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2014年1月21日 (火)

法然・親鸞の教え方

 
法然・親鸞の教え方


人間という者は欲望をなくせ、といわれても、なかなかなくせるものでなく、恐怖するな、怒るな、哀しむな、執着するな、といわれても、その性情が容易なことで直せるものではありません。

法然、親鸞は、そうした性情を直せなどとは少しもいいません。

私たちもあなた方も、そうした肉体人間の想念感情においては、同じことなのだ、そのような想念はどうでもよい、怒ったら怒ったまま、泣いたら泣いたまま、ただひたすらに南無阿弥陀仏と称名なさい、称名さえすれば、あなたがたは、極楽浄土に救われてゆくのだ、と教えているのです。

これは法然、親鸞が肉体想念(業生)と本心(仏心)とをはっきり区別して知っていたことを現わしています。

  
 

            「日々の祈り」 五井昌久 白光出版


 

感想
 
 

人間の想念というのは、自分も他人もほんとに複雑極まりないものであって、曲がりくねってつかみどころがない、自分で自分の心をコントロールしようとしてもできるものではないんだ と、昔の偉い悟ったお坊さんである法然さん親鸞さんが言っておられたのです。

「人間の心は、まるで蛇のようだ」 とはお釈迦様の有名なお言葉ですが、それは今も昔もちっとも変わっていないのです。

それで法然さんは、人間智では、悟ることも安心立命することも幸せになれることも絶対にあり得ない

仏さま(神さま)にすべてを投げ出さないと、つまり全託しないとどうしようもないのだ、汚れた想念のまま、雑念が出ている状態のままでいいから、そのまま

南無阿弥陀仏の念仏の中に入ってしまいなさい

そうすれば、仏さまが綺麗な想念に戻して返してくれますよ、という教えなのです。

それで、「そのままの美しくなった想いを出来るだけ保ったままの状態で、肉体界を生きていきなさい」 と いう教えだったのです。

そして、その念仏で救われた人も昔は大勢いたんですね。

しかし今はほとんどが南無阿弥陀仏も南無妙法蓮華経もお葬式でお坊さんが唱えるだけになってしまった

仏さま(本心)と一体となる方法がほとんどなくなってしまったのです。

念仏が時代にも合わなくなった

それにつれて、人間がますます神様や仏様(つまり自分の本心)から離れていってしまったのです。

不安が増していったのです。

そこで五井先生が誰にでもわかる易しい念仏に代わるものが必要だ、ということで世界平和の祈りが生まれたのです。(理由はそれだけではありませんが)

さきほどの日記にも書きましたように

この肉体界を障りなく、滞ることなく、安心して、穏やかに、幸せに生きてゆくためには、人間の知恵だけでは絶対に無理なのです。

肉体の頭だけの知恵ではだめなのです。

自分の本心につながって、神様や仏様につながって宇宙からのプラスの無限のエネルギーを戴かないと生きていけないように出来ているのです。

つながると、自分の本体(本心)と業想念(マイナスのエネルギー)がいつかは、はっきりとわかるようになっていきます。

そうしてはじめて 人間は安心立命するのです。

法然さん、親鸞さんは、そのことがはっきりとわかったお坊さんだったのです。
 

 

 世界人類が平和でありますように

 日本が平和でありますように

 私たちの天命がまっとうされますように

 守護霊さまありがとうございます

 守護神さまありがとうございます

 

 

 

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