流れが悪くなるからだそうです。

宇宙からのエネルギーは血管の中を流れます。

そのエネルギー(気・血)が滞って病んだときに、眼だけではなくあらゆる病気の原因になるのです。

だからこの本の中に姿勢を正すことが書いてあるのにはびっくりしました。

調和波動気功法と同じなのです。

宇宙からのエネルギーは頭のてっぺんの百会(ひゃくえ)を入口にし、60兆の細胞に力を与えて足の裏から地球の中心へと流れていきます。

頭の先が真っ直ぐに天をむいていないとエネルギー不足(気力不足)になるのです。

そして心を沈めて、不動心でいることが大切です。

天とは漢字で、一を現わします。

心が不動心で止まっていると

一に止まる

正しい判断が出来るのです。

天に真っ直ぐにつながっている状態を意識しましょう

そして姿勢を正してみましょう


 

「目は1分でよくなる!」 今野清志著 自由国民社
 

「調和波動気功法」 于寿明著 三晃書房






 

 

私たちにはバックアップしてくれるサムシング・グレートが・・・

 

1.打ちよせる波のバックには大海が控えている。

一枚の木の葉のバックには大樹がそびえたっている。

一人の人間の背後には、偉大なる守護霊守護神が見守っていて下さる。

波と海、木の葉と樹とは一つのものであって、決して切り離して考えられるものではないと同じように、人間と守護霊様守護神様との関係も全く同じことで、つねに我々が想像もつかないエネルギーでもって、我々をバックアップして下さっている。

 

2.一波の背後に広大な海が潜んでいるように、あなたの背後には守護霊様守護神様の絶大なる守りと導きがあり、又更にその背後には、大宇宙に遍満する大エネルギーが充満し、つねにあなたの力のバックアップとなっている。

何をするにも自分自身の力だけではしれたもの。 常に背後の存在を認識して事に当たれば、必ず成就するものである。
 

 

  「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

 

人間とは、170センチ、65㌔がその人ではない、人間は肉体のほかにも幽体、霊体、神体といくつもの体を纏っているのだ

幽体は雰囲気というエネルギーを醸し出し人にも影響を与える

霊体には霊界から守護霊様が神体には神界から守護神様が肉体に向けてプラスのエネルギー、そしてメッセージを送って下さっている。

肉体にくっついている幽体とはおよそビル一棟分の大きさがあり、私たちがデパートなどに行くとそのビルにいる人たちほぼ全員のエネルギーと重なり合っているのです。

疲れるとは、取り憑かれるという意味であり、人ゴミの中に行くと疲れる(憑かれる)のはそのためです。

人のマイナス想念エネルギーの影響をまともに受けるのです。

守護霊様守護神様は幽界からのマイナスエネルギーが入って来ないように目に見えない力で守って下さっています。

私たちは、  「後ろにはサムシング・グレート(神)がついてくれていて常に守ってくださっているんだ」

と信じて、感謝の気持ちを向けることが大切なのです。

するとそれまでよりもずっとずっと守られやすくなるのです。
 

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

2月23日 調和波動気功法セミナーのお知らせ

 

みなさ~ん 調和波動気功法から、セミナーのお知らせです。

日頃私のブログを読んでくださっているみなさんに是非知って頂きたいのが、私の実践している調和波動気功法です。

調和波動とは、自分のエネルギーを調えるということです。

自分や自分の周りを幸せな穏やかな調和した愛のエネルギーにしていくには、まず自分が発しているエネルギーが調っていなければなりません。

そのための、調えるメソッドがあるのです。

本を読むことも、自分でコントロールしようとすることも大切です。

しかし、セミナーの場に来て、実際の波動(エネルギー)を感じてみてください。

きっと、昔、むか~し味わったことのある懐かしい爽やかなエネルギーを想い出して頂けると思います。

 

   『健・美・食の会』
 

開催日時: 2014年2月23日(日)

食事    12:00 ~ 13:30

レッスン  14:00 ~ 16:00

開催場所: 中国料理 大成閣 (大阪市中央区東心斎橋)

※詳細は開催場所ページにてご確認ください

会   費: 8,000円 (小学4-6年生は4,000円)

申込方法: 3日前までに 下記銀行口座にお振り込みください

東京三菱UFJ銀行 高槻駅前支店  普通 0894239

口座名義: 健・美・食の会 澤田京子

初めて参加される方、お子様が参加される方は下記までご連絡の上お振込みください

連絡先: 美容と健康グルメ研究所ハーモニー

      TEL  06-6245-5457  / FAX 06-6243-7896

 

グッドムーン(篠崎 朗) 携帯 080-1444-0018
 
興味のある方、ご質問のある方はお気軽にお電話ください。

 
 

調和波動気功法
 
http://www.harmony-wave.jp/




オーラ・オーラ

http://auraaura7.com/



  
ビッグ・ハート

http://big-heart51.com/





 

まだ半分も残っている

 
 
「もう半分しかない」 と 「まだ半分もある」。 「もう歳だからそんなことも出来ない」 と 「まだそんなことが出来ないほど歳をとっていない」。 「残りの人生最後の日」 と 「今日は私の残りの人生の最初の日」。 「もう明日はない」 と 「まだ明日がある」。 「余生あと十年しかない」 と「余生まだ十年ある」。  「足が動かない」 と 「まだ手が使える」。 この二通りの言い回しは、全く同じ状態でありながら、明と暗、+(プラス)と-(マイナス)、積極的と否定的な考え方に別れる。

あなたなら一体どちらの考え方を日頃しているのであろうか?

もしすべてが暗く否定的な考え方だったら、随分毎日が憂鬱で息苦しく、希望の無い人生を送っているに違いない。

直ちに想いを転換し、積極的な生き方、プラスのエネルギーの方向に展開させるべきだ。

さすれば運命は上昇間違いなし。

  

        「日々指針」 西園寺昌美  白光出版





土壇場に立たされた時にそれを 「チャンスだ!」 と捉えるのか 「もうダメだ」 と捉えてしまうのかは、雲泥万里の差があります。

そのときに、「神さまは自分に乗り越えられないような試練は与えない」 という強い信念を持っていたならば

「そうかこれを乗り越えればもっと強い自分になれるんだ」 と発想を変えることができるのです。

世の中も自分の周りも日々変化しています。

変化することは当たり前なのです。

リストラ、倒産、病気、別れ・・・・それらは負の現象ではなく、プラスから出たマイナスです。

プラスになるために現われた消えてゆく姿なのです。

口から腐ったものが入ってしまったら、下痢になって現われます。

傷口にばい菌が入ったら、膿になって外に出てきます。

そのときに痛みが伴うのです。

しかし、悪いもの(マイナス)が出てしまったら

後は善くなるしかないのです。

下痢になって出たもの、膿にはなんの力も残っていない

そして体はスッキリ元気に戻っている

そう考えれば、私たちの周りは、プラスのエネルギーで溢れているがわかります。

プラスのことしか起っていないことがわかります。

マイナスだと思っているのは私たちの想いだけなのです。


 





  

 

2014年2月 9日 (日)

利害関係を超えた友だち

 

本当に幸せで心豊かなる人とは、お金や所有物をたくさん持っている人のこというのではない。

自由と利害関係を超えたところの友人知人をたくさん持っている人のことをいう。

所有物や金銭をたくさん所有しているが為に、その物品に魅せられて、心の卑しい人達がたくさん集まってくるのである。

その為、いかにも自分が富み、多くの人々に囲まれ、幸せそうに見えるようであるが、実は彼らの餌食になっていることに気づかない。

そればかりか、物を所有するが為に自分の心がその物品に縛られて、物や富を守るための奴隷と化し、全く自由のない屈従の生活をおくらなければならなくなるよう、自然に強いられているのである。

哀れなものよ。

       「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版





 


感想


 

 利害関係のない友だちは本当にいいものであって、自分にはない相手の良いところを何の抵抗もなくいただけるのです。

「へえーそうなの、知らなかった」 「わあ~いいこと聞いたなあ」

となんの惜しげもなく教え合ったり出来るのです。

利害関係、損得勘定(感情)がないので、自分を飾る必要もない

等身大の自分が出せる

だから楽なのです。 リラックス出来るのです。

友人(特に学生時代)というのは、親兄弟よりも縁が深い場合があるそうです。

前世では、妻であり夫であった、兄弟姉妹だった、その回数が今の家族よりも多かったのかもしれません。

だから自然と心が開けるのです。

幸せとは縁の深い人たちとの交流を言うのでしょうか?

同窓会とはその最高の舞台なのかもしれませんね。


 

 

 

生きている間にすべきこととは

  
   

今生にしてなすべきことは、どれほど人様の為にして差し上げることが出来るか、どれほど自分が立派に磨かれてゆくか、の二つ以外に何も無い。

 

       「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

  

 

感想

 

人様の為にして差し上げる事も自分が立派になることも、どちらも魂が向上することであって、そのことは宇宙レベルで言うと素晴らしい行為なのです。

宇宙は瞬々刻々進化向上しているのであって、小宇宙である人間も自分が進化する、あるいは他人?を成長させること、気持ちを一つにして共に成長すること(愛という)が何よりも何よりも宇宙の波動(エネルギー)のレベルを上げる行為なのです。

それが宇宙法則に乗るということです。


 



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 

幸運は自分で引き寄せるものなのです


 
運、不運と人はよくいう。何も努力せず、出世したりお金が儲かったりすると、運のいい奴だといわれ、一所懸命、人一倍努力しても、一向にうだつがあがらず、人にも認められない人のことを、運の悪い奴だという。

一体、運、不運とは何なのであろうか。 運とは突然現われてくるものでは決してなく、「今」 が運なのである。 今の一瞬が運をつくってゆくのである。 表面的には仕事の質、量の問題ではなく、心の問題に帰する。

「運」 とは時々刻々想いの連続によって起ってくる。

 人一倍努力したからとか、忍耐したからとか、励んだからとか、働いたからではなく 「絶対にやってみせる」 という信念の積み重ねである。

今の瞬間をも 「絶対に私は出来る」 という想いをもちつづけるからこそ、自分に運がついてくるのである。

いわゆる心の働きによるのだ。

 

 

    「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版




 
感想

「絶対に出来る」 「絶対に大丈夫」 「絶対にやってやる」 ・・・・という絶対という言葉を使うことによって俄然、現実味を帯びて来る。

それは絶対という言葉には、ものすごいエネルギーが入っているからだと思うのです。

運が好転するのは偶然ではなく

自分が自分の強い想念で引き寄せるのです。

心が先で現象が後です。

エネルギーが先に現地に行って待っていて、現象が後から付いて来るのです。

だから、「明日の○○は、絶対に上手いくんだ!」 と断定することが大切です。

「うまくいきますように」 では弱いのです。

断定して、うまくいっている状態をイメージする

するとエネルギーは想像した通りに働き、創造されるのです。

宇宙の法則とは想念エネルギーの具現化なのです。




  

 

 

精神的結ばれている友は本物

 

あくなき物質的欲望を追っていると、いつまでたっても真の幸福は見出せない。

次から次へと新しいもの、自分に無いものが欲しくなり、自己欲望への規制がきかなくなり、しまいには必ず破滅の道へと自らを自らの手でまねいてしまう。

もっと自分の心を大人にして、精神的なものへの欲求へと変えてゆかなければならない。

精神的に結ばれている友は本物で、長つづきし、物質的に結ばれている友はもろく崩れやすい。

 

          「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版




感想

友だちとは、精神的なことだけでつながっているのが理想であり、間にお金や物質が入ってくるとろくなことはない。

同窓会のことをしていると、たまに

「あいつに貸したお金を返してもらっていない」 という話を聞いたりする。

親子での貸し借りは、後をひかない(親が忘れてくれることがある)場合があるが、友人ではそうはいかない。

精神的に強くつながっていても、お金が絡むと、もろくも崩れ去ってしまう。

人間は、精神的にも物質的にも自立することが大切だと思うのであります。






  

 

 

天はすべてを見ている

 

人はつい自慢したくなる時がある。 問われもしないのに、自分の知性をひけらかしたり、尋ねられもしないのに、自分の徳をいいふらしたりついしてしまう。

恥ずかしいことである。 悲しいことである。 淋しいことである。

自分の素晴らしさを他人の前で認められることを誇りに思うものであろう。

だから自分から言わずとも、人は必ず自分の隠れた才能や徳をみているものなのである。

ましてや天は!


 

           「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

感想
 

人間謙虚であることがどれだけ素晴らしいか! を実感するのです。

控え目でありながら自分に出来ることをコツコツと淡々と、それも人が喜んでくれることを笑顔でしている人は、周りの人全員にわかってもらえることはなくても

見る人は見ているのです。

そして謙虚な人は、大きな宝を得ることになります。

それは信頼関係です。

「なにかあったときにはあの人に頼もう」 それは荷物を背負ってもらおうというのではなく

信頼関係がなければ絶対に来ない仕事などです。

信頼のおける人は、仕事に困ることはない

これは私の持論ですが、間違っていないと思います。

 

人に好かれることを考えるより、人を好きになる

 
なんの理由にせよ、この世に生れたからには、生きねばならない。生きるためには幸せにならなければならない。 幸せになるためには、誰からも愛されなければならない。

愛されるためには、まずはじめに自分が人を愛することである。

積極的に愛の働きかけを行うことによって、始めて愛されるという形を生むのである。

それが言葉でも行為でもなんでもよい、無言でさえかまわない、心の底に変らず流れている思いやりさえあれば。





         「日々の指針」  西園寺昌美  白光出版



 

感想


 

愛されたいと思うのなら、自分から相手に心を開いていかなければならない。

相手が自分を嫌っているとわかっても、そこは気がつかない鈍感なふりをして

その人だけでなく誰に対してもフレンドリーな態度で接していれば

「ああこの人は器の大きい立派な人なんだあ」 といつかは相手も反省するのです。

愛深い人は誰からも尊敬されるので、すべてがうまく廻ってゆくのです。

どんな人をも愛そうとするには、相手の神性を見なければなりません。

どんな人にもキラリと光る美しい長所があるのです。

そこだけを見て、あとは一切見ないようにする

それが人を愛することができる 取っておきの 秘訣 なのです。






 

 

2014年2月 7日 (金)

今日できることを明日に延ばすな

 

成功する人は、びっくりするほど行動が早いものです。

必要だと思ったことはすぐに行動に移します。

『今日できることを明日に延ばすな』 という格言を、そのまま生きているのです。

そして、いつもすっきりした気持ちで人生を生きています。

一方普通の人は、必要だと思うことでもなかなか行動に移せません。

その結果、 「やり残しているリスト」 がどんどん増えていくのです。

すると、なんとなくモヤモヤした気持ちがいつも残ります。

それだけでストレスになり、目の前のことに集中できなくなります。

何となく気になることがあったら、新しいことを始めようという意欲も低下します。

そこでおすすめしたいのが

 「やり残したことリスト」 を実際に作成(紙に書き出すだけでいい)して、簡単なことから順に片づけていくことです。

どんな小さなことでも、1つのことを完了させると、気分がスッキリします。

自分にも自信がついてくるから不思議です。

こうやって、必要なことは手際よく片づける習慣が身につくと、毎日を新鮮な気持ちで送ることができます。

そして、比較的長期間にわたることや、ちょっと面倒なことでも、自分の力でやりとげることができるようになるのです。

 

① 友人から手紙をもらったのに、まだ返事を書いていない

② 今度会おうねと約束したのに、まだ日時を決めていない

③ 廊下の電球が切れているのに、まだ交換していない

④ 部屋の片づけをしなくちゃと思いながら、まだやっていない

⑤ 子供と 「今度一緒に遊ぶと約束したのに、まだ実行していない」




  「90日で幸せな小金持ちになるワークブック」 本田 健 GOMA BOOKS





感想

上記のやり方でもいいと思うのですが、まず気になっていることを全部書き出して仕分けをする

1.今すぐに出来ること

2.明日や明後日、3日以内にやってしまえること

3.来週中にやれること

4.1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月後にしかできないこと

5.半年後以降にしかできないこと

6.いつ出来るかわからないこと 
 

まず、今すぐにできることをやってみませんか?

すると来週にやろうと思っていたことが突然前倒しで現われて来ることがあります。

とにかく紙に書き出すことが大切です。

客観的に観れて頭の中を整理出来るからです。

私たちは、4~6を頭の中に駆け巡らせて

「どうしよう、どうしよう」 「出来ない、出来ない」 「忙しい、忙しい」 とイライラしているのです。

頭をスッキリしないと善い考えも浮かんで来ないのです。

 

2014年2月 6日 (木)

たくさんのことを知っていてもそれを生かさなければなんの意味もない


  

知識はあくまでも知識だ。いくら知識を人よりもたくさん蓄えたとしても、それを身に修め、自分自身の人格や行いに現わしてゆかなければ、なんら意味がない。

只の肥満児と同じことだ。

肥満児がたくさん食べて食べて食べまくっても、それを完全に自分自身で消化し切れなかったならば、食べた分だけ全く無駄になる。

食べた分だけ輝くような健康体と美しいプロポーションにエネルギーを変えていかなければ、不完全燃焼に終ってしまう。

肉のかたまりや脂肪のかたまりが身体のあちこちにつき、醜い身体と化してしまう。

知識もそれと全く同じで、スマートにこなしてゆかないと、知識のみを鼻にかけた醜い人物に化してしまう。

 

     
         「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版





 
たくさんのことを知っているだけで

「頭がいい」 とか 「賢い」 とか 「仕事が出来るとか」 それは全く関係のないことだと思うのです。

本当に頭の良い人とは、つちかってきた経験や学んで知り得た知識を、世の為人の為に生かしていける人なのです。

テレビなどを観ていると、学生服を着たおじさんやおばさんが知識の量を競い合っています。

知識を自慢に使っているようにしか見えないのです。

「俺はこんなことも知っているんだ、凄いだろう」

テレビがインターネットに負けそうになっているのは、こういう番組を作っているからだと思うのです。

すいません、めずらしく批判をしてしまいました(笑)

しかし、人間は自分の智慧や知識を人類のため、大自然、宇宙のために使わないと

破滅への道へ進んでしまうと思うのです。 無限なる光!
 

自分を生(活)
かせる 「生き方」 をしましょう



   

信念を貫くかどうかで成功不成功は決まる

  
人間の成功不成功の差は、信念を貫くか否かによる。 やると思ったら最後までとことんやり通していかなければ、すべての物事は成り立っていかない。

常に 「絶対やってみせる」 という意気ごみと、中途挫折の無いよう努力しつづけることにかかっている。

これしか自分の選ぶ道はないと、断固として一つに道に固執して歩みつづけることである。

人にいわれたからといって、すぐに、では違う道をと、自分の信念をぐらつかせるのはもってのほかである。

一度思い描いたことを信念を持って貫いてゆくことこそ、すべての成就につながる。
 

      「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版




 


“一度思い描いたことを信念を持って貫いてゆくこと” このことが一番大切なことだとわかっていても、一度描いた信念もぐらつくことがあります。

それは、地球を覆っているマイナスの想念エネルギーが脳裏をかすめるからです。

先ほどまでの信念はどこへ行ったんだ?

あれほどやる気になっていたのに、あのモチベーションはどこへ行ったんだ?

自分の中にマイナスを入れないようにするには、プラスを入れ続けていくしかないのです。

理屈ではないのです。

マイナスのエネルギーは有限です、一方宇宙からやって来るプラスのエネルギーは無限なのです。

世界平和の祈りを祈りつづけていると必ずマイナスの想いに勝つのです。

信念とは、神を信じる力のことです。

物事を成し遂げる前に、神と一体となることが大切なのです。

  

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



 

 

好きだ嫌いだで物ごとを決めてよいのです。


人生とは選択と決断の連続である、といわれている。 自分のつちかった経験や知識、情報に基づいて行っているが、ほとんどの場合直観で決めてしまう場合のほうが多い。

ただ単に好き嫌い、よい嫌だ、といったフィーリングの方が経験や知識よりも先行する。

又その方がずっと自分の思った通りの人生を歩むことが出来る。

直観とは神から流れてくる答えだからである。

 

       「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版


 

物ごとを、すべて直観で決めることが出来たならどんなに楽で楽しいだろうと思うのです。

しかし、意識して 「直観が働かないかなあ」 と思っている時はピンと来ることがなく

そんなことはすっかり忘れて、空の状態になっているときに、腑に落ちたようにストンと響くのです。

これが直観です。

だから直観を働かせようとしたのなら、日頃から「ああだ こうだ」 と頭をひねくりまわすのはやめて

世界平和の祈りの中に想念を放りこんでしまうのが一番なのです。

世界平和の祈りの中に入ると宇宙(神)とつながるのです。

そして神の叡智が肉体に降りて来る

世界平和の祈りは宇宙(神)の理念なので、共鳴するのです。

人間は、直感のみで生きていける

もちろん3次元的な努力をしてのことですが・・・・・・

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




 

 

自分が恐れていることとは、一番やりたいことなのだ

 

恐怖心をなくすにはどうしたらよいか。 アメリカの詩人エマーソンはこう答えている。

「あなたが一番恐れていることをしなさい」 と。 確かにズバリそのもので、逃げたり避けたりしていたのでは、いつまでたってもその恐怖心をこえることは出来ない。

勇気をもって突き進んでゆくのである。 すると思ったよりも、ずっと軽くすんでしまうものである。

         「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 
 

一番恐れていることとは、案外自分が一番やりたいことなのかもしれない。

好きなことだけに、「もし失敗したらどうしよう」 「立ち直れないかもしれない」

と慎重になってしまう。

もう少し自信をつけて、準備を万端にしてから挑戦しようと思ってしまう。

やってしまえばいいのだ、やっているうちにどうしたらいいのか?なんていくらでも直観で浮かんで来る。

いや、同時進行でないといい知恵なんて湧いて来ないのだ

神様は、「魂が喜ぶことをしなさい」 とおっしゃっている。

だから誰に遠慮することもいらない、恐れることもいらない

「好きなことをやって失敗するはずがない」 と強く信じることである。

 

  

2014年2月 5日 (水)

相手の神性を信じると必ず鏡となって現われる


  
自分の愛する者たちを絶対に心から信じてあげなければならない。

現在いかなる業生が現われていようとも、夫でも妻でも子ども達でも、彼らの本性を信じてあげるべきである。

その信じた分だけ結果に必ず現われて返ってくるものなのである。

決して一つの欠点をも認めてはならない。

ただひたすら本性の輝きと、隠れたる神の心とを見るように心がけてゆけば、必ずやそれは応えてくれるものである。

まこと思ったことは必ず現われる法則の通りである。

 

       「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 
  

感想

  

 
今の学校の先生(親も大人も含む)の生徒たちに接する態度で驚かされるのは、子どもたちの良いところ長所を見つけて、徹底的に褒めている先生と

「お前はダメだ」 「お前は馬鹿だ」 と否定ばかりをしている先生に分かれるということです。

これは真理を知らないために起きている現象です。

“人間神の子” の真理が浸透することになれば、自ずと後者のような先生は無くなっていくと思います。

それは誰も人を悪く言いたくはないからです。

言ってしまったあとは後味が悪いのです。

それは真理に反したことを言ってしまっているからです。

しかし、相手の悪いところを見てしまうと、つい批判、非難、評価をしてしまうのです。

一日も早く地球人類が真理に目覚める日が来ればいいのに と思います。

 

学生時代の勉強の成績は世の中に出ると関係ない

 
学生時代には優秀で、すべてトップでいたが、実社会に入ると平凡な人生に埋もれてしまう人もいれば、学生時代、何一つ期待されなかった劣等性が、実生活に入るやいなや、その本来持てる力量を立派に使い果たし、人の上に立つ人になる場合もある。

若い頃の利発さは、忍耐や努力をしなくても結構なんでも手際よく覚えてしまう。

だがそれだけ忘れることも早い。

着実に物事を自分のものとしてゆく方法が一番よい。

人生プロセスにおいて簡単に善い悪い、成功失敗と決定は出来ない。

すべて結果によって判断すべきことである。

すると早い遅いは全く関係ないことになる。

 

   「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 

 感想

今、私は中学の同窓会のお手伝いをしています。

私が中学生の頃は、団塊の世代でやたらと子どもが多く、なんと14クラスもありました。

そして我母校は公立中学でありながら、全国でも有数の学問優秀校であったのです。

しかし私は、中学2年までまったく勉強をしたいと思わず、落ちこぼれでした。

中2の夏を過ぎた頃にこれではいけないと奮起してなんとか志望校に入ることができました。

私は、学校や親や周りの人たちの 「勉強が出来る子は良い子」 という考え方が大嫌いで、まだ世間を知らない、世の中に出ていない子どものうちに優劣を判断されることはいまでも間違っていると思っています。

来月に同窓会が行われるのですが、そのことを証明してくれる昔のやんちゃな奴が現われることを今から楽しみにしています。

要は、一つのことをどれだけ真剣にコツコツと積み上げてきたかによるのです。

それは、勉強が出来たとか、成績が良かったなどは全く関係は無いことなのです。



 

外部からの援助は人間を弱くする

 
外部からの援助は人間を弱くする。自らの手で自らのを励まし、何事にも屈することなく、勇気づけようとする精神こそ尊いものである。

人の為によかれと思って援助の手を差しのべる時は、余程の読みが必要である。

相手の自立の気持ちを失わせるようであっては、かえって援助がマイナスとなって働いてしまうからである。

人生は自分の手によってしか開かれないものである、ということをよく知ることである。

 

     「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版




 

感想

 

 
人間は、人の手を借りずに試練を乗り越えてゆくのが最高の道なのであって、乗り越えようとしている時に手を貸してしまうというのは、優しさでも愛でもなく

その人の自立を妨げてしまう、大変な罪?をつくってしまうのです。

私たちは、優しい愛と、峻厳な愛があることを知らねばなりません。

例えば、子どもがかわいいからと心配だからといって、援助ばかりをしていては自分がいなくなったときに一人で生きていけなくなるのです。

そして自立が出来なければ、家族を持つことも出来なくなる

人によい影響を与えて、人類の進歩にも貢献できなくなるのです。

そして天命(天からの使命)をまっとうすることも難しくなる

これでは自分がしてきた愛の行為?が台無しになるのです。

自分が善かれと思ってやっている行為が人の魂を成長させるものか、あるいは妨げるものなのか?

ジャッジをする必要があるのです。



 

 

すべての人は愛を求めている

 

すべての人間は愛を求めている。

又、すべての人間は、理解されることを望んでいる。

人に愛されず理解されぬ程苦しいものはない。 それがどこまでも続くと、生きる希望さえも失ってしまう。

それ程までに人に愛され理解されることは、人間の真の喜びであり生き甲斐なのである。

今、誰からも愛されることなく、又理解されることなく、淋しさと孤独に打ちひしがれている人よ、ようく聞き給え。

そんなに嘆くことはない。

神が誰よりもあなたを愛し、あなたをよく理解している。

そのうちに必ずあなたの前によき理解者が現われるであろう。

神があなたの前に降してくれている。

 

  「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 感想
 

人との関わりがあるに越したことはない、人は人とつながっていないと淋しさで死にそうになる。

しかし、例えば、一人ぼっちになって無人島で生活するようなことになっても

その人は決して一人ではない

星が他の星と離れて輝いているからといって、「星ってかわいそうだなあ」 とは思わない。

人は人間関係が煩わしくなると、人から離れて孤独になろうとする。

あるときは、孤独を嫌い、またあるときは孤独を愛す

いったい人間の心の中ってどうなっているのだろう?

それは孤独になると自分の心の内を知ろうとして、本心を知ろうとして、どんどんと心の内に入っていく

そうしているうちに、本心(宇宙)とつながることがあるのです。

宇宙とつながると、すべてのものとつながります。

すべてのものとつながると、心の中に宇宙の無限のプラスのエネルギーが入ってくるのです。

すると、「淋しい」 「悲しい」 「虚しい」 「惨めだ」 ・・・・というようなマイナスの想念が消えて無くなるのです。

まして神(守護霊、守護神)とつながっていれば淋しくなることなどありません。

そして守護霊の力によって、よき理解者を紹介?してくれるのです。(自分の守護霊、相手の守護霊が交流し合って)

私たち人間はどんな状況になっても、決して一人ではないと信じてください。



 

 

 

2014年2月 4日 (火)

勇気をもって核心を貫け!

  
人間とことん落ちるだけ落ち、どこにも自分の逃げ場がなくなれば、どんな不幸も災難もたえぬくことが出来る。

又自分でも驚くほどの強力な知恵と能力が自分の中に潜んでいる。

なんとか自分の逃げ場を追い求めて得策をはかり、無難な道、世間体をつくろうとするから、必要以上に恐怖し不安におののくのである。

何事も中途半端な解決を求めず、又うわべのみの無事安泰を願わず、真正面から問題に取り組む心がけが大事である。

いつまでも核心に触れることを避け、上辺だけの解決でその場をとりつくろっていたならば、また同じ悩みや問題が姿が形や場所を変え、現われてくる。

要は、一時は苦しくても、勇気をもって核心を貫くことが大事なのである。

核心に触れることにより、はじめて思ったより案外楽に問題が解決出来るものである。

又、それが事実である。

嘘だと思ったら今度実際に思いきってやってごらんなさい。

あなたは一廻りも二廻りも大きく成長するに違いない。
 



   「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版


 

 

自分では、今の状況を突破して変えてしまいたいのに

もう一人の自分が

「今のままでもいいじゃないか、もうしばらくのんびりいけよ」

とささやいてくる

怠惰な自分とそれを叱咤する自分がいるのです。

一度怠惰な状況に陥ると、変化することがおっくうになってくる

普通の状態だと変化するのにはそれほどのエネルギーは必要としないのに

一度怠けてしまうと

マイナスからの第一歩なので、より大きなエネルギーを必要とするのだ

もう少し、もう一日だけこのままでいようとしたのなら

月日はあっという間に過ぎ去ってゆく

今は決断のときなのだ

突き抜けてしまえば

 なんてことはない

やってよかったと必ず思うのである。





  

楽しみながら努力をしていきましょう

 

 
  
一人さんのビジネスについての考え方は、「商人頭」 で徹底的にムダを排除することと、智恵を出して儲けることである。

第一の「ムダを排除する」とは、出金をとことん削り、儲けることだ。

第二の「知恵を出す」とは、商人にとってお金は出すものではなく、ムダな努力をすることでもない。 知恵によってお金は儲けるものだということだ。

知恵を出して儲けるという考え方が背景にあって、「がんばらない」 のである。

「がんばる」 というのは努力であり、それより知恵を出そうというのが、一人さんの言いたいことなのである。

では、努力は必要ないのか。

「楽しみながらする努力はいい」 そう一人さんは言っている。

ただ我慢や努力の汗を美徳とする考え方に、一人さんはノーと言っているのである。

 




    「斎藤一人さんが教えるツキをよぶ魔法のノート」 池田光著

感想

この頑張るとか努力とか、智恵を絞る、一生懸命だとかをどう説明したらいいのか、非常に難しいのです。

一生懸命にすることは大切だけれど、一生懸命のやり方を間違えたら力みになったり、他人に迷惑をかけることがある。

頭で考えるのも考え過ぎてはいけないけれど、まったく考えなかったら仕事にならない(笑)

「バランス感覚が大切だなぁ」 とつくづく思うのです。

この感覚って自分にしかわからない

それを他人が観て、適切にアドバイスが出来る人って凄い!と思うのです。

しかし、斎藤一人さんのような人ばかりが上司だとは限りません(笑)。

自分のバランスは自分でとってゆくのです。

手前みそかもしれませんが、調和波動気功法 于寿明著 という本には

「抜群のバランス感覚を養えるメソッド」 が書かれているのです。

その方法を教えてくれるのです。

 



 

調和波動気功法(2月23日(日)に調和波動気功法のセミナー「健・美・食の会」が開催されます、詳しくはホームページのセミナー案内をご覧ください)

http://www.harmony-wave.jp/


オーラ・オーラ(自分の出しているエネルギーを知ることによって抜群のバランス感覚の取り方を教えてくれます)

http://auraaura7.com/



ビッグ・ハート (抜群のバランス感覚の持ち主であるyuka姉さんが波動調整の仕方を教えてくれます)

http://big-heart51.com/

力むと本来の力が出なくなるのです

 

力をいれるな。もっと力を抜け。力むとそれだけ摩擦が生じ、何事もスムーズにゆかなくなる。 苦しければ苦しい程、緊張をとけ。 すべてを自然に任せるのだ。 何事も自分の力でやろうとするから、力が入るのだ。 

何故自分に内在している神の力を見出してゆこうとしないのか。 引き出そうとしないのか。

自分がやるのではない。 自分に内在している神の力がすべてをやるのだ。

 

           

          「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版



 


感想
 

「頑張れ!」 というのは、我を張れということであり、すなわち、力むということなのです。

野球などのスポーツを観ていたらよくわかるのですが、うまくいかないときとは、必ず余計なところに力が入っていて本来の内から出てくるものを邪魔しているのです。

だから「頑張れ!」というのは、「力め!」 「内の力を出すな!」 と言っているのと同じであり、言われたことを真に受けた人は益々、緊張し本来の力を発揮出来なくなってしまうのです。

斎藤一人さんは、相手を励ますときにどう言っているかというと

 

「そんなにがんばらないでくださいね」 と言ったあと、「知恵を出しましょう」と続ける。

「がんばらなくていい」 と思うと、肩のあたりがスーッと楽になる。

知恵を出すことが努力よりも大切だとわかるのだ。



 

 

2014年2月 3日 (月)

大きな人物になるには

 
  
気の小さな人間は少し批判されただけでも、すぐ立腹する。

生真面目な人間は、少しの過ちでも人をとがめ、許そうと思ってもなかなか人を許すことが出来ない。

ましてやそれが自分の過ちとでもなれば、自分を一生責め裁き、救われることはない。いずれも小さな善人の典型的なる姿である。

だが大きな人物は、自分を批判した者も、自分に背いた者もすべて許し、よしとし、すべてを受け入れてゆく度量がある。

そういう人間になりたいものだ。

 

     「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版



 


感想

人の悪を、不正を、堂々と指摘し言うことの出来ない人は、勇気のない、ひきょう者だと思っていました。

だから自分を批判、非難、そして悪い評価をしてくる人も自分の中の正義?に則って、やり返してもいいのだと思っていたのです。

しかし同じマイナス感情の渦の中に入って

「自分は悪くない、悪いのは相手だ!」 と叫んでみても、それは同じ穴のムジナであり、周囲に、地球に、そして宇宙に、マイナスのエネルギーを振り撒いてしまっていることになるのです。

神は何を見ておられるのか?

宇宙にとって一番大切なことはなにか?

それは、一瞬一瞬、瞬々刻々

宇宙にどういうエネルギーを放っているかなのです。

過去に悪いことをしてきただとか

良いこと(陰徳を積む)をしてきただとか

個人的にお金をたくさんもっているかだとか

そんな、カタチのことはどうでもいいのです。(済んでしまった過去はどうでもいい)

今、この一瞬です

この一瞬に何を想い何を発したか?

大事なことは

ただそれだけなのです。

それは宇宙は常に進化し続けているからです。

宇宙の運行に、人類にとって一番欠かせないもの

それは、クリーンなピュアなエネルギーなのです。

一瞬一瞬をクリーンなエネルギーにしていこうとするのなら

自分の想念を宇宙(神)に向けているしかないのです。

それが世界平和の祈りであり

これから地球人類のほとんどが祈っていくことになる崇高な祈りなのです。

 

上記の文章のような大きな人物になりたいですよね。

でも、肉体人間には無理なのです。

肉体人間は今のままでは、あまりにも小さい、あまりにも愚か過ぎる(無限なる叡智!)

大きな人間になろうとしたのなら

自分の意識を宇宙に合わせればいい

それが世界平和の祈りなのです。

 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 

 

 

くどいようですが、余計なことは考えるな!


余計なことは考えるな、くだらないことは気にするな。 そんな暇があったら神のみ心に集中せよ。

考えすぎて良いことなど決してない。 決断をせまられる時、答は神より直観として与えられる。

正しい判断、善いことなどは神より直観として与えられるものである。

考えたからといって得られるというものではない。


 

      「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版





感想

今書いていることは、私自身に言い聞かせていることであって、みなさんにはご迷惑なのかもしれません(笑)

私はうまくいかないこと、うまくやりたいこと、順調に事が進んで欲しいことがあるとすぐに考え過ぎてしまうのです。

答を急ぎ過ぎるのかもしれません。

そして、「どうしたら上手くいくのだろう?」 「どう言えばわかってもらえるのだろう?」 「今何をしたら一番効果的だろう」 と策略を練るのです。

策略とは、天(自分の本心)から来たものではなく

邪(よこしま)な邪道なのです。

邪道とは、天と地をつなぐ縦の線(光りの柱)から外れているので

決してうまくいかないのです。

うまくいっている時とは

宇宙法則に乗っている時です。

宇宙法則に乗るとは

自分の想念が神様み心の中に入っているということです。

それは世界平和の祈りの中に入ることで

宇宙の法則に乗ることが出来るのです。


 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



 

もっとさっぱりしろ、もっとあっさりしろ


もっとさっぱりしろ。 もっとあっさりしろ。 心は単純なのが一番よろしい。 誰がみても明らかにわかるようにしろ。 ごちゃごちゃと複雑に心の中が入りくんでしまうと、自分ですら何をしてよいか判断に迷うのみである。 ああでもない、こうでもない、と繰り返し繰り返し迷わないで、自分の想いを、自分の迷いを、自分の考えを、すべて神の中に入れこむのだ。

改めて神のほうから素晴らしいひびき(直観)を通して、予期しない答が与えられるものだ。

 


     「日々の祈り」 西園寺昌美 白光出版


 

感想

 

先ほどと同じような文章ですが、さっぱりすること、あっさりすることはほんとに大切なことなのです。

私たちが一番無駄な時間を過ごしている時とは、同じことを何回も悩み、迷い、考えているということです。

一回で答が出ないのだったら何回繰り返したって同じです。

繰り返している時間は無駄です。

それは時間をおかなければ、答はでないからです。

それなのに私たちはこれでもか、これでもか、これでも答は出ないのか! と意地になって自分への質問を繰り返す。

もう一人の自分(本心)も

「いい加減にしてくれ!」 と怒っています(笑)

時期が来れば、自然と解決するのです。

焦っては成るものも成らなくなるのです。

ヒラメキはリラックスしたときにやってくる

 

自分なりに一所懸命何かに対して努力した後は、もうそのことについて一切心を離すことだ。

お風呂に入っている時とか、庭の木々や花々に見入っている時とか、何かすべてを忘れてボーッとしている時とかに、必ず直観としてその答はひらめいてくる。

毎日毎日努力することのみによって、すべてが解決するわけではない。

すべての事柄は、人間の方の努力と神の方の叡智が一つになった時に、はじめて成就する。

         「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 
感想

ほんとにその通りで、懸命に考えたところですぐに名案が浮かんでくることはない。

気をもんでいることから心を離して忘れているときに

 「あっ そうだ!」 と答が見つかることがある。

一生懸命にやる、忘れる、一生懸命にやる、忘れる、一生懸命にやる、忘れる・・・・

要は、いつまでもぐずぐず考えていないで

切り替え、気分転換が大切なのだ

会社へ行けば、働きマン、友達といるときには 気のいい奴 家に帰ったら優しいパパさん、場面が変わっているのに、自分が変化しないのは、変な奴なのです。

守護霊は、物事を解決させようと霊界で動いてくれている。

霊界から幽界、肉体界をコントロールして、相手の守護霊守護神と話し合って、うまくいくように取り計らってくださっている。

「これだけ頑張っているのだからなんとかしてやろう」 と

なのに、動こうとしているエネルギーを想いが邪魔をしているのです。

想いは重いのでエネルギーまで重たくなってしまう

守護霊が軽やかに動けなくなるのです。

人間はいつもさっぱりあっさりしていることが一番なのです。



 

2014年2月 2日 (日)

すべては完璧欠けたるものなし、大成就



ツキをよぶ言葉 「いいことがありそうだなあ」
 

● この言葉の意味

「イヤな予感がする」 という胸騒ぎは、誰しもよく経験するだろう。

良くないことが起こりそうな気配に、足がすくむ感覚だ。

そんな感覚に襲われたときに

「イヤなことが起こりそうな気がする」 と、感じたままに声に出すと、それが現実のものになってしまうことが多い。

そうではなく、「いいことがありそうだなあ」と、心の照明のスイッチを入れるのだ。

するとパッと心に灯がともり、イヤな気配が一瞬にして吹っ飛んでいく。

悪い予感や気配を転換する言葉が、

「いいことがありそうだなあ」 なのだ。

  

   
「斎藤一人さんが教えるツキをよぶ言葉」 池田 光著

 

感想
 

「いいことがありそうだなあ」 確かにポジティブないい言葉ですね。

ただもっとエネルギーが強くて、心の黒雲を一瞬にして光に変えることの出来る言霊(ことだま)をご紹介します。

それは、タイトルにも書きましたが

 “すべては完璧欠けたるものなし、大成就” です。

私たちは創造主(我即神也)なので、元々完璧、パーフェクトなのです。

ただ自分がそうではない、ダメな奴だ、不完全だと思い込んでいる

思い込んでいる分だけ、本来の素晴らしい力を発揮することが出来ていないのです。

なんともったいないことか!

そこで

“すべては完璧欠けたるものなし、大成就”

は、本来の自分の姿に戻してくれるのです。

光りの波動体にしてくれるのです。

この言霊は

自分が自分に断言しているのです。

本来の自分は神である、だから、あらゆるすべてが完璧なのだ、調っているのだ、欠けたものなどあるはずがない、すべてが成功するに決まっているのだ と言い切っているのです。

なんと力強い言霊でしょう

なんども繰り返して唱えてみてください。

きっと素晴らしいエネルギーが感じられると思います。

 

 

人は光を浴びるために観光地に行ったのです




斎藤一人さんの 「観光旅行の話」 というのがある。 この観光旅行とは、名所や史跡を観にいくことではない。

では、なにか。 文字通りである。

つまり 「光」 を観るための旅行なのだ。

光とは、光り輝いている人のことを指す。 みずから輝き、光を発している人だ。

こういう人は、まわりの人々に元気を与える。 そのエネルギーが欲しいから、その人に会いにいくということなのだ。

会社にそういう人がいれば、所属するチームは明るく、楽しい。 そして成功する。

お店にいれば、お客さまがどんどん来店する。 明るいところに人が集まるのは当然のこと。

お店は繁盛になっていく。

人間には、太陽タイプと、月タイプがいる。太陽タイプは、みずから光り輝き、みんなを照らしだす人である。

一方、月タイプは、太陽の光に照らされることによって輝くことができる人をいう。

この人たちは太陽タイプがいることで、はじめて輝くことができる。

残念なことに、太陽タイプの人は圧倒的に少ない。 多くは月タイプである。

みんな輝きたい。そのためには太陽タイプが必要だ。

だからそんな人のまわりに観光旅行に出かける、ということなのだ。

 

斎藤一人さんが教える驚くほど「ツキ」をよぶ魔法の言葉ノート 池田光 [著]



 



感想


観光地というのは、昔の聖者や悟った人がその場所にいて、その地を浄めていたのです。

悟った人は、天につながっているので天地を貫く “光の柱” shine になっていました。

そしてその地は素晴らしい光の波動体になっていた

人が行くと、光のシャワーを浴びたように、汚れた想念(業・カルマ)が浄化されたのです。

“生命(いのち)の洗濯” が出来たんですね。

観光地とは、光を観に行く地という意味なのです。

ところで

観光地に行かないと私たちは、いのちの洗濯が出来ないのか?

心を清くすることは出来ないのか? 光り輝くことは出来ないのか?

そうではありません、そのために祈りがあるのです。

祈りとは、いのちがのり出すという意味です。

祈ると自分が光の柱になります。

聖者や悟った人と同じような波動体になるのです。

 



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

 



大切なのは、日々改善していくことなのです

 
不安感が襲ってくるのは、不完全だからです。

お金がない、仕事がない、人間関係が上手くいかない、体の調子が悪い、あいつとケンカをした・・・・・・

日常生活を送っていたら不完全なことだらけ、心配することだらけ、不安になることだらけです。

でも物は考えようで、不完全なものをいきなり完全にしようとするから辛いのであって、無理があるのであって

不完全なことが当たり前、想定内だと思えばいいのです。

すべてが完全に調っている人なんていません。

物質的なこと、お金の心配がない人でも、人間関係や健康のことで心配事があります。

みんな同じようにいろいろな悩みを抱えているのです。

だから、少しずつでも、一つだけでも、優先順位の高いものだけでも

昨日よりも今日の方が前へ進んだ、改善された というものがあればいいじゃないですか

と思うのです。

そして、老子の言葉のように “足るを知る” の精神

 満たされていないことに意識を向けるのではなく、足りているのもの与えられているものに意識を持っていくことが大切だと思うのです。

生かされている自分をありがたいと思う

与えられている無償のものに感謝をする

そうすれば足りないものを不安に思う気持ちがなんと贅沢な悩みなのかと気づくのです。

斎藤一人さんの本を読んでいてそう感じたのでした。

 




 
水が半分入っているガラスのコップを想像してほしい。

このコップを見て、完全主義者の人は

「半分足りない」 とストレスを感じて、コップいっぱいに満たさなかったことを責める。

この人は、完全でないことが許せない性分なのだ。

それはマイナスの部分に目が行くということ。

完全でないことがストレスの種で、自分や他人を責めたりするのだ。

失敗を許容しないと、仕事にはならない。

どんな仕事にも失敗はつきものだからだ。

失敗を改善したプロセスの結果として、成功がある。

不完全主義者は、うまくいったところを喜ぶ。

失敗を責めず、失敗の中から成功の種を探すことができるのだ。



 
斎藤一人さんが教える驚くほど「ツキ」をよぶ魔法のノート 池田光[著] 





 

決断力をつけるには、どうしたらいいですか?


 

「決断力をつける5つの法則」 
 

① どんなことでも意図的に決める

② 人生の価値観、優先順位をはっきりしておく

③ 決められないときは、自分が納得するまで待つ

④ 決断に失敗はないことを知る

⑤ 一度決めたら断固たる態度で前に進む




 

① 意図的とは、「ある目的を持って、わざとそうするさま」 をいうのだそうです。
  つまりしっかりとした目的もなく無意識に行動、決断してはいけないということです。

 

② 価値観や優先順位は、ブレることが多いです。 ブレるほとんどの原因は損得勘定(感情)で考えてしまうから

損か得か、好き嫌いで判断してしまうと価値がわからなくなる。

自分にとって今、何が一番大切で必要なのかがわからなくなるのです。

価値がわからないと何を優先させるべきかもわからなくなります。

純粋に魂が求めているものは何かを常にチェックしましょう。 そのためには自分がスッキリすることです。 スッキリするとは感情を超えるということです。

 

③ 考える前に動くときとは、守護霊守護神が 「一番よい状態にしてやろう」と、引っぱってくれているときです。

考える余地がないのです(笑)。自然に体が勝手に動いているので身を任せればいい。

しかし頭でまだ整理出来ていないのに無理に動いてしまうのは、行動力があるのではなく無謀なのです。

自分でコツコツと準備を進めて(問題点を練って)、時期を待っていると、必ず、スッーと動けるときがくるのです。

その時まで待つべし。

直観で動く時と、熟考して行動することの違いを知るべし。

 

④ ③が迷うことなく出来たならば、その決断に失敗はない。

 

⑤ ③が迷うことなく出来たならば、その決断は断固とした態度で進むことが出来る。




 

物々交換の時代がやってくる

 

ゲラーさん(ユダヤ人大富豪)の夢は何ですか?
 
 

「私には、大きな夢がある。それは、人類すべてが、好きなことをやっていて、お互いに尊重して、楽しんでいる将来の地球の姿だ。 そこでは、人はみんな朝起きると好きなことをやっている。

自分の好きなことがパンを焼くことなら、パンを焼き、歌を歌いたいなら、歌を歌う。

お金などまったくない世界だ。

歌を歌う人がおなかが空けば、パン屋の友人のところに行く。

そこで彼はいそいそとパンを焼いている。

彼に 『サンキュー! いいパンが焼けたね』 と言い、一つもらっていく。

地球の資源がうまく分配され、みんな好きなことをやっている。 そこには我慢したり、競争したり、お互いに意地悪したりする余地がない。

みんなが幸せに暮らしているからだ。

自分らしく楽しい毎日を送り、家族、友人とゆったりした時間を過ごしている。 そんな世界だ」

 

      図解 「ユダヤ人大富豪の教え」 本田健 大和書房




感想

 人は必ずどんな人でも他の人にはない特別な能力(可能性)を持っています。

そしてその能力は自分も人も幸せにすることが出来るのです。

人は、その能力を使っているときが至福のときで、ある人はパンを焼くことであり、歌を歌うことが好きな人は歌っているときが一番輝いているのです。

好きなことをすると魂が喜ぶのです。

近い将来物々交換の時代がやって来るというのは

パン屋さんで、歌を歌うことが好きな人がコンサートをしているのです。

ミニコンサート会場になったパン屋さんには、パンを買いたい人と歌を聴きたい人がやってきます。

パンを買いに来た人は美味しいパンが手に入っただけでなく、素敵な歌声を生で聴けたのです。

相乗効果があって、パンはいつもの3倍売れました。

喜んだパン屋さんは、お礼にたくさんのパンを歌い手に渡しました。
 

お礼(感謝)のエネルギーがお金から物に代わることが未来の地球の姿なのです。
  
物とは、目に見えない自分の才能、能力、叡智、愛、光、思い遣り、心を込めて作った自分の作品など・・・プラスのエネルギーのことです。

  

2014年2月 1日 (土)

一人の力で生きているのではない

 
 
どうしてあなたはそんなに物を欲しがるのですか? あれも欲しい、これも欲しい。 家も建てたい、車も欲しい、レジャーを楽しむお金も欲しい。 何故、今日もまた無事生かされていることに、あなたは満足しないのですか? もしすべてが叶えられたとしても、明日生きる保証がなければ、すべてが虚しいものとなってしまう。

神様はあなたが本当に必要とするものであれば、必ず与えて下さるものです。

神に生かされていることに深く感謝すべきであって、決してあなた自身一人の力で生きているのではないのです。
 

     「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版


 

感想

「今日一日何事もなく無事に過ごすことが出来た」 このことって当たり前のようで、当たり前ではないのです。

「敷居をまたげば男には7人の敵がいる」 ということわざがあるように、一歩外を出ると最低7人前後の足を引っ張る人がいるのです。

それは肉体の人間だけではなく幽界からの誘惑もあるのかもしれません。

守護霊守護神様はそんな人間を命がけで守ってくださっている。

だから私たちも感謝で応えて、世界平和の祈りを祈るのです。

そうすればもっと守ってくれます。

感謝は光なので、守りやすくなるのです


 
 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




 

 

 

肉体のコンディションは心に原因がある

 
薬も、運動も、食事療法も、鍼も、灸も、マッサージも健康も維持してゆく為には、

ある程度必要かもしれない。 が一度び不安や恐怖心が湧き上がって来たら、

果たして今まで続けて来た健康療法で乗り越えることが出来るであろうか。

身体を鍛える前に、心や精神を鍛える訓練をするほうが先決である。

つねに小さいな些細なこと、取るに足らないことにさえ、いちいち自分の心が傷つき、

イライラさせられ、心配や不安にかられていたならば、健康療法などなんの意味もなさない。

まず、どんなことが身のまわりに起っても、自分の心を痛めず、傷つけず、

それに対して常に適切な対処が出来るように、心を養う必要がある。

心が常に一定し、明るく光明に輝いていさえすれば、

身体はいつも何もしなくても健康そのものなのである。

肉体のコンディションはまず、

心に起因しているものだということを知ることが大事である。


 

      「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版
 

 

 昔の話で恐縮ですが、力道山という元お相撲さんのプロレスラーがいました。

戦後日本が元気を欲している時に、外国のレスラー相手に空手チョップという

武器を使って敵国の人?であった相手を痛快に倒す姿には、

日本中が熱狂したのです。

そんな筋骨隆々で健康そのものに見えた力道山が、

通り魔に小さなナイフで刺されそのまま死んでしまいました。

刺されどころが悪かったのかもしれませんが、あっけない最後だったのです。

力道山だったら絆創膏を一枚貼っただけで元気に復帰して来ると

誰もが思っていたのです。
 
生命力という言葉があります。

力道山は体は鍛えていたけれど、精神力(生命力)は弱かったのかもしれません。

外(口)から入ってくるものに頼り過ぎてはいませんか?

去年より、今年、昨日より今日の方が逞しくなっていますか?

内(心)を鍛えていますか?


 

タンポポを見よ

 
 
タンポポを見よ。 どんな辺ぴなところでも見事に花を咲かせている。すべてを風に任せ、吹かれ飛ばされるままに辿り着いた地に根をおろす。

湿地帯であろうが、不毛の地であろうが、そんなことは一切関係ない。

天の啓を受けて、種の保存法則のもとに己れの生涯を貫き通すのである。

神はたとえどんなところであろうとも、見事に天命をまっとう出来る力を授けている。

素直に天に従っていれば、必ず目に見えない力が我々に与えられているのに気づくであろう。


 

    「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版

 

 タンポポの種が風に吹かれて不毛のコンクリートに落ちたり、咲く可能性にない池に落ちたりすると私たちは

「ああ、かわいそうにせっかく花を咲かせる可能性があったのに」 とその種に同情したり憐れに思ったりするのです。

そしてそれと同じように、幼い子が病気で入院している姿や戦地で敵の攻撃に怯えている子どもたちを見ると

「ああ、かわいそうにせっかく生まれてきたのに」 と思うのです。

がしかし、タンポポの種も子どもたちも同情して欲しいなんて思ってもみない

タンポポはタンポポなりに子どもたちは子どもたちなりに

自分の運命を受けとめて凛として生きているのです。

同情している私たちのほうがいらない感傷に振り回されている

人のことをどうこう思う暇があるのなら

自分をしっかり見つめて

今を一生懸命に生きていこう!

と思うのであります。



 

 

お金が無くなる時代がやってくる

 
この世の社会的欲求(地位、権力、財産)を求めている人々は、その欲求を満たすことが出来たとしても、実際には地位や権力を持っている間だけ、金や財産を持っている間だけの満足しか得られないのである。 一旦それらをすべて失った時、地位、権力、財産など人間社会の欲求を満たすことの空虚さを強く感じさせられるであろう。

イエスが言っている如く

「汝もし世界の金を儲けるとも、明日に生命を失わば何の価値あらんや」 である。


 

         「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版



 

 感想
 

 進化した星には、お金というものが存在していないんだそうです。

 欲しいものがあれば自分で想像(創造)し、創造出来ないものであれば

 相手がくれたり、物々交換をしてくれる

 未来の地球人とはそうなるのです。

 地位や権力もみんなが欲しがらなければなんの価値もない

 元々価値のないものに人間が勝手にありがたがっただけなのです。

 もう幻想に惑わされるのはやめましょう

 目を覚ましましょう

思い悩んでいる友達に手を差しのべましたか?



あなたは一体、一日どれくらい真理探究のための時間を割いているであろうか。

長い人生において、一回の真理の探究にも目をむけない人間は、長生きする理由がどこにあるであろうか。

生きているということは、生かされているということを知ることにある。

めまぐるしい一日の仕事や雑事から逃れて、一日端座して、己の心に語りかける必要がある。

自分はなんのためにここにいるのか? なんのために生きているのか? 夫の為? 妻の為? 子どもの為? 果してそれだけでよいのであろうか。

何か少しでも人の為に、社会の為に役立っているであろうか?

思い悩んでいる友に手をさしのべたであろうか? 

それでそれが少しでも判ったら、生きている価値があると思ってよい。 世界平和の祈りには、そのすべてが含まれている。


 

    「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 

 感想

目的がなければ人間は死んだようになります。

ただ食べて、働いて、感情を喜ばせて、マイナスのエネルギーを振り撒いて、そして年齢を重ねて病気になって、死の恐怖を感じながら死んでいく (無限なる光!)

そんな人が結構、多いことに驚かされます。

自分が調和波動気功法を始めたのは、そんな人になりたくなかったからなのかもしれません。

そして私は、そうはなっていないと思っています(笑)

自分を満足させるだけの人生なんてつまらない

そう思うのです。

 

孤独とは?


一人でいるから孤独なのではない。 家族の中にあっても、友人の中にあって、恋人といてさえも孤独な人は結構いる。 孤独とは心が充たされない状態をいう。

一人で住んでいても何らか人の為に役立っている人々は、心にいささかの孤独感もない。孤独になりたくなければ、どんなことでもよい、人の為に尽すことだ。

 

       「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 

 
 感想

 大金持ちになった本田健さん(「ユダヤ人大富豪の教え」などの著者)が、事業で成功してハワイでのんびりしているときに、急に孤独感や虚無感に襲われたのは、人と関わって感動する素晴らしさを忘れていたからなのです。

人は、人と関わって、その人たちにいい影響を与えているという実感がなければ、孤独になると思うのです。

孤独になると貧乏になることよりも不幸になります。
 

しかし、今はどうしようもない、家族も友達もいないという人はどうしたらいいか?

自分自身と友達になることです。 親友になることです。

自分自身(本心)とつながると守護霊、守護神とつながります。

ご先祖様につながるのです。

すると、守護霊守護神があなたに必要な人を紹介?してくれます。

坂本龍馬は、小さい頃ずっと自分で遊んでいたのだそうです。

しゃべり出すのが遅かったのだそうです。

きっと自分自身と向き合っていたのでしょうね。


 

生きてさえいれば・・・・

 

今がどんなに苦しくても、どんなに辛くても、またどんな絶望的な状態にあったにしろ、必ず一筋の光は射しこんでくるものだ。

生きてさえいれば、必ず解決の道はつくものなのだ。 絶対に救われの道はある。

必ず今の苦境の状況から脱け出すことが出来る。

どんな唯物論者でさえ、無神論者でさえ、神は救いの手を差しのべられているのである。

自分自らの手で解決の道を断念しない限り、また自らの手で滅茶苦茶に破壊しない限り、必ずどんな人でさえも、その苦悩、悲嘆、絶体絶命の境地から脱け出すことが出来るのである。

必ず守護神様を通して、身内か友達か、また見ず知らずの援護者が現われてくるものである。

一番私が恐れているのは、自らの力で駄目にして、諦めてゆくことだ。 あくまでも自分の心の中に、突破していこうとする心がある限り、100%乗り越えられることが出来る。 絶対に!

              「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版

 

 


感想

 

今、職を失っている人や病気の人、お金に困っている人がたくさんいると思うのです。

ハローワーク、病院など暗い表情の人で溢れている。 (無限なる光!)

だがしかし、守護霊、守護神様はそんなあなたを救いたくてしかたがないのです。

そして乗り越えられる強い光を送ってくださっています。

大切なのはどんな状況になろうとも 「絶対に乗り越えてやる!」という強い意識なのです。

根性論は好きではないけれど、最後はやっぱり気力なのです。

 “火事場の馬鹿力” があなたを救うのです。

 

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