« 食べていけさえすれば仕事は何をやってもいいんだ! | トップページ | ビッグハートをよろしくお願いします! »

2014年1月 2日 (木)

人間の幸せとは、自分の想いがどこから来ているのかを知ることなのです!

 
 
かなり長いタイトルになってしまいましたが(笑)

人間が幸せになるためのメソッドとは、自分が想っている想い、他の人が想っている想いというものがいったいどこからやってくるのかを知ることにあるのです。

私たちはよく相手に対して、本心であるかどうかを確かめようとします。

例えば理不尽なひどいことを言われたとします。

「今、あなたの言ったことは本心ですか? 本心ではないのですか?」 と尋ねたり、聞かなくても心の中で思ったりします。

そして本心でないのならば赦し 本心であったとしたのなら赦さなかったりするのです。

しかしその人が本心で言ったことなのか? そうでないかなんてわからないのです。

自分においてもそうです。

「今私が想ったことは本心なんだろうか?」

「本心ではないのだろうか?」

なんてわかりません。

それに本心以外に別の心があるのかどうかもわかっていないのです。

つまり目にみえない心の中のメカニズムなんて誰もわかっていないし知らないのです。

心理学がそれを解こうとするのですが、ほとんどが支離滅裂です。

分析できるほど、人間の心は浅くないからです。(過去世のことなんて分析できるはずがありません)

自分のこともハッキリとわからないのに相手のことがわかるはずもありません。

だがしかし、五井先生はいとも簡単?にその仕組みを解いてくださっています。

それが下記の文章なのですが

私たちは本心と業想念(本心とは違う心)を2つにわける必要があるのです。

「今私が想ったことは本心だった」

「今想ったことは、本心ではない、業想念なんだ」

とハッキリわかれば、人間関係はすべて上手くいくのです。

それは、業想念で言った言葉をすべて赦すことが出来るからです。

業想念は、本心ではないからです。

想いとは相手の心と書くように相手の人の想い(考え方)が移って

自分の本心と混同してしまうのです。

混同してしまった人を責めることなんて出来ないからです。

これから地球人類は、本心と業想念の区別がつくようになっていきます。

そしてあらゆる争いが無くなっていくのです。
 
 

世界人類が平和でありますように

我即神也

人類即神也

 





 本心と業想念

 

普通の人は、心は一つしかないと思っているのですが、私は一つの心、つまり神の直霊分霊として働いている心を本心と呼び、その本心の周囲を何重にも巡っている波動、ひびきを想念と呼んでいるのです。

たとえば、本心の働きによって生命が滞りなく素直に活動していて、肺臓も心臓も胃腸も丈夫でいたとします。

そこへ癌で死んだ知人があったりすると “ああ私も癌になりはしないか” とふいっと思います。

このような本心の働き生命の働きを ちょっと疑うような心の動き、そうした心の動きを、私は心とは呼ばずに業想念と呼んでいるのです。

もっと端的にいえば、神のみ心に素直につながっている心だけを、心と呼び、神のみ心を離れた心の波動は、すべて想念と呼んでいるのです。

 

         「日々の祈り」 五井昌久 白光出版



 

 

« 食べていけさえすれば仕事は何をやってもいいんだ! | トップページ | ビッグハートをよろしくお願いします! »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/54465404

この記事へのトラックバック一覧です: 人間の幸せとは、自分の想いがどこから来ているのかを知ることなのです!:

« 食べていけさえすれば仕事は何をやってもいいんだ! | トップページ | ビッグハートをよろしくお願いします! »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ