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2014年1月24日 (金)

聞く力 3

 
 
浜口選手の話でもう一つ、胸を打たれたことがありました。 それは、京子ちゃんのお母さんの言葉です。

もし私が母親の立場にいたとして、自分の子供が京子ちゃんのように、どうしていいかわからなくなっているときに、いったいどんな言葉をかけるだろうか。

「気にするな」 と言ったら、「お母さんにとっては他人事だろうからそんなこと言えるんでしょうけど、そんなに簡単にはいかないのよ。わかりもしないで勝手なこと言わないで」 と反論されるかもしれない。

「頑張りなさい」 と肩を叩けばきっと、「もうじゅうぶん頑張っているわよ。そんなありきたりな言葉しか出ないわけ」 と子供が逆に怒り出すかもしれない。

ああ、とても私には、最適な言葉を選ぶことはできないだろうなあ・・・・。

そう思うと、京子ちゃんのお母さんが選んだ言葉が、どうして 「それ」 だったのか。そして、その母親の言葉が、どうして京子ちゃんの胸をピンポイントで射止めたのか。

まるで宝くじのように当る確率の低い難問に思われて、「お母ちゃん、お見事!」 と拍手を送りたい気持ちになりました。

でもきっと、それは互いに互いのことを熟知して、深くて大きな愛情が通じ合っているからこそ、為せる業だったのだと思います。
 





          「聞く力」 阿川佐和子 文春新書

 

 感想

阿川さんが言いたかったのは、気の利いた言葉を発するとか、テクニックを言っているのではなく、日頃のコミュニケーションや意志の疎通(愛の交流)が出来ていたなら、言葉以前の相手を思い遣るエネルギーで充分に癒すことが出来るということなのだと思うのです。

聖パウロのお言葉で

「言葉に愛がなければどんなに美しい言葉も相手の胸に響かない」

とあるのですが、これは言葉に愛が込められていなければ上っ面でどれだけ美辞麗句を述べたところで意味がないんだということです。

先日、調和波動気功法のセミナーで、于先生のお知り合いの方(Aさん)の義理のお子さんが若くして(26歳)亡くなられたという話をされていました。

Aさんは、今の旦那さんと再婚をされており、旦那さんには3人の連れ子がいたのだそうです。(旦那さんとの間にも一人の子供さんがいます)

亡くなられたのは連れ子のうちの一人なのだそうですが、コミュニケーションが取れていなかったそうです。

「あのときにもっと語り合っていればよかった」

「嫌われていても、こちらから歩みよればよかった」

と思ってみても後の祭りなのです。

浄化されていない想念エネルギーは、人が亡くなった後も残りつづけるのです。

思い残すことなく(少なく)、肉体界を去るというのは一番大切なことなのです。

気になっているけれど、ついつい連絡を取らずにいる人

いませんか?

ちょっと電話するだけでいいのです。

「お元気ですか?」

の一言でいいのです。

心の淋しい人は

「ああ自分のことを気にかけてくれているんだ」

と思えるだけで、心は十分に満たされるのです。

 

 

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