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2014年1月 8日 (水)

山を愛する人とはどんな人なのでしょうか?

  

私の友人で山を愛している人がいます。

彼はとても穏やかで優しい人なのですが、人に対して寛容(愛深く)になろうとするのなら、その裏返しとして自分に厳しくしないと出来ないと思っているのかもしれません。

彼を見ているとそんな気がするのです。

一歩踏み違えたならそこは谷底で命を落とすかもしれない

判断を誤ったらそこは死への通り道なのかもしれない

そんな生死の境をあえて行くなんてなにかの目的がなくては行けるはずはありません。

その目的とは、言葉では云えなくても 頭ではわかっていなくても

心の奥底ではわかっているのです。

それは、自分を徹底的に見つめて鍛え上げようとしているのだと思うのです。

だから無事登り終えて地上に降りて来たときには

一皮も二皮もむけた ピッカピッカに魂の輝いた彼がいるのです。

「生きているだけでありがたい」

「これからどんなに辛いことや嫌なことがあったとしても生きていける」

そんな心境になっていると思うのです。

そんな彼が愛の薄い人であるはずがありません。

自分に怠惰であるはずがありません。

弱いはずがありません。
 

環境は人を育てるといいますが

まさしく彼の性質は 山が創ったものだといえるでしょう

海には海の役割りがあり

山には山の役割りがある

大自然はただ存在しているだけではなく

私たちの心にも多大な影響を与えてくれているんですね。


海に感謝 山に感謝 大自然に感謝 宇宙に感謝 あらゆるものに感謝 そして 自分に感謝・・・・・

私も

都会の喧騒を忘れて

海や山の波動(エネルギー)に浸ってみたいと思うのであります。

 

山をこよなく愛する人もいます。

山のどんなところが彼らを惹きつけるのでしょうか?


 

山に惹かれる人たちはちょっと独特の価値観を持った人です。

彼らは世俗的な喜びだけでは満足できず、自らを高めるためにあえて自らに困難を貸そうとするのです。

彼らが山に登るのは、究極的には自我を捨て去り真の自己に出会いたいという強い願望からくるのです。

高い山に登るのは、決して容易ではありません。不注意で軽率な態度を取れば、転落の憂き目に遭うことにもなりかねません。

たった一歩の過ちが命を危険にさらします。

すべての細胞を覚醒させて慎重に足を運ばねばなりません。

全身の神経を研ぎ澄まして一歩一歩に意識を集中するということは、一歩一歩山を意識するということでもあります。

自ずと山に対する畏敬の念が芽生えます。

山の波動はいつも峻厳であり、人を慈しむ海や太陽のような暖かく包み込む波動ではないのです。

慈しむあいも峻厳なる愛も、共に大切な愛です。

人類にとって、慈しみの愛だけでは足りません。

また峻厳なる愛だけでも不十分です。

慈しみの愛と峻厳なる愛とが互いに作用し合い、調和してはじめてこの世の愛は完成するのです。

山の持つ峻厳なる愛の響きは宇宙の調和に深く寄与しています。

自然界のものすべては神の法則に色分けされた働きをしながら宇宙法則の秩序の中に組み込まれています。

海も、大地も、風も、雨も、みなそれぞれに違う神の法則のもとに動いているのです。




 

   『地球を癒す人のハンドブック』 西園寺昌美




 

 

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