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2014年1月23日 (木)

死とは決して暗いものではないのです

  

人間は死んでも想い(心)は残るのです、意識がある、生きているときと同じように考えることも悩むことも出来る

ただ違っていることがあるとすれば、それは肉体がないということなのです。

肉体を離れてどこへ行くかというとまず幽界へ行く

そしてそのときの心境によって、幽界に留まるか、霊界や神界へ移行するかが決まるのです。

肉体界への執着がなく、霊界や神界(守護霊・守護神)の存在を知っていれば、そのままスーっと移行するのですが


肉体界、肉親、知人などへの執着、思い残しがあると、せっかく素晴らしい世界(天国)へ連れて行ってくれるのに、それを拒否することになります。

そしてその執着は、肉体界の人々へ多大な迷惑をかけることになるのです。

五井先生は、肉体界ではたいしたことをしなくてもいいから、死んでから人間に迷惑をかけるようなことだけはするな! と厳しくおっしゃっています。

その人が癌で亡くなったとしたら、取り憑かれた人も癌になってしまうのです。

今、ガンになる人が非常に多いのもそのことが関係しているかもしれませんね。

だから真理(真実)を知ることはとてもとても大切な重要なことなのです。





死とは霊界への誕生である

 

人間世界におけるすべての不安の根底は死の恐怖にある。

いかなる種類の苦しみに直面したとしても、死への恐怖を超越した人にとって、その苦しみは心の痛みにはならない。

死は人間にとっての終りなのか、転移なのか。

この謎が解けることによって、人間の進歩は一段と早まるに違いあるまい。

人間は肉体消滅によってなくなってしまうものではない。

死とは幽界、霊界への転出、誕生なのである。

死ぬことを往生(おうじょう)といったのはこのことを昔の人は知っていたからなのである。

人間とは肉体ではなく、霊そのものをいう。

肉体とは霊の容物(いれもの)であって、霊の心のままに行動するものなので、ちょうど自動車が運転手によって走っているように、霊の運転によって種々の行動をするのが肉体なのである。

 

       「日々の祈り」 五井昌久 白光出版






  

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