« 劣等感に悩む人、臆病な人、気の弱い人へのメッセージ | トップページ | 人間とは、神と動物の間という意味なのです »

2013年12月24日 (火)

どんなに悪そうに見える人もほんとうは天使なのです

 
 
私たちは、人を姿、形で判断してしまいます。

そして言動でも判断します。 

この人は悪い人だ、この人は汚い人だ、この人は毒を吐く人だ、この人は陰で悪いことをしている人だ

反対に

この人は善い人だ、この人は綺麗な人だ、この人は美しい日本語を話す人だ、この人は陰で陰徳を積んでいる人だ

まったく真逆な判断ですが、私たちは圧倒的に相手を批判、非難することのほうが多いのです。

余程のことがないかぎり自分に都合のよいことがない限り、相手を賞賛し、褒めることはしないのです。

もっと自分のことも他人のことも褒めて認めて賞賛してあげれば、魂が歓喜していくらでも伸びて成長し進化していくのに・・・・・

人間は相手の悪は認めても、真や善や美は認めようとはしないのです。 (無限なる愛!)

それが今の世の中をつくっているのです。

しかし、どんなにその人が悪く見えても心の奥深くに入っていくとみんな同じなのです。

美しく光り輝いた本心がある

その本心がある先は神界なのです。

波動の粗い肉体界を通ってすぐ横には潜在意識の汚れた幽界がある

そして、その奥には波動の細かい霊界(霊界には幽界に近い霊界と神界に近い美しい霊界があるのです)があり

またその奥の扉を開けると、眩いばかりに光り輝いた神界(天国)があるのです。

私たちはその人の奥にある神体を見ずに、汚れた幽体を見てしまっているのです。

そして、「お前は悪い奴だ」 と決めつけている

悪い人と善い人との違いとは、想念が汚れているか、汚れていないかの違いだけなのです。

そして、いつ善い人の想念が汚れるかもわからない

反対に、いつ悪い人の想念エネルギーが浄化されて綺麗になるのかわからない

だからそのときの瞬間だけを見て

「この人は善い人だ」 「悪い人だ」 と決めつけてはいけないのです。

いつ逆転するかわからないからです。

私たちは、想念がいつも神界とつながるように努力する必要があるのです。

それが自分のためでもあり人類が平和になるためのメソッドなのです。


 

  本体は神界にある

  

どのように悪そうに見える人でも、低俗そのもののような人でもその本体は神界にあって、光り輝いているのでありますが、その分霊がこの現象世界の現身(うつしみ)となるまでに、神界の本体の光の道から想念波動がはずれてしまってきて、人間として必要な、各種の要素が不調和になってしまったのです。

その不調和な想念波動が、憎悪とか、闘争とか、妬みとか、恐怖とかいう、この世に不幸をもたらす運命をつくりだしてきたのであります。

この世の人々は、神のみ光そのものである生命を、想念で汚しきってしまっていて、生命本来の働きを邪魔してしまっているのです。

そこで聖者賢者は、空になれ、といって、肉体頭脳を駆け巡る想念を消滅させようとしているのです。

 

      「日々の祈り」 五井昌久 白光出版



 

 

« 劣等感に悩む人、臆病な人、気の弱い人へのメッセージ | トップページ | 人間とは、神と動物の間という意味なのです »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/54359216

この記事へのトラックバック一覧です: どんなに悪そうに見える人もほんとうは天使なのです:

« 劣等感に悩む人、臆病な人、気の弱い人へのメッセージ | トップページ | 人間とは、神と動物の間という意味なのです »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ