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2014年1月24日 (金)

聞く力 2

 

レスリングの浜口京子選手にお会いしたのは、彼女がアテネ五輪に出場した直後。

準決勝のときに電光掲示板にポイントが正しく表示されず、浜口選手が延長戦だと思っているうちに、負けの判定が下される、というアクシデントのあったあとでした。

結局、その五輪では3位決定戦に勝利し、銅メダルを獲得できたのですが、そのインタビューではなんといっても、あの不可解な判定に焦点が絞られます。

あの瞬間、浜口選手はどう思ったのか。 悲しかったのか、悔しかったのか。 涙は出なかったのか。 ヤケを起したくならなかったのか。

なにより、どうやって、その後の3位決定戦までに、気持ちを切り替えることができたのか。

「私という性格の女がもし、あんなことをされたら、悔しくて腹立たしくて、きっとそばにいるコーチとかトレーナーとかに八つ当たりをするだろう。 同じ日に3位決定戦なんか出たくないと暴れるかもしれない。 だって気力も体力も完全に失っているもの」

そう思いました。 実際、浜口選手もあの瞬間、何が起こったのか理解できないほどボーッとして、とりあえず審判に抗議をしてみたものの、取り合ってもらえず退却する。

その後、選手村に戻り、6時間後の3位決定戦までに気持ちの切り替えをしなければいけないと頭のどこかで気にしながらも

「なんでこんなことになったんだろう」 という思いから抜けきれない。

そこで、浜口選手は携帯で家族に電話をするのです。

「母が電話に出て 『京子は世界(世界選手権)でゴールド取った女なんだぞ。堂々と戦いなさい!』 と言われた瞬間、『あ、そうだ。 こんなところで落ち込んでいる場合じゃない』 と目が覚めました」

さらにお母さんは、「私は今まで勝てって言ったことはないでしょ? でも、今回は勝ちなさい。 銅メダルを取りなさい」 と。 そして同時に 「お前はよくやった」 と娘を評価する。

その一言で、それまでただ呆然とするだけで泣くこともできなかった浜口選手が初めて涙を流し、試合場に戻ったときは、

「あ、また試合ができるんだ! 嬉しい! と、笑顔になるくらい、元気が出てきたんです」。

 はああと、私はじわじわ溢れくる涙をぬぐいつつ、ひたすら嘆息してしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・

完全に他人のせいで、金銀のメダルを取り損なったのに、彼女はそのことを恨むことなく引きずることもなく、お母さんの一言でシャキッと立ち直る。

落ち込んでいる場合じゃないぞ。 そして次の試合では、「クソー、審判め!」 なんて睨みをきかせたりもせずに、満面の笑みで 「マットの上で試合ができることが嬉しくてたまらない」自分を取り戻すのです。

             「聞く力」 阿川佐和子 文春新書




  

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